きらきらぼし   作:雄良 景

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 少女は鍵を開いた。―――――それは長年見つけられることの無かった、真実の鍵。






閉ざされた扉を開ける鍵

 

 

 

「なあ、こんなにコソコソしなきゃダメなのかよ」

「ええ、もちろんです」

 

 

 一行は作戦を変更し、再び仕事に入った。新しい作戦はT。しかし正しくは、その作戦にさらなる改良を加えたものだ。

 

 

「作戦Tは本来、正面突破の大暴れ、というものでしたでしょう」

「おう。邪魔する奴を全部ぶっ飛ばして燃やす」

「…これは確かにギルドを通した正式な依頼ではありますが、かなりグレーゾーンでしょう。なにせ本質が泥棒なのですもの」

 

 

 例えば相手が盗賊など分かりやすい悪党ならまだしも、今回の相手は街の有力者であり爵位を持つ権力者なのだ。だというのに派手にやってしまえば、悪党がどちらになるのかなど分かり切ったこと。

 

 

「失敗してしまえば、軍はもちろん評議会も動かれるでしょう。今までとは訳が違ってきてしまいますから、…ギルドに重いペナルティが科せられてしまう可能性もありますわ」

 

 

 いまだに納得のいかない依頼内容。しかし、少しばかり私怨が入っているかもしれないが、あのエバルーの性格からしてなにか邪まな裏事情を持っていそうでもある。

 最悪ナツが暴れすぎたとしても、エバルーの悪行を見つけることができれば…お咎めが少なく済むかもしれない。

 

 ルーシィはひっそりと、本を探すついでにエバルーの粗探しもしようと考えた。

 

 

「さ、おふたりとも! ここから先は忍者さんのように静かに行動しましょうね」

「に、忍者かあ……」

 

 

 真剣な表情のルーシィの例えに、ナツは思わず声が跳ねる。忍者……男の子が思わず心躍ってしまうフレーズだ。

 「よーし、にんにん…」とマフラーを顔に巻き始めたナツに、よく分からないけれど納得してくれたようだとルーシィは流すことにした。

 

 

 

 

 

 

 屋上から室内に入り込むのに、ナツはさっそく大活躍だった。窓ガラスに高温にした手のひらを当てることでガラスを溶かし、空いた穴から鍵を開けて無音で室内に入る、という芸当をしてのけたのだ。

 

 

「すごいですわナツさん!」

「おう、よゆーでござるぜ」

「ん、しょっと……ここは物置、かしら?」

 

 

 ナツは忍者設定がすっかり気に入ったのかどこかズレた言葉で胸を張っていたが、ルーシィは全く気にしないことにした。ナツと出会って数日。ルーシィのスルースキルがどんどん育っていくのが見て取れるだろう。人間は順応するものなのだ。

 

 忍び込んだ部屋は少し埃っぽく、広さはあるがどこか乱雑としていた。

 

 

「……物の扱いが、少しばかり粗雑でいらっしゃるのではないかしら」

 

 

 ルーシィの眉がわずかに不快を表す。部屋には様々な物があったが、捨てられるように置かれた絵画や平積みされた数冊の本(確認したが日の出(デイ・ブレイク)はなかった)には埃が積もり、哀愁を漂わせていた。

 集めるだけ集め、しかしこの管理。芸術を解さない冒涜者の振る舞いに、ルーシィの不快指数が上がる。

 

 

「ルーシィ見て見て、面白いの見つけたよ」

「…まあ、ハッピーさんたらお洒落さんになられましたの?」

 

 

 そんな不穏さをにじませたルーシィに、ハッピーが陽気に話しかける。その頭には石でできた頭蓋骨がかぶさっていた。

 何とも気の抜けるような光景に、思わずルーシィの頬も緩む。

 ハッピーはくふふ、と笑った。

 

 

「では、お屋敷内を探しましょう」

「なあ、部屋ん中全部見て回るのか? 何部屋あんだこの家」

 

 

 よし、とこぶしを握ったルーシィに、ナツが少しげっそりした顔で聞く。忍者ごっこは楽しいが、広い屋敷内をこそこそ探し回るのは正直面倒くさい。

 しかし、まあ、ルーシィの言っていた『ギルドに大きなペナルティが~』という話は流石にナツも避けたいので、静かにするしかないのだが。

 

 物置部屋から出て、廊下を足音を消しながら歩くルーシィたちは、静かな声で会話を続ける。

 

 

「とりあえず、いくつかの目星は付けていますの。まず探すのは公爵の書斎ですわ。お屋敷の構造パターンからして、場所はおおよそ分かりますので…」

「まじか! スゲーなルーシィ」

 

 

 周囲を窺いながら話すルーシィに、ナツは素直に感心した。頭の良い奴の考え方だと。

 

 

「書斎になかったらどこにあるの?」

「エバルー公爵の性格にもよると思われますが、書斎の近く…ともすれば隣接した部屋に図書室がある可能性がございます。知識教養は社交界の必須項目ですので、そういった場に出る機会のある方は、文学を特別好まない方でも書斎にはたくさんの本をお持ちなのです。逆に好まれる方はご自宅に図書室をお持ちの場合が多くいらっしゃいますわ」

 

 

 本を大切にする方は、日光や室温、湿度をしっかり調節して管理されますから。と答えたルーシィに、ナツとハッピーは分からない世界だととりあえず理解を捨てた。そして、そんなことまで知っているルーシィの知識が凄いなあという感想だけ残す。

 

 

「もしそのどちらにも無いとなると…いっそ隠し部屋の存在か、地下が怪しいかと―――――まって、下がってください!!」

 

 

 

 

 ―――――地面が揺れる

 

 

 

 

 ルーシィは咄嗟に大きな声を上げ、その声以上に大きくその場から距離をとった。同時にナツとハッピーも飛び下がる。

 

 

 

「 侵入者発見 !!!! 」

 

 

 

 果たして現れたのは、この屋敷のメイド軍団であった。

 

 

 

 

 

 

「はあ…驚きましたわ……」

「あの地面から出てくるやつって魔法かな」

 

 

 

 メイド軍団はナツの一撃によって、一瞬にして戦闘不能へ陥った。相手が女性でも一切躊躇わないところがナツである。

 しかし見つかってしまった上に騒いでしまったのは事実。これ以上敵に襲われることを恐れたルーシィは、ナツの手を取って近くまで来ていた書斎へ駆け込んだ。

 

 たどり着いた書斎にはルーシィの読み通りたくさんの本が所狭しと並べられており、エバルーが想像以上の読書家であったことが窺い知れる。…しかし、あの物置小屋に打ち捨てられた本を思い出す限り、いい持ち主とは言えないだろう。

 

 呼吸を整えたルーシィは部屋中の本に驚いているナツたちへ声をかけた。

 

 

「手分けしてタイトルを確認しましょう。あまり長居はできませんから…え、ナツさん!?」

「なあルーシィ見て見ろよこの本! 金ぴかだぜ金ぴか―――――って、おお?」

 

 

 しかしナツとハッピーは、なんと大はしゃぎであっちこっちの本を引きずり出しては地面に放るという罰当たりなことをしていた。これには巨女が地面から出てきた時以上に驚愕した顔のルーシィが、思わず大きな声で咎めようとして―――――ナツが出した一冊の本に、全員が目を見開いた。

 

 

 

 

 

「デ―――――日の出(デイ・ブレイク)!!!」

 

 

 

 

 

 それは間違いなく、探していた本そのものだった。

 

 

 

 

 

 

「こんなにあっさりと見つかるだなんて…」

「ルーシィの推理のおかげだね」

「おー、流石ルーシィ」

「そ、そうでしょうか…」

 

 

 びっくりした顔のままナツに駆け寄ったルーシィは、ナツから日の出(デイ・ブレイク)を受け取りまじまじと眺め呆然と呟いた。もっと果てしない道になると思っていたのに…ナツの運勢はどうなっているのだろう。

 しかし呆けた顔は、すぐにナツとハッピーから贈られた賞賛に赤ら顔になって俯いてしまう。ようやく役に立てたという喜びがそこにあった。そして照れを隠すように本の表紙をまじましと見て―――――ルーシィはとてつもないことに気が付いた。

 

 

「こ、これ…!」

「うお、どーしたルーシィ」

「これ、ケム・ザレオン氏の著書ですわ!」

「ケ、ケム…?」

「魔導士でありながら著名な小説家でもあった方です! わたくし、彼の大ファンで…! ケム・ザレオン氏は既にお亡くなりになっているのですけれど、いまだ人気の衰えぬ文豪なのです! …そんな、ケム・ザレオン氏の作品で、しかも世界にたったひとつの非売品だというお話でしたから…この本の価値は200万Jでは収まりませんわ。それをどうしてカービィさまは破棄したいだなんて……」

 

 

 この本の価値を知らない、というわけではないだろう。ならばなぜ、大金を払ってまでこんな貴重な本を消し去りたいというのか。

 ケム・ザレオンが嫌い? しかしそれならばなぜこの本だけピンポイントに?

 

 興奮で瞳を輝かせていたルーシィは、しかしどうしても拭いきれない不信感に眉をひそめる。この依頼、やっぱり何か含みがありそうだ、と。

 しかしナツは意に介さず、ルーシィへ手を伸ばした。

 

 

「理由なんてなんでもいいだろ。仕事なんだから燃やすぞ」

「―――――ええ、そうですわね」

 

 

 ルーシィは実はかなりの読書家である。ゆえに未発表のこの本の中身はものすごく気になるのだが、仕事は仕事。泣く泣くナツに本を手渡そうとして―――――

 

 

 

「……お待ちください」

「おいルーシィ、仕事だぞ。いくら読みたくても…」

「ええ、存じております。そうではなく―――――この本、魔力を帯びていらっしゃるわ」

 

 

 

 ピクリ。ナツの手が跳ねる。魔力を帯びている―――――それは、本が魔導書の可能性があるか、本自体に魔法がかかっている可能性があるということだ。ナツは普段の態度だけ見れば頭の悪そうな脳筋キャラに見えるかもしれないが、その実仕事や戦闘の事には天才的なひらめきや発想を持つ歴戦の魔導士だ。ゆえに『本が魔力を持つ』ということの危険性を知っていた。

 

 

「…なんか仕掛けがあんのか?」

「分かりませんわ。けれど、一度調べてみた方がいいでしょう。迂闊に害を与えてしまえば呪われてしまう可能性もありますし、そうでなくとも保護系の魔法がかかっているとすれば、この本を破棄するには解呪しなくてはいけませんから…」

 

 

 

 

「なるほどなるほど、ボヨヨヨヨ………」

 

 

 

 

 ならば一度外に脱出し、安全な場所で調べてみよう―――――と話を進めようとしたところで、

 

 

 

 

「貴様らの狙いは『日の出(デイ・ブレイク)』だったのか。ボヨヨヨヨ~ン…泳がせておいて正解だった!!」

 

 

 

 

まるでタイミングを見計らったように、またもや床を突き破ってエバルーが現れた。

 

 

 

 

「―――――どうやらわたくしたちの行動は筒抜けでしたようですわね」

「なあルーシィ。こーなったら忍者なんて言ってらんないよな?」

「…ええ、そうですね。手段は後で考えましょう。とりあえずは…現状打破ということで」

「んじゃあ、あのボヨボヨ野郎を撃破ってわけで」

 

「ええ~…この屋敷の床ってどうなってんだろ…」

 

 

 ピリリとした緊張感が場に走る。ナツとルーシィは鋭くエバルーを睨み付けた。…ハッピーだけは床を触りながら青い体を更に青ざめていたが。

 しかし確かに、先ほどから床からばかり登場する男だ。それがポリシーなのか、この屋敷のルールなのか。まあ、それはどうでもいい。このことについて強いて言うのなら屋敷を穴だらけにする移動法は馬鹿では? ということしかない。

 

 

「フン、前の魔導士といいなにを躍起になって探しているかと思えば―――――そんなくだらない本か」

 

 

 ―――――くだらない?

 

 それはルーシィにとって聞き捨てならない言葉だった。ルーシィは本の内容を知らないが、この本の著者は文豪ケム・ザレオンだ。彼の作品はすべて読み込んだルーシィにとって、ケム・ザレオンの物語を『くだらない』と評するエバルーの神経が分からない。

 

 しかし、今はそれに噛みついている場合ではない。

 

 

「あら、でしたらこの本、お譲りいただけませんかしら」

「いやだね。どんなにくだらなくても吾輩の本だ。何故吾輩が己が財を他人に施してやらねばならん?」

「つれないお人だわ」

「うるさいブス」

 

 

 ピクリ、ルーシィのこめかみが震える。またブス。またブスである。乙女に向かって二度もブスである。

 ショックだ。悲しい。それと同じくらい、悔しくて腹が立つというものだ。

 

 ルーシィの表情が一層剣呑となる。しかしその顔は険しいというより鋭くしかし凛とした、エバルーにはない上品さがあった。

 ―――――その姿に、今度はエバルーがこめかみを震わせる。

 

 

 あの目。ああ、あの目が気に入らない。高貴なるこのエバルー公爵をまるで見下したかのようなあの目が気に入らない!

 

 

 

 

 

「ああ―――――気にくわん!! 来い『パニッシュブラザーズ』!!!!」

 

 

 

 

 

 エバルーが吠える。唾液を泡立たせて吠えるその姿には上品さは欠片もなく、ただ疎ましい殺意があった。

 

 エバルーの声に呼応するように、隅から隅まで本の敷詰まった本棚が重たい音を上げながら動き出し―――――飢えた狼が顔を出す。

 

 

 

「―――――やっと仕事(ビジネス)時間(タイム)か」

「仕事もしねえで金だけもらってちゃあ、ママに叱られちまうところだったぜ」

 

 

 

 

 

 

 そのふたりは独特な相貌だった。坊主頭に長い三つ編みを持った、中華服のようなものを纏う男。そしてその男より頭ふたつほど大きい、カジュアルな格好をした大男。

 

 

「傭兵ギルドの南の狼だ!」

 

 

 ハッピーがギルドマークを見て叫んだ。―――――ナツはようやく納得した。ああ、どおりでこの屋敷は血なまぐさい(・・・・・・・・・・・・・・・)と。

 

 

「ボヨヨヨヨ! 南の狼は常に空腹だ…覚悟すると良い。さあバニッシュブラザーズ、あの娘の持つ本を奪い返し、こいつらを殺してしまえ!!!」

 

 

 指令(オーダー)はシンプル。ゆえにバニッシュブラザーズは瞬時にルーシィに向かって駆け出し―――――すぐさま後ろに跳んだ。

 

 

 

 

「ほう、なかなかのスピードだ」

 

 

 

 

 ―――――いつの間にか、ルーシィとバニッシュブラザーズの間にはナツが居た。

 

 大して緊張した様子もないその立ち姿。しかしそこに隙はなく、バニッシュブラザーズはすぐさま目の前の男を素通りして娘を処分することは不可能であると悟った。

 

 

「ルーシィ、本は任せていいか」

「―――――ええ、どうぞ信じてください」

 

 

「おお、信じてる」

 

 

 その言葉を合図に、ルーシィは扉に向かって駆け出した。

 

 

「この本の仕掛けはすぐに解明いたします。ご武運を!!」

 

 

 

 ナツは応えず、ただじっと襲い掛かるふたりの敵を見据えていた。

 

 

 

 

 

 

 屋敷中を駆け回り地下の下水道に潜り込んだルーシィは、持参した荷物の中から『風読みの眼鏡』を取り出し日の出(デイ・ブレイク)を真剣に読み込んだ。

 

 魔力は感じられるが表紙には何もない。裏表紙もだ。そして中身はただの冒険記に見える。ならば魔導書ではない。つまり、この本を読まなくては魔力の根源が分からない。

 

 だからルーシィは現状最高のパフォーマンスができるように『本を数倍以上のスピードで読むことができる』魔法アイテムを引っ張り出して、その謎の解明にあたろうとした。

 

 

 

 ………かかった時間はどれほどだろうか。最後のページの余白すら読み終わったルーシィは、震える息を吐きながら本を閉じた。

 

 

 

 ―――――この本は、燃やせない。

 燃やせるわけがなかった。けして燃やしてはいけないものだった。ルーシィが見つけてしまったそれは、

 

 

「こんな宝物を、消し去ることなんてできないわ」

 

 

 あまりに尊いものだった。

 だから渡さなくてはいけない。誰よりもこの本を受け取り、そして読むべきである人物へ。―――――カービィ・メロンへ。

 

 

 

「見つけたぞ小娘ぇ!!」

「―――――きゃあっ!?」

 

 

 

 さっそくナツのもとへ向かおうと立ち上がったルーシィは、―――――その瞬間背にしていた壁から飛びだしてきた二対の腕に、その細くか弱い手首を握りこまれてしまった。

 

 

 

「貴様今『宝』と言ったな? やはりそれは財宝のありかを示していたのか!? 言え!!!!」

 

 

 

 

 

 

 たとえ誰が何と言おうと、これは私の罪だろう。

 

 

 

 

 

 

 ―――――掴み上げられた手首がひねられ、ルーシィの腕が悲鳴を上げる。ぎしぎしと鳴る音は骨にかかる負担を表している。

 あまりの痛みに額から汗の滲むルーシィは、

 

 

 

 

 

 

 我が家族よ

 

 

 

 

 

 

 しかしどれだけ痛みに襲われようと、鋭い視線で壁から顔を出すエバルーを睨み付けた。

 

 財宝のありか? ああ、確かにそれは心躍る秘密だろう。そうであればルーシィも創作のようなロマンに心躍らせただろう。しかし、今この時に限り―――――ルーシィはそれを詰まらない邪推だと罵った。

 

 

 

 

 

 

 ―――――愛している

 

 

 

 

 

 

「黙りなさい」

「―――――なに?」

 

 

 スウ、とエバルーの目が細められる。

 

 エバルーはえらい。エバルーは立派だ。それはエバルーにとって当たり前のことだ。ゆえに平凡な万民は自分を敬うべきだ。それはエバルーにとって当然のことだ。

 

 それなのに、この小娘は、いったい誰に物を言っている。

 

 

 

 

「あなたのようなものの美しさを知らない―――――芸術(さくひん)の尊さを解さない文学の敵に、お教えするほど安い宝物ではございませんの!」

 

 

「―――――きさまああああああっ!!!」

 

 

 

 

 エバルーが怒鳴る。高貴なるエバルー公爵を愚弄した身の程知らずの小娘に怒鳴る。捻り上げた腕をさらに捻られ、ルーシィの喉からは苦しげなうめき声がこぼれた。

 

 

 

「無礼者が!! きさまは吾輩の命に従っておればよいのだ!! さあ言え!! 宝とは何だ!! それはどこにある!! その本は吾輩がケム・ザレオンに書かせた吾輩の本だ!!

 

 

 ならば隠された宝も吾輩のものなのじゃああああっ!!!!! 」

 

 

 聞くに恥ずかしい喚き声をあげてエバルーは腕にさらにちからを込めた。ああこの小娘には、一度理解させてやらねばならんと。自分がどれだけちっぽけで、吾輩がどれだけ偉大であるのかをと!!

 

 

 まずはそう、この両腕をへし折って―――――

 

 

 

 

 ベギッ!!

 

 

 

 

 地下に、固いものがへし折れた音が響いた。

 

 

 

 

 

 

 関節が本来曲がらないはずの方向にひしゃげた腕。―――――その腕をへし折ったのは、青い体毛に覆われた両足。

 

 

 

「―――――ハッピーさん!!」

 

 

 

 ハッピーがエバルーの左腕をへし折ったのだ。

 

 

 ルーシィは瞬時に、痛みに悶えるエバルーから逃げ出し距離をとった。―――――そして、その手に金の鍵を握る。

 

 

「ハッピーさん、どうもあり―――――あ、あら…」

 

 

 そして救い出してくれた仲間(ヒーロー)に礼を言おうと顔を上げた瞬間、……ハっピーが下水に落ちる瞬間を見てしまった。

 

 

「あ、あのハッピーさん…」

びぶ(みず)びぼびいびべぶ(きもちいいです)

「あの、下水ですので早く上がりませんとお水を飲んでお腹を壊してしまわれますよ」

 

 

 何とも緊張感の続かない連中である。

 しかしルーシィはすぐに鍵の先をエバルーにむけ警戒態勢をとり、威嚇した。

 

 

「形勢逆転ですわねミスター。ここは紳士として神妙になされることをお勧めいたしますけれど」

「ほう? 星霊魔導士か…ボヨヨヨ! だが風読みの眼鏡を持つほどの文学少女のくせに言葉の使い方を間違えておるぞ」

 

 

 形勢逆転とはすなわち勢力の優劣状態が逆になることを指す。そしてエバルーは土潜(ダイバー)という地面にもぐることができる魔法を使う魔導士だった。

 油断して腕を折られたが、たかが猫一匹増えたくらいで自分が劣勢になるはずがないという圧倒的自身がエバルーにはあった。

 

 

「ボヨヨヨヨン!!」

 

 

 独特な笑い終えを上げ、エバルーが潜る。―――――しかしルーシィの表情に焦りはなかった。

 足元から勢いよく出てきたエバルーをバックステップで避けたルーシィはくちを開く。

 

 

 

「この本を読んだとき、愕然としましたわ―――――内容は文豪ケム・ザレオンとは思えないような、拙すぎる冒険小説!」

 

 

 

 エバルーは潜り飛び出し潜り飛び出しを繰り返し、ルーシィを追いかける。しかしルーシィは素早く、そして軽い足取りでそれを避け続けた。

 

 

 

「そ~っだ!! この素晴らしい吾輩を主人公にしておいて、あの男は最低な駄作を作りおった! けしからん!!」

 

 

 

 ガシャン、と勢いよくルーシィの背が鉄製の柵にぶつかる。―――――それと同時に、その柵に手を尽き、ルーシィは勢いよく跳びあがることで宙に身を浮かせた。

 

 

「脅迫し強制的に筆を執らせた分際で、何を偉そうに!!」

 

 

 瞬間、奥の壁から飛び出したエバルーが体当たりをし、柵は大破。間一髪でルーシィは攻撃を回避した。

 

 

 

 ハッピーは身をすくませる。―――――ルーシィが怒ってる。

 ハコベ山でマカオを怒鳴りつけた時のとは違う。豪としたちから強さを感じさせるルーシィの『怒り』が、ハッピーの毛を逆立たせた。

 

 

 

「はぁ~~ん? 何を言うか。吾輩はものすごぉく偉いんじゃぞ! 非があるのはその吾輩を主人公に据えた物語を書かせてやる名誉を与えてやったというのに、書かぬと(のたま)ったあの男であろう!!!」

 

 

 

 それはあまりに身勝手な言い分だった。偉い? 名誉? 世迷いごとを。この男は文豪に選ばれなかったのだ。自身の作品に出したいと、欠片も思われなかったのだ。

 なぜか? そんなもの、誰だって分かるだろうとも。

 

 

 

 

「ボヨヨヨヨン!! だから言ってやったのだ、書かねば貴様の親族全員の市民権を剥奪するとなァ!!!」

 

 

 

 

 エバルーが再び地に潜る。その捨て台詞に、ハッピーは愕然とした。

 

 

「市民権剥奪って…そんなことされたら生きていけないよ! こいつにそんな権限あるの!?」

「この土地にはまだ地主が絶対権力を振るう封建主義が残っているのでしょう」

 

 

 返したルーシィの声は冷静であったが、―――――その内心は煮えたぎる怒りがあった。

 

 市民権を剥奪されるということは、身分が証明できないということ。つまり、商人ギルドや職人ギルドに加入できないということだ。

 生きていく道が無いわけではないが…そもそも地主が好き勝手出来るこの土地で市民権を剥奪されたということは、地主に逆らった結果であるということだと、おそらく街中の人間に認知されるだろう。

 そうなれば、ほとんどの人間は『巻き込まれたくない』と関わりを絶つことが想像できる。

 

 

 少なくとも街中では生きていけず、違う街に出ようとも、市民登録をする際に前の街で市民権を剥奪されたことはバレてしまう。そうなれば事情を知らない周囲からは『関わらない方がいい相手』だと思われてしまうということも想像がつく。

 

 

 

「っしま、」

「結局やつは書いた!!」

 

 

 

 ルーシィは思考により鈍った動きによる一瞬の逃げ遅れで、地面から飛び出した腕に足を掴まれ尻もちをついてしまう。

 

 

「しかし断ったことは事実!! 腹が立ったから独房で書かせてやったよ! ボヨヨヨヨ、ふんぞり返っていたやつの自尊心をへし折ってやった!!」

「―――――外道!!」

 

 

 ルーシィがエバルーへの一切の尊意を捨て、自分の足を掴む手を何度も蹴りつけた。

 こんな暴力を振るったのは産まれて初めてだ。―――――しかし、ルーシィは何度も何度も蹴りつけた。

 

 たまらずエバルーが手を離せば、ルーシィは再び距離をとる。そして、エバルーもまた地上に立った。

 

 

「独房での3年間、彼は冷たい石の檻でひたすらに自分の誇りと戦っていらっしゃった」

「何を……きさま、何を知っている!?」

 

 

 まるで本人に聞いた(・・・・・・)かのような話しぶりだ。何故この娘が独房にいた期間を知っている? それほど詳しく知っている?

 

 ―――――まさか。

 

 

 

「家族を守らなくてはいけないお気持ちと、あなたのような外道を主人公にした本を書くという屈辱!! 溢れる激情を必死に飲み下し筆を執った彼の苦悩!!」

「まさか、その本に隠されていた『宝』とは吾輩への恨みつらみか!? ―――――いやまさか、吾輩の事業の裏側を―――――!?」

 

 

 

 サッとエバルーの顔色が変わる。もしそうだというのなら、許しがたい!! なんとしてでもその本を取り返さなくてはいけない。

 

 目に狂気を宿したエバルーに―――――しかしルーシィはひるまなかった。

 

 

「貧困な発想ですねミスター。本当に文学を嗜んでいらっしゃいますの? ああ、お返事は結構。あなたの教養に興味はありませんので」

「小娘!! このブス!! その本を返せ!!!!」

 

「返せ? 御冗談を。この本はもとより、あなたのための物語ではありません。―――――帰る場所は、あなたではない」

 

 

 冷徹なまでに毅然としたルーシィの声。ハッピーはいつの間にか、ルーシィの話に引き込まれて聞き入っていた。

 死した文豪の悲願。まるでドラマのように目の前で暴かれていく真実。舞台上に立つのはルーシィとエバルーのみ。しかし誰もがこう言うだろう。―――――スポットライトは彼女を照らすと。

 

 

 

 

「あなたにこの本の真実を知る必要はありません。そのような権利はありません。あなたに与えられるのはただひとつ。―――――あなたの罪を裁く、罰だけですわ」

 

 

 

 

 冷たいまなざしの奥。そこには滾る激情があった。

 

 

 







 真実が示したのは後悔。謝意。そして溢れるほどの愛。



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