結城 友奈は勇者である 神の揺り籠   作:ヴィルオルフ

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どうもこんにちは。

またまた前回から間が空きましたがなんとかエタらずにいます。


第39話「プロミス・ランド(狭間の世界)」

「あれ……?」

 ふと気づくと、友奈は変な場所にいた。

 見渡す限り渦巻く灰色の世界。水の中に浮いているようでもあり、或いは紐で宙に吊られているようでもあり。無重力というのはこういうものか、とさえ友奈は思う。その割には手足は普段通りに動かせるが。

「ここ、どこ?」

 どう考えても見覚えなどない、誰もいない空間ではさすがの友奈も不安からつい独り言が口を突く。

「えっと、たしか、わたしは――」

 気づく前の事を思い返す。

 荒れ狂う熱波、空を駆け抜ける飛翔感。そして突き出した拳に何か固いものが触れた感覚。

「そうだ!わたし、バーテックスの御霊を壊そうとして!」

 御霊に拳を当てて、そして御霊が光を放ちながら弾けた。その瞬間まで思い出せた。だが。

「それで、ここはどこ?」

 樹海ではないし、壁の向こうにあった灼熱の世界とも違う。全く知らない謎の空間。

 上も下も右も左も、ただただ灰色の空が広がるだけで何か目印になるようなものは見当たらない。

 疲労も空腹も感じることがなく、それ故時間間隔さえ曖昧になっていく。

 進もうと思えば泳ぐような感覚で前に進むことは出来るが、それで見える景色が何か変わるかと言えば何の変化もない。

 どれだけ動き回ろうと変わる事のない風景は、友奈の心を容赦なくすり減らしていき、いつしか友奈は膝を抱えてただその場に漂うだけになってしまった。

 何をしても変わらないなら、無理に動く必要はない。足掻いたって全部無駄になるかもしれない。それならここでただじっとしていれば――。

 そんな後ろ向きな心持でいる中で。

「……とうごう、さん」

 何も考えないようにしていても、ふとした瞬間、大切な親友の事が脳裏をよぎる。

「そうだ……わたし、東郷さんと一緒にいるって約束してた」

 ここでただ浮かんでいるだけでは、その約束は果たせない。どころかこんなところに居たら、美森をただ悲しませるだけだ。

 美森だけじゃない。風も、樹も、夏凛も。そしてきっと涛牙も。

 友奈が戻ってくることを、彼女たちはきっと信じて待っている。

 それなら。こんなところでウジウジしているわけにはいかない。

「勇者部五箇条、なるべく諦めない……っ」

 勇者の誓いを口にして、自らを奮い立たせる。

「わたしは勇者。勇者は根性、絶対に帰るんだ!!!」

 自身の中の熱量を叫びに変えて。その目を決意で閃かせて友奈は再び虚空を進みだす。

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 どれだけ進んだろうか。

「――?」

 無心に前進する友奈が、ふと何かに気づいた。

「――なんだろう」

 相も変わらず灰色が広がる空間であることに変わりはない。だが、ふと思いついて目を閉じ、感覚を研ぎ澄ませれば、自分を引き寄せる気配を感じ取る事が出来た。

「!何か、ある!?」

 それが何なのかは分からない。或いはバーテックスに関するものかもしれないが。自分を呼んでいるというなら、何か分かる事があるかもしれない。

「よし!」

 何もわからずにいるよりはいいだろう。そう考えて、呼び寄せる気配の方へ向かって友奈は飛んだ。

 

 そしてそれからしばらくして。

 

「あ」

 前方の広がっていた景色の中に、点のようなものが見えた。

 見えた、と思った途端、その点は見る見るうちに大きくなり、それが人影であると察した時にはすでに友奈はその人物のすぐ前にいた。

「うわわ?!」

 ぶつかりそうだと思いストップを自分に命じる。危うく頭突きをかますギリギリで友奈の身体は止まった。

「あ、危なかった……。す、すいません!」

「いや、いい」

 涼やかな声に相手を見る。

 落ち着いた声音から大人の女性かと感じたのだが、実際にはそうでもなかった。

 背丈は自分と同じくらい、見たことのない制服に身を包んだ姿から考えると年も同じくらいだろうか。伸ばした髪がかすかにそよぎ、キリ、とした眼差しは意志の強さをうかがわせる。その姿を見て友奈は自然に美しいと感じた。

 だが。

 そんな美少女に、無表情のままジイッと見つめられ続けると、さすがに友奈も居心地が悪くなる。

「あ、えっと……」 

 何か話さなければ、と思い、口に出たのはこんな言葉。

「わ、わたし!讃州中学の結城 友奈っていいます!」

 とりあえず名前を交換するところから始めよう。友奈が思いついたのはそれくらいだった。

「ゆうき、ゆうな……」

 とりあえずの反応は引き出せた。友奈の名前を繰り返す少女に友奈は続けて、

「ハイ!それで、あなたは」

「なぜここに来た?」

 誰なのか、と聞くより先に少女が先に質問してくる。

 出端を挫かれて肩を落としたものの、ひとまず会話は成り立ちそうだと思い返して、友奈はひとまず答えた。

「えっと……気がついたらこの世界にいて。それで、なんだかこの辺りから呼ばれている気がして」

「そうか」

 そう言うと少女は周りを見渡す。

 そこにあるのは当然、何もない灰色の世界だけだ。

「呼んでいる相手はいるか?」

「その、あなたじゃないなら、いないですね……」

 確かにこの場に引き寄せられた感覚はあるのだが、それを納得してもらう術が友奈にはない。

「――どこか行く当てがあるのか?」

 しばし沈黙がその場に降りてから、少女は再度問いかけてきた。その質問に、友奈は迷わず答える。

「わたしは――みんなのところに帰りたいです」

 相手の目を見返していう友奈に、少女は少し考え込むような仕草をして、不意に友奈のお腹辺りを指さした。

「ソレを辿ればいいのではないか?」

「?」

 言われて自分の身体を見下ろす。

 ここまで気づいていなかったが、友奈の身体は勇者装束でも私服でもなかった。何というか、足のある霊体という感じか。

 そして、そのへその辺りから、細い紐のようなものが伸びていた。

「これは――?」

「お前の身体と魂の繋がり。それが目に見えるようになったものだ」

 少女に言われて、弄っていた紐をパッと離す。なんだか下手に千切れたりしたら大変な事になりそうだ。

「うわわっ?!」

「容易く千切れるものではない。そしてそれを伝っていけば、お前は自身の身体に戻れる」

 言われて、紐の先を見やってみる。

 それは、自分の背中のほうにずうっと伸びていた。

「……もしかして」

「元の身体から離れていたようだな」

「わ、わたし実は危ない状態だった?!」

「そうだな。身体から魂が抜けた状態が続くと本当に死ぬこともある」

「うわあぁぁぁぁぁぁ……」

 少女の言葉に友奈は頭を抱えて呻いた。本来戻りたい方向とは逆方向に進み続けていたというのだから当然だ。

「戻りたいなら、早く行くがいい」

「ハ、ハイッ!」

 帰り道が分かったのなら、こんなわけわからない場所に長居する理由はない。魂の紐が伸びる先に進もうとして。

「あ、あの!」

 その前に、踏みとどまる。

「どうした?」

「えっと……あなたも、元の場所に帰りませんか?」

 友奈を見送る姿勢の少女に尋ねる。自分がみんなの元に戻る助けになってくれた人が、こんな何もない場所に居続けるのは不憫に思えたのだ。

 だが、少女は首を横に振った。

「ここは、約束の場所だ。果たされるべき約束があり、誓いがある。それ故に、ここにいる」

「約束……」

「――お前には関わりのない事だ」

 確かな拒絶の意思を込めて言い切る少女に、友奈はそれ以上何も言えなかった。

「生を望むなら急ぐがいい。猶予は永遠ではないのだから」

 その上こうも促されては、友奈に出来ることは魂の紐を伝って帰る事だけだ。

「ありがとうございました!」

 深々と頭を下げて、友奈は改めて紐の先に向かって飛び出していく。

 その背中を、少女は見送る事はなかった。友奈が踵を返してほどなく、少女はまた虚空に顔を向けていた。

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 魂の紐を伝って、友奈は進む。

 相変わらず景色が変わらないし時間が進んでいる感覚もないが、今はこの紐を辿ることに集中する。

 あの少女の言葉が嘘や出鱈目でないという保証もないのだが。不思議と感じ取れるものがあった。彼女はわたしには興味がない。だからわざわざ嘘をつく理由もない。友奈はそう思えた。

 そうして進むうちに。

「え?」

 不意に、遠くに青い鳥が飛んでいることに気づいた。

 友奈が気づいたと同時に鳥の方も気づいたのか、羽をはばたかせると友奈の傍に舞い降りる。

「青い、カラス?」

 その烏は牛鬼と同じく精霊のように見えた。こんな世界に精霊がいるのなら、の話だが。

 友奈が見ているとカラスもそのつぶらな瞳で友奈を覗き込んだ。そして何かを確かめたように一声鳴くと再び舞い上がり、友奈を振り返りながら先へと進みだす。

 その飛び行く先を見れば。

「あれは!」

 灰色だったはずの世界。その彼方に、微かな光が見えた。

「うん!」

 少女、そして青いカラスが自分を元の世界に導いてくれる。そう確信して友奈は更に気合を入れて光に向かって進んでゆく。

 灰色の世界が少しずつ光に溶けていく中で。

『――、――、――』

 ふと、友奈の耳に音が聞こえた。

 光の彼方から聞こえてきたその音は、次第にハッキリと聞き取れるようになっていく。

 

 それは、友奈の大親友の声だった。

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 友奈以外の勇者部全員が復帰して少し経つ。季節は進み、秋は少しずつ深まり街路樹もその葉を赤く染めだしていく。

 そんな秋の夕方。美森は今日も病院に来ていた。もう日課となった友奈の見舞いだ。車椅子で連れ出した中庭で横に並んで座るのもいつもの光景だ。

「『――勇者は、どれほど傷ついても、決して諦めようとはしませんでした』」

 普段は、美森はその日の出来事を友奈に向けてつらつらと話している。だが、その日は違った。

「『全ての人が諦めてしまったら、それこそ世界は、闇に閉ざされてしまうからです』」

 手元の冊子に目を落とし、そこに書かれた文字を口に出していく。

 普段ならその日の出来事を話す美森だが、今日は手元の冊子に目を落としてそこに書かれたセリフを口にしていく。

「『勇者は、自分が挫けない事がみんなを励ますのだと信じていました。どんなに辛くても、勇者は明るく笑っていました』」

 静かな中庭に美森の声が静かに、しかしハッキリと響く。

「『そんな勇者をバカにする者もいましたが、勇者は笑っていました。意味がない事だと言う者もいましたが、それでも勇者はへこたれませんでした』」

 そんな美森と友奈に、冷たさを日々増す秋風が吹く。

「『みんなが次々と魔王に屈して、気づけば勇者は独りぼっちでした。勇者が独りだという事を誰も知りません』」

 その冷たさに抗するように。或いは秋のもの悲しさにつられるように。

「『独りぼっちで魔王に立ち向かう勇者は、けれど、諦めることは、ありませんでした。……諦めない限り、希望が、終わる事はない、から、です――」』

 美森の声に、次第に感情と、涙が混ざり出す。声が震え、瞳に涙が浮かぶ。

「『勇者は、思うのです。何を失うより……希望が失われることが、一番、恐ろしいと』」

 そこが限界だった。感極まった美森の手の中で書類がクシャリと潰れ、その中に美森は泣き顔をうずめた。

「それでも……それでも、私は……!1番大切な、友達を……失いたくない……!」

 美森の失われた記憶ももう戻っている。御役目を通して絆を結び、互いを生涯の親友と呼び合った3人の勇者。だが、1人は命を落とし、1人は幾度もの散華の果てに寝たきりとなり――自分は全てを忘れていた。

「嫌だ……!嫌だよ……!寂しくても……!辛くても……!ずっと……!ずっと、一緒にいてくれるって、言ったじゃない……!」

 どんなに大事なものでも失われるときは失われる。それを美森は知っている。それでも友奈が約束したから。友奈は美森を忘れないし独りぼっちにしないと、美森は信じている。

 けれど友奈が意識を取り戻さない事が、美森の不安を掻き立てていた。

「お願い……お願いだから……起きてよ、友奈ちゃあぁぁぁん!!!」

 悲痛な叫びが辺りに響く。

 

 

 

 

「と、うご、う……さん」

 

 

 

 

「は?!」

 微かな声に顔を上げる。

 無だった友奈の顔に、微かな笑みが浮かんでいた。

「ゆ、うな、ちゃん?」

「うん、聞こえてたよ……東郷さんの声……」

 そして、友奈はぎこちなさの残る動きで美森の方を向く。意思の光を取り戻した友奈の瞳からは、美森と同じように涙が零れ落ちる。

「ただいま――東郷さん」

「お帰り、友奈ちゃん」

 

 

 かくして結城 友奈もまた、自身が守ったありふれた日常への帰還を果たしたのだった。

 

 

「ねえ、東郷さん。これは?」

 感極まった再会が落ち着いて。

 美森が持つ書類を指さして友奈が尋ねると、美森は泣きはらした顔をどうにか笑顔にしながら答えた。

「文化祭の、演劇の台本よ。風先輩の、力作なの」

 言って、美森は読み上げていた箇所を見せる。

 

 

 そこはいよいよクライマックスの場面。

 勇者に向けて、魔王が残酷に叫ぶ。

『結局、世界は嫌なことだらけだろう!?』

 それでも、独りぼっちで尚立ち上がった勇者は吠える。 

『世界には嫌なことも悲しいことも、自分だけではどうにもならないこともたくさんある。だけど、大好きな人がいればくじけるわけがない。諦められるわけがない!その人たちのために、勇者は何度でも立ち上がる。だから勇者は絶対負けない!』

 

「東郷さん、これって――」

「うん。私たちが、御役目の中で見つけた、大切な事」

 

『そう、なんだって乗り越えられるんだ。大好きなみんなと一緒なら!』

 その勇者の真摯な想いが、強大な魔王を打ち倒す。これは、そんな英雄譚。

 

 




結城友奈の章、(ようやっと)終了!

これからいくつか話を挟んだら、いよいよ決着編・勇者の章に突入します。まだ完結まではかかりますが、気長にお付き合いくださいませ。
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