お待たせしました。ようやっと決戦が終わった勇者部の様子をお伝え出来ます。
今回は主に涛牙の説明回となります。
こうして、2度目の大決戦は終わりを迎えた。
初夏の決戦の時と同様、樹海化が解けた後に勇者たちは大赦の職員によって回収され、すぐさま入院となった。
前回は1日経たずに全員復調していたが、今回は戦闘の時間も規模も大きかったせいか勇者たちの負担も大きく、丸一日寝込むほどだった。
そんな勇者たちの体調診断の結果は、「医学的な問題なし」。
もちろん風や美森がそんな診断を真に受けるわけもないのだが、詰め寄られた医者は「本当に、医学的には何も問題ないんです」と必死に弁明していた。
その弁明が正しかったと分かったのは、退院して数日が過ぎたころ。
初夏の決戦の際の『散華』の分も含めて、『満開』の供物となった体機能が勇者たちの身体に戻り出したのだ。
美森に至っては、先代勇者であった2年前に供物となった記憶や足の機能までもが戻ってきた。
2年間動かなかった足が、碌なリハビリも無しに問題なく歩き回れるようになるのを見てしまえば、なるほど、医者の言葉も的外れではなかったのかもしれない。
なぜ散華の供物が戻ってきたのか。
大赦に問い合わせてみても、向こうも向こうで困惑しているのか「詳細不明」との回答しかない。
「きっとね~。神樹様が勇者たちが諦めない姿を見て、人の可能性に希望を感じたんじゃないかな~」
とは、園子が美森からの問いに返した考えだ。彼女もまた、美森たちよりは時間がかかっているものの供物は戻ってきているとの事だ。
もっとも、20回に及ぶ『満開』を経て身体の多くを供物としたとはいえ園子自身に神樹の意思を測ることは叶わないのだが。
ともあれ。当代の勇者、讃州中学勇者部は勇者の御役目から解放され、普通の少女としての生活を取り戻していった。
一人を、除いては。
この日も、勇者部の面々は病院を訪れていた。
中庭の東屋で、病院着のままの1名を囲んで学校や日常生活で起きたことを各々話すが――その1人は、話に何の反応もしない。相槌を打つことも、一緒に笑ったり驚いたりすることも。そもそも、その少女の瞳には意思の光が灯っていない。どこに焦点が合う事もなく、ただ茫々と瞼を開いているだけだ。
友奈のそんな様子に、ついに美森は耐え切れずに声を震わせた。
「……私は、一番大事な友達を、犠牲にしてしまった……」
それは美森にとって途方もなく重い代償だ。突き詰めれば美森が暴走したのは、友奈がこれ以上勇者の御役目、特に『満開』に伴う散華でこれ以上身体機能を奪われないためだった。
だが、半ばカッとした勢い任せで突き進んだ結果が今の友奈の有様とすれば、本末転倒も甚だしい。
「あんな事をしなければ……っ」
まさにその通りではある。が。
「言うな!もう話し合ったでしょ。――誰も、悪くはないんだって」
声を荒げたのは風だ。彼女もまた御役目の真実を知って暴走した口だ。怒りの矛先を向けたのは大赦へだったが、或いは美森と同様に神樹に牙を剥いてもおかしくはなかった。樹や夏凛も、先に暴走した仲間がいたからひとまず落ち着けたという側面もある。隠されていた真実を突き付けられて激昂せずにいられるほど、勇者といえど寛容ではないのだ。
「……友奈さん。私、押し花の栞を作ってみたんです。でも、友奈さんみたいに上手く行かなくて」
「さっさと起きなさいよ、バカ」
樹と夏凛の声にも、友奈は応えない。
少しずつ冷たさを増す秋の風が、その場の熱量も奪うように吹いた。魔導火の小さな火では、深まる秋の寒さを押し返すには足りない。
だが、揺らした白い灯から見えることもある。
「どうだ、ディジェル」
『明るさや声に反応自体はしてるな。五感が潰れたわけじゃなさそうだ。となると原因は』
「――魂、か」
『何かの拍子で魂が身体から離れてる感じだ。身体が生きている以上、繋がりが断たれたわけじゃないだろうが』
「……迂闊な手出しは却って危険か」
『それこそ超一流の法師でようやくだ。半端者が余計な事をするくらいなら名前を呼び続ける方が余程マシだな』
「だそうだ、東郷。犬吠埼。これからも呼び続けてやれ」
そんな、安心させようとするような言葉に皆小さく息をついて。
……………
「へ?」
割り込んでいた声にハッと顔を上げる。
誰も気づかないうちに友奈の前にしゃがみ込んでいた少年が、ちょうど立ち上がるところだった。
「し、白羽くんっ?!」
風の呼びかけに振り向いたのは、白羽 涛牙だった。驚きに上ずった声に返すのは、以前と変わらない落ち着いた、或いは無感情な返事。
「ああ」
「い、いつの間に?」
それこそ幽霊のように姿を現わした涛牙に心底驚いた樹が問うと、涛牙は軽く頷き返した。
「お前たちが連れ立っているのを見かけて、ついてきた」
「ぜ、ぜんぜん気づきませんでした……」
「お前たちに気づかれるような隠形はしない。そちらも、結城の事で頭がいっぱいだったようだが」
答える涛牙の背後から、夏凛が固い声をぶつける。
「――今まで、どこに行ってたの」
切っ先を突き付けるような夏凛の問い。
夏凛や風が学校に復帰してすでに数日。だが、涛牙は決戦以降ずっと学校を休んでいた。
聞き質したい事があるのにその相手が不在の状況が続いて苛立っていたところに、脈絡なく相手が現れたとあれば夏凛が棘を向けるのも無理はない。
そんな夏凛の質問に、涛牙は遠くを見やり、告げた。
「……秋の夜に海で泳いだんで、体調崩して寝ていた」
「へ?」
抜けた声を漏らした風に向けて、涛牙は苦みを噛み潰したように苦笑する。
「樹海が解けたらそのまま海に落ちて。日も沈んだ中で岸を目指して泳ぎ続けて、どうにか陸には上がれたがそこで力尽きて。気絶してる間に風邪をひいた」
そういえば、と皆思い出す。自分たちは勇者の御役目が終わったら自動的に校舎の屋上の祠に転送されていたが、これも勇者システムに備わった機能だ。その恩恵にあずかれないなら、樹海が解けた時、現実世界のその場所に放り出されることになる。
「えっと……大変でしたね?」
「気にするな。鍛えている」
樹の気遣う声に答える涛牙に、今度は風が鋭い視線を向ける。
「――夏凛から聞いたわ。大赦は勇者の補佐役なんて派遣してないって」
「ああ」
静かに答える涛牙に迫るように風が続ける。
「あの時言ってた、バンケンジョだかマカイシだかっては関係あるの?」
「ああ」
『今日はそいつを話にも来たのさ、なぁ?』
不意に聞こえた声。周囲を見渡す風たちに、涛牙は胸元の首飾りを見せた。その、悪魔の顔を象ったような飾りの顎部分がカチカチと動き、
『よう。改めてコンニチハだ』
何やら軽快に話し出す。
風と樹は一度見たことがあったが、初めて見た夏凛と美森は目を丸くする。
「な、ナニコレ?!」
「喋る通信機、かしら?きっと……」
『違ぇよ。この首飾り自体が俺自身さ。俺はディジェル。涛牙を助ける魔導具だ』
「――マドウグ?」
「魔戒法師が作る、魔戒士を助けるための道具をそう言う。ディジェルはホラーの気配を探る力を持つ魔導具だ」
「ホラー?」
「何だか、また新しい単語が……」
詳しい事までは知らない風と樹もディジェルに注目する中で。
「俺が何者なのか、ここで話そう」
居住まいを正して、涛牙は語り出した。
光あるところ闇あり。古より、人は闇を恐れた。
闇の先、目に見えない向こう側へ行った者が戻ってこないから。闇の中には得体の知れないナニカがいて、それが立ち入ってきた全てを呑んでしまうから。
その恐怖を越えるために、人は数多の努力を、知恵を積み重ねた。
火を焚いて灯りをともし、家を建て、番犬を飼い、大勢で集まり、集落を柵で囲み。或いは人の文明とは、闇を少しでも押しやる為にこそ発展したのかもしれない。
かくして、人は闇を退けた。夜の訪れは手に負えずとも、都会では夜も家々に電灯が灯され、街灯は道が全くの闇に沈むことを許さない。
だが。そうしてどれだけ光を手にしても、闇がなくなる事はない。それは足元にあり、背後にあり。
そして、心の中にある。
陰我。人の内に生ずる邪心、欲望。それを呼び水としてヤツらはやってくる。
陰我を宿す人間、その心の隙間に付け込み、憑りつき、魂を喰らって身体を乗っ取り、闇に潜んでは人界の人々を喰らっていく怪物。
魔界から忍び寄るその異形を、ホラーと呼ぶ。
人界の力ではホラーを倒すことは叶わず、力無き人々はホラーの恐怖にただ恐れおののく他なかった。
だがやがて、ホラーと戦い、退け、打ち倒す者が現れる。
自身の裡にある命の力、闘気や魔導力と呼ばれるそれを元にした法術を振るい、魔界と現世の交わりを抑える者――魔戒法師。
魔界に由来する金属、ソウルメタルの武器と鎧を用いて、現世に現れたホラーを討滅する者――魔戒騎士。
闇に潜み、人知れずホラーと相対し、人界に希望の光を齎す者。即ち『魔戒士』。
魔戒士たちは、彼らを束ねる『番犬所』の指揮の下、人の歴史と等しい時間、ホラーとの暗闘を続けてきた。西暦が終わり、神世紀になっても尚変わる事なく。
そんな神世紀298年。
番犬所から各地の魔戒士に指令が下された。
全国の勇者候補。彼女たちをホラーから守れ、と。
その任務の都合上か、指令が下されたのは半人前と言われてもおかしくない若年層が中心。実際に各地の管轄を守る魔戒士からは異論も出たが番犬所の決定が覆る事はなかった。指令を下されたのが、直接ホラーと戦うことが少ない魔戒法師の若手が大半だったことも関係しているかもしれないが。
そして、白羽 涛牙もこの指令を受けた1人――その中でごく少数の魔戒騎士の卵――だ。
「こうして、俺は讃州中学に派遣された。この地域の勇者候補をホラーから守る為に」
説明を終えた涛牙が向けた視線の先で、風たちは困惑しきった表情で顔を見合わせた。
「……信じられないか」
「まあ、ね」
言われて向き直った風たちの顔には、困ったような苦笑いが浮かんでいる。この手のオカルト話が大の苦手の風でさえ、あまりの突拍子のなさに怯えるより先に困惑している。
(まあ、無理もないか)
とは、涛牙も思う。
実在する神である神樹。そして神樹を奉じ社会的に信用されている組織である大赦。そういった下地があって初めて風も勇者やバーテックスの話を受け入れたはずだ。それらがなければこんな反応にもなる。
そもそも、こうして魔戒士について話す羽目になる事態をこそ涛牙は避けるべきだったのだが。
あの日、風と夏凛が切り結んだ公園に涛牙がいたのは、偶然だった。
久那牙が大橋付近にいるとの知らせを受けて涛牙は海潮共々その地を訪れ、辺りを警戒していた。そこでうっかりと勇者同士の戦いを見てしまったのだ。挙句勢いに任せて風は夏凛を叩き潰そうとしていた。
咄嗟の行動で剣を投げつけてしまったのが、涛牙にとって最大のしくじりだ。
平然と対峙していたように見えただろうが、実のところ内心ではどうしようかと慌てていたものだ。
そこに探していた久那牙まで現れて混戦になるわ、バーテックス襲来が重なり樹海に割り込むことになるわ、バーテックスやら美森やらキバの鎧を纏った久那牙やらと連戦するわ、魔戒士としてはご法度な振る舞いを続けることになってしまった。
実のところ、こんな説明をせずに済ませる方法自体はあるのだが――。
(それは止めろと言われているしな)
他に都合のいい作り話も考え付かず、結局涛牙はただ事実を話すしかなかった。
一方で、風たちも涛牙の話を作り話と一笑に付すことは出来ない。
ホラー。魔戒士。人知れず続く両者の戦い。あり得ない、と切り捨てるのは簡単だが。
先のバーテックスとの決戦、そしてその前の現実世界で起きた風と涛牙、黒尽くめの乱戦。そこで涛牙や彼の祖父である海潮が見せた身体能力や、ゲームやアニメの魔法のような術は、この目で見た紛れもない事実だ。
この世界にある人知を超えた超常の力が、神樹から与えられる勇者の力だけではない、と考えれば、有り得ないとも言えない。
少し考え込み、夏凛が口を開いた。
「でもさ。そんな、人が喰われるなんて事件、聞いたことがないわよ?」
困惑した様子の夏凛の言葉に、涛牙はああ、と頷きつつ続ける。
「“喰われる”と言ったが、ホラーに喰われた人間は何の痕跡も残さない。文字通り、消えるんだ」
血も肉も骨も、身に付けていた物も含めて。ホラーの餌食となった者はその存在の全てが、痕跡も残さずホラーに喰い尽くされる。
今でも、毎年少なからず行方不明者は現れている。その中にホラーの犠牲者が混ざっていても不思議ではない。
そう告げられて、風はふと周囲を見回した。
入院患者やその見舞い客が散歩や日向ぼっこを楽しむ、病院の中庭の光景。ごくありふれた昼下がりのひと時。
この中に、もしかしたら。
「ホラーとかいうのが、いる?」
「かもな」
涛牙の返答に、風は絶句して息を呑んだ。
そんな風の様子をからかうように、ディジェルが口を開く。
『疑心暗鬼でビビるだろ?だからホラーの事は隠されてんのさ』
「俺たち魔戒士でもホラーを一目で見分けることは出来ない。ディジェルのような魔導具で気配を探り、魔導火や魔導鈴で潜んでいるホラーを暴いて、初めて見分けがつく」
『大赦だってバーテックスの事は隠してるんだ。ホラーの事が隠されてるのも納得ってもんだ』
「そうですね……」
真実が残酷である事。それを身を以て知っている美森が呻いた。
壁の外で、あからさまに怪物然としているバーテックスの事だって、もしも今公開されれば社会はパニックになる事は容易に想像がつく。
涛牙の言葉を信じるなら、ホラーという怪物は人の姿に擬態して人の集団に溶け込んで、虎視眈々と獲物を狙っているという事になる。情報が出回れば、パニックどころか社会そのものが崩壊しかねない。
背筋に冷たい気配を感じながら、美森が疑問を口にする。
「その話が本当なら、その番犬所、というのは、大赦の中にあるか協力関係にあるのですか?」
勇者候補を守るために派遣されたというなら、最低でも大赦と協力関係を結んでいると美森は踏んだ。そうなら、後から大赦を通して涛牙の言葉の真偽を確かめることも出来る。
「いいや。大赦と番犬所に関係はない。大赦の連中は、勇者部に俺という異分子がいること自体知らないはずだ」
涛牙の返答はさすがに美森も想像していなかったが。
「ええっ?!いやいやそれは無いわよ!アタシ大赦との連絡で白羽くんの事伝えてるし!?そもそも大赦がアタシたちを引き合わせたんでしょうが!」
慌てふためく風に、涛牙は頭を振った。
「手紙でグアルディアに来るよう指示されたんだったな。手紙を渡したのは、大赦の神官だったか?」
「そうよ!学校帰りに手渡しされて!」
「ソイツが大赦の神官だと、どうしてわかった」
「それは……神官の格好してたからよ」
『制服って奴は一目でどこの所属か分かるからなぁ。裏を返せば、それらしい格好をしていたら案外誤魔化せちまうもんさ』
ディジェルの揶揄うような声に、風は押し黙る。
あの日、無言のまま手紙だけ渡して去っていったあの神官。仮面をつけているから当然顔も分からない。大赦の神官だと風が考えたのは、ただ、神官の格好をしていたからだ。
あの仮面と装束の下にいたのは、本当に大赦の人間だったか?
「……じゃあ、あの神官は――神官じゃなかった、の?」
呆気に取られたように風は呻いた。一方、考えを巡らせていた夏凛が続いて口を開く。
「でも、アンタたちは、誰が勇者候補かを知っていたのよね。大赦の、それこそ上層部でもなきゃ知らないことを」
「――まあ、順当に考えれば、大赦内を探れる魔戒士関係者がいるんだろう。誰かは分からないが」
『魔戒士の歴史はそれこそ人類史と同じくらい長く深いんだ。設立300年ばかしの新参が探れるほど軽くはねぇよ』
どうということもないような返事に、夏凛は顔をしぶく歪める。
涛牙の言葉を意訳すれば、大赦という最大権力を握る組織の中に潜り込んだスパイがいて暗躍しているという事でもある。無視していいことではない。
「……なら、番犬所とかいう連中が知らぬ間に世界を動かせるってわけ?」
夏凛の声に棘が混じるのも無理はない。だが、涛牙はこれも頭を振った。
「人の世界に手を出さない。魔戒士の掟だ。俺たちが狩るのはあくまでホラーのみ。人間同士の諍いは関わらないし、例え世に悪政が敷かれてもそれを糺すのは人間自身であるべきだ」
『実際、ヨーロッパじゃぁ魔戒士が悪魔の使いと見做されて狩りだされる羽目になったが、当時の魔戒士たちは人に危害は加えず、ひたすら身を隠して世間が落ち着くのを待ってたそうだ』
「?魔戒士は、人間以上の力があるのよね?反撃とかしなかったの?」
風の質問に、涛牙は小さく鼻を鳴らして答える。
「只人に危害を加えてはならないというのも掟だ。破れば魔戒士の力を封じられるか、粛清されるか。元より人を守るのが魔戒士の使命。ただヒステリーに煽られた人間を殺すなど許されるものじゃない」
「……………」
巌としたその言葉にみな黙り込む。
特に、『満開』の代償にキレて大赦に殴り込もうとした風と、世界の真実に絶望していっそ滅ぼしてしまおうとした美森は顔色を悪くしてバツが悪そうに身じろぎした。それぞれが暴走していた時、止めに入った涛牙が静かに、或いは激昂して怒って見せるわけだ。
秋の冷えた風が沈黙の空間にそよぐ。
その静寂を退けようとして、風が口を開く。
「それで、白羽くんはこれからどうするの?」
その問いに、涛牙はバツが悪そうに答えた。
「番犬所からの指示が来た。現状維持とのことだ」
「アタシたち、御役目からは解放されたんだけど、それでも守るの?」
「また回ってくるかもしれないだろ。それに、久那牙が絡んでくる恐れもある」
また勇者になるかもと言われて身体を固めたところに付け加えられた名前に、皆が息を呑む。
「クナガ……って、あの黒尽くめよね。神樹様やバーテックスの力を喰ってた」
勇者とバーテックスの戦いそのものを粉砕しかねないイレギュラー。切り結び返り討ちにあった身としてゾッとするほどの恐怖を思い出しながら訪ねる夏凛に、返事を返したのはディジェルだった。
『ああ。曲津木 久那牙。当代最強の魔戒騎士と呼ばれた男さ』
「……今では暗黒騎士――最悪の堕落を果たしたクソ野郎だ」
「ヒッ?」
言い捨てる涛牙の声に混じっていたのは、掛け値なしの怒りと憎悪。零れた殺気にあてられて樹がへたり込む。腰が抜けた彼女を抱きかかえながら、夏凛が先を促す。
「暗黒……って」
「人の犠牲を省みなかったり、外法の技術でホラーの力を利用したり。そんな正道を破った魔戒騎士に付けられる蔑称だ」
『その中でも、久那牙は最悪だ。纏う鎧に自分自身を喰わせた上で鎧を支配し返した事で、奴は《心滅暗黒騎士》キバとなった』
ディジェルの説明に、え、と樹が声を上げる。
「と、涛牙先輩も鎧を着てましたね?あれ、そんなに危険なんですか?」
「ソウルメタル製の鎧を纏っていられるのは99.9秒。それを越えたら鎧が装着者を喰らおうとする」
『ソウルメタルもまたホラーと同じく魔界に属するモノ。扱いを間違えればただじゃすまねぇ。魔を以て魔を制す、故に魔“戒”騎士ってぇわけだ』
そんな危険なものを使っていたのか、と慄きながら、風が先を促す。
「それで、そのキバが他と違うっていうのは?」
「キバは暗黒騎士の中でも特別で、倒したホラーを喰らう事で力をどんどん増していく事が出来る。本来ならホラーが現世に出てくる事自体を防ぐのが魔戒士の務めだが、キバはむしろホラーが出れば出るほど強大化する」
ホラーが現世に現れるという事は、最低でも1人、陰我を宿すオブジェに触れた人間が喰われているという事だ。それを良しとする時点で魔戒士としては失格だ。
「ホラーを喰らう。力が増す……」
涛牙の説明を聞いて、考えを巡らせた美森が一つの結論に至った。
「まさか、勇者やバーテックスも?」
『満開』状態の装備さえ平然と切り裂かれた事を思い出す。星座型バーテックスの群れを平然と蹴散らした事も。
久那牙が用いる剣と鎧。そのどちらもが「神或いは同質の力を吸収できる」とすれば、あの訳が分からない事態も説明はつく。
「だろうな。ただ、なぜ勇者の力やバーテックスを吸収できるのかは分からない」
「……分からないの?」
「そういえば、白羽くんの剣って星屑を斬ってたわよね?魔戒士ってバーテックスも倒せるの?」
「そこもどうしてかは分からない。なぜ魔戒剣でバーテックスが――最弱の星屑とはいえ斬れたのか……」
『ホラーを斬れるのは魔戒由来のソウルメタルの武器だけ。バーテックスを倒せるのは神樹由来の勇者の力だけ。そういった特殊性がたまたま通じたんじゃないか、たぁ思うが……分からんな』
「バーテックスとの戦いは、神樹が張る結界の中で行われる。樹海結界に割り込むことが出来ると分かったのは2年前。それも実例は一度だけだ。あまりに情報がない」
思案がちに呟く涛牙の言葉に、不意に夏凛は察した。
「あ~、もしかして。勇者候補の護衛ってだけじゃなくて、神樹様の結界がどう張られるかとかも調べてたんじゃ?!」
「そうだな」
番犬所からの指令を思い返して涛牙は首肯する。勇者たちに警報が届いてから樹海が発生するまでの猶予や、成り行きとはいえ樹海でバーテックスと戦った感想は番犬所に伝えている。
星屑レベルならともかく、対勇者級は凄腕の魔戒騎士が束になっても相手にならなさそうだが。そんな戦場に魔戒士が飛び込んで何をするのかまでは涛牙も知らないが。
「……なんか、ホントあちこちで誤魔化されてたのね、アタシたち」
呻くように風が言う。大赦の隠蔽よりはマシな話だが、涛牙の隠し事も(必要な事とは分かるが)気分はよくない。
「すまない」
小さく頭を下げる涛牙の、しかし風たちから視線を逸らそうとしない姿勢には好感が持てるが。
「ま、いいわ。白羽くんの事情も分かったし。力仕事役は勇者部にも欠かせないしね。これからも、よろしく」
言って差し出された右手を、
「恩に着る。こちらこそ改めて、よろしく頼む」
涛牙も握り返した。
神世紀300年、秋。
人知れず世界を護る
ゆゆゆいもサービス終了しましたね。
正直ストーリーをほぼほぼ進めていなかったので、花結いの章後半からきらめきの章はお話だけを追える機能があってマジ助かりました。