自分は気候が急に変わると体調が崩れがちなので、一度秋めいてきたらそのまま秋に進んでほしいんですが、今年はどうなるでしょうかね。
さて、このお話も第8話。にぼっしーも勇者部の一員となったわけですが。
おや、お客さんが来るようですね。
「さぁて、今日も依頼が盛りだくさんよ!」
「……受ける依頼を加減しなさいよ」
放課後の勇者部部室に響く風のハキハキした声に呆れたようにツッコむ夏凛。
先日の誕生会で夏凛も勇者部の一員としての意識を持ったが、それはそれ。大赦の完成形勇者としては御役目にも力を入れてほしいな、とは思うのだ。
そんな夏凛の気持ちを知ってか知らずか、風は依頼を振り分けていく。
「まずは、園芸部の花壇整備の手伝い!これは友奈と樹にお願いするわね」
「任せてください!」
「了解、お姉ちゃん」
「こっちは図書委員会から、貸出記録のデータの取りまとめ。これは東郷に任せるわ」
「はい。書物の知識はお国の礎。誠心誠意尽力させていただきます」
「じゃあ次。一般生徒からで、登校中に拾った猫を学校に連れてきていたら逃げ出して行方不明に……。これはアタシと夏凛でやるわよ」
「あんたと、2人で?」
「ま、夏凛もまだ入部したばかりだし、ここはベテランと組んで勇者部の活動を知ってもらおうかなってね。あとついでに校内案内も」
風に言われて、夏凛はチラ、といつも通り部室の隅に立つ涛牙を見た。
「それはコイツでもいいじゃない?」
視線で示されても涛牙は特に反応しないが、風の表情がニマリと歪む。
「おお~?これは意外な組み合わせか~?」
「オッサンくさいわね、あんたも」
半眼の夏凛に、風はニマニマ笑いを引っ込めずに言葉を続けた。
「でも残念、白羽くんには校外からの依頼があんのよ。近くの小学校で、ウサギ小屋の修理の依頼よ」
「ああ」
素っ気なく答えると、涛牙は部室の隅の工具箱を手に取る。
「あっそ。まあいいわ」
「それじゃみんな、今日の勇者部活動開始よ!」
風の号令を受けてそれぞれ動き出す部員たち。
その中の一人、涛牙の背中を見ながら、夏凛は先日の事を思い出していた。
「7体の、一斉攻撃……」
涛牙が告げた、残り7体のバーテックス総攻撃という可能性。さすがの夏凛も慄いて後ずさり――ソファに躓いてそのまま座り込む。
「そこまで驚くか?」
返す涛牙の声はただただ平静。テーブルに置かれたコーヒーを一口すすって後を続ける。
「あ、当たり前でしょ?!」
対する夏凛の声には怯えが混じる。
「7体同時なんて――そんなの、最悪の事態じゃない!」
実のところ、大赦からも連絡は入っている――残るバーテックスの大規模な攻撃は想定されうると。
だが、残る7体が全て襲来するとまでは大赦では考えられていない。そんな、有り得なさそうな事態を「一番可能性がある」と断じたのは、夏凛が知る限り涛牙が初めてだ。
そんな夏凛の狼狽えを、涛牙もまた不思議に思った。
「最悪の事態は想定して損はないと思うが?」
「それは、まあ……」
呻きながら座り直すと、音もなく水の入ったコップがテーブルに置かれた。見るとカウンターにいた男(店のマスターだろうか)がいつの間にかお冷を注いで差し出していた。
「風には、その話はしてるの?」
「いや。さっきも言ったが4対8だと策の練りようがないから黙っていた」
単純な数で倍、質の点ではバーテックスは勇者1名と渡り合うには充分なスペック。しかも勇者側は、神樹様を守らなければならない上に美森が素早く動けないため、足を使ってかく乱することも難しい。
そのうえバーテックスを完全に撃破するには『封印の儀』が不可欠で、それには儀式を行う者と露出した御霊を破壊する者が必要となる――1人で実行可能だとは、夏凛が参戦するまで風も涛牙も知らなかった。
よしんば1人で封印・撃破出来るとしても、バーテックスを封じている間は勇者側も身動きが取れない。結局数で勝るバーテックスは自由に動き回れる個体が複数残ることになる。詰みだ。
「東郷は最初勇者となれなかった――戦う精神状態でなかったらしい。なら、迂闊に最悪を伝える事は心を乱して命取りになりかねない」
バーテックスがどれだけ強敵なのかは4人の勇者全員が肌身で感じている。2戦目の3体同時攻撃を切り抜けられたのは、土壇場で参戦した美森が思いもよらぬ才覚を持っていたからに他ならない。
そうして敵の脅威を実感した上で、それが8体同時攻撃、しかも有効な対策なしなどと聞かされれば、怯え竦むのも無理からぬ話だ。
「危険が見えていて、しかし話しても事態が好転しない――補佐役としては、歯痒い限りだ」
そこまで言うと、涛牙は大きくため息をついた。
「三好が加わったおかげで、迎撃策を練る余裕が出来た。俺は、勇者たちには無事に御役目を終えてもらいたい。協力してくれ」
そうして頭を深く下げられては、夏凛としても突っぱねるわけにいかない。
「――わかったわ。あたしの知る限りの情報を見せるから、いいプランを考えて頂戴」
こうして、夏凛は涛牙とバーテックスについての情報交換をしていった。
そんな事を思い出しながら、行き交う生徒たちに猫の行方を聞き込みする風の背中を夏凛は眺めていた。
「う~ん、さすがに見つからないわね」
「猫がまだ校内にいるとは限らないわよ。逃げ出してからも時間は立っているだろうし」
すでに学校の外に出たのではないか、と夏凛が言うと、風も難しい顔をした。
「町にまで捜索範囲を広げるとなると、人手が足りなすぎるかぁ。どうしたものやら」
ブツブツと考え込む風に、ここが頃合いかと夏凛は声を潜めて口を開いた。
「――風。涛牙からは」
「バーテックスの話?」
先ほどまでの溌溂した声とは打って変わった静かな返事に、夏凛は小さく頷く。
「ええ」
「メールで見たわ。バーテックスの詳しい情報アリガト」
口調こそ軽いが、風の声に混ざった怯えを夏凛は感じ取った。
「怖いのね」
夏凛が言うと、風の表情が強張る。図星か。
(当然よね)
勇者にならんとして長年訓練を受け、日々鍛錬を欠かさない自分でも聞かされればたじろぐのだ。偶然に選ばれた風たちが怯えないわけがない。
「あたしなら戦いながらでも周りに指示を出せる――そんな訓練も受けてるのよ。あんたには向いてないわ」
そんな夏凛の言葉に、風は。
「――勇者の御役目はアタシの役目で、アタシの理由なのよ」
硬い声で返す。その言い草に、夏凛は小さく眉を顰めた。
「?それって――」
「アンタは後輩なんだから、黙って先輩の背中を見てなさい」
そこでこの話は打ち切りという事か。先ほどよりも勢いよく廊下を進む風に、夏凛は小さくため息をついて後をついていく。
「で、話を戻すけど。猫探しのアイデアはない?」
「一気に戻すわね。――そうねぇ、猫に効くサプリでもあれば」
そんな2人の姿を、廊下の影から伺う人影があった。
うなじ辺りで髪を切りそろえ、讃州中学のものとは違う制服を着た少女だ。放課後だから他校の人間がいてもおかしいとは言い切れないが――校庭や図書室を覗き込む様子を目にする教師がいれば首をかしげたことだろう。
幸いというべきか、当人が周囲に注意しつつ気配を殺しているからか。ここまで少女は見咎められずに校内を動き回っていた。
話しながら角を曲がる風と夏凛の後を、少女は足音を忍ばせて追いかけて。
「さて」
曲がった先で腕組みして仁王立ちしている夏凛と正面から向かい合う。
「ひょっ?!」
足をもつれさせて転んだ少女を見下ろして、夏凛が視線を尖らせる。
「あんた、ずいぶん前からあたしたちの事をつけまわしていたわよね?何が目的?」
「あ、アワワワ……」
夏凛に気圧されて、その少女はただただ怯え震えるしかない様子だった。
答えない少女に対して夏凛は苛立ちを募らせて――
「ええいっ!初対面の相手を怯えさすな!」
風のチョップが夏凛の頭をひっぱたいた。
少女は、加賀城 雀と名乗った。
曰く、愛媛の中学に通っているが、勇者部の事を聞いてはるばる訪ねてきたそうだ。
「わ、私、昔からすっごい臆病で!だからもっと……もう少しでいいから勇気を持てるようになりたいんです!」
涛牙を除く全員が依頼を終えて戻ってきた部室で。オドオドとしながらもそう言った雀に、友奈が意気込んで答える。
「勇気を持ちたい――これって勇者部に相応しい依頼じゃないですか!」
「フム……こういったところからも我が勇者部の名が広まっていくのね。ククク、アタシの中の女子力が昂るわ」
などと樹が苦笑いするようなセリフを言いながら、風は黒板に『加賀城さんが勇気を持てるようにする』と書き込むとメンバーに向かって声を掛ける。
「さて、勇気っていうとメンタル面よね。どうすればいいかしら」
「そうなると心理学に関わる話でしょうか……。調べてみます」
美森がパソコンでネットを検索する中、夏凛はフ、と笑うと雀に近寄る。
「あ、あの、何か……」
初遭遇の際の恐怖が残っているのか怯え切った顔つきの雀にさすがに内心傷ついたが。それは脇に置いて手にした煮干しの袋を突き出す。
「あんた、臆病を直したいんなら煮干しを食べなさい」
「え」
何を言われているのかわからない、といった表情の雀に、夏凛は滔々と説明を始めた。
「煮干しにはカルシウムやアミノ酸といった身体にいい栄養が詰まっているけど、これらが効くのは身体だけじゃないわ。不安を和らげたり気分を高揚させたりする作用もあるの。だから煮干しを食べればあんたの問題はおおむね解決よ」
「は、はあ」
よくわかっていないという感じの雀に煮干しの袋を持たせていると、続いて樹が挙手をする。
「お!夏凛の次は樹ね!」
「うん、お姉ちゃん。えと、加賀城さん。何かに怯えるっていうのは、『分からない』事が理由なことも多いと思うんです。占いを勉強して未来の事が分かるようになれば、怯えることも少なくなるんじゃないでしょうか。タロット占いなら私も少し教えられますよ?」
「えと、はい……」
「ふふん、加賀城さん?うちの樹のタロット占いはけっこー当たるのよ。教わっておいて損はないわ」
風が満面の笑顔で樹を称えると、樹は顔を赤らめながらタロット占いの方法を説明し始めた。
そうして樹の解説がひと段落したころ、横合いから美森がメモを差し出してきた。
「ざっと調べてみただけですけど、臆病を治す方法が書かれている本をいくつかまとめてみました。近くの書店や図書館で探してみてください」
一度目標が決まれば全員が揃って全力を尽くす。これが勇者部の強みの一つだ。
「あ、ありがとうございます……」
もっとも、初対面の雀にとっては面食らうところもあるようで、ポカン、と音が聞こえそうな抜けた表情で頭を下げてきた。
「え、えっと。これで勇気を持てるようになると思います。それじゃ、そろそろ帰らないといけない時間なので……」
「そっか。雀ちゃんは愛媛から来てるんだもんね」
時計を見ながら友奈が言う。讃州市が愛媛に近い方だといっても隣の県だ。散歩がてらに来れるような距離ではない。
「は、はい!いきなり押し掛けたのに色々とよくして下さってありがとうございました」
そうして改めてお辞儀をした雀は部室を後にしようとして。
「ん?猫?」
と窓の向こう、校舎の屋上の縁で寝ている猫を見てつぶやいた。
声につられて一同揃ってそちらを見て。風は慌てたようにポケットから猫のイラストが描かれたメモを取り出した。
「あああ!依頼されてた迷子の猫!加賀城さん、お手柄よ!」
言うや否や部室を飛び出していく。車椅子の美森は気軽に動けないため部室に残ったが、樹に夏凛も後を追う。
「雀ちゃん、わたしたちも行こう!」
「え?アッハイ……」
そして友奈に促されて、雀も一緒についていくのだった。
屋上の縁、日当たりのよいその場所で、猫は気持ちよさそうに寝そべっていた。と、不意に猫が目を開いた。視線の先には屋上につながる扉がある。
部室に残った美森から猫の様子を電話越しに聞いていた風が扉を開き、勇者部の面々と雀が揃って猫に近寄っていく。
「よっしゃ、あとはどうにかして捕まえれば」
そう言いながら、風の視線が周囲を見る。
猫がいるのは転落防止用の柵の向こう側。柵は腰の辺りの高さなので乗り越えればいいがその先の足場は狭い。バランスを崩せば万が一もあり得る。
だが猫が身を起こすのを見て、友奈は迷わず柵を乗り越えた。
「わたしが捕まえてきます!」
「ちょ、友奈?!」
「あ、危ないですよ!」
夏凛や樹が注意するが、友奈は狭い足場を確かめながら猫と向かい合った。
「アワワ……」
見ている側の雀が歯の根も合わない様子で見守る中、友奈は猫を怯えさせないようにゆっくりと近づいていく。
「だいじょーぶ。こわくないよ~」
猫の方も自分に近づくニンゲンに気づいて周りを見回すが、逃げ場がないと悟ったのか或いは元々人には慣れているのか、特に抵抗せず友奈に捕まえられた。
友奈も優しい手つきで背中を撫でながら、柵の向こうにいた樹に猫を手渡す。
「よし、これで依頼完了――」
ホッと息をついた、或いは気の抜けたその一瞬。
突風が友奈のバランスを崩した。
(え)
突然の事に、友奈は声一つ上げられない。
猫に気を取られていた風、樹、夏凛が一歩反応が遅れる中、友奈の危機に気づいたのは雀だった。咄嗟に柵越しに友奈の手を掴む――が、引き戻すどころか一緒に落ちていく。
やけにゆっくりとなった友奈の視界から異変に振り向きかけた風たちの姿が消えて、友奈の腕をつかんだままの雀と、初夏の空が代わりに映り込む。その空もだんだんと遠のく。
(あ。落ちたんだ)
地面にぶつかる数瞬の間、友奈が思えたのはそんな事。様子を部室から見ていた美森は、きっと悲鳴を上げているだろう。
(ごめんね、東郷さん)
ただ、身体はとっさに雀を抱きかかえた。
自分が落ちるのは、自分のせいだ。だが、雀は遠くから勇者部に助けを求めてきただけで何の落ち度もない子だ。自分のせいで雀まで命を落とすなんてあってはならない。
(雀ちゃんは死なせない――!)
そんな決意とともにギュッと目を閉じて。
横合いからの衝撃に吹き飛ばされる。
一瞬意識が飛ぶほどに頭が揺れたと思えば次の瞬間には身体を擦りおろされるような痛みが走り、最後には硬いものにぶつかって動きが止まる。
「あ、う……」
「ふ、ぇぇぇ」
雀共々痛みに呻きながら身体を起こすと、友奈が打ち付けられたのは校舎だった。全身から感じる痛みが、逆に自分たちが生きている事を伝えていた。
「い、いきてるぅぅぅ!」
「ホ、ホントだぁ~」
身体を見下ろすと、夏服の時期なのでむき出しだった肘や膝を広く擦りむいたが、傷自体は深くはない。しばらくはお風呂に入った時に泣きたいくらい沁みるだろうけど。後は制服についた足跡はクリーニング店に持ち込まないと消えなさそうだ。
目に涙を浮かべて雀と共に無事を喜びあい。
「それで」
聞こえてきた声に、友奈の涙は引っ込んだ。
錆びたブリキ人形のような動きで声の方を見ると、男がゆっくりと立ち上がるところだった。
その男がいる場所は、ちょうど友奈たちが落ちたであろう場所で。
「花壇整備をしているはずの結城が、なんで屋上から落ちてくるのか。説明はしてもらえるんだろうな?」
友奈を見下ろす涛牙の視線は、いつもよりもずっと冷たかった。
部活などで勇者部のそばから離れる時、涛牙は密かに魔界竜を放っている。だが涛牙が扱えるのは1匹が限度だし、そもそも情報をリアルタイムでやり取り出来るほど便利でもない。何か異常があった時に涛牙の元に戻ってくるとか、その程度だ。夏凛が来た当初に様子を伺った時も法術の札を使わなければ魔界竜が見たものを見るようなことはできない。
なので友奈がバランスを崩したその時。依頼を終えた涛牙が戻ってきていたのは偶然だったし、ふと上を見たのも偶然だった。
友奈と、友奈の腕をつかんだ少女が揃って落ちるのを見たとき、さしもの涛牙も一瞬思考が止まった。
だが、身体の方は出来る最善のために動き出す。工具箱を手放して疾走、落下地点に割り込もうとする。
その動きの後を思考が追いかけ――受け止めるにも自分が下敷きになるにも少し足りないと悟る。
ならば、どうする?
――死ななければいい。
左脚に全力を込めて跳ぶ。落ちる友奈の動きの先を捉え、そこに右脚を渾身の勢いで打ち込む。
涛牙が全力で放った跳び蹴りは友奈に直撃し、友奈が地面に直接たたきつけられることを防いだ――代わりに、横に蹴り飛ばされたことで地面を転がされ、あちこち擦りむくことにはなったが。
「加賀城さん、本当にゴメンナサイ!」
「遠路はるばる来てくれた人に怖い思いをさせた。申し訳ない」
保健室で擦り傷の手当てを受ける雀に対して、涛牙と風は深々と頭を下げた。
「い、いえいえそんな!私も結城さんも擦り傷で済んだんですし!」
そんな2人を宥めながら雀が言うが、「生きてるからヨシ!」などと言える話でもない。
「それでも、やらなくていい危険を冒した挙句に人を巻き込むなど言語道断だ。部の年長者として改めてお詫びする。結城にも俺から改めて注意する」
涛牙に言われて、雀は隣のベッドに腰かけている友奈に――米神の辺りをさすりながら未だ痛みに呻いている友奈に目を向けた。
「ううう、まだ痛い……」
保健室に来る前、事の成り行きを説明した友奈は、涛牙から有無を言わせずアイアンクローをかけられた上に、雀を促して保健室に行くまでの道中を頭をつかまれた状態で引きずられた。途中で屋上から降りてきた勇者部の面々が止めなければ保健室までそのままだったろう。
「えと、結城さんも悪気があったわけじゃないと思うのですが……」
さすがに痛々しい友奈の様子に雀も助け舟を出すが、
「悪気がないならなお質が悪い」
その一言で切り捨てられる。話を聞いている周りの面々も冷や汗をかくが、涛牙の言い分は正論であった。
「えと、でも私も一緒に落ちたのは私が結城さんを掴んだからで」
そう言うと、涛牙は不意に気づいたように友奈に顔を向けた。
「そういえば、結城。礼を言っていないな?」
「……言う前に思いっきり頭締め上げられたんですけど……」
小声でぼやきながら、ようやく痛みが引いてきたのか、友奈は雀に近寄るとお礼の言葉を口にした。
「雀ちゃん、助けようとしてくれて本当にありがとう!雀ちゃんは自分が臆病だって言ってたけど、すごく勇気があるんだね!」
「あ~いや。それは勇気というか身体が勝手に動いたというか……」
「咄嗟に動けるだけ大したものだ」
涛牙がポツリと口を挟む。
「加賀城さんがただの臆病者なら、竦んで動けなかっただろう。考えるより先に助けようとした。これだけでも、勇敢と呼ぶには足る」
「でも……結局何の役にも立てなかったですし」
「それを言うならわたしだってそうだよ。というか、わたしが雀ちゃんを危険にさらした原因だよ……」
「ああ、友奈ちゃん落ち込まないで!」
自分で言って自分で落ち込む友奈を美森が励ますのを横目に、風が言う。
「危ない事や苦しい事に頑張って立ち向かえるのが“勇気がある”って言われる人だとは思うわ。でも、それって周りの人がそう言ってるだけで、本人がどう思ってるかはその人次第よ。ホントは怖くてたまらなくて、でも頑張ってるのかも知れないし、ね。それこそさっきの加賀城さんみたいに」
「そ、そうでしょうか……私、本当に臆病で。いつも悪いことが起こることを想像しちゃうし、怖そうな人を見ると目を付けられないかって思っちゃうし」
尚俯きがちに言う雀に、涛牙が言う。
「最悪を想定するのは、悪い事じゃない。危険からは距離を取るのが一番だ」
「え?」
「それが出来ないなら立ち向かうしかないが。俺が思うに、加賀城さんは危険を察する臆病さとそれでも動ける胆力を併せ持つんじゃないだろうか」
「え、えええ?!」
褒められた事に仰天する雀の手を、立ち直った友奈が握る。
「わたしだって臆病だよ。危ないのも痛いのもすっごく怖いもの。でも、友達が困っていたら、わたしはどんなに怖くても友達を助けたいと思う。さっきの雀ちゃんみたいに」
友奈の朗らかな笑みに、雀は自分の心が暖かくなるのを感じた。
「(結城は考えなしに動きすぎだと言ってやった方がいいだろうか)」
「(シッ!今いい話でまとまってるんだから!)」
そんな涛牙と風のヒソヒソ話は、幸い他の者には聞こえなかった。
雀の見送りと、友奈の早上がりでその日の部活は解散となった。
樹に買い物を頼んで先に帰ってもらった風は、夕日の差し込む部室で大きく息をつく。
(本当に、無事でよかった……)
友奈と雀が屋上から落ちた瞬間、風は全身が氷になったような寒さを感じた。もし涛牙のファインプレーがなく2人が命に関わるようなことになれば、誰に言われずとも責任を取って死のうかと思ったほどだ。
(でも、それも今更の話よね……)
次に感じるのは自己嫌悪。
本人たちに秘密でバーテックスと戦う御役目――命を賭けた戦いに引き込んでいたのは自分だ。精霊バリアがあるからといって危険極まりない事に変わりはない。
「怖いか。犬吠埼」
そうして机に突っ伏していると、不意に声が掛けられた。見ると、涛牙と夏凛が並んで風を見ていた。
「ええ、怖いわ……こんなに怖いのね、自分のせいで誰かが死ぬかもっていうのは」
これまでもバーテックスと戦う時に感じていなかったわけではない。だが、皮肉にもバーテックスとの闘いとは関係のない場所で、風は自分の判断ミスが仲間を、友人を殺しかねないという恐怖に向き合った。
柵の内側から猫を捕まえられるように虫取り網でも探しにいっていれば。友奈が柵を乗り越えた時に頑として制止していれば。友奈が柵の内側に戻るまで目を離さずにいれば。あんな事故は起こらなかったんじゃないか。そんな仮定が消えない。
「なら」
言いかけた夏凛を、手で制する。
「だからこそ、勇者部を始めたアタシが逃げるなんてマネ、出来るわけないでしょ」
そう。大赦からの命令であったとしても、勇者部を作り、メンバーを集めたのは自分だ。それを、例え専門の訓練を受けてきた夏凛であっても、ハイそうですねと預けられるわけがない。
「アタシは逃げないわ」
硬い、しかしその内側に激情を秘めた声に、夏凛もそれ以上言い募る事は控えた。
代わりに、涛牙が手にしたチェスのセットを風の前に置く。
「なら、最悪に備えて出来る限りの事はしておこう」
「ええ」
今日味わった恐怖を決して現実にしないために。
犬吠埼 風は決意を新たに勇者の御役目と向き合うのだった。
第8話いかがだったでしょうか。
今回は樹の歌の話――ではなく、くめゆからのゲストが中心に来たお話でした。くめゆ小説版のエピソードにアニメでの風と夏凛のやり取りを一部混ぜ込んだ感じです。
今後の話でくめゆが絡んでくるかは未定ですが、一応「ゆゆゆ」アニメがベースになっているのでサブストーリーで少し出てくるくらいかな、と思っています。
それではまた次回お会いしましょう。