きらきらぼし   作:雄良 景

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 それは父の肖像





想いの行方

 

 

「んっ―――――はああ…………」

 

 

 立ち上る湯気。頬を伝う汗。ルーシィはそれを指でそっと拭い、満足そうに熱のこもった溜息を吐いた。

 

 

 マカオを救出し着替えた後の話だ。ルーシィはすぐさま数日分のホテルを確保し、妖精の尻尾(フェアリーテイル)で活動していくためにマグノリア内を家を探して駆けずり回った。

 初めてのひとり暮らし。物の相場は知っていてもひとり暮らしの相場など知らないルーシィは、ミラジェーンにいくつかの相談をした後はギルドに寄ることもできないくらいに必死に部屋を探した。

 

 立地はどこがいいだろうか。家賃の相場は? 日常生活の利便性は?

 たくさんのことを考えながら選んだのが、商店街に比較的近くにあったアパートだった。

 

 家賃は7万Jと働き始めの若い娘が借りるには高い部屋だが、立地に対しての金額としては設備がよかった。ほどほどに広い間取りに、収納スペースも多く、物の多い女性に優しい造り。トイレとバスルームは別だし脱衣所もあってキッチンも広い。真っ白な壁に木造独特の香り。ちょっとレトロな暖炉に、それに見合った備え付けの家具。そして(かまど)

 

 センスを感じさせるそれらはいとも容易くルーシィのハートを射抜いてしまった。

 

 少し癖のある大家に頼み込み入居したルーシィは、今朝方ようやくすべての荷物の整理が終わったところだった。

 まだ新生活に必要なものは買いに行かなくてはいけないが、まずは少し汗ばんだ身を清めてからと、洗い立ての湯舟にたっぷりのお湯を溜め、贅沢な朝風呂と洒落込んだのだ。

 

 

 ちゃぷん。湯が揺れる。レンガ造りの湯舟は寄りかかると少し痛いが、見た目は抜群におしゃれなので入っているだけでテンションが上がる。ああ、本当にいい家を見つけられたと、ルーシィはにっこりと笑った。

 

 

 

 

 

 

 バスルームから出たルーシィは、体をふきながら頭の中でこの後の予定を組み立てた。

 

 必要なものの買い出しをしなくてはいけない。ベッドはあるからマットレスと布団を買って、ああ、かわいらしいベッドシーツを扱っているお店を見かけた気がするから探検ついでに探してみようか。

 食器も必要だ。調理器具に調味料、食材も買わなくては。新しい洋服を見に行ってもいい。本だって買いたい。

 

 たくさんの『これから』を想像して、ルーシィのくち元が緩む。

 

 

( そうだわ。ナツさんと、ハッピーさん )

 

 

 ふたりにも改めてお礼がしたいと、ルーシィは予定の最優先項目にそのことを書き込んだ。

 

 

 思い返すのは数日前。ナツとハッピーは、ルーシィがホテルを確保してすぐに訪ねてきてくれた。もちろんルーシィはとても喜び招き入れ、夜通しふたりと語りつくした。

 元々は早寝早起きタイプのルーシィが徹夜をするのはとても厳しかったが、ナツとハッピーが話してくれた今までの冒険の話があまりにも面白く楽しかったので仕方がない。終ぞ日が出るまで眠くなることがなく話し続けてしまったのだ。

 

 しかしナツもハッピーもルーシィも、夜中だというのに興奮のあまりどんどん声が大きくなり―――――とうとう隣室の客からフロントへクレームが入り、ルーシィたちはホテルから注意を受けてしまったもである。

 ただ幸いだったのが、ナツの顔を見てすぐに妖精の尻尾(フェアリーテイル)だと気づいた各方面の方々が『仕方がない』と緩いお咎めで済ましてくれたことだろう。

 

 その対応で妖精の尻尾(フェアリーテイル)の普段の様子が分かってしまうようなものだが、同時にそれだけ受け入れられているということでもあるだろう。街の人々からの人望であるともいえる。きっと。多分。

 

 

 ちなみに、結果として一泊したことになったナツの宿代はルーシィが出した。(ハッピーは猫だったために料金はかからなかった)

 

 

 下着をつけ、袖ぐちがフレアスリーブになっている花柄のワンピースを着て身だしなみを整えたルーシィは、買い物の前にギルドに寄ってナツたちを食事に誘おうか、と考えた。

 騒いでしまった戒めとして、新居が見つかるまでナツたちとは会わないようにしていたのだ。なにせ話すのが楽しくって家探しを忘れてしまうので。

 

 けれど最低限必要なことが終わったのなら、あの日の話の続きを聞きたい。そうだ、ギルドで食事をとりながらなら、多少大きな声になってしまっても大丈夫だろう。それならミラジェーンにもアドバイスのお礼が言える、とルーシィは脱衣所とリビングを仕切るカーテンをくぐろうとして―――――息を潜めた。

 

 

 

 

 部屋の中に、誰かがいる。

 

 

 

 

 耳を澄ませば自分以外の呼吸音が聞こえる。部屋の鍵は閉めてあるし、チェーンもかけてある。もちろん誰かを招いてもいない。

 何かをかみ砕く音と咀嚼音…しかしこの家にはまだ食料品はない。

 相手は人間か? それとも……

 

 ルーシィは極めて冷静さをつなぎ止めながら、鍵を置いた場所を思い出す。ああ、家の中だからって離すのではなかった。風呂場にまで持ち込んででも肌身離さずいるべきだった。なぜなら鍵が無くては、ルーシィは戦闘手段が無いのだから。

 

 おそらく呼吸の主は部屋の中央付近にいると思われる。そして鍵はすぐ近くの作業机の上だ。……近い。しかし、やるしかない。

 タイミングを見て飛び出し、捕まらずに鍵を確保し、タウロスを呼ぶ。今の自分にできる最善はこれだと、ルーシィは静かに呼吸を整えた。

 

 

 失敗はできない。集中力を高める。『何か』は動かない。ならば…

 

 

 3―――――2―――――1―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい、まだお水しかお出しできなくて……」

 

 

 ルーシィはローテーブルの上にプラスチックコップに入った水をふたつ置いた。

 

 

「ルーシィこれから買い物行くの?」

「けっこーいっぱい物あんのにな」

 

 

 そんなルーシィに話しかけるのはナツとハッピーだ。

 

 

 

 ―――――ルーシィが勢いよく脱衣所から飛び出した先で見たのは、ソファーの上でスナック菓子をほおばるナツとローテーブルの上で魚にかじりつくハッピーだった。

 

 

「ここに在るものはほとんどが備え付けのものですから。絨毯だとか、お布団だとか、食器だとか。用事はたくさんございますわ」

 

 

 警戒していた分拍子抜けしてしまったルーシィはうっかり漫画のようにズッコケてしまった。打ち付けた腰は鈍く痛むが、まあ不審者でなかったのだからいいとしよう。

 

 

「ところで、おふたりはなぜわたくしのお家をご存じなのですか?」

「ミラから聞いたんだよ! 鍵借りた。会いに来た!」

 

 

 首を傾げ当然の疑問をくちにしたルーシィに、ナツはにっかりと心の底から楽しそうに笑いながら返して1本の鍵を掲げた。

 

 

 妖精の尻尾(フェアリーテイル)ではギルドの寮以外に住んでいるメンバーの合鍵をギルドで管理している。緊急事態などで入り用だった場合に出入りできるようにするためだ。

 ナツはそれを借りてきて部屋に入り込んだらしい。そんな簡単に借りられるのか。しかもうら若き美少女の部屋の鍵を同年代の男が。……と、思うところなのではあるが、これはミラジェーンの気づかいだった。

 

 ホテルでお説教を受けて以降、ナツはめっきりルーシィに会えなくなった。ルーシィは部屋探しで忙しいし本人が自粛してしまったのでそれは仕方のないことなのではあるが、ルーシィをすっかり気に入ってしまったナツからしてみればたいそう不満なのである。

 

 初対面から悪印象は抱いていなかったし、コルボ山の一件では助けられたし、夜通し語り合ったあの日は楽しくて仕方なかった。それに加えて『ちょうどいい仕事』を見つけたものだから、これはもうそういうことだろう、と『ある提案』をしようと思っていたのに、ルーシィは会いに来ないしミラジェーンには邪魔をしてはいけないと釘を刺されるし。ナツは不貞腐れた。

 

 そんなナツを見るミラジェーンも目は穏やかだった。

 ナツがひとりに対してこんなにも興味を持つのは珍しかった。気に入っても仲間になっても、一定の好感は持つがだからって追いかけまわしたりしない。ものすごく強い魔導士だというのなら話は別だろうけれど、ルーシィのことはシンプルに人格を気に入ってしまったのだろう。

 

 だからルーシィが「部屋が見つかりました」と合鍵を持ってきた日。入れ替わるようにギルドに来たナツに合鍵を貸し出したのだ。

 だってギルド内に残ったルーシィの匂いに本人を探す姿を見たら、かわいくて仕方がなかったから。きっとふたりはとびっきり仲良くなれると思ったから。

 

 

 しかしそんなことを知らないルーシィは(否たとえ知っていたとしても)、けれどこれはさすがに、と苦言を呈することにした。

 

 

「ナツさん、ハッピーさん。遊びに来ていらしてくださってありがとうございます。けれど、どうぞお次はノックをしてくださいまし。そうすればわたくしがお部屋の扉を開けますから」

「………入っちゃダメか」

「親しくあろうと、女性のお部屋にむやみに出入りなさるのは良いことではございませんね」

 

 

 空気が凛と張る。…と言っても威圧的なものではない。どちらかというとハルジオンで一緒のベッドに寝るのを断ったりハッピーと比較して駄々をこねたナツを咎めた時の声と同じだということにナツは気が付いた。つまり、今自分は咎められているということ一緒に。

 

 でも邪まな思いで来たわけじゃない。納得がいかず少し不貞腐れたナツに、それでもルーシィは「親しき仲にも礼儀ありと言います」ときっぱり言い切った。こういうときのルーシィは折れなさそう、とナツの直感が訴えた。実際その通りなのである。

 ちなみに同じことを察したのであろうナツより賢い青い猫は失言をしないようにすっかりくちを閉ざしていた。

 

 不満そうに「悪かったよ」と謝ったナツに、ルーシィは雰囲気を少し和らげ、同じように柔らかい笑顔を浮かべた。

 

 

「それに、わたくしがおもてなしをしたいのです。訊ねてきてくださったナツさんとハッピーさんを、わたくしがドアを開けてお出迎えしたいのです」

 

 

 だってそっちの方が素敵ですわ、と笑ったルーシィに、ナツは少しキョトンとして考えてみる。

 勝手に入って、ルーシィが驚く。それはきっと面白い。けどまた怒られるだろう。それは好きじゃない。じゃあノックをする。そしたらルーシィが嬉しそうに扉を開ける。で、お菓子とかをくれる。

 

 ナツとハッピーが顔を見合わせ頷く。相棒が自分とおんなじことを考えただろうという確信があった。そうして、おんなじ方を選んだだろうとも。

 

 ……天秤は傾いた。

 

 

 

 

 

 

「そーだ! なあ、ルーシィの持ってる鍵の奴ら全部見せてくれよ!」

「鍵……ああ、星霊ですね」

「それ!」

「あい! オイラも見たいです。ねね、ルーシィは何体の星霊と契約してるの?」

 

 

 ふたり息を揃えて謝ったナツとハッピーに、ルーシィは笑顔で頷いた。苦言は呈したがもともと怒っているわけではなかったので謝罪がもらえれば十分だった。下心はないだろう、ということは察せたし、訊ねてきてくれたことは本当に嬉しかったのだから。

 

 そうして許されて普段の調子に戻ったナツが言ったセリフが冒頭のものである。ナツが知っているルーシィの星霊は時計と牛である。しかしハッピーから人魚が居たとも聞いた。なら他には何がいるのかと気になるのも当然のこと。

 そしてハッピーもナツに強く同意した。未知のものは面白い。好奇心のままに目を輝かせたふたりに、ルーシィはおかしそうにくすくすと笑い声を漏らした。

 

 

「ごめんなさい。星霊をすべては、わたくしの魔力が足りませんの。わたくしが契約している星霊は『6人』ですけれど、召喚せずに鍵だけでしたらお見せできますわ」

 

 

 ―――――ふと、ふたりは一瞬ルーシィの声が強くなったことに気が付いた。どうやら、ルーシィの琴線に軽く触れたらしい。けれど怒っているというよりはたしなめて促すような声だ。

 

 『何体』と聞いたハッピーに『6人』と答えたルーシィ。ふたりはすぐにその意味に気が付いた。

 

 

「さ、こちらになりますわ」

 

 

 そんなふたりとの間に挟んでいるローテーブルに、ふわりとハンカチを敷いたルーシィはその上に3本の鍵を並べて置いた。

 

 

「銀の鍵は『時計座のホロロギウム』『南十字座のクルックス』『琴座のリラ』です。これらはお店で買うことができる鍵ですわ。星霊によって鍵の数は異なりますのでお値段は変わりますけれど、みなさんとても頼りになるお友達ですの」

「じゃ、牛とか人魚の金の鍵はお店に売ってないの?」

「タウロスとアクエリアスですね? ええ、彼らの金の鍵は黄道十二門という(ゲート)を開ける特別な鍵で、世界に1本ずつしかありませんの。お店で手に入れることは不可能ですわ」

 

 

 ハッピーの問いかけに頷いたルーシィは、銀の鍵のとなりに金の鍵を3本置き、順番に名を呼んだ。

 

 

「『金牛宮(きんぎゅうきゅう)のタウロス』と、『宝瓶宮(ほうへいきゅう)のアクエリアス』。それから『巨蟹宮(きょかいきゅう)のキャンサー』ですわ」

 

「きょかい……巨蟹宮!! カニか!?」

「カニー!!」

 

「え、ええ、キャンサーは確かにカニですね」

 

 

 キャンサーの名前に異常反応を示したふたりに、ルーシィは少ししどろもどろに答えた。そんなにカニが珍しいかしら、と考えるルーシィはふたりの頭の中で想像上のキャンサーがカニ鍋にされていることに気付かない。

 

 

「あ、そうだわ。ハルジオンで新しい子をお迎えしましたの。小犬座の二コラというのですが…まだ契約をしていませんので、その様子でしたらお見せできますけれど」

 

 

 どうなさいますか? というルーシィにふたりは頷いた。契約。そんな特別なものを見ることができるのはラッキーだと目をいっそう輝かせる。

 

 契約とはどんなことをするのだろうか。まさか血判とか…、とつぶやいたハッピーにナツは冷や汗を流しながら尻を押さえた。

 

 

「では」

 

 

 そんなふたりの様子に気付かず、ルーシィは二コラの鍵を掲げ、静かに契約の詠唱を唱えた。

 

 

 ―――――魔力が渦巻く。

 

 

 

「我、星霊界との道をつなぐ者。汝その呼びかけに応え(ゲート)をくぐれ」

 

 

 

 鍵の先端に鍵穴のような光が集まる。それはまるで、目に見えない扉の鍵を開けているかのような光景だった。

 ナツとハッピーは息を呑む。

 

 

 

「開け小犬座の扉―――――二コラ」

 

 

 

 光が溢れる。一面を照らす光の下で、空気が破裂するかのようにはじけ、それは現界する(・・・・・・・)

 

 

 

 

「どっ―――――」

 

 

 

 

 ナツの声が震える。ハッピーは言葉もなくそれを凝視した。

 何と言えばいいのだろうか。しかしこれしか言葉が思い浮かばない。まさかこんなことになるとは―――――

 

 

 

 

 

 

「どんまい!!!」

「何がですか!?」

 

 

 

 現れたのは何とも言えない不思議な小動物だった。

 

 

 

 

 

 

「二コラは戦闘星霊ではなく、一般的には愛玩星霊として人気のある子ですの。個体数も多いので…ですからあの、この子の風貌はもとからですので、召喚が失敗したわけではありませんわ」

「そうか……」

「人間のエゴ……」

 

 

 苦笑いしたルーシィのセリフに微妙な顔で納得したナツに対して、ハッピーは冷や汗を垂らしながら鋭い視点で呟いた。その言葉にはさすがにルーシィも気まずそうな顔をするしかない。

 しかし愛玩星霊として人気があるのは本当だ。小さく、温厚で、わずかな魔力と鍵で呼んだり帰したりできるのでエサ代もかからないし、星霊だから排せつ物の世話もいらない。そしてそれなりに知性があるので躾も難しくない。

 そうなると犬や猫を飼うよりよっぽど簡単だと求める人間が多いのだ。

 

 ペットを飼うということはいのちに責任を持つということ。だのにより楽に、より簡単に、ただ自分は癒されたい。といった自分勝手な欲求の表れともいえる二コラの人気の理由は人間のエゴだろう。しかし星霊ならペット不可の賃貸やホテル、レストランにも連れて行けるわけで……まあいろいろあるのだ。

 

 

 んん、と咳払いひとつで雰囲気を無理やり変えてルーシィは、今しがた呼びだした二コラへしゃがみ込んで視線を合わせ笑いかけた。

 

 

「さ、二コラ。契約をしましょう。―――――月曜日はどうかしら?」

 

 

 

 

 

 

「星霊の契約って地味なんだな…」

「簡単そうだね」

 

 

 なんだか少し期待はずれ、といった顔をしたナツとハッピーに、二コラとの契約を終えたルーシィは瞬きをする。

 まあ確かに御大層な詠唱をしたり、対価を持って関係を作るわけではないのでそう見えてしまうのも仕方がないかもしれない。しかし、

 

 

「ええ、確かにお話をしているだけのように見えてしまいますけれど、これはとても大切なことなのです」

 

 

 星霊を呼びだすのに必要なのは鍵と魔力。つまり、生まれ持った素質や魔導士の人格などは契約上なんの問題もない。ほぼ無償でちからを借りるようなものだ。

 

 

「その代わりに、星霊魔導士はけっして星霊との契約…すなわち約束を裏切りません。わたくしたちの関係は信頼と絆でできた、愛ですから」

 

 

 それはどこか、陽だまりのような笑顔だった。慈しみ想う、信頼を表す微笑みだった。

 そしてルーシィはその笑顔のまま、二コラに「プルー、これからどうぞよろしくね」と話しかける。

 

 

「プルー? 二コラじゃないの?」

「小犬座の二コラは個体数がとても多いので、二コラというのは総称なんですの。わたくしたちが人間と呼ばれるようなものですから……あなたはわたくしの二コラ。お名前はプルーです」

 

 

 かわいらしいでしょう? 気に入ってくれるかしら。と言うルーシィに、二コラ改めプルーは嬉しそうにその胸元へ飛びついた。

 

 そんな人間と星霊のほのぼのシーンを「ふうん?」と眺めていたナツは、ポケットに両手を突っ込んだ拍子に何かがクシャリと潰れたのに気が付いた。

 

 

「あ!!」

「!?」

 

 

 そしてようやく、ルーシィに会いに来た理由を思い出したのだ。

 

 

 

 

 

 

 ルーシィは赤く色づき緩む頬を押さえられなかった。

 

 ナツがルーシィに会いに来た理由。それはナツとハッピー、そしてルーシィで「チームを組もう」というお誘いだった。

 チームとは、と不思議そうな顔をしたルーシィに説明したのはハッピーだ。曰く、ギルドメンバーでも特に仲のいい同士はチームを結成し共に仕事にあたることがよくあるのだと。

 

 確かに難解な仕事は単独でこなすよりチームでやった方が効率がいい。そんな話を聞いたルーシィは我慢がならないとばかりに喜びを顔と雰囲気に表した。

 

 

 ハッピーは言った。『特に仲のいい同士でチームを組む』と。そしてナツはルーシィをチームに誘ったのだ。

 

 

「まあ、まあ、まあ……」

 

 

 それってもしかして。まさか、ナツさんは。

 ルーシィの瞳に熱がこもる。どこか独特な雰囲気になってきた室内に、ハッピーが含み笑いをした。この猫、出歯亀気分である。

 

 

「ナ、ナツさん」

「お、おう」

「それってもしかして」

「う、うん?」

 

「それってもしかして―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――わたくしとナツさんが、お友達になれたということでしょうか!」

 

 

 

 今度はハッピーがズッコケる番だった。

 

 

 

 

 

 

「嬉しいわ! わたくし、人間のお友達も猫さんのお友達も、ナツさんとハッピーさんが初めてですの!」

 

 

 はしゃぐように笑ったルーシィに、ナツとハッピーは流石に否定できず。いや別に否定する必要はないのだが、こうも喜ばれるは気恥ずかしくなってくるもので。けれどそっけないことを言ってこの喜びに水を差すのもはばかられ、ふたりはとりあえず話を変えることにした。

 

 

「で、これが初めての仕事な! もう決めてあんだよ」

「まあ、本当ですか? ええっと、シロツメの街……」

 

 

 ナツはポケットの中でくしゃくしゃに合っていた依頼書を引っ張り出しルーシィに渡した。そこには聞いたことがあるようなないような、といった街の名前と、大まかな依頼内容が書かれている。

 

 それを読んだルーシィは驚愕に目を見開いた。

 

 

「エバルー公爵の屋敷から本を拝借するだけで、20万Jですか? ……こんな都合のいい話が? それに、この書き方ですとつまり『本を盗み出す』ということでは…」

「詳しい話は直接依頼人に聞けばいいだろ。それよりここだよここ」

 

 

 謎、というより不審点の多い依頼内容に、ルーシィが訝しげな顔をする。しかしナツは気にせず依頼書のとある一点を指して読めと促した。

 

 そこに書いてあったのはエバルー公爵の簡単なプロフィール。『とにかく女好きでスケベで変態! ただいま金髪(ブロンド)のメイドさん募集中!』

 

 

「作戦はこーだ! まずルーシィがメイドになって忍び込む!」

「そして本を持ってくるんだよ!」

 

 

 

 

 ―――――きゃいきゃいと明るく話し合うナツとハッピー。そのふたりに対して、ルーシィは思わず押し黙ってしまった。

 

 ルーシィはまさか自分が金髪(ブロンド)だからチームに選ばれたのか、とは、聞けなかった。そうだとして、肯定されてしまうのが怖くなった。……お友達になれたと喜んだ自分が惨めだった。

 

 けれど、それでふたりの役に立てるのなら。

 ハコベ山の一件で、ナツはルーシィが居てよかった、助かったと言った。しかしやっぱりルーシィとしては、もっとしっかり役に立って恩返しがしたかったわけで。

 

 お友達でなくとも仲間にはなれたから。ほんのちょっぴり、いや実は割と結構寂しいけれど。

 

 

「ええ、メイドになるのは初めてですけれど、精一杯頑張らせていただきますね」

 

 

 それでも恐らく今回限りのこのチームで、できるかぎり貢献しようと笑った。

 

 

 

 

 

 

 ―――――シロツメの街は遠い。ゆえに、移動は半分以上が馬車となった。

 

 

「ナツさん、できる限りゆっくり呼吸なさってくださいましね」

 

 

 ルーシィは腕を組んでよりかかってくるナツを受け止めながら、背中をさすって声をかけた。

 

 ハコベ山への道中でこの『ハグ作戦』が有効であると立証されたことにより、今回もまたそれが採用されることとなった。

 ルーシィとていまだ恥ずかしさは消えないが、あまりにも苦しげなナツが少しでも楽になるのであれば断る理由はない。これもチームワークである。

 

 

「それにしましても、本一冊に対して20万Jというのは非常に含みがありそうなお仕事ですね」

「そーお?」

 

 

 出発して数十分。ぽつりと呟いたルーシィに、ハッピーは首を傾げた。

 

 

「ええ。例えば依頼主がその本を手にしたい、もしくは売却したい、というお考えでいるとするでしょう? 対して、その本が20万をこえる価値のある物だとしましたら、20万で手に入るのなら安いとなるでしょうけれど」

 

 

 そこまで言って、ルーシィはわずかに不安そうな顔をして話を続けた。

 

 

「一冊の本を持ち出すことに20万Jを支払う必要があるほどに危険なお仕事、という可能性もありますよね……」

 

 

 しかしそれは最悪の可能性。そもそも爵位を持つ人間の家から本を持ち出す、という時点で危険な雰囲気を持つ仕事である。やることが泥棒のそれではないか、とは思うが、何か思い違いをしているか重大な理由があるのかもしれない。

 それに20万以上の価値がある本は探せばいくらでもある。権力のある人間の家なら猶更だろう。

 

 

「あとは本そのものの価値は関係なく、その本を手に入れられるのならいくらでも出す、というお話かしら」

 

 

 なんにせよ、ナツはもう仕事を受けてしまったので今更どうすることもできない。とりあえずは現地で依頼人に確認するしかないな、と諦めたルーシィに、息も絶え絶えなナツが話しかけた。

 

 

「も、…問題、ねえ……よ…」

「ナツさん?」

「なんかあったら、助けるから」

「あい! オイラたちチームだからね」

 

 

 ―――――それは今乗り物酔いでダウンしている人間が言っても恰好が付かないようなセリフではあるが。

 それでもルーシィは、肩に入っていたちからが抜けた。そうだ、ナツさんやハッピーさんも一緒にいるのだから、と。

 

 

「ええ、信じます」

 

 

 けれどルーシィとて好き好んで足手まといになるつもりはないので、今回こそ活躍してみせると心の内で決意した。

 

 

 

 

 

 

「おふたりとも、どうぞお食事をしてきてください。わたくしはお腹がすいていませんので…宿泊先を確保しておきますね」

 

 

 ようやくたどり着いたシロツメの街で、ナツは開口一番腹が減ったと騒いだ。乗り物酔いで体力を使い果たしたのだ。

 ルーシィは不思議そうに「ご自分の炎を召し上がることはできないのですか?」と聞いてみたが、ナツには「お前は自分のプルーとか牛とか食べないだろ」というなんとなく納得できるようなできないような、と言った返しをされてしまったので、『ナツは自分の炎を食べない』とだけ認識してこの話を続けることはやめにした。

 

 そして、ナツの荷物も預かりふたりと別れてホテルを探したルーシィは、フロントで予約をする際に困ってしまったことがあった。

 

 

「お部屋はいくつになさいますか?」

 

 

 この街、そこそこ物価が高いのか部屋もいい値段がするのだ。…まだ収入がゼロのルーシィが借りるのには少し……いやお金が無いわけではないのだが、ここ数日の出費を考えると……

 

 それにナツたちの分まで高い部屋を勝手にとってしまうのはいかがなものだろうか。いやでもさすがに、また同じ部屋で寝るわけにはいかない。しかし何日かかるかも分からない仕事でとるホテルなのだ。もしかしたらもう一泊、もう一泊と増えるかもしれない。その出費を考えれば……しかし……

 

 

「……ふた部屋でお願いいたします」

 

 

 

 

 

 

「はじめまして。私が依頼主のカービィ・メロンです」

「うまそうな名前だな」

 

 

 依頼人のもとへ訪ねれば、そこにあったのは城のような豪邸。ルーシィは屋敷の外観をひととおり見て、手入れがしっかりとされた屋敷だという感想を抱いた。

 

 ―――――だからこそ不審に思う。

 

 目の前でほほえんだ依頼主とその妻。そのふたりの所作はあまりこの屋敷に似つかわしくなく、雰囲気もいたって平凡であったからだ。

 これは侮辱でもなく、ルーシィの審美眼が出した答えだった。もちろん、立派な屋敷を持っている大金持ちが全員それにふさわしく洗練された人間であるとは言わないが、それにしても。

 それに、ついさっきの事だ。ナツが屋敷の門をノックして名を名乗ろうとした際、カービィは鋭くナツを黙らせ、裏口から入ってくるように手引きした。……まるで魔導士であることを公にされることが困るというように。もしくは、魔導士が訊ねてきているということが周囲にバレてしまうのを防ぎたかったのだろうか。

 けれど、何故?

 

 

 おそらくここまで不審がってしまうのは、やはり依頼に納得がいかないからだろう。どうにもすべてを疑ってかかってしまうようで、ルーシィは一度意識を切り替えた。

 

 

「カービィさま、お仕事のお話をさせていただいてもよろしいでしょうか」

「ええ。私の依頼はひとつ。エバルー公爵の持つ本『日の出(デイ・ブレイク)』の破棄または焼失です」

 

 

 ―――――思わずルーシィが黙り込む。

 破棄または焼却。……その言葉には、なんとしても本を消し去りたいという強い意志が感じられるようだった。

 

 ナツは、盗ってくるんじゃねえのか、と訝しげな顔をした。さすがに何か不審なものを感じたのだろう。

 しかしカービィは変わらず穏やかな顔で「他人の所有物を無断で破棄するのですから、盗るのと変わらないですがね」とうなずいた。

 

 

日の出(デイ・ブレイク)、ですか……失礼ですが、聞き覚えのないお名前の本ですわ」

「ええ、あの本はこの世にひとつしかありませんから」

「まあ。著者はどなたで?」

「―――――それは現物を見れば自ずと分かるでしょう」

 

「……ええ、そうですわね」

 

 

 とりあえずルーシィは当たり障りのない探りを入れてみることにした。けれど、カービィははぐらかす。

 その姿にルーシィの不安が加速する。ルーシィもナツも少し険しい顔になった。ハッピーも眉を寄せている。

 魔導士たちの表情が明るくないことに気付いているカービィは、浮かべていた微笑み一転。不穏さを感じさせるような真剣な表情で言った。

 

 

 

 

「この依頼が成功した暁には報酬として200万Jをお支払いいたします」

 

 

「にっ、」

「なんじゃそりゃあ!?」

 

 

 

 ―――――全員の顔が驚愕に染まる。思わず叫んだナツに、カービィは値上がったことを知らずにおいででしたかと微笑んだ。

 

 ルーシィは冷や汗が流れた。200万Jなんて、何故。いや、確かにそれだけの価値がある本はたくさんある。世界に一冊だというのならプレミアもつくだろう。―――――それにしても、カービィのどこか冷たいまでの固い雰囲気が、ルーシィに納得をさせてくれなかった。

 吊り上げられた金額はまるで『なりふり構っていられない』というかのような性急さが示すのは、一体何だというのだろうか。

 

 

「………一体、その本に何があるというのですか」

「―――――私はあの本を消し去りたい。あの本の存在が許せないのです」

 

 

 返ってきた答え。その声は深い海底のように凪いでいるようで、……捨て去れない重い気持ちに捕らわれているようで。ルーシィはそれ以上、聞くことができなかった。

 

 

 

 

 

 

「じゃ、作戦通りルーシィがメイドとして忍び込むということで」

「はい、頑張りますね」

 

 

 エバルー公爵の屋敷から少し離れた木陰で、ルーシィたちは最後の作戦会議をする。と言っても内容はおおざっぱで、まずルーシィがメイドとして忍び込み、本を見つけて脱出する。何かあれば大声を出して、そうすればナツが殴り込みに入って救出する。

 …正直ルーシィはその作戦はどうなのだろうか、と思ってしまったが、まあ自分がへまをしなければいいのだから、ナツの殴り込み以外は作戦としておかしくはないだろうと思い直した。

 

 それに、ナツは助けると言った。その言葉に不安はいくばくか溶けて消えてくれるから、あまり緊張しすぎないで仕事にあたれる。これならミスもなくこなせるかもしれない。

 

 

 ルーシィはギルドマークを隠すように白い手袋をはめ、屋敷の門をノックした。

 

 

「ごめんください、このお屋敷で金髪(ブロンドヘア)の使用人を募集しているとお聞きしたのですが、どなたかいらっしゃいませんか」

 

 

 あくまで好印象を抱いてもらえるように、ルーシィはできるだけ穏やかな声で呼びかけた。

 

 

 ―――――それは反射だった。

 ルーシィは不意に足元から魔力を感じ取り、咄嗟にその場から数歩後ずさった。―――――同時にルーシィが立っていたあたりの地面が盛り上がる。

 

 

 

 そして弾けるように何かが飛び出した。

 

 

 

「メイド志願?」

 

 

 

 ―――――例えるのなら、それは巨木。

 

 現れたのは体積がルーシィの4倍はあるであろう女性だった。思わずナツを呼びそうになったルーシィは唇を噛んで堪える。いやこれは逃げそうにもなるだろう。下から巨女。怖すぎる。しかもそれ以上に―――――

 

 

( お、お、お洋服のサイズが合っていないのではないでしょうかっ )

 

 

 さらされた胸元。短すぎるスカートからはかわいらしい下着が丸見えだった。なんと破廉恥なことか! まさかエバルー公爵の趣味か。ならば自分もこんな格好をしなくてはいけないのではないか、とルーシィは震えた。

 

 

「ご主人様! 募集広告を見てきた娘だそうですが」

 

 

 巨女は固まっているルーシィを意に介さず、飛び出してきた穴の中に叫びかける―――――返事はすぐにあった。

 

 

 

 

「ボヨヨヨヨ~ン!! 吾輩を呼んだかね」

 

 

 

 

 巨女の通ってきた穴から、同じように飛び出してきたのは一方的に知った顔。

 それは依頼書に載っていた顔写真と同じ顔。―――――間違いない。エバルー公爵本人である。

 

 

「あ、あの、広告を見て志願させていただきました! お雇い頂けますでしょうか」

 

 

 ここで気に入られなくてはと、ルーシィは精一杯の笑顔を浮かべてエバルーに媚を売った。その微笑みは控えめながらも愛嬌があり、十分かわいらしいものであったが―――――

 

 

 

「いらん、帰れブス」

 

 

 

 

 

 

 ルーシィの敗因はただひとつ。エバルーの美的感覚が少し特殊であることだった。

 

 

 

 

 

 

 ナツとハッピーは暗い影を背負い凹むルーシィになんと声をかけたものかと顔を見合わせた。エバルーの件については全くの予想外すぎて、さすがにナツたちも木陰に隠れながらリアクションに困ったものだ。

 

 

「わたくしは……ひとの、容姿のお好みを、かくあるべきと定めるつもりは、ありませんのですけれど」

「お、おう」

「公爵がご自分から見て魅力的な女性だけを、お雇いされていらっしゃるというのも、それは公爵の自由なのですから、何の問題も無いのですけれど……」

「あ、あい」

 

 

「それでも―――――それでも、初対面の女性に向かって『ブス』などと容姿を貶す暴言を吐くだなんて………!!」

 

 

 

 ルーシィの心の傷は深かった。

 なにせルーシィは今まで自分の容姿を貶すような人間に特別会ったことが無い。そもそも活動範囲も人間関係も狭かった。

 

 

 そして何より、ルーシィの周りにいた人たちはくちぐちにルーシィにこう言っていたのだ―――――母によく似ていると。

 

 

 ルーシィにとって母は憧れだ。美しく、凛とした、完璧な淑女だった。そんな母と似ていると言われるのは誇り高く、ルーシィにとって自慢できることであった。

 しかし、ブスである。面と向かってブスである。もしかして、周囲は気を使ってそう言ってくれていただけで、実は自分はひとさまに見せられる容姿ではないのではないだろうか―――――思わず考えてしまったネガティブな思考が、ルーシィの頭の中にこびりついて離れなくなってしまった。

 

 初体験の傷は深い。ルーシィとて乙女である。容姿を貶されてなぜショックを受けないわけがあろうか。それでも泣かなかったのはせめてものプライドだった。

 

 

「ま、まーこんなこともあるだろ」

「潜入すらできないだなんて……」

「だいじょーぶだよルーシィ、作戦はまだあるから」

「おお、次の作戦は『作戦T』だ!」

 

 

 Tとは突撃(TOTUGEKI)のTである。聞かされた当初は決行するとも思っていなかった作戦ですらないそれ。

 ああ、また足手まといになってしまったとルーシィは落ち込んでしまう。

 

 

「ええ―――――悲しい思いはしてしまいましたが、お仕事はお仕事ですものね」

 

 

 こうなったら意地でも本を見つけ出さなくては、と、ルーシィはもう一度意識を切り替えた。

 

 

 







 父の笑った顔とは、どんなものだっただろうか。


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