きらきらぼし   作:雄良 景

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 ―――――ふと、目が覚めた。
 お母さんに「寝なさい」と言われてもう何時間が経っただろうか。
 すやすやと眠っていたのに、なんだか港の方が騒がしくって起きてしまった。
 困ったなあ、明日は学校があるのに。寝坊したら、お母さんに怒られるなあ。

 窓から港を見てみようと、カーテンを開ければ、


「あ、お月さま」


 きれいなお月さまだ。ピカピカしてて、はっきり見える。
 港は明かりがついていて、たくさんの人の声が潮風に乗って聞こえてくる。


「あれ? 軍が来てる」


 それに、砂浜に船が乗り上げてる。
 そういえば、今日は魔導士さまがパーティーをするって聞いたなあ。
 何かあったのかな。





隣り合わせ、手を繋いで

 

 

 

 ―――――走り始めてどれほど経った頃だったろうか。

 すでに港の騒音は遠く、初めは港から遠ざかる三つの影に声を荒らげて追ってきた軍も撒くことができた。今向かっているのはルーシィが泊まる予定だった宿である。

 なにせ、妖精の尻尾(フェアリーテイル)に行こうにもルーシィの荷物はすべて宿に置かれたままなのだ。ルーシィは汚れたドレスに無一文で憧れのギルドへ向かえるような神経はしていなかった。

 

 ナツたちは軍に関わる気は毛頭ない。けれど、軍を呼んでくれと頼んだのはルーシィだ。本来であればルーシィが残りきっちりと説明するのが筋だろうが、ナツたちはルーシィを置いて先にギルドに帰る気はないらしい。一緒に行くが、軍につかまりたくないというのがひとりと一匹の主張である。―――――なら、ルーシィも選択肢はひとつだと受け入れた。

 

 

 しかし、てっきり直行するものだと思っていたナツは少し不満そうな顔をした。軍を面倒だと言うナツからしてみればさっさとお暇したかった。けれど、ハッピーがルーシィ側についてしまったのだ。

 

 

「だっておいらたち、帰りの汽車賃もないんだよ。これでルーシィまで無一文だったら帰るまでご飯も食べられないよ」

 

 

 完全私欲だったが、これによってナツは説き伏せられた。ルーシィは苦笑いで財布の中身を思い返すほかない。

 

 

「なあ宿ってまだかよ」

「はっ、は、んんっ、…申し訳、ないのですが、も、もう少し離れてらっしゃるの、で…!」

「ルーシィがんば~」

 

 

 ルーシィの宿は街からかなり離れたところにある。息を弾ませて走りながらナツの質問に答えたルーシィは、「次を左に曲がります」と続けた。ハッピーは飛びながら緩い応援を送る。

 

 先ほどまでの引っ張られる体制が逆転し、ルーシィのナビゲートで宿まで走る。追っ手を撒いたとはいえ、客観的に見て逃げたナツたちは重要参考人ないし容疑者として軍に睨まれている可能性が高い。気を抜くわけにはいかないのだ。

 

 

「おい、軍に追いつかれるぞ」

 

 

 精一杯のスピードで走るルーシィに、ナツが言う。それから少し考えて、「追いつかれっちまったら、ハンザイシャになって牢屋に入れられるぞ」と脅しをかけてみることにした。

 ルーシィの足の速さは平均より少し上程度で、どれだけ一生懸命でもナツからしてみれば鈍くさい部類に入るのだ。言外に『速く』と急かそうとした。

 

 ルーシィはその言葉に、走りながらナツを振り返った。その顔はキョトンとしていて、怯えや焦りはない。

 

 あれ? とナツは目論見が外れたことを悟る。しかし、それにしても………

 

 

 ―――――そこにはせっつかれることへの不満や苛立ちはない。ただ意識外のことを言われたような顔をして、ルーシィはナツを見ていた。

 

 

 ナツは面食らう。今のは自分が当然のことを言ったはずだ。確かにちょっと脅しをかけるために誇張して言いはしたが、ノロノロしていれば軍に追いつかれてつかまる。そして、場合によっては拘留される―――――変なことは言っていない。

 ううん? と怪訝そうな顔になったナツに対して、数拍おいて何を言われたのかを理解したらしいルーシィは―――――

 

 

 

 ―――――笑った。

 

 

 

 それはまるでいたずらっ子のように。小さな子供が、とびっきりの内緒話をするかのような無邪気で無垢な笑い方だった。

 

 

 

「いいえ、大丈夫です。―――――だって、神さまはいらっしゃるもの」

 

 

 

 ―――――神さま?

 今度はナツが意識外のことを言われてキョトンとする番だった。……なぜ今、神さまの話になるのか。ルーシィが入っている宗教の話だろうか?

 ハッピーだけが、船の上でルーシィがポツリと落とした呟きを思い出す。

 

 ルーシィは前を向きなおし、少し速度を下げて、謡うように続けた。

 

 

「神さまはわたくしたちを見ていらっしゃいます。ナツさんはギルド(かぞく)のためにお怒りになっただけでしょう。ほんの少しやりすぎてしまいましたけど、ええ、それはとても素敵なことです。―――――だから、大丈夫」

 

 

 

 神さまは、見ていらっしゃるもの。

 

 

 

 そう言ったルーシィの声の、なんと穏やかなことか。ナツはなんだか、生まれて初めて見るものを目にしたような気持ちでその後姿を凝視した。

 

 

 月夜になびく金糸の髪は、海水と砂に犯されてもなお月光を浴びて煌めく。それは静かで、しかしその様を強く主張する。

 

 

 ―――――神さま。神さまか。いまいちよく分からないけれど、たぶんそれはルーシィにとって特別なことなのだろう。

 そして今、ルーシィはその特別を少しだけナツに分けてくれたのだ。

 

 

 そう思って、ナツが何かを言おうとした途端―――――目の前のルーシィの体が大きく傾いた。

 

 

「きゃ、」

「おっ、」

 

 

 間一髪、反射的に受け止めたナツによってルーシィは転倒を免れた。

 ルーシィの体を支えながら、ナツはいったい何事かと地面を見下ろして、そこに大きめの石があったことに気が付く。

 なるほどこれに躓いたのか、と視線を滑らせ―――――

 

 

「お前、靴どーしたんだよ」

「えっ? …ああ。海に落ちてしまいました時に、失くしてしまいましたの。きっともう海底に沈んでしまったと思います」

 

 

 ルーシィは裸足だった。暗闇でも人より良く見えるナツの目は、その真白の肌に無数の傷があることを認めた。

 お手数をおかけしました、と身じろいだルーシィを無視して、ナツはその足を持ち上げる。

 

 

「………」

「!!!! なっ、お、お、お止めくださいっ」

「ルーシィ痛そ~」

 

 

 まじまじと足の裏を見られて、ルーシィは真っ赤になった。他人に、それも異性に自分の足の裏を観察されて冷静でいられようか。しかも、ものすごくボロボロの自覚がある―――――何の苦行だろうかとルーシィは足を持ち上げられたことでずり下がるドレスを抑えながら静止の声をかけた。

 

 しかしナツはそんなことも気にせずルーシィの傷の具合を確かめる。ハッピーはのんきに、しかし少し痛ましそうにルーシィの怪我を心配していた。

 

 

 足の裏の傷は、裸足で駆け回っていた分痛々しく、ところどころ皮が剥けて血をにじませていた。ストッキングは既に意味を成していない。もはや足首から下がオープンされているのだ。おかげで傷口に砂がたくさん付いててとても不衛生だ。右足の親指の爪なんて割れている。

 

 ―――――きっとこんなに傷ついたことなんてない足だったんだろう、とナツは思った。

 なんとなく、ルーシィの物腰からして生まれはずいぶん裕福だろうというのは察せられるし、きっと当たっている。わざわざこんなに傷つくようなマネをすることなんて無かったのではないだろうか。

 

 そのくせ、一度も痛いだのと言わなかった意外な根性に感心する。

 

 しかしこんな状態のルーシィを急かすような真似はするべきじゃなかったかもしれない、とナツは少し反省した。そりゃあ転ぶだろう。―――――それから、少しの不満。

 

 

 痛いなら、苦しいなら、もう少し言ってくれてもいいだろうという傲慢な不満。

 

 

 ルーシィのようなお嬢様タイプの女は今までナツの周りにいなかった。全員が野蛮というわけではないが、毛色が違いすぎるのだ。護衛任務に行ったって、生まれの上品な女が粗暴なナツに関わってくることはなかった。だから、なんとなく、扱いがわからない。

 

 

 一度足から手を放し、ナツはちゃんとルーシィを見てみる。

 

 

 まずは強い海水のにおいと何かが焼け焦げたにおい。…ナツはこれで滲む血の匂いに気付けなかった。わずかに香っても、男たちのものとばかり思っていた。

 全身はべしょ濡れで、ドレスも海水を吸ってずっしり重そうだ。

 髪の毛もぐしゃぐしゃで、髪だけでなく全身に砂が張り付いて―――――ああ、顔にも。血は出ていないが、傷が一線。

 足はボロボロ。しかもよく見たら―――――左足首が少し腫れている。

 

 パチ、とひとつ瞬きをして、むしろよく今まで走ったな、とナツは感心した。

 

 

「ボロボロだな~オマエ」

「う、……ええ、見るに堪えないみすぼらしい様相になってしまったことは承知しております……で、ですが名誉の負傷です! 船も港へ押し戻せましたし、おひとりだけですが撃破することもできましたから」

「つかこれ、捻挫してんじゃねえか?」

「はうっ、そ、それはたぶん砂に足を取られたときにその……こ、この程度かすり傷ですわ」

 

 

 自覚がある分、ジロジロと見られることが恥ずかしい。しかし、そんな乙女心などナツに分かるわけもなく。―――――ルーシィは赤くなりながら言い訳のような強がりのようなことを訴える。

 そのコロコロ変わる表情を見てナツは、やっぱりルーシィが居たら楽しそうだな、と考えながら一瞬でその体を背負った。

 

 

「きゃあ!」

「っし。行くぞルーシィ! 案内してくれ」

 

 

 ―――――ルーシィはガッツがあって、行動力もあって、でもあの血の滲んだ足の通り、小さくて柔らかくて弱っちい体をしている。

 もう弱いとは思ってない。船を海岸に押し戻したのがルーシィだというなら、そんな大きな魔法を使えるくらい強い魔導士なのだろう。けれど、見たとおり、今ここにあるとおり。ルーシィの体自体はただの華奢な女の子だということを、ナツはしっかり認識した。

 

 ナツはルーシィの体に対して『気遣う』というスキルを装備したのだ。

 

 

「ナツさんっ、お、お心遣いはありがたいのですがお、重い、重いですから!」

「おー重ェ。荷物の方が軽い」

「えっ」

 

 

 ―――――まさかの密着に経験のないルーシィは焦り、何とか降ろしてもらおうともがきながら訴えれば、まさかの肯定が返ってきた。

 いや、ルーシィ自身、別に自分が軽いと思っていたわけではないのだが……異性に『荷物の方が軽い』などと言われれば乙女心が傷つく。

 

 しかし落ち着いて考えてみてほしい。普通、人ひとりと大抵の荷物を比べれば荷物の方が軽いのは当たり前だ。

 けれどショックを受けたルーシィはその判断ができなかった。

 

 

 びしり、ルーシィが固まり抵抗がなくなったことをいいことに、ナツは背負ったまま走り出した。ハッピーは声を出さずにことの成り行きをニヤニヤと見守っていた。

 

 

( でぇきてるぅ )

 

 

 声を出さずに呟いた揶揄いは誰にも気づかれない。

 

 

「おいルーシィ、ちゃんと道案内しろって。次はどこだ!」

「あ、あうう、ひ、左ですぅ…!!」

 

 

 桜と向日葵が夜空の下に咲き走っていく。追従する青は、声に出さずに楽しそうに笑った。

 

 

 

 

 

 

 唐突にナツに背負われたこと、そして『重い』宣言によってショックと混乱に見舞われていたルーシィだったが、ナツが自分を抱えたことによりさっきまでの倍以上のスピードで目的地に近づくのを感じて次第に混乱が収まった。

 

 ようするに効率がイイのだ。

 

 ―――――それに、これ以上拒絶するのは自分を気遣って背負ってくれたであろうナツの気持ちを踏みにじることにもなってしまう。

 

 

 すう、とルーシィの体からちからが抜けていく。体を支えるためにナツの肩に置いていた手へ、少しちからを込めた。

 ――――――それは慣れない触れ合いへの、精一杯の歩み寄り。

 

 

 おんぶなんて、もう何年されていなかっただろうか。ルーシィは遠い記憶を頼りに、ナツに体を預けた。

 ナツが走ればルーシィの体が揺れる。……正直、捻挫している足首に響いて結構痛い。

 

 

( あたたかい )

 

 

 けれど、その熱は手放しがたいものだと感じてしまった。

 それはルーシィの体が海水によって冷えていたからか、ナツが炎の魔導士ゆえに高い体温を有していたからか。

 それはどちらもでありながら、きっと、それだけではないのだろう。

 

 

 次第に慣れていく乗客に気付いたナツは、硬かったルーシィの雰囲気が少しずつ自分を受け入れているのを感じて、笑みを浮かべる。

 

 

 

 

 泣かれるのは困る。だから笑っている方がいい。

 強がられると困る。だから身を任せてくれればいい。

 

 

 俺達の仲間になる。だから他人行儀なんてものはいらない。

 

 

 ルーシィは妖精の尻尾(フェアリーテイル)仲間(かぞく)と呼んだ。それなら、その一員としてもっと頼るべきだ。―――――そうやって、ナツはニンマリと笑った。

 

 

 

 

 

 

 ようやく宿についたふたりは、まだ明かりのついていた受付に駆け込んだ。

 

 

「おばさま!」

「わあ! っビックリしたね、静かに入ってきな! ……って、おやお嬢ちゃん…どうしたんだいその恰好」

 

 

 受付には女主人がひとり。急な来客に目を丸くした。

 見覚えのある顔だ。それは昼過ぎに部屋を借りに来て、数時間前に魔導士の船上パーティへ出かけて行ったお客が、男に背負われて帰ってきた。

 なによりその恰好の、なんとみすぼらしいことか! 街一番の美しさで出て行ったはずの少女の、まさかの変わりように思わず呆然とする。

 

 

「ごめんなさい、どうかお許しになって。時間がありませんの! お借りしていたお部屋を 「おばちゃん、こいつの部屋もうひとり泊まっていいか?」 えっ?」

 

 

 ―――――部屋のキャンセルを、と思って口を開いていたルーシィを遮ったのはナツだった。

 

 『泊まる』――――――? ナツの割り込みに、ルーシィがフリーズする。

 

 軍に見つからないうちにさっさと出ていこうということになった大元が、『泊まる』とはこれいかに???

 

 まさかの展開に呆気にとられたルーシィを気にせず―――――女主人は驚愕顔を生温かい微笑みに変え、頷いた。

 

 

「まあまあまあ! ええ、構いやしないよ。特別サービスだ、お代もひとり分で結構」

「えっ、えっ?」

「サンキューおばちゃん! よっし、部屋行くぞルーシィ!」

「は、はひ……」

 

 

 消えた混乱のぶり返し。背負われたまま消えていくルーシィに向かって、女主人は微笑んだ。

 

 

「若いねえ、旅先で男を捕まえるなんて。アタシだって若い頃にゃ…」

 

 

 彼女の頭の中では、船上パーティに参加していた美少女をめぐって高名な魔導士と旅の少年(ナツ)が決闘をするというラブストーリーが想像されていたことなど、部屋へ向かったふたりは知る由もない。

 

 

 

 







「……ん、?」


 チカリ。何かが光った気がした。
 目を凝らしてみると、またチカリ。それは港から続く道からやってくる。
 チカ、チカ、キラ、キラ。


「、わ、あ………!!」


 桜色の男の子が、女の子を背負って走ってる。
 キラキラなのは、その女の子の髪の毛だ。


 お月さまの光と同じ色で、キラキラ光って泳いでる。


「っ、おかーさん! おかーさーんっ!!」


 すごい、すごい! 僕、初めて見た!


「お母さん、人魚さんだよ! お兄ちゃんが海から人魚さんをおんぶして走ってる!!」


 階段を駆け下りてリビングのお母さんに伝えると、お母さんは「もう!」と怒った。


「ちゃんと寝なさいって言ったでしょう。人魚だなんて、夢を勘違いしてるのね。ほら、ほら、寝なさい、寝なさい」
「勘違いじゃないよ! きれいな髪の毛だったんだ。お月さまと同じ色! 銀色のキラキラがあったよ。きっと鱗だ! それに、青いひらひらも! ねえ、きっと尾びれだよ!」
「まあ、足は本当にお魚だったの?」
「うん! えーっとえーっと、……あれ? おんぶされてたから違うかな?」
「ほら、勘違いじゃない」
「でも、本当にきれいだったんだよ!」

「ならきっと、それは人魚じゃなくて月の女神さまよ。天女さまよ」


 さあ寝なさいと背中を押されて部屋に戻る。人魚さんじゃなった。
 でも、女神様だった。
 あれ? 天女さまだっけ。
 うーん、どっちでもいっか! 本当にきれいだったんだもの。


「早く明日にならないかな」


 朝が来たら、皆にも教えてあげよう。昨日の夜に、月の女神さまが降りてきたんだよって!



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