結城 友奈は勇者である 神の揺り籠   作:ヴィルオルフ

5 / 46
さて、お待たせしました第5話です!

今回はゆゆゆ本編では2話と3話の間のお話です。バーテックス襲来の時はお知らせが来るけど、ホラーはそうはいかないんですよねぇ。
というわけで今回は涛牙のバトル話です。


グラブルとFGOをそれぞれやってるんですけど、グラブルの夏イベ・・・鮫映画がくるとは思ってなかった。しかも結構ガッツリと鮫が来てたし。



第5話 ウィッシュ・トラップ(望みの落とし穴)

 夕焼けに染まる空の下、1人の少年が子犬を連れて散歩をしていた。

 その白い子犬は、少し前に新しい家族として少年の家にやってきた。最初は恐る恐る接していたがほどなくその犬の人懐っこしさにほだされ、こうして散歩をするくらいに仲良くなった。

「♪~♪、♪――ん?」

 そんな、上機嫌に鼻歌交じりに町中を歩いていた少年が、ふと足を止めたのはなんの変哲もない道端だった。ただ、そこに少年の目を引くものがあった。

「うわぁ」

 そこに転がっていたのは、少年が大好きなヒーロー番組の主人公の人形。それもついこの間の放送で出てきたパワーアップした姿の人形だ。素の状態よりもゴツい金色主体のアーマーは、苦戦していた怪人をあっという間に倒してしまう活躍も相まって少年の心を鷲掴みしていた。

 そんな人形が、特に汚れた様子もなく道に落ちていたら。

 少年は人形に駆け寄って、それを持とうとした。落ちているものはお巡りさんに渡す、という事を母親や幼稚園の先生から言われているが、そんな言い聞かせは突然訪れた機会の前に頭からは吹き飛んでいる。

 だが、少年が人形を手にすることはなかった。

「ワゥッ!」

 いつの間にか少年は子犬のリードを離していた。そうして動き回る自由を手にした子犬は、ひと声吠えると人形を咥え、ダッと駆け出してしまった。

「あ?!」

 気づいた時には遅い。子犬は脇道の路地の奥に姿を消し――その路地の暗さに怯えた少年は、そこから先に進めなかった。

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 勇者部とは、世のため人のためになることを勇んでやる部である。

 中学生の活動である以上、学内の部活や委員会の手助けはよく舞い込む依頼だが、美森が整備したホームページを通して、ご近所からの依頼が入ることもある。

 今、友奈が驚いた顔で聞いているのも、そんなご近所さんからの依頼だ。

「ワンちゃんが、行方不明?!」

 その依頼は、近所に住むとある母親からのものだった。以前、勇者部が携わった子犬の里親探しの依頼の際、その家では1頭の子犬を引き取っていた。

 人懐っこいその子犬を息子も気に入り、すぐに家族のように打ち解けたらしいのだが、その犬が昨日の散歩中に急に走り出し、以来帰ってきていないというのだ。

「――この犬ね。確か、かなり大人しい性格だったはずなのに」

 美森が過去の依頼を掘り返して、件の犬の情報を確認する。

「で、その子を探してほしいってことなの。本当は勇者部総出で掛かりたいんだけど……」

 風が苦い顔をして言う。

 間の悪いことに、以前から入っていた依頼がいくつかあり、風と樹、美森は予定が入ってしまっている。さらに言えば、車椅子を手放せない美森にはこの手の動き回る依頼はさすがに難しい。

「じゃあ、空いてるのはわたしと涛牙先輩ですね?」

 友奈の確認に涛牙も頷く。

「俺はあまり動物に好かれないんだが――まあ、仕方ない」

 その犬の里親探しの際に、子犬にひたすら吠えられた事を思い出しながら、涛牙と友奈は依頼人の元に向かうことにした。

 

「で、見失ったのはこの辺り、と」

 泣きじゃくる子供――タクヤといったか――と困りきった母親から話を聞き出して。件の子犬を見失ったという路地を見ながら涛牙はつぶやいた。

 陽は傾きかけているもののまだ表通りは十分明るいのだが、その路地は両脇を背の高い建物に挟まれているせいかひどく薄暗い。そのせいで普通に道を歩いていたら簡単に見落としてしまえるような場所だ。

「昨日からここで迷ってるんですよね……早く助けてあげないと」

 意気込む友奈だが、普段なら考えなしに歩き出しているだろうに、今日は何故だか足を踏み出す勢いがない。涛牙にしても見たことがない様子だった。

「どうした」

「あ。えっと……なんだか気味が悪いなぁって」

「犬吠埼でもあるまいに」

 どんな時も勢いよく前向きな風だが、オカルト絡みの話は大の苦手である。いつだか幼児向けの読み聞かせの時、うっかり涛牙が怪談を読んだところ、子供たち以上に怯えていたこともあるくらいだ。

 その時も友奈は怖がる子供を宥めてはいたが、怯える様子はなかったはずだ。

 不審には思いつつも、それならそれでやりようはある。

「――なら、俺が先に入る。俺を嫌がってこっちに出てくるかもしれないから、そこはお前が捕まえろ」

 涛牙は動物に好かれない。それでも犬に常日頃から吠えられるわけでもないのは、犬のほうが離れていくからだった。犬の里親探しに時に吠えられた時も、抱えようと近づいたら吠えられるほどに嫌がられたが手を離せばさっさと離れていった。

「え?1人で大丈夫ですか?」

 友奈もその事は知っている。路地で犬の鳴き声で大騒ぎにならないかと不安にも思ったのだが、

「問題ない。結城は動物に好かれているんだ。俺よりはお前に寄って行くだろう」

 涛牙は自信満々に頷くと路地に入っていった。

 

 そうして、友奈の視界から外れたところで。

「ディジェル」

 涛牙は小さくつぶやくと服の胸元から首飾りを出す。悪魔の顔のようなそのアクセサリーは、ともすれば悪趣味に見える装飾だが、不思議と涛牙に似合わない様子はない。そのアクセサリー、魔導具ディジェルが答える。

『ああ、感じてるぜ。間違いない。ホラーの気配だ』

 返答と同時に駆け出す。

 小道の奥を見据える涛牙の目は、さながら狩人のように鋭さを増していた。

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 涛牙が路地に入って行って、10分ほど。

「……大丈夫かな」

 不安そうな表情で、友奈は薄暗がりに満たされた路地を見つめる。動けない自分に疑問を感じながら。

(なんで?なんで、わたし、足が竦んでるの?)

 友奈自身は怪談やオカルトは特に苦手というわけではない。もっと幼いころにお化け屋敷に入って、他の子たちは大泣きする中で一人ケロッとしていた事もある。

 なのに。こんな小道を怖がっている。

(もう!わたしは勇者なのに!)

 そうだ。自分は勇者――世界を守るためにバーテックスと戦う使命を背負った勇者だ。幽霊くらい、バーテックスに比べればどうってこともない。

 気を取り直して、友奈も路地に足を踏み入れる。涛牙1人に任せるより2人で手分けして探すほうがいい、はずだ。

 と、そんな友奈の耳に、小さな鳴き声が聞こえた。

「あ?!」

 気づいて耳を澄ます。それは、犬の声だった。

「!もしかして、行方不明の子かも?!よぉっし!」

 パン、と自分の頬を叩いて気合を入れなおすと、友奈は声のするほうに駆け出して行った。

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 風のように駆け抜けて。

 ディジェルのホラー探知能力に従って路地裏を駆け抜ける涛牙が足を止めたのは、ガラクタが散乱する行き止まりだった。

 いわゆるゴミ屋敷から溢れたのか、あるいは単に近所の人間が邪魔なものを一旦置くのに使っているのか。そこまではわからないが。

「ホラーの気配は?」

 聞くと、ディジェルは少しの間をおいて答えてきた。

『あ~、ホラーはここにはいないな。ただ、ゲートが開いてる』

 ゲート。それは簡単に言ってしまえば魔界に棲まう人喰いの異形――ホラーが現世に出現する通り道だ。基本的にはそれは“陰我”と呼ばれる邪心・邪念の集まった器物“オブジェ”、もしくはそれに触れた陰我ある人間自体を指すのだが。

『――こりゃあ珍しい。ここにある物たちが宿すわずかな陰我が偶然に組み合わさり、魔界との道が開いてる』

「じゃあ、ホラーが出入りし放題、か?」

 ディジェルの説明が正しければ、ここからはホラーがいくらでも湧いて出るという事になる。さすがに顔を青くして涛牙が聞くと、ディジェルからはからかうような声が返ってきた。

『いいや。こうした自然発生したゲートは条件が揃わないと通れないし、この不安定さなら通れるのも一度に一体だけだ』

 その返答に、ホッと安堵の息をつき、涛牙はガラクタの山を見渡した。

「ひとまずここのゲートは処理しておくか」

『それがいい。放っておいていいことはないからな』

 一つ頷いて。涛牙は懐のパスケースから1枚の、複雑な紋様を描かれたカードを取り出した。“力”を込めて宙に放つと、カードは一度輝き、鞘に収められた剣を虚空に吐き出した。

 2点間接続、『引き寄せ』と呼ばれる法術だ。

 鞘から剣を抜き、手近なガラクタに突き立てる。鼓膜を揺らすことはない、しかし心に響く悲鳴がかすかに聞こえた。陰我が絶たれた時の声だ。

「これでよし、と」

 鞘に剣を戻す涛牙に、ディジェルが声をかける。

『ゲートはな。だがこのゲート、何者かが通った形跡はあった。ホラーの気配も消えてねぇぞ』

 やれやれ、とぼやいて踵を返す。

 涛牙が()()の気配に気づいたのは、その時だった。

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 どれくらい走ったか。

 聞こえてくる声に従い進んだ先。ひと際暗い道で、友奈はついに子犬を見つけた。

 モコモコとした柔らかそうな白い体毛。子犬らしい丸みを帯びた体つき、垂れた丸い耳。つぶらな瞳はまっすぐに友奈を見ている。

 ポケットから、美森にプリントしてもらった犬の写真を取り出して、見比べる。間違いない。この子が姿をくらました子犬だ。

「見つけたぁ~」

 ホッと息をつく。後は怯えさせないように近づいて、抱え上げるだけだ。

「ほら、だいじょうぶだよ~。こわくないよ~」

 穏やかに声を掛けながら近寄る。僅かに子犬が後ずさる様子が見えれば足を止めて、ポケットから子犬用のジャーキーを取り出して誘うように揺らす。ジャーキーに誘われたのか牛鬼まで出てきたが、そちらは無視。

「タクヤくんも待ってるよ。はやく帰ろう?」

 友奈が危険ではないとわかったのか、或いは食べ物に吊られてか。少しずつ近寄ってくる子犬に笑いかけ、手を差し伸べる。

 

 スマホから着信音が聞こえたのは、子犬まであと少しというところ。

 驚いたのか跳ねて距離を離した子犬にアァ、と残念な声が漏れる。鳴り続けるスマホを取り出すと、そこには意外な名前が出ていた。恨めしそうに軽くにらんでから、着信ボタンを押す。

「もう、なんですか涛牙先輩!今いいところだったんですよ?!」

 あと少しだったのに、と言い募ると、向こうからは戸惑うような声が聞こえてきた。

『何のことかわからないが。例の犬を見つけたから報告している』

 

「……え?でも……」

 

 受話器越しの言葉に、今度は友奈が戸惑う。視線を地面に戻せば、そこにはやはり写真通りの犬がいる。

『首輪に依頼人の名前が入っている。間違いないだろう』

 いわれて、気づく。

 確かに今友奈の前にいる犬は写真通りだ――里親に貰われていく前の姿、そのままだ。

 当然といえば当然だが、飼い犬には首輪をつける必要がある。少なくとも散歩させていたというのだから、タクヤの手から飛び出したとき、リードのついた首輪をしていなければおかしい。

(じゃあこの子、そっくりさんだったんだ)

 美森ならすぐにそう考えただろうが、友奈はそこまで考えが及ばなかった。勇者部に残っていた写真と同じというだけで、イコールに結んでしまった。

『今から戻るが、結城は元の場所にいるか?』

「あ、あの!実は犬の声が聞こえたんでわたしも路地に入っちゃってて」

『そうか。なら元の場所に戻ってくれ』

「はい!――あ、そうだ!涛牙先輩、タクヤくんの犬じゃないんですけど、野良犬、なのかな?綺麗な白い子犬がいるんです!連れて行ってもいいですか?」

 里親を探すなりなんなり、勇者部でやれないかと思い聞いてみるのだが。

『いや。実はこっちの犬は怪我をしている。結城が医者に連れて行ってくれ。そっちの犬は――まあ、俺が何とかしよう』

「は、はい!」

 さすがに、怪我している子犬と、大人しそうでもどんな性格かわからない犬を一緒に連れていく事は友奈にはできない。手分けは必要だろう。

 通話を切って、自分の前にいる子犬に声を掛ける。

「……ごめんね、わたし、早とちりしちゃった。タクヤくんのお家の子犬じゃなかったんだね。大丈夫、ちょっと怖いかもだけど、わたしの先輩さんがあなたを助けに来るから!ここでちょっと待っててね」

 一つ謝って、友奈は元来た道を駆け出した。

 

 そうして取り残された子犬に、別の方角から声が掛けられた。

「残念だったな」

 子犬が振り向くと、そこには讃州中学の制服姿の男子がいた。ちょうど通話の終わったスマホをポケットに戻しながら。

 腰には鞘に納められた剣。そしてスマホを持たない腕には、制服の上着で包まれた子犬を抱えている。

 その子犬は全身血と傷にまみれているが瞳は刺し貫くような強さで()()()()()()()姿()をにらんでいる。

『ホラー、ルァテプ。獲物が欲しがっている物に姿を変えて近づき、同じ影に入った時に獲物を喰らうホラーだ』

 少年の胸元の魔導具が解説する中、首輪のない子犬は唐突に溶け崩れ、軟体の蜘蛛もどきに姿を変えた。そのサイズは先ほどまでの子犬とは違い、少年――涛牙の身の丈ほどもある。 

「あれが本体か」

『ああ。もっとも、大きさも形も自由自在だ』

 涛牙とディジェルが話す間に、蜘蛛もどき――ルァテプはその胴体から前触れなく触腕を伸ばした。細く鋭いその触腕は、石壁くらいなら容易く貫く。

 が、抜き打ちで放たれた剣はその触腕を弾きとばす。  

「では、さっさと済ますか。弱点は?」

 抱えた子犬を地面に置いて、涛牙は切っ先をルァテプに向ける。

『本体はスライム状だが、魔導火にはめっぽう弱いぜ』

 ディジェルの言葉に頷いて、涛牙は剣の切っ先を天に翳し――円を描いた。

 甲高い音と共に宙空に光の輪が描かれ、そこから空間を突き破って鎧が召喚される。

 

 狼を象った頭部をもつ、鈍い鉄色の全身鎧。表面は滑らかで頭部を除けば装飾の類もほぼ無いその鎧はシンプルな意匠だ。

 その鎧の銘はハガネ。魔戒騎士の血筋、その開祖が纏うとされる鎧。菫色の瞳に闘志を燃やして、涛牙は剣を構えた。

 

 眼前の敵をどう見たのか。ルァテプは一度身を沈めると一跳びで数メートルを跳ね、壁を蹴って更に跳ねる。複雑な動きで涛牙を惑わす魂胆だ。

 対する涛牙は後ろ腰から魔導火のライターを取り出し、右手に握るナックルガード付きの魔戒剣に火を灯す。白い炎が煌々と燃え上がる剣を、涛牙は正眼に構えた。

 凪いだ水面のように動じず、惑わされない涛牙に、ルァテプは背後から不意に跳びかかる。が、その脚は振り向きざまに放たれた剣に弾かれる。返す刃がルァテプの胴に迫るが、ルァテプはとっさに伸ばした脚で方向を変えて浅手ですませた。だが、魔導火で焼かれた箇所は軟体に戻らない。

 軋るような声を出すルァテプに、涛牙は相手の次の手を考える。このホラーは、擬態能力は高いがそれ以外の知性はほぼないようだ。

(正面からの奇襲は弾かれた。跳ねまわって背後からの攻撃もダメだった。なら次は――)

 思索は、ルァテプが空高く跳んだことで断ち切られた。

 これまでにないほど高く、涛牙の真上に跳ねたルァテプは、胴体から何本もの触腕を伸ばし、柵のように涛牙の周囲に突きたてる。これで涛牙の退路を断った。そう考えたルァテプは腹にあたる部分を鉄杭の如く変化させた。

 触腕は魔導火を纏った剣でも容易くは切り飛ばせない。このまま脚を縮めれば涛牙を上から串刺しに出来る。剣で防いだとしても落下の勢いと重さで押し潰せる。

 その予測を現実にしようとルァテプは一気に地面の涛牙に突撃した。

 対して涛牙はしゃがみ込むと、指で地面に印を描き、吠えた。

「縛!」

 刹那。周囲から放たれた多数の光の縄がルァテプを空中でからめとる。

 高速回転でもしていたら容易く束縛は出来なかったろうが、そのまま落ちてきていたルァテプはあっさりと拘束されてしまう。

 宙づりになったルァテプを見上げて、涛牙は言った。

「悪いが、俺がここに来たのは結城とほぼ同じタイミングだ」

 友奈より早くルァテプに到達していれば、単にルァテプを奇襲で仕留められただろうが、友奈がいては「犬を斬り殺す」様を見られる恐れがあった。だから、友奈をここから引き離すために電話をしながら、罠を仕掛けていたのだ。

 目を凝らせば、この場を囲うように魔戒文字の描かれたカードが配置されている。光の縄――封縛縄はそこから伸びていた。

 後は術を起動させるための印を結べばいい。

「こっちの罠のほうが、上手だったな!」

 魔戒剣を描いた印に突き立てる。剣身の炎が印からカードへ、さらに封縛縄へと走り、ルァテプの全身を包み込む。

「!!!!!!」

 声なき悲鳴を上げながら、吊るす縄が失われたルァテプが落ちる。だが、すでに奇襲の体を失った今、それはただの落下に過ぎない。そして下には剣を構えなおした涛牙が待ち構える。

「オオッ!」

 気合一閃。

 柔軟性を失ったルァテプの身体はその一撃で両断され、塵も残さず霧散した。

 

 鎧を送還して、涛牙は元の直剣に戻った魔戒剣を鞘に戻す。次に取り出したのは『引き寄せ』の術の対となる『転送』のカード。これで剣は定められた元の場所に送り返される。

『ホラーの気配は消えたぜ。これで一件落着だな』

「そうだな」

 ディジェルの言葉に、大きく息をつく。

 精霊バリア、とやらがどの程度の性能かは知らないが、ホラーの捕食に対して効果があるかはわからないし試しようがない。記憶消去をおいそれと使えない以上、ホラーから勇者を守るのは普段以上に注意がいるという事を改めて実感する。

 気を引き締めなおして、子犬に近づく。

 軽く唸り声をあげる子犬に苦笑しながら抱きかかえる。

「なんでこんなに嫌われるんだろうな?」

 実を言えば、涛牙にしてもそこが不思議に思うところではある。別段動物嫌いというわけでもないし、ホラーと戦った後は邪気祓いを兼ねて香を焚いたりもしているのだが、何故だか動物が寄ってこない。

『ホラー関係なしに体質なんじゃねぇか?』

 ディジェルの答えに遠慮はなかった。

「……そういうものか」

 ちょっとだけ残念に思いながら、涛牙は駆け出す。友奈よりも先に路地の入口に戻るには道でない場所を駆け抜ける必要があった。

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 友奈が路地の入り口に戻ると、先に戻っていた涛牙から子犬を手渡された。

 その傷だらけ、血まみれな子犬の様子に、友奈は心を痛めた。

「この子、なんでこんな」

 涛牙に抱えられた時は緊張でもしていたのか小さく唸りながら目を開けていたが、友奈が抱きかかえると途端に安心したのか子犬は目を閉じてしまった。お腹が呼吸のたびに伸縮しなければ、死んでしまったと思っても仕方ないくらいだ。

「さてな。カラスか野良猫か――。ただ、命にかかわるような怪我はないようなのが幸いだ」

「――そう、ですね。じゃあ急ぎましょう。お医者さんが開いてるうちに!」

「ああ。場所はわかるか」

「はい!調べました!」

 言って友奈は小走りに駆け出す。急ぎながらも子犬に負担をかけないようにした走り方だ。

「ところで、結城。さっきの話だが」

 横に並んで走る涛牙が呼びかけると、友奈は怪訝な顔で、

()()()()()()()()()()()

 聞き返してくる。涛牙は少しだけ黙ると、

「待ってるはずの場所から勝手に動かれると、困る」

「ご、ごめんなさい……」

 叱責に表情を沈ませる。確かに、自分が最初から入り口で待ち続けていれば、もっと早く動物病院に連れて行けたかもしれない。

「まあ、いい。罰として依頼者への連絡は任せる」

「ハ、ハイ!」

 夕暮れの商店街を走る友奈の頭からは、自分が路地裏に入った理由も、そこで見かけた犬――の姿をしたナニかの事も消えていた。

 

 

 後日談。

 子犬は動物病院で手術を受けて無事に一命をとりとめ、数日後にはタクヤの元に戻っていった。タクヤと子犬は今日も仲良く遊んでいる。

 




と、いった感じでお送りしました第5話です。

今回はホラーが出てくるゲートについて、ちょっと独自の解釈を加えてみました。牙狼本編だと、ホラーは陰我あるオブジェから出てくることになっていますが、炎の刻印やVLのようなアニメだと「どっからこんなに湧いて出た?」って数で素体ホラーは現れるんですよね。
なので、条件がそろえば魔界と現世がつながることもある、というようにしました。

次回はいよいよ赤いツンデレが参戦する予定です。どうぞお楽しみに。


最後に、今回出てきたホラーや涛牙の鎧について、ちょっとした解説をどうぞ。
・ホラー、ルァテプ
 “時間の流れ”の陰我に憑依するモラックスと似たタイプのホラー。特定の陰我ではなく自然発生したゲートや他のホラーが開いたゲートの残滓を通って現世に出現する。
 標的となった人間が欲しいと思う物に形を変えて現れ、催眠効果で持ち帰らずにいられないように仕向け、“同じ影”に入った時に影を通じて獲物を喰らう性質がある。この“同じ影”というのは単に1つの影というだけではなく、消灯した室内も「1つの影」にカウントされる。ただし引き出しやポケット等の中に入れた場合はカウントされない。
 また、ある程度時間が経ったり距離が離れると「欲しいものを持ち帰った」事自体を忘れてしまう。タクヤが「ヒーローの人形を拾おうとしたら犬が持って行った」事を親や勇者部に伝えていないのはこのため。友奈もこの影響で「路地で別の犬を見つけた」事を忘れている。
 誘惑・催眠効果があるのはあくまで『人間』に対してのみなので、タクヤが連れていた子犬にはヒーローの人形はスライム状の物体Ⅹと見えており、本能的に嗅ぎ取った危険性からタクヤから引き離した。
 知能はホラーとしてはかなり低く、子犬を本来の姿に戻って痛めつけたものの動かなくなったので放置するほど。

・ハガネ
 魔戒騎士の纏う鎧の中でも、もっとも初期の鎧。造形は簡素で装飾の類もない、中世ヨーロッパの一般兵が着ているようなシンプルな形状となっている。
 あらゆる魔戒騎士の鎧はこのハガネに始まり、代を重ねて各々の色と形を得ていくという。ただし、魔戒騎士の鎧は一子相伝だが、兄弟がいた場合継承できなかった者は魔戒法師となったり不測の事態があった場合に鎧を継ぐことになるため、神世紀300年代にハガネを着ているというのは極めて異例。
 涛牙の鎧は、腰の紋章は五角形で腰回りに法術に使う魔戒札やカードを収めるホルダーが追加されている。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。