きらきらぼし   作:雄良 景

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 「―――――」





あなたが居る明日が欲しい

 

 

 

「ナツさ……! いえタウロス! ええっと………!!!」

 

 

 ルーシィは混乱した。タウロスが勝つと思ったら吹き飛んで、吹き飛ばしたのはナツだった。

 バルカンは無事。タウロスはダウン。生還したナツ。自分は何をすれば?

 

 

( っタウロスの現界が解かれていないということは、ダメージはさほど大きくないということ…! なら、 )

 

 

 ごめんなさいお友達(タウロス)、と心の中で謝罪したルーシィは、ナツやタウロスを交互に見て隙を晒しているバルカンをしり目に、ぐるぐると腕慣らしのように腕を振り回すナツに駆けよった。

 

 

「ナツさん! ご無事でしたのねっ」

「お~、ハッピーのおかげでな。ありがとなハッピー」

「どーいたしまして」

 

 

 ニッと笑ったナツが上を指さす。そこには羽をはためかせ浮遊するハッピーがいた。

 ルーシィもハッとする。ハッピーのことをすっかり忘れていた。そういえば、ハッピーは人を抱えて飛ぶことができるのだ。

 

 ああそうだった。きっと数多の死線を潜り抜けてきたふたりからすれば、きっと何でもないことだった。ルーシィは安堵の息を吐いて胸元で手を組む。―――――大丈夫よルーシィ、神さまは見ていらっしゃるわ。

 

 

「そういえば、ハッピーさんの羽は…」

「能力系魔法の(エーラ)だよ~」

「まあ、猫さんですのに魔法が達者でいらっしゃるのですね、…素敵なことですわ」

 

 

 ルーシィは感心したようにその羽を見、それから、眉を下げてナツを見た。―――――その顔にあるのは、自己嫌悪だ。

 

 

「……あの、ナツさん…わたくし、何のお役にも立てず申し訳ありません…」

「あん? なんだそりゃ」

 

 

 ハッピーは冷静にナツを回収しに行った。だからナツは無事だった。けれど、自分はどうだろうか。とっさに動けず、ナツを救えず、作戦だって見渡した限りこの住処にマカオの姿が見当たらないことから、外れている可能性の方が高くなった。

 ハッピーを侮っているわけではない。けれど―――――やっぱり、役に立たない自分の姿をまじまじと見せつけられているようで、余計にルーシィの胸に苦いものが差す。

 

 ナツはルーシィの顔をじぃっと見た。少しうつむき伏せられた目元に、影ができてる。―――――多分、なんか余計なこと考えてんじゃねーかな。と思った。思ったから、ナツは教えてやることにした。

 

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士はみんな仲間だ」

 

 

 ケロリとした声とそのセリフに、ルーシィがハッと顔を上げる。―――――そして、ナツの後ろにいたバルカンがユラリ、と動いたのが見えた。

 

 

「っナツさん!」

 

「じっちゃんもミラもうぜぇグレイもエルフマンも」

 

 

 ルーシィが声を上げる。今度は間に合ってくれと。

 しかし、ナツは動かない。

 バルカンは迫る。

 タウロスを呼び出している間は他の星霊を呼べない。そして、ルーシィは星霊が現界するための扉を契約者の一任で閉じる『強制閉門』ができない。

 星霊が同意しなければ、もしくは現界時間を過ぎなければ、扉は閉まらない。

 つまり今のルーシィは他の星霊を呼び出しナツの手助けをすることができない。

 

 なぜ、どうして、早く逃げて―――――ルーシィが息をのむ。バルカンは、すでに目の前。

 

 

 

「ハッピーもルーシィもみんな仲間だ」

 

 

 

 ―――――ルーシィは自己嫌悪する。

 今、この状況で、……ナツの言葉に、喜びのあまり一瞬恐怖を忘れたことを、自己嫌悪した。

 

 大変な時に。ナツのピンチに。マカオが消息不明だというのに。―――――今この時、全身が喜びに支配されたことを、心から恥じた。

 

 

 バルカンがナツに飛びかかる。それでもルーシィは、すでに何も不安に思えなかった。

 

 

 

「足手まといとかあるかよ。―――――仲間が助け合って何が悪いッ!!」

 

 ドゴォッ!!!

 

 

 

 バルカンが吹き飛ぶ。本日三度目の、蹴りだった。

 

 

 

 

 

 

「おら早くマカオの場所言わねぇと黒焦げになんぞ!!」

「ウッホホホオッ!!」

 

 

 がなるナツに、体勢を立て直したバルカンも吠える。その長い手で天井の氷柱(つらら)を片っ端からへし折ったバルカンが、両手でマシンガンのようにナツに投擲した。

 先端の尖った10や20を超える鋭利な氷柱がナツを襲う。しかし、恐るるに足らず。これはルーシィも結末が見えた。なぜならナツは炎の魔導士―――――

 

 

「わっはっは火にはそんなモン効かーん!!」

 

 

 すべてナツの体に当たったと同時に水となり水蒸気となった。……いや、炎の魔術師でもかなり規格外なのだが。

 知力のあるバルカンはすぐに悟る。氷柱ではあのオスは殺せない。…しかし、今のバルカンのそばには丁度いいもの(・・・・・・)があった。

 

 

「あっタウロスの斧…!!」

 

 

 さきほどナツに吹き飛ばされたタウロスの手から落ちた斧は、よりにもよってバルカンのすぐそばにあった。―――――そして、バルカンはその使い方を目の前で見ていた。

 

 

「キェエエエエエッ!」

「うっおそれはさすがに…!!」

 

 

 バルカンに斧。鬼に金棒のような不運に少しナツの顔色が悪くなった。なにせ刃物。さすがに痛い。

 

 バルカンは斧を振る。腕を回転させるように横一線。巨体と腕力が織りなすその一撃を、ナツは屈むことで避けた。そして、間合いを取ろうと後ろに飛ぶ。

 しかし距離がわずかばかり足りない。バルカンの巨体ではその程度の距離は射程範囲内のまま。

 

 次は縦に。避けられた。横へ―――――屈まれたところを、筋力にものを言わせて斧の方向を変え横にしたU字のような軌道で連撃。飛び上がることで回避された。しからばもう一線。反撃の隙など与える間もなく―――――そこで、ナツはミスをした。

 

 

「んなっ」

「ああっ!」

 

 

 バルカンの猛撃に呆気にとられていたルーシィも正気に戻り息をのむ。

 先ほどの氷柱の攻撃を、ナツは溶かし気化して凌いだ。しかし、すべてが気化したわけではなく、一部は水として地面に溜まっていたのだ。

 

 そうして、それにナツが足を取られた。

 

 

「ウホゥ!!」

「ウゴァッ!」

 

 

 振り下ろされた斧を間一髪で受け止める。次はナツが白刃取りをする番だった。膠着したちから比べ。しかし先ほどと違うのはナツとバルカンの体格差だ。この斧の大きさでは間合いが大きすぎて、ナツが手足でバルカンに攻撃を与えることができない。

 

 

「っタウロス!」

 

 

 ルーシィはいまだ気を失ったままのタウロスに駆け寄った。あの斧さえ消すことができれば形勢を変えられる。そして斧は星霊であるタウロスのものであるからして、消すためにはタウロスに戻ってもらうしかない。

 ……ナツはルーシィを仲間と言った。なのに、仲間の武器で襲われるなど悪夢だ。

 

 

「タウロス、お願いよ起きて…!! 斧を消さないとナツさんがっ! お願いタウロス、タウロス…!!!」

 

 

 倒れる巨体を必死に揺らしながら、ルーシィが叫ぶ。本当は気絶するお友達(タウロス)にこんな手荒な真似はしたくないのだが、事態が事態だ。

 必死な声に、しかしタウロスは目覚めない。おかしい、現界が解けていないということはダメージが限界値を超えたわけではないということ。それなのに、タウロスは目覚めない。

 

 タウロスは星霊だ。人知を超えるものである。それなのに、たった一撃でこうも戦闘不能になるだろうか。

 

 

( ―――――わたくしが、 )

 

 

 ちから不足なために、星霊本来の能力をかけらも発揮できていないがために。タウロスはその真価を示すことなく傷つき、仲間を守るはずの(ちから)がナツさんを傷つける。

 

 ……自己嫌悪がぶり返す。どうして何もできないのだろうか。何のために自分はここにいるのだろうか。

 

 

 

 ―――――じゅううううう…

 

 

「え、」

 

 

 鉄の溶ける独特のにおい。

 

 

 不意の熱気にルーシィがハッと顔を上げる。ナツは、相変わらず白刃取りの態勢のままだった。

 しかしひとつ、違うところがあった。

 

 

 

 タウロスの斧が、赤く熱せられている。そして―――――デロリ、と解け始めた。

 

 

 

 ―――――鉄の融点は1,538℃だ。けれど、環境が氷点下の室外であるこの場合は、それより500℃近くプラスしなくては溶かすのは厳しいだろう。

 斧が溶けているのは、ナツが手で押さえているところ。つまり、ナツは自分の手に2,000℃近い熱を持たせているということ。

 

 

 ルーシィとバルカンすらも絶句する中、デロリ、ドロリと溶けた斧はやがて水のように、ポトリとひと滴それを垂らせた。そして、ナツはすかさずそれをくちに含む。

 

 

「えっナツさんは鉄も召し上がるのですか!?」

「さすがに鉄は食べないよう」

 

 

 ギョッとしたルーシィにハッピーが突っ込む。まあ炎すら食べる男なのだからそう誤解されても仕方がない。

 しかしナツが鉄をくちに入れたのは別の理由だ。―――――溶けた鉄を、口内で熱を取り形成し、それを砲丸、くちを砲台として―――――バルカンの眉間を狙って発射する。

 

 

 

 ―――――バスッ

 

「ウホォ!」

 

 

 

 直撃。急所への一撃にバルカンはふらつき斧を手放し―――――

 

 

 

「オラァ!! 火竜の、 鉄 拳 !!!!! 」

 

 

 

 ド ゴォン !!!!

 

 

 

 ようやく、決着がついた。

 

 

 

 

 

 

「あっ! ナツさん、バルカンが気絶をすればマカオさんの居場所が…」

「あ!! しまった起こすか!!」

 

 

 壁に激突したバルカンを見ながら、ルーシィは起きるかしら…と思案した。タウロスすら気絶する一撃より何倍も強力なものを喰らって、生きているだけでも奇跡な気がした。

 

 

「そういやあの牛何なんだ」

「……わたくしの星霊です」

「えっ」

 

 

 何の気なしにこぼした疑問―――――たらり、ナツから汗が滴る。

 そのひと言で理解してしまったのだ。自分が勘違いで味方を攻撃したことに。

 

 

「あっ、いやでも、ほ、ほらあの牛斧で首落とそうとしてたじゃねえか! してたよな? なっ!? し、死んだらまずいからな~! ファインプレーってことで……」

「……斧はタウロスの意思で多少変更できるので、あの斧は刃を潰していました。直撃すればとても痛かったでしょうけれど、タウロスほどの戦士ならば誤って殺害してしまうことはありませんわ」

「ナツ~オイラ素直に謝った方がいいと思うよ」

 

 

 必死に自身の失敗を正当化しようとしたナツだが、ルーシィの気まずげな声に否定されてしまう。さすがのルーシィも、誤解とはいえお友達(タウロス)を吹き飛ばされて『仕方ないですね』とは言い切れなかった。ハッピーはさっさとナツを見限った。

 

 どこか穏やかな雰囲気を取り戻した場は、ナツの魔力のおかげでわずかに暖かくルーシィも少し表情が穏やかになる。

 

 

 

 ―――――みみみみみ……

 

 

「!?」

「なんだァ!?」

「あーっバルカンが!」

 

 

 

 しかし突如、奇怪な音がバルカンの住処であった洞窟内に響き雰囲気が引き締まる。新手の敵か、自然現象か。構えたナツとルーシィは、ハッピーの声でバルカンに視線を向けた。

 

 

( まさかバルカンの仲間を呼ぶエマージェンシーコール……!? )

 

 

 動物、特に集団行動をする種族には同族に危険を知らせる鳴き方というものがある。まさかそれかと、ルーシィはこの後の連戦を予想してつばを飲み込んだ。

 しかし、奇妙な音は確かにバルカンから聞こえていたが、バルカンは完全に気絶していて喉を鳴らしているようには見えない。これはいったい、と眉をひそめたと同時に、バルカンの様子がおかしいことにも気が付いた。

 

 

「これは魔力…!? バ、バルカンから魔力が流れ出ていますわ!!」

「あ? この匂い―――――マカオか!?」

 

 

 光を発し始めたバルカン。その光に乗って、バルカンの体から、まるで風船から空気が抜けるように魔力が流れ出てくる。

 そしてふいに、ナツはバルカンから探し人であるマカオのにおいを感じ取った。―――――さっきまでは感じなかったのに?

 

 それに気づいたのはハッピーだ。奇妙な音とともに、バルカンの体がブロック状に分解されていくような変化に、真っ先に思い付いたものがある。それは同じギルドに所属する仲間が使う魔法でもあり、自然界ではそれを使用する動物も確認されている魔法だ。

 

 

接収(テイクオーバー)だ!!」

 

 

 接収(テイクオーバー)とは体を乗っ取る魔法のことである。そして、この現象はその魔法が解ける前兆だった。

 

 果たして、バルカンは軽快な音と共に一人の人間の男になった。

 

 

「猿がマカオになった!!!」

「バルカンは人間を接収(テイクオーバー)することで生き繋ぐモンスターでしたのね…!」

 

 

 凶悪モンスターであるバルカンについて、ルーシィが知っていたのは生息区域などの簡易的なものだけだった。故に縄張り範囲は知っていても接収(テイクオーバー)のことまでは知らなかったのだ。

 

 人間を接収(テイクオーバー)する獣は複数種いるが、この様子からしてバルカンは体内にエネルギーとして吸収するタイプだったのだろう。吸収した獲物を消費しつくしたら新しい獲物を襲うのだ。ちなみにこの特性からバルカンは非常に危険視されており、今回の討伐依頼は本来のバルカン生息地域から20kmも人里側へ移動してきたバルカンを重大な問題だと判断されてのものだった。

 

 そして今、外側の殻であったバルカン自体がナツの攻撃により撃破されたため消滅し、吸収され切っていなかったマカオだけが残ったのだ。…もっと詳しく言うのなら、バルカンが吸収したマカオより大きなダメージを受けたことにより、ひとりと一匹のヒエラルキーが逆転し体の主導権(所有権ともいう)がマカオに移った、ということだろう。このまま逆にバルカンがマカオに吸収されれば、このバルカンは消えてなくなる。

 

 

 

 全員がまさかの真実に絶句する中、ぐらり、とマカオが揺れた。

 

 

「あーーーーっ!!」

 

 

 とっさにナツが駆けた。ハッピーが飛んだ。

 バルカンが吹き飛ばされたのは窓穴の上だったのだ。しかし、バルカンはその巨体ゆえに体が壁に引っかかっていた。けれどバルカンの姿から人にもどったマカオの体格ではそのまま窓穴から飛び出してしまうのだ。

 

 ―――――マカオは重傷を負っている。接収(テイクオーバー)により体力も失っている状態で意識を失っている様子のため、自分でどうにかすることはできない。

 

 

 

 底の見えない谷底へマカオが落ちる前に、ナツが窓から飛び出しマカオの足にしがみついた。そしてそのナツの足をハッピーがつかむ。―――――しかし、ハッピーではふたり同時に抱えられない。

 

 

「失礼します!!」

「尻尾ぉー!」

 

 

 ―――――間一髪。ハッピーの尻尾をルーシィがつかみ、転落は免れた。

 

 

「ルーシィ!」

 

 

 ナツが顔を明るくする。本当に間一髪だったのだ。……対してルーシィは非常に厳しい状態だった。元来非力なルーシィでは男ふたりに猫一匹を引き上げられるだけのちからはない。―――――このままでは、みんなが落ちてしまう。

 

 

 

( ―――――いいえ! いいえ、けっして手を放しません、落としません!! 今度こそ、必ず、お役に立ってみせます!! )

 

 

 

 ハッピーが繋ぎ、ナツが手にした勝利により、マカオを救出することができた。それなのに、こんなことで台無しにするわけにはいかない。

 しかし重いものは重い。ルーシィの腕はだんだん痺れていき、何とか登ろうとするナツの揺れが余計に負担をかける。しかし引き上げられないルーシィができることはそれに耐えることのみ。

 けれどこれ以上はハッピーの尻尾も傷つけてしまう―――――

 

 

 またもや訪れた絶体絶命のピンチ。―――――しかしいつだって、ルーシィには心強いお友達がいた。

 

 

「 いい加減 ――――― 起きなさいっ、タウロス ッ!!! 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――お待たせしました。MO大丈夫ですぞ」

 

 

 

 がっしりと、ルーシィの手の上から大きな手がハッピーの尻尾をつかむ。手袋越しの体温が寒さにかじかんでいたルーシィの手を温める。

 

 

「タウロス…!」

「うっ、牛ぃーーっ!!」

 

 

 復活したタウロスが、完璧なタイミングでふたりと一匹を引き上げた。

 

 

 

 

 

 

接収(テイクオーバー)される前に相当激しく戦ったみたいだね」

「おいこらマカオ!! しっかりしろ!!」

 

 

 広げた毛布の上に寝かせたマカオの傷に、ハッピーが神妙な顔をする。

 体中にある打撲痕。そして何より、右横腹の深い裂傷。そこからはいまだとめどなく血が流れ、マカオの生命を削っていく。

 必死に呼びかけるナツの声をバックに傷の確認をしたルーシィは青ざめた顔で唇をかむ。

 

 

接収(テイクオーバー)されていらした間は血が流れずに済んだのでしょうけど…内臓が飛び出していないのは奇跡ですわ。このままでは…せめて止血をしないと…!!」

 

 

 止血をしようにも、適当な布の類がない。―――――なりふり構ってはいられない。

 

 ルーシィは来ているサマーニットの裾をつかみ、一気に持ち上げて脱ぎ捨てた。

 

 

「!? 何やってんだお前!」

「風邪ひくよルーシィ!」

「ナツさん傷ぐちに消毒液をかけてください! …早く!!」

 

 

 突拍子もないルーシィの行動にナツとハッピーはギョッとして声を上げたが、今までにないくらいの剣幕で声を荒らげるルーシィに、慌てて従うことにした。

 

 

「お、俺はマカオを押さえとくからハッピーがかけてくれ」

「あ、あいあい!」

 

 

 しかし傷ぐちに直接消毒液など、痛いなんてものではないだろう。ナツはマカオの体を抑え込み、暴れるのを阻止した。そして、ハッピーは荷物にあった応急セットから消毒液の便を取り出し、引きちぎるようにふたを外して傷ぐちの上でひっくり返した。

 

 

「ぐああああああっ!!」

 

 

 マカオの絶叫が響く。ナツもハッピーもルーシィも、まるで自分の傷のような顔をして汗を流した。

 

 ああ―――――神さま。ルーシィは心の内で必死に祈った。

 

 

「しっかりしろマカオ!」

「っ失礼します、」

 

 

 吠えるように声をかけるナツ。ルーシィは消毒液で一時的に傷ぐち周辺がクリアになったのを確認し、脱ぎ捨てたサマーニットで手早く周辺の血をぬぐった。

 むき出しの肩どころか、今のルーシィは上半身に下着ひとつだ。少なくとも極寒の雪山でする格好ではない。ナツのそばにいるおかげで多少は温かくくちも思考も回るが、指先は寒さでかじかんでいる。けれど、強い緊張で体はほてり、額からは汗が流れた。

 

 

「本当は、体力が落ちて免疫力が下がっている方の治療には清潔なものを使いたいのですけれど…!!」

 

( 選り好みできる環境ではないし、ああ、ある意味この気温で良かったわ )

 

 

 声も凍る銀世界では、おおよそのウイルスや菌も息を潜める。おかげで着ていた服での止血でもそこまで不安はない。それに消毒液をつかう事で直接傷ぐちには服を触れさせなくて済んでいる。これならすぐに医者へ診せれば、傷がひどく膿んだり変な細菌に蝕まれることもないだろう。…間に合えば、だが。

 

 

( 傷ぐち内に、見たところ異物はない……これなら! )

 

 

「マカオ!!」

「ハアッ! ハァッ! くそ、情けねぇ…ハ、ハァ、じゅ、19匹は…倒したんだ………うぐっ!…っ20匹目に接収(テイクオーバー)されて……!!」

 

 

 ―――――19匹!!?

 

 ルーシィは息をのんだ。バルカンは1匹ではなかったのだ。

 

 ルーシィはてっきり、群れから追い出されたバルカンがこの雪山に巣くっていたのだと思っていた。けれど20匹の集団となると、世代交代で群れと離脱したいち団だったのかもしれない。

 いや、そんなことより。

 あれだけ知力のある獣を相手に、たったひとりで19匹も撃破したというのか、この目の前の魔導士は。

 

 

「ナツさん炎を…! 止血をお願いします!」

「! そーか炎で…ルーシィ! マカオ押さえんの代われ!」

「はい!!」

 

 

 どうしても溢れてしまいそうな尊敬の念を、今はそんな場合ではないとルーシィは握りつぶした。そしてナツに声をかける。

 ナツはすぐにルーシィの考えに気が付いた。確かに現状、マカオを救うのはそれが最善手だと。

 

 

「おいマカオ止血するぞ! 舌かむなよ!!」

「う、ぐ、グオオオオオオオオオオっ!!!!」

「堪えろマカオ!! 傷が開くから喋んじゃねえ!!」

 

「っ、」

 

 

 ボウ、と手に炎を灯したナツが声をかけながらマカオの傷ぐちを抑え込む。―――――肉が焼ける臭いがする。

 ルーシィは馴染みのないその臭いに顔色を悪くしながらも、必死にマカオの腕を抑えた。

 

 正直止血としては雑だ。これしかないとはいえ、マカオには一生の傷が残るだろう。

 せめて自分の荷物があれば、とルーシィは後悔した。急いでいたとはいえ、荷物一式をギルドの入り口に置いたまま来てしまったのだ。着の身着のままのルーシィは治療系の魔法が使えない。ただ荷物の中には強力な傷薬もあったのに。ああ、あれもこれも悔いることばかりだ。

 

 

「ムカつくぜ…!! チクショ…っこれ、じゃ! ロメオに、会わす顔が、ね……!!」

「黙れっての!! 殴るぞ!!!」

 

 

 ―――――マカオの目に浮かぶ涙は、おそらく痛みだけではない。深い屈辱と後悔、自身への嫌悪が聞いて取れるよなその声に、ナツは怒鳴りつけるように叫んだ。

 

 

 マカオがなぜ、この仕事を受けたか。仕事の内容は知らなかったルーシィだが、それはロメオから聞いていた。

 ナツを探しに出た矢先に、公園のベンチで泣いているのを見つけた時に。その気持ちを聞いたときに。

 

 

 

 

 

 

 息子の愛だった。父の愛だった。

 きっかけは些細な事。周囲の子供に父を馬鹿にされたことが我慢ならなかった息子のわがまま。それを父が叶えようとしただけだった。

 息子は我慢ならなかった。父は強い。優しく、頼りになって、自慢の、かっこいい父だ。だから我慢ならなかった。馬鹿にするなと、すごいんだぞと、声を大にして言いたかった。だから―――――

 

 

「 父ちゃんすごい仕事行ってきてよ!! オレ、このままじゃ悔しいよ!! 」

 

 

 

 

 

 

「―――――馬鹿な、事を!!」

 

 

 ルーシィの声が一帯に響いた。

 

 

 

 

 

 

 マカオは一瞬、痛みを忘れた。しかしそれは本当に一瞬で、すぐさま傷を焼く痛みが全身に走る。

 

 しかし、何とか目をこじ開けて声の主を見た。―――――見たことのない少女だ。

 

 上半身は下着一枚。みつあみにされた金髪は乱れていたが美しく、なにより涙を耐えて煌めく瞳が目を引く、きれいな少女だった。

 誰だろうか。ナツと共に居るということは、ギルドの新入りだろうか。そんなことを頭の隅で考えた。

 

 少女は言う。

 

 

「会わせる顔がない!? ―――――そんなわけが、ありますか!!」

 

 

 マカオはその瞳に、燃えるような炎と、……凍えるような寂しさを見た気がした。

 

 

「たとえあなたが何と言おうと、必ずロメオさんの元へ連れ帰ります!! 彼はずっと、あなたを待っているのだから……!!」

 

 

 ―――――ロメオ。愛する息子。

 

 マカオは、あまり周囲の評価を気にしたりしない。それは妖精の尻尾(フェアリーテイル)のメンバーのほとんどがそうだろう。

 誇りはある。周囲は分からなくとも、仲間は知っている。ならそれでよかった。

 しかし―――――それにより息子が惨めな思いをするというのなら。

 

 

 

 命を懸けてでも、誇り(ちから)見せつける(しめす)ことが父の務めだった。

 

 

 

 ―――――だというのに、この体たらく。

 惨めだ。情けない。ああ、息子は、こんな父に幻滅するだろうか。

 

 

「クソ…っ―――――クソおぉっ!!」

 

( お前の誇れる父ちゃんでいてやりたかったのによォ!! )

 

 

 湿ったマカオの声。ナツはあともう少しで塞がる傷を押さえつけながら、眉間にしわを寄せた。

 

 

「ロメオはお前と一緒に居たいんだ…!! だから帰るぞ!!」

 

 

 それはもしかしたら、ナツだから言えたことだったかもしれない。

 一緒に居たいんだ。父と。家族と。―――――そんな気持ちを、ナツはよく知っている。

 だから必ずマカオを連れて帰るのだ。ロメオはずっと、父を待っている。

 

 

「あなたが父として仕事に挑んだのなら、あなたは父として帰らなくてはいけません。そうでなければ、ロメオさんは親殺しになってしまうでしょう」

 

 

 自分のわがままで愛する人を殺したのだと、そうやって一生背負わなくてはいけなくなる。

 まだ、幼い子供に。わが子に。そんな思いをさせたい親がいるか。

 

 

「会わせる顔がないなんて、馬鹿なことを……わが子のためにたったひとりでこんな場所にまで来て、凶悪と恐れられる怪物を19匹も撃破した父を誇らない子が居ましょうか……!!」

 

 

 それはどこか、羨ましそうな音だったかもしれない。

 確かに結果としてマカオは死にかけている。それは確かなことだ。しかし同時に、19匹のバルカンを撃破したことも確かなことなのだ。

 そんな父を、なぜ子が誇らないだろうか。紛れもなく、自分のために戦ってくれた父を。

 

 

「―――――すまねぇ…! すまねえナツ、ハッピー、嬢ちゃん…!!

 

 

 

 ありがとう……!!」

 

 

 

 ぼろり、マカオの目から大粒の涙がこぼれた。

 

 

 

 

 

 

「さ、ナツさん、マカオさんをホロロギウムの中へ!」

「おし!」

「お任せください」

 

 

 ナツは再び気を失ったマカオを、ルーシィが再召喚したホロロギウムの中へ押し込める。ホロロギウムは外敵から身を守ってくれるのと同時に、中の存在をある程度守護できるのだ。止血が済んだマカオを医者の元へ運ぶまでの道中、これが一番安全だろうという判断だった。

 

 

「あ」

「あ?」

 

 

 それでは出発をといったところで、ルーシィがハッとして、また借りた毛布の中で身を縮ませた。

 ……緊急事態だったとはいえ、上半身下着一枚の姿をナツに見られた恥ずかしさが今頃になってやってきたのだ。

 

 悲鳴を上げなかったのは、あくまで自発的に脱いだのだからという思いだ。ルーシィの顔は耳まで真っ赤だった。

 ちなみになぜマカオの服を使わないで脱いだのかというと、怪我人には体温を保持してもらうために治療のために脱がせた服をもう一度着せるつもりだったからである。

 

 というか、常識的に考えてこんな格好で街へは下りられないし、そもそもこの吹雪を突破できるとは思えない。サマーニットですら凍え死ぬと思ったのに……

 だめだ、足手まといになる。それがルーシィの判断だった。

 

 

「あの、ナツさんとハッピーさんはどうぞお先に出発されてください」

「ルーシィはどうするの?」

「マカオさんをお医者様の元へ送り届けることができましたら、ホロロギウムに一度戻ってもらいます。星霊が星霊界に帰ったことは鍵越しに分かりますので、そうすればタウロスを再召喚して、わたくしを抱えて山を下ってもらいますわ」

 

 

 首をかしげたハッピーに説明するルーシィをナツはまじまじと見た。

 顔色が悪い。指先は震えている。それから多分、魔力がもうあまり残っていない。…このまま置いて行って、大丈夫だとは思えない。

 

 それなのに変なことを言うルーシィに、ナツは少し考えた。多分、言っても聞かなそうだなと。なんとなくだがこの短い付き合いで、ナツはルーシィがちょっと頑固だなと気づいた。なら、言うより行動だろう。

 

 

「ルーシィ、毛布ちゃんと着とけよ」

「へ、きゃっ!」

 

 

 ―――――ナツはルーシィへ声をかけると、その体をいとも簡単に抱き上げて片腕に座らせた。歳の割にたくましいナツの腕に、ルーシィ柔らかい尻肉が乗る。

 

 ルーシィは発狂しそうになった。毛布があるとはいえこんな格好で異性と正面から密着するなんて息が止まる。

 けれど慌てた様子のルーシィを意に介さず、ナツはハッピーに声をかけた。

 

 

「ナナナナツさんっ!」

「ハッピー、時計ごとマカオ運んでくれ」

「お、降ろして…」

「あい、任せて」

 

 

 

「ルーシィ暴れんな。お前も一緒に帰るぞ、ギルドに」

 

 

 ……その言葉だけでルーシィが抵抗できなくなるということを、ナツは知っているのだろうか。

 ルーシィは一瞬止まった息をゆっくりと吐き、おずおずとナツの頭に腕を回した。

 

 

「あの、どうぞお願いいたします……」

「おー、しっかり掴まっとけよ」

 

 

 ―――――ハッピーが飛び、ナツが駆けだした。

 天候は相変わらずの猛吹雪だったが、ルーシィは全く寒くなかった。

 

 

 

 

 

 

 ロメオは後悔していた。

 なぜ自分は父にあんなことを言ってしまったのだろう。なぜあんなことを望んでしまったのだろう。

 何も知らない連中の、くだらないいじめなんて無視すればよかった。そうすれば、そうすれば……

 

 街の入り口にあるベンチに座り込み自責の念にかられるロメオ。この場所にいるのは、父がいつ帰ってきてもすぐに気づけるようにだ。

 ナツはおそらく父を迎えに行ってくれたのだろう。新入りらしいルーシィと名乗ったお姉さんは「必ず連れて帰る」と言ってくれた。

 ………けれど、本当だろうか。父が行ったのはとても恐ろしいモンスターの討伐任務だ。もしかしたら、

 

 

 もしかしたら父は―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ロメオ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――いいですか、ロメオさん。

 

 

 

 

 

 

「あのね、父ちゃん。ルーシィ姉が言ってたんだ。その人を誇る理由は、自分がその人のことが大好きなだけで十分なんだって。だからね、俺の父ちゃんはすげぇかっこいいんだよ。だって俺、父ちゃんの事大好きだから」

「なんでえ、ちょっと見ねえうちにずいぶんイイ男になったじゃねえかロメオ」

「それに怪物をいっぱいやっつけたんでしょ」

「おうさ。次クソガキどもに絡まれたら言ってやれ。テメェの親父は怪物を19匹も倒せんのか、ってな!」

 

「ごめんね父ちゃん………ありがとう……おかえりィ……!!」

「馬鹿野郎謝るやつがあるか。いいんだよ、俺はお前の父ちゃんなんだからよ。

 

 ただいま、ロメオ」

 

 

 

 

 

 

「ルーシィ」

「はい?」

 

 

 ナツは腕に抱えたままのルーシィに声をかける。ルーシィは不思議そうに返事をした。

 ふたりはマグノリアの人気のない森の入り口にいた。下着姿のルーシィが街の中には入れないと半泣きになったため、ハッピーが着替えの入ったルーシィの荷物をギルドに取りに行っている間身を潜めているのだ。

 

 

「今日はありがとな」

 

 

 ルーシィは茫然とナツを見た。

 礼を言われた。それは役に立ったということだろうか。けれど、けれど………

 

 

「いえ、わたくしの方こそ、お礼を言わなくてはいけません」

 

 

 やっぱりどうしても、たいして役に立てたとは思わなかった。

 むしろ助けてもらうばかりで、足手まといだっただろうという思いが消えない。

 

 

「マカオのために囮になったり、あの牛のやつもさ、ルーシィが呼んでなかったらあのまま全員谷底に落っこちてただろ。あとマカオの治療」

 

 

 少し暗くなったルーシィの顔色を無視するように、ナツは『ルーシィのおかげ』と思ったことを上げていく。

 そして、にっかりと、太陽のように温かい笑顔で、ルーシィに礼を言った。

 

 

「ルーシィが居てよかった! ありがとな!!」

 

 

 ―――――胸の奥にこびりついていた黒くて重いものが、蕩けるように消えていくのが分かる。

 

 

 

「――――――はい。これからも、頑張りますね」

 

 

 かなわないなあ、とルーシィは微笑んだ。

 

 

 







 呼びかけることすら止めてしまったのはいつだったか。


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