きらきらぼし   作:雄良 景

19 / 28



 少女は本に星を見た。






勧善懲悪、因果応報

 

 

 

「開け、巨蟹宮(きょかいきゅう)の扉」

 

 

 すう、とルーシィの腕が滑る。握られた金の鍵が光り輝き、扉を開く。

 エバルーはその光を見てようやくハッと正気を取り戻した。

 

 

 ―――――気圧されていた。この自分が。こんなブスの小娘に!!

 

 

 それは屈辱だった。そして憤怒となった。つまりは殺意の種だった。

 エバルーはルーシィを阻止しようと魔法を使おうとしたが、感情により初手が遅れた彼は間に合わない。

 

 

 

「―――――キャンサー!!」

 

 

 

 ルーシィの視線は一度もエバルーから外されることはなかった。目の前の畜生に劣る外道をけして許すなという本能のまま、ゾッとするほどの威圧感を持って対峙していた。

 

 すべきことはエバルーの撃破。そしてルーシィの戦闘手段は主に星霊だより。ならばルーシィが星霊を召喚することは何らおかしなことではない。

 

 しかし、握った鍵は金牛宮ではなかった。なにせここは下水道。体格の大きいタウロスが戦うには、相手に分がありすぎる。そしてせっかくの水場だが下水なんぞでアクエリアスを呼べば殺されるのはルーシィだ。なにより、今日は火曜日。タウロスもアクエリアスも呼べない日だ。

 

 

 けれど呼べる星霊は居る。今日は、戦闘ができて、小回りが利いて、スピードがある、現状に最適の星霊が呼べる日だった。

 

 

「っ金の鍵だと!!?」

「カニきたーーーっ!!」

 

 

 エバルーは沸騰したかのような顔で怒る。―――――金の鍵。それは入手が非常に困難な、特別な星霊を呼ぶ鍵だ。選ばれた者のみが使える鍵だ(・・・・・・・・・・・・・)!! それを、こんな小娘が!!!

 

 今やエバルーはルーシィの全てが憎くて仕方がなかった。

 

 

「あっ! オイラ分かるよ、絶対語尾は「カニ」でしょ!? でしょ!? だってカニだもんお約束って言うんでしょ!!」

「まあ、ハッピーさんったら…」

「ルーシィ、今日はヘアセットじゃないエ 「 はい? 」  ―――――ない、 カニ ?」

 

「ほらーーーっ!!」

 

 

 ハッピーのはしゃぐ声が響く。

 

 鍵が光り現れたのは、成人男性ほどの体格を持った星霊だった。

カニを思わせる独特な髪型に、ストライプのシャツ、レザー調のパンツ。そして両手には2本のハサミと、背中から生えた3対のカニの足。

 

 独創的なそのスタイルにハッピーの目が輝く。そんなハッピーの姿にルーシィの心は癒された。小動物のはしゃぐ姿はこんな緊迫した状況でも癒しになるのだ。

 騒ぐハッピーと微笑むルーシィ。……ただ一人、ルーシィからの圧力を受けたキャンサーだけは若干顔色が悪かった。

 

 ……キャンサーの語尾は「エビ」である。しかし契約者(オーナー)の「ハッピーの夢を守りたい」という意思のもと、星霊歴×××年のキャンサーはこの年でキャラ変を強いられた。

 

 

「キャンサー。今日のお願いは戦闘よ。―――――そちらのミスターをおもてなしさしあげて」

「OKエ、…カニ」

 

 

 まあ元来人の良いキャンサーも、あんなに期待した顔で見てくる小動物の期待には応えたくなってしまうので、ルーシィの意思がなくともいずれはそうなっていただろうが。

 

 

 

 静かにハサミを構えたキャンサーの姿勢には一切の隙が無い。武器(えもの)はどこか抜けているが、しかし彼は星霊である。

 

 

「………」

 

 

 無言。しかしその顔は、戦場を駆ける戦士のものだった。

 

 

 

 

 

 

 エバルーは、我慢がならなかった。

 

 

 

 

「の、お………」

 

 

 

 何だその親しそうな雰囲気は。なんでその小娘が金の鍵を扱っているのだ。なぜ星霊は反発しない? なぜ、なぜ、なぜ―――――

 

 

 エバルーは偉かった。エバルーは恵まれていた。この街では今まで誰もがエバルーの思い通りに(こうべ)を垂れてきた。

 

 ケム・ザレオンもそうだった。生意気にもエバルーが与えた名誉に唾を吐いた愚か者に、それでもエバルーは寛大に猶予を与えてやったのだ。結果としてケム・ザレオンは書いた。罰として閉じ込めた独房で、エバルーの偉大さと自信の愚かさを噛みしめて筆を執った。当然のことだ。すべてがエバルーにとって当然のことだ!

 

 ただひとつ予想外だったのが、世に名だたる文豪だと称されていたケム・ザレオンが、想像以上に三流作家だったこと。出来上がった物語のあまりの駄作っぷりには怒りを通り越して呆れてしまった。完成した暁には世界中にばらまかれ世の全ての人間にエバルーのすばらしさを伝え聞かせるはずだった物語は、世界で一冊の本として書斎の本棚の隅に打ち捨てられることになった。

 

 エバルーからの期待を大きく裏切ったその出来栄えに、本来なら無能作家へ厳しい罰を与えてやるところだが、なんとケム・ザレオンはエバルーという最高の主人公を登場させておきながらその素晴らしさを表現しきれなかったことを悔い、腕を切り落としたという。

 さらには償いきれんと自ら死を選んだと聞けば、寛大なエバルーはそこまで恥じるのであれば許してやろうと思い改めたのだ。

 

 

 

 

 

 

「ぬおおおおおおおおおおっ!! 開けぇ!! 処女宮の扉ァァアアッ!!」

 

 

 

 

 

 

 ―――――しかし件の本、日の出(デイ・ブレイク)にはエバルーへの恨みつらみが綴られていたという。

 

 我慢ならない。許すことなど到底できはしない。獣のような声を上げたエバルーはルーシィたちに向かって腕を伸ばした。―――――その手には金の鍵。

 

 

 

 

 

 

「  来いッッッッ!!!  ――――― バルッ ゴ(・・  ・) ォ゛ ッ!! 」

 

 

 

 

 

 鍵が光る。魔力を吸い上げ、扉を開く。

 

 

「ルーシィと同じ魔法だ!」

「カニ……!」

「っ星霊魔導士……!」

 

 

 

 

「お呼びでしょうかご主人様」

 

 

 

 

 果たして現れたのは―――――巨木のような星霊(メイド)だった。

 

 

「あなた星霊でしたの!?」

「やれェバルゴ!! あの小娘から本を奪え、いや、殺せ!!」

 

 

 それはついさっきナツに撃退されたメイドだった。

 その巨体がエバルーとルーシィたちの間に立ちはだかり、道をふさぐ。まさに肉壁。重圧感のある肉体が言い知れない威圧感を放ち、ルーシィたちを威嚇する。

 

 

「殺せっ!! 殺せっ!! 殺せっ!! 殺せっ!!」

 

 

 泡立った唾液を飛ばしながらエバルーは叫ぶ。その様子はまさに狂気の沙汰と称されるほどに禍々しかった。

 

 

「殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ!!!!!!」

 

 

 恩知らずのケム・ザレオン!! 何と恥知らずの振る舞いか!!

 

 バルゴの足の間越しに見える狂ったように髪を振り乱し叫ぶエバルーの狂気に、さすがのルーシィたちも怯んでしまう。

 

 

 

「ころ―――――せ?」

 

 

 

 ―――――しかし、そう。何とも不思議なことに、こういう時に必ず誰か雰囲気を壊すような人間が居るのが妖精の尻尾(フェアリーテイル)というギルドだったりする。

 そしてその筆頭は―――――

 

 

 

 

 

「―――――ナツ!!」

「なぜ貴様がバルゴと!?」

「ナツさん!? いったいどうやって!!!」

 

 

 

 

 

 ―――――召喚(よば)れたバルゴ。よく見ればそこには、彼女の服を掴んだナツが共に居た。

 

 

「ど、どうって、コイツが動き出したから捕まえようとしたら…ワケ分かんねー!!!」

 

 

 混乱したナツが叫ぶ。訳が分からないのはこちらのセリフだ。

 けれどナツからしてみれば訳が分からないのは本当のこと。ぶっ飛ばしたはずのメイドが動き出したから、また暴れだされたり本を解析しているルーシィのもとにいかれるのを防ごうと捕まえた途端―――――視界が回転した。

 

 一瞬見えたのが何なのか分からないまま、気づけばみんながいる下水道に移動していた。

 

 

「な、なん……」

 

 

 ルーシィは愕然とする。『動き出した』ということはバルゴの現界は解かれていない状態で再召喚されたということだ。この場合、星霊は一度星霊界を経由してから契約者のもとに現れる仕組みになっている。そんなバルゴにナツが付いてきたということは、ナツは人間でありながらたとえ一瞬だとしても確かに星霊界に足を踏み入れたということになる。

 

 前代未聞だ。少なくともルーシィの知る限り、たとえ星霊魔導士だろうと星霊界に踏み入ったことがある人間は存在しない! だというのに、偶然だとしても、ナツは間違いなく生きる伝説になったのだ。

 

 

 

「だーくそっ、ルーシィ! 俺は何をすればいい!?」

 

 

 

 誰もが混乱した現場で、だからこそナツは全ての判断をルーシィに投げた。

 

 ―――――それは思考を放棄したわけじゃない。ただ、『ルーシィならば』と思ったから。

 『ルーシィならば、この場で最適の答えを出せるはずだ』と信頼している(・・・・・・)から。

 

 

 

 そしてその信頼に、ルーシィは確かに応えた。

 

 

 

「っ構わん!! 殺せバルゴ!!!」

「レディ・バルゴにご退場願ってください!!」

 

 

 エバルーとルーシィの声は同時だった。つまり、声を受け取ったふたりの機動力により結果に差が出たのだ。

 

 

「おう!!!」

 

 

 ルーシィは手首のブレスレットに指を滑らす。それが形を変える一瞬に、―――――バルゴはナツの左腕によって地に沈められた。

 

 

 

 

 

 

 ―――――目の前の光景が信じられない。エバルーが白目をむく。苦労して手に入れた星霊だった。金と権力で手元に置いた鍵だった。自分の好みの容姿をした完璧な星霊だった。

 

 

 エバルーは知らなかった話だが、バルゴはそこまで戦闘特化の星霊ではない。しかし、人知を超えた者(せいれい)であることは確か。

 が、万全でないとはいえタウロスを一撃で戦闘不能にしたナツ相手では、さすがに荷が重い。

 そもそも、エバルーは星霊魔導士として訓練を積んでいたわけではない。そして素質が高いわけでもない。つまりバルゴもまた万全のステータスではない。

 

 ただでさえ厳しい相手に、それも大きくステータスダウンした状態で敵うわけがない。

 

 

 しかしエバルーはそんなことなど知る由もなく。ゆえにあまりにも非現実的だと思わせる現実に眩暈まで感じてしまった。

 

 

 星霊は人智を超えたものだ。だというのに、たかが魔導士に―――――

 

 

 絶句するエバルー。その隙をルーシィは逃さなかった。

 

 

 ―――――鞭がしなる。

 

 

「んぐぉっ!?」

「おいたが過ぎましたわねミスター! ―――――さあ、もう地面に潜る(いなくなる)だなんて意地悪はお終いよ」

 

 

 バルゴは倒れ伏した。おかげで視界は良好―――――エバルーの醜悪な顔がよく見える。

 

 

 

 

 

 

 彼の人を想う。こんな世紀の超大作(・・・・・・)を書き上げた文豪を想う。

 

 エバルーに声をかけられたとき、彼はどれほどの嫌悪感を感じたか。

 卑劣な脅し文句にどれほどの怒りを感じたか。

 仕方なく仕事を受けるために下げた頭がどれほど屈辱だったか。

 体の熱を奪っていく、暗く寒い独房の中で何度筆をへし折りそうになったか。

 

 血を吐くような苦しみの中、ただひたすらに愛する家族の幸せだけを願い物語を書き綴った父親を想う。

 

 会ったことなどない。言葉を交わしたことなど当然ない。それでも、日の出(デイ・ブレイク)という一冊の本から伝わる彼の心が、大波のようにルーシィを飲み込んだ。

 

 

 だからルーシィは想う。エバルーという卑劣な悪党により傷つけられ苦しめられた彼の誇りを、思いを、愛を想う。

 

 

 それは慈しみだった。そして、憧憬だった。

 

 

 ゆえに、ルーシィには怒りがあった。

 

 

 

 

 

 

 ―――――伸びた鞭の先はエバルーの首に巻き付いた。駄肉の弾力を抑え込むようにきつく締め付けるそれは、けして離さないという意思を感じるほど。

 そしてルーシィは体のひねりと全体重を込めることで、背負い投げのように鞭が巻き付いたその肉袋を宙に浮かび上がらせる。

 

 その勢いにより気道が締め上げられたエバルーは「くひゅっ」と喉からいびつな音を鳴らす。土潜(ダイバー)で逃げる隙も無く、体は地面から離れていった。

 

 

 ルーシィは華奢だ。ちからもさほどない。けれど鞭や体重移動、てこの原理など手段を選べば(あたまをつかえば)できることはグンと増える。そしてルーシィには、ルーシィの意を酌んでくれるとても頼りになるお友達(キャンサー)がいる。

 

 

 キャンサーは浮きあがったエバルーに合わせるように、その細長い体を宙へ跳び上がらせた。

 

 

 

「あなたごとき―――――」

 

 

 

 キャンサーは知っていた。ルーシィの気持ちをよく分かっていた。

 それはハコベ山で召喚されたタウロスが鍵越しにルーシィの怒りを感じ取っていたように、キャンサーもまた鍵を握りしめるルーシィから堪らない怒りを感じ取っていたからだ。

 

 ―――――妖精の尻尾(フェアリーテイル)に入ってからルーシィは大変な目にあって怒ってばかりだ。けれどまあ、魔導士ギルドに入ったのだから危険はつきもので。

 それに、どれもこれも、誰かを想っての怒りだったから。

 

 心配はあるけれど、ルーシィは必ず星霊(おともだち)を頼るから。

 それなら、自分たちがしっかり守ればいい。

 

 そう、今のように―――――ルーシィを傷つける奴らを倒すことで。

 

 

 

 

 

「―――――脇役出演もおこがましいわ!!!」

 

 

 

 

 

 武器(えもの)を構える。ハサミが光る。―――――刃は使わない。

 それは断じてエバルーを気遣ったためではない。ただ、愛する契約者(ルーシィ)が殺すことを望んでいるわけではないから。求められたのはあくまで撃破。

 

 キャンサーはすれ違いざま、エバルーの体にハサミの持ち手で魔力を込めた強烈な打撃を複数打めり込ませ―――――着地する。

 

 

「こんな感じでいかがカニ」

 

 

 ハラリ、気を失ったエバルーの薄い髪が1本も残らなかったのは……まあ命は取らなくとも、ルーシィを悲しませたことを許しているわけではないので。

 

 ユニークジョークのようなおまけに、……ルーシィは微笑んで腕の中の本を抱きしめた。

 

 

 

 

 

 

「あはははつるっぱげだぁ!」

「派手にやったなあルーシィ! さすが妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士だ」

 

 

 ハッピーが笑い、ナツが称える。その声は下水道によく響き、ルーシィはナツのセリフにくすぐったそうな笑顔を浮かべた。

 

 余談だが、その顔を見ながら星霊界に帰っていくキャンサーは、なんとなく娘が悪い遊びを教えられている父親のような気持になって消えた。

 

 

「で? 本の魔力はどうだった?」

「……呪いや攻撃や保護魔法ではありませんでした。けれど―――――」

 

 

 キャンサーと、ナツにより甚大なダメージを受けたバルゴが星霊界に帰った現状。一気に(主に規格外な巨体が消えたことにより)ガランとした下水道の床に転がるエバルーを一瞥したルーシィは、静かに微笑んで本に目を落とした。

 

 

「そうですわね、言うのであれば、これは宝の地図であり宝そのものと言えるでしょう。まぎれもなく、―――――カービィさまのための」

 

 

 ナツとハッピーは首をひねった。宝なのに宝の地図? よく分からない表現だ。頭の良い奴は分かりにくい言い回しをするから困る。

 まあ宝云々については置いておくとしても、依頼主のカービィが関わってくるというのなら本を破棄するわけにはいかない、ということだろうか。

 

 

「仕事どうすんだよ」

「本そのものを手に入れることが叶ったのですから、処分したければいつでもできます。マッチ1本でこの本は消えてなくなってしまわれるでしょう。ですから、カービィさまに事情を説明し、判断をゆだねることにいたしましょう」

 

 

 ルーシィは終始穏やかな顔で語る。…その顔を見て、ならそうするか、とナツは決めた。―――――だってその顔は、ハルジオンで妖精の尻尾(フェアリーテイル)に憧れているのだと語ったときの顔だったから。

 

 

「んじゃあさっそく本持ってくか!」

 

 

 

 

 

 

「いいえその前に」

 

 

 

 

 

 

 ―――――にっかりと笑って地上へ出ようとしたナツ。しかし引き留めたのはルーシィだ。

 

 ルーシィの顔はまさに真剣そのもので、ナツと成り行きを見守っていたハッピーに緊張が走る。

 

 

「すべきことがございます。ナツさんは公爵を運んでください。まずは地上に戻り縄などで公爵と、ああ、あのメイドの皆さんを拘束します」

 

 

 こ、こうそくぅ? なんでまた…、とナツは疑問に思ったが、体は素直にエバルーを持ち上げた。

 なにせルーシィが怖い。さっきまでの微笑みがストンと抜け落ちて一瞬にして真顔になったギャップが怖い。

 

 

「いいですか? ナツさん。依頼であり仕方がなかったとはいえ、わたくしたちは爵位を持つこの街の権力者のお屋敷に忍び込み破壊活動をし家探しをし、挙句の果てに公爵に危害を加えましたわ」

 

 

 仕方のないことでしたけれど、と繰り返し念を押すルーシィに、ひとりと一匹は頷く。ルーシィの言いたいことは分かった。侵入する前から言っていた「バレたらまずい」ということだろう。

しかし、エバルーには勝ったし危害を加えたことは変わらない。だったらどうするというのだ。

 

 

「わたくしのお聞きした限り、公爵は一存で市民の市民権を剥奪できるほどの権力をお持ちです。そんな彼が目を覚まし、評議会に「妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士に強盗に入られ殺されそうになった」などと通報されてしまえば……」

 

 

 そこで言葉を切ったルーシィに、ナツは生唾を飲み込んだ。なるほど、確かにヤバい。いやだって仕事だったんだから、とは思うが、ルーシィのくちぶりからしてかなりヤバいのだろう、とナツは確信した。

 

 

 

「けれど、わたくしに策がございますわ!」

「マジか!!」

「ルーシィすごーい!!」

 

 

 

 ババン! と言い切ったルーシィに、青ざめていたナツとハッピーの顔に光がともる。このルーシィ、かなりノリノリである。

 しかしそれも仕方がない。この仕事、最初こそ上手くいかなかったが、結果的にルーシィはかなりの活躍をしたと言っていいだろう。確かな実績がルーシィに自信を与えたのだ。

 

 

「まずこの本には、隠された文章がありました」

「秘密の書か!!」

「そこには著者ケム・ザレオン氏の深いお心が記されており、同時に公爵がケム・ザレオン氏に行った非道についても記されていました」

「やっぱコイツ悪い奴だったのか!!」

「そうだよナツ! こいつ酷い奴だったんだ!!」

「わたくしがそれを指摘いたしましたところ、公爵はひどく動揺され、こうおっしゃったのです。……『まさかその本には、吾輩の事業の裏側が記されているのか』と」

 

 

 どこか演技がかったルーシィのセリフ回しに、ナツとハッピーはきらきらとした顔で聞き入る。同時にふたりが思っていたのは、ルーシィとチームになった今後はマカロフに怒られたり評議会に小言を言われることが減るのではないかという期待だ。

 

 

 

「そのお言葉から察するに、公爵には『探られれば痛い腹』というものがおありなのでしょう。それを利用させていただくのですわ!」

 

 

 

 ルーシィの作戦はこうだ。まずエバルーたちは魔法を使ったり逃げたりできないようにするために紐で縛りシャンデリアにでも吊るしておく。

 それから、書斎を中心にエバルーの言う『事業の裏側』、つまり薄暗い不正や二重帳簿やら、とりあえず隠していた『悪いもの』を引きずり出す。

 そしてその証拠を手に評議員に通報を入れ、自分たちは逃げる。

 

 

「オイラたち怒られないかな?」

「今回の件で公爵が魔法を扱うことは証明されていますし、星霊との契約されていることは確かですので、まず評議会は公爵が魔法を不正行為に利用していなかったかを隅から隅まで調べなくてはなりませんわ。

 魔法を使っていらっしゃらない分は軍の管轄になるでしょうけれど、…公爵の悪行がどれほどかは分かりませんが、それなら連携して事を進めなくてはなりませんので調査は慎重なものになるでしょう」

「でもこいつらが妖精の尻尾(おれら)の名前出したらどうすんだよ」

 

 

 ハッピーの疑問にさらりと答えていたルーシィに、今度はナツがもっともなことを聞く。

 確かにいくら工作したところで、エバルーたちがあけすけに全て喋ってしまえば目は妖精の尻尾(フェアリーテイル)に向くだろう。

 

 しかし、

 

 

「ええ、もし妖精の尻尾(わたくしたち)の名前を出されずとも、カービィさまの依頼を受けて関わったことはすぐに調べられてしまうでしょう。なにせ依頼書には公爵のお名前が載っていたのですから。

 

 けれど、簡単なことです。

 

 まず妖精の尻尾(フェアリーテイル)が関わっているとなれば、失礼ですが、普段の破壊量を考慮すればもろもろの破壊活動についてはそこまで注視されないでしょう。倒壊した建物もありませんのですから。

 そしてわたくしたちは『正面から伺いを立て、しかし錯乱した公爵から攻撃を受けたことにより戦闘になり、撃破。戦闘の際正気を失っていた公爵が不審なことをくち走ったため独自に調査したところ、件の証拠を発見し通報した』とだけ言えばいいのです」

 

 

 ルーシィは自信満々にそう言った。

 

 

「先ほども言いました通り、慎重で時間のかかるお仕事になることと思われますわ。それならば、わたくしたちが『戦っただけ』『詳しくは知らない』と押し通しましたら、一応通報者という功績者であるわたくしたちをそれ以上拘束し追及するお暇はありませんでしょう。なにせ、しなくてはいけないことが山のようあるのですから。

 追及の手厚さは公爵の黒い証拠の量や質で多少変化されるでしょうけれど…ええ、大丈夫。きっと上手に事が運びますわ!」

 

 

 なにせ、捕まった犯罪者が周りを巻き込もうとしたり罰を軽くしようとするために嘘の供述をすることはよくあること。カービィには評議会に伝えたとおりに報告し、ギルドではマカロフにのみ真実を告げれば、あの御人は評議会の追及を上手くかわしてくれるだろう。……マカロフの負担を増やしてしまうことはルーシィの望むことではなかったのだが。

 多少ごり押しになる作戦ではあるが、ルーシィには確固たる自信があった。

 

 

 そして意外に狡賢い策を考えたルーシィに、ナツとハッピーは感嘆の声を上げる。

 

 

「えーっと、本をくれって言いに行ったら攻撃されたから戦った、でいいんだよな? んで、えーっと?」

「ナツさんとハッピーさんは『戦闘に集中していたので他のことは覚えていない』と言っていただいて結構ですわ。細部はこのルーシィにお任せください。ええ、必ずお役に立って御覧に入れましょう」

 

 

 胸に手を当て堂々と言い切ったルーシィに、ふたりは全部任せることにした。なんかやる気が凄いし、細かいことを言われても分かんないし、まあ万が一失敗してもお咎めは慣れてるし。気楽に「じゃあ任せた」とその問題を投げることにした。

 

 

「はい。―――――それではまず、公爵を連れ地上に上がりましょう。メイドの皆さんがお目覚めになる前に拘束しなくては!」

 

 

 

 ちなみにこののち、エバルーの執務室の隠し金庫(ナツが溶かして開けた)からシャレにならないほどの黒い証拠が出てきたため、ルーシィがエバルーに向ける視線が腐った生ごみを見るような目になったことは仕方がないだろう。

 

 

 

 







 開かれた扉から愛が溢れる。愛していると本が泣く。
 泣かないでとは言えなかった。ただただ美しくて、羨ましくて。

 だからせめて、溢れたものを抱きしめて、そのぬくもりを分けてもらったのだ。

 ほんの少しだけ。物語を読むように、外側の世界から。



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。