結城 友奈は勇者である 神の揺り籠   作:ヴィルオルフ

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何とか2022年ギリギリに新話投稿出来ました。
世の中が大いに揺れ動いた年が終わりますが、次の年はよい事がある年になってほしいですね。


幕間ノ2「大赦の交渉」

 大赦、元老院。大赦の最高意思決定機関である。

 かつて神世紀の始まりの折は、神樹から頻繁に下る神託に基づいて社会を導いていた事からほぼ全員が巫女で構成されていたが、時代を経るに従って神託の頻度が減り、神世紀100年代からは実務を取りしきる高位神官たちに巫女を束ねる巫女長が混ざる形となっている。

 四国各地から上げられる種々の情報、巫女長や神祇官からの祭祀に基づく助言、更には神樹からの神託。それらを精査し、社会を動かし方策を練る。神世紀が始まって300年。その手法に是非はあれども彼らは人類の未来と存続のために動き続けてきた。

 その元老院が、今は重苦しい気配に包まれていた。

 彼らの前では、勇者システムから抽出された戦闘記録が映し出されている。

 本来なら、元老院の面々が一々見るようなものではない。まずは勇者システムの開発部門や戦闘関連の部門が確認、精査・分析した資料がレポートとしてまとめられた上で元老院に提出されるものだ。

 だが、今回はそうはいかない。これほどの異常事態、一部署で抱え込むには無理がある。

 

 勇者と切り結ぶ少年。星屑を蹴散らす老人。

 そして、『満開』した勇者も星座型バーテックスも、等しく貪る黒い剣士。

 その映像は、神樹の傍に仕え、人知の及ばぬ奇跡をいくつも知っている彼らにとってさえ衝撃的だった。

 

「……由々しき事態だ」

 重苦しく、しかし掠れたような声で、元老の一人が呟く。それを皮切りに、元老たちが次々に言葉を発する。

「我らのあずかり知らぬところに、こんな者どもがいたとは」

「それどころか、我々が秘匿した世界の真実を把握しているなど、一体どこから情報を得たというのだ」

「人が神の尖兵を倒せるはずがない。そんな事はあってはならん」

「しかし、現に彼らは神樹様の御力、或いは他の神性の力も含めて用いた形跡がないと」

「大赦が知らぬことがこの四国にあってはなりません。至急素性を探りましょう。そして――」

 うむ、とその場の全員が頷いた。

「――我らの力となってもらおう」

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

「やあ」

 商店街から少し離れた場所にある雑居ビル。

 呼びかけられて、玄関口から顔を覗かせた少年は相手を見返した。

 仕立てのよいスーツに眼鏡をかけたその青年は、一見すればどこにでもいるような爽やか好青年だ。だが。

「君が、白羽 涛牙くんだね」

 訝し気に見返されて、表情を崩すことなく声を掛けられるなら、その胆力はそうとうに座っているとみるべきだろう。

「そういう、アンタは?」

 問い返されて、青年は懐から身分証を取り出した。特徴的な紋章が描かれたソレは、青年の所属を雄弁に語っている。

「僕は三好 春信。君に話があるんだ」

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 招かれた涛牙の部屋は、10代の少年の部屋とは思えないくらいに殺風景だった。

 壁や天井はコンクリートむき出し、家具の類も必要なものしかない。くつろげるような空間でないことは確かだった。

「大赦の神官の割には、普通にスーツ姿なんだな」

「まあね。よほどの高官か、勇者に関わる立場でなければ、神官服は儀式の時に着るくらいだよ」

「三好、ということは、アイツの兄か」

 茶を出しながら確認する涛牙に、春信は頷く。

「ああ、夏凛が世話になっているようだね」

「お互い様だ。それで」

 テーブルを挟んで春信の向かいに腰を下ろして。涛牙は鋭く問い質してきた。

「大赦の幹部が、何の用だ」

 最初は軽い世間話から、と考えていた春信だったが、涛牙は世間話など不要とばかりに本題に斬り込んできた。出鼻をくじかれた形になったが怯みは上手く誤魔化して、春信もまた率直に本題に入った。

「……なら、単刀直入に言おう。君に、そして君の知る限りの人々に、僕ら大赦に協力してほしい。無論、お礼はさせてもらうよ」

 その言葉に、涛牙はス、と目を細めた。

「なぜ?」

「……ここだけの話だが。大赦では天の神への反攻作戦を計画している。だが、用意できる戦力は潤沢とはいえない」

 声を潜めて春信が言う。

 天の神への反攻計画。それはかつて大赦が生まれた時より、秘かに温められてきた大目標だ。

 西暦を終わらせた戦い、『終末戦争』。襲来したバーテックスの脅威に対し四国の勇者たちが戦ったものの力及ばず、当時は“大社”と称した大赦の前身は生贄を捧げる事で講和を勝ち取った。大赦という組織名自体、“天の神に大いなる赦しを得る”という意味がある。

 だが当然、勇者は、人々は、諦めてなどいなかった。

 密かに力を蓄え、いつかバーテックス、ひいては天の神を倒して奪われた世界を取り戻す。無惨に奪われた命に報いるために。

 そのために勇者システムは西暦から300年、脈々と強化されてきた。

 かつては星屑の群れにも苦戦するほどだったが、今や星屑は軽く蹴散らし、完成型とも称される星座の名を冠したバーテックスとも十二分に渡り合えるほどだ。

 だが、神樹に選ばれた少女が神樹の力を用いて戦うという機構上、勇者システムの最大の欠点、“数を用意する事が出来ない”という点はどうしようもなく残り続けた。ここまで少数精鋭の勇者のグループで対抗出来ていたのは、結界を越えて侵入出来るのが星座型バーテックスだけであり、いわば質と質の戦いだったからだ。

 しかし、壁の外に攻めこむとなれば、星屑の大群も相手にする必要がある。質と量が揃った敵と戦うには今の勇者システムでも不利を強いられる。

 量産型勇者のプランも動いてはいるが、それとて用意できるのは数十人程度で焼け石に水。世界どころか日本列島をカバーすることも出来まい。

「――君やお祖父さんのような、神樹様の御力を借りることなくバーテックスと戦える人がいれば、人類は四国から打って出る事が出来る」

 だから、大赦に協力してほしい。

 そう頭を下げる春信を、涛牙はフ、と鼻で笑った。

「300年。歴史を改竄してまで自分たちで情報を独占し続けた連中が、随分調子のいい事だな?」

 皮肉を交えた言葉に、春信もグ、と言葉に詰まる。

 なぜ今を生きている人々がバーテックスを知らず、勇者を知らず生活出来ているか。それは偏に大赦による情報操作だ。

 神樹の庇護の下、人が安らかに生きるためには残酷な真実は必要ない。ずっと昔、そう判断した大赦は終末戦争の生存者が全て亡くなった神世紀100年ごろから歴史の改竄を行ってきた。歴史の教科書の記述を変え、バーテックスに関わる資料や書籍の類も検閲の下に次々消していく。そうして出来上がったのが、大赦のみが全てを知り、社会活動の一切を取りしきり、人類の舵取りを行う今の体制だ。

「自分たち大赦と勇者こそがバーテックスと戦うと決めたのはお前たち自身だろう。最後まで続けろ」

「だが!バーテックスを倒せる力があるのなら、バラバラに戦うより一つにまとまった方が」

「元々こっちはこっちで為すべき戦いがある。バーテックスとの戦いは管轄外だ」

「なら、バーテックスに通じる力についてだけでも、教えてもらえないか?」

「断る。そもそも生活のほぼ全てを鍛錬に費やして10年以上かかる上に星屑相手がやっと程度の力だ。今から着手したところで意味がない」

「……人類を守ろうという気はないのかい?」

「人を守る戦いをずっと続けている。お前たちよりずっと前からな」

 すげない涛牙の言葉に、春信は大きくため息をついた。

「ずっと前から、か……。けれど300年前、人類を守ったのは紛れもなく勇者と神樹様の力だ。君たちは、何をしていたのかな?」

 微かな皮肉を込めた言いざまに、涛牙は遠い目をした。

「さてな。何しろ今四国にいる同胞はほぼほぼ全員、昔から四国にいた者の末裔だ。外から逃れてきた者はごく少数。星屑の数に押しつぶされただろうが、その地で人を守ろうとしていたんじゃないか?」

「……………」

 煽りのつもりで発した皮肉をサラリと返され、春信が押し黙る。

「ああ、そういえば四国の戦いは1年保たなかったが、諏訪は3年抵抗し続けたそうだな。案外、諏訪地方にいたヤツが人知れず奮闘してたのかもな」

 続けられた言葉に、春信は身体を硬くした。涛牙の発言には、とんでもない情報が差し込まれていたからだ。

「……諏訪が滅んだと、知っているのか?」

「だから、四国も襲われるようになったんだろう?諏訪を囮に四国の籠城体制を確かにする、か。大のために小を切る。お前たちの基本姿勢はこの時に育まれたようなものだな」

 そう。大赦は諏訪が墜ちてから四国が襲われるようになったと知っている。だが。

「――当時、市民には『諏訪には生存者がいた』という情報が流されたそうだ。諏訪の壊滅を知るのは、大社の上層部や勇者様本人だけだったらしい」

「それで?」

 訝しむ涛牙に、春信はようやっと笑いかけた。頑なな涛牙の態度を突き崩すための隙を見つけられたから。

「つまり、君の仲間は大赦という組織の中にいる。ああ、昔から“人を守る戦い”とやらを続けていたと言うんなら、大赦のどこかに紛れていても不思議はない」

 言って、春信は立ち上がる。余裕ありげに座っている涛牙を、上から押しつぶすような気迫を込めて春信が言葉を繋いだ。

「……大赦を、僕らを甘く見ないでくれ。内側に紛れ込んだスパイを探すくらいはもう始まっている」

 勇者システムに残された、讃州中学 勇者部・白羽 涛牙という存在。

 大赦が把握していなかったその少年について、なぜ見落としたのかという議論も当然行われた。

 その中で発覚したのが、風や夏凛が大赦に提出していた連絡メールが、大赦側の文面で一部改竄されていたという事実だ。例えば夏凛が合流した時、或いは慰安旅行を贈呈した時。勇者からのメールでは涛牙の存在が明記されていたが、大赦が受け取った文面からはその部分が違和感のないように削除されていた。

 良くも悪くも秘密主義でありよほどの事がなければ外部から人を招き入れない閉鎖性を有する大赦にとって、部外者が侵入しているという事実は大問題となった。

 だが同時に、元老院にその情報が上がったという事実こそが、部外者はあくまで末端にいるに過ぎない事も示している。中枢にその手が伸びているなら、問題が発覚する前に消しているだろうから。

 そしてそういった“ネズミ”を狩りだす裏の仕事人たちを、すでに大赦は有している。

「赤嶺、か。かつて多大な功績を立てて以降、公安組織を束ねる地位を世襲している、だったか」

 薄い笑みを浮かべて、涛牙が言う。その内容に、やはり大赦の内情が漏れていると春信は小さく息を呑んだ。

 神世紀70年代、大赦に反抗する者たちを秘密裏に排除するために組織された『鏑矢』。その一員だった赤嶺 友奈はバーテックス信仰者による破壊活動を阻み、以降赤嶺家は代々公安組織を束ねる家柄となった。

 言うまでもなく、これもまた大赦の内側にだけ通じる話だ。一般にはそもそも公安組織の存在は秘されている。

「そう、赤嶺家にはこれまでの――200年を越える蓄積がある。内に入り込もうとした危険分子を狩りだした事も一度や二度じゃない。大赦に潜り込んだスパイを特定するのも時間の問題だ。そして」

「――見つけ次第、関係者も含めて全て排除する。だが、大赦に協力するなら大目に見てもいい。そういう事だろう?結局、自分たちが相手の下になる事はしたくないわけだ」

 またも先読みされて、しかし今度は春信は頷き返した。

「僕だってこんな事はしたくない。だが、全ては人類のためだ。君が言う通り、大赦は大のためなら――人を守り、世界を取り戻すためなら――何だってする。人道に悖る事でも、勇者や巫女を使い捨てる事でも!」

 最後には喚くように言い放つ春信を、涛牙は面白いものでも見るような目で見返した。下から見上げているというのに、春信には上から見下ろされているように思えた。

「そして最後には外道を為した者が残り、こう言う。『彼らの犠牲は無駄ではないし無駄にはしない。必ずや世界を取り戻すのだ』……まずは自分たちを賭け台に載せる事からやってみてほしいな」

 変わらぬ憎まれ口に言い返せず、春信は腰を下ろした。

「お前もそうか?自分は人目につかない奥に隠れて、持ち込まれた戦果だけを頬張りたいと?」

「いいや」

 即答し、春信は続ける。

「僕は、妹を守りたい。勇者に選ばれる事は防げなくても、御役目の中で命を落とす事はしてほしくない。……君たちの力や知識があれば、僅かであっても夏凛や当代の勇者様の助けになれる。そのためなら、僕は自分を犠牲にすることも厭わない」

 それが、春信の本音だ。

 家族に喜んでほしい、誇りに思ってほしいと願って自身の才覚を磨き、若くして大赦の幹部の末席名を連ねるようになった結果が、両親は春信を褒める一方で夏凛を蔑ろにし、夏凛は夏凛で春信への劣等感を拗らせて、不仲を招く種になっているとは笑えない。

 勇者の資格自体は神樹の判断に任せる他ないが、夏、そして先だって発生した2度の大規模な戦いの後も次の勇者を示す神託がない以上、当代の勇者がまだ御役目を務める事になる見込みは大きい。

 だから、春信はこの勧誘に名乗りを上げた。

 バーテックスと戦う術が神樹に見初められない大人も手に出来るのなら、その力で勇者の、妹の戦いを少しでも助けたいと。春信の本当の思いはそれだった。

 春信の瞳を覗き込む涛牙に、そんな内心が見えたかどうか。

 ぶつけ合った視線を先に逸らしたのは涛牙だった。小さく頭を振り、苦笑する。

「残念だがさっきも言った通り、容易く身に付けられる力じゃない。幼少から鍛錬していればともかく、お前が会得するのはおおよそ不可能だし、当代の御役目に間に合いもしない」

「っ!……未来の、人々のためを思ってくれ」

「お前個人はともかく、大赦という組織を信用する気にはならんね。助力するのは断るよ」

 冷ややかな物言いに春信は深く、深くため息をついた。

「上にそう伝えたが最後、君たちはこの四国から消されてしまうぞ。大赦は紛れもなく四国を支配している組織なんだ。今までは見落としていても、一度認識したならもう逃れる場所など残されない」

 最後の脅し文句を、しかし涛牙は鼻で笑う。

「やればいい」

 荒れる内心を抑えつけて、春信は席を立った。

「残念だ。形は違えど人を守るという点は同じだったのに。残念だ」

 そう言い捨てる春信に、涛牙はふと手を挙げた。

「ああ。最後に一つ聞いておきたいんだが」

「――なんだろう?」

 

「私の変装、気づいたかな?」

 

 春信は、決して涛牙から目を逸らしたり、瞬きをしたりはしていない。なんなら遭遇してからずっと涛牙の一挙手一投足を注視していた。

 なのに。

 眼前の涛牙の姿が真っ白い少女に変わった瞬間は、まるで分からなかった。

「なっ?!」

 慌てて一歩下がる時には、コンクリ打ちの殺風景な部屋も変わっていた。もっとも、足元が明るいだけでどこまでも真っ暗な空間というのは、殺風景を通り越して異様でしかないが。

「な、何が」

 混乱する春信を、その赤い瞳で面白そうに眺めながら、白い少女――ガルムが言う。

「生憎、お目当ての小僧は療養中でな。代わりにワシが来客に応じてやったというわけさ」

 と、春信の背後からドサドサッと音がする。

 振り返れば、そこには男装した女が2人と、気絶した多くの男女がいた。スーツ姿に私服、土方の作業着やコンビニの制服、格好は様々だが。

 男装の女たちが床に放り出したのは、その気絶した男女の顔写真の貼られた大赦の身分証。

「こ、これは……?」

「事がうまく運ばなかった時にすぐさま小僧を消すための人員だろう。お前さんには伝えておらなんだようだが、ま、暗殺役の事を交渉役に伝える必要はないわな。知っていれば態度に漏れるかもしれないが、知らなければ漏れようがないというわけだ」

「……………」

 自分もまた詳細を知らされずに使われていた事については、春信はさほどショックはなかった。大赦はごく当たり前にそういう事が出来るということくらいは、春信も分かっている。

「我らも息の長い組織なのでな。権力者という奴がどう動くかくらいの蓄積はあるさ」

 春信は咄嗟に身構えようとするが、それよりも先に男装の女たちに組み伏せられる。

「く、このっ!離せっ!」

 振りほどこうともがくが、岩でも載せられたようにビクともしない。動かせるのはせいぜい首くらいで、その眼前にガルムが指を突き付けた。

「な、何を、する気だ……」

「ああ、安心しろ?大赦を乗っ取ろうとかそんなつもりはない。ただ……」

 その指に複雑な紋様を煌めかせて。ガルムは肉食獣めいた笑みを浮かべた。

「ちょうど、“窓”の補充をしたいと思っていたんだ」

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 勇者システム開発部門。その部屋の扉が不意に開き、神官姿の男が入ってきた。

「失礼するよ?」

「おや、春信殿。これはどうした事で?」

 部署違いの春信の姿に、室長が声をかけるが、春信は微笑んだまま、懐から鈴を取り出した。

「?」

「ああ、気にしないでくれ」

 言って鈴を鳴らす。と、室内にいた全員の瞳から意識が抜ける。それを確かめて春信は手近なパソコンにこちらも懐から出したお札を貼り付けた。

 途端、CPUに納められているはずの映像が春信の周りに浮かび上がる。

 春信がその画像に手をかざしヒラリと動かすたびに、涛牙や海潮、久那牙の映った箇所がデータそのものから消え、代わりに消えた前後で食い違いがないように振舞う勇者たちの偽造映像が差し込まれていく。

 そうしてしばらく後。

「こんなものでよいか」

 春信の口から、少女のような声が漏れた。サッと腕を揮うと、浮かび上がっていた映像が再び筐体に吸い込まれていく。

 そのまま春信は部屋を出ていき、しばし廊下を歩くと不意に立ち止まる。周りを確認し人影も防犯カメラの類もない事を確認してから、春信は指を鳴らした。

 と、春信の身体から真っ白い少女、ガルムの姿が抜け出してきた。幽体離脱のような状態のガルムはそのまま靄のようになってその場から立ち去り。

「はっ?!」

 不意に春信は目を覚ました。勇者システム開発部門の面々の意識が戻ったのも同時だ。

「僕は、何を……。何かやる事があったような……」

 だが、どうにも思い出せない。むしろ、それはどうでもいい事だというような気持が湧いてくる。

「まあ、いいか」

 大赦の役目であれば、誰かが教えてくれるだろう。そんな事を思いながら、春信は歩き出した。

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 大赦、元老院。大赦の最高意思決定機関である。

 かつて神世紀の始まりの折は、神樹から頻繁に下る神託に基づいて社会を導いていた事からほぼ全員が巫女で構成されていたが、時代を経るに従って神託の頻度が減り、神世紀100年代からは実務を取りしきる高位神官たちに巫女を束ねる巫女長が混ざる形となっている。

 四国各地から上げられる種々の情報、巫女長や神祇官からの祭祀に基づく助言、更には神樹からの神託。それらを精査し、社会を動かし方策を練る。神世紀が始まって300年。その手法に是非はあれども彼らは人類の未来と存続のために動き続けてきた。

 その元老院が、今は重苦しい気配に包まれていた。

 彼らの前では、勇者システムから抽出された戦闘記録が映し出されている。

 本来なら、元老院の面々が一々見るようなものではない。まずは勇者システムの開発部門や戦闘関連の部門が確認、精査・分析した資料がレポートとしてまとめられた上で元老院に提出されるものだ。

 だが、今回はそうはいかない。これほどの事態、一部署で抱え込むには無理がある。

 

 激昂する犬吠埼 風と切り結ぶ三好 夏凛。互いを思うが故に『満開』を持ちだして戦う東郷 美森と結城 友奈。

 そして、最強のスペックを有しながら、暴走した勇者を止める事もバーテックスと戦う事も拒否した乃木 園子。

 それらは、神樹の傍に仕え、勇者と導いてきたと自負する彼らにとって衝撃的だった。

 

「……由々しき事態だ」

 重苦しく、しかし掠れたような声で、元老の一人が呟く。それを皮切りに、元老たちが次々に言葉を発する。

「勇者同士が戦うなど、前代未聞ではないか!」

「勇者・三好は何をしていた?!他の勇者を諭し導くために派遣したというのに!」

「戦闘技能優先で選出したのだ。メンタルケアまでやれというのは酷だろう」

「そもそも、必要な情報を出し惜しみした我らが責めを負うべきでは?」

 喧々諤々とした言い争いは、しかしほどなく落ち着く。結局誰が悪いといえば、神樹に見初められる無垢なる心を持つ勇者ではなく、そんな勇者を激昂させた大赦なのだから。

「――我らからも補佐する大人を派遣すべきでしたか?」

「馬鹿を言うな。そも、勇者様に我ら世俗に塗れた大人が迂闊に接触するのはよろしくないというのが伝統であろう」

「それはそうですが……」

「ともあれ。勇者様に迂闊な隠し事をすることの危険性はこれで明らかかと。今後の接し方の参考といたしましょう」

「そうだな……」

 こうして会議は終わり。三々五々に解散していく中、元老たちはみな同じことを考えていた。

(何だか、前にもこんな事がなかったか?)

 小さな疑問は、しかしもっと他に考えるべき将来の課題にあっという間に押し流される。

 

 こうして、涛牙たちの事は消されたのであった。




と、いうわけで。
涛牙たちの情報を大赦はフルロストしましたとさ。
この後、涛牙は第39話で勇者部の面子に魔戒士の事を話しますが、それが大赦に伝わる事はありません。風や夏凛が報告しても春信憑依したガルムに潰されます。
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