きらきらぼし   作:雄良 景

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 長らくお待たせいたしました。なんか割とぐだぐだです。文字数だけ多い。
 描きたいネタだけは詰め込みました。
 そういえば、当初はルーシィの性格はもうちょっと控えめだったんですよね。強く言われたら流されちゃうというか、もっと自分に自信がなくてプルプルしてる感じの…
 そこから成長していく姿を描くつもりだったのですが、先の展開のネタばかり浮かんでくるうちに侵食されました。わりと元気になっちゃった。
 どれくらい違うというと、まずハルジオンの時点でナツを窘めきれずに一緒のベットで寝るはずだった。





スカーレット・レディ

 

 

 

 『エルザ』―――――その名を聞いた途端、ギルド中がざわめき、空気が震えた。

 ナツとグレイは青ざめ、ルーシィは異様な雰囲気に不安感を募らせる。

 

 エルザとは誰だろうか。どうしてこんなにざわめいているのだろうか。

 

 ルーシィがミラジェーンを仰ぎ、この雰囲気の原因を聞こうとしたところで―――――地面がわずかに揺れた。

 

 

 

 それはまるで巨大な怪獣の足音。

 

 

 

 重量を感じさせる地鳴りのような音が、少しずつギルドに近づいてくる。

 

 

「エ、エルザだ…!」

 

 

 ナツの震える声が聞こえた。

 この揺れの原因がそのエルザという人間なら、いったいなぜ揺れているのだろうか。まさか本当に足音だと? そうだとするのなら、いったいどれほどの巨体の持ち主なのか。ルーシィは頭の中で初対面時のマカロフや星霊だったらしいバルゴの姿を思い浮かべ―――――目の前のナツの背中が震えていることに気が付いた。

 

ナツが慄くほどの魔導士。……ルーシィは緊張感に小さくつばを飲み込み、震えた指先でナツの服の端をつまむ。

 

 

 

 誰もが固唾を飲み込み、ギルドの入り口を注視する。―――――その肌が震えるような雰囲気の中、彼女は現れた。

 

 

 

 

 

「―――――今戻った」

 

 

 

 

 

 纏うのは国軍のような鎧。一歩踏み出す足はしなやかで、動きに合わせて揺れるスカートも精練された雰囲気を強調する。品を感じさせる面構えの豊満なまつ毛に彩られた目元は鋭く―――――存在そのものに凛とした威圧感のある、美しい戦士がそこにいた。

 

 

 

「―――――………」

 

 

 

 ルーシィは絶句する。息も忘れるほど、その光景に見入った。

 

 

 エルザはその肩に身の10倍ほどの『荷物』を乗せて歩いていた。息ひとつ乱さず、背筋を伸ばしたまま歩き、

 

 

 

 ズウウウウンッ!!

 

 

「マスターはおられるか?」

 

 

 軽々とそれをギルドの床に下して、何事もなかったように話し出した。いや、実際エルザにとっては何事でもないのだろう。実に軽々とした動作だった。

 けれどその荷物が見た目だけの張りぼてでないことは、床に置いた際の揺れで数名がバランスを崩し尻もちをついていることから明らかだ。

 

 ルーシィもまた、呆然としていた状態で揺れに襲われたため、バランスを崩してナツの背中に顔を突っ込むこととなった。……けれど、その視線はずっとエルザへ。

 

 

「マスターは今定例会に行ってるわよ~」

 

 

 ギルド中が強い緊張に襲われている中、ミラジェーンは変わらず穏やかに答える。……その声でようやく他のメンバーたちもハッとしてくちを開くことができた。

 

 

「エ、エルザさんなんすかそのバカでかいの…」

「ん? ああ、討伐した魔物の角だ」

 

 

 地元の者が礼だと飾り付けてくれてな、と語るエルザの言葉に、その場に居た全員が改めて目の前の魔導士の規格外さを理解する。

 角だけで当人の10倍はあるということは、実物は100倍を超えるのではないだろうか。そんな魔物相手にまさか無傷完勝してきたのか? というか任務地から持って帰ってきたのか? どうやって? 絶対公共交通機関使えないだろそのサイズ。まさか、―――――歩いて?

 

 

 ―――――周囲がエルザの討伐した魔物を想像する中、ルーシィはずっとエルザを見ていた。

 

 角について聞かれ、凛とした雰囲気を少し緩ませ、飾り付けられて角を称賛するその顔はほころんでいる。そこに滲むのは飾り付けた地元民への称賛と、感謝の思いを喜ぶ心と、美しい調度品となった角への好感だろうか。

 

 

「……? おい、ルーシィ?」

 

 

 ふと、ナツが黙ったままのルーシィに声をかける。様子が変だ。ずっと黙ったまま、微動だにしない。背中にぶつかってきた時でさえ謝罪もなかった。…あのルーシィが。

 

 今もそう。ルーシィはナツの呼びかけに反応することなくただじっと、驚いたような、呆然としたような顔でエルザを見つめ続けていた。

 

 その熱い視線の先で、エルザはギルド内に居るメンバーへその素行や言動を咎め始める。さながら風紀委員のようなそのくちぶりから、当人の性格は窺い知れるというものだろう。けれど、ひとりひとりを言い咎め、世話が焼けると溜息を吐くその顔はセリフに反して穏やかだ。

 その微笑みは彼女が仲間たちを大切に思っているという気持ちが透けて見えるような、親愛がにじみ出ているもの。それがどこか雰囲気を砕けさせ、いっそうルーシィの目を引き付ける。

 

 

 

 

 美しい人だった。頭の先から足の先まで、一本の剣のようにまっすぐと伸びた、美しい人だった。

 

 

 

 

 

「ルーシィ? おいってば、」

「―――――素敵……」

「は?」

 

 

 

 

「そういえば、ナツとグレイはいるか?」

 

 

 

 

 エルザが振り向く―――――鮮やかな緋の髪(スカーレット)がなびく。

 

 ルーシィはまるで魂を抜かれたように魅入っていった。

 

 

「よっ、よぉ~エルザ…」

「久しぶりだなグレイ。ナツとは仲良くしているか?」

「も、もちろん…だぜ…」

「そうか。お前たちはよくケンカになるからな…親友なら争うこともあるだろうが、私は仲良くしているお前たちを見るほうが好きだ」

「いや毎回言うが別に親友ってわけじゃ…」

「で、ナツ。お前も―――――ナツ?」

 

 

 エルザからの名刺し。グレイは引きつった頬をそのままに答えた。なにせ体がエルザの恐ろしさを十二分に知っているのだ。嫌っているわけではない。避けているわけでもない。仲間だ。…仲間だが、恐ろしいものは恐ろしい。ので、どうしても顔が歪になる。

 

 しかしエルザは鈍感なのかマイペースなのか、グレイの様子に気づかず納得し、ナツに呼びかけ―――――そして少し困惑した。

 

 

 

「おい、おいって、ルーシィ」

「ルーシィ?」

「―――――」

「ダメだよナツ、完全にトんじゃってる」

「何やってんだこいつ…」

 

 

 ナツが、見覚えのない少女の肩を揺さぶっていた。

 …何事だろうか。ちらりとグレイやミラジェーンに視線を向けてみるものの、ふたりとも首を傾げていることから状況を把握しきれていないのだろう。

 

 

「ナツ、どうした」

「うおっ!? あ、ああいや、なんかルーシィが固まって…」

 

 

 とりあえず本人に聞いてみるか、とエルザが近づき声をかければ、ナツは少し動揺しながら答えた。ナツもまた、何度も再起不能にさせられた記憶が尾を引いているのだ。

 

 

 ―――――余談だが、ロキもまたエルザをナンパしてボコボコにされた過去があるために、叫んだあとは即行ギルドの隅へ避難していた。

 

 

 エルザはルーシィを見た。右手にあるギルドマークから、新しい仲間なのだろうということは察せる。しかしなぜ固まっているのだろうか。もしや体調がすぐれないのだろうか……エルザは仲間を想う深い気持ちで、固まったままのルーシィに視線を合わせた。

 

 

「―――――はっ」

 

 

 瞬間、ルーシィが弾かれたように正気を取り戻し、―――――目の前のエルザの顔を認識した途端、顔を真っ赤に染め上げる。

 

 

「君、大丈夫か。顔が赤いようだが…」

「い、い、いえ! だい、大丈夫です! お心遣いありがとうございます!」

「そうか? もし気分が悪くなるようだったらよく休むといい。……ところで、君は新しい仲間、という事でいいのだろうか」

「は、はい、ルーシィと申します……あ、あの、あなたさまは、」

「私はエルザ・スカーレットだ。これからよろしく頼む」

 

 

 エルザは挙動不審ながらも自己紹介をしてきたルーシィに、名乗りながら小さく微笑んだ。それは、赤くなった頬に体調不良を疑ったがどうやら元気そうだという安堵と、新たな仲間への歓迎の気持ちだった。

 

 ルーシィは眼前でほころんだ赤い薔薇に高鳴る心臓を服の上から押さえつけ、それからスカーレット…、と名前を復唱した。

 

 

 スカーレット。それは一等目を引く鮮やかな赤を指す緋色のこと。どこまでも赤く、美しい、炎の色。

 

 

 ―――――はらり、エルザの頬に一本鮮やかな線がかかる。

 

 

 

 

 ああ……―――――ルーシィはたまらない気持ちになった。言葉で言い表せない何かがそこにはあった。

 だから、そっと窺うように、何か素敵なものを見つけたような顔で、じっと目を合わせてくるエルザに微笑んだ。

 

 

 

 

 

「―――――お(ぐし)のお色味でいらっしゃいますのね」

 

 

 

 

 

 未だ熱の引かない頬のまま、とっても素敵だわ、と小さく息を吐くように、恥ずかしそうに伝えるルーシィ。そのセリフに…次に息を止めたのは、エルザだった。

 

 ―――――視界の端にスカーレットが映る。

 

 

 

「そ―――――う、だろうか。ありがとう」

「ええ……」

「………」

「………」

「………」

「あっ……あの、……えっと、ま、魔物の討伐に当たられたそうですが、…お怪我はございませんか」

「あ、ああ。脅威ではあったが敵ではなかったからな」

 

 

 

 ぎこちない会話。けれど、敵ではなかったと首を振ったエルザの声ははっきりとしていた。それは己が武への確固たる自負があるのだろう。けれど脅威と呼ぶのは、実際に被害を被った人々がいるからだ。だから助けてくれと依頼さ(たのま)れて、エルザは魔物を討伐したのだから。魔導士と違い一般人が抵抗手段を持っていないのはおかしなことではない。けれど、それはある種の気づかいであった。

 

 

「そ、そうですか……その、とってもお強いのですね」

「いや、私もまだまだ未熟さ」

 

 

 その物言いにルーシィはうっとりとして賞賛の言葉を送る。けれどエルザはそれを否定した。傲り高ぶらないエルザらしい謙遜だ。同時に事実だと思っているからこその言葉だ。

 

 上には上がいると知っている。いつだって自分の不甲斐ない点を意識して立っている。自分は未熟だ(いまだじゅくさず)。そして、無力だ。

 秩序はそこいらの魔導士他に引けを取ることはないと胸を張るが、しかし逆上せるにはまだまだ(ぬる)い。

 

 けれど、未熟であるということはこれ以上があるということだ。熟すだけの余地があるということだ。ゆえにエルザは自己研磨を続ける。さらに上へ。その次へ。それこそ、完熟を通り越して腐り落ちてしまうまで―――――大切なものを守るために。

 

 

「そんな………それに、あの、わたくしのこともご心配くださって、とてもお優しいです」

 

 

 ふるり、首を振り…恥ずかしげに、それでもそっと目を合わせて話すルーシィに、エルザもまた少し頬を染め、柔らかく微笑んだ。

 

 それは綻ぶ花のようであり、眩く光を反射する鋭利な剣のようだった。

 

 

 

 

「仲間を心配することは当たり前のことだ。けれど、…ありがとう」

 

 

 

 

 包み込まれた。そして射抜かれた。その瞳に見つめられ、ルーシィは再び息の仕方を忘れた。―――――そして、燃え上がるように顔を赤らめ、…蕩けきったような眼差しで、鋭くも暖かい光を宿すエルザの眼差しに釘付けとなった。

 エルザもまたその瞳を優しく見返し―――――

 

 

 

「で、ナツ」

「お!!?」

 

 

 

 ―――――ルーシィの隣に居たナツに話しかけた。

 

 

 

 

 

 

 話しかけられたナツはひっくり返った声が出た。いやだってびっくりするだろう。一瞬前まで目の前で急にいちゃつきだした片割れからしれっと話しかけられたら! 声は出さないものの勃発したラブロマンスに注目していた周囲もあんぐりとくちを開いて目玉を落としそうになっていた。平気そうな顔をしているのはミラジェーンだけだ。

 

 

「久しぶりだな…相変わらず暴れているようだが、少しは加減を覚えるべきだぞ」

 

 

 しかしエルザ本人は変然としている。何でもない顔だ。…いや何でもない話なのだ。エルザにとっては。そもそもいちゃついてたつもりがない。だって単純に褒められてお礼を言っただけだから。

そして最後の礼で会話が終わったものだと思っている。だから何でもないようにナツにも苦言を呈しているのだ。だって本当に何でもないから。

 

 目の前の急な雰囲気の転換にギョッとしていたグレイは、すぐにハッとしてルーシィを見た。一瞬前まで自分と甘く見つめ合っていた相手にこんな対応をされれば、いくらおっとりお嬢様風なルーシィでも憤慨するかひどく傷つくのでは、と危惧したからだ。

 しかしグレイの想像に反して、ルーシィは赤らめた顔でうっとりとエルザを見つめているだけだった。

 

 だってルーシィもまたそうなのである。素敵だと思ったから賞賛しただけだった。それに謙遜されてお礼を言われて、なんて素敵な人なのでしょうと震えたりしちゃったりしたが、それだけだった。

 恋する乙女のようなリアクションに見えたとしても、本当にそんなアレではなかったのだ。本人にそのつもりは一切ない。そもそもついさっきナツとラブロマンスに見せかけた青春ドラマをやったばかりだった。

 だから「ナツさんとお話があるのならお邪魔にならないようにしなくては」と一歩そばから引いたし、隣でなんとなく察したグレイはドン引いた。

 

 

「しかし常に全力なこともお前の魅力なのだろう。だが、これからのことを考えるのならばお前も周囲の被害やギルドの風評を……」

 

 

 周囲が未だ呆然としたまま正気に戻れない中、エルザは懇々と説教を続けルーシィはその姿をキラキラとした顔で見つめグレイは混沌(カオス)と化した現状にドン引きしていた。

 

 

 ―――――世間一のお騒がせギルドが、たったふたりの魔導士にギルド全体を翻弄されるという伝説が生まれた日であった。

 

 

 ミラジェーンだけが楽しそうに笑っていた。

 

 

 

 

 

 

「―――――さて、話はここまでにしておこう」

 

 

 エルザが言葉を切れば、ナツは解放されたように大きなため息を吐いた。話始めれば言いたいことがいくつも出てきたらしいエルザは、それからひとつふたつと話を増やしていき、最終的には5分ほどナツに説教を続けていたのだ。

 

 

 たった5分。されど5分。ナツは枯渇した精神力に頬をこけさせ、そのまま目の前でミラジェーンと話し始めたエルザをしり目に横に居たルーシィの頬を緩くつねった。

 

 

「!!!??」

「このやろっ」

 

 

 ギョッとした顔のルーシィにナツは拗ねた顔を作って、ふわふわですべすべのその肌をむに、と引っ張る。

 なにせルーシィは裏切り者だ。チームのナツが説教されてぐったりしてるというのに、エルザをキラキラとした顔で見つめて助けもしてくれなかったのだから!

 周りのメンバーは叱られるナツを見てとっくに普段の調子に戻って騒ぎ始めたが、まあこれが妖精の尻尾(フェアリーテイル)だからそれはいい。しかしルーシィはチームなのだ。なのにこの仕打ち。

 これは立派な背信行為だ。ナツにはルーシィに罰を与える権利がある。ちなみにハッピーは会話の節々で飛び火していたので同士だ。無罪。

 

 

「な、なふふん(ナツくん)っ」

「仕返しだこのやろ」

「ナツ―! 次オイラ! オイラもやりたい!」

 

 

 ナツはルーシィの頬を傷つけないよう、爪を立てないように、ちからを込めないように気をつけながらもにもにと引っ張ったり押したりを繰り返した。…途中から仕返しというより感触を気に入って遊んでいたが。

 

 対してルーシィは産まれて初めての経験に大混乱していた。ナツの手がルーシィの(はだ)にぴったり触れている。どうすればいいのか。慌てふためき縮こまったルーシィはろくに抵抗もできずナツに好きなようにされていた。

 

 

「おいおい、いじめてやんなよ」

「いじめてねーよ。つかうるせえ」

「あ゛?」

「んむっ!」

 

 

 いつも通りウザくてうるさいグレイに舌を見せながら、ナツは変わらずルーシィの頬をいじくった。

 もちもちというよりふわふわだった。下手をすればふわふわを通り越してとろとろだ。ムニムニとつねっていた状態から手のひらで包んで揉み転がす罰に変えてみれば、そのとろとろ具合がよく分かる。

 うん、やっぱり反発する(もちもち)というより手に馴染む(とろとろ)。肌はナツの手のどこにも引っかかることなく弄ばれ翻弄され(すべすべつるふわり)、と手のひらの中で転がされている。…いや、転がされているという表現は正しくないかもしれない。もっとこう………ナツは自分の語録力の限界を見た。

 

 

「だーっ! やめてやれって!」

「うお!」

「ぷはっ!」

 

 

 しかし表現できなくとも感じることはできるわけで、ナツはあうあうと翻弄されるルーシィを気にせずとろとろさせていれば、こねくり回されて目を回しているルーシィがさすがに哀れだとグレイに引きはがされた。

 

 

「なにすんだよ!」

「うるせーよセクハラ野郎!」

 

 

 脱衣魔に言われるのは大変心外だ。

 ただ頬を触っていただけでセクハラとは全く遺憾である。ナツはすっかりルーシィの頬の具合を気に入ってしまったのだが、しかしグレイはサッとルーシィを背に庇ってしまったので、グレイを乗り越えなくてはとろとろができない。

 

 グレイ越しにはハッピーがルーシィの頬を肉球でぷにぷにしているのが見える。怪我をさせないよう爪はしっかりしまわれた前足で柔らかくぷにぷにぷにぷに……これには目を回していたルーシィもにっこり。表情までとろとろにして喜んでいた。

 

 ハッピーは良いのになんで俺はだめなのか。ナツはムッとした。……しかしこの疑問は、ハルジオンでルーシィに窘められた例の一件と同じである。じゃあ仕方ないのか、とは思うが―――――

 

 

 それはさておきグレイに言われるのはシンプルに腹が立つ。

 

 

「うるせーなチームなんだからいいだろ」

「お前の中でチームはどういうもんになってんだよ…つか女にべたべた触るもんじゃねーだろ」

 

 

 ケッ、とグレイに言い返せば、グレイには呆れた顔を向けられた。おまけにスカしたセリフまでつけて。―――――しかし、ここでナツは気づいてしまった。

 グレイは、ナツと話しながら背に庇ったルーシィに意識がいっていると。

 

 

「はーん?」

「あ?」

「なんだよ、お前も触りてぇならルーシィに言いやいいじゃねえか」

「はあ!?」

 

 

 仰天したような声を上げるグレイに、やっぱりな、とナツは鼻を鳴らした。この男、ルーシィの頬が気になってるくせに自分は触れないから好き勝手触っていたナツの邪魔をしたのだと。

 

 ―――――それは実は半分正解な推理だった。あれだけ夢中にこねくり回されていればどんな触感なのかと気になるというもの。というか美少女のほっぺを好き勝手出来るとか羨ましすぎる。前世でどれだけ徳を積んだのか。

 しかし行動原理のもう半分はちゃんとルーシィを心配してのことだったし実際ナツから庇っているので、客観的に見ればどう考えてもこねくり回してたナツの分が悪いはずなのだが、どこ吹く風でドヤ顔をしているナツは気づかない。

 

 

「テキトーなこと言ってんじゃねえぞ!」

「なーにがセクハラ野郎だよこのむっつり」

「むっ…!? テメェこの野郎!」

「おおやんのかコラ!!」

 

 

 

 

 

 

「  お  い  」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく…いつになっても手のかかるやつらだな」

「「 あい……すみません…… 」」

 

 

 ナツとグレイは震える身体で正座しながら、エルザの呆れたようなため息に合わせて謝罪をした。…ケンカを止めるために殴られた頬がなんとも痛い。

 今回ばかりはさすがにルーシィもふたりを心配そうに見ていたが、今はその心配が心に刺さった。

 

 

「しかし相変わらず仲が良いようで安心したぞ」

 

 

 エルザは目の前に並ぶふたりにズレた感想をこぼしながら、

 

 

「―――――そんなお前たちにだからこそ、頼みたいことがある」

 

 

 ……一転し、真剣な表情でくちを開いた。

 

 カチ、と場の雰囲気が変わる。周囲で叱られるふたりを肴に騒いでいた連中も、色が変わった雰囲気に顔つきを変える。不思議そうにしたり、気味が悪そうにしたり、警戒した顔をしたり。

 けれど誰もが、最終的にはエルザを、ひいては話しかけられているふたりを心配そうな顔で見た。

 

 

「実は仕事先で厄介な話を耳にしてしまってな…事が事なため、本来ならマスターの指示を仰ぐところだろうが、私はなにより早期解決が望ましいと判断した」

 

 

 ごくり、と誰かが喉を鳴らす。言葉選びから察せるほどのエルザの警戒心。規格外と言える魔導士にここまで言わせる『厄介な話』とはいったい何なのか……周囲には緊張が走り、ピンと張り詰めた雰囲気が漂う。

 

 

 

「ゆえに、グレイ。ナツ。―――――お前たちのちからを貸してほしい」

 

 

 

 それは、誰もが想像していなかった言葉だった。

 

 ざわっ、と一瞬にして喧騒が広がる。―――――エルザが誰かを誘った。助けを求め、ちからを貸してくれと言った。

 前代未聞のことだった。なにせ、エルザが最後に誰かと仕事に行ったのはもう何年も前の話だ。ギルドに入りたての頃、仕事の説明がてらベテラン魔導士の仕事を4、5回見学させてもらったことだけ。それ以降、エルザは様々な仕事にひとりで挑み続け、生き抜いてきた。

 

 誘われれば手を貸すこともあった。けれど、自分から誰かを誘うことはなかった。

 

 妖精の尻尾(フェアリーテイル)屈指の魔導士。そんなエルザが、「厄介だ」「手を貸してくれ」と乞う。……それが、どれほどのことか。

 

 ナツとグレイもまた事態の深刻さを感じたのだろう。……しかし。

 

 ちらり、とお互いがお互いを見た。―――――コイツと仕事のなど、真っ平ごめんなのだが????

 

 

「出発は明日だ。早朝にマグノリア駅に集まってくれ」

「いやちょ、」

「いや待てよ!」

「詳しい説明は移動中にする」

 

 

 くるり、と背を向けたエルザに、グレイは慌てた声を上げナツは叫んだ。

 

 グレイはとにかくナツとの仕事がごめんなのだ。間違いなく取っ組み合いのケンカになる。そうすれば真面目なエルザは仕事をしろとキレるだろう。で、ボコられる。全くもってごめんである!!

 

 ナツは勝手に決められたのに納得がいかなかった。だって次はルーシィが決める番だった。4日も待っていたのだ。忙しそうに走り回るルーシィを尊重して待ち続け、ようやく仕事に入れたと思ったらなんか勘違いしてて、だから次がようやくしっかりとしたチームの初仕事になるはずだった。

 なのにエルザの仕事に引っ張り出されれば全部パアだ。

 

 だからちょっと待てと慌てたふたりに、しかしエルザは全く意に介していないという様子で歩き出し―――――くるりと振り返った。

 

 

「そうだ、―――――ルーシィ」

「は、はい!」

「君はナツとチームを組んでいるそうだな」

「はい、えっと、僭越ながら…」

 

 

 ルーシィの小さめの肯定に、エルザはナツを見、ルーシィを見、そうして何かに納得するようにうなずいて微笑んだ。

 

 

 

「せっかくだ。君も一緒に来てくれるか? ナツとチームを組んでいるのなら安心できる」

 

 

 

 ―――――ルーシィの背筋に稲妻が走った。

 

 なんということだろう。期待されてしまった。誘われてしまった。恐れ多い。

 それは喜びだった。それ以上の不安だった。向けられた期待に、真っ先に感じたのは「もし、足を引っ張ってしまったら」という恐怖だった。

 サア、と血の気が引く。眩暈がしそうだった。ナツの時とはわけが違う。大して期待されていないまま、自分から名乗り出たのとは意味が違う。チームに招いてもらえたのとは経緯が違う。

 

 

 

 

 

 ―――――だってエルザは、ナツとチームを組んでいるのなら、と言ったから。

 ―――――それはつまり、『万が一』があれば…ルーシィが原因でナツの株が下がってしまうという意味だ。

 

 

 

 

 

 悲観的と言うなかれ。きゅう、と緊張で喉が鳴る。目の前の、ルーシィよりも圧倒的に強大で偉大な魔導士が、ルーシィの返事を待っている。

 

 

「よ、ろしく、お願いいたします」

「ああ、頼んだ」

 

 

 ―――――それでも、ルーシィは頷いた。

 

 

 

 

 

 

 目が合った。―――――みんな、目が合った。

 見られている。見てくれている。

 それが、それだけが、―――――それだけで、

 

 

 

 

 

 

「がんばら、なくちゃ………」

 

 

 

 

 

 

 ―――――早朝、マグノリア駅にて。

 

 

「なんでエルザみてーなバケモンが俺たちのちからを借りてえんだよ」

「しらねーよ文句あるなら帰れ」

 

「ま、まあ…」

「ルーシィおはよ」

 

 

 ルーシィがそこに着いたとき、すでに到着していたナツとグレイは一触即発となっていた。

 

 

「うるせえお前が帰れ!!」

「てめーが指図すんなァ!!」

 

 

 一触即発とはつまり、振れたらアウトなわけなのだが。もちろん触れずに終わることなどなく…ナツとグレイは犬歯をむき出しにするように怒鳴り合い、ガツン、と額を打ち付け合った。

 

 

 ふたりの拳が光って唸る。相手を倒せと輝き叫ぶ。肉体言語戦争の勃発である。

 

 

 ―――――ここまで仲の悪いふたりが、しかしなぜごり押しされた手伝い依頼を守って駅に来たのかと言えば、まあ理由はある。

 

 グレイはシンプルにエルザが怖かった。すっぽかして後で殺されるのはごめんである。…それに、エルザが助けを求めるのはよっぽどのことだ。それに、応えたかった気持ちもある。

 

 ナツは一緒に仕事に行くはずのルーシィが頷いてしまったのだから仕方がない。ルーシィが頷いたということは、これがルーシィが選んだ仕事になるのだから。それに、ちょうどいいからこの仕事を引き換えにエルザへ条件を出して呑んでもらおうという魂胆があった。

 

 

 ナツの右ストレートを、グレイは最小限の動きで首を右に傾けて避けた。そのまま、ナツの顎めがけて蹴りを繰り出す。しかしナツは腹筋で体を弓なりに反らせることで回避した。そしてその勢いを利用しバク転の要領でグレイの顎を狙い返す。グレイはとっさに体を捻ることで逃げ切った。

 

 ふたりの喧嘩の余波で近くにあった荷物や売店がしっちゃかめっちゃかになる。足元へ飛んできたリンゴに気が付いたルーシィはハッとしてそれを拾い上げ、駆け出した。

 

 

「あ、あの、こちらお返しいたします」

 

 

 店主らしき男にそれを手早く手渡し、相手が何かを言う間もなく再び足を動かした。―――――とりあえずあのふたりを止めなくては、と。

 

 

 

「お、お待ちください! お止しになって!」

 

 

 

 ルーシィはとっさに拳を繰り出そうとしたナツの腕へしがみついた。捨て身である。しかしそれくらいしなければ止められないだろう。最悪殴られることも覚悟のうえでルーシィは体を張った。

 しかしさすがにそれだけの横やりが入ればふたりの攻防が止まる。ふたりはまだ理性を飛ばすほどヒートアップしていなかったため、その一瞬の隙を見計らって、ルーシィは少し青ざめた顔で必死に説得する。

 

 

 

「これ以上は周囲の方々のご迷惑になってしまわれますわ! 人の多い場所ですから、どうぞお控えになってくださいまし」

 

 

 

 ハラハラとしながら言い募るルーシィにふたりは黙った。

 

 

 ―――――エルザの仕事を受けたもうひとつの理由。それは、ルーシィだ。

 

 

 あの時、エルザに声をかけられたルーシィの強張った表情がどうにも気になって…まあ、心配になって、だから来た。そんな理由もあった。

 

 

「ったく」

「……今回だけだぞ」

 

 

 お互いは気に入らないし、喧嘩なんていつもの事だ。けれど、青ざめたルーシィを泣かせてまですることでもないわけで。ふたりは今回は止めだと拳を収めた。

 その様子を見てルーシィは安心した溜息を吐く。よかった、もしギルド内の乱闘ぶりをここで披露されてしまえば、止められないどころか軍に捕まりかねない。

 

 ルーシィはまだ妖精の尻尾(フェアリーテイル)の雰囲気や加減を図りかねているため、このふたりがどの程度でケンカを止めてくれるのかが皆目見当もつかないのだ。もし適度に拳を収めてくれるだけの理性を持っているのなら自分の行動は大きなお世話でしかなかっただろうが…今回は被害も出ているし、何もせずに後悔するのならやって恥をかくべきだ。

 

 

「―――――よかったわ、お止めになってくださらなかったら、どうしたらいいのかと…」

「あー…悪かったよ」

「いいえ、そんな…」

 

 

 ほっと息を吐くルーシィにグレイが頭を掻きながら謝る。それにルーシィは首を振りながら、控えめな微笑みを浮かべた。そして「あ、」と小さく声を上げてから、「少し…失礼いたします」と少し恥ずかしそうにナツの腕を離して、踵を返して駆け出した。のんきに毛づくろいをしていたハッピーは走り出したルーシィに気づき飛び寄る。

 ルーシィの向かう先、ひっくり返った商品をかき集める売店の店主姿が見えれば…ナツもグレイもルーシィが何をしようとしているのか分かるというもので。そして、そのぐちゃぐちゃになった商品の原因が何なのかも、まあ、分かるわけで。

 

 

「お手伝いいたします!」

「オイラも!」

「いいのかい! ああ~ありがとう!」

「おうおっちゃん、暴れて悪かったな」

「俺らも片付けるわ」

 

 

 さすがに犯人である自分たちがルーシィが手伝っているのを見ているだけ、なんて情けないことをできるわけもなく。

 ふたりはお互いの顔を見て舌打ちをひとつ。そのまま、手伝いを申し出たルーシィに倣って謝罪の言葉をかけながら手を出した。

 

 店主は仕方ねえなあ、次は気を付けろよと笑って許した。軽いやり取りである。しかし、なにせここはマグノリア。妖精の尻尾(フェアリーテイル)が迷惑をかけることなどよくあることで、それでも恨まれず仕方がないと笑われるのがこのギルドなのだ。

 

 慣れと親しみを感じさせるその一連のやり取りにルーシィは目を細めながら、転がっているミカンをかき集めた。

 

 

 

 

 

 

「む、待たせたか? すまない」

「あ、いえ、さほ―――――ど…?」

 

 

 ひと通り片付けが終わったころ、ふと後ろからかかった声にルーシィがぱっと振り向けば……思わず言葉が迷子になってしまった。

 

 声の主は颯爽と歩いてくるエルザ。その手に引かれるゴトゴトと音を鳴らす台車。その上に積まれたのは、昨日の魔獣の角並みの量の荷物。

 

 ルーシィは絶句した。一体何に使うのか。というか何が入っているのか。…いや、恐ろしく厄介な仕事だと言っていたのだから、万全を期してあらゆる準備をしてきたのかもしれない。

 その可能性に気づいたとき、ルーシィは自分の荷物の少なさに恥ずかしくなった。戦闘でお役に立てるかどうかも分からないのだから、せめて他のところでは役に立てるようにこれからはもっと念入りに準備しなくては。

 

 ギョッとした顔から一転、恥じ入るように、しかし尊敬するような視線をエルザに向けるルーシィをしり目に、ナツは鋭くした視線をエルザに向ける。

 

 

「おいエルザ。今回の仕事、手伝う代わりに条件がある」

「は!? おいお前、」

「構わん。言ってみろ」

 

 

 唐突に切り出したナツに、今度はグレイがギョッとする。しかし、エルザはさらりと了承した。

 ルーシィは唐突に始まった剣呑な雰囲気に肩身が狭そうにするほかない。このふたり、いったい何の因縁があるというのか。

 

 

 

 

「帰ってきたら俺と勝負しろ」

 

 

 

 

 それは、少し前の記憶。愛する父から受け継いだちからを以てしても手も足も出ることなく敗北した記憶。

 次は勝つ。ずっとそう思って鍛えてきた。だからこれはチャンスだ。今度こそ…そんな気持ちでナツはエルザを見た。

 

 そも、この仕事に呼ばれた意味も分からない。エルザは強い。ものすごく強い。ナツは知っている。だというのに、助けを乞う? 納得がいかない。エルザならどんなのが相手でも大丈夫だろ。そんな確信があった。それは信頼だった。だから納得がいかない。

 

 けれどルーシィが了承してしまった。なら仕方がない。仕方がないが、納得はできないが故の条件である。報酬くらいないとやってられない、ともいう。

 

 

 じっと睨みつけるナツの言葉にエルザは少し驚いたような顔をしたが、それから、柔らかく表情をほころばせた。

 

 

「ああ。いいだろう。…成長したお前相手、か。いささか自信がないが…受けて立つ」

「ッシャオラァーーッ!!」

 

 

 ナツが雄叫びを上げる。やる気1000%エネルギー満タンモードである。

 グレイとルーシィは目の前の展開に呆気にとられたまま、目を見合わせた。つまりどーゆーことだってばよ。

 

 

 

 

 

 

「さ、ナツさん、ゆっくり息を吸って、…そう、吐いて……」

「………至れり尽くせりだなおめー…」

 

 

 グレイはぐったりとした声を絞り出した。目の前ではルーシィの肩ぐちに額をこすりつけながら苦しげな息を吐くナツが居る。

 ハグしながらの乗り物移動は3回目となればルーシィも多少慣れたものだった。恥はあるがそれ以上にナツが苦しそうなのだから甲斐甲斐しくもなる。

 

 ゆっくりナツの背中をさすりながら声をかけるルーシィに、グレイはお人好しだなと溜息を吐き、エルザは仲がいいなとほほ笑んだ。

 

 

「もー列車乗んなよおめー。走れ!」

 

 

 毎度毎度こっちまで気分が悪くなるような酔い方をし、今回にいたっては美少女のハグと介護付きという好待遇を受けるナツにグレイは多少嫉妬交じりに悪態をついた。

 ルーシィはそれに苦笑いするほかない。

 

 

「ふむ…しかし毎度ながら苦しそうだな」

「ええ…せめて列車が動かれる前にお眠りになることができましたら、いくばくかはお気持ちもよろしいかと思うのですけれど」

 

 

 今回はとってもお元気なご様子でしたから…眠れないようで…と眉を下げたルーシィに、エルザはひとつ頷く。

 ナツが眠れないほど元気だったことに自分が一端を担っていることくらい自覚はある。それでナツが苦しみルーシィに苦労がかかるというのなら、責任を取るべきであろうと。

 

 

「ルーシィ、席を代わってくれ」

「え?」

「私がナツを楽にさせよう」

 

 

 ぱちくり、と瞬きをしたルーシィはエルザを見、そしてナツを見た。ルーシィはエルザの使う魔法を知らない。けれど、ギルドメンバーから一目置かれているエルザなら、苦しむナツを救う方法を知っているかもしれない。

 

 ルーシィは希望をもってそっとナツを引きはがし、背もたれに安定させ、エルザと席を交換した。

 エルザは荒い息を繰り返すナツを仕方がない奴だという表情でながめ、そして―――――

 

 

 ボス!!

 

「ンゴウゥフッ!!」

「えっ」

 

 

 強烈な腹パンを喰らわせた。思い切り物理である。魔法なんてなかった、いいね?

 

 

 

 

 

 

「あ、あの、エルザさんはどういった魔法をお使いになるのですか?」

 

 

 超絶物理安眠法の直後、さしものグレイも絶句する微妙な雰囲気を変えようとルーシィは素朴な疑問を問うてみることにした。

 白目をむいてエルザに膝枕されているナツが心配ではあるが、なんというか触れてはいけないような気がする。

 

 

「エルザの魔法はきれいだよ~相手の血がいっぱい出るんだ!」

「たいしたものではないさ。それより、せっかくだ。もっと気軽にしてくれ…仲間なのだから」

 

 

 真っ先に応えたのはハッピーだった。しかし、何とも言いがたい感想である。エルザはハッピーの言葉に首を振り、それよりもとルーシィへ話しかける。その言葉に、ルーシィは頬を赤くして恥じらった。

 

 

「あの、でしたら…その、…エルザちゃんとお呼びしてもよろしいかしら」

「エルザちゃん……ああ、ぜひ」

 

 

 あまり呼ばれ慣れない呼称に少し頬を染めたエルザは、少し嬉しそうに了承する。ルーシィもまた、親しく思ってもらえていると感じてたまらなく嬉しくなった。

 

 

「そうだ。きれいといえば、グレイの魔法はきれいだぞ」

「そうか?」

 

 

 グレイは首を傾げる。またなんかいちゃつき始めたと思ったらこっちに話が来たことについては、2回目なのでちょっと慣れてきた。

 きれい、と言われればまあ、我ながらデザイン性はあるだろう。センスも悪くないと自負している。

 

 グレイはそっと手を伸ばした。左手を開いて下に。右手は握って、その拳で手のひらをたたく。

 

 

 ―――――魔力を回す。冷気が渦を巻く。

 

 

( くちで説明するだけでもいいかもしれんが、そんな期待されちまったらなあ )

 

 

 ちらり、とグレイが隣のルーシィへ視線を向ければ、そこにはグレイの手を子供のような顔で見つめる姿がある。

 

 礼儀正しく、頭がよく、なのに、どこか子供のままの少女。

 

 

( 違和感は多いが……ま、訳アリなんざ珍しくねえし )

 

 

 今は頬を染めて期待している仲間を喜ばせることを最優先として、グレイは渦巻く冷気を手のひらの上に収束させ、実体化、形成、そして―――――

 

 

「まあ……!!」

 

 

 ルーシィの喜色を含んだ感嘆符が響く。そこにあったのは精巧な氷でできた妖精の尻尾(フェアリーテイル)のギルドマークだった。

 

 

「俺の魔法はありていに言えば『氷』だよ」

「とっても素敵だわ……」

「そりゃ恐悦至極、ってな」

 

 

 目を輝かせるルーシィにグレイは少し照れ臭く思いながら、作ったギルドマークをルーシィへプレゼントした。

 

 

「そういや、ちゃんと挨拶してなかったな。俺はグレイ。それはお近づきのシルシだよ。貰っておいてくれ」

「あっ! そ、そうでした、申し訳ございません…わたくし、ルーシィです」

「おー。俺の事も気安く呼んでくれよ。あ、その氷は魔力でできてっから溶けないぜ」

 

 

 ルーシィは驚いたような顔でグレイを見、そして氷のギルドマークを見、―――――もう一度、蕩けるような笑顔でグレイを見た。

 

 

「…ますます素敵。ありがとうございます、……グレイくん」

 

 

 それは心から喜んでいることをまざまざと伝えてくるような笑顔だった。眦はとろりと蕩け、口角は上がっているがくち元はふにゃふにゃである。

 高揚した頬のままルーシィは受けとったギルドマークを優しく握った。ああ、幸せなことがたくさんで、夢みたいだと。

 

 

 







 ―――――ちなみに、その微笑みの破壊力に思わずグレイが座席から転げ落ちそうになったのは本人だけの秘密である。




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