きらきらぼし   作:雄良 景

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 ずっとずっと、探してる。

 大好きだから、会いたいから。





愛した私を笑わないで

 

 

 

 マカロフの宣言(・・)をうけ、通常の活気を取り戻した妖精の尻尾(フェアリーテイル)。各々は倒れたテーブルを戻したり、壊れた椅子を端に寄せたりと慣れた様子でギルド内を整理し、さあ続きだとばかりに、隣り合う仲間と肩を組んで乾杯をした。

 

 陽気な喧騒にあふれたその姿はルーシィがかつて見た小さな新聞記事の通り。

 ルーシィはまだ自分が妖精の尻尾(フェアリーテイル)の一員と成れたことに現実味を感じられなく、観光客のような気分で少し興奮気味に周囲を見回していた。

 

 ひとりふわふわと花を飛ばすルーシィはギルド内で浮いていた。見慣れない美少女が突如現れたと思ったら、なんと新入りだという。

 女たちは落ち着きのないルーシィの様子を微笑ましく見守っていたが、男たちはどう話しかけようかと落ち着かなくなっていた。あれだけかわいい子が加入したのならぜひともお近づきになりたいのが男の心理というものだが、しかし下心を持って話しかけるには相手の雰囲気が清涼すぎた。

 

 酒臭いギルド内でルーシィの周りだけいい匂いがする気までしてくるのだから余計にしり込みするのだろう。雰囲気がすでにいい匂いっぽい。自分の服から臭うたばこと酒の臭いに、近づくのを断念した者もいる。数名は小突き合いながら、「あ、あの子新入りってマジかよ」「お前話しかけて来いよっ」「お前が行けよっ」などと思春期男子のように騒いでいた。

 ちなみに既に加齢臭を纏っているタイプの男たちは今更臭いくらい気にしないで話しかけられるが、なにせ若い連中の青臭いやり取りが面白すぎて、野次馬気分で傍観に回った。

 

 興奮しているルーシィは周囲の様子に気づかない。さすがに少しばかり視線を集めている気もするが、見慣れない人間がいるからだろうと結論付けていた。

 ―――――あの机は脚が補修してある。乱闘で壊れたものをリサイクルしたのだろうか。あの写真はいつ撮ったものだろうか。パーティをしているように見える。

 

 グルグルと見回して、ふと、2階へ続く階段を目にとめた。視線がその階段をのぼり、2階のスペースを覗く。

 

 

( 人の気配が、ないようですけれど…… )

 

 

 喧騒を好まない人の避難場所のようなものだろうか、などと考えながら、ルーシィは変わらずニコニコと周囲を見回し、このギルドの歴史を全身で感じていた。気分はオタクの聖地巡礼だろうか。

 挙動不審ともとれる落ち着きのなさ。だがしかし、ルーシィは美少女である。そしてその美少女が笑っている。ならばそれだけでその場は楽園と化すのだ。

 

 

「ルーシィちゃん、ギルドマークはどこに入れる?」

 

 

 そんなルーシィにようやく話しかけたのはミラジェーンだ。傍観していた女性メンバーが「そろそろ声をかけてもいいだろうか」とうずうずし始めたあたりでトップバッターを奪取した。可愛らしくなっている可愛らしい新入りに声をかければ可愛らしい声で可愛らしく応えてくれるのがいたくお気に召したらしい。

 誰も話しかけないのなら自分が話しかけていいだろう、とご機嫌に声をかけたのだ。

 

 ミラジェーンの声を聴いてルーシィは目を見開いた。―――――ギルドマーク。

 

 忘れていた。そうか、自分は妖精の尻尾(フェアリーテイル)の一員になったのだから……ギルドマークを入れられるのだ。

 

 

 ―――――ずっと、夢にまで見て、諦めていたもの。

 

 

 どこに入れようか。何色にしようか。ルーシィの頭の中はどうしようもなく幸福一色だった。

 

 

 しかし、ミラジェーンに応えようと視線を向けたルーシィは、ミラジェーンの隣に座るマカロフを見て、ハッとする。

 浮かれていた意識が血の気が引くように覚醒する。―――――ギルドマーク云々の前に、自分にはすべきことがあったのだと。

 

 

「申し訳ありませんミラジェーンさま。ギルドマークの前に、マスター・マカロフとお話をさせていただいてもよろしいでしょうか」

「? ええもちろん。マスター、ルーシィちゃんがお話ですって」

 

 

「おお! なんじゃなんじゃどうした」

 

 

 ぷかり、キセルから煙を上げたマカロフが気易く笑いかける。そこには巨体であった時の威圧感も声高らかに宣言したカリスマも見受けられなかったが、ルーシィはしっかりと覚えている。目の前のお方がとんでもない魔導士だということを。

 

 故に、顔つきも心持ちもスッと背筋を立たせ、ナツと出会ってからは久方ぶりの、ルーシィが本来纏っていた百合のような清廉さをもってマカロフに一礼した。

 

 

「―――――まずは、先ほどは礼儀を欠いたご挨拶となってしまったことを謝罪いたします、マスター・マカロフ。申し訳ございません」

「若いのに律儀じゃのお。いーのいーの。頭を上げい。うーむ、それに『マスター・マカロフ』という響きもダンディじゃが固いの。マスターでいい」

「寛大なお心、痛み入りますマスター。……あの、実はお話というのは、先ほどナツさんに注意(・・)されていた『ハルジオンの港半壊』という件についてなのですけれど…」

 

 

 ルーシィは少し迷って、先ほどの話を『注意』と表現することにした。意を履き違えられたとマカロフが気を悪くしてしまわないか、と少し顔色を窺ったルーシィだったが、マカロフはまるで意に介した様子はない。

 ならばいいだろう。そうしてルーシィはハルジオンの港に件について、ナツの弁明に全霊を注ぐことにした。

 

 

「マスターは件の事件についてどこまでご存じでしょうか」

「ボラという男が捕まった、とは聞いた」

「僭越ながら、わたくしのくちから事の顛末をご説明させていただきたく存じます」

「ほう! ええのう、頭の固いじじいに説明されるよりルーシィちゃんみたいな美人に説明された方がよく頭に入るわい」

 

 

 徹底して丁寧な言葉遣いをするルーシィに、マカロフは軽快に笑いかけた。まだ固い雰囲気を残すこの子が、はて、どれくらい経てばこのギルドの色に染まるのか、と。

 伸びた背筋。指先まで洗練された空気を纏い、まっすぐマカロフを見る目。それが、柔らかくほどけ綻ぶのが、マカロフは今から楽しみになった。

 

 

 そんなマカロフの内心はつゆ知らず、ルーシィは必死に頭を巡らせる。そういう言葉選びをすれば、長ったらしくなく、簡潔に、しかし要点を抑え、ナツの汚名を濯げるのかだけを考えた。

 

 

「まず、首謀者であるボラは自らを『妖精の尻尾(フェアリーテイル)火竜(サラマンダー)』だと偽っていました―――――」

 

 

 

 

 

 

「ふむ。事情は分かった。しかし港を壊したのはナツじゃ」

「はい。それは事実ですわ。けれど、確かに大きな被害の多くはナツさんの手によってもたらされましたが、わたくしもまた船を浜辺に乗り上げさせるという荒業を行い、港に損害を与えました。一概にすべてがナツさんの責任とは言えません」

「じゃがそうしなければ船は国境を越え、誰も助からなかっただろう。船に乗り込んだナツも、船が動いていれば乗り物酔いで使い物にならん。誰も救えず、何も為せぬままだったかもしれん。

 ルーシィちゃんが船を押し戻したおかげで全員が救われたと言えよう」

「いいえ。わたくしの所業が『船を押し戻すために必要なことであった』というのなら、ナツさんの被害もまた『犯罪者検挙のために必要な被害であった』と言えます。つまりは転じて、ナツさんの被害が『必要な犠牲であった』と認められないのなら、わたくしの所業もまた同質。

 ナツさんが犯行グループの主戦力であるボラを撃破し、戦闘を継続し彼らの注意を自分に留め続けていたからこそ、船に乗っていた女性たちは巻き込まれることなく非難できました。言い逃れできるはずもなく被害は甚大ですが、―――――ナツさんの行動は、確かに意味があり、けっして自己満足でも暴走でもありませんでした」

 

 

 

 ルーシィはひたすらマカロフをまっすぐ見つめ、言葉を選んだ。

 どうか伝わってほしい。ナツのギルドを思う気持ちを理解してほしい。彼の行動原理の美しさを打ち捨てないでほしい。

 あの時ナツに救われたのはルーシィだけではない。ナツが居なければあの船に乗っていた女性たちは魔法にかけられたまま奴隷とされていただろう。

 

 奴隷の末路など、語るに恐ろしい。どんな目にあわされるのか。どんなことをさせられるのか。少なくとも、まともな精神ではいられまい。

 愛した人や親しい誰かと永遠に引き離され、そうして朽ちていく未来が確かにそこにはあったのだ。

 ―――――そんな身震いする可能性を、ナツが燃やし尽くしてくれたのだ。

 

 故に、ルーシィは彼に救われたうちのひとりとして、せめてギルドマスターであるマカロフには理解してほしかった。彼の功績を誤解しないでほしかった。

 さらに言えば、マカロフの理解を得られたのならギルド内のひとりひとりに声をかけて事情を説明するのもやぶさかではなかった。恩人であるナツに恩を返せるのならそれくらい進んでやるつもりでいた。

 

 

 

 マカロフは凛としながらも必死なルーシィの目を見て笑う。―――――なんじゃァ、ナツのやつ。出かけて行ったと思ったらずいぶんイイ女を持って帰ってきやがった、と。

 じっと見つめるルーシィの、その瞳から、マカロフは確かにルーシィの気概を見抜いた。故に笑う。安心させるように。

 

 

「大丈夫じゃ。ギルド内の誰もが、ナツが誰かを傷つけたくて暴れたなんぞ思っちゃいない。ただ調子の良いやつじゃからの。たまには灸を据えんと被害が大きくなる」

「大丈夫よ、ルーシィちゃん」

 

 

 隣で話を聞いていたミラジェーンも、ルーシィを安心させるように微笑んだ。そうしてルーシィも、ふたりがかりで念を押されたことにより、肩の力が抜けたように笑った。

 ルーシィは万が一、と思っての事だったが、どうやら自分は余計なことをしたらしいと悟る。このギルドは、とっくにナツの美しさを知っていた。

 

 

( 当然の話ですわ。だってひと目見たわたくしがすぐに分かってしまったのだもの。一緒に居るみなさまが気づかないはずがなかったのだわ )

 

 

 自分の見当違いを少し恥ずかしく思いながらもルーシィは、彼らのこの在り様がたまらなく好きだと、柔らかく笑った。

 

 

 

 

 

 

「それじゃ、固いお話は終わりにして、ギルドマークを入れましょう!」

 

 

 空気を換えるように手を打ったミラジェーンに、ルーシィは頷いた。

 心配事がなくなって、肩が軽くなった気持ちになる。頭もどこか冴えてきて、思考がよく回るようになった。そうして気づく。どうやらこの一軒について、自分はずいぶん緊張とストレスを感じていたのだと。

 けれど今は一息付けた。ならばと考える。まずはそう、体のどこに入れるかを。

 

 

( よく見えるところ、がいいですわ。せっかくのギルドマーク…目につくところで…… )

 

 

 何回も何回も考えて、いつも最後に思ったのは、『見たいと思った時に見れる場所がいい』ということ。

 ギルドマークは仲間の印。それはどれほどの勇気をもたらしてくれるだろうか。

 

 常に目に付く、といえば、手だろうか。ルーシィは両手の甲を眼前に並べて見比べる。

 手の甲にするというのならどちらがいいだろうか。―――――ルーシィの利き手は右手。なら右手だろうか。けれど、よく動く利き手より動かさない左手の方が見たいときに見れるかもしれない。………でも、

 

 

 

 

 

 ――――― これが妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士だァ!!!!!

 

 

 

 

 

「―――――右手の甲に」

「ふふ、ルーシィちゃん嬉しそうな顔をしてるわ。何か右手に思い入れがあるの?」

「はい。右手は―――――

 

 

 ―――――希望(ヒーロー)の手ですから」

 

 

 

 

 

 

 

「はい! これであなたも妖精の尻尾(フェアリーテイル)の一員よ!」

「はあ…っ! ありがとうございますっ」

 

 

 ポン、という軽快な音で手の甲にスタンプされた妖精。

 色は悩んだ末、桃色にした。……正確には、桜色(・・)だが。

 

 ルーシィは手の甲の妖精をまじまじと見て、そっと胸に抱きかかえた。

 

 

 

 あの日から、ずっと毎日が夢みたい。幸福すぎて、恵まれすぎて、怖いくらいに。

 それでも、このギルドマークは―――――ルーシィの自由の(あかし)

 今のルーシィが持つ、自由の証明。

 

 

 

 ―――――そうだ、彼にも。

 

 ルーシィはパッと顔を上げてたったひとりを探した。すべてのきっかけの人。桜色の、ルーシィの希望(ヒーロー)

 

 

「ミラジェーンさま、少し、失礼いたしますね」

「ええ、どうぞ」

 

 

 ひと言ミラジェーンに断りを入れたルーシィは、ぱっと華やいだ雰囲気と鮮やかな笑顔で見つけた探し人―――――ナツに駆け寄った。

 

 

 

 

 

 

「ナツさん!」

 

 

 ひと暴れしてすっかり空腹だった腹を満たしていたナツは、軽快に近寄ってくるルーシィに視線を向け、すぐにその手にギルドマークを見つけた。

 

 

「ギルドマーク入れたのか」

「ええ、右の手の甲にしましたの。かわいらしい桜色です。似合いますかしら?」

 

 

 掲げるように手の甲を上げ、くすぐったそうに小首をかしげたルーシィ。ナツはギルドマークとルーシィを交互に見、いいんじゃねぇの、とだけ言った。

 それはそっけないセリフだったが、ルーシィは十分満たされた。

 

 

「ナツさんのおかげで妖精の尻尾(フェアリーテイル)に入ることができました。本当にありがとうございます」

「おー」

 

 

 ひらひら、とナツが手を振る。何度も(・・・)礼を言われればそろそろくすぐったい。故にもういいという意味だったのだが、ルーシィは首を傾げた。―――――なぜ、手を振っているのだろうかと。

 こういったところがルーシィが天然、もしくは世間知らずであるという証明になるのだが、ただ分からなかったルーシィは揺れる手のひらとナツを交互に見比べて―――――倣うように自分も手を振ってみた。

 

 

「ルーシィちゃーん」

「あっ、はい! それではナツさん、失礼いたします」

 

 

 背後からミラジェーンの呼び声。それに反応したルーシィは来た時同様軽快にナツの前を去る―――――前に、もう一度ナツに振り向き、手の甲のギルドマークを自慢するように掲げた。

 

 

 

「ね、この色、ナツさんの色でしょう? ふふ、あのね、おそろいなのですよ」

 

 

 

 ―――――右手は希望(ヒーロー)の手。なら色も、希望(ヒーロー)の色にしたかった。

 星の黄色、夜空の青、炎の赤やオレンジとも迷ったけれど、これが一番、分かりやすいから。

 

 笑ってそれだけを言ったルーシィは、ミラジェーンの元へ去って行った。

 

 

 

 

 

 

 瞬間、同じテーブルに居た男どもが崩れ落ちる。

 

 

 

 

 

 

「えっ―――――えっ、かわ……」

「おいおいナツゥ~……! お前あんなかわいい子どーこで捕まえてきたんだよォ!」

「っくぅ~~おじさん滾っちゃうゼ……!」

 

「っせぇな、ハルジオンだよ」

「はぁ~~??? 海で出会うとかなにロマンチックなことやってんだナツのくせにって、おい、どこ行くんだよ」

「仕事行ってくんだって。金ねーから」

 

 

 ルーシィの投下した爆弾に揃いも揃って被弾した男どもは、でろでろとした顔でナツに絡む。

 

 ルーシィのセリフからして、ルーシィを妖精の尻尾(フェアリーテイル)に連れてきたのはナツだと分かる。しかしこのギルドきっての問題児が、あんな可愛らしいお上品な女の子をどこで見つけてどんな風に仲良くなってきたのかというのは誰もが気になってしまうことだろう。

 実際、周りのテーブルに居た数名からも熱い視線が送られてきていた。出会いに飢えた獣の目だ。

 

 これ以上この場に居たらめんどくさい絡まれ方をする、と瞬時に察したナツは、絡んできた酔っ払いに極めて嫌そうな顔をして、食べ終わった食器をそのままに席を立つ。

 金が無いのは嘘ではない。ハルジオンに向かう途中で手持ちの金は尽きていた。早めに働きに出なくては食事代もままならない。ギルド内では『つけ』で食べられる(今回もつけにしてもらった)が、しすぎたらミラジェーンとマカロフから教育的指導が入ってしまうためあまり時間の猶予もないのだ。

 

 素っ気ない態度で去ろうとするナツに、しかし酔っ払いどもは元気に絡む。

 

 

「なあなあ何があったんだよォ~あんな仲良くしちゃってよォ~~~! どんなロマンチックがあったんだよ~っ!!」

「フツーだろ」

「なーにがフツーだお前! 『ナツさんの色です♡』『おそろいなのですよ♡』とか言われやがってコノコノ~~」

「いやでもまだ『ナツさん』だからな。距離があんじゃねえか?」

「ばっかで~! むしろ名前に『さん』の方がイイじゃねえかよほら…新婚みたいで…」

「おいおい気持ちわりぃなおっさんが照れてんじゃねえ、ってンぎゃっ!!」

 

 

 ゴンッ!

 

 

 とうとう好き勝手言いながら物理的に絡みついてきた酔っ払いを、ナツはべリッ、と引きはがして床に放った。派手な音を立てて落ちたがナツは気にもしない。絡んできた方が悪い。

 普段から絡んでくるおっさんたちが酔っぱらって陽気になってるんだから余計に性質(たち)が悪い。ナツからしてみれば『フツーに仲良くなった』ルーシィを別の何かにしたいらしい連中の、まあ面倒くさいこと面倒くさいこと。

 ナツは呼び止める声を無視してその場を離れた。―――――さすがに他意は無いのかもしれないが余計なことを言ったルーシィを少し憎く思い、今度仕返しをしてやろうとだけ考えて。

 

 

「ナーツ! 仕事決まった?」

「んや」

「報酬いいやつにしようね」

 

 

 楽器を持ち出したメンバーの演奏に合わせて踊って遊んでいたハッピーは依頼板(リクエストボード)の前に立った相棒を見つけ飛び寄る。ナツと生活を同じくしているハッピーにとって『ナツのお金がない』=『自分のお金もない』なのだ。

 

 ナツの性格や戦闘スタイルを考慮するのなら、討伐など戦闘メインの依頼が好ましい。

 ボードに貼られた依頼を物色していたひとりと一匹は、「「 あ 」」と声をそろえてひとつの依頼を指さした。

 

 

「コレなんかいいんじゃねぇか? 盗賊退治で16万Jだ」

「あい! これならナツが物を壊して報酬を減額される可能性が低いね!」

「……うるせぇな」

 

 

 …ナツ自身、うっかり破壊が過ぎて報酬が減らされるのは日常茶飯事なので、さすがに自覚はある。そもそもついさっきマカロフから『注意』されたばかりだ。

 けれど断じて、断じてワザとでも悪気があるわけでもない。そうなるとちょっと納得がいかないというか、腑に落ちないというか。少しくらい大目に見てくれても…という気持ちがないこともない。

 

 だからこの話題を出されると少しナツは不機嫌になる。拗ねているともいう。が、ハッピーはすでに数年来の仲だ。ナツの機嫌が多少悪くなったところで気にもならない。

 ナツはボードの依頼書をつまんだ。仕事は仕事。さすがに長年働いていれば多少の意識の切り替えくらいはできる。ビリ、と引き抜いた依頼書を手元に引き寄せ、浮き上がった友人とその内容を深く確認しようとした、ところで―――――

 

 

 

 

 

 

 ルーシィはミラジェーンに呼ばれ、促されるままカウンター席に腰かけた。

 上品に足を閉じ、すっと伸びた背筋で目の前に座ったルーシィに、ミラジェーンはにっこりとほほ笑む。

 

 

「せっかく仲間になったのだから、お祝いに今日は私がごちそうするわ。何か食べたいものはない?」

 

 

 基本みんなは好き勝手注文するから、メニューにないものでもいいのよ、と外客用のメニュー表を差し出したミラジェーンにルーシィは慌てる。両手の手のひらを胸の前で開き、恐れ多いとばかりに遠慮した。

 

 

「そんな、申し訳ありませんわ。ミラジェーンさまにそこまでしていただくなんて…」

「いいのよ、私がしたいの。それより、そのミラジェーンさまっていうのやめない? ミラでいいわ。みんなそう呼ぶの」

 

 

 さ、選んで。とメニュー表を再びルーシィに差し出したミラジェーンに、その笑顔の中にある決して退かぬという頑なさを感じたルーシィは、これは避けられないのだろうな、と察した。

 なにせミラジェーンも妖精の尻尾(フェアリーテイル)の一員である。一筋縄でいかないのは明白なこと。ならば、とルーシィはそのメニューを180度回転させた。

 

 

「でしたら、わたくしもミラさんにご馳走させていただきたいですわ。先ほどの騒動の際、気にかけてくださったお礼として」

 

 

 にこり、と笑いながらのルーシィの唐突な提案に、ミラジェーンはぱちくりと瞬きする。それから、嬉しそうに笑った。

 

 

「ええ、なら私はハワイアンドリンクにするわ。この酸味が好きなの。さ、ルーシィちゃんも選んで」

「わたくしもドリンクで」

「あら、遠慮させちゃったかしら。私に合わせなくていいのよ。それともお昼はもう済ませた?」

 

 

 ナツと一緒だったようだから、まだだと思ったのだけれど…と聞いたミラジェーンに、ルーシィは少し言い辛そうな雰囲気で、小さな声で返した。

 

 

「い、いえその―――――少し、減量をと、思いまして……」

 

 

 恥ずかし気にうつむいたルーシィに、ミラジェーンは首をかしげる。晒された腕の細さも、服の上から見て取れる腹の薄さも足の締まりも、減量を意識するほどとは思えない。むしろ細い部類に入るだろう。その代わり豊満な胸元と臀部が余計に際立つのだが。

 だがしかし、女の子とは得てしてそんなものである。いつだって理想はより美しい自分。ここで余計に突っ込むのはデリカシーがないだろう、と判断したミラジェーンは、メニュー表に乗ったひとつを指さした。

 

 

「ならこれはどうかしら。カロリーは低いけど甘くておいしいの」

「まあ、でしたらそれをお願いいたします」

 

 

 ミラジェーンのアドバイスに柔らかく色づいた頬を見れば、ルーシィが甘いものを好んでいるということは察せられる。そうよね、ダイエット中でも甘いものは食べたいわよね。自分のチョイスに内心で胸を張りながら、ミラジェーンは手早く用意したオススメドリンクをルーシィの前に置いた。

 

 色はワインレッド。匂いはベリー系で、とても美味しそう。

 

 ルーシィが礼を言ってそれに口を付けようとした瞬間―――――

 

 

 

 

 

 

「ねえ、…父ちゃん、まだ帰ってこないの?」

 

 

 

 

 

 

 ―――――依頼書がめり込んだ依頼板(リクエスト・ボード)を見ながら、ルーシィはミラジェーンに話しかけた。

 

 

「ナツさんは…」

「うん、多分、行っちゃったんじゃないかな」

 

 

 ミラジェーンの顔には苦笑いが浮かんでいる。「しかたがないなぁ」という顔だ。それだけで、ミラジェーンの表情にナツを責める色はなかった。

 

 

「難しいお話ですわ」

「うん。マスターも、心配してないわけじゃないんだけど…」

「ええ、分かります」

 

 

 ―――――ルーシィは先ほどギルドから出て行った少年、ロメオを思い出す。

 泣いていた。そうだろう。仕方のないことだ。

 

 いわく、「3日で帰ってくる」と言って仕事に行った父が1週間たっても帰ってこないという。

 魔導士の仕事は多岐にわたるが、よっぽどほのぼのとした依頼でもない限り危険は付きまとうもの。そんな中、父親が帰ってこないとあれば最悪(・・)を想像し、不安に駆られてしまうのは当然のこと。

 

 だから彼は訴えた。マカロフに、どうか父を探してくれと。―――――しかしマカロフはそれを一蹴してしまう。

 

 

( ほんとうに、難しいお話だわ )

 

 

 ミラジェーンの言った通り、マカロフがロメオの父を心配していないわけではないのだろう。それでも捜索に打って出ないのはマカロフが『統括(マスター)』だからだ。

 ロメオの父が仕事を受けたということは、当人がその仕事を選んだということ。そして、マカロフ(マスター)が『実力足りうる』と判断し許可を出したということ。ならばマカロフは、信じて待たなくてはいけない。それがマスターという立場の背負う責任なのだから。

 

 そして他のギルドメンバーたちが動かないのは、そのマカロフの意を汲んででもあるが……なによりロメオの父に恥をかかせないためでもあるのだろう。

 自分の選んだ仕事で不覚を取り、それを仲間に助けてきてもらうというのは、酷く自尊心が傷つけられることでもある。

 それに、ルーシィはロメオの父を知らないが、あの年頃の息子がいるということは中堅レベルの魔導士であり、古参のひとりなのではないだろうか。

 

 当人を信じているというのもあるのだろう。けれどなにより、自分で責任をとれ、という同業者としての視点と、父としての立場もある仲間を想う視点が、感情的に向かおうとする自分の足を止める。

 

 

( 想い合うからこそままならない、ということでしょうか。けれど、 )

 

「短絡的、と言われることかもしれませんが」

「え?」

「それでも思いのままに駆け出せるところが、ナツさんの素敵なところだと思います」

 

 

 ナツが間違っているわけではないし、他の人が間違っているわけでもないだろう。けれど、ナツの行動は紛れもなく妖精の尻尾(フェアリーテイル)の思いであるはずだ。

 

 

 だって、誰も無理やりにでもナツを止めようとはしなかったから。

 

 

 まだ青い。そう言われるような行動でも、それでも確かにみんなの心にロメオの父を心配する気持ちがある。ただ単純に、ナツが一番最初に動いただけなのだ。そしてそれがナツの魅力なのだろう。

 

 

 まぶしいものを見る顔で微笑むルーシィに、ミラジェーンは眉を下げ、それでも同じように微笑んだ。目の前の少女が自分たちの立場を、想いを、心のありようを想ってくれていると分かったから。だからナツはこの子を連れてきたのねと、笑った。

 

 

 ならこの子にも知ってもらいたい。妖精の尻尾(フェアリーテイル)に居ればいつかは知ることだとしても。きっとこの子は、ナツと長い付き合いになるだろう。そうミラジェーンの直感が告げてくる。なら早い方がいい。そう、今、ここで。

 

 

「多分、自分とだぶっちゃったのもあるのかも」

「だぶる……?」

「ナツもね、居なくなっちゃったお父さんをずっと探してるの。お父さんって言っても育ての親なんだけど」

「まあ、そうでしたのね。それは……」

 

 

 

 ―――――それは、とルーシィはくちを閉じた。「ひどい」? 「お可哀そう」? どんな言葉も、他人でろくに事情も知らない自分が言っていいものとは思えなかった。

 けれど、そういった事情があるのなら。

 ナツはきっと、周りが必死に止めてもロメオの父を探しに行っていただろう、と思った。

 置いて行かれた子供の、父を想う気持ちをよく知る彼は、きっとロメオの涙を放っておけない。

 それが仲間なら、なおさら。

 

 

 (おもんばかる)るように目を伏せたルーシィの、長いまつげが作った影を見ながら、ミラジェーンは少しいたずら気に微笑んだ。

 

 

 

 

「ふふ……しかもね、その育ての親って―――――ドラゴンなの」

 

 

 

「ドッ………!!?」

 

 

 

 ミラジェーンから放たれた驚愕のカミングアウトに、思わずルーシィが目を見開いてのけぞる。

 

 ―――――ドラゴンが育ての親? 今、自分はからかわれたのだろうか。

 

 ルーシィは思わず疑心暗鬼になった。

 仕方のない話だ。常識的に考えて、一般論として「あの子ドラゴンに育てられたんだよ」などと言われても信じる人間はそうそうそういない。

 とうの昔に絶滅したはずの、しかも人類の脅威ともいえるドラゴンが、人間(ナツ)を育てた?

 だって、なら、本当にそうだというのなら、ドラゴンはつい最近まで生きていたということになるではないか。

 

 

( ……あ、そう、そうだわ。ずっとそれが疑問だったのだわ! )

 

 

 ルーシィはハッと思い出した。―――――そうだ。あの船の上でハッピーがルーシィにナツの魔法を説明してくれた時。

 あの時ハッピーは『(イグニール)が滅竜魔法をナツに教えた』と言ったのだ。そのあとの騒動ですっかり疑問が吹き飛んでいたが、ルーシィはそのとき確かに疑問に思ったのだ。

 それではまるで、つい最近までドラゴンが生きていたかのようだと。

 

 まさか、その通りだと言うのだろうか。評議会や国軍にも知られず、誰にも感知されないままドラゴンが今この現代にいたるまで生息し続けていたと言うのだろうか。

 

 

 驚愕する話だ―――――それ以上に、驚異的な話だ。

 

 

 ―――――なぜなら、ドラゴンと人は相容れないのだから。

 

 

 

 

 

 ―――――しかし、でも、

 

 

 

 

「もしかして、ナツさんがくちにされていた『イグニール』というドラゴンが…?」

「あら、知っていたの? そうよ、イグニール。小さなころに森で拾われて、言葉も魔法も文化も、愛も。ナツに全部を教えてくれたのがイグニール。

 

 ―――――けれどある日、居なくなってしまったんですって」

 

 

 

 それから、ナツはずっと、イグニールを待ってるの。

 そう言って、ミラジェーンはどこか儚く微笑んだ。

 

 ルーシィは、ミラジェーンの言葉を疑うことも、………ナツがずっと待ち続けているという(イグニール)を脅威と思うことも、できなかった。

 

 

 ―――――ナツの美しさを知っている。その心の在り様を知っている。

 

 ドラゴンは脅威だと思う。生きていたなんて信じられないと思う。

 

 それでも、ナツが心から愛しているのであろう親を、否定し恐れることができなかった。

 

 

「……私たちはみんな、何かを抱えて生きている」

 

 

 ポツリと落とされたミラジェーンの声が、ルーシィにはひどくはっきりと聞こえた。

 自分もまたそうである、という意を含んでいるように聞こえるその声の昏さが、ルーシィの頭の中に強く響く。

 

 

 だからルーシィは―――――おもむろに、手元のグラスをイッキした。

 

 

「えっ!?」

「んくっ、っはぁ、…ミラさん、ドリンクをいただきありがとうございました。―――――申し訳ないのですけれど、今日は失礼いたしますね」

「待って、どこへ?」

 

 

 唐突なルーシィの行動に、ミラジェーンは思わず去ろうとしたルーシィを引き留めた。

 もしかしたら自分が重い話をしてしまったから気まずく思われたのかもしれない、という負い目もあった。

 

 しかしルーシィはミラジェーンに振り返って、笑う。

 

 ―――――それは、いままでギルドで見せていた純真な少女のような笑みでもなく。

 むしろ、マカロフと話していた時の凛とした雰囲気によく似ていた。

 

 

 

「ナツさんのところへ」

 

 

 

 ―――――駆け出したルーシィを、ミラジェーンはこれ以上引き止められなかった。

 ただ、―――――ナツがルーシィという少女と出会った偶然を、ただ心から感謝した。

 

 

 

 

 







 そばに居て。ひとりにしないで。

 この人生に、あなたが居てほしい。



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