“今日”の足元には過去が重なっている。
先人の残した記録を読み解くがいい。そこにはかつての「今日」が記されている。
乃木 園子の家は広い。
大橋市にある実家は言わずもがな、讃州中学に通うために借りたマンションの部屋も広い。夏凛が今住んでいる部屋も一人暮らしには充分以上に広いがそれを大きく上回る。それこそ親子4人家族が普通に暮らせるほどの広い間取りなのだ。実家を離れる条件として家事手伝いの従者が通っているそうだが、手伝いがいなければ掃除だけでも一苦労だ。
そんな園子の家で。
「これが、そう?」
「うん。この中にあったんよ」
園子を含めた勇者部の面々が顔を突き合わせて、一冊の本を囲んでいた。古めかしい装丁の和綴じ本の表紙に刻まれた文字は、『勇者御記』。
「ゆうしゃ……おん、き?」
「いえ、これは“ゆうしゃぎょき”よ。友奈ちゃん」
「ぎょき?」
聞きなれない言葉にキョトンとした顔で聞き返す友奈に、美森は一つ頷き、
「『御記』というのは、身分の高い人が書いた日記の事。『勇者御記』なら、勇者が書いた日記、ということになるわね」
「勇者が残した、日記……」
友奈の呟きに皆が神妙な面持ちで勇者御記を見る。
「実家から送ってもらった本の中に混ざってたんよ~」
言って園子が顔を向けた先には段ボールが何箱も積まれている。
園子は小説を書くのが趣味の一環で、小学生の時分からネットに小説を投稿して好評を博していた。その小説のネタに使えないかと送ってもらったのが、この段ボール箱の山だ。その中に混ざっていたということは、
「ってことは、乃木の先祖が勇者だったってこと?」
風の問いに答えるのは夏凛だ。
「でしょうね。先祖が勇者だったなら、乃木家が大赦の筆頭家名なのもおかしくないわ」
勇者の素質がある者を大赦の外にまで求めたのは当代が初めてで、それ以前は大赦の上層部を中心に勇者は見出されていた。そして、勇者や巫女の素質がある少女を輩出した家は自然と発言力を高めていく。その流れに沿えば、園子の先祖に勇者がいても何の不思議もない。
それに頷いて、園子が後を続ける。
「私も世界の真実を聞かされた時に、ご先祖様が勇者だったってことは聞いてたよ。まあ正直その頃は神官さんたちの言葉は聞き流してたけどね。で、この御記を見つけて中を見ていたら、
言って、園子は御記を開いてあるページを示した。
「『乃木 若葉』。苗字が同じだから、多分この人が私のご先祖様なんだろうね」
その名前に、その場の全員が息を呑む。
先日、夏凛と園子がホラーに襲われたことは既に全員が知っている。そして、そのホラーが断末魔に呪いの言葉を放った相手こそが、『乃木 若葉』だ。つまり、あのホラーが狙っていたのは、『乃木 若葉』だったということになる。
だが。
「でもこれって、書かれたのって」
慄いたような風の言葉に、園子も頷き返す。
「うん。御記に書かれた日付は西暦――今から300年前のことだよ」
その言葉に、友奈も改めて御記を見下ろす。
「えっと……。あれ?夏凛ちゃんを襲ったホラーが呪っていたのが乃木 若葉さんで――若葉さんは300年前の人で……。あれ?」
「なんでそんな昔の偉人狙ってるはずが夏凛を襲ってんのよ!?」
人違いだわ時代も違うわ、なんでそんな事が起こるのか理解できずに風が喚く。
「涛牙先輩は、何か分かりませんか?」
樹が声をかけた先は、部屋の片隅で壁に寄りかかっている涛牙だった。呼ばれた涛牙は、しかし苦虫を噛んだような渋い顔で顔を横にふった。
「分からん」
「即答っ?!」
風の叫びに、涛牙も深いため息を一つつく。
「まず、ホラーが特定個人をつけ狙うことは、基本的に無い。ホラーに憑りつかれた人間がどんな恨みを抱いていようと、出現したホラーにはほぼ関係ない」
『ホラーに憑依された時に心底恨んだ人間が目の前にいれば優先的に襲いもするだろうが、一度人界に来ちまえば、あとはホラー自身の選り好み程度だからなぁ。美食家よろしく手間暇かけて標的を美味くするヤツもいるが、イルデュアンはそういうタイプじゃないぜ』
ディジェルの解説も加わって、一同は猶更顔をしかめた。
「じゃあ、その、乃木 若葉が狙われたのはどうしてよ?」
夏凛の問いにも、涛牙が返せたのは肩をすくめることだけだ。
「ホラーの考えることなぞ分からん。そもそも、イルデュアンがまともな状態だったかどうか」
「?」
「番犬所で、現場近くでホラーが出現した形跡がないか確かめたんだが、ここしばらくそんな事はなかった。で、出現したホラーが討滅されていない案件がないかも調べたんだがこちらも空振りだ。ただ、300年ほど前に、ホラーがどうなったか分からない案件があった」
「分からない、ですか?」
「普通はそんな事ないんだがな……」
ゲートが開いてホラーが現世に出現すれば、番犬所がそれを察知し、近場の魔戒士に討滅指示が出される。その後は討滅されれば魔戒士がその報告を上げるし、しくじればホラーの被害が続く事でその後の動きが分かる。現れたホラーが完全に見過ごされることは極めて稀だ。
だが、300年ほど前にその稀な件が起きた。当時の番犬所から指令を受けた魔戒士が探索をどれだけ行ってもホラーが見つからず、かといってホラーによる被害も報告されず、ホラーの行方が霞みのように消えてしまったのだった。その後10年近く探索は続けられたが成果はなく、他のホラー対処も行う必要があり、ついに未解決のままで終わってしまったのだ。
『その時に出てきたのがイルデュアンなら、陰我ある人間に憑依したはいいが、何がしかの理由で身動き取れずにいるうちに、当の人間の陰我が強すぎてイルデュアンが逆に呑まれたのかもなぁ。んで、300年経ってようやく出てきて暴れた、と』
ディジェルが先だって出現したホラーの事を思い返しながらそう付け加える。
「なんつーはた迷惑な……」
風が頭を抱えるのも無理もない。夏凛が襲われた一件は完全にもらい事故だ。
「なら、もしかして若葉さんに夏凛ちゃんが似てるってことかな?」
と疑問の声を上げた友奈に、
「――一応、御記にご先祖様の写真もあるんだけどね……」
そう言いながら園子が御記のページをめくると、確かにそこに少女を写した写真があった。
凛とした佇まいに強い意志を宿した瞳。片手に刀が収まった鞘を携えているが、その姿勢には気負いの類は見えず、当人にとっては自然体の立ち姿なのだと写真越しにさえ分かる。
そんな少女の写真を皆で眺めて。
「――似てる、かなぁ?」
園子がやはり首を傾げながらつぶやく。
「その……キリッとした目つきとか、刀を持ってるところとかは、似てるといえなくもないかな~って感じですよね……」
戸惑いがちに呟かれた樹の言葉に、みな頷く。確かに似てるといえないこともないように思えるが、その程度だ。
「正直、これで人違いで襲われたっていうのは腹立つわね」
憮然とした表情で夏凛が吐き捨てる。その言葉に園子たちも苦笑いするしかない。何とか無事に済んだとはいえ、冗談抜きで命の危機だったのだ。見当違いでそんな目に遭えば愚痴の一つも言いたくなる。美森もまたこんな事を口にした。
「そもそも勇者に遺恨を持つなんて、罰当たりにもほどがあるわ」
神樹に見初められた人類の守護者こそが勇者だ。その勇者を恨むなど信じがたい。美森のセリフにはそんな思いが秘められていた。
『しゃあねえさ。あの頃は勇者の存在は広く知らされていたからなぁ』
どこか呆れたような声で言うディジェルに、涛牙が問いを投げかける。
「お前、西暦時代のこと知ってるのか?」
『まあな。っても巷の風聞程度だが。それでもあの頃、勇者は人類の希望と随分宣伝されてたもんさ。んで、戦いが終わって神世紀に変わった後も“勇者・乃木 若葉”の名前はアチコチで聞いたよ』
どこか懐かしむようなディジェルに、園子は小さくため息をついた。
「そうして人々に広く知られて、社会を動かす立場にもなれば、どこかで逆恨みを買うこともあったのかもね」
「有名税ってヤツね」
理不尽なものだ、と続けながら風が言う。人類のために戦い、人々を導き、身を粉にしたのに恨みを買うのは全く理不尽な話だ。
「本当に、ね」
形こそ違うがやはり理不尽な目に遭った身として、園子が呟いた言葉にはひどく実感が籠っていた。
「それにしても……西暦時代の勇者の記録があったのね」
その古びた拍子を軽くなでながら、感慨深げに美森が言う。歴史が好きな美森にすれば、ずっと昔に実際に生きていた人が残した文書となればそれだけでも心惹かれるものがある。
と、美森がここで友奈が口を開いていない事に気付いた。
どうしたのかと窺ってみると、友奈は乃木 若葉の写真を驚いたような顔で凝視していた。
「友奈ちゃん?どうしたの?」
声をかけられて、友奈はハッと忘我の淵から戻ってきた。
「あ、東郷さん。……えっと、この若葉さんの顔が、どこかで見たことある気がして」
「え?でも、西暦時代の人よ?」
風が訝しむように聞くと、友奈は眉間に皺を寄せて記憶をたどり、
「そうだ!最後の戦いでバーテックスを倒して――そのあと気づいたら変な場所にいて、そこで会った、ような気がするんだ。わたしが目を覚ませたのもそのおかげだったのかも」
「また曖昧な」
呆れたような口ぶりの夏凛だが、真剣な友奈の眼を見ていると、そんな事もあるかという気がしてくる。ずっと昔の勇者が未来の勇者を助ける、という非現実的な事象も、勇者という超常の力が絡むならあり得ないとは言えない。園子も同じように感じたのか、
「もしかしたら、ご先祖様がゆーゆを励ましたのかもしれないね~」
という。
「なんだかドラマティックですねぇ」
「フフ、樹ってこういう話が好きよね」
からかうように言った風だが、ふと視線を感じてそちらを向くと、涛牙が何やら不思議な顔つきで風を見ていた。
「――って、白羽君どしたの?」
「いや……。怯えないんだな、と」
「ああ。確かに風先輩の苦手な幽霊やオカルト絡みですね」
美森の解説に一瞬ビクッと震えた風だが、すぐに気を取り直す。
「それはそれ!これはこれよ!つかそこらの幽霊と勇者を一緒にするんじゃないわよ?!」
ちょっと怯えたような声を張り上げる風にひとしきり笑って。
「――せっかくだし、もっと中身見てみよっか」
友奈がふと漏らした言葉に、みな頷くと改めて勇者御記のページをめくっていく。
御記は2018年の夏から始まっていた。ちょうど四国へのバーテックスの攻撃が始まったころだ、とは園子の説明だ。
だが、ページをめくるうちに全員の表情は曇っていった。
「――なんか、ほとんどが消されてるんだけど」
もともと文章の一部が消されていた箇所があった御記だが、2019年を過ぎたころから、めくるページの多くで書かれているはずの文字が上から塗りつぶされ、中身がまともには読めなくなっていた。特に御記の後半には1ページ丸まる消された箇所まである。
その様子に夏凛が慄いたようにつぶやいた。
「勇者の日記も検閲されるとはね……」
「大赦の秘密主義、だろうな」
涛牙がフン、と鼻で息をして言う。
「今では、バーテックスや勇者絡みの話は表社会にはまるで出てこない。歴史の授業でも西暦末期の事は「殺人ウイルスの蔓延」で片づけられる。経緯は分からないが、大赦はバーテックスの痕跡を消す事を選び、推進したんだろう」
「神世紀に変わった後はバーテックスの襲来はずっとなかったみたいだからね~。大赦の中はともかく、他の人たちには伝えない方が心の動揺を抑えて平和が保たれると判断したんだろうね~」
大赦の行動に理解を示すように言う園子だが、その表情には不満が滲んでいた。
良かれと思っての情報隠蔽。それを是として進めていく組織の体質。それらが年々強化されていった果て。勇者たちはろくな情報も与えられず、ただ勇者の力だけ渡されて脅威と戦うことを求められ、挙句に身体を供物に捧げるような戦いに駆り出された。不満を覚えない方がどうかしている。
辺りに満ちた暗い気配を振り払うように風が声をあげる。
「ま、まあまあ。今は最後まで読みましょ」
御記は変わらず検閲箇所が多いが、それでも何とか読み進めていくとわかってくることがあった。
「1人で書いた日記じゃないのね。多分、一緒に戦った勇者みんなで回し書きしてたのよ」
「交換日記みたいだね」
確かに、わかる範囲では御記に書かれているのは、戦いの様子よりも勇者となった少女たちが感じる日常がそれぞれの文体で書かれている。
戦いに向けた意気込みや仲間、いや、友達の様子。心中の不安といったことも書かれていて、交換日記という友奈の感想も間違いではない。
文面から読み取れた名前は、乃木 若葉の他に『土居 球子』『伊予島 杏』そして、『高嶋 友奈』。
「わたしと、同じ名前?」
友奈が驚いた声を上げる。自分と同じ名前をまさか昔の勇者の中から見つけるとは思ってもみなかったのだ。
「偶然かしら?」
「う~ん、違うと思うな~」
風の呟きに園子が答える。
「昔聞いたことがあるんよ~。生まれてきた女の子がこんな仕草をしたら『友奈』と名付ける風習があるんだって」
と言って園子は手の甲を軽く打ち合わせた。
「多分、ご先祖様も一目置くような立派な勇者だったんだろうね~。だから高嶋 友奈さんにあやかって名前を付けるようになったのかな。一種の縁起担ぎだね~」
園子の言葉に頷いて、美森はそっと御記を撫でる。
「『友奈』という名前は、西暦の勇者、高嶋 友奈から始まり、神世紀の長い歴史の中で受け継がれてきたのね……」
歴史に思いを馳せてそういう美森に、なぜか風が乗っかる。なんか片目を抑えたようなポーズをとりながら。
「フ、そうか。オヌシは、結城 友奈は――友奈因子を持つ、友奈の一人であったか……」
「――何言ってんの、お姉ちゃん」
冷めた口調で容赦なく切り捨てる樹に、みんな軽くふきだしてしまった。
ひとしきり笑いあって、友奈たちは改めて御記に目を向ける。
「あちこち消されてしまったけれど、それでも、残された記述からだけでも色々分かったわね」
美森の言葉に、うん、と頷いて友奈が続ける。
「西暦の時代にも大変なことがあって、でも当時の勇者が頑張って人類を守った。わたしたちの今の生活は、ずーっと昔からの、たくさんの人たちの積み重ねのおかげなんだね……」
友奈の言葉に、みんなで頷いた。
園子の家からの帰り道。すでに日の暮れた道を友奈たちは談笑しながら家路を歩く。
和気あいあいとした一同から少し遅れて進む涛牙は、ふと足を止めた。
先に問われた、なぜ夏凛がホラーに狙われたのか。それも、ホラーにとって大敵と言えるはずの魔戒騎士へのトドメを後回しにするほど優先する理由は何なのか。
……彼女たちには言わなかったが、ホラーが特定の人間を優先して狙う場合が、一つある。
(いや。考えすぎか)
だが、涛牙は頭に浮かんだ考えを振り払った。
年頃の少女らしく楽しく過ごしている友奈たちに、余計なことは言うべきではないと、そう思ったのだ。
夜闇の中で。
白刃が一閃しホラーが断末魔を上げて消え失せる。
邪気を刃に、そして己の身に蓄えながら、曲津木 久那牙はふとその表情を歪ませた。
(どういう事だ?)
今しがた斬り捨てたホラーのみならず、ここ最近屠ったホラーのほぼ全てが、
よほど強さに自信があるならともかく、大抵のホラーは魔戒士に接触しないように活動する。
当然と言えば当然で、己を害する可能性のある相手とは関わらないのが一番だ。だというのに、何故かホラーから久那牙の近くに寄ってきていた。
足を使って狩り出さなくてよいのは良いが、異常が続けば不審も覚える。そして、この異常が始まったのは。
思い当たる節があり、久那牙は懐からとある新聞記事の切り抜きを取り出した。たまたま見つけた、新聞の片隅に掲載されたとある部活のメンバーが並んだ写真。それを見て、
「……讃州中学、か」
久那牙の視線は、遠く讃州市の方角を見据えていた。
どもども。毎度スパンが長くてすいません。
頭に浮かんだ展開はあってもそれを文字にするとえらく苦労しますね、ホント。
ところで、年明けからまさかの牙狼の新作が放送されましたね。正直牙狼VRで「もうシリーズは終わりかな」と思ってたので、流牙主役で始まった時は驚きました。
さらに驚いたのが、「ハガネの鎧」を使うサブキャラ「白羽」創磨って。
苗字モロ被った!?
生身のアクション多めで結構楽しんでます。どうにか最終話前に1話投稿出来てよかった……っ。