きらきらぼし   作:雄良 景

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※これで最後
※気力が尽きたので続きは多分ないです
※これを連載することがあったら牛魔王は張り倒してでも止めてる
※展開が急で私も追いつけていない



 ルーシィは、

 心細かった。
 寂しかった。
 今のルーシィは臆病で、儚く、脆い。

 だってひとりだ。
 ひとりぼっちだ。



 ―――――本当にそうだろうか。






射干玉の運命よ、人情を謳え

 ルーシィはすう、と大きく息を吸った。酸素不足にガンガンと鳴っていた頭はそれでもこころの意志を汲んで回る。

 友よ。家族よ。愛おしい仲間たちよ。彼らは既に遠く、きっともう二度と会えないだろうと思う。今生の唯一の家族である父とも、反発し、こうして出てきてしまった。

 ルーシィはひとりだ。

 

 けれど。

 

 

 

( かつてルーシィが所属していた『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』には、出ていく仲間に送る『三つの掟』があった )

 

( ひとつは、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の不利益となる情報を流さないこと )

( もうひとつは、過去の依頼者とみだりに接触しないこと )

 

( それから――――― )

 

 

 

 ルーシィは小さな手のひらを握りしめた。かつてその甲にあった仲間(かぞく)証明(しるし)は、今のルーシィにはない。

 

 

「けれど」

 

「けれどそれは、今のわたくしが妖精の尻尾(フェアリーテイル)の一員でないという証明ではない」

 

 

 やけにはっきりとした声が出た。ピクリ、目前に迫った恐竜のくちが一瞬止まる。

 

 

 ―――――思考が現実に戻ってきた。ルーシィはまるで何十時間も意識が飛んでいた感覚を覚えたが、実際は数秒も経っていない。

 恐竜のくちは目前だが、それでもまだ、まだ、まだ届いてはいない。まだ終わってはいない。―――――だってルーシィは、諦めていない。

 

 

 ルーシィは自分の持つ選択肢を必死に並べ立てた。

 

 戦う? 不可能だ。ルーシィの身体能力では自身の何十倍もある恐竜を倒すことなどできやしない。逃げる? 不可能だ。この距離から駆け出したとして、一瞬で恐竜の腹の中に収められるのが関の山。

 

 ―――――どちらも不可能。だからルーシィは『逃げる』ことを選んだ。

 

 

 ルーシィには目的がある。武天老師のもとに行き、芭蕉扇を借り受け、フライパン山の火を消す。それが今ルーシィの最優先事項だった。…死ぬわけには、いかない。こんなところで、こんな中途半端に、死ぬわけにはいかない。だってそのためにここまで来たのだ。家を出たのだ。

 

 

 大丈夫。必ず逃げ切る。必ず現状を打破してみせる。ルーシィは自分に言い聞かせるように何度も心の中で唱えた。

 

 大丈夫。きっとできる。

 だってルーシィはひとりではない。

 

 

 思い出せた。大事なこと。

 そばに居なくても。二度と会えなくても。証明が無くとも。

 ―――――それが何だったというのだろう。

 

 

 ルーシィの中には確かに寂しいという感情がある。けれど、だから膝をついて泣いて縋って立ち止まるというのか。

 違う。

 ルーシィは否定する。

 

 それは違う。それは―――――そんなのは(・・・・・)ルーシィではない(・・・・・・・・)

 

 そんな自分は(・・・・・・)誰より自分が許せない(・・・・・・・・・・)

 

 

 ―――――心の支えが欲しいだなんて、馬鹿なことを。

 

 

 

 

 誓いはここに。心は、ここに。

 友は、仲間は、とこしえに。

 

 

 

 

 そんなものは、ずっと前からそこにあったのに。

 

 

 わたくしは、強く、ちからの限り、生きなければならない。

 決して自らの命を小さなものとして見てはならない。

 

 

 三つの掟の、さいごのひとつ。

 

 

「 …愛した、……友のことをっ……… 生涯忘れてはならないっ!!! 」

 

 

 声を出して体にちからを入れる。膝が笑って眩暈がした。それでも立ち上がることができた。ならば走れる。逃げられる。

 生き延びられる。

 

 

 

 ―――――本当に馬鹿。そう言ってルーシィは自分を詰った。

 

 分かり合えず、こうして家を飛び出してなお、ルーシィが父を愛しているように。

 二度と会えなくとも、ルーシィが変わらず彼らを愛するように。

 それは変わらないもののはずだ。

 

 忘れないから、忘れられないからこそ消えぬ寂しさではあっても。

 その思い出は決してルーシィを孤独にさせるものではなかったはずだ。

 

 ルーシィが孤独を感じるのなら、それの正体は心の中に芽生えた卑屈さに他ならない。…そうであると、ルーシィは今決めた。

 

 

 たとえ手が離れてしまっても、ルーシィは父を、仲間を、愛している。

 そこに愛があるのなら、ルーシィはひとりではない。ひとりであるはずがない。

 なぜなら、愛こそがルーシィの絆の象徴であり、また、愛があるということは、大切な星霊(おともだち)も共に居てくれるということだから。

 ルーシィにとって魔法は『愛』だった。

 

 

 ―――――瞳の中で星が瞬く。

 

 それはかつての覚悟の輝き。

 星霊たちの愛した人間の美しさ。

 ルーシィが持っていた、何にも勝る―――――愛のカタチ(うつくしさ)だ。

 

 

 なにを恐れ寂しがっていたのか。自分をかわいそうだと憐れんで、いつまでもウジウジと、みっともなくて目も当てられない。いい加減甘ったれるのを止めなさい、とルーシィは最後の一押しに自分を心の中で怒鳴りつけた。

 

 

 ―――――だってこんなの、わたくし(フェアリーテイル)らしくないわ。……ねえ、そうでしょう、皆さん(おともだち)

 

 

 ここにいるのは、もう、か弱いだけの12歳の少女ではない。牛魔王の娘で、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の一員であるルーシィだ。

 泣いてうずくまって立ち止まって。十分な黒歴史だ。ただの12歳ならまだしも、かつて『ルーシィ・ハートフィリア』としての人生を全うしたいい大人が。こんな情けなく! …そんな感情がルーシィの中で渦巻く。

 それは秩序だった。それこそがルーシィの秩序だった。

 意外と頑固だと仲間に笑われた、ルーシィの秩序だった。

 

 だからこれ以上、父と仲間(フェアリーテイル)の顔に泥を塗るような真似をするわけにはいかない。

 

 

 ―――――真昼の地上に、星が瞬く。

 

 

 体を支える足はがくがくと震えている。恐怖以前に、そもそも目の前の恐竜のせいで体には疲労が溜まっている。歩くだけでもしんどいくらいには、まだまだ体は回復していない。しかしまあ、そんなことを言っている場合ではないので。

 動き出した獲物に恐竜の目が鋭くなる。首だけを伸ばしていた状態から、更に一歩、ルーシィに近づこうとするように身じろいだ。

 

 思えば呑気な恐竜だ。―――――いや、呑気と言うより意地が悪いのかもしれない。

 散々追い掛け回したからルーシィに体力が無いことを分かっているのか、こんな焦らすように追い詰めているのだから。

 

 その動きは落ちている果物を拾うかのように緩慢だった。獲物が自分から逃げられないと思っているからこその余裕だった。きっとルーシィの必死な逃走劇すらお遊びだったのだろう。

 完全に嘗められている。見下されている。それは弱者(えもの)を弄ぶ強者(ほしょくしゃ)の下卑たサディズムであり、しかしどこか純粋無垢な残虐性だった。

 けれどだからこそ、ルーシィには勝機があった。

 狙うのは、恐竜がくちを閉じる瞬間。攻撃の瞬間こそ相手は最も無防備になる。

 その瞬間に、走り出す。それだけが現状ルーシィがとれる生存戦略だ。

 

 恐竜と目を合わせる。一挙一動も見逃さないとねめつける。

 

 

 ―――――勝つ(いきる)

 

 

 耳元に自分の心臓があるのかと勘違いするくらい、鼓動が頭の中に反響する。じっとりとした手汗。一周回って心臓が止まりそうなほどの緊張に脳は生命の危機を切々と感じガンガンと警鐘を鳴らす。そんな混沌の精神状態の中で―――――ルーシィはほんの少し、考えた。

 

 

( 恐竜のくちがルーシィを覆う。足に力を込めた )

( タイミングを外したらそこで終わり )

( 瞬きひとつ分の時間すら惜しむ大勝負 )

 

 

 ―――――やっぱりほんの少し、もう一回くらい。仲間(かぞく)に、

 ―――――誰かに、名前を呼んでほしいなと。

 

 

 

( カウント、3、2、1――――― )

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ルーシィーーーィイイ!!! よけろォーーーーッ!!」

「はいっっ!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 響いた声―――――それは反射だった。

 

 

 聞いたことがない声。けれどそんなことよりも、呼ばれた自分の名前とつなげられた指示に意識が引っ張られた。

 聴覚情報が脳を通さず運動神経に伝達されたかのように、その声にルーシィの体は動かされた。

 ―――――まるで、魔法にかけられたように。

 

 立って恐竜を睨み付けていた体勢から、思い切りのけぞって背後の岩に張り付く。体と岩の間に1mmの隙間もないくらいに密着したと同時に―――――

 

 

 

 

 バキャァッッッ!!!!!!!

 

 

 

 

 あまりに痛々しい音を立てて、恐竜が吹き飛んだ。

 ―――――数百kgはあると推測できる巨体が、蹴り飛ばされたボールのように吹き飛んでいったのだ。

 

 

「ふぁ………」

 

 

 何が起こったのか、理解ができない。先ほどまでの覚悟ごと吹き飛ばされてしまったかのように呆けたルーシィは、―――――しかし何かを思うより早く目の前のただひとつにくぎ付けとなってしまった。

 

 

 恐竜と入れ替わるように気づけば目の前に立つ、小柄な少年。

 その横顔の輪郭はふっくらとしていて、彼がまだ幼いことをうかがわせる。12歳のルーシィより小柄な体を考えれば、年下か同い年かくらいだろう。さっきの一瞬の、声変わりする前だと思わせる高い声とあわせても、まだ甘い幼子と変わらない印象を与えてきた。

 

 けれど、目が違う。

 その目は、―――――子供と呼ぶにはあまりにも鋭い。

 

 

 少年は飛んで行った恐竜をその目で追い、―――――それからルーシィに視線を移した。

 

 

 

 ―――――黒かった。その瞳は底が見えない海のようであった。真っ黒に凪いでいる瞳と目が合う。

 視線ひとつ。あまりに静かで、冷たく、しかし……そのひとつで、滾るマグマを浴びたようにルーシィの心は焼き焦がされてしまった。

 

 ―――――その熱に、かつての『希望』の影を見た。

 

 

「あ、………」

 

 

 恐竜相手に恐怖で固まってしまった時とは違う。その目に見つめられたと認識したとたん、ルーシィは自分の体が自分の制御下を離れてしまったような感覚を味わう。

 

 ぎゅう、と心臓が絞まるような。

 じわじわと熱が上がってくるような。

 絞められた心臓が反発するように力強く鼓動を繰り返し、たまらず、はう、と熱っぽいため息が出る。

 全身に甘く痺れが走り―――――それは、どこか覚えがある感覚。

 

 

「なあ、オラ悟空ってんだけど―――――お前ルーシィだろ?」

 

 

 

「……………は、い……」

 

 

 何もかもが急展開過ぎてついていけない。

 落ち込んだり立ち直ったり恐竜が吹っ飛ばされたり、既知のような未知に翻弄されたり。ルーシィの心と頭はとっくに用量を超えてしまったようにくらくらと揺れる。

 何事もなかったように顔を覗き込んでくる少年。その姿に、湯だった顔と頭で、ただ茫然と返事をするしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 悟空は目の前でポカンと呆けている、真っ赤な顔をした少女をまじまじと見る。

 

 

 ―――――毛の形も服も絵と違げぇけど………

 

 

 牛魔王がルーシィを探す参考のために悟空に見せた写真。そこに写っていた少女と、目の前の少女。髪型も服装ももちろん違う。

 けれど自分を見つめる、大きく見開かれた瞳と太陽を浴びてキラキラと光る髪の毛に、きっとこいつがルーシィだろう、と悟空は確信した。さっきはとっさに『多分ルーシィだろう』と推測で名前を呼んだが、少女は悟空の言ったとおりに身を恐竜から離したし、事実目の前の少女はルーシィだ。頷いた少女に悟空は満足そうな顔をする。

 

 

「あ、あの……お助けいただき、ありがとう、ございます……」

「ん? おう」

 

 

 ようやく顔の赤みが引き、絞り出したように話しかけたルーシィの声に、悟空は至極簡素に答える。とはいっても、さすがの悟空も少女が恐竜に喰われかけていたのは焦ったものだった。

 

 牛魔王に頼まれて、一波乱あったものの、悟空が呼びかけた筋斗雲が向かった先は広い草原。その一角の岩の前に、大口を開けた恐竜がいて―――――目の前に、少女がいたのだ。

 誰が見ても『喰われかけ』とわかるその姿に、悟空はとっさに筋斗雲から飛び降り、背に差していた如意棒で恐竜を吹っ飛ばした。

 まあ焦ってはいてもあの程度の恐竜なら悟空にとっては大した敵ではない。恐竜退治はお手の物。なんなら吹っ飛ばされた恐竜が向こう側の崖下へ消えていくのに、もったいないことをした、昼メシにすりゃあよかったなあ、なんて考える余裕すらあった。

 

 

「それで、あなたは……失礼ですが、お会いしたことがありましたかしら…?」

「オラとおめぇが? ねぇよ。おめぇオラに会ったことあんのか?」

「い、いえ、わたくしも記憶がありませんわ……あの、でしたら、どうしてわたくしの名前をご存知なのでしょう」

「牛魔王のおっちゃんが、」

 

 

 訝しげに、おずおずと聞いたルーシィは、けろりとした悟空がこぼした『牛魔王』の言葉に思わず瞬間固まってしまった。

 『牛魔王のおっちゃんが』? それに続く言葉は何だろうか。―――――まさか、まさか、父がこの少年を遣わせてくれたのだろうか。『おっちゃん』という呼び名も気心が知れているように感じる。少なくとも恐れられる牛魔王を『おっちゃん』などと呼べる人間をルーシィは知らなかった。もしかして父の知り合いだろうか。

 

 回る思考。そんなルーシィの気など知らないように、にっかりと笑った悟空はルーシィに手を差し出した。

 

 

「おめぇ見つけて、一緒に亀仙人のじいちゃんとこ行ってくれって! ばしょ…せん? とかゆうの借りてきてくれって言われたからよ」

 

 

「か、め、せん、にん………? ―――――亀仙人!? む、武天老師さまのことですね!? ご、ご存知なのですか、どこに居らっしゃるか!!」

 

 

 ノータイムでルーシィはその手に飛びついた。差し出された手を両手でつかみ、普段ではありえないほど顔を近づける。

 ほんのり色づいていた真白の肌が興奮でパッと華やいで、そんなルーシィに迫られた悟空はぎょっとして少し頭を後ろにそらせた。

 テンションが上がった時の距離の詰め方が父とそっくりな親子である。

 

 

「あっ、申し訳ありませんっ。―――――そ、それで、その、武天老師さまのお住まいをご存じなのですか?」

「お、おう。つっても、南の沖の方にあるってことだけどよ、筋斗雲に乗ってけばすぐ着くと思うぞ」

「す、すぐ? ………ああ、……」

 

 

 ―――――ついさっきまで、果てない旅になると思っていたのに。住まいも分からぬお人を探して、ただひとり長い旅になると思っていたのに。じわじわと、ルーシィの目に涙が溜まる。零れ落ちそうなそれを見て、悟空はギョッとして焦った。

 

 

「いっ! お、おめえ泣いてんのか!?」

「ご、ご、悟空さん、」

「お、おう」

「と、ととさまが、牛魔王が、悟空さんに、お願い、してくださった、の、ですか、」

「そ、そうだけど……」

 

 

 悟空の返事を聞いて、とうとうルーシィは涙をこぼした。いちど流れたそれは次から次へとあふれ出し、悟空はどうしたものかと自分の道着の裾で拭ってやった。

 

 

「わ、わたくし、 っひ、ひどいこと、言ってしまいましたの……! と、ととさまに、ひどいことを言って…っ、なのに、」

 

 

 なのに、こうして迎えをよこしてくれた。その父の優しさが痛かった。

 

 ―――――優しい父が人を殺すさまを見て、人に恐れられるさまを見て、それが辛かった。自分に向けられる変わらない愛情と、周りに向けられる殺意のギャップが怖くなってしまった。

 ルーシィの精神はわずかばかり肉体に引きずられ、幼くなっている。その柔らかな心は、愛する父の恐ろしい変貌を受け止めきれなかったのだ。

 とうとう親しくしていた村人たちにも敵意を向けるようになった父を見て、ルーシィの心は限界を迎えてしまった。ゆえに家を出た。

 

 

 ―――――芭蕉扇があれば。山の火が消え、帰ることができれば。そうすればもう一度、優しかった父に戻ってくれると思った。

 ―――――根拠なんてないそれは、けれど、唯一の希望であり、心の支えだった。

 

 ―――――本当は分かっていたのだ。分かっていた。分かっていたけれど、すり減っていたルーシィの心はもう余裕が無かったのだ。

 

 何もルーシィだって殺すことすべてが悪だと思っているわけではない。許されないことだとしても『ままならない事情』というものを知っている。そういう場合があることを知っている。

 けれど父のそれは超えてはいけないその先の、私欲の果ての、暴虐に他ならなかった。だから止めたかった。自ら修羅の道へ歩んでいく父を見ていられなかった。

 

 

 

 ―――――『待った』ことがルーシィの罪だった。いつか、いつか、元に戻ってくれると待ち続け、制止の声はかけても、しがみついて止めるようなことはせず、震えて泣いて見てるだけ。いつだって結局間に合わず、救いようのない木偶の坊。

 ―――――好奇心で見に来ただけだった人もいたかもしれない。迷い込んだだけだった人もいたかもしれない。いったいどれほどの人が死んだだろう。父はどれほどの罪を重ねただろう。

 

 ―――――だからルーシィの罪は『待った』ことだった。

 

 

 

 

 

 

 息を引きつらせながら泣くルーシィに、悟空は困り果てた。どうしたらいいかわからない。だって悟空が今まで会ったことのある女はこんなふうに静かに泣かなかったからだ。

 

 ―――――ブルマはうるさくて、めんどくさくて、大きい声で泣いた。ウーロンに襲われてた村の女はそこまでうるさくなかったし、ブルマみたいなのもいたけど、泣いてなかった。

 

 もともと女の扱いなど、祖父の「優しくしろ」という言いつけ以外はてんで知らない悟空である。しかし―――――今、こうして泣いているルーシィにこそ優しくするべきなのだろうということは、なんとなくわかった。

 

 悟空は、どうすっかな、と小さく呟いた。そもそもルーシィが何で泣いているのか分からない。すごく悲しそうだというのは伝わるが……腹が減ったのかなぁ。でも、ひどいことを言ったって言ってんなら、牛魔王のおっちゃんとケンカしたからかなぁ。そんなことを考える。

 

 うんうん、と悩み、それから、あっ! と声を上げる。泣きじゃくるルーシィを泣き止ませる方法をひらめいたのだ。そうだそうだと、未だ泣くルーシィの腕を引っ張った。

 

 

「なあルーシィ、こっち来いよ!」

「ひっく、は、はい、っ…」

 

 

 泣き顔でよたよたと着いてくるルーシィの腕をしっかりつかんだ悟空は、そのまま筋斗雲の上に飛び乗った。ボフン! と筋斗雲が跳ねる。―――――しかし難なくふたりを受け止めた。

 驚いたのはルーシィだ。いきなり強いちからで引っ張られたと思ったら、体が浮いて、ふわふわの何かに受け止められた。驚きすぎて涙も止まる。

 

 うそ、と小さく声が出た。

 

 

「――――― す、ごぉい……」

 

 

 黄色いそれは、ふわふわとしていて、浮いていた。まさか、まさか、これは雲だろうか。自分は今、雲に乗っているのだろうか。

 『雲に乗る』という、誰もがいちどは夢見たであろうシチュエーションに、ルーシィのくちからポロリと感動の声がこぼれる。呆然としているのに、くちの端がムズムズして、笑ってしまうそうになる。体がそわそわして、動いてしまう。さっきまで泣きじゃくっていたのに、あまりのことに興奮してしまう。

 

 じわじわと明るくなったルーシィの表情に、悟空も満足そうな顔をした。

 

 

「な、すげーだろ!」

「はい、はい、…すてき、ほんとうに…」

 

 

 呆然としながら興奮するという器用な返答をしたルーシィに、悟空は得意げに「捕まっとけよ」と声をかけた。はて、捕まっておけとは。ルーシィが疑問に思うより早く、―――――筋斗雲が、天高く上昇した。

 

 

「きゃあ!」

「なはははは!」

 

 

 その速度は車に並ぶほどだろう。ルーシィはとっさに悟空の背中にしがみついた。数十秒ほどして、上昇した筋斗雲が停止すると、悟空は自分にしがみついたまま丸くなっているルーシィに「下見てみろよ」と笑って言った。

 

 

「………」

 

 

 もはや言葉もない。そぅっと覗いたその先―――――そこにあったのは、雄大な自然だった。

 

 走りぬけた広い森。ルーシィのいた草原。恐竜が飛んで行った谷。…そのすべてが太陽に照らされ、その力強い生命をまざまざと見せつける。

 

 ―――――孤独を感じさせたあの草原が、今はただただ美しく見えた。

 

 

 きれい、とルーシィが呟く。その声は震えていた。また涙がこぼれそうになって、ルーシィは思わず目の前の悟空の背中にすり寄る。悟空の高い体温と、少しの汗のにおい。それが今この場にいる悟空とこの景色が夢でないことの証明のようで、ころりと一滴涙が落ちた。

 

 

 

 ―――――背中にひたりとくっつく体温に、悟空はしばし瞬きをする。生きてるなあ、と思った。泣いてるなあ、と思った。思って、ふわり、と記憶を反芻する。

 フライパン山の、あの時の牛魔王の、―――――ブルマの叫びを、思い返した。

 

 

 

 

 

 

 ―――――ブルマの唐突な叫びは、強い余韻をもってその場の人間鼓膜に反響した。ごうごうと音を立てる炎の中で、こころなしか山びこが聞こえる気がするほどである。

 しかしその声量以上に、その場にいる全員が、言葉に込められた彼女の強い怒りを感じおののいた。

 

 なぜ怒っている? 何を怒っている? 良い話だったはずだ。娘を助けてくれという話だったはずだ。一体何が気に障ったという?

 場が混乱する。―――――つまりは、ブルマの独壇場になった。

 

 

「あたしたちが来るちょっと前ってことは、あなた、娘が出て行ったのに! 娘より泥棒だと思ったあたしたちを優先したってことでしょ!? 娘の無事より、宝の無事を心配したってことでしょ!!?」

 

 

 ………それは、だれも考えつかなかったことだった。当人の、牛魔王ですら意識になかったことだった。

 

 ブルマは頭の回転がひときわ速い。そして柔軟な思考の持ち主なため、―――それが彼女を天才たらしめる要因のひとつであると言えるが―――鋭い観点で、それに気づいた。

 勢いよく吐き出される言葉は刃のように牛魔王を刺す。はく、と口がわななき、頭の中が真っ白になった。牛魔王の思考はあまりの衝撃に停止し、何を言われたのか、理解ができなかった。けれど確かに、それは胸に刺さり、赤い血をあふれさせる。

 

 悟空とウーロンは驚きすぎてまだ理解が及ばなかった。ブルマが怒鳴り散らすのはいつものこと。短い間でも慣れたもの。けれど、これは、いつもと違う。人の機微にうとい悟空ですら、その明確な違いを本能で感じてしまいたららを踏む。

 

 

「ああ………」

 

 

 ただ物陰にいたヤムチャはその言葉に思い至る。そして、激情をたぎらせるブルマの心を想った。―――――それは、なんと清い思いだろうかと。

 

 

「なんで、こんなとこに居るのよ!!!」

 

 

 繰り返すようにブルマは怒鳴る。

 

 

「宝なんてほっぽり出して追いかけなさいよ、なんでこんなとこに残ってんのよ!! 三国一の娘なんでしょ? 優しいいい子なんでしょ? あなたが―――あんたが悪党として暴れてたせいで、ひとりで出て行ったんでしょ!!? なにこんなとこで泣いてんのよ!! 自分が悪いって分かってんじゃない!! 自分も被害者みたいな顔して、なんで他人に頭下げてんの!?」

 

 

 ブルマの怒りは、間違いなく正しかった。

 

 ブルマは図太く傲慢な娘である。しかし、情が深く面倒見のいい娘でもあった。それは生まれながらの上流階級として持つ持つ故に与える(ノブレス・オブリージュ)であるとも言えるが、何より彼女の精神的な美しさを示す。

 ブルマの両親はなんとも癖の強い二人ではあるが、とても愛情深い親だ。ブルマは大きな愛情をたくさん与えられ、ゆえに与えることを知っていた。

 自分勝手で横暴だが、まともな考え方だってできる。そして何より、その正しさを恐れず声にできる。

 

 だからブルマはあらん限りに怒鳴った。ルーシィという会ったこともない娘を想って、どうしようもない気持ちになったからだ。

 

 きっと父親を深く愛していたのだろう。だから罪を犯す父を止めようとしたのだろう。その気持ちを蔑ろにされた少女を想うと切なくて仕方がなかった。―――――ブルマはルーシィのこころを想う。

 受け止めてもらえなかった少女の気持ちは、いったいどこに捨てられてしまったのだろうか。薙ぎ払われた自分の気持ちを、その子はどんな想いで見ていたのだろうか。愛する人が極悪人と指をさされる気持ちはいかほどか。

 

 考えれば考えるほど、ブルマのこころが音を立てて軋むような気がした。そうなれば、牛魔王の先ほどのセリフはあまりに白々しく聞こえ、我慢ならなかった。

 

 牛魔王は娘を愛している―――――それは分かった。きっとその気持ちに嘘はないのだろう。けれど、なら、すべきことが違うはずなのだ。

 

 ブルマのくちはブルマの感情のまま、牛魔王を強く詰った。

 

 

「フライパン山の火がちょっとやそっとじゃ消えないって分かってんでしょ!? だからあんたも今まで家に帰れなかったんじゃない!! ならどーせ泥棒が来たところで宝なんて持って帰れないわよ!! あんたがちょっと目を離したところでどうなることも無いでしょうが!!!」

 

「泥棒相手に目くじら立てて追っかけまわしてる暇があったら、あんたが娘を追いかけなさいよ!! 危ないって分かってんじゃない―――――ここには泥棒がいっぱい来るって知ってんじゃない!! あんた、あんた、自分がどんな目で周りに見られてるか知らないの? 教科書にまで載ってんのよッ! そんなやつの根城に忍び込むんなら、あんたの娘を利用しようとするやつだっているに決まってるのに!! あんたの娘が捕まったらどんな目にあわされるか、気づいてないわけ!?」

 

「12歳の女の子が父親はアテになんないってひとりで出ていくってどんだけよ!! しかもあんた、あの亀のおじいちゃんの居場所知らなかったんでしょ? その子も知らないんでしょ? それでもひとりで出てったんでしょ!!?」

 

 

「なにが『頼む』よ!! 人に頭下げてる暇があったらあんたが迎えに行きなさいこのっ、バカ!!!!!」

 

 

 そこには悪魔の帝王と恐れられた男に対する畏怖などなかった。牛魔王より一回りも二回りも小さな小娘が、仁王立ちで啖呵を切る。その姿はこの場でだれよりも大きく見えた。

 

 捲し立てたブルマの瞳は、一粒涙をこぼした。それは瞬きを惜しむほど牛魔王を睨み付けていたことにより乾いた眼球を潤す生理現象なのか、爆発する感情に体が追い付けず故に溢れたものなのか。けれどその表情は怒りに燃えている。

 ブルマは切ない気持ちや納得のいかないことを怒りに変換するタイプの人間だ。煙たがれることはよくある。しかしある意味、だからこそ、ここぞというときに彼女の言葉は強く刺さるのだ。

 ―――――そこにあるのは純粋な気持ちだと伝わるから。

 

 

「あ、ああ、あああ……!!」

 

 

 牛魔王は再びあふれ出した涙を止めることができなかった。

 

 娘が出て行ったとき、牛魔王はすぐに追わなかった。娘の言葉に狼狽し、ウダウダと悩んでいただけだった。

 

 いきなりどうしたというのか―――――いきなりではない。あの子はずっと自分に訴えていた。

 

 年頃の癇癪だろうか―――――違う。あれはあの子の苦しみだった。そして、父に対する諦念だった。

 

 きっとすぐに帰ってくるだろう―――――だとしても、盗人が押し寄せるここで牛魔王の娘であるあの子をひとりにするべきではなかった!

 

 

 心配はあった。追おうかとも考えた―――考えただけだった!―――けれど、その際出会った盗人…つまりはブルマたちを見た瞬間、意識は完全にそちらに向けられてしまった。また来たのか、という怒り。それにより、娘のことを一瞬忘れたのだ。

 

 

( おのれ、盗人! また性懲りもなくおらの宝さ盗みに来ただか! 許さん! 奪わせねぇ!! 宝には、指一本、触れさせねぇ!!! )

 

 

 ―――――泣きそうな顔で父を詰って出て行った娘のことを、忘れてしまった。

 

 

 痛かった。これ以上なく痛かった。全くその通りだった。なぜ自分はここに居る? 愛する娘が出て行ったのに、なぜ自分はこんなところに留まっている? 牛魔王は激しい自己嫌悪に呑まれそうになった。

 

 

 可愛い娘だ。愛した妻の忘れ形見。あの子こそが自分の一番大切な宝だったはずではないのか!

 

 

 感情が荒ぶる。思考が混ざりぐちゃぐちゃになる。

 自分は何をしている? 確かに、我が家の一大事にハイエナのように寄ってきた盗人どもは憎かった。思い出の詰まった宝を、私欲で奪いに来た奴らはひとりたりとも許せなかった。

 しかし元はといえば、その宝とてかつて自分が悪党として奪い取ってきたものだ。いうなれば自分もまた、その盗人どもと同じ穴の狢だというのに。何をいまさら、被害者のような顔をして!

 

 ―――――そうしてたくさんの人を殺した父を、その姿を、娘はどう思っていたのか。自分は本当に考えたことがあっただろうか。

 

 なぜ宝を執拗に守ろうとしたのだ。根本は何だった? ―――――娘だ。すべて娘に残すつもりの宝だったのだ。幼くして母を失った可愛くかわいそうな娘に、決して不自由をさせないようにとため込んだ宝だった。それに手を出されることは、娘の幸せを奪おうとすること。許しがたいその行為への怒りを、牛魔王は『殺す』という結果に変えた。

 

 なぜその宝が、娘を傷つける。………自分が、目的を見失っていたからだ。

 

 今こうしてブルマに怒鳴られ、思い直すまで……牛魔王はなぜそこまで必死に宝を守ろうとしたのか、思い出しもしなかった。目的はとうに見失っていた。娘を守ることが目的だったはずだ。宝を守るのはそのための手段―――それが、いつの間にか手段は目的にとって代わり、暴走してしまった。

 

 

 ――――― 宝がそれほど大切ですか

 

 

 違う。そうだが、そうじゃなかった。自分が本当に大切だったのは、娘のはずだったのに!!

 

 

 かつての兄弟子の孫に出会えてなにを浮足立っていたのか。その時共に学び鍛えた亀仙流の武で罪を犯した自分に、喜ぶ資格があるというのか。あの時学んだのは何だというのだ。こんなことのために鍛えたのではなかった。何を忘れていたのだろうか。何を失ってしまったのだろうか。

 

 

 ―――――ととさま、ととさま!

 

 

 記憶の娘が笑いかけてくる。そういえば、あの子の笑った顔をどれくらい見ていないのだろう。そんなことも分からなかった。

 

 ―――――情けない! 情けない! これだけ年の離れた小娘に怒鳴りつけられなければ気づけなかった!! 亡き妻に誓ったではないか。ひとりでもちゃんと育ててみせると、必ず幸せにすると!!

 ―――――それが、今!!

 

 

「う、うう、うあああああ…!!」

 

 

 牛魔王は何も言えなかった。死にたいほどの自己嫌悪。全身から力が抜け落ち、もはや両の足で立つ気力もなかった。―――――それでも、娘を迎えに行かなければと。

 崩れ落ちた体を引きずるように動かした。威厳もなく、這いずって動いた。どっちだ。娘はどの方角に向かって行った。そんなことも分からない!

 

 

 ―――――ブルマは、さらに言いつのろうとしたこぶしを収める。本当はもっと言ってやりたかった。気持ちは収まらなかった。けれど、ウーロンが止めたから。

 恐ろしい魔王と恐れられていた男が泣きじゃくりながら這いずるように動く姿を見て、ウーロンがブルマを止めたからだ。これ以上は違うと、咄嗟にしがみついて止めたからだ。

 

 男の威厳だの、そんなもの知ったことか。こちとら女だ。男が性を理由にするのならこっちだって女としてへし折ってやる。そんな激情がブルマの中にはあったが、それでも喚くでもなく静かに泣いてブルマの足にしがみついたウーロンへの情は、それなりにあったのだ。

 

 ウーロンの気持ちは物陰で聞いていたヤムチャも同じだった。同じ男としてなのか、牛魔王の気持ちが痛いほどの伝わってきたのだ。もしかすると、武を嗜む者としてウーロンよりも強く感じるものがあったかもしれない。

 ただ、あれだけ恐れられていた男の涙が、強く脳裏に焼き付いた。

 

 

 怒りを抑えるブルマ。ブルマを止めるウーロン。呆然と崩れた牛魔王。物陰ではヤムチャが唇をかみしめ、プーアルはそんなヤムチャの様子をわが身のように心配していた。

 ごうごうと燃え盛るフライパン山の炎の前で、そのさまは異様な雰囲気を放っていた。

 

 

 

「なあ、おっちゃん。じゃあオラがその、ルーシィっちゅうやつと亀仙人のじっちゃんとこ行けばいいんだな?」

 

 

 

 ―――――ふいに、空気を押しのけるように。場にそぐわないあっけらかんとした声が響く。全員がその声に導かれるように視線が集まる。

 

 

 ―――――悟空だった。いつの間にか呼び寄せた筋斗雲によじ登って、あっけらかんと言い放ったのは悟空だった。

 

 

 そのひょうひょうとした姿に、一度怒りを鎮めたはずのブルマはグルグルとした感情が最熱するのを感じ、勢いそのまま悟空を睨みつける。

 

 

「あんたっ、話聞いてたの!?」

「聞いてたぞ。ケンカしちまったんだろ? じゃあ仲直りすりゃあいいじゃねぇか」

 

 

 仲直り。子供のような響きだった。そんな軽いことじゃない、とブルマはまた怒鳴りつけようとして―――――やめた。振り上げたこぶしも下ろす。

 しっかりと目と目が合ってよく見えた悟空は、想像以上に真剣だった。短い付き合いでも悟空のことはそれなりに理解できていたつもりのブルマだったが、それでもこんな真剣な目は見たことがない。

 

 野生児。世間知らず。怪力馬鹿。悪い奴じゃないけど、とんでもない奴。そんなイメージを持っていた悟空の、見つめあった瞳はあまりに深く凪いでいた。

 その瞳を見ていると、ささくれ立っていた自分の気も凪いでいくような気がして、ブルマはゆっくり、肩を落とす。その通りだ、と落ち着いたからだ。まだ、仲直りはできるだろう。できるかもしれない。たぶん、きっと。

 あいまいだが、その通りなのだ。

 

 

「……孫くん、ルーシィちゃんを見つけてあげて」

「おう。―――なあおっちゃん、ルーシィってどんな奴なんだ?」

 

 

 ブルマの静かな声に、悟空は当たり前のように返事をし、今度は牛魔王と視線を合わせる。

 

 ―――――牛魔王は、嗚咽を漏らしながら唇をかみしめた。崩れる自分を見つめるその姿が、かつて修行中にくじけそうになった自分を励ましてくれた兄弟子悟飯の姿を思い出させたからだ。

 あのお人もそうだった。自分が間違ったときに、くじけそうだったときに、独特の優しい落ち着いた雰囲気で支えてくれた人だった。視線を合わせて、希望をくれた人だった。師である武天老師さまとは別に、尊敬する兄弟子だった。

 

 

「ご、ごれだァ…! ごの子゛だ…! すまねェ゛…すま゛ねェ゛孫殿…!! お願げぇだ、お願げぇしま゛ずだ……!!」

 

 

 鼻が詰まって息が苦しい。それでも牛魔王は涙でぼやける視界で、必死に頭を下げて懐から1枚の写真を取り出した。それを見てブルマはまたぐっと胸が苦しくなる。そうやって、ずっと懐に写真を入れておくほど愛しているのだと伝わってくるから。もうブルマは自分が何に心を締め付けられているのか分からなくなってきた。

 

 牛魔王の取り出した写真を悟空がのぞき込む。ウーロンとブルマも続いた。ブルマはこれだけ愛される少女がどんな子なのかが気になったから。ウーロンもまた好奇心からだが、それは親の『かわいい』は当てにならない派のウーロンとして娘がどのレベルなのかが気になったという下品な好奇心だ。どうしようもない豚である。さっきのファインプレーが台無しだった。

 

 

 ―――――写真には幼い娘が写っていた。明るい金髪に、大きな琥珀の瞳。カメラ目線に、困ったような、ちょっと疲れたような、それでも小さく微笑んだ可憐な少女が写っていた。

 

 

「か、かわいい……!」

 

 

 ウーロンは思わず唸るように呟いた。その本心を感じ取ったブルマは即座にウーロンの足を踏んで黙らせる。鋭い痛みがウーロンを襲ったが、さすがにウーロンとで叫ぶのは自重した。空気が読めていない自覚はあった。

 悟空はその写真をまじまじと見て、ひとつ頷く。

 

 

「ん、分かった。なあ、おっちゃん。オラちゃんとこいつ連れて来るからさ、もう泣くなよ」

 

「っ、あ゛ぁ、ああ゛っ! お願げぇします、お願げぇじます゛……!!」

 

 

 悟空のさりげない励ましの言葉に、牛魔王はもうそれ以上何も言えなかった。さらりとしたそれは、特に何かを考えているようには見えないが、強い自責にむせび泣く牛魔王にはそれが調度よかった。

 悟空はそんな牛魔王の様子を確認した後、筋斗雲にしっかり捕まり直し、構える。

 

 

「よし、筋斗雲! 一緒にこのルーシィってやつ探してくれ!」

 

 

 筋斗雲はモノを言わない。しかし、かつての主の弟子の、あまりに悲壮感の溢れる泣き声に。出会って間もない、それでも、今までとは違う声で自身に呼びかける主に。―――――応えるように、今までにないスピードで飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 ―――――悟空は思い返した少し前のやり取りに、パチリ、と大きく瞬きをした。

 ただ、牛魔王のおっちゃんもルーシィも、よく泣くなぁと思ったばかりだった。

 

 

「オラよく分かんなかったけどさ」

「……はい」

「よーするに牛魔王のおっちゃんとケンカしたんだろ? おっちゃんルーシィのこと心配だっつてたし、亀仙人のじいちゃんとこ行ってナントカってゆーの借りて、おっちゃんと仲直りすりゃいいじゃねーか」

「……………はい」

 

 

 ケンカ。仲直り。そんな簡単な言葉で良いのだろうか。少なくとも、罪は消えず死んだ人間は蘇らない。きっと父も、―――――自分も、極楽浄土へは行けまい。地の底でその罪を問われるべき罪人だという自負がルーシィにはあった。

 けれど、けれど。

 ―――――せめて、父と分かり合い、死者を弔うことはできるだろう。

 今は、それだけでも。

 

 ひとりであの草原に居た時と比べて、ずいぶんとルーシィの心は穏やかだった。冷静に考えられる。先を想える。それは仲間を想い出したからでもあり―――――悟空のおかげなのだと、ルーシィは感じた。他の誰でもこうはなるまいと。悟空の持つ独特な雰囲気があってこそだった。他の誰でもなく……悟空だったからこそ。

 

 ルーシィはひとつ深呼吸をして、しがみついてごめんなさい、と悟空から身を離した。心に少し余裕ができて、身内でもない男性にはしたなく抱き着いていることに対する羞恥心を思い出したからだ。いくらルーシィに『かつて』があろうとも、今は12歳の少女であるのだから。

 ほんのり頬を染めたルーシィに、悟空は「今から飛んでくんだからまだ摑まっとけよ」と返した。

 筋斗雲でスピードを出すのだから、身を離すのは危険だ。悟空の言うことはもっともである。では、とルーシィはもういちど悟空の背中にくっついた。自分より小柄な体にそうっと腕を回して、悟空のおなかの前で手を組む。

 安全のためだ。それでも、密着した体がどうにも恥ずかしくって、どこか嬉しくって、ルーシィのくち元が緩んでしまう。

 

 

「悟空さん」

「ん?」

「ありがとうございます。……ほんとうに」

 

 

 渡されたお礼は小さく、けれどはっきりとしたものだった。悟空はそれに少しくすぐったくなって、笑ってごまかしてしまう。とりあえず、泣いてないならいいかと。

 

 

「おーし、じゃあ亀仙人のじいちゃんとこ行こうぜ」

「はい…」

「そういや、おめえ寒くねえか?」

「いいえ―――――いいえ。悟空さんが、あたたかいから」

 

 

 

 

 

 

 ―――――悟空が乗った筋斗雲の尾が空から消えるころ。ブルマは牛魔王から受け取ったルーシィの写真を見て、静かに問いかけた。

 

 

「……ねえ、この写真、牛魔王さんが撮ったの?」

「あ、ああ……そうだべ。…半年くれぇ前に………よくわかっただな」

 

 

 牛魔王は先ほどよりもしっかりした声で答えた。それでも若干うろたえているのは、先ほど深く刺さった言葉がを尾引いているからだろう。写真を見て答えるうちに、我が子の少し歪な笑顔に苦しくなった。緊張しているのだと思っていた。そんなことは無い。きっとこのころには、あの子の心は限界を目前にしていたのだ。

 牛魔王が続けた問いに、ブルマは顔を上げなかった。

 

 

「……分かるわよ。だってこんな、ひきつった笑顔なのに、……それでも撮った人のことが大好きって分かる顔してるわ」

「―――――………ああ」

 

 

 そこにはしっとりとした静寂があった。

 

 

 「………すまねえ、娘っ子。ブルマっちゅうただか…ありがとう」

 「ううん………あたしも言い過ぎてごめんなさい」

 

 

 それは静かな仲直りだった。歳も生まれもとんでもなく離れた二人が、同じ目線で仲直りをした。―――――ブルマは、先ほどの悟空の言葉に納得する。そうだ、こうやって、仲直りができればいいのだと。無事に帰ることさえできれば、きっと仲直りはできるはずだと。

 

 ウーロンが足元からハンカチを差し出す。ブルマは黙って受け取った。ウーロンはスケベな豚だが、こういうところが憎めない豚だった。

 

 ブルマは顔を上げ、牛魔王は、心を改めた。悟空が去った後、場にはしっとりとした、それでも穏やかな雰囲気が流れる。

 

 

 

 ―――――とあるふたりを除いて。

 

 

「ヤッ、ヤッ、ヤムチャさま! ままままずいですよ!」

「何てことだ…まさか牛魔王の娘だったなんて…!!」

 

 

 時は少しさかのぼり、牛魔王が娘の写真を取り出したころ。角度的にその写真を見ることができたヤムチャとプーアルは、先ほどまでの涙が思わず引っ込むほどに驚いた。

 

 見覚えがあったのだ。

 

 いや、正確には『見た気がする』のだ。悟空たちを追いかけてこのフライパン山に向かう途中に―――――恐竜に、追われているのを。

 

 ゾッと血の気が失せる。わずか一瞬視界の端に映っただけだったため、気のせいかと悟空たちを追うことを優先し、見て見ぬふりをしてしまった。実際あの子なのかどうかはわからないし、そもそも本当に気のせいかもしれない。しかし、悟空の乗った筋斗雲が飛んで行った方向を考えれば―――――ヤムチャは思わず座り込む。

 

 これだけ感動的な雰囲気になっておきながら、もしあの子が恐竜に食われていたら!?

 

 

「(た、頼むぞ~~~悟空~~~!!!!)」

 

 

 ヤムチャはここばかりはと、気に入らないはずの悟空の活躍を必死に祈りながら痛み始めた胃を押さえる。

 ―――――それは悟空がルーシィを連れて帰ってくるまで続いた。

 

 

 




 以上! DB超の方のブロリーを見た熱で書き始めた与太話でした。おかげでルーシィが都合よく弱っていて今じゃコレジャナイ感……むん、この設定だとルーシィじゃなくてもよくなるので、もう書きません。ちなみに超ブロリーの映画は6回見に行きました。
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