きらきらぼし   作:雄良 景

13 / 28



 長らくお待たせいたしました。
 今回は文章量とルーシィ褒めを増し♡増し♡でお送りしています。
 今後もルーシィをべた褒めすることは当然のように大領に発生するので、ご了承ください。





生き様を見よ
理想(ゆめ)は現実に


 

 

 

「うぉ~~~~~っし! 着いたぞルーシィ!!」

「まあ………!!」

 

 

 ルーシィは目の前の建物を見上げ、万感の思いを込めて感嘆符を吐き出した。

 大きな扉と、瓦の屋根。漏れ聞こえてくる楽しそうな騒ぎ声。掲げられた尻尾のある妖精―――――『FAIRY TAIL』の文字。

 

 

「ざ、雑誌で見た通りです…! 本当に、本物の―――――妖精の尻尾(フェアリーテイル)のギルド……!!」

 

 

 電車を乗り継ぎいくばくか歩き、そうしてようやくたどり着いた目的地。

 たまらない、とばかりに呟いたルーシィに、ナツとハッピーがニンマリと笑う。そうして、あまりの感動にうっすらと涙を浮かべてすらいるルーシィへ笑顔で声をかけた。

 

 

「ようこそ妖精の尻尾(フェアリーテイル)へ!」

「場所覚えとけよ―――――今日からお前が帰る場所だ」

 

 

 ―――――それは心から贈られた歓迎の言葉。ルーシィはキュウ、とくちをつぐんで、必死に頷いた。噛みしめた唇は少し傷んだが、そうでもしないとみっともない顔になってしまいそうだった。

 

 

 

 『帰る場所』―――――ナツがどんな意味を込めてその言葉を言ったのか、ルーシィには窺い知れない。

 

 けれど――――――けれど。ナツがどんな意味を持たせたにしても、ただ、その言葉そのものがルーシィにとってかけがえのない輝きであることに変わりはなかった。

 

 

 

 ルーシィは笑った。ここが幸せの絶頂だとばかりに笑った。

 そうして、どこかくすぐったそうに喜ぶ。彼らに出会ってから、心から嬉しいことばかりだと。

 

 いっそ辛そうなまでに幸せそうな、こらえきれない笑顔を浮かべたその美しさは、晴れ晴れとしたマグノリアの青空の下で他の何物にも劣らない輝きがあった。

 

 その見ている側の心を苦しくさせるほどの笑顔(うつくしさ)に、ナツもまた満足そうに笑う。

 

 

 ハルジオンからマグノリアに着くまでおよそ1日と半日。その間、くちには出さなかったが―――――ナツの頭の中には、ずっとあの船のルーシィが居た。

 インパクトがインパクトだったばかりに仕方がないかもしれないが、……彼女の顔を見るたびに、心の底から絶望したというかのようなあの泣き顔が、どうしても頭の片隅にこびりついていた。

 

 

 あの日の昼に見た、妖精の尻尾(フェアリーテイル)について語った時の微笑みと、それを打ち消さんばかりの、船での……すべてに裏切られたとばかりの涙。

 

 

 

 だから満足する。妖精の尻尾(フェアリーテイル)のギルドを見ただけでこれだけ幸せそうに笑えるのなら、もうあんな顔で泣くことはないだろうと。

 

 

 

「じゃあ行くぞハッピー!!」

「あい!!」

「え?」

 

 

 

 

 

「ただいまァァアアアーーーーーーーっ!!!!」

「あーーーーいっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーナツ! 新聞見たぜぇ、お前、まーたハデに」

「てめェ! 火竜(サラマンダー)の情報嘘じゃねえか!!!!」

「うごぉっ!!」

 

 

「えっ」

 

 

 

 ―――――勢いよくギルド内に突入していったナツが、話しかけてきた男の顔面に思い切り蹴りを入れた。

 …その勢いに、ルーシィは驚きの声を上げたままフリーズしてしまった。

 

 

 ナツの叫びからして、今の男がナツにハルジオンに来たボラの噂話を伝えたということは察せられる。彼としては聞きかじった噂をナツに教えただけだが、ナツからしてみれば上げて落とされたのだ。これくらいの八つ当たりは許されるだろうという暴挙だった。

 

 

 

 そして、ナツの一撃を皮切りにギルド内で乱闘が始まる。

 

 

 

 ―――――ルーシィは混乱する。これは妖精の尻尾(フェアリーテイル)なりのスキンシップなのだろうかと狼狽えた。その通りである。

 その通りであるのだが、純粋培養(ルーシィ)にはいささか刺激的すぎるコミュニケーションに、自分のポジショニングがまったく分からなかったのだ。

 

 なんとか固まった体を動かしておろおろよたよたと憧れのギルド内に足を踏み入れたルーシィだったが、さっきまでの感動はすっかり吹き飛んでしまい、今はただ自分はどうすべきかという謎に涙目になって悩まされていた。

 なにせあの船での戦いとは違い、ここは妖精の尻尾(フェアリーテイル)。ほぼ全員が味方、という環境での、味方同士の乱闘なのだ。普通は混乱するだろう。

 

 

 ―――――余談だが、入り口付近で『よしきた』とばかりに拳をふるっていた数名はいきなり視界に入った美少女にすっかり魂を奪われ、あほ面をさらしてフリーズした。

 

 

 

 

 

 

( よ、余計なことをしてしまう前にどなたかに話を――――― )

 

「あ、あの、」

 

 

 突如始まった大乱闘。これがコミュニケーションだというのなら自分も混ざるべきかと拳を握ってはみたルーシィだが、よくよく考えれば自分はまだ妖精の尻尾(フェアリーテイル)の一員でない。

 ならこのコミュニケーション方法を使用する資格はないのではないか、と思ってしまえば、本当にどうすればいいのか、皆目見当もつかなくなってしまった。握った拳は一応そのままに、どこかに答えがないかと辺りを見回す。

 

 しかしもちろん、周りには元気に大乱闘。答えどころかヒントすらなく―――――

 

 とりあえず、誰かに指示を仰ぐべきだ。そうしてルーシィは小さく声を出した。

 

 

 

「ナツが帰ってきたってェ!!?」

 

 

 

 ―――――しかし、その声はすぐそばに出没した爆音の乱入者により、儚く踏みつぶされた。

 

 

 

「―――――!!?」

 

 

 

 パッと声の主を振り返ったルーシィは―――――とっさにくちを押さえて悲鳴をかみ殺した。

 

 

 

 半裸が居た。

 

 

 

 いやむしろ全裸未満と言えるだろうか。真昼間から公共の場でパンツ一枚の変態が居た。

 

 

( ふ―――――不審者………!!! )

 

 

 ぎょっとしたルーシィは、思わず2歩、3歩と後ずさりをしてしまう。しかし、

 

 

( い、いえ、落ちつくのよルーシィ! もしかしたらそういうファッションなのかもしれないわ…! 変態認定(きめつけて)は失礼よっ )

 

 

 かみ殺したくちの下で、ルーシィは必死に自分を説得した。自分の常識では目の前の男は非常識なってしまうが、なにせルーシィは自分が狭い箱庭で生きてきたという自覚がある。こういう民族、もしくは宗教の人なのかもしれないと、かなり無理はあるが必死に自分に言い聞かせた。

 

 

( それにナツさんのお名前を呼んでいらしたし、胸元にギルドマークがあるということは、身分は確か…! )

 

 

 なにより妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士らしき人間を変態と呼ぶには、ルーシィの中の憧れは小さくなかったのだ。

 すると、出没した変態に対してすっかり固まったルーシィを挟んだ反対側から、静かな声が割り入った。

 

 

「グレイ…あんたなんて格好で出歩いてんのよ」

 

( やっぱりちょっとダメな様相でいらっしゃるのね!? )

 

 

 ―――――その冷静沈着な突込みに思考回路が一気に冷え冷静さを取り戻したルーシィは、自分以外が自分と同じ疑問をくちにしたことから、自分は間違っていなかったのかと思わず安心した。

 ……同時に、妖精の尻尾(あこがれ)の魔導士が変態であることになんとも言えない事実が証明されてしまったわけだが。

 

 ……いや、もしかしたらシャワーを浴びていたところを、慌てて出てきたのかもしれない。ルーシィは自分に慰めとも言えない微妙なフォローを入れて、視線を体ごともうひとりの発言者に振り返った。(自分の格好を見て驚いてるグレイと呼ばれた変態は意識の中から追い出した。)

 

 

 周囲が大騒ぎのこの場で、あの冷静な突込み。さぞかし話の出来る常識人なのだろうと思ったのだ。ルーシィはとにかく、この状況での身の置き方を教えてもらいたかった。予想以上の喧騒と変態に狼狽してしまったが、その程度では株が落ちないくらいには憧れた妖精の尻尾(フェアリーテイル)。どうにかギルドメンバーからの自分の第一印象(ファーストインパクト)が『礼儀のなっていない小娘』にならないようにと、ルーシィは必死だった。

 

 

 現状脱却の希望をもってルーシィは振り返る―――――が、

 

 

 

 

「た…………たる……………」

 

 

 

 

 ルーシィは認識が甘かった。ルーシィが憧れた妖精の尻尾(このギルド)は、おおよそ『まとも』など到底期待できない人種の集まりなのだ。

 

 突込みをしたはずの声の主は両手でワイン樽を掲げて飲むグラマラスな美人であった。もう訳が分からない。ルーシィはとうとう思考が停止した。その後ろでナツとグレイに吹っ飛ばされた大男など視界にすら入らない。

 

 

( ど、どうしたら、わたくし、ナ…ナツさぁん……!! )

 

 

 とうとう、ひょっこりと現れた、雑誌で見たことがあったロキという魔導士まで嬉々として喧嘩に混ざっていく姿を見てキャパオーバーを迎えたルーシィは、心の中でナツの名を呼んだ。もはや、この場で救いを求められる人がナツしか思いつかなかったのだ。

 けれど、そもそもナツはこの乱闘の原因ともいえる戦犯だ。もちろんルーシィのSOSになど気づかない。

 

 

 

( わたくし、わたくし、やっぱり―――――来るべきでは――――― )

 

 

 

 自分程度では分不相応だったのだ―――――用量を超えた混乱に心が折れかけたルーシィに、しかし、女神は微笑んだ。

 

 

「あら、あなた新入りさん?」

「へ、」

 

 

 ―――――ウェーブのかかった白銀の髪を揺らして、涙目で肩をすくめるルーシィに優しく微笑みかけた女性。

 その顔はあまりに有名―――――先ほどのロキとは比べられないほどにルーシィの脳裏に刻まれている女性。

 

 

 

 

「ミ、―――――ミラジェーンさま……!」

 

 

 

 

 

 

 話しかけてきたまさかの人物に、ルーシィの顔にグワッと熱が集まる。目じりにたまった涙の意味がコロリと変わる。

 

 

 なんということだ―――――憧れの魔導士のひとりに、今、自分は話しかけられている!

 

 

 ようやく息を吹き返した感動。ルーシィはそれどころではないと混乱を投げ捨てた。

 

 

「あ、あのっ! わたくし、ルーシィと申します。ナツさんにご紹介いただいて……妖精の尻尾(フェアリーテイル)に加入させていただきたいのですけれど…!!」

 

 

 胸の前で手を組んで真っ赤にした頬で言い募るルーシィに一瞬キョトリとしたミラジェーンは、それから柔らかく笑ってルーシィの手を取った。

 

 

「歓迎するわ。知っているようだけど、私はミラジェーン。これからよろしくね」

「はい………!!」

 

 

 目じりを緩ませて女神のような柔らかい微笑みを浮かべるミラジェーンと、感動にうるんだ瞳と高揚した頬で恋する乙女のように惚けた表情を浮かべるルーシィ。

 喧騒の中、倒れた机の陰で誰にも気づかれず手を取り合うふたりは現実から切り離されたかのように穏やかだった。

 

 

 ―――――しかし、ふたりが穏やかでも周囲が大乱闘スマッシュファミリーなのは変わりない。

 幸福にボウっとしていたルーシィは、相変わらず物の壊れる音が絶えない背後にハッとして、それから気まずげに辺りを見回し、そっとミラジェーンに問うた。

 

 

「あの、みなさまは大丈夫なのですか……?」

 

 

 その『大丈夫』、には多くの意味が含まれていた。うまく言葉の見つからなかったルーシィが一生懸命選んだ、あたりさわりのない言葉だった。

 ギルド内はあちこちが破壊されていて、まさに戦場のよう。手足を使った喧嘩なのだから、もちろん怪我人も出る。これ以上は……と心配するルーシィに、ミラジェーンは変わらない笑顔でルーシィを安心させるように答えた。

 

 

「大丈夫よ、これくらいいつものことだもの。みんな仲がいいから喧嘩するのよ。―――――そう思えば、この大騒ぎも楽しそうでしょう?」

 

 

 正直、楽しそう、という感想に同意できるほどまだルーシィの神経は図太くなかった。が、この大乱闘も仲がいいからこそと、他でもない当人が言うのなら―――――これが妖精の尻尾(フェアリーテイル)だというのなら、身をすくませるような破壊音も、さっきよりもほんの少し、心に余裕をもって見ていられる気がした。

 

 とりあえず、慣れるまではこうやって端っこで騒ぎを見ていればいいのよ、と繋いだ手を引いてルーシィを安全な場所へ案内しようと繋いだ手を引いたミラジェーン。慣れても参加したくはないのですが…と思いながらも、『慣れる』というフレーズがミラジェーンに受け入れられた証のように感じたルーシィは黙って頷く。そうして、引かれた手に従ってルーシィが一歩踏み出した瞬間―――――

 

 

 バギャギャンッ!!

 

 

「きゃっ」

「きゃあっ!?」

 

 

 唐突に、ミラジェーンとルーシィの間を裂くように誰かが飛んできた。そのまま、ルーシィたちの背後にあった机に突っ込み、派手な破壊音を立てて机を廃材に変える。

 とんでもない威力―――――しかし、それだけの衝撃を受けてもなお無傷らしい吹き飛ばされてきた誰かは、頭を押さえながら立ち上がり、―――――叫ぶ。

 

 

 

 

「俺のパンツ!!!!」

「ヒッ、」

 

 

 

 

 ルーシィはミラジェーンと離れてしまった手で目元を押さえて視界を遮った。

 

 ―――――それはさっきの変態だった。

 いや、さっきよりグレードアップした変態だった。

 

 

 

 彼の唯一のモラル、最後の砦であったパンツが、失くなっていたのだ。

 

 

 

 この時をもって全裸未満だった変態は真の変態へ進化した。

 

 

「こっ、これ、お使いください…!!」

「おっ! サンキューお嬢さん!!」

 

 

 重ねて言うが―――――ルーシィは純粋培養だ。男性経験どころか、異性とろくにスキンシップもしたことがない。もちろん男性の裸体など見たこともあるはずがなく……そんなルーシィにとって目の前に晒された男の全裸は乙女的なときめきを感じるどころか、ただただ恐怖だった。謎の全裸男が怖すぎた。

 

 しかし元来お人好しの娘であるルーシィはさすがにギルド内であっても全裸になれば当人の沽券に関わるだろうと、精一杯顔を背けて変態を視界に入れないようにしながら自分が羽織っていたジャケットを手渡した。とにかくその晒したもの(まえ)を隠してくれと。返さなくてもいいから。いやむしろ隠すために密着するであろうジャケットはもう返さないでほしい。

 

 

 ―――――さて、件の変態ことグレイは見慣れない金髪の少女に差し出されたジャケットをかっぱらうように受け取った。少女の顔は背けられてよく見えなかったが、多分知らない顔だ。似たような背格好の女がギルドに居ないわけではないが、うちの魔導士かそうでないかくらいは見れば分かる。

 それでも全裸の自分にジャケットを貸してくれたんだからいい奴だろうと、体勢を立て直し受け取ったジャケットを羽織った。

 

 

 

 

 ―――――羽織ったのだ。

 

 

 

 

「そこは―――――隠すのでは―――――!!?」

 

 

 何のために自分はジャケットを渡したのか。全裸にジャケットという更にマニアックになった姿で居なくなった変態(グレイ)に、ルーシィはとうとう足のちからが抜けて座り込んだ。

いや、足のちからというより、腰が抜けた。

 驚きと混乱による脱力感で座り込んだルーシィ。―――――しかし喧騒は止まらない。むしろついていけなくなったルーシィを取り残し、戦いは更に激化する。

 

 

「あっ、ルーシィちゃんっ!」

 

 

 とっさに、グレイの乱入のせいで少し離れたところに弾かれていたミラジェーンが叫んだ。

 座り込んだルーシィの死角から―――――椅子が飛んできたのだ。

 

 ミラジェーンは気づいた。しかし、ここからでは間に合わない。

 そして、ミラジェーンの声によってようやくその存在に気が付いたルーシィも、また。

 

 

( ああ、避けられない。 )

 

 

 ルーシィは飛んでくる椅子を呆然と見る。通常のルーシィならともかく、今しがた腰の抜けたルーシィでは、反応しきれない。鍵に手を伸ばしても間に合わない……

 

 こんな日常茶飯事(らしい)で腰を抜かして、挙句の果てに身ひとつ守れないとは。ようやくたどり着いた妖精の尻尾(あこがれのギルド)でなんて無様を晒しているのかと、言葉にできないほどの羞恥に襲われながらも、ルーシィはわずかな足掻きとして体を縮こませた。

 

 

 

 

 

 ―――――バギャッ!!

 

 

 

 

「ルーシィちゃんっ!」

 

 

 

 椅子は着弾―――――そして、大破。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――しかし、ルーシィは無事だった。

 

 

 

 

 

 

「やれやれ、危ないな……君、大丈夫?」

 

 

 

 

 

 

 直撃すれば無事では済まないだろう衝撃に、なぜルーシィが無事だったのか。

 それは、ルーシィがすでにその場にいなかったから。

 

 

 ルーシィの体はいつの間にかふわりと浮き、抱き上げられていたのだ。

 ハッとして自分の体を浮かせた手の主を見る。―――――オレンジの短髪に、サングラス。女性が見惚れるイケメンフェイス。先ほど見かけた、有名な魔導士のひとり。

 

 

 

 

 ロキが、ルーシィを抱き上げていた。

 

 

 

 

「てか君かわいいね、どこのモデル?」

「、はえ……」

 

 

 

 

 

 

( いやほんとにかわいいな )

 

 

 ロキは腕の中で呆然と見上げてくる少女を改めて見て、内心で再認識する。透き通った肌もひとつの三つ編みにまとめられた金髪(ブロンド)も、なにより星を散らしたように輝く琥珀色の大きな瞳も、美人の揃いの妖精の尻尾(このギルド)でも上位を争うだろう容姿だ。

 

 

 上に纏ったハイネックのサマーニットはノースリーブで、下はスタイリッシュな黒のスキニーパンツ。シンプルな格好はその豊満でありながら華奢なボディラインを十分に主張し、一層素材の高次元さを強調する。

 先ほどグレイにジャケットを渡していたのでその結果の薄着(といっても、もっと布面積が少ない女性陣が居るのだが)なのだろうが、見上げてくる顔のあどけなさを思うと蠱惑的なアンバランスさが男の煩悩に訴えかけてきて非常に危険だ。何がとは言わないが危険だ。

 

 

( マグノリアでも見ない顔だな…旅行者? それともギルドへの依頼者か…なんにせよ、この喧騒は辛かっただろう )

 

 

 マグノリア中の女の子と面識があると言っても過言ではないロキの記憶にも引っかからない美少女に、おそらく遠くからやって来たのだろうとあたりをつける。

 少し震えている細い指先を視界の端に収めながら、ロキが少女に感じたのは庇護欲だった。

 

 とても魅力的だ。かわいくて、グラマラスで、男なら思わず目で追ってしまうくらいには人の目を集める子だ。この瞳に見つめられれば、まるで蜜に溺れたように甘く絡めとられ目も心も意識も離せなくなってしまうだろう。実際ロキの周辺で暴れていたはずの数名は釘付けになったようにルーシィを見つめていた。

 

 

 それだけの美少女を前に、けれどロキが真っ先に感じたのは庇護欲だった。

 

 

 『守らなくては』と本能が訴えた。魔法をかけられたわけではないだろうから、それがこの子の潜在的な魅力だろうか、とロキはルーシィを抱き上げた腕にほんの少しちからを込めた。

 

 

 

 ―――――ルーシィは、あまりに目まぐるしく進展した現状に、一瞬、自分に何が起こったのか。自分が今どうなっているのか。理解できなかった。

 しかし、自分の体を支える手にちからが込められたことで、ようやくはっきりと理解する。

 

 

 自分は今、目の前の男に救われたのだ。目の前の男はこの喧騒の中、ルーシィを見つけて救い上げてくれたのだ。

 

 

 もしかして叫んだミラジェーンの声が聞こえたのかもしれない。それで、近くにいたから手を貸してくれたのかもしれない。

 それでも、誰もが自分の喧嘩に夢中になっている中でロキはルーシィを救ってくれた。誰かのピンチに、駆け付けた。

 

 

 ―――――ルーシィは妖精の尻尾(フェアリーテイル)に強い憧れを持っている。故に、だからこそ。

 自分を救い上げた妖精の尻尾の魔導士(ヒーロー)に、心から嬉しそうな笑みを浮かべた。

 

 

 

「ありがとうございます…」

 

 

 

 眉尻を下げ、淡い薄紅色にほほを染めた、本当に嬉しい、という気持ちがにじみ出るような笑顔。心の底から安心していると分かるような、そんな笑顔。

 まばゆい光のような微笑みに、ロキは―――――

 

 

「じゃ、ミラのところに居るといい。安全なところに連れて行ってくれるから」

 

 

 ニコリ、自前のイケメンフェイスをフルに活用した微笑みを向けて、近づいてきたミラの前へルーシィを降した。

 

 

「ありがとう、ロキ。この子新入りだったの」

「お安い御用さ。美しいお嬢さんを守ることは男の誉れだからね」

「本当にありがとうございましたっ」

 

 

 重ねて礼を言うふたりに、またニコリ、とほほ笑んだロキは背を向けて―――――ルーシィの笑顔に一瞬不整脈を起こした胸の上を拳でひとつ叩き、乱闘に駆け込んだ。

 

 

 

 

 

 

「じゃあ移動しましょ。こんかいの騒ぎはちょっと長引きそうだから…」

「は、はいっ」

 

 

 ミラジェーンはさすがに今回のは初心者にハードルが高すぎる規模だと判断し、今度こそ離れないようにルーシィの手を握った。この可愛らしい新入りの命運は自分にかかっているのだという責任感もある。

 再び手を取り合ったふたりはミラジェーンの案内でそっと移動を始め―――――ようとしたところで、周囲の異変に気が付いた。

 

 

「あちゃあ……今回は本当に運が無いわね」

「え、きゃっ」

 

 

 ミラジェーンの少し呆れたような、諦めたようなセリフ。ルーシィが反応するより早く、ミラジェーンはルーシィの手を引っ張り自身の背後に庇い立てた。

 今回は騒ぎが大きいと思っていたけれど、流石に『大きい』で済まなくなってきたから、と。

 

 

 

 

「あんたらいい加減にしなさいよ―――――」

「―――――アッタマきた!!」

「ぬぉおおおおおお―――――!!!」

「困った奴等だ……」

「かかって―――――来い!!!!!」

 

 

 

 

 ―――――魔力が、渦巻く。

 

 ギルド内のいたるところで、発動寸前の魔法の気配が発生した。まさか―――――まさか、仲間内の喧嘩で魔法を使おうと―――――?

 絶句するルーシィの思考を後押しするように、ミラジェーンが「これはちょっとマズいわね」とこぼす。ちょっとどころの話ではない。

 

 

 実際、今までギルド内の喧嘩で魔法が使われることはままあった。だからとんでもない異常事態だというわけではない。しかしやっぱり、魔法を使われてしまうと被害が大きくなるわけで。特に今回は、まだ慣れていないルーシィが居る。

 こうなる前に避難したかったのだけれど―――――これも新人への一種の洗礼だろうかと、ミラジェーンがため息をついたその時、

 

 

 

 

 

「―――――そこまでじゃ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「 やめんか ―――――― バカタレ !!!! 」

 

 

 

 豪ッッッ!!!!

 

 

 

 ―――――まるで突風が突き抜けたように、爆発的な『声』がギルド内に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 はく、とルーシィは声の出ないくちを戦慄(わなな)かせた。

 

 

 

「お、おっき………」

 

 

 

 自分の上にかかる『影』に包まれ、さっきの比でないほどに指先を震わせる。

 

 

 

 ―――――まるで巨人とばかりの巨体が、ギルドの天井をその大きな背で覆うように仁王立ちしている。

 

 

 

 その威圧感と言ったら。ルーシィはすでに気を飛ばしてしまいそうで、ミラジェーンと繋いだ手にちからが入る。

 

 ギルド内はいつの間にか静まり返っていた。渦巻いていたはずの魔力は穏やかに凪いでいて、数舜前まで乱闘が起こっていたことなど酒場の惨状でしか窺えないほど、その一声でギルドのみんなが喧嘩を止めたのだ。

 

 

( 今度は、いったい何…! )

 

「あら…いたんですか総長(マスター)

「マ、マスッ……!」

 

 

 マスター!? このお方が!!? 心の中で叫んでルーシィはその巨体を見上げた。

 同時に、

 

 

「だーっはっはっは!! みんなしてビビりやがって!! この勝負はオレの―――――」

 

 

 呵々と笑ったナツが踏みつぶされた。

 ひゅう、とルーシィの喉が鳴る。ナツの強さの断片を、ルーシィはハルジオンで散々見た。そんな破格の魔導士が、まるで蟻のように踏みつぶされた。

 それだけでこのマスターの恐ろしさを窺える。

 

 

 

 そして―――――ぬろお、とその双眼がルーシィに向けられた。

 

 

 

「………!!!」

 

 

 

 ギュウ!! と、ルーシィは自分の心臓が縮こまるのを自覚した。その視界に自分が入ったという事実だけで、死んでしまうかと思った。

 

 

 

「む――――――新入りかね」

 

 

「っは―――――は、い………!!」

 

 

 

 声は震えていた。ろくな挨拶もできない。しかし、それを失礼なことだと思えるほどルーシィに心の余裕がなかった。むしろ返事ができただけ頑張った方だ。

 

 

「ぬぉおおおおおおおおおお………」

 

 

 けれど―――――ルーシィの返事を聞き、巨体が唸る。

 その重低音は地鳴りを起こすかのようにちからに満ちていた。

 

 ここでようやく思考の追いついたルーシィは後悔した。今の自分の挨拶が気に障ったのではないかと。そうでなければこの唸り声は何なのだ。それしか考えられないと、数秒前の自分を罵った。

 

 

 膝から崩れ落ちそうになって、―――――そこで気付く。

 

 

( え、あ―――――縮んで、いる……? )

 

 

 ―――――その巨体がどんどん小さくなっていることに。

 

 

 

 

 

 

 シュルシュルと縮んでいくその体は、とうとうルーシィよりも小さくなり、

 

 

 

「よろしくネ」

 

 

 

 そこにいたのは、とても小さな老人だった。

 

 

 

 

 

 

「っよ、ろしく、お願いいたします………」

 

 

 再び声が震えたのは仕方のないことだっただろう。飽和するほどの威圧感から、一気に解放された脱力感。膝から崩れ落ちなかったのは自分に向けられた複数の視線を感じたからだ。

 妖精の尻尾(あこがれ)の人たちが自分を見ているという、そのプレッシャーだけでルーシィは直立姿を維持した。―――――なぜなら自分は、「新入りか」という質問に「はい」と答えたのだから。彼らの目に新たな仲間として映っているのなら―――――これ以上の無様を晒せない。

 晒すくらいなら死を選ぶ。

 それほどの気迫をもって、ようやくルーシィは立つことができた。

 

 

 

 

 

 

 小人となったこの妖精の尻尾(フェアリーテイル)のマスターであるマカロフは、ルーシィの気丈な姿を見てひとつ頷く。今回も粋な新入りが来たもんだと。

 

 それから、驚異的な跳躍力をもって軽々とギルドの二階の手すりへ飛び乗った。―――――その際後頭部を強かに打ち付けたのは誰も突っ込まないところである。

 

 

 

「いてて……まーた貴様らは派手に喧嘩しおって…酒場がめちゃくちゃじゃ。いや、それよりも―――――見よ! この文章の量を! これぜーんぶ評議会からじゃぞ」

 

 

 

 頭を撫でさすりながらギルド内を見回したマカロフは派手に散らかった現状に苦言を呈しながら、その小さな手に大量の紙束を握り声を張った。

 

 『評議会』―――――それは魔導士ギルドを束ねる機関のこと。ルーシィはマカロフの表情から、それが何を意味する紙なのかを大体察してしまった。

 

 

( ええ、考えてみればおかしな話ではありませんわ……あれだけ問題を起こしていらっしゃるのですもの、評議会から何らかの注意があるのはむしろ当然の事 )

 

 

 雑誌を見ていた頃はワクワクとした遍歴も、当事者になるのなら意識していかなければいけないこと。たとえ自分は関係なくともギルドの一員となった以上真摯に受け止めようと、ルーシィは始まるであろうマカロフの叱責を待った。

 

 

 ―――――そして始まる暴露大会(こうかいしょけい)

 

 

 

「まずはグレイ! 密輸組織を検挙した後素っ裸で街を徘徊! 挙句の果てに干してある下着を盗んで逃走!!」

 

( あら……? )

 

「エルフマン! 要人護衛の任務中に要人に暴行!!」

 

( あ、あらら………? )

 

「カ~ナ~! 経費と偽って大樽15個の酒を飲みよりにもよって評議会に請求!」

「ロキ! 評議会レイジ老師の孫娘に手を出す! 某タレント事務所からも損害賠償の請求が来ておる!!」

 

 

( なんだか―――――思っていましたことより――――― )

 

 

 

 ―――――とんでもなく、手に負えない、ような…………

 

 

 暴かれていく数々の所業は、悪行というより大きくなった子供のいたずらのようで。

 もちろん働いているいち大人として許されないことばかりではあるが、なんだか思ったより方向性が違うというか。想像以上にどこか人間性を感じるというか。むしろ当人の人間性の問題というか。

 

 

「そしてナツ!! お前じゃ!!!」

 

 

 混乱するルーシィを置いて、マカロフの声は一層厳しくなる。呼ばれたナツは地べたに這いつくばって冷や汗をかいた。さすがに心当たりがありすぎたのだ。

 

 

「デボン盗賊一家壊滅するも民家7軒も壊滅! チューリィ村の歴史ある時計台倒壊! フリージアの教会全焼! ルピナス城一部損壊! ナズナ渓谷観測所崩壊により機能停止! ハルジオンの港半壊!!」

 

 

 

( あ、 )

 

 

 

 ―――――ああ~~~~~っ! 雑誌で拝見した事件のほとんどはナツさんでしたのね!!

 

 

 ルーシィは雑誌ですっぱ抜かれているのがインパクトのある記事ばかりだったが故にギルドのイメージをそういう(・・・・)ものだと思っていたが、とんでもない。ほぼひとりの犯行だった。

 その後次々に呼ばれていくギルドメンバーの名前を聞きながらルーシィはようやく理解する。このギルド、やはり問題児ギルドであるのだと。

 

 

( き、きっと悪い方たちではいらっしゃらないのですけれど、少しばかりやんちゃが過ぎますのね……ええ、ええ。それも魅力なのでしょう。なのでしょうけど……… )

 

 

 これではギルドマスターも心労が多いことだろう。ルーシィはできるだけ迷惑のかけないように頑張ろう、と心の中でマカロフを労わった。なにせ、最後の『ハルジオンの港半壊』にはルーシィも一枚噛んでいるようなもの。マカロフの声はルーシィにも刺さった。まさか、加入する前から迷惑をかけてしまうとは、と。

 

 

「貴様らァ……ワシは評議員に怒られてばかりじゃぞぉ……」

 

 

 マカロフの声は震えている。ルーシィはそこに怒りを感じた。―――――然もありなん。これだけ問題が多ければ評議会の目も厳しいだろう。それをひとりで受けなくてはならないマカロフの苦労を思えば、その怒りは正当だった。

 

 ギルド内は誰もが気まずげな顔をし、マカロフから目を背けた。

 

 ルーシィもまた、身構える。迷惑をかけてしまったひとりとして、どんな怒りも粛々と受け入れるのが自分のすべきことだと背筋を伸ばした。

 

 

 

 

「―――――だが」

 

 

 

 

 しかし

 

 

 

 

「評議員などクソくらえじゃ」

 

 

 

 

 ―――――評議会からの文書が、赤い炎に包まれる。

 

 

「え、」

 

 

 それはまるで価値のないごみのように放り捨てられ、瞬時にナツのくちの中に納まった。

 

 

 

 

「よいか」

 

 

 

 

 マカロフの目の色が変わる。声のトーンが変わる。

 その演説に、ルーシィは魂が引き込まれる感覚を知った。

 

 

 

 

 

「理を超えるちからは、すべて理の中より生まれる」

 

 

 

 

 

 目を背けていた誰もが、いつの間にかまっすぐと澄んだ瞳でマカロフを見上げていた。

 

 

 

 

 

「魔法は奇跡のちからなんかではない。我々の内にある『気』の流れと、自然界に流れる『気』の波長があわさり―――――はじめて具現化されるのじゃ」

 

 

 

 

 

 言葉には、ちからが宿る。多くの魔導士が技に名を付けたり、魔法の発動に文字や呪文を用いるのはそのためだ。

 音には、形には、呪いが宿る。

 

 

 

 

 

「それは精神力と集中力を使う。……いや、己が魂すべてを注ぎ込むことが魔法なのじゃ」

 

 

 

 

 

 そのちからを、ルーシィはたった今、これ以上なく理解した。

 

 

 

 

 

「上から覗いてる目ン玉気にしてたら魔道は進めん。評議員のバカ共を怖れるな―――――」

 

 

 

 

 

 初めて体感したのはきっと、あの時救ってくれたナツの言葉。

 そうして今、憧れた妖精の尻尾(フェアリーテイル)のその本質が、ここ、この言葉にある。

 

 にん、とどこかイタズラっぽく笑うマカロフのその笑顔が、ルーシィにはたまらなく魅力的に思えた。

 

 

 

 

 

 

「 自分の信じた道を進めェい!! それが妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士じゃ!!!!! 」

 

 

 

 

 

 

 ―――――歓声のような雄叫びが響く。魂を揺さぶるような咆哮が轟く。

 

 

 ルーシィは、小さくため息を吐いた。……このギルドは、ずっとルーシィの期待に応え続けてくれていた。その在りようは、心の行方は、ずっとルーシィが夢見ていたそのもの…むしろ、それ以上。

 辺りを見回す。誰もの目に光があった。絶えない輝きがあった。―――――ああ、憧れてよかった。

 

 

 だれもが肩を取り合って笑う姿を見て、ルーシィもまた微笑む。マカロフはメンバーの数々の所業を許した。それでも最初に嗜めるような物言いをしたのは、当人たちに自制を促すためだろう。実際名を呼ばれた際のリアクションを見ればどれが誰かは分かる。呼ばれたのは大体がまだ若い魔導士だった。

 彼らのこれからを案じ、あえて自覚させつつも、あくまで『自制』を促す。頭ごなしに叱りつけるのではなく自分で考えさせようとするそれは正しく『親』の叱り方だった。

 

 

 

 

( ねえ、ルーシィ。あなたの憧れはやっぱり素敵なところだったでしょう? )

 

 

 

 

 ―――――そっと、胸に手を置く。あの港町で空けられた心の穴は、ナツがずっと埋め続けてくれた。そうして今、この瞬間。この妖精の尻尾(フェアリーテイル)がその生き様をもって最後の隙間を溢れるくらいに埋めてくれたのだ。

 

 

 







 あまりに幸福。―――――まるで、夢のよう。



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。