きらきらぼし   作:雄良 景

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 今回はずいぶんとまあルーシィが真っ青になります。ひと通り終わったら貧血で倒れそうだな。
 最後の方はルーシィの慌てっぷりを表現しようとしたらかなり駆け足みたいになりました。地の分が少ないのは…ほら、慌ててたら頭も回らないし…(言い訳)





悪魔の歌

 

 

 

「さて、そろそろ仕事の話をしようか」

 

 

 エルザは目の前で微笑ましいやり取りをするルーシィとグレイに温かい気持ちになりながら、パッと一転、真剣な表情で話を切り出した。鋭くなった気配にふたりも背筋が伸び、真面目な表情になる。

 グレイは背もたれにドサ、と体重をかけ、ルーシィは自分の荷物に氷のギルドマークをしまい込んだ。

 

 

「厄介な話を聞いた、つってたよな」

「ああ。先の仕事の帰り、オニバスで魔導士の集まる酒場に寄った時の話だ。……少々気になる連中がいてな」

 

 

 酒場とは古来よりいろいろな情報が集まる場所である。特に魔導士が愛用する酒場となれば、集まる情報は段違いなものが多い。ゆえに休息と情報を求めて出入りする魔導士は多く、エルザもまたそのひとりだった。

 

 しかしもちろん、それがなくとも魔導士が中心となる酒場を愛用するものは多い。なにせ酔っ払ってうっかり魔法を使ってしまっても、一般客が集まる酒場よりお咎めが軽いのだ。どんちゃん騒ぎで魔法による器物損壊がままある魔導士業界では、それがある程度許容される場所というのは非常に貴重なのである。

 

 

 さて、今回問題なのはその酒場でエルザが見かけた4人組の男たちだった。彼らはひどく苛立った様子で酒をあおっていたという。

 

 

「連中は『せっかくララバイ(・・・・)を見つけたのに封印が解けない』と騒いでいた。『ララバイ』が何を指すかはわからんが……」

「ララバイ……子守歌、ですか」

「隠喩、もしくは魔法…魔法道具の名称か?」

「なんにせよ、封印されているということはかなり強力なものだと想像できる。―――――問題はそこからだ。

 連中の中のひとりが、解呪方法を知っていたようでな。その男が『先にギルドに帰ってエリゴールさんに3日以内に何とかすると伝えておいてくれ』というような話をしていた」

 

 

 スウ、とエルザの視線が一層鋭くなる。しかし、グレイはそれに対して怪訝そうな顔をした。

 

 

「分からねえな。要するに得体の知れねえもんの封印を解こうとしてる連中がいたってんだろ? だが、「先にギルドに帰れ」って言ってたんなら、どっかの魔導士がただ仕事をしてただけかもしんねえじゃねーか」

「ああ、そうだな。私もそう思っていた。目くじら立てるような話ではないように感じるだろう」

 

 

 エルザはゆっくりと頷く。グレイが言った通り、これだけなら不信さは感じるが内容としては大したことではない。多少ガラが悪かろうがナツやグレイだってお上品なわけではないし、エルザもその時はただの仕事の話だと思ってその場を去ったのだ。そしてその後も、多少は引っ掛かりはしたものの気にもしていなかった。

 

 

 

 

 

「『エリゴール』という男の名がなければな」

 

 

 

 

 

 ―――――そう、その名を思い出すまでは。

 

 

 

 キイイイイ、と引きつったような音が響く。列車が速度を下げ、駅に停車する。

 

 

「私もすぐには気づかなかった。しかしどうにも引っかかり、気づいたのはギルドに着くすぐ前だった」

 

 

 エルザは立ち上がって荷物を載せた台車を取りに向かった。その際膝から落とされたナツは、しかしうめき声ひとつあげない。完全に落ちている。

 

 ルーシィは颯爽と歩くエルザにつられるように、立ち上がってふらふらと歩きだした。その顔は真剣で、意識はどこか遠くへ行っている。グレイはキャリーバッグを置いたまま歩きだしたルーシィに「おい」と声をかけたが、ルーシィはくち元に手をやり俯きがちに何かを考え込んでいるポーズのまま反応がない。

 かろうじて歩けてはいるが、周りの音が聞こえなくなるほどに深く考え込んでいる様子に、グレイは仕方ねえなとルーシィの荷物を持ち上げて近づいた。放っておいたらどっかにぶつかったりすっ転びそうだと危惧したのだ。

 

 

 ルーシィは荷物のことも忘れグレイの声も耳を素通りしてしまうほどに深く考え込んでいた。

 『ララバイ』…その名に、どこか聞き覚えを感じたのだ。

 しかし今ひとつ思い出せない。記憶と知識(アーカイブ)へアクセスし、いつ、どこで見かけたのか。それを必死に探っていた。…ヒントが足りない。けれど、考えれば考えるほど、足元がうすら寒くなっていくような不快感が思考を止めさせてくれない。

 ―――――いやな予感がする。

 

 

 ゴトゴトと音を鳴らしてエルザが台車を引っ張る。その後ろをふらふらとルーシィが着いてき、グレイは最後尾で危なげな様子のルーシィを注意しながらくちを開いた。

 

 

「で? そのエリゴールってやつが何か問題あるのか?」

 

 

 エルザの言い方ではエリゴールというやつが問題の根底に居るように感じられたが、生憎グレイはその名前に心当たりがなかった。しかしエルザがこう言うのなら、そのエリゴールこそがエルザにここまで警戒心を抱かせる理由なのだろう。

 

 

「…私の記憶が確かなら、『エリゴール』とは『死神・エリゴール』のことだと思われる。鉄の森(アイゼンヴァルト)というギルドのエースだった」

 

 

 ―――――死神。…その名を冠するという意味に、グレイはおおよそ察しがついた。

 

 

「……闇ギルドか」

「元は正規ギルドだが、評議院の規定を無視して暗殺系の仕事ばかり請け負っていたために解散命令が下りたという話だ」

 

 

 暗殺、とルーシィはくちの動きだけで呟く。目の前の会話はどこか非現実的で―――だって日常生活で暗殺について話すことがあるだろうか―――けれどはっきりと理解ができた。

 

 基本的に、暗殺系の仕事というのは依頼者から膨大な金が支払われるものだ。というのも、依頼理由が『権力者などが覇権を争った末の依頼』というのが多いからだ。愛憎入り乱れた末という話もあるだろう。けれど、大抵の依頼者は『とんでもない高額を対価としてでも殺したい』と思う者ばかりだ。

 とにかく死んでほしい。それも上手く死んでほしい。都合よく死んでほしい。そういう話はよくあるものだし、ルーシィも暗殺ではと噂される不審死の話を聞いたことがある。

 

 暗殺は殺す側も多大なリスクを背負う危険な仕事だ。特に、暗殺者であるということが明るみになれば社会的な地位を失うということは非常に大きい損失だろう。けれど、払いがいいのだ。普通の仕事をすることが馬鹿らしくなるほどに。

 

 シンプルな話だった。―――――鉄の森(アイゼンヴァルト)は金を選んだ。

 

 

「当時のマスターは拘束されたが、おそらく残りの連中は闇ギルドとして活動を続けているのだろう。依頼者側も、目的が達成されるのなら相手が闇ギルドでも関係ないのだから」

 

 

 そもそも闇ギルドの大半は解散命令を無視して活動を続けているギルドだ。もとから闇ギルドとして設立されたものは少ない。

 

 暗殺を生業とする闇ギルド。そのギルドが求める『ララバイ』とは一体何か。

 ―――――全員が事態の重みを理解し、グ、と息を呑む。

 

 

「ぬかった…あの場で気づいていれば全員血祭りにあげたものを…!!」

「だな。話からすると封印を解けるやつはその場に居たみてぇだし、上手いこと評議会に引きわたせりゃ話の進みも早かったかもしれねえ。4人相手ならエルザひとりでどうとでもなっただろうしな。―――――が、ギルド全体となると…」

「ああ。さしもの私も厳しい。相手も一筋縄ではないからな。しかし、いまさら評議会に通報し指示を待っているようでは間に合わない可能性がある」

「っは。ようやく俺らに声をかけた意味が分かったぜ」

 

 

 にやり、とグレイが笑う。垂れ目のはずの目元が異様に鋭く見えた。その顔を見て、ルーシィは血の気が引く。

 ルーシィとてここまで話を聞いていればエルザが何を目的としてナツとグレイに声をかけたのかくらい察せられる。しかし、けれど。そうだとするなら、なぜナツとグレイにしか声をかけなかった?

 

 だって、当初はルーシィを除いた3人で『それ』を為そうとしたということだ。ルーシィを入れたって4人。正気とは思えない。

 

 4人だ。たった4人。

 

 

 

 

 

 

鉄の森(アイゼンヴァルト)に乗り込むぞ」

 

 

 

 

 

 

 たった4人で―――――闇ギルドひとつを潰そうというのか。

 

 言語化された答えに、ルーシィのこめかみから冷や汗が流れる。暗殺のプロ集団を相手にたった4人で挑もうと言うエルザの表情には一点の曇りもなく、自分の言葉に何の疑問も感じていないようであった。そしてグレイもまた、面白そうだと答えるだけ。

 

 そのときふたりの間にあったのは、まごうことなき信頼だ。ルーシィには確かにそう見えた。お互いの、そして自らの実力を疑うべくもなく、為すべきことを為せると信じ切った顔だった。

 傲慢だ。自惚れも甚だしい。そんな言葉しか出てこないような、無謀な自意識だ。だというのに、ふたりの背筋は恐いくらいにまっすぐだった。

 

 

 ―――――恐ろしい。恐怖がある。当然だ。暗殺者だ。相手が悪い。

 

 

( けれど―――――……それなのに )

 

 

 ハッピーは青ざめたルーシィを気づかうように、下からそっと顔を覗いてくる。その優しさが、ずっとずっと心にしみた。

 

 

 まぶしいなあ、と思った。凛と立つエルザも、不敵に笑うグレイも。歳はあまり変わらないだろうふたりが、自分よりずっとずっと遠いところに居るように感じた。

 まぶしくって、きれい。そんなたまらなく憧れてしまうものが、目の前にあって。……そうすればもう、ルーシィは弱音など言えない。

 

 

 怖いけれど。足がすくんでしまうけれど。―――――ここで引いて失望されたくなかった。このふたりから「こんなものか」と思われたくなかった。

 

 だって、かっこいいじゃないか。どれだけ危険か分かっていながらも、こんな当たり前のように立ち上がって戦うことを選べるなんて。負ける未来(ビジョン)なんてさらさら見えないとばかりに、まっすぐ立っていられるなんて。

 

 かっこいいから、自分だってできることをしたかった。ずっとそう―――――憧れた彼らに、少しでも近づきたいと思えたから。

 眺めるのではなく、追うという選択を選べる自分がここに居るから。

 

 

「連中の根城は分かってんのか?」

「いや。ただ、この町の酒場で見かけたからな。ここから聞き込みをしようと思う」

 

 

 グレイとエルザが段取りを進める姿を見ながらルーシィはゆっくりと息を吐いた。自分にできることは少ないかもしれない。でも、せめて、みんなの足手まといにはならないように、しっかりと気を引き締めないと、と。

 

 そう、それに、そもそもの話だ。自分がここでミスを犯せばナツにも迷惑が―――――

 

 

 

 

 

 

「―――――え、」

 

 

 

 

 

 

 ―――――そう、ナツにも迷惑がかかる。

 ところで、……先ほどから、ナツがずいぶんと静かなのではなかろうか。

 闇ギルドだの死神だのなど、一番反応しそうだったのに。

 

 

「ま、まさか……?」

「ルーシィ、どしたの?」

「あ? なんかあったか?」

 

 

 ハッとして周囲を見回すルーシィに、ハッピーが声をかける。グレイやエルザも何事かとルーシィを見た。

 

 

「!? おいルーシィ!?」

 

 

 しかしルーシィはそれに応えるだけの余裕がなく、必死に周囲を見回し、終いには下ったばかりの階段をかけのぼり駅構内まで戻り―――――とうとう青ざめるどころか泣き出しそうな顔になりながら、叫んだ。

 

 

 

 

 

「ナ、ナツくんがいらっしゃいませんわ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「何ということだ…! ナツは乗り物に弱いというのに話に夢中になるあまり置いて来てしまうなど…!!」

「おい落ち着け、とりあえず次の駅に迎えに行けばいいだろ」

 

 

 強い自責の念に駆られ唇をかむエルザを、グレイは何とかなだめようと声をかけた。時間のロスにはなるが過ぎたことは仕方がない。しかしエルザはつかみかかるように駅員に怒鳴りつけた。

 

 

「そういうわけで列車を止める! 仲間のためだ、分かってくれるな!?」

「いやどういうわけですか! 無茶言わんでください、降りそこなった客ひとりのために列車を止めるなんてできやしませんって!!」

 

 

 無茶苦茶である。常識が蒸発したとしか言いようがなかった。エルザのぶっ飛び発言にはグレイも頭を抱えるしかない。なにせ脱衣魔ではあるが一応常識人枠の男なので。

 この暴走はさすがにひとりでは止めきれないと悟ったグレイはルーシィを探した。せめてもうひとりエルザ抑えて説得する役を、と。

 

 しかし、パッと振り返ればついさっきまでそこに居たはずのルーシィの姿はなく、グレイはますます頭を抱えることとなる。なんでどいつもこいつも勝手に動くんだ!! というかどこ行ったあのお嬢様!!

 

 

「行けハッピー!」

「あいさー!」

「あ゛っ!」

 

 

 グレイがルーシィを探してエルザから目を離した一瞬。その瞬間に、エルザはハッピーとタッグを組んで勝手に緊急停止信号のレバーを下ろしてしまった。

 なにせハッピーはナツの相棒だ。さらに言えば圧倒的強者であるエルザには基本逆らわない。つまり言うことを聞かない理由がない。

 グレイがしまった、と思うも、遅い。

 

 

 

 ―――――ジリリリリリリイリリリ!!!

 

 

 

 ベルの音が鳴り響く。それは列車、もしくは駅に関する何かに異常事態があったことを知らせるベルだ。安全保護のために走行中の列車を緊急停止させるための通知ベルだ。

 駅構内が動揺に揺れた。そうそう鳴るものではないものが鳴っている。まさか事故か。一体何が……利用客が不安そうな顔をし周囲を見回す。

 

 ああくそ、とグレイは悪態を吐いた。自分も好き勝手する方だが、ナツやエルザは自分の比じゃない。―――――しかしまあ、グレイも好き勝手する(たち)ではあるので。腹をくくるのは早いし、状況に順応するのも早いもの。

 どいつもこいつも仕方がねえな、とため息を吐いたと同時に、―――――背後から探していた少女の声が聞こえた。

 

 

「エルザちゃん! グレイくん! ハッピーさん!」

「! おいルーシィ今までどこに―――――って、お前それ…」

「魔動四輪車をレンタルしてまいりました! これでナツさんをお迎えに参れますわ!!」

 

 

 声を張って呼びかけてきた、少し離れた場所に立つルーシィのすぐ隣。そこには4人掛けの魔動四輪車があった。

 ああ―――――グレイは思わず舌打ちをする。それは苛立ちではなく、やってくれたな、という喜びだった。

 

 どうやらこのお嬢様、グレイの想定以上に頭の回転だけではなくて行動も早いらしい。何も言わずに動いたところは減点対象だが、それを圧倒的に覆せるほどの見事なファインプレーだった。

 

 

「よくやってくれたルーシィ!! すまない、この荷物をホテル・チリに届けておいてくれ」

 

 

 エルザは魔動四輪車を視界に入れた途端、その眼光を鋭く光らせた。そして即座にそばを歩いていた一般人に自分が引いていた台車ごと荷物を預ける。

 ちなみにもちろんその一般人は初対面の赤の他人のため、「何を言ってるんだこいつは」といった顔をされたのだが、そんなことで怯むエルザではない。というか気づくエルザではない。

 

 

 押し付けた荷物を一瞥することなく、エルザはルーシィの元に走り出した。同時にグレイも自分とルーシィの荷物をひとまとめに持ち上げ、地面を強く蹴り追走する。

 

 

「ルーシィ、乗れ! 私が運転する!」

「は、はい!」

「つかまれルーシィ!」

「きゃあ!」

 

 

 4人乗りの魔動四輪車は少し車高が高い。エルザの声に慌てて乗り込もうとしたルーシィが少し戸惑った様子になったのを見抜いたグレイは、荷物を持っていない方の腕でルーシィをひと息に抱き上げ、その勢いのまま車内に飛び乗った。

 

 

「あ、ありがとうございます」

「くち閉じとけ舌かむぞ!」

 

 

 ぐるりと変わった視界に一瞬息を止め目を白黒させたルーシィがなんとか礼を絞り出すと、グレイはかぶせるように声を張り上げた。同時に、運転席に乗り込んだエルザが魔力供給コードを腕にセットし終え、出発の準備が整った。

 

 

「走るぞ!!」

 

 

 エルザが叫ぶ。コードから大量の魔力を注ぎ込まれた魔道四輪車は、爆発的なスタートダッシュをキメて線路上に飛び出した。

 それより一瞬早くグレイがルーシィのくちを手のひらで少しキツめに覆った。……間一髪、ルーシィは舌をかまずに済んだ。

 

 ルーシィはくちを覆った手のひらに何かを想う前に爆発的加速にギョッとし、さらに車が線路を走るという暴挙に意識を飛ばしそうになった。四輪車を調達したのはルーシィだが、まさかこんな場所を走らされるとは。なんという危険なことを! と血の気が引く。もし列車と衝突すれば…と考え始めれば血の気が引くのも仕方がない。

 しかし、エルザは駅構内から脱出してすぐに線路横の野道に走行場所を切り替えたので、ギリギリルーシィの意識は保たれた。

 

 そうして走行が安定したことで、ようやくグレイが自分のくちを手で覆っていることに気が付いた。思わず頬が熱くなる―――――しかし、直前のグレイの発言を思い返せば、他人からの気づかいになら察しの良いルーシィはすぐにこれがグレイの気遣いであることに気づき、もごもごと言葉を発せない代わりに視線で精一杯のお礼を伝えた。

 まっすぐ自分に向けられる視線にグレイはパッと手を放し、「たいしたことじゃねえ」と肩をすくめる。

 

 

 カンカンカンカン、と緊急停止信号のベルが鳴り響く。

 

 

「念のため周囲を警戒しとく。ルーシィはしっかり車につかまっとけよ」

 

 

 グレイは周囲を確認し、爆速する魔道四輪車の中で完璧な体幹を保ちながら窓から身を乗り出して天井に飛び乗った。慌ててルーシィが心配そうに見上げたが、グレイは何でもないように手を振って車内に戻らせた。

 

 ―――――……別に塞いだ手に感じた唇の柔らかさに動揺したわけではない。

 

 

 

 

 

 

「見えたぞ列車!!」

 

 

 ベルが鳴り響く中四輪車を走らせること数分。エルザの莫大な魔力をエネルギーにした四輪車はすぐに停車している列車に追いついた。

 

 

「よしこのまま…」

「っベルが止んでしまいました! 列車が動いてしまわれますわ!」

 

 

 

 しかし、このまま距離を詰めて、といったところで、とうとう緊急停止信号が解除されてしまった。

 鳴った経緯を知る駅員が撤回したのだろうか。おそらく線路に出た魔導四輪車が線路上から退き、さらに緊急停止した各列車に異常がないことを確認し終えたために安全性を確信し、緊急停止信号を撤回したのだろう。恐ろしく仕事が早い。こんなところで駅員たちの有能さを認識させられるとは思わなかった。

 たかが数分。されど数分。意味はあったが、惜しい。あと少しだったのに! ルーシィが思わず唇をかむ。目と鼻の先に迫った列車が再び動き出し、距離がどんどん離れてしまう。

 

 

「仕方ない…!!」

 

 

 エルザが右手にちからを込める。後々の戦闘を思えばあまり魔力を消費したくはないが、苦しんでいるだろうナツとこれ以上の時間ロスを考えれば……この場での出し惜しみこそ不合理だと判じた。

 列車に追い付くため、さらなる加速のために追加の魔力を注ぎ込こもうと、エルザは体内で魔力を練り―――――

 

 

 

 ガシャアンッ!!

 

 

 

 ―――――それと同時に、ナツが列車の窓を突き破って飛び出してきた。

 

 

「え!?」

「なっ!!」

「はァ!?」

 

 

 エルザはとっさの判断で思い切りブレーキをかける。しかし直前まで爆速で走っていた四輪車は急停止できるはずもなく、勢いが保たれたまま引きずるように前へ進んでしまう。

 ルーシィは耐えられないほどの揺れに、必死に窓枠にしがみつきながらそれでも外へ身を乗り出した。飛んでくるナツ。その姿から目が離せなかった。

 

 

「ナツさん!!」

「だーくそなんで列車から飛んでくるんだおめーはよォ!!!」

 

 

 グレイは考えるより先に体が動いた。飛んでくるナツ。自分がそれを受け止め、もしくは捕まえなければならないと脊髄が判断した。故に強張った顔で怒鳴りつけながらも、けして落とさぬように腕を大きく開き―――――

 

 

 

 

 

 

 

 ゴッ チ    ――― ッン !!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんというか、なんとも報われない男である。

 

 

 

 

 

 

 ギャギャギャギャギャギャ!! と車体に悪そうな音を響かせながら四輪車が止まる。エルザとルーシィはすぐさま運転席と座席から降り、痛々しい音を立てて仲良く後方に吹き飛んだナツとグレイに駆け寄った。

 

 

「ナツ! 無事だったか!!」

「ナツくん! グレイくん! ご無事ですか!!?」

 

 

 冷や汗をかいたエルザと真っ青な顔をしたルーシィがくちぐちに無事を問う。それに対してナツはうなりを上げて噛みついた。

 

 

「無事なわけあるかーっ! おいこらハッピーエルザルーシィ!! よくも置いていきやがったな!!」

 

 

 自分を置いていくとはなんてひどい奴等だと吠えるナツに、エルザもルーシィも謝るほかない。しかし、グレイだけはどこか苛立った表情で何かを呟いたことにルーシィは気が付いた。

 あいにくナツに必死に謝っていたルーシィには何を言ったのかは聞こえなかったが、その表情がどこか陰っているように見え、まさかと慌ててグレイに駆る。

 

 

「グレイくん、額が真っ赤です…! お労しいわ…痛みますか…?」

「ん? ああいや、これくらい大したことねーよ」

 

 

 ルーシィは窓枠にしがみついて何をすることもできなかったが、ナツとグレイがおでこ同士で熱烈なキスを交わす羽目になった様子はバッチリ見えていたので、もしかしてそのせいで頭が酷く痛むのかと心配になったのだ。

 真っ青なルーシィに近距離でおでこをのぞき込まれたグレイは想定外の心配に少し驚いたが、まあ心配そうに顔を覗き込まれて悪い気はしない。しかしここで「痛い」だのと言うのは男の沽券に関わるので、少し痛む額はあえて意識から引きはがし何でもないような顔を作った。

 

 そんなグレイにルーシィはようやくほっとした顔をして肩からちからが抜け―――――すぐさま、後方のナツが発した言葉に顔を強張らせることとなった。

 

 

「ったく、酔って気持ち悪いってのに列車の中じゃ変な奴に絡まれるしよォ」

「変な奴?」

 

 

 

「なんつったかな? えーっと、アイ~…ゼン…バルト?」

 

 

 

 ―――――それは、

 

 

「バカモノぉ!!」

「オンゴァッ!!!!」

 

 

 エルザの鋭いビンタが炸裂し、ナツが吹き飛ぶ。―――――その飛行距離、約3m。唐突な暴力にルーシィは大慌てでエルザの追撃を阻止しようと、エルザの腕にしがみついた。

 

 

「エ、エルザちゃん!? いったい何を、」

「離せルーシィ! ナツ、お前は私の話の何を聞いていたのだ! その鉄の森(アイゼンヴァルト)が私たちが追う闇ギルドだと言っていただろう!!」

「落ち着いてくださいまし! ナツくんは意識を失っていらっしゃったのですからご存じありませんわ!!」

 

 

 さらに言えば闇ギルド云々については列車から降りられなかったのでもっと知らない。

 エルザはルーシィの訴えに「そういえば、」と言う顔をし、打たれた頬を抑えてふらふらと戻ってきたナツに「勘違いだったようだ。すまなかったな」と謝った。軽い。

 

 さらりとした謝罪とともに頭を下げられたナツは微妙な顔をしたもののなんだかんだエルザのノリに慣れているのか、すぐに立ち直ってもう一度説明を始めたエルザの話に耳を澄ませた。

 

 

「しかしお手柄だナツ。さっきの列車に鉄の森(アイゼンヴァルト)の男が乗っているのなら、追えば捕まえられるかもしれん。特徴が知りたい。どんな奴だった?」

「どんなっつっても…いまいち特徴がねえやつだったなァ。匂いは覚えてるけど。

 

 

 

 ―――――あ、そういやあ、ドクロっぽい笛持ってたぜ。三つ目があるドクロ」

 

 

 

 ううん、と考え込んだナツがポロリと落とした記憶。それにグレイが「趣味の悪そうなやつだな」と眉をひそめた。エルザはとりあえず匂いを覚えているのなら捕まえられるだろう、と3人に車に乗り込むよう伝えようとして、―――――真っ青な顔で呆然とするルーシィに気が付いた。

 

 

「ルーシィ? どうした」

「―――――三つ目の、ドクロ…?」

 

 

 静かに息をのむルーシィ。血の気の失せた顔は恐ろしいものを見たような色をしていた。その異様さにハッピーが躊躇いがちに名前を呼ぶが、ルーシィは応えない。

 ナツとグレイも怪訝そうにその様子を見、その場に居る全員の視線はルーシィに集まった。

 

 

 

 

「そんな、けれど―――――笛……音。…『歌』? …―――――ララバイ、子守歌。……眠り……―――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……―――――『死』?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、おい!?」

 

 

 青ざめた顔で小さくいくつかの単語を呟いたルーシィは、いきなり勢いよく魔道四輪車の操縦席に飛び乗った。

 その唐突な動きに全員がギョッと目をむくが、ルーシィは固まったままの3人と1匹に大きな声で叫ぶ。

 

 

 

「早く!! 乗ってください!!」

 

 

 

 いったい何があった? ―――――何に気づいた?

 

 そのあまりの剣幕に全員がとりあえず車内に駆け込めば、ルーシィはその姿を確認するや否やコードへ思い切り魔力を注ぎ込んで四輪車を爆速で駆動させた。

 

 

 ギャギャギャギャギャッ!!!

 

 

 

「あわー!!」

「うおおお!?」

「ちょっ、おいルーシィ! どういうことだ!!?」

「ルーシィ、説明をしろ!!」

 

 

 

 その勢いたるや先ほどのエルザに勝るほどだろう。激しい揺れに全員が目を回しながら、操縦席で魔力を注ぎ込むルーシィに叫び返す。それに、ルーシィは青ざめた顔のまま答えた。

 

 

「ナツくんが目にされた笛! それこそが『ララバイ』です!!」

「なに!?」

 

 

 四輪車が駆ける。速度重視の運転は乗り心地が最低だったが、今ばかりは何かを言う者はいない。全員がルーシィの話に耳を傾けた。

 四輪車の駆動音にかき消されないように、ルーシィが腹の底から声を張る。

 

 

「禁止された魔法のうちに『呪殺』というものがございます!! ご存じですか!?」

「っああ、対象者を呪い殺す黒魔法だろう!?」

「ララバイはその一種なのです!! わたくしも書物で見た知識しかございませんが……!!」

 

 

 エルザは眉を顰める。『呪殺』魔法の一種。つまりは、ララバイとは死を与える黒魔法の事だというのか。封印された黒魔法? なんてものを引っ張り出してくれたのか。

 舌打ちをしそうになったエルザは、ふと先ほどのルーシィの言葉を思い出した。

 

 

「―――――待て、待てルーシィ!! 笛がララバイだ(・・・・・・・)と言ったな!!?」

「おいどういうことだよ!!」

「おえ……おれ、ら……にも、うぷっ……わ、分か、る……ように……」

「おい吐くなよ!! ぜってえ吐くなよ!!?」

「う、うるせ、おえええ…!!」

「うおおおおお!?」

 

 

 ハッとして、エルザが叫ぶ。今はふざけたような会話をするナツとグレイに構っていられなかった。叫んだエルザの顔は強張っており、今しがた気づいてしまったこと(・・・・・・・・・・・・・・)へのわずかな恐怖感(・・・)があった。

 

 

 黒魔法も魔法であるのだから、当然発動するためのプロセスがあり、つまりは儀式や詠唱などを必要とする。

 ルーシィはララバイを呪殺魔法だと言った。そして、ララバイは笛だと言った。

 

 つまり、まさか―――――

 

 

 

「ええ!! ララバイとは音を媒介とする、『呪いの歌』により呪殺を行う魔法…!! 永遠に目覚めぬ眠りを与える子守歌!!!」

 

 

 

 それは悪夢のような魔笛。人知を超えた悪辣なメロディを奏でる、悪魔の笛。

 呪いの歌が子守歌となり、目覚めぬ眠りを与える魔法。故に―――――呪歌(ララバイ)

 

 

 

 

 

 

「笛が奏でた音色を聞いたものすべてを呪殺する、集団呪殺魔法です!!!」

 

 

 

 

 

 

 最低最悪の答えが導き出された。

 

 

 







 ―――――さあさ坊ちゃん嬢ちゃん寄っといで。お父さんお母さんを連れといで。


 ハーメルンの街に現れた笛吹き男は歌うように声を張り上げた。


 ―――――ここにあるは魔法の笛。この世のものとは思えない音色を響かす世界でたったひとつの魔法の笛だ。


 その軽快な文句に次第に人々は集まり、群れを成して笛吹き男を取り囲んだ。


 ―――――笛の名は呪歌(ララバイ)。さあ、よくよく耳を澄ませるといい。きっとゆっくり瞼が閉じて、あなたを誘う子守歌になるだろう。


 なんだあ、子守歌か、と群衆の誰かが言った。笛吹き男は笑ったまま笛を咥え、その街には誰もいなくなった。
 ( ユンセイン・トバルド著『世にも悪辣なる魔法Ⅱ』 4章『悪魔』3節『ハーメルンの笛吹き男と悪魔の子守歌』 )


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