きらきらぼしは
また一歩、そばに
「ごきげんよう、ミラちゃん」
「あら、ごきげんようルーちゃん」
白い天使と山吹の天使が微笑み合う。まるで春の日差しと咲き誇る花々のように、辺りには穏やかな雰囲気が舞った。
―――――シロツメの街での一件から早3日。ルーシィはギルドに着いて早々、マスターであるマカロフに事の経緯を話し、軍や評議会への対応を協議した。
結果としてはルーシィが考えた策と大幅に変わりはないが、しいて言うのならばルーシィと軍や評議会とのやり取りは基本マカロフを通す、ということが決まった程度だろうか。
マカロフは、ただでさえ迷惑をかけてしまったのだから後始末は自分で、と言いつのるルーシィに、一歩も引かずにこの条件を押し切った。
「迷惑など。そもそもお前さんも言ったとおり、被害は普段のナツの破壊量に比べりゃガキのイタズラ程度じゃ。それに、しっかり
なにより―――――ワシはマスターじゃからの」
プカリ、とキセルから煙をたたせたマカロフは、そう言ってニヤリと笑った。―――――ルーシィは驚いたような顔をして…また、嬉しそうに笑った。
さて、そんな後始末の打ち合わせが終わった後は、ルーシィは部屋の模様替えや買い物に精を出すこととなった。
あっちへ行っては食器を買い、こっちへ来てはシーツや服を買い。街に突然現れた美少女に、街の人たちは喜んで商品を薦めたものである。
そうしてようやくひと段落着いたルーシィは、3日ぶりにギルドに顔を出したのだ。
「お買い物は落ち着いた?」
「はい! 街の皆様はとっても素敵で、素晴らしい時間を過ごすことができました」
いつの間にか親密になったミラジェーンとルーシィが微笑み合う。
グラビアアイドルでもあり
ニコニコと笑い合いながらお話をするふたりに、おっさん連中は端の下を伸ばして花が増えたと喜んだものだ。
「ところで、マスターはご不在なのですね。今日からまたお仕事に着かせていただくので、改めてご挨拶をと思ったのですが…」
「ええそうなの。定例会があるから…」
―――――『定例会』。ルーシィは聞き覚えのない単語にキョトンとした。
いや、ニュアンスからおおよその意味は察することができるのだが、もちろん詳しく知っているわけではないので間の抜けたリアクションになってしまうのだ。
そんなルーシィに、ミラジェーンは優しく説明をした。
「『会』って言っても、評議会みたいに権力を持った組織の事じゃないのよ。ただ地方のギルドマスター同士の情報交換会というか…そうだわ、せっかくだから、魔法界の組織図を説明するわね―――――ねえリーダス、『
ミラジェーンはひらめいたと手を打ち、そばに居た風船に手足が生えたような体系をした、三角帽を深くかぶる男、リーダスから、『
その様子を見ていたルーシィと、ペンを貸したリーダスの目が合う。…ルーシィは失礼のないように微笑んで礼をし、しかしリーダスは思わず赤くなって俯いてしまった。……美少女に微笑まれた。
リーダスもまた、ルーシィに話しかけてみたかった一員だったのだ。
リーダスのリアクションは挨拶を返せないダメな例のようであったが、幸いにもルーシィの意識はペンを宙に滑らせ始めたミラジェーンに向いていたので、リーダスのリアクションに何か言うことは無かった。
「ええと、まーず、政府があるでしょ?」
ペンが躍る。淡く光る文字が宙に浮く。
「魔法界のトップは、政府とつながりがあって、ギルドを統括する役目を担っている『魔法評議院』ね。評議会とも呼ばれているけれど、ここは知っているわよね?」
「ええ、…院に所属されている10名の評議員さまがトップなのですよね」
「そうそう。評議院は魔法界の秩序を守るために存在し、罪を犯した魔導士は法の他に評議院で裁くこともできる」
「で、その下に居るのがギルドマスター、ひいてはなの。マスターは評議会の決定事項を魔導士に通達したり、各地方ギルド同士の
「そうでしたの…では、今回マスターが行かれたのは大切なお仕事なのですね」
ルーシィは納得したように頷いた。マスターというポジションが楽な仕事だとはもちろん思っていなかったが、それにしても
「…それにしましても、わたくし、ギルド同士でそこまで綿密な連携をとっていらっしゃるとは思いませんでしたわ」
「馴れ合いってほどではないけれど、大切なことなのよ。これをお粗末にしていると…」
にこり、と笑ったルーシィに、ミラジェーンが説明を続ける。が、その言葉は途中で止められてしまった。
「お粗末にしていると」、何だろうか。ルーシィが続きを促そうとくちを開こうとして、
「 ―――――黒い奴らが来るぞォォォォ !! 」
「きゃあんっ!?」
椅子からひっくり返った。
「っと、あぶねーな」
「!!!??」
ナツはとっさに落ちそうになったルーシィの背に腕を回して受け止める。そうして、腕の中で驚きすぎて放心しているルーシィに呵々と笑った。まったくいいリアクションをしてくれる、と。
対してルーシィは驚きすぎて硬直していた。目を見開き、のぞき込んでくるナツを凝視したまま、息すら忘れてドラムロールばりに鳴り響く心臓の音に飲み込まれていた。
「ルーちゃん大丈夫?」
「はっ! だ、だ、大丈夫です、ええ」
しかしミラジェーンの声ですぐさま正気を取り戻し、慌ててお礼を言いながらもナツから距離をとった。
( なんだかここ数日、ナツくんとの物理的な距離が近すぎる気がいたします…! )
ナツはそもそもパーソナルスペースが狭い派なのでぐいぐい来るが、ルーシィとしてはたまったもんじゃない。ナツに出会うまでろくに異性と接触したことも無かったというのに、たった数日間で恐ろしいスピードで経験値を上げられているのだ。
もちろん嫌なわけではないし、慣れていきたい気持ちはあるが、あまりに展開が早すぎてそろそろ心が持たない。
「―――――もう、ナツくん。驚かせないでくださいまし」
「ケケケ、気づかない奴が悪いんだろ!」
まあそれについては、ナツの笑っている顔を見るとついつい許してしまう自分に非があることも、理解しているのだが。
「黒い奴らっていうのはね、連盟に属さない『闇ギルド』のことを言うのよ」
「や、闇ギルドですか…」
「そう。彼らは連盟に属していないから評議院じゃ罰せないの。そして、」
「そもそもあいつら自体が法律無視で好き勝手するおっかねー連中なんだよ」
ナツとルーシィの様子を面白そうに見ていたミラジェーンが説明を続ければ、それにナツが割り入ってきた。それにミラジェーンは仕方がなさそうに笑う。
どこから聞いていたのかは知らないが、問題なく話を続けるということは話の内容は分かっているのだろう。シロツメの街での仕事から帰って以来、ナツは買い物に忙しいルーシィにまた会えなくなったようで、ずいぶんと不満そうにしていたということをミラジェーンは知っている。
暇を持て余したようなその様子に、ならルーシィがひと段落するまで仕事にでも行けばいいのではと進めてみたが、どうやらルーシィとチームを組んだのだから仕事にはルーシィを誘って行きたいらしく、断られてしまった。
「まあ…そのような方々もいらっしゃるのですね」
だから、驚いているルーシィを面白そうに見つめるナツに、やっと会えてよかったわね、とミラジェーンは微笑んだ。
■
「てかルーシィ、ギルドにいるってことは買い物終わったのか?」
「ええ、おおよそは揃えることができましたわ」
「じゃ、仕事選べよ」
「前はオイラたちが勝手に決めちゃったからね。今度はルーシィの番だよ!」
にっこり肯定したルーシィに、ナツとハッピーは上機嫌で
それに―――――初対面の時から意外性を発揮したルーシィ。前回の仕事でも、…もしルーシィが居なければ、あの本は本来の宛て主に読まれることなくナツに燃やされていただろうし、またマカロフに大目玉を喰らっていたかもしれない。
ルーシィがいたからできたことだった。ナツは、ルーシィを十分に認めていた。チームを組んだことをよかったと思っていた。また一緒に仕事に行きたいと思っていた。それはハッピーだって同じ気持ちだ。だからルーシィを待っていた。
「えっ」
だから、キョトンとした顔をして呆けた声を上げたルーシィにふたりは怪訝そうな顔をする。
なんだ、自分たちがなんでもかんでも好き勝手決めると思ったのか。まあしないことは無いけれど、前回はルーシィ抜きで勝手に仕事を決めたのだから今回は譲るくらいの気持ちはある。
ゆえに、心外だ、という顔を作ろうとして、しかしすぐにそれどころではなくなった。
「あ、あの、もしかしてチームはまだ有効なのですか…?」
「「 は!? 」」
なんかルーシィが変なこと言いだした。
ナツとハッピーは大きく声を上げた後、くちをあんぐりと開けて絶句した。有効も何も、チームになって一緒に仕事に行って、チームだからルーシィが落ち着くまで待っていて、チームだから仕事に行こうぜと言っているのに、何を言っているんだコイツは。という顔である。
「いやなんだと思ってたんだよお前!」
「えっ、あの、」
「チーム組もうって言ったじゃん!」
「い、いえ、その、
グワッとルーシィに詰め寄って責め立てるふたりに、ルーシィはしどろもどろになりながら説明した。
あの仕事だからこそ誘ってもらえて、だからこそ本来の役割を果たせなかったことが申し訳なくて、それであんなにも張り切って仕事にあたっていたのだ。
身を縮こまらせて訳を話すルーシィに、そう言えば出発前に「お友達になれた」とかはしゃいでたくせに急に静かになっていたような…とふたりはハッとした。まさかあの時から勘違いしていたのか。
「確かにあの仕事が決め手だったけど、オイラはルーシィとチーム組めて嬉しいよ」
「そら、あの仕事は金髪なら誰でもよかったけどよ、誰でもよかったからルーシィを選んだんだよ」
「えっ」
「お前いい奴だし。なんだ、俺らのチームは不満か?」
むすり、と不貞腐れた顔をしたナツ。だってチームになったと思ったのに。なんだそれは。心底不満だという顔を向けられたルーシィは大慌てで首を振った。
そんなことはない。不満なんてない。むしろ、だって、本当に嬉しかったから。
「いえ、いえ! あの、おふたりがよろしいのでしたら是非、チームに入れていただきたいですっ」
大きな声で否定したルーシィは、そのままナツをじっと見つめた。
本当に嬉しかったのだ。幸せだと思ったからだ。だって、だって―――――
「あの、お、お願いがあるのですが、」
「お? お、おう」
「わたくしと、お―――――」
頬が赤くなる。この先を伝えるのには勇気がいった。けれどやっぱり、こういうのは自分から伝えてはっきりさせるべきだ。
足をもじもじと擦り合わせて、手はうろうろと着ているワンピースの端をつまんだり口元を隠したり…ルーシィは真っ赤な顔で居心地悪そうな、恥ずかしさを耐えたような顔で、ナツから視線を外したりやっぱり見つめたりと落ち着きがない様子でくちを開いた。
「お―――――」
話の流れ的にナツも何を言われようとしているのか察したのだろう。ちょっと恥ずかしそうな気まずげな顔になるが、それでもルーシィを止めようとはしなかった。
「お―――――」
真っ赤な顔で言い淀むルーシィ。緊張からか瞳も潤み、それでも真摯にナツを見つめる視線は熱い。
「―――――お友達になってください!!」
「「「「「 いや友達かよ!!!! 」」」」」
ラブロマンスかと思った観衆の突込みが冴えわたった。
■
まあ、まあ仲間だし、…仲間だし、な? とどこか照れくさそうに友達だと頷いたナツに、ルーシィは大はしゃぎで喜んだ。
…いくらナツでもここまで青臭く友達宣言をするのは恥ずかしいものがあったのだが、まあ、それでもなぜルーシィが言い終わるまで待っていたのかと言われれば、
「オイラもルーシィと友達だよ!」
「はい! ああ、これは夢かしら。とっても嬉しいわ…」
まあ、まあ、まあ。なんとなく、ルーシィが心の底から喜ぶだろうな、とは思ったので。
―――――そんな甘酸っぱさはないが青臭い雰囲気に周囲が生温かい目をする中、割り込んできた声があった。
「おいおい、そんな簡単に決めていいのか?」
パンツ一丁。己が肉体美を惜しげもなく晒す男、グレイである。
ルーシィはその姿を視界に入れてすぐ、ギョッとして視線をそらした。どうしてこの人いつも裸なのだろうという感想しか出てこない。というか顔を見てしまうと前回の眼前に晒されたおしりを思い出してしまい恥ずかしいというか、怖いというか。
「あンだよ」
「聞いたぜ? 大活躍だったんだってな」
「い、いえその、それほど評価いただくようなことでは…」
「謙遜すんなって。これだけ噂になれば他の奴らも誘いに来ると思うぞ」
ジロリ、と睨みつけるナツをスルーしたグレイは、なのにそいつに決めちまっていいのか? とルーシィに笑って聞いた。そのセリフに、思わず一部の男どもがそわそわとした雰囲気を出し始める。
なんだか『ナツさん』呼びが『ナツくん』になっているなど急激にナツと仲良くなっているようで声をかけにくかったのだが、もちろん一緒に仕事をしてみたいという気持ちを持つ人間はたくさんいる。
例えば都合よくピンチになったりして。それをうまく助けちゃったりして。そして―――――
『あ、ありがとうございます…あの、とってもお強くて、お優しいのね。素敵……』
―――――なんて言われちゃったりして!!
現実にそんな展開はないとは分かっていても、ついつい妄想してしまうのは男のサガである。
もちろん、男だけではない。新入りの女の子と仲良くなりたいという女性メンバーもいるのだが、なにせナツとの掛け合いが面白いのもう少し見ていた気もするのだ。ピュアピュアな気配を感じると野次馬したくなるのも女のサガである。
「ふふ、僕と愛のチームを結成するなんてどうかな? 今夜、ふたりで……」
「ほらな」
「ま、まあ」
ロキがきらめいた眼差しでトップバッターをきった。セリフはどう考えても仕事の誘いには聞こえないナンパ文句だが、ルーシィは純粋にチームに誘ってもらえたと理解した。
ナツはロキを睨む。『俺が誘ったのに何でこいつらは邪魔するんだ』という感情しかない。けれど、ロキは気にせず相変わらずのきれいな微笑みをナツにも向けた。
……それでもナツが黙って聞いているのは、あくまでルーシィの意志が優先されることを理解しているからだ。
一方ルーシィは恥ずかしそうに微笑を赤らめた。なにせロキは美男子だ。それに初日に助けてもらったこともあり好感度は非常に高い。そんな相手から誘いをもらえたとあれば、嬉しくないはずがない。
けれど、
「あの、とっても光栄ですけれど、大してお役に立てるというわけではありませんので…ナツくんとハッピーさんにお誘いいただけただけでも、とてもありがたいことなので…」
「役に立つも何も、南の狼ふたりとゴリラメイドをぶっ飛ばしたんだろ? じゅーぶん快挙じゃねえか」
「め、滅相もないお話ですわ! どちらもナツくんのご活躍です!!」
それでも分不相応だと眉を下げるルーシィに、グレイが不思議がって噂をこぼせば、ルーシィは大慌てで否定した。まさかナツの功績が自分のものになっているなんて思いもしなかったルーシィの内心はパニックと罪悪感に襲われた。
意図せずとも人の功績をかすめ取ることになってしまっていただなんて、なんて恥知らずな。ルーシィは必死に誤解を解こうと言葉を続けた。
「あの、とってもすごかったのですよ! ええっと、メイドの方はナツくんよりふた回り以上も大きな方でしたけれど、二度も一撃で撃破されてしまわれて。南の狼の方々は直接目にしたわけではありませんが、おふたり相手にたったおひとりで勝利なされたのです」
ええ、とっても素敵でした! と捲し立てたルーシィに、グレイは「お、おう」と返すしかなかった。
…正直、ナツの功績だと聞いた瞬間はイラっとしたが、それでもこんなに一生懸命説明されればルーシィを乗り越えてナツにケンカを売りに行こうとはさすがのグレイでも思えなかった。
いや、なにせ、ルーシィは美少女である。
興奮しているのか距離の近づいた体も、必死に見上げてくる顔も、実はグレイ的にはドストライクだった。さらに言えば、相手がナツなのは腹が立つが仲間をかばい立てる精神性も好ましい。そんな相手ににべもない態度はとれないものだ。
「分かった分かった。でも、評議会や軍に上手く渡りをつけたのはお前だって聞いたぜ? …ああ、マスターが一枚かんでることも聞いたさ。でもマスターがお前の功績だって言ったんだから、そこは受け取っとけよ」
な? となだめるように言えば、ルーシィは褒められたことへの喜びにほんのり頬を染めて頷く。
向こうでルーシィの大絶賛に胸を張って威張っているナツは普通に腹が立つが、今はこの可愛さに免じて見逃してやろう、とグレイは肩をすくめた。
なお、一部から向けられた自分の妄想よりすごいベタ褒めをされているナツへの嫉妬の視線を受けて、ナツはなぞの寒気に襲われた。
「で、結局ナツとハッピーとチーム組むのか?」
「は、はい、お誘いいただけたのはとても光栄ですし…その、嬉しいので」
さて、ではこのお姫様ともうちょっと距離を詰めてみますか、とグレイは未だぎこちなく緊張している様子のルーシィへ話しかけた。
かわいいし、せっかく新しく仲間になったのだから仲良くやっていきたいものだ。
いやそれにしても、嬉しそうに頬を染めている理由がナツなのはナツに負けているみたいでムカムカするが。
ルーシィは控えめなはにかみを浮かべてグレイの言葉に肯定した。
本当に、嬉しかったのだ。それはもう、ものすごく。
チームに誘われて、嬉しくって、
そう、気合を入れたのだ。役に立てるだけで嬉しかったから。少しでも恩返しができればと思ったから。……憧れに、ほんの少し近づけるかもしれないと思ったから。近づくことはできなくとも、そのきらめきを、ほんの少しでも、間近で見ることができると思ったから。
そうして仕事に向かって、結局役割を果たせなかったと思っていたら、まさかのまさかである。
嬉しくないはずがない。不満があるはずがない。
だって認めてもらえたのだ。チームを組みたいと思ってもらえたのだ。こんな嬉しいことがあるだろうか。
夢のような、この現実が、……また一歩、近づいた。
そんなルーシィの、幸福を凝縮して浸っているような笑顔を直視したグレイは思わず固まってしまう。いや、それ、本当に「お友達」相手に向ける笑顔か? という疑問を抱いてしまうのは仕方がない。
まさかナツのことがそういう意味で好きで、それを自覚していないだけでは。いやそれにしても―――――それにしても、はにかむその顔があまりにも目を引いて、グレイは湧き上がった緊張に生唾を飲み込む。
「けれど、何かあったら是非相談してほしいな。ナツはフリーダムだからね…君が振り回されて辛い思いをしてしまわないか心配だ」
ふんにゃりとした笑顔を浮かべるルーシィに、固まったグレイ。ふたりの間には不自然な沈黙ができてしまい、不思議に思ったルーシィがグレイを仰ぎ見ようとしたところで―――――ふたりの会話にロキがひょっこり割り込んだ。
ハッと正気に戻ったグレイは、にっこりと笑ってルーシィに話しかけるロキにまたナンパか、と呆れながら冷静さを取り戻し、対してルーシィは顔をパッと華やがせる。なにせロキは自分を助けてくれた人だ。顔に好意がにじみ出る。
それに、優しい目をしているから。
今のセリフもナツをダシに使っているように聞こえるが、ルーシィは本当に心配してくれていると感じていた。あえてフリーダムという言葉を選んだのは、ナツへのフォローだろう。
それにさっきチームへ誘ってくれた時も、優しい目でルーシィへ微笑んでいた。
だからルーシィは安心しきった顔で微笑んだ。それは誰が見ても心を許していると分かるような微笑みだった。
「お心遣いありがとうございます」
「君みたいなきれいな子を心配するのは男として当り前さ。…けど、そんなに心を開いてくれるのは嬉しい反面複雑だな」
世の中には優しい顔をしてひどいことをする男もいるんだから、気をつけなきゃだめだよ。もちろん僕は違うけど、とルーシィに忠告しながら微笑むロキに、グレイは物凄い違和感を覚えていた。
ロキがナンパをするのはいつものことだと思っていた。けれど、これは。この言い方は、まるで庇護する相手に優しくしているだけのように見える。
ルーシィはどう見てもロキが口説きそうな女の子だ。なのに、まるで下心を感じられない。
どういう心境の変化だ? とグレイは怪訝そうな顔でルーシィに話しかけるロキを見た。
■
ロキは自身の感情に戸惑っていた。なぜ自分はこんなにもルーシィを心配しているのだろうか。かわいい女の子には優しくするもの。それは当然だ。けれど、なんだろう。自分でも度を越しているような気がする。なぜだろう。不可解だ。けれど、不愉快ではない。ただ、ただこれは―――――
「ところで、ルーシィはどんな魔法を使うのかな」
「わたくしは、」
ルーシィは微笑んだまま腰に下げていた皮のキーポーチを外して持ち上げた。―――――そう、それはキーポーチである。ロキは今までの女性たちと関わった経験から、それが皮でできたレディースのキーポーチだとすぐに気が付いた。
魔導士が、使う魔法を尋ねられてキーポーチを取り出す。その意味をロキは知っていた。ロキだからこそ知っていた。ロキは、誰よりも知っていた。
息が、止まる。
「君ッ―――――星霊魔導士だったの!?」
「え? ええ、そうですが…」
ギョッとしてルーシィから数歩距離をとったロキ。そのリアクションに、ルーシィは面食らう。ポーチから鍵を出してもいないのに『星霊魔導士』だと気づかれたということは、ロキは星霊魔導士に親しみがあるのかもしれないと、ルーシィは考えた。…けれど、ならこのリアクションはなんだろうか。この―――――ショックを受けたような顔は。
「すまない、僕はこれで!」
「えっ!?」
ロキはすぐさまルーシィに背を向け、一目散に走り去った。―――――背後から、ミラジェーンがルーシィにフォローを入れてくれている声が聞こえる。お礼を言う余裕もない。ただ、すぐにでもこの場から離れたかった。
星霊魔導士はだめだ。もしかしたら
―――――それに、ショックだった。
守りたいなと思った。心配だった。どうしてだろうと思った。それでも、いやな気持ではなかった。むしろどこか幸福を感じていた。なぜかは分からない。分からないけれど、確かに嫌なものではなかった。どこか安心した。それが、それがまさか―――――ルーシィが星霊魔導士だったからだというのなら。
それはひどい裏切りだと思った。
誰への裏切りか。それはルーシィへの裏切りだ。
嫌だった。そんな理由でルーシィへ好意を持った事実が、自分が、嫌だった。
だって、考えてしまった。ルーシィが星霊魔導士だと聞いた瞬間。自分の好意を意識した瞬間。―――――まさか、目の前の少女は
あんなに純粋な、心を開いた笑顔を向けてくれた相手に対して、そんな疑いを持った。本気だったわけじゃない。ただ、ただ、ロキは―――――ロキは、責任をルーシィに押し付けようとしたのだ。
自分の好意の出所を、ルーシィのせいにしたかった。そうして、まさかと思うような自分の浅ましさに見て見ぬふりをしたかった。泥に泥を塗るような、醜い自分を自覚した。
だって分かってしまった。彼女が星霊魔導士だというのなら、理解してしまった。けれど認めれば、それは裏切りになると思った。
そうだ。この感情は知っていた。遠い昔から、ずっと知っていた。…それなのに、ああ。随分と懐かしい感じがする。
嫌なわけがない。当然だ。ああ、ああ―――――
自分は、気づいてはいけない。―――――きっとルーシィは、星霊を心から愛してくれているということに。
だから走って逃げて、心を落ち着かせようとした。意識を切り替えようとした。今までギルドに居なかった星霊魔導士の仲間への関わり方を考えなくちゃいけないと考えて―――――
―――――1分でギルドに戻ってきた。
■
「ごめんねルーちゃん。びっくりしたでしょう?」
「い、いえ……あの、わたくし、何か失礼をしてしまったのでしょうか…」
「ああ、違うのよ。ロキはずっとああなの」
「おー、気にすることじゃねえよ」
「は、はい……」
「ところでグレイ、服は?」
「アレェ!?」
しょんぼり、と落ち込んだ様子を見せるルーシィに、ミラジェーンは首を振って否定した。
ロキはギルドに入ったころからずっとそうだった。かわいい女の子は片っ端から口説いて回るくせに、星霊魔導士相手にだけは一目散に逃げ出すのだ。
ただ、嫌いだから逃げるというよりは苦手だから逃げるという感じで、「何たる運命のいたずらだ!」などと騒ぐため、過去に星霊魔導士相手に(女性関係で)ひどい目にあったのではないだろうかというのが周りの見解だった。
「だからルーちゃんが気にすることないのよ」
フォローするミラジェーンに、ルーシィは曖昧に微笑んだ。それでもやっぱり、好意を持った相手に拒絶されるのは悲しいし、もしかしたら愛する
もしそれが誤解ならぜひ解きたいとは思うのだが、トラウマになっているのならお節介でしかないのかもしれない。強制して余計に嫌われるかもしれないし……ルーシィの気持ちはままならない。
「はい……」
「おーしじゃあルーシィ仕事選ぶぞ!!」
「きゃあ!」
けれど、付き合いの長い他の人がそう言うのならあまり気にしないようにしよう、とルーシィが頷いたところで、ナツがとびかかるようにルーシィの肩に腕を回した。
驚いたルーシィのくちから悲鳴が漏れる。しかしナツは気にしなかった。
チームは本人の意思を優先すべき。だからナツはルーシィが頷くのを待っていた。そうしなければ、もし、無理強いをすれば……あの船の上のように、泣かれてしまうかもしれないと思ったからだ。
正直、ナツはルーシィの扱いを測りかねていた。それは恐らくハッピーも気づいていないことだが、ナツは毛色の違うルーシィはどこまでがセーフゾーンなのかが分かりかねていたのだ。
…普段なら、ナツがそこまで気にすることではないかもしれない。ロキの言ったとおり、ナツは悪人ではないがフリーダムな野生児だ。だから基本は押さえているものの割と好き勝手に生きている。
けれどやっぱり、あの船上で見たルーシィの泣き顔が、どうしても飲み下せなかった。
だから、万が一自分が原因であんな顔をされてしまうのは御免だったのだ。
しかし今、ルーシィの誤解は解け自分でナツとハッピーとのチームを選んだ。嬉しいと言って、ナツとハッピーを選んだ。―――――ならもういいかと、ナツは決めることにした。
もういいだろう。もう大丈夫だろう。だからナツは、ご機嫌でルーシィの体を肩に回した腕で引っ張って
ようやく仕事に行けると笑って―――――「あん?」と首を傾げた。
ロキが出て行ったはずのギルドの出入り口から駆け込んでくる姿が見えたのだ。
「あらあら、どうしたのかしら?」
「―――――し、失礼しますっ」
同じくロキに気付いたミラジェーンがコテン、と首を傾げた隣で、ルーシィは驚きでなされるがままに成っていた状態からハッと覚醒し、少し迷ってからナツの後ろへ身を隠した。
それを見て、慌てて服を着なおしたグレイが怪訝そうな顔をする。……ところで、ルーシィが服を着たグレイを見たのはこれが初めてである。
「…なにやってんだ?」
「い、いえ、星霊魔導士を苦手にされていらっしゃるのでしたら、わたくしがご面前にあれば不愉快なお気持ちになってしまわれるかと思いまして…」
……なんとなく、グレイは何とも言えない気持ちになった。なんだろうか。何か違和感があるようなないような。
よくわからないから、とりあえず気にしすぎだとだけ声をかけてみることにした。
「ナツ!! グレイ!! 大変だ!!!」
走って戻ってきたロキは、息を切らしたままナツとグレイの名を呼んだ。その顔色はけして良くはなく、すわ体調不良かというほど。
グレイは何事かと眉を上げた。なぜ自分とナツがピンポイントに呼ばれたのか。「あん?」とロキを見た。
ナツはロキを見ながら、なにか強い獣の匂いがするな、と感じた。背中に回り込んだルーシィには「何やってんだコイツ」と思ったもののそのままにし、自慢の鼻をもう一度ヒクつかせた。
獣の匂い。多分、魔獣の類だ。それから、血の匂い。その魔獣のものだろうか。そして、どこか嗅ぎなれた……
「ま、まさかっ」
一気に青ざめたナツが逃げ出そうとしたその一瞬、一歩早くロキの声がギルドに響く。
「エルザが帰ってきた!!!」
さて、ところで。冒頭のふたりの天使の挨拶について話をしよう。
マカロフと話が付いた後は、ルーシィはミラジェーンにもろもろの礼をしに行った。気にしないでと笑うミラジェーンに、ルーシィはそれでもと礼を言い…それから、ほんの少し頬を赤らめた。
「あ、あの、ミラさん…」
「あら、どうしたのルーシィちゃん」
「その、実はっ、折り入ってお願いしたいことが、あるのですが!」
ミラはぱちくりを目を見開いた。赤い顔で窺うように見てくるルーシィ。そのくちから発せられた「お願いしたいことがある」というセリフ。
それは―――――それはなんて、素敵なことだろうか。
「ええ、いいわよ! 何でも言って」
初日から、しっかりとした子だと分かっていた。少し天然で世間知らずっぽいところは見受けられたが、マカロフと話し合う姿を見れば教養があり賢いということは見て取れる。
そして同時に、どこか壁を、線引きを感じてしまう子だと思った。
それはルーシィへ線引きをしてしまうということではなく、ルーシィがミラジェーンたちに線引きをしているように感じるという意味だ。
初日と、今。それだけで、ミラジェーンの目にはルーシィが、一歩引いていて、それでも眩しそうな顔をしてこちらを見て、そして嬉しそうに、まるで他人のような顔をしているように見えていた。
理由は分からない。けれど、仲間なのに。それなのに、まるで自分は蚊帳の外のような雰囲気をしているのが気になった。
もちろん、入ってすぐに親密になれ、というのは無理な話だと知ってはいるが…それでも、早く馴染んでくれればな、と思ってしまうから…ついつい気にかけてしまう。
だから喜ぶ。そんな子が「お願い」をしてくれることに。ああ、多少の無理難題なら許してしまうかもしれないわ! と、ミラジェーンの心は浮ついていた。
「そ、それではあの、」
だからミラジェーンは喜んだ。
「ミ―――――ミラちゃんとお呼びしても、よろしいですかっ!」
( ねえ、きっとナツ。あなたでしょう? この子にこんなことを言えるようにしてあげたのは )
―――――そんな、確信のような喜びを持って、ミラジェーンは満面の笑みで頷いた。
「ええ、ぜひ。ねえ、なら私もルーちゃんって呼んでもいいかしら?」
それでも、ナツばっかりどんどん仲良くなるのはちょっと悔しいかも? と思いながら、泣き出しそうなくらいの笑顔を浮かべるルーシィに、ミラジェーンはハグをした。
―――――そんなわけで、ミラジェーンはルーシィを「ルーちゃん」と呼び、ルーシィはミラジェーンを「ミラちゃん」と呼ぶようになったのだ。