きらきらぼし   作:雄良 景

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※ルーシィ成り代わり主がドラゴンボールのチチに成り代わり転生する話
※悟空夢
※ちょっとルーシィが弱っています
※完全思いつきおふざけ作なのでIQ3でお読みください
※本編執筆の息抜き作




 ―――――さようなら。おやすみなさい。


 人生という旅路に必ず訪れる終焉

 それはすべての終わりではなく

 新たな旅路の始まりである。


 巡り、廻り。

 回り、廻る。



 ―――――ルーシィ・ハートフィリアは終幕を迎え、そして、目覚めが始まる。



 エイジ737 後のフライパン山にて


「う゛ぉ゛おお!! うぉ゛お゛おお!!」

「、 あなた、 …どう、か この子を、 お 願いし ます、」
「あ゛だりめぇ゛だっ…! ぜっでぇにっ! 幸せ゛にするだ……!! おめぇ゛の分も゛っ! ちゃんと育てるがらな゛ァッ゛ !」
「あら、あら、 …泣き 虫、な …お父、さんね… 」


「でも… ああ… … よかっ、た ……… 」



 運命の歯車が回り出す―――――






【番外編:×DB】はじめまして、きみとぼく
くちを閉ざした朝顔の目覚め


 

 

 山が燃えている。ごうごうと燃えている。

 

 

「ルーシィ、そったらとこ()ったら危ねぇだよ」

「ととさま」

「…なんとか火さ消しだら、おめぇにもおっ母の形見のドレスさ見してやれんのになあ」

「かかさまの……でも、ととさま。ご無理はなさらないでくださいましね。わたくし、ととさまがお怪我をされないか心配ですわ」

「んだ。分かってるだよ……おめぇは優しいいい子だな。おっ母にそっくりだ」

 

 

 

 

 

 

 ―――――斧が振るわれる

 

 

「ととさま! ととさま、おやめください!」

「ルーシィあぶねぇからこっちさ来るでねぇ! 盗人どもめ、ひとが苦労さしてるとぎに……!!」

「やめてっ―――――!!」

 

 

 ―――――斧が振るわれる

 

 

「たすけてくれ!」

「ひいいいい!」

 

「おああアアアあッ!! 死ねェ!!」

 

 

 ―――――斧が振るわれる

 

 

「っやめて、ととさまぁっ!!」

 

 

 

 

 

 

 穴を掘った

 

 

「………ごめんなさい…ッ」

 

 

 

 

 

 

「ととさま、おやめください! そこまでなさる必要は無いはずです!」

「あいづらは盗人だべ! 宝さ盗みに来た悪い奴らだ」

「けれどこんなこと…! っこれではどちらが罪人か、」

「近づくでねえどルーシィ、危ねぇ連中だ。おっ父が守ってやるからな」

「ととさま、待って、ああッ、行かないで………!!」

 

 

 

 

 

 

 ―――――牛魔王さまは人が変わってしまわれただよ

 ―――――昔に戻っちまったみてぇだ

 ―――――奥様のこともお忘れになっちまったかも

 ―――――まるで本物の魔王みてぇだ

 ―――――恐ろしい

 

 ―――――ルーシィさまが哀れだ

 

 

「どうかもう、誰も盗みに来ませんように……」

 

 

 

 

 

 

「ととさま、もう、もう、およしになってください」

「すったら甘めぇこと言ったって仕方ねえだよ! なに仕出かすか分かったもんでねぇんだ、二度と悪さできねぇようにしてやんねぇと」

「それでは駄目なのです、どうかお願いです、わたくしの話を聞いてくださいましっ! 理由によって私的な殺人が認められるのなら、なぜこの世に秩序がありましょう。法がありましょう!」

「盗人どもめ、ひとりも逃がさねえ…」

 

「どうして………!!」

 

 

 

 

 

 

 ―――――斧が振るわれる

 

 

「ひとりも生かして返さねぇ! よぉぐもおらの宝さ盗もうとしやがってからに!」

 

「ぎゃああああああ!」

「や、やめ、う、うわあああああああっ!」

 

 

 

 

 

 

「お願いします、お願いします、お願いします」

 

 

 

 

 

 

「ルーシィ! 誕生日おめでとう! ほら、都で新しい服さ拵えただよ。ルーシィは別嬪さんだかんら、何でも似合っちまうなあ! がはは、おらの自慢の娘だべ」

 

 

「…………ありがとう、ございます」

 

 

 

 

 

 

 穴を掘った

 

 

「ごめんなさい」

 

 

 

 

 

 

「―――――宝がそれほど大切ですか」

「あったりめえだ。大事なもんだから宝っちゅう呼び方さすんだべ」

「―――――だから、忍び込む賊を殺してしまわれるのですか」

「んだ! 次かんら次へと湧いてきて、キリがねぇ。虫みてぇな連中だべや! ああ、ルーシィは安心してええ。全部おっ父がぶっ殺してやるでな!」

 

 

 

「―――――………ああ」

 

 

 宝なんて、無ければよかったのに。

 

 

 

 

 

 

 ―――――穴を掘った

 

 

「―――――どうして」

 

 

 穴を掘った。もういくつ目なのかも分からない。それでもルーシィは穴を掘る。

 

 

「罪ある者を殺すことが、司法に依らない私刑が許されるのなら」

 

 

 穴を掘る。深い穴を掘る。

 

 

「罪とは何でしょうか。―――――少なくとも」

 

 

 毎日毎日穴を掘る。爪にはひびが入り、指先は血がにじんでいる。

 

 

「ととさまは、自らもまた罪深い者になってしまわれたのね」

 

 

 穴を掘る。空は快晴―――――それでも、そこには雨が降っていた。

 

 

 

 

 

 

「―――――ととさまの、分からず屋!」

「ルーシィ!」

 

 

 ルーシィはうるんだ瞳で父親を睨みつけた。瞬きひとつでこぼれてしまいそうなほど涙を溜め込んだその瞳の―――――なんと昏いことか。

 涙が光を反射してもなおどこか暗く沈んだ瞳。星のひとつも瞬かない寂しい夜空のような……否、既にそこに空は在らず。それはまるで息すら奪う深海の泥。

 

 自身を突き動かす感情にルーシィの唇は泣きだす子供のように震え、しかし決して涙はこぼさずにそのままの感情を父に叩きつける。

 ―――――それでもルーシィの心は堕ちることができなかったから。仕方がないと受け入れられなかったから。

 

 とっくに遅いと知っていて、それでも開き直ることはとうとうできなかったから。

 

 

「よく、よく分かりました。わたくしが武天老師さまの元に向かいます。芭蕉扇を借り受けに参ります」

 

 

 駄目だった。限界だった。

 何度自分に言い聞かせただろうか。何度言い訳のように自分を説き伏せただろうか。

 

 だからルーシィは自分を許さない。

 

 

「ととさまはもう結構!!」

「ま、待つだルーシィ、ルーシィ~~!!!」

 

 

 父を振り切り、駆け出す。もうルーシィは待てなかった。父を信じ『待つ』ことを止めた。

 

 これ以上、愛する者に罪を負わせないためにも―――――己の罪を償うためにも。

 

 

 

 

 

 

 罪とは何なのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 牛魔王の罪を『殺した』こととするならば―――――ルーシィにとって自らの罪は『待った』ことだった。

 

 

 

 

 

 

「はっ、はっ、はぁっ! っは!」

 

 

 人気のない山道を、一人の少女が駆ける。巻きスカートが足に纏わりついて走りにくい。それでも少女は―――――ルーシィは走り続けた。

 

 

「っ、けほっ、っはぁ、はっ、はーっ! はーっ!」

 

 

 つらい。苦しい。息ができない。けれどルーシィは走り続けた。足を止めるわけにはいかないのだ。諦めるわけにはいかないのだ。

 なぜなら―――――

 

 

 

 

ドシィーン!! ドシィーン!! ドシィーン!!

 

「 グルァォオオオ オ オ オ オ  オ  オ   オ  ッッッ!!! 」

 

 

 

「き、きゃああっ!」

 

 

 

 走らなくては死ぬ。

 

 ルーシィはお気に入りの巻きスカートを、今日ばかりは憎らしく思いながら、後ろから追いかけてくる恐竜を撒くために必死に走った。

 

 

 

 

 

 

「うん……?」

「ヤムチャさま、今の恐竜、何かを追いかけていませんでした?」

 

 

 悟空たちを追いかける道中、ヤムチャとプーアルは視界の端に、自分たちから少し離れたところを勢いよく駆けていく恐竜を映した。

 人里から遠く離れた自然の中で恐竜を見かけることは珍しくないので、それ自体は気になることでもなかったのだが、その恐竜がふたりには目も向けず通り去って行った様子は少しばかり違和感があった。

 すでにエサを見つけていたからこちらに興味が無かったのか。確かに、地鳴りのような足音にまぎれて、『何か』が聞こえた気がした。もしかしたら狙われている『何か』の鳴き声だろうか。一瞬だけ、恐竜の影からなにか金色の輝くものが見えたような………

 

 

「あっ! 大変です、やつらがスピードを上げました!」

「なにぃ!? プーアル、こちらも速度を上げろ! 見つかるなよ」

「はいヤムチャさま!」

 

 

 それはわずかに記憶の片隅に残り、しかしすぐにヤムチャとプーアルは悟空たちを追うことにすべての意識を集中した。

 

 

 

 

 

 

 ―――――ところ変わり、フライパン山にて。

 

 

「お、おめえ、武天老師さまの住んでるとご、知ってるだか!!?」

 

 

 ―――――ブルマ、ウーロン、悟空の一行は次なるドラゴンボールを探し、フライパン山へと訪れていた。

 フライパン山には『牛魔王』という男がいる。それはウーロンよりもたらされた情報だった。

 曰く、それはウーロンが通っていたスクールの教科書に載っていたという。フライパン山は特殊な炎によって年中燃え盛っている山であり、そこには『牛魔王』の城がある。牛魔王はフライパン山のふもとで自らの宝を狙いやってきた盗人どもを、ことごとく殺害している悪魔のような男だ。

 ウーロンからしてみれば「絶対に会いたくない」と心の底から願うほど恐ろしい悪夢のような男。子供たちが馬鹿な真似をしないようにと親切心で牛魔王の恐ろしさを臨場感たっぷりに語ったスクールの先生の努力もあり、ウーロンは正直、教科書の写真だけで失禁しそうになったほど牛魔王が恐ろしい。

 ブルマは青ざめたウーロンの話を聞いてゾッとした。天才肌で同年代の子供たちよりよっぽど神経のド太いブルマは、それでもやっぱり都会育ちのお嬢さま。当然、そんな話を聞くと怖いし近づきたくない。

 

 しかし偶然の一致か運命の合致か、ドラゴンレーダーが導き出すドラゴンボールの所在はフライパン山の牛魔王の城であるという。この時ウーロンは想像だけで本当に少しだけ漏らしてしまった。

 

 とはいっても、何はともあれドラゴンボール。能天気な悟空は別として、牛魔王は恐ろしいが『素敵な恋人』に天秤が傾いたブルマとそんなブルマに引きずられたウーロンはフライパン山へ侵入。バレなきゃセーフとへっぴり腰で城周辺を探索していれば、声が大きすぎて牛魔王に見つかる(ウーロンはとうとう漏らした)というベタな失態を犯すこととなる。

 あわや戦闘―――――となったところで、女神はようやく微笑んだ。

 

 なんと悟空の祖父である孫 悟飯が、牛魔王の兄弟子に当たる人物だったのだ。

 

 悟空の構えた如意棒を見た牛魔王は眉を跳ね上げてはしゃいだ。なにせ尊敬する兄弟子の孫が訪ねてきたのだ。賊なんてとんでもない、誠心誠意もてなさなくっちゃあいけないお客さまだ。―――――そんな牛魔王をさらに驚愕させたのは、悟空の筋斗雲である。

 

 

「まっ、孫殿! おめえ、そいつ筋斗雲でねぇか!」

 

 

 …気づいた時の牛魔王の驚きはひとしおだった。筋斗雲―――――それは、牛魔王もよく知るものだ。そして、牛魔王の知っている筋斗雲の持ち主はひとりだけ。

 牛魔王は震える声でその筋斗雲をどうしたのかと聞いた。悟空はあっけらかんと『亀仙人のじいちゃんに貰った』と答えた。

 

 ―――――牛魔王に激震が走る。これは運命だと思った。奇跡が起こったのだと思った。長年の苦労に、ようやく神さまがお使いをくださったのだとすら思った。なにせ、『亀仙人』とは『武天老師』の呼び名である。それは、求めていた人物の名である。故に牛魔王は叫んだ。そこに希望を見出して。

 ゆえにこそ、藁にも縋る想いで聞いたのだ。武天老師の居場所を知らないかと。

 

 

「えっ、なあ、知ってっか?」

「え!? えーっと、南の沖の方だと思うけど…」

「沖! 沖かそうか! な、なあ、孫殿! その筋斗雲で武天老師さまのとこさ行ってけれ!! 頼む! この通りだべ!!」

 

 

 牛魔王は半狂乱で頭を下げた。喜んだと思ったら半狂乱で頭を下げ始める……その尋常じゃない様子にさすがの悟空も後ずさりし少し迷ったが、他でもない祖父の知り合いからの頼みである。かまわない、と頷いた。

 

 

「芭蕉扇をもらってきて欲しいだよ! それがあればフライパン山の火を消せる! 家に帰ェれる! …あ! そうだ、そんで―――――」

 

 

 悟空の返答に明るい顔をした牛魔王はしかしすぐに一番真剣な顔で、再び掴みかかるように懇願した。

 

 

「お、おらの娘のルーシィさ見つけてけれ!!!」

 

 

 声はわずかに震えていた。『娘』というワードにそれまで蚊帳の外だったブルマとウーロンは、そういえば牛魔王には娘がいるのだという話を思い出した。教科書曰く、フライパン山は牛魔王が『娘と(・・)ピクニックに行っている間』に燃え始めたというのだから。

 

 

「あ、あの~~~、娘さん、どうかしたんですか?」

 

 

 ブルマは頼む頼むと唾を飛ばす牛魔王とたじろぐ悟空の間へ、割り込むようにそっと話しかけた。腰は引けてるが元来の図太さは牛魔王に屈しなかった。興奮状態の牛魔王と訳が分からなくなってる悟空では話が進まないと判断したのだ。

 フライパン山は熱い。燃えているのだから当然だが、長居したい環境ではない。さっさとドラゴンボールを回収してお(いとま)したいブルマは、早く話をまとめて済ませてしまいたかった。―――――ウーロンは化け物を見るような目でブルマを見た。

 

 ブルマの質問に、牛魔王はハッとした顔でブルマを見る。悟空の存在に興奮してすっかりブルマとウーロンのことを忘れていたのだ。盗人かと思ったが、悟空と気軽に話す姿を見て友人だろうとあたりを付けた牛魔王はふたりへの敵意を捨てる。それから、太い眉を下げた。

 悲壮感がひしひしと伝わってくるその顔に教科書に載るほどの大悪党の面影はない。ブルマたちから見て、そこにいるのはただの大柄な父親だった。

 

 

「お、オラの娘は、ひとりで武天老師さまを探しに行っちまっただ…必ず見つけるっちゅーて…」

 

 

 話しながら、牛魔王はぐう、と唸った。直前の会話を反芻したのだ。

 

 

「おらが悪かっただ……! ルーシィは、おらが宝さ盗みに来るやつをみんな殺しちまうのを、ずっと嫌がってただよ。やめてけれと何べんも言われとった。んだのに、おらが聞かねえかんら、ルーシィはひとりで芭蕉扇を取りに行っちまっただ……!!」

 

 

 ―――――深く、深く頭を下げる。兄弟子の孫。筋斗雲を譲られたのなら、師にも認められた子だろう。その子なら、と牛魔王は悟空に深く頭を下げた。

 

 

「た、頼む! この通りだ!! ルーシィは三国一の娘だ。めんごくていい子だよ。んだども、ま、まだ12歳なんだべっ。そんな子がひとり旅さして無事に()ェってこれるたぁ思えねえ! 武天老師さまがどこに居るのかも分がってねがったんだ、余計にあぶねえ! 頼む! 礼なら何でもする!! 頼む……!!!」

 

 

 牛魔王は―――――泣いていた。娘を案じる父として恥も外聞もなく涙した。その様に、悟空やウーロンは思うところがあったのか神妙な顔つきになる。

 ウーロンはともかく悟空は半分くらいしか内容を理解できなかったが、目の前の牛魔王にルーシィという娘がいて、そのルーシィを心配して泣いているのだということは分かった。家族を思うその涙を、ただ理解した。

 

 一帯は思わず感動的な雰囲気に包まれる。実は物陰に潜んでいたヤムチャとプーアルも思わず浮かんだ涙をぬぐったほどである。

 

 が、しかし。

 

 忘れてはいけない。ここにはブルマがいた。この場での紅一点であるブルマは、性別による観点の違いか、そもそも頭の出来の問題か、他の男どもとは違うところが気になって仕方がなかった。

 

 ―――――決別した父娘。善を唱えた娘と、そんな娘を想い、自らの行いを後悔して涙する父。

 ―――――それは紛れもなく美談だろう。大多数の人間がうつくしいと称賛する話だろう。

 

 けれど。

 もし、もし『それ』がブルマの想像ではなく真実なら―――――ブルマは思わず、こぶしを握る。

 

 

「―――――ねえ、牛魔王さん」

 

 

 感動的な空気の中に、ブルマは再び静かに割り込む。話しかけられた牛魔王は視線を向けた。

 ウーロンはもうブルマが牛魔王に話しかけても驚かなかった。ただ、こいつはよく空気を読まずに割り込んでいくなあ、という呆れを感じただけだった。それはすでに場の雰囲気に呑まれ、牛魔王を脅威と感じなくなっていたからだろう。

 

 悟空だけが、雰囲気の違うブルマに首を傾げた。

 

 

「その、ルーシィちゃん? って、あなたの娘、いつ出て行ったの?」

「いつ、だか? ほ、ほんの1時間くれぇ前だべ。おめえさんらが来るちょびっと前だ! んだからまだ遠くには行ってねぇはずなんだっ!」

 

 

 牛魔王はその質問が、ブルマが受け入れてくれた証だと思った。故に何も考えず真実を答えた。―――――瞬間、悟空とウーロンは反射的に身構える。

 ブルマのこめかみに、青筋が浮かんだ。

 

 

 

「 なんであなたここに居るのよ!!! 」

 

 

 

 ―――――それは、先ほどの牛魔王の声をも超えるほどの絶叫となって放たれた。

 

 

 

 

 

 

「はぁ………」

 

 

 ―――――フライパン山からおよそ4km離れた草原

 大きな岩の陰に隠れるようにもたれかかったルーシィは、止まらない大粒の汗を拭いながら大きく息を吐いた。柔らかい風が火照った体に爽やかな涼をくれた。

 

 必死に走り数十分。狭いところに隠れたり複雑な山道に潜り込んだりと涙ぐましい努力の末、なんとか追いかけてきた恐竜を撒くことができた。しかし幼いルーシィはすでに疲労困憊である。今は立ち上がり一歩踏み出す体力も残っていない。

 

 

 ―――――走りすぎた酸欠の脳で、呆けたように地面を見つめる。父のもとを飛び出してきた威勢のよさをすべて恐竜に吸い取られた気分だった。走ったのもそうだが、何より『恐竜(ドラゴン)』というのがよくない。ルーシィは恐竜が苦手だった。

 気力が尽きたような疲労感。今や、必ずかの武天老師のもとへたどり着き芭蕉扇を借り受ける、という目的だけが落ちそうになる(まぶた)を押しとどめる最後の砦だった。

 

 

 息をひとつ吐き、心を落ち着かせるために風と草のにおいを探す。すう、と深く、深呼吸。

 いちど息を吸っただけで人の手に犯されていない草原は、その清純さを濃く伝えてきて―――――その濃さに、思わずルーシィは『かつて』を思い起こした。

 

 

 ―――――それは奇想天外な冒険の数々

 

 

 それははるか遠く、夢物語のようなとんでもない事実。それは、ルーシィという12歳の少女が、『前世』と呼ばれる『かつて』を持っているという、記憶。

 

 ずっと『昔』、生まれる前。……まだルーシィが『ルーシィ・ハートフィリア』であったころ。

 そのときも、こうやって父に反発し家を飛び出した。違いと言えば歳くらいだ。今の方が幾分か幼くて……ああ、それ以外に。

 

 

 ―――――今回は、本当のひとりぼっちだった。

 

 

 自分の腰元をなでる。そこには何もない。お気に入りの皮のケースも、……大切な『(おともだち)』も。

 

 

 あの時ルーシィのそばには契約していた星霊が居てくれた。ひとりで庭から外に出たこともないような箱入り娘が、無謀にもトランクひとつで家を飛び出すなんてまねをして……それでも責めたり笑ったりせず、彼女たちはただその選択を認め、そばに居てくれていた。

 それから、ギルドに入ってからはいつだって周りに家族(なかま)がいた。たとえ危険な状況で分断された時でも、ルーシィの心にはいつも仲間(かれら)がいた。真に孤独になることは、終ぞ無かった。それこそ人生の終わりですら………

 

 ―――――十分に感謝しているつもりだった。けれど、全てが最早手に届かぬ場所に離れてしまった今。ルーシィは自身がどれだけ支えられ、守られていたのかを改めて痛感する。

 

 

 ただそばに居てくれるだけで、あんなにも心強かった。

 仲間だと笑いかけてもらえるだけで、どこまでも行ける気がした。

 

 

「ああ……」

 

 

 懐古の念が緩くルーシィを締め付ける。もっとたくさん、お礼を言えばよかった。語り合い、笑い合えばよかった。

 新たな生を受け、後悔なく先に進もうと思っても―――――かつてのぬくもりを思い返してしまう。

 

 柔らかい風が吹く。先ほどまでは爽やかに感じていたそれが、今のルーシィには体の芯から凍えさせる極寒の息吹にしか感じられない。

 

 

 寒い―――――いや。

 それをルーシィは知っていた。その寒さの根本、渦巻く感情の名を。

 

 

「馬鹿ね、わたくし………寂しいだなんて」

 

 

 ―――――別に、今まで寂しく思ったことがなかったわけではない。こうして、ふとした瞬間に思いを馳せて、どうしようもなく心細くなったことは何度もある。

 それでも耐えることができたのは、ルーシィには父が居たからだ。今生の父は容姿も性格も、以前の父とはまるで違う人。それでも、その愛情の深さと抱きしめてくれる手の温かさはルーシィにとってかけがえのないものだった。

 

 

 寂しさを感じた夜は、父のもとに居た。何も言わずそばに居つく娘を、父はただ笑って抱きしめた。―――――それは大きな愛だった。

 

 

 けれど、そのぬくもりから飛び出したのはルーシィだ。出ていくことを選んだのはルーシィだ。たとえどんな理由があろうと、それはルーシィの選択だった。

 ゆえにルーシィは我が身を恥じる。父を詰り、飛び出して、そのことに後悔はない。それが今自分のできることなのだと思ったから。

 なのに、父のぬくもりを恋しく思ってまた縋りたくなる。……そんな弱気な自分が嫌になった。

 

 

 ―――――それでも、心は泣き止まない。

 

 

 脳裏にかつての仲間たちを思い起こす。家族のようなギルドを思い返す。けれど、あたたかいはずの思い出も、今はただ、つらい。

 

 

「誰か、」

 

 

 ぽつり、声がこぼれる。岩の陰で震える体を抱きしめるように膝を抱えた。

 いっそ、誰でもいい。誰かにそばに居てほしかった。この心細さを許してほしかった。

 

 

 飛び出したことは後悔しなくても、父を強く詰ったことへの罪悪感はある。愛した人に向けた言葉の刃を心苦しく思ってしまう。それに加えて、ひとりぼっちで思い出すかつての記憶はさらにルーシィの胸を苦しめた。

 

 

 このときルーシィは、きっとおそらく、生まれて初めて―――――二度と会えないだろう愛すべき人たちのことを直視したのだ。

 

 

( ああ、武天老師さまのもとへ行き、芭蕉扇を借り受けなくては。どこに居るかも分からないそのお方を探しに行かなくては )

 

 

 果てない旅になるだろう。12歳と言う未熟な我が身が耐えられるのか―――――ルーシィの心には不安が積もる。……困ったものだと開き直って笑い飛ばすには、あまりに現状が心細かった。

 

 成し遂げたい意思はある―――――ただ、勇気が欲しい。ひとりで歩む旅へ、いちど止まってしまった足をもういちど踏み出すための勇気が欲しい。かつてのルーシィが諦めることなく歩み続けられたのは仲間が居たからだ。…だから、今もまた、弱気になってしまっている心を支えてくれる何かが欲しかった。

 

 

 ああ、今生のなんと情けないこと!

 なんて恥ずかしい。あさましい。みっともない。自分勝手にもほどがある。

 

 

 ルーシィしかいない静かな草原。雄大な自然も麗しい鳥の鳴き声も若々しい草木の香りでさえも、今はただ自分を孤独な気分にさせるのだ。

 しとしとと、汗が肌を滑る。地面をまだらにするそれが虚しい。目じりから滲み込む塩分が痛かった。

 

 うつむき、か細い息をする。惨めで恥ずかしくって―――――ふと、一体が暗くなった気がした。

 

 それは体に影がかかっているように陽の光が遮られた感覚。もしや、雲が出てきたのだろうか。まさか天候が荒れるのでは……膝を抱えていたルーシィはその不思議にパッと顔を上げる。

 

 

 

 

 

「  、え 」

 

 

 

 

 

 ―――――それは、さっきほどまでルーシィを追いかけまわしていた恐竜だった。

 

 

 

 

 

 

「な、ん………」

 

 

 暗くなったのは、覆いかぶさるようにのぞき込んできている恐竜の影のせい。目と目が合う。ボタリ、恐竜のくちから唾液が滴った。

 

 目と鼻の先の脅威に、ルーシィの体は動かない。

 

 

 

 ―――――なぜ。だって、足音だってしなかったのに。

 

 

 

 唐突な脅威。ルーシィの体は凍ったように固まってしまった。

 かつてなら話は別だろう。自分で恐竜を倒すことはできなくても、ルーシィには頼りになる星霊や仲間がいた。もしくはルーシィの体がかつてのものなら、日に日に鍛えられた体力と筋力で瞬時に距離をとることができたかもしれない。

 

 けれど、ここにいるのは今まで守られて育ってきた12歳のか弱い少女だった。

 

 

 ―――――ああ、バチが当たったのかしら。

 

 

 妙に冷静な思考が自分を嘲笑する。父の大きな愛は、いつだって記憶の奥底に沈んでいた寂しさを癒してくれたから。その心地よさがあまりにも幸せだったから。溺れるように甘えてしまった。まだ、もう少し。父の腕の中で微睡んでいたかった。―――――それが怠惰の罪だったのだ。

 

 

 ―――――甘えてばかり。ひとりじゃ何もできない未熟者。馬鹿だわ、悲劇のヒロインのつもりでしたの?

 ―――――ととさまのことだって、ちからづくでも止めればよかったのよ。怒鳴り声をあげて嘆願するのではなく、しがみついて頬を張り飛ばしてでも止めればよかった。そうしなかったのは自分のくせに。

 ―――――結局、自分は被害者だという顔をして境遇に、悲しみに酔っていただけだったのだわ。

 

 

 昏い、昏い、負の感情がルーシィを蝕んでいく。目前の絶望がルーシィからまた光を奪って行った。―――――ゆっくりと、ルーシィの心にひびが入る。

 

 動かないルーシィを相手に、恐竜は静かにそのくちを、大きく大きく開いた。

ルーシィは動けない。

 恐竜のくちがルーシィを飲み込もうと近づいてくる。それがやけにスローに見えた。

 ルーシィは動けない。瞬きすら忘れたように、見開いた眼で自分が飲み込まれる姿を見つめることしかできない。

 恐怖よりも、絶望よりも、呪いにも似た自己嫌悪がルーシィの首を絞めていく。

 

 

 

 ―――――ふと。

 

 

 

 何かを、思い出しそうになった。

 

 思考がぐるりと脳を嘗め回す。まるで本能がそれを逃すな(・・・・・・)と言うように。

 くわん、と頭が回る感覚。―――――それは、既視感。これを知っていると、ルーシィの記憶が訴える。

 

 

 いつかのかつて。こうやって、絶望を堕とされた夜があった。

 

 

 ―――――思考が『欠片』を拾う。『それ』に気付いた瞬間ルーシィの意識は一気に過去に旅立った。

 

 

 

 ルーシィが恐竜が苦手な理由。それは、かつて(・・・)それらはあまりにも恐ろしい脅威であったからだ。

 ……もちろん、恐ろしいだけではなかった。一周回って清々しく、誰にも言えなかったが…どうしようもない高揚を感じたこともあった。

 けれど、それらはちからの象徴であり、時に勇気の象徴であり、脅威(おそろしいもの)の象徴とされた。悪魔や神とはまた違う、しかし確かに絶望をもたらす脅威だった。

 

 なにより、愛した人たちを思い起こさせるから。

 

 

 

 目の前の恐竜が大きく開けた口から食道が覗く。その先にある胃袋に獲物を流し込もうとする意志を示す。

 

 

 

 そうだ。ああ、そうだった。あの夜も、こうだった。

 

 かつて、太古の絶望を顕現させてしまった夜があった。開いてはならなかった扉を開き、悪夢と言う脅威を呼び出してしまった夜があった。潰えた未来が、涙を流した夜があった。

 

 あの夜も無慈悲な食物連鎖の果てに、ルーシィの体は胃袋に落とされそうになった。けれど仲間によって九死に一生を得て、生き延び―――――死力を尽くした人類は間に合った(・・・・・)

 

 ルーシィは生き延びることができた。仲間(みんな)が居たから。

 

 

 

『ルーシィ』

 

 

 

 ―――――声が、聞こえる

 

『ルーシィ』

 

 みんなの声が

 

『ルーシィちゃん』

 

 ルーシィを呼ぶ声が

 

『おーいルーシィ』

 

 懐かしい声が聞こえる

 

『ルーちゃん!』『ルーシィ』

 

 愛した人たちの

 

『ルーシィさん』

 

 仲間(かぞく)の声が

 

『どうした? ルーシィ』

『ルーシィ、昨日ね…』

『あ、ルーシィ!』

『ねえルーシィ、覚えてる?』

 

『ルーシィ!!』

 

 

『行こうぜルーシィ、新しい冒険だ!!』

 

 

 

 

 ―――――意識がはっきりと覚醒していく感覚。

 

 仲間(かぞく)の声が聞こえた気がした。

 

 仲間(かれら)に名を呼ばれた気がした。

 

 ……ああ、そうだ。こんな声で、自分を呼んでくれていたと思い出す。そうして同時に、自分が声も忘れかけていたことも。

 

 

 眩暈がする。ルーシィは自分が興奮していることに気が付いた。瞳孔が開き、吸収される光が多すぎて視界がチカチカと点滅する。

 

 

 

 

 ―――――もういっかい

 

 

『 ルーシィ 』

 

 

 ―――――もう、いっかい、呼んで

 

 

『 ルーちゃんっ 』

 

 

 ―――――もう、いっかい……

 

 

 

『 ルーシィ !! 』

 

 

 

 ―――――………うん。

 

 

 

 

 視線は恐竜を凝視したまま離せない。それは体が言うことをきかないという意味なのか、目をそらして隙を見せれば食われるということを察した本能なのか。

 そのまま、指一本動かせないほどにちからの抜けきっていた体に、―――――振り絞るようにちからを込める。

 

 それでも足はピクリともしない。今度は膝を抱えたまま固まっている腕にちからを込める。わずかに指先が動いた気がした。けれどそれだけで眠たくなるような疲労感が襲ってくる。

 

 

 だから思い切り舌を噛んだ。

 

 

 ビリビリとした痛みが全身を走る。ろくに制御の利かない体で無理やり噛まれた舌は傷つき出血したようで、口内に鉄のにおいが充満し不快感を与えてくる。―――――けれど意識は覚醒したから。

 

 

 

 ―――――ルーシィの目の色が変わる。

 淀んでいた深海の泥が、まるで息を吹き返したように彩度を上げる。

 

 

 それは星だ。あまねく夜空の星の輝きだ。そして朝焼けでもある。

 なぜならそれは、ルーシィの心に灯り続ける炎の煌めき。

 

 

 

 ルーシィの瞳の中で(たいよう)(かがや)いた。

 

 

 

 






 悲しみを覚えればいつも父のぬくもりに慰められた。その温かさに微睡むうちに、向き合うことを恐れた。
 二度と会えないという現実からそっと目をそらして、そうして罪を重ねてしまった。
 深く、重く、昏い泥の底。溺れるように沈んだ星は、しかし、だからこそ、かつても光をもう一度―――――もう一度、抱きしめて。
 閉じた目を開く。あたりまえだ。あたりまえだった。だってそれは恐ろしいものでも寂しいものでもないはずだったのだから。
 向き合えば、耳をすませば、それはいつだって私を照らしてくれていたから。

 だって、朝は来るから。震える絶望の夜を越えて―――――私の空は太陽が照らしてくれたから。

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