結城 友奈は勇者である 神の揺り籠   作:ヴィルオルフ

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ようやく第4話、アニメで言うところの第2話になります。

ですがここで残念なお知らせ。
VSヴァルゴ戦ですが、アニメ本編と同じ流れです。なので友奈決意の変身シーン含めて全面カットとなります。つまりこの話はヴァルゴ戦の翌日の場面ですね。
戦闘シーンを期待してくださっている方には申し訳ないです。

当然のことながらヴァルゴさんも出番カットです。

乙女座「解せぬ」




第4話 ビギニング・フェアリーテイル(戦記、開幕)

「――早速、昨日の事を説明していくわ」

 放課後の勇者部部室。普段なら部員たちがワイワイと雑談やこれからの活動についてにぎやかな会話が交わされるその場所が、今この時は張りつめた空気に満たされていた。

 いつもと違うのは室内の空気だけではない。黒板を背にする風と、風と向き合って席についている友奈、美森、樹。皆が皆、真剣なだけではない、もっと複雑な感情を秘めた顔つきで視線を交わしている。美森に至っては睨んでいる、という形容が正しい。

 普段と変わらぬ表情なのは、もともと無表情な涛牙くらいだ。部屋の隅で棚に寄りかかって、説明は風に任せている。

「昨日も話したけど、アタシは、大赦から使命――『御役目』を仰せつかっているの。それが、昨日の戦い。まずは何故戦うのかってところから話していくわ」

 一度苦虫を噛み潰したような顔をしてから、ミーティング開始前に黒板に描いた絵を示す。それは言葉で表すなら「幼稚園児が書いた、ボウリングのピンに目鼻をつけたナニカ」という代物だが。

「こいつが昨日戦った敵――『バーテックス』。壁の向こう、殺人ウイルスの中から生まれた人類の天敵。こいつらが壁を越えて攻めてくるという事が、神樹様のお告げで分かったの」

「あ。それ、昨日の敵だったんだ……」

「あ~でもこんな感じだったよね」 

 樹と友奈がそんな感想を零す。1つ頷いてから、風は後をつづけた。

「目的は神樹様を壊して人類を滅ぼすこと。以前にも襲ってきたことがあって、その時は追い返すので精一杯だったそうよ。そしてバーテックスがまたやってくるという事も分かった。それで、大赦は神樹様の力を借りる事でバーテックスを倒すための戦力を作り上げたの。それが――」

「それが、勇者……」

 友奈のつぶやきに、やはり風は頷き返す。

「そう、勇者システム。人智を超えた力には、同じく人智を超えた力で立ち向かうってわけね。ただ、神樹様の力を授かれるのは、限られた人――無垢なる少女だけ」

 そこで一つ息をついてから、風はその先を続ける。

「大赦は極秘に四国中の少女の勇者適性を調べて、適性の高い子を集めてチームにしていたの。あたしに与えられた指示は、この讃州中学に通う勇者候補をチームにする事」

「じゃあ、勇者部って……」

 友奈が、恐る恐る先を促すと、風は一度唇を噛んでから、

「――そう。勇者部は、勇者候補を集めるために作ったのよ」

 俯きがちに、そう答える。

「少し前にあった結城からの新人勧誘についての質問があったが、犬吠埼が答えを濁したのはそのためだ」

 涛牙にそう言われて、友奈は3月ごろの事を思い出した。

 

 4月からの新入部員勧誘はどうしようかと話を振った時に、風は「もう有力な新入部員がいるわ!まあうちの妹だけど!」とは言ったが、それ以上は何も動く気配がなかった。

 1年前、入学してどの部活に入ろうかと思案していた時に、風から勇者部のチラシを受け取ったのが、友奈と美森が勇者部を知ったきっかけ。聞けば風が主導となって最近立ち上げた、人助けを活動内容とする一風変わった部活動。友奈はその活動内容と『勇者』という言葉の響きから入部を決めた。

 部の立ち上げ時からいた涛牙も加えた4人で様々な人助けを続けてきたが――今年は勧誘のチラシを用意している様子もなかった。

 そういえば、去年も中途での勧誘はしていなかったし、確かに変わった活動内容だから入ろうとする人は多くないだろうが人手があって困るわけではない。どうしたのかな?と感じていたのだが。そんな裏事情があるとは思いもよらなかった。

 

「じゃあ、涛牙先輩も?」

 促されて、涛牙は一つ頷いてから答える。

「俺は勇者ではないので戦えないが、犬吠埼の活動を補佐するよう上から指示を受けている。まあ、チームの活動内容を決めたのは犬吠埼当人だが」

 これほど活動するチームでなくてもよかったのだが、といいながら涛牙は肩をすくめた。事実、彼が知る限りでは他のチームは放課後にメンバーがおしゃべりするくらいの、サークル程度の集まりがほとんどだという。学内の部活動としてこうまで積極的に動いていたのはこの讃州中学 勇者部だけだろう。

「え……じゃあ、お姉ちゃんはどうして勇者部を?」

 樹からの質問に、風は苦く答える。

「さっきも言ったけど、他にも大赦からの御役目で作られたチームはあるの。どのチームが選ばれるかはその時が――バーテックスが襲ってこないと分からない。選ばれない可能性の方が大きかったのよ。アタシは、せっかく集まるんなら人助けになるような事を出来るチームにしたかった。1人だけだと気恥ずかしくても、みんなで集まれば人のためになる事を勇気をもって出来るようになるかな、って」

 それは、友奈と美森を勧誘する際に語った勇者部創設の目的だ。表向き・建前でしかないとしても、犬吠埼 風という少女が勇者部を創った理由に嘘はない。

「風先輩……」

 かつて笑顔と共に語られた部の目的を、今は罪悪感の苦みを滲ませて語る風の姿に、友奈は言葉も出ない。樹も、見たことがないくらいに重苦しい風の姿になにも言えない。

 だが、沈黙が流れたのも少しの間だった。

 1つ深呼吸をして顔を上げた風の表情は、険や苦みを呑み込んだ真剣さを取り戻す。

「話を戻すわね。ともかく、アタシ達勇者部は神樹様の勇者として選ばれた。神樹様からのお告げ――『神託』って言うんだけど、それによるとバーテックスは12体。昨日1体倒したから残り11体を倒し、神樹様をお守りする事。それが勇者の役目よ」

「バーテックスを撃退できなければ人類は終わり。戦えるのは勇者だけ。極めて困難な状況なのは確かだ」

 涛牙の言葉に小さく頷き、風は後を続ける。

「バーテックスが襲来すると時間が止まり、樹海っていうバーテックスと勇者が戦う世界に変わる。神樹様から戦うための力は授けられるし、精霊バリアがあれば大抵の攻撃は防げるわ。……そういえば友奈、精霊が出てきてるけどどうしたの?」

 実を言えば。話が始まる前から友奈の頭上には精霊がいた。デフォルメした牛に花びらのような形の羽が生えた精霊が、手足をダラリと伸ばした猫のような態勢で覆いかぶさっている。

「アハハ、牛鬼ってば、勝手にスマホから出てきちゃうんですよね……。家で出てきた時は驚きました」

 ちょっと困ったように言いながら、友奈はポケットから出したジャーキーを精霊――牛鬼に差し出す。寝ぼけたような顔つきの牛鬼は、それでもジャーキーを手にするとモグモグと頬張りだした。

「ジャーキー……。共食いですか?」

 樹の言葉にウ~ンと首を傾げる。頭が傾いても牛鬼は器用に頭に載ったままだ。

「なんつーか自由な精霊ね……。ウチの犬神も樹の木霊も大人しいのに」

「周囲がどうあれ自身の在り方を曲げないというのは、ある意味結城らしいとも思えるな」

 そんな感想をつぶやきつつ、風は改めて咳払いすると話を進める。

「アタシたちが勇者に選ばれた事で、大赦もこれからはアタシたちのサポートをしてくれることになるわ。先生たちにもこの件については――重要なところは省かれるにしても――連絡が行ってるしね」

「ああ。だから昨日は先生からは何も言われなかったんですね」

 授業中にスマホのアラームが鳴ったものだから先生から注意を受けるところだったのだ。その注意の言葉の途中で時間が止まり、バーテックスとの戦いになったわけだが、戦いが終わって教室に戻っても、クラスメイトも先生も、何があったのかと追及してくることはなかった。

「お前たちについては『神樹様からの神聖な御役目を任されたので、急に姿が見えなくなることがあるが気にするな』といった内容が教師から通達されたようだ。好奇心から深入りする者がいるかもしれないが、そこは秘密で誤魔化せ」

「あと 戦いの際の注意事項としては、樹海がダメージを受けると、樹海化が解けた時に、現実の世界にも何がしかの災害が起きるらしいわ。長時間バーテックスが居座っても同じくね」

 更に告げられた注意事項に、樹と友奈の表情が強張る。昨日の敵は爆弾をポコポコと生み出しては撃ち込んでくる敵だった。身を守る精霊バリアがあると聞いていたし実際にバリアの恩恵も受けたが、だからといって好き好んで受けとめるものでもない。なので避けられるものは普通に避けていた。

「も、もしかして昨日の戦いでも……」

 樹が恐る恐るという感じで口にすると、涛牙が軽く首を横に振りながら答える。

「ニュースや新聞では特に報道はない。犬吠埼に連絡がないなら騒ぎになるようなことはなかったと見ていいだろう。気にするな」

「ただバーテックスが暴れまわって良い事なんて何もないわ。奴らが暴れて大惨事、なんてことにならないように、あたし達が頑張らないといけないわ」

 そう締めくくって、風は再び部員たちを見つめる。

「お姉ちゃん……」

 樹が小さくつぶやく。姉が何かしら秘密にしていることがあるのはなんとなく察してはいたが、こんな大ごとだとは思いもしなかった。

 

 部室内に沈黙が落ちる。だが、それはすぐさま振り払われた。

「――それって、勇者部の部活動と同じですよね」

「友奈?」

「勇気を出して、世のため人のためになる事をする!それが勇者部、ですよ!さっき風先輩も言ったじゃないですか。何のために勇者部を作ったのかって!」

 勢いよく立ち上がると、握りこぶしを構えて友奈は吠える。

「神樹様の力が弱まったり倒れたりしたら、クラスの人やお父さんたち、他にもたくさんの人が大変なことになる!わたし達がそれを守れるなら、それこそ頑張らないと!勇気を出して!」

「友奈さん」

 見上げる樹に頷き返して、友奈は高らかに声を上げた。

「勇者部五箇条一つ、『為せば大抵何とか成る』!風先輩、わたし、勇者をやります!」 

 その表情は一片も臆することなく。友奈は世界を守る戦いに踏み出すことを決めた。

 それを見て、樹も心を決める。いや、元から樹は決めている。昨日の戦いでも樹は風の後に続いて、2番目に勇者システムを起動させたのだから。

「もちろん、私もついていくよ、お姉ちゃん。お姉ちゃんや友奈さんの背中は、私が守るからね」

「樹……」

 言われて、風はかすかに涙ぐむ。いつも自分の背中に隠れるようにしていた引っ込み思案な妹が、自分と共に戦ってくれる。これが御役目絡みでなければ、樹の成長を喜びうれし涙にむせび泣き、『かめや』でうどん祭りをするところだ。

 

 涛牙もそんな部員たちを見て小さく表情を緩ませ――ミーティングが始まってから一言も話していない美森を、その握りしめられた拳を見て、ス、と視線を鋭くした。

「……なんで、もっと早く、勇者部の本当の意味を教えてくれなかったんですか」

 そんな美森の口から出たのは、ひどく抑揚を欠いた言葉。

「友奈ちゃんも樹ちゃんも、一歩間違えれば死ぬかもしれなかったんですよ」

 その平坦さが、爆発寸前の怒りをギリギリ抑えたものだと、わからない者はここにはいない。1人を除いて全員がその怒りの気配に圧される。

「――バーテックスの事は極秘事項だ。そして秘密は知る者が少ないほど漏れにくい。勇者に選ばれるかわからない状況で裏事情は話せない。――そもそも、言われて信じるような話でもない」

 気圧されることなく涛牙が答える。確かに、友奈や樹が今の風の話を聞いて納得できるのは、バーテックスの脅威と樹海という異界、そして勇者の力を自身で奮ったからだ。それらの体験がなければどんなに真面目に言われても笑い飛ばしてしまっただろう。

 そんな正論をつき返されても、美森は暗く俯かせた顔を上げようとはしない。

「こんな大事な事、ずっと、黙っていたんですか。……せめて一言、話してほしかった」

 そう呟くと、車椅子を動かし、一堂に背を向けて部室から去っていく。

「東郷さん?!」

 友奈が後を追って出ていくと、窓からは5月も近い春の陽光が差し込むというのに部室内は暗い気配に支配された。

 

 

「ウアアァァァ。どぅしよぉぉぉ?!」

 やがて、風は奇妙な抑揚をつけて呻きながら頭を抱えだした。涛牙も視線を鋭くしたまま、頬を掻いている。

「白羽くん、どうしよ!?」

 風に言われても、涛牙自身もムムム、と呻きながら、

「勇者の辞退が出来るなら、東郷は抜いてもらえるか?」

「いや、東郷さんが気にしてるのは私たちの事のほうじゃ……」

 涛牙の意見に樹がダメ出しをする。

「ダメか。なら全員辞退を――」

「どっちも無理よお~」

 泣き出しそうになりながら風が言う。

 以前、勇者に選ばれたら辞退出来るのかを大赦に聞いてみたことがあるのだが、その時の返事は「神樹様に選ばれた者以外は勇者になれない。よって辞退は認められない」とのことだった。呪術的な紐づけがどうの、という事だったが正直な話、風には原理はわからない。

「なら、ひとまずは謝る事から始めるしかないな」

「そ、そうね!誠意を尽くして謝らないとね!」

 気を取り直したのか、自身の精霊――犬神を対面において、風は謝罪のシミュレーションを始めた。

 一方、樹はポケットからタロットカードを取り出し、姉と美森が仲直りできるかを占いだす。樹の占いはかなり高い確率で当たると勇者部の面々やクラスメイトに評判だ。

 そうして、引いたカードは。

「『塔』のカードか。意味は?」

「えっと、災害や災難の暗示。他には――信用の失墜、失望……」

 悪い意味がそろったカードに、さすがの涛牙も言葉に詰まる。だが、

「聞きかじりだが、タロットはカードの向きで意味が変わるのだろう?逆向きだったら?」

 タロットではカードはその向きによって意味が大きく変わるという。ならいい意味につながる暗示も出るのでは、と思ったのだが。

「引いたのは正位置です……。それで、逆位置でも、苦悩や窮地の暗示が……」

 ダメだった。こうなるとよく当たる樹の占いが却って仇になる。

 

 こちらのやり取りが聞こえていたのだろう、頭を抱えて呻く風にため息をつきながら、涛牙はぼやいた。

「――しかし、東郷が御役目を嫌がるとはな。意外だ」

「そうなんですか?」

 改めてタロットを並べながら聞いてくる樹に頷き返して、

「日ごろ愛国心だの護国の英霊だのと言っているからな。乗り気になりすぎて前のめりになるのを危惧したくらいだ」

 言って、廊下の方を見る。まだ美森も友奈も戻ってくる気配はない。

「そ、それはさすがに……。確かにそういう方面に熱くなる事もありますけど、基本的には14歳ですよ。怖いものは怖いですって」

「そうか……。予想外といえばお前も予想外だ。戦いにはしり込みするだろうと思って疑いもしなかった」

 性格的に争いごとに向いておらず、運動神経抜群というわけでもない。そんな樹が勇者として戦えるのか。風が大赦に勇者の辞退が出来るのか問い合わせた理由の1つでもあるし、涛牙は涛牙で樹をどう言いくるめるかに人知れず頭をひねっていた。

「まあ、自分でも意外だなって思いますけど」

 苦笑いしながら、樹は続ける。

「お姉ちゃんは1人でもバーテックスに立ち向かおうとしたんです。なら、妹のわたしも一緒に戦わないとって、そう思ったんです」

「姉のため、か」

「えっと、ダメでしたか?もっと世界のためじゃないと、とか……」

 不安げに言う樹に、涛牙は首を振る。

「いや。世界がどうこうという大仰さよりはずっといい」

 ただ、と涛牙は後を続けた。

「とっかかりは誰かの後を追って、でいいが、いずれは自分の動機を見つけた方がいい」

「そういうもの、ですか」

 樹が見返すと、涛牙は窓の外に遠い視線を向けて、

「――誰かの後追いだけで進むと、その相手を見失った時に動けなくなる」

 その言葉は、何故だか涛牙自身に向けたもののように、樹には聞こえた。

 

 

「ううう~、軽い感じだと火に油になりそうだし、かといって土下座まで行くと逆に気遣わせそうだし……。どう謝れば……」

 犬神を抱えて未だ悩み続ける風。さすがにうっとうしくなってきたのか、涛牙の視線が少し鋭くなる。

「――何か、いい話はないか?」

 言われて、樹が伏せたタロットをめくろうとした。その時。

「「!」」

 けたたましいアラーム音が、風と樹のスマホから鳴り響く。

 勇者部全員がインストールしている連絡用アプリ、『NARUKO』。その実は大赦が作成した勇者支援用アプリであり、勇者に選ばれた者が持つ『NARUKO』は樹海が展開される際には事前に警報が鳴る仕組みになっている。

「うそ、これって」

「そんな、連じ」

 驚愕に満ちた2人の声は、当人の姿ともども突然に部室から消える。残されたのはめくりかけのカードと、涛牙のみ。

 

『神樹が結界を張るまで、ふた呼吸ってとこか』

 なのに、涛牙以外の声が聞こえた。涛牙は自身の胸元を見下ろして、

「ああ。すぐに反応できれば、適切な術を用いれば樹海に侵入することも不可能じゃなさそうだ」

 誰もいないはずの場で、誰かに話しかける。

()()はこの事に自力で気づいたわけか。とんでもねぇな』

 声に頷く涛牙の表情は、常にないほど険しい。

「――だが、勇者の近場にいないとアラームが鳴っていることは分からない。()()がここに気づくのがいつか、それが問題だ」

『ここは名前が名前だ。油断は出来ねぇぞ』

「わかってるさ、ディジェル」

 そこで言葉を区切ると、涛牙は自分の頬を叩いて気持ちを入れ替えた。

「とりあえず、茶でも入れておこう。東郷の牡丹餅は茶請けによさそうだ」

『ま、今のお前さんにできる労いはこのくらいだわな』

 そんな声に、胸元を指ではじくと、服の下から何か金属質の音が響く。ありうるとすれば、姿なき声の主はそこにいるのか。

 棚に向かいかけて、ふと樹がめくろうとしたカードを開く。開いたカードが正位置か逆位置かはわからないが。

 出てきたカードは『太陽』。

 涛牙は知らぬことだが、逆位置では人間関係の失敗を、正位置では成功や仲直りを暗示するカードだ。

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 そこは、果てしない闇が広がる場所だった。

 明かりを放つのは、入口からここまでの床。そして眼前にある、ここの主人が座する椅子だけ。常識的に考えれば、その大きな部屋の天井と壁が暗がりに隠れて見えていないだけ、のはずだが。

 天井も壁も無かったとして不思議はない。なにしろここは『番犬所』、現世の狭間にある異界だ。

 その異界にて。

「――以上が、報告になります」

 涛牙は番犬所の主人に報告を行っていた。

 見た目でいえば、主人は少女だった。纏うドレスも肌も、髪さえも雪のように白く、瞳の赤は血の如く深い。

 豪奢な椅子に座るその少女の脇には、男物の礼服を纏った女が2人控えている。長い黒髪の女は白いタキシードを、短い金髪の女は黒い燕尾服。手にした杖は同じだが、握る手は左右別々だ。

 そんな従者を従える少女は、ニヤリと笑った。

「ふむ。昨日勇者になったと思えば、早々に4体のバーテックスを撃破したとな」

 その言葉に、涛牙は跪いたまま頷く。

「神樹の神託は随分外れるようになったようだが、現場の努力で問題は帳消しといったところか。なぁ?」

 もしここに、一般人がいれば今の言葉に絶句し、或いはその不敬に怒り出すだろう。

 人類を守護し、日々の糧や資源を恵みとして与えてくれる神、神樹に敬称もつけず、むしろ軽んじるような口調だったのだから。

 だが、ここには一般人はいない。ここにいるのは――涛牙を含めて――光ある世界の裏側に踏み込んだ者たちだ。

「勇者システムの機能向上と、精霊バリアなる機構を導入したことで、事前の訓練なしでも戦果を挙げられるようです。実際、目立つ負傷は負っていません」

 涛牙の言葉に、少女は軽く鼻を鳴らす。

「300年の蓄積の賜物といったところか」

「はい。それで、今後の動きは?」

 尋ねる涛牙に、答えてきたのは従者たちだった。

「白羽 涛牙。貴様の任務に変更はない」

「勇者の傍に控え、ホラーから守護する。その務めは終わっていない」

「他の候補チームに配した面々も、これは変わらない」

「貴様のチームが動けなくなったのち、新たに勇者となる可能性がある故」

 従者の回答に了解と答えて、涛牙は立ち上がった。

「では今後も勇者部の補佐を続けます」

 答えて踵を返そうとすると、涛牙の胸元から声が上がった。

『ガルムさんよ、ちょっと確かめておきたいんだが』

「ふむ、何かあるか?魔導具ディジェルよ」

 それは、涛牙が首から下げる首飾りだった。悪魔の頭部を象った鋼色の装飾の、その口が開閉して言葉を放つ。

『その勇者がホラーと遭遇しちまった時さ。その場を収めた後、普段なら記憶を消してるわけだが、神樹の加護だの精霊バリアだのがある相手に使っていいものかね?』

 聞かれて、少女――番犬頭、ガルムはフム、と少し考え込むと、

「――勇者の精神に応える勇者システムと、記憶に手を出す術、か。影響しない道理もないし、かといっておいそれと試すわけにもいかぬな。……致し方ない。記憶を消す術は使うな。代わりにホラーと関わらぬよう一層注意せよ」

『応さ。だってよ、涛牙』

「お前な……いや、気づいてなかった俺も俺だが。ともかく、承知しました、ガルム。彼女らが関わらぬよう注意します」

 ガルムに頭を下げて、涛牙は改めて踵を返した。

 だが、出口の一歩手前で涛牙は立ち止まり、背中を向けたままガルムに尋ねた。

「――最後に。“クナガ”の行方は?」

 その問いに、ガルムはため息を一つついて。

「四国各地で誰が討滅したかわからぬホラーの形跡はあるが、当人の行方は杳として知れぬ。襲撃された騎士や法師の話も聞かぬ」

「――そうですか」

 言って、涛牙は番犬所から退出していった。

 




以上、第4話でした。

涛牙の素性についてはバレるところまで引き延ばすことも考えたんですが、読者にしてみれば部外者面でウロチョロするキャラがいても邪魔なだけだし、明かされなくても自然と察せられるよね、という事で明かすことにしました。勇者部面々にバレるのは先の話になりますが。

尚、話の中で出てきたタロットの暗示はネットで調べて見つけたものです。アニメ本編では違うカードだったと思いますが、ネタのために調べてみたらいい感じの解説があったんでそちらを使ってみました。


ここまででバトルは魔戒騎士が1回だけ……。
勇者とバーテックスのバトルは、もうしばらく待ってください。ゼロにはしないつもりなので……。

蟹・蠍・射手「ハブられたっ?!」





雑談になりますが、ゴジラKoM見てきました。
評論では悪い意味で使われていましたが、個人的には怪獣バトル山盛りで楽しい映画でした。日本で作られていたVSシリーズと空気感は似ていたと思います。逆にシン・ゴジラが性に合う人はちょっと合わないかもしれません。
出現以降、電撃や嵐を操って暴れまわったギドラも大怪獣の威厳がありましたし、3つの首がそれぞれ意識を持ってるらしい仕草もよかったです。
後はラドン。お前ギドラとやりあってよく死なずに済んだな。

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