きらきらぼし   作:雄良 景

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 これは一部の地方に伝わる昔話であった。その地方では古くよりこの話が伝えられているという。
 ハーメルンの街に現れた笛吹き男が笛を吹き、町からは誰もいなくなった、という記述から、私はこれを笛の起こした効果と結論付けられると推察する。

 笛がもたらす効果。最も可能性が高いのはこの笛が『魔法道具』であるということである。
 『笛を吹く』―――――つまり、笛の音色が何かしらの効果を持つ『魔法』になるということだ。

 もちろん笛吹き男が魔導士であたという可能性もある。
 が、私は笛が魔法道具であるとして推察をすることにした。

 『笛を吹く』というアクションが何かしらの作用を促し、『誰もいなくなった』という結果をもたらす。
 では『誰もいなくなった』とはどういうことなのか。街から全員が移住してしまったということだろうか。
 
 音色により何らかの効果をもたらす笛。その効果はいったいどういうものなのか。

 『街の全員が移住した』というのなら集団催眠魔法だろうか。しかし、それにしては話の伝わり方が不穏であった。
 確かに催眠魔法は非常に恐ろしい。けれど、話を聞かせてくれた人々はみな青ざめた顔で最後にこう言った。


「笛の音色を聞いてはいけない」


 まるでこの世で最も恐ろしいものを語るかのような顔色であった。

 ここで注目すべきは笛の名だ。笛吹き男はそれを『ララバイ』と呼び、言い伝えはそれに『呪歌』という字を当てた。
 そして笛吹き男は『子守歌となり瞼を下ろすだろう』と語ったという。
 もちろん古い言い伝えのため正確性は欠く。けれどその言葉を深読みしてみればどうだろうか。

 子守歌。そして瞼を下ろすという表現。それはどちらも『眠り』を示す言葉のはずだ。そして、その『眠り』が何かの隠喩だというのなら―――――使い古されたものがある。

 私はこの可能性に気づいたとき、あまりの恐ろしさに身震いした。こんなものが現実に在って許されるのかと打ち震えた。
 しかし可能性を無視することはできない。私は言い伝えを語ってくれたご老人の元へ出向き、何度も何度も答えを求めた。

 その方は触れたくもないとばかりに首を振ったが、そのうちに小さな声で私に応えてくれた。
 その言葉はあまりにも重く、絶望的な現実であった。

 呪歌(ララバイ)とは三つ目のドクロを持つ笛である。そしてそれはもっとも恐ろしい魔導士によって生み出された魔法である。

 語り終わったご老人は自身の語った言葉に深く怯えているようで、同時にどこか救われたというかのような顔をしていた。
 その秘密があまりにも重くその体にのしかかっていたという事実がうかがえた瞬間である。

 そして私は自らの知的好奇心のために背負うこととなった現実に打ちのめされそうになった。
 ご老人が語ったもっとも恐ろしい魔導士とは、知らぬ者はいないであろう名であった。同時に、その男が作り上げた呪歌(ララバイ)という魔法の本質を理解してしまったが故の衝撃であった。


 呪歌(ララバイ)とは音色を纏った魔法である。忌むべき黒魔法である。呪歌(ララバイ)とは、音色を聞いたものをすべからく呪殺する集団呪殺魔法であったのだ。


( ユイセイン・トバルト著『世にも悪辣なる魔法Ⅱ』 4章『悪魔』3節『ハーメルンの笛吹き男と悪魔の子守歌』 )





笑う死神

 

 

 

「!! ―――――ルーシィ、一回止まれ!!」

「!!」

 

 

 ―――――鉄の森(アイゼンヴァルト)が手を出した禁域(タブー)の重大さが共通認識され、各々が焦燥に駆られながらルーシィの運転する魔道四輪車はようやくクヌギ駅目前までたどり着いた。

 しかし囲いのない無人駅にはすでに列車の姿がなく、間に合わなかったかと下唇をかんだルーシィは唐突なグレイの声に慌ててブレーキを踏みこんだ。

 

 

 

 ズシャァァァァアアアギャギャギャギャッ!!!!!

 

 

 

 耳障りな音を立てて滑りながらも四輪車は停止する。しかしあまりの反動にナツは窓枠から放り出されかけ(咄嗟にグレイがマフラーを鷲掴んで回避)、ルーシィは操縦席から落ちそうに(エルザが車内から腕を伸ばし方を掴んだことで一命をとりとめた)なった。

 

 ふわり、とグレイが窓から車の天井に飛び乗る。

 

 思わず早まった鼓動を落ち着かせるように深呼吸をするルーシィとぐったりとしているナツ(の背中をさするハッピー)を置いて、平然としたエルザがグレイへ話しかけた。

 

 

「どうしたグレイ」

「駅んとこ、軍が出てきてる」

 

 

 ルーシィはパッと駅を見た。先ほどは線路しか見ていなかったが、確かに駅には人だかりと軍の姿が見える。

 …ただ事ではない。何かあったのか、もしや既に鉄の森(アイゼンヴァルト)が事を起こしたのかと全員がその騒ぎに注目した。

 

 

「声聞こえるか?」

「はっきりとは聞こえないが…列車が魔導士に占拠された、と言っているように聞こえるな。ナツ、どうだ?」

「うぷ………っはあ、あーやっと停まった…!」

「おいナツ、聞いているのか」

「ちょっとくらい待てよ! ったく…―――――ん、ギルド名は聞こえねえけど、列車を奪った連中は近くの闇ギルドのやつらだってよ」

「それは……お恥ずかしながらクヌギ近辺にギルドをお持ちの闇ギルドがどなたかは存じませんが、このタイミングとなれば―――――」

「―――――十中八九、鉄の森(あいつら)か」

 

 

 ―――――とうとう、動き出してしまった。全員の目が鋭くなる。とくにエルザは未然に防げなかったという自責の念が強いのだろう。一層険しい顔をして、低い声で疑問を呈する。

 

 

呪歌(ララバイ)、そして列車の強奪……奴らの目的はなんだ?」

「どっか行きたいのかな? うーん、でも、列車って線路のあるとこしか行けないのにね。船とか、馬車とかならいろんなところに行けるけど…」

 

「確かに行ける場所は限られてる―――――が、その代わり、線路のある場所にだったら最速でたどり着くぜ」

 

 

 バサリ、とグレイが着込んでいたコートを脱いだ。

 

 

「集団呪殺魔法なんてもんをわざわざ封印解いてまで引っ張り出してんだから、やることっつったらコロシだろ。リスクを考えて単に脅し道具として使うだけって可能性も考えられるが、それならわざわざ封印を解く必要もねえ。みてくれ(・・・・)だけで事足りるだろ。…なにより」

 

 

 冷静な声で鉄の森(アイゼンヴァルト)の目的を推理しながら、さらに着ていたハイネックのインナーを脱ぐ。

 

 

 

「―――――暗殺者(アサシン)気取りの魔導士(モドキ)どもが、わざわざ手に入れたコロシの道具を使わねえとは思えねえな」

 

 

 

 ―――――なぜ脱いでいらっしゃるのかしら。ルーシィは真剣な表情でグレイの話を聞きながら、どうしても疑問に思ってしまうことを飲み込んだ。多分、なんとなく、今言うことではないかなと思った。それに、これだけ事あるごとに脱ぐのならもしかしたら『脱ぐ』という動作が本人のやる気スイッチなのかもしれない。なら余計に指摘することもないだろうと言葉を飲み込んだ。

 

 バサバサ、とグレイが脱いだコートとインナーがルーシィのいる操縦席に落ちてくる。座っているからか下は脱がなかったらしい。…少し悩んで、それを丁寧にたたみ車内に入れておいた。そんなルーシィにエルザは一瞬視線を向けてきたが、些事だと判じたのかすぐにグレイへ戻す。

 

 

 グレイが締めくくるように発したその声は、氷のような冷たさを孕んでいた。自身も魔導士のひとりとして、ギルドに所属するものとして、人殺し(いのち)生業(かね)とした鉄の森(アイゼンヴァルト)の魔導士への嫌悪があった。

 

 

「つまり列車の向かう場所に…彼らが殺害を企てる方がいらっしゃる、という可能性が大きいのですね」

「さらに言えば、用いられるのが集団(・・)呪殺魔法という観点から、殺害したいターゲットは複数人かつ同じ場所にいると考えられるかもしれんな」

「確かに……音色を聞いたもののいのちを奪ってしまわれる魔法なのですから、転じて言えば『音色を聞かせなければ呪殺できない』のですものね。ならば効率も考えますと、一堂に会している場を狙われると考えられるでしょう。……相手の方々は何かしらの組織、ということかしら」

 

 

 そして鉄の森(アイゼンヴァルト)へ嫌悪感を抱いているのはグレイだけではない。この場に居る全員が、いのちの尊厳に唾を吐くような行いをしている鉄の森(アイゼンヴァルト)への冷たい怒りを覚えていた。

 

 ルーシィとエルザがグレイの推理をもとに思考を展開していく。確かなことではないが、目的を『暗殺』とした場合、彼らがどういった行動をとるのか…真剣に頭を回し、可能性を上げていく。

 犠牲者が出る前に、なんとしても阻止したい。阻止すべきだ。阻止しなくてはいけない。けれど相手は手練れの暗殺者。やみくもに動くわけにはいかない。

 

 最善策を求めて全員の思考が回転する。

 

 

「ったく、めんどくせえやり方しやがって。勝ちてぇならまず真正面から戦えっつーの」

 

 

 ぐるる、と唸るようにナツが言う。

 グレイの話もルーシィとエルザの話もなんとなく分からないところはあったが、まあ要点は押さえられた。何かを考えるような顔をしているハッピーの隣で、ナツは鼻を鳴らした。

 

 呪殺だとか、暗殺だとか、そういった性根が気に入らない。陰湿で好きじゃない。そんなクソくだらねえ仕事をしていることが納得いかない。ギルドを何だと思ってんだクソがという舌打ちまでしてしまう。

 少なくとも妖精の尻尾(フェアリーテイル)という性質のギルドで育ったナツからしてみれば、相手は頭の先から足の先まで気に入らないことばかりだ。

 

 

 ぶすくれたようなナツのセリフにエルザが仕方がないな、という顔をした。エルザはこのナツの仕方なさがなかなか好きだった。対してグレイは分かってねえな、というようにため息を吐く。グレイはナツより薄汚い連中の思考回路が理解できた。共感できるわけでは全くないが、それでもやっぱりこう考えるだろう、という思考が回る。だからナツを馬鹿だと思うし、…まあ。けど、別に嫌いではなかった。言わないけれど。

 

 張り詰めた雰囲気がナツのおかげで少し余裕を取り戻す。ルーシィはどことなく息がしやすくなったような気がして、ナツの使える魔法だろうかなんて考えてしまった。

 

 ナツは怒っている。けれど、その怒りがあまりにもまっすぐだから、なんだか気持ちが楽になるのだ。不思議だ。怒りは残っているのに、やる気が沸いて、思考がクリアになっていく。

 

 だから、ナツの発言に眉を下げで微笑んでいたルーシィはふと―――――その言葉に引っ掛かりを覚えた。

 

 

 

「―――――真正面、から?」

「ルーシィ?」

 

 

 ぼつり、と落ちた言葉は誰かに向けられたというより、こぼれて解けたような音だった。ナツが首をかしげる。しかしエルザとグレイはハッと振り向いてルーシィを見た。

 

 この音はさっきも聞いた音だった。さっきの、ルーシィが呪歌(ララバイ)が何なのかに気が付いたとき。その時もルーシィは似たような音で何かを考え込み、そして悪魔の子守唄を見つけた。

 

 

 エルザの卓越した経験からくる勘が訴える。グレイの冷静な思考回路が考えを導き出す。―――――また、ルーシィは何かに気づいたのではないだろうか、と。

 

 

呪歌(ララバイ)は、…音色を聞いたものを、殺す魔法。音色さえ聞かせることができたなら、ナツさんのおっしゃるようにわざわざ戦いを挑まなくても、自分たちよりはるかに強大な相手に殺害(しょうり)することが、できる………」

 

 

 ぽつぽつとこぼすルーシィはナツの呼びかけが聞こえていないようだった。形の整った眉が寄せられ、眉間にしわが寄る。手をくち元に添え、深く、深く、考え込む。

 

 

「占拠された列車―――――線路があれば、最速でたどり着く手段……」

「…目的を達成するのに時間がない、という事だろうか」

 

 

 こぼれる声にエルザが自分の考えを沿わせた。一種のトランス状態に入っているようなルーシィに意見したところで聞こえているかは半々だが、なにせ時間がない。ひとりで考えるよりはふたりだろう。より時間が短縮できるように、エルザは賭博気分で声をかけた。

 

 

「つまり、何かしらのタイムリミットがある…?」

 

 

 結果、ルーシィはエルザの声が聞こえているのか、応えるように思考を展開する。けれど視線はエルザに向かず、顔の位置も視線も動かない。話は聞こえているが誰に話しかけられているのかなどには考えが行っていない状態なのだろうか。

 しかし、反応したことは事実だ。ならばとやり取りを静かに見ていたグレイもくちを開く。

 

 

「それは呪歌(まほう)にか? 決まったタイミングでしか発動できねえとか…」

 

 

 魔法にはシチュエーションが求められるものもある。例えば月が出ていなくてはいけないだとか、たとえば清い湖のほとりでなくてはいけないだとか。黒魔法の類なら生贄を求められることもあるかもしれない。

 封印されるような黒魔法。しかも笛。魔法道具が魔法そのものという異例のパターン。不謹慎かもしれないが、ここまでくれば吹くだけで呪殺できるというのもどことなく味気ない。もうひとひねりあってもおかしくないはずだ。なのでその可能性も十分にありえるだろう。

 

 

 

 

「タイムリミットがあるのは………ターゲット?」

 

 

 

 

 ―――――しかし、ルーシィが浮上する意識に乗せて持ってきた結論は別のものだった。

 

 ターゲットにタイムリミットがある、とは。聞いていた全員が怪訝そうな顔になる。侮蔑したのではなく結論への経過が想像できなかったのだ。なぜそう思ったのか。そこが想像できなかった。

 

 全員の視線を受けながら、ルーシィはそっと声を出した。

 

 

 

 

「列車は、どこへ向かうのでしょうか」

 

 

 

 

「どこって………」

「…クヌギ駅の次は、少し離れてオシバナ駅だな」

 

 

 ナツが片眉を跳ね上げ、エルザが冷静に答える。

 ルーシィは考える。考える。考える。

 

 

「なにか―――――なにか、取りこぼしてしまっている気がするのです。重要なことを………」

 

 

 きっとそれは決定的なもののはずだ。散らばるヒントをすくい上げきれていないのだろうか。それとも、見つけたはずのヒントをうまく組み合わせられていないのだろうか。

 

 思考を回す。ただひたすらに考える。早く、早く、早くしないと―――――誰かが死んでしまう。

 

 せっかくエルザが事前に気づけたのに。これで間に合わなければ、エルザが自分をひどく責めるだろうということは想像できた。多くの人の命が奪われるかもしれない。現時点でエルザが自分を責めているのは傍から見ても感じ取れる。これ以上だなんて、そんなことさせたくない。

 なぜ分からないのだろうか。なぜ気づけないのだろうか。せっかく『ララバイ』が『呪歌(ララバイ)』だということには気づけたのに。その先が見つからない。見つからなければ、すべてが無意味だ。せっかく声をかけてもらえたのに、役にも立てない。この件については間に合わなければダメなのだ。失われてしまうかもしれないいのちを救えなければ、無意味なのだ。

 

 ああ、よりにもよって、マスターが不在の折にこんな不測の事態が起こるだなんて。思考がネガティブに回る。ひとつ間違えば、対峙する自分たちがミスを犯せば、鉄の森(アイゼンヴァルト)妖精の尻尾(フェアリーテイル)をターゲットにする可能性も十分に考えられる。そうすれば仲間たちにも被害が出てしまうかもしれない。

 ただでさえ後手に回ってしまっている現状。これでとうとう間に合わず、人死にが出てしまえば。仲間に被害があれば。きっと定例会から帰ってきて早々にそれを知ることになったマスターは深く悲しみ失望されて―――――

 

 

 

 

 

 

「―――――マスターが参加されている定例会は」

 

 

 

 

 

 

 それは降って湧いたひらめきだった。

 

 

 

 

 

 

「どこで、行われていますか」

 

 

 

 

 

 

 ひらめきは絶望の色をしていた。

 

 

 

 

 

 

「どこって、クローバーだってミラちゃんが言って……待て、そういや、オシバナは―――――!!」

 

 

 何でそんなことを、という顔をして答えたグレイの声が、震える。それに気づいたとき、芋づる式に思い出された事実が暗い色をした可能性を引きずり出した。

 

 

 

 呪歌(ララバイ)は集団呪殺魔法だ。

 音色さえ聞かせればどれだけ強大な相手でも殺せる魔法だ。

 ギルドにはギルドマスターがいる。

 マスターたちは全員が卓越した歴戦の魔導士たちだ。

 マスターたちは今クローバーで定例会を行っている。

 一堂に会している。

 集団でいる。

 鉄の森(アイゼンヴァルト)は列車を乗っ取った。

 列車は線路上であれば最速で目的地にたどり着く。

 ターゲットにはタイムリミットがある。

 列車が乗っ取られたのはクヌギ駅。

 クヌギ駅の次はオシバナ駅。

 そして―――――

 

 

 

 

「……クローバーって、オシバナ駅からじゃないと、行けない、よね…?」

 

 

 

 

 峡谷の狭間にあるクローバーには、オシバナ駅からつながる列車でしか、行けない。

 

 

 固く鋭くなっていく雰囲気に不安げにしていたハッピーが、ポロリとこぼしたその言葉。―――――全員の目に剣呑な光が宿る。

 

 

「まさか」

 

 

 エルザの声が重く響く。確定ではない。推察でしかない。けれど、身震いするほど可能性が高すぎた。

 

 ギルドマスターたちはクローバーに居て、クローバーへはオシバナ駅から発車する列車でしか行けない。

 そしてその列車は鉄の森(アイゼンヴァルト)に占拠された。

 ギルドマスターたちは定例会のために集まっている。集団(・・)でいる。そして、鉄の森(アイゼンヴァルト)が手に入れたのは集団(・・)呪殺魔法だ。

 

 

 タイムリミットは―――――マスターたちが、解散するまで。

 

 

 つじつまが合いすぎた。これはもう、気のせいだとは思えない。

 

 

 

 

 

「目的は―――――私たちの親(ギルドマスター)か!!?」

 

 

 

 

 

 暗い、暗い、死神が笑う。

 

 

 

 

 

 

 現状において、最も可能性のある鉄の森(アイゼンヴァルト)の目的が、―――――自分たちの(マスター)

 そんなことを許せるわけがない。

 

 ざわ、とナツが、グレイが、エルザが殺気立つ。不安げにしていたハッピーもまた眉間にしわを寄せ怒りを抱いている様子だ。

 

 

 かつてミラジェーンが言ったように、妖精の尻尾(フェアリーテイル)には訳アリ(・・・)が多い。それは妖精の尻尾(フェアリーテイル)に限った話ではないが、……少なくとも、ここに居る全員(・・・・・・・)はそれなりの理由を持って妖精の尻尾(フェアリーテイル)に加入した。

 

 マカロフは、妖精の尻尾(フェアリーテイル)のギルドマスターだ。―――――ギルドメンバーの親なのだ。

 

 

 お調子者のすけべジジイのように見せかけて、誰よりもギルドメンバーを見守り、時に叱り、導き、愛している。だから子供たちもマカロフが好きなのだ。愛しているのだ。

 

 

 そんな、大切な家族に、未曽有の危機が迫るというのなら。

 

 

 ―――――もし間に合わなかったら、なんて言っている場合ではない。

 

 

 操縦ハンドルを握り締める。供給コードから魔力を流し込み、魔動四輪車を起動する。

 

 

 ―――――何が何でも間に合わせなければいけないのだ。

 

 

 

 

 ジャジャジャジャ―――――ッドウッッッ!!!

 

 

 

 

 急速に駆動させられた車輪は数秒滑るようにその場で回転し、はじけるように走り出した。

 エルザが、グレイが、冷や汗をかきながら咄嗟に車体に捕まりバランスをとる。ナツは死んだ。ハッピーはナツにしがみついている。

 

 

「待て、ルーシィ! 君はここまで運転をして魔力をかなり消費しているだろう。次は私が、」

「いいえ」

 

 

 無言で四輪車を駆動させるルーシィに、ハッとしてエルザが叫ぶ。ついさっきまでルーシィは魔動四輪車に大量の魔力を注ぎ込んで走らせていたのだ。これ以上の魔力消費は体へ負担がかかりすぎる。

 事実、エルザから見えるルーシィの顔は少し青ざめており、吐く息は震えているように感じられる。

 

 けれど、エルザへ応えたルーシィの声はしっかりと鋭く、はっきりとしていた。

 

 

鉄の森(アイゼンヴァルト)の方々が何を望まれていらっしゃるのかは存じませんが、彼らがすでに事を始めてしまわれたということは、彼らとの戦いは避けられぬことでしょう」

 

 

 鉄の森(アイゼンヴァルト)の目的がギルドマスターである、というのはあくまで推測でしかない。どれほど可能性が高かろうと、答え合わせはまだなのだ。

 車輪と風の音に阻まれて、ルーシィの声が聞き取りにくい。それでもエルザは少し身を乗り出して耳を澄ませた。

 

 

 ルーシィは言う。自分の実力はエルザの足元にも及ばないだろうと。エルザはそうは思わなかった。ナツが選んだルーシィがただの木偶の坊とは思えない。なによりあまり自己を卑下しすぎるのはルーシィを評価する周囲への侮辱にもなりえる。

 

 

「いざというとき、わたくしが動けませんのと、エルザちゃんが動けませんのでしたら、大きく違います」

 

 

 けれどルーシィははっきりと言い切った。そこにあるのは卑屈さではない。どこまでも客観的な意見のようだった。

 エルザは言葉を飲み込む。ルーシィの言葉にはどこか『圧』があった。それは威圧ではなく、これ以上この話を譲るつもりはないという意志の強さだった。

 

 一瞬、エルザとルーシィの視線が絡む。

 

 

「ここばかりは、どうぞわたくしに花を持たせてくださいまし」

 

 

 運転しながらも、ほんの一瞬ルーシィがエルザへわずかばかり向けた顔。―――――それは微笑みだった。

 下手に出ているような言い方で、促すような声だった。お願いをしながら譲らなかった。

 

 

「―――――マスターへの不躾なお客人のおもてなしは、みなさまにお譲りいたしますね」

 

 

 すでに外された視線。こちらを向かない顔の言い様に、エルザは思わず笑ってしまいそうになった。

 ……ああ、そうだな。そうだろうとも。きっと運転していたのが私であっても、ここで譲ったりはしなかっただろう、と。つい昨日であったばかりの少女の心が、なぜかエルザは手に取るように分かった。

 

 

「君は―――――まったく、私はお前を勘違いしていたようだ!」

 

 

 ナツが選んだのだから、と思っていた。つまり侮っていたわけではない。けれど、物腰や口調から品や育ちの良さを感じ、ふんわりとした娘だとは思っていた。

 しかしどうだ。今目の前で魔動四輪車を駆るその姿は何とも頼もしい。伸びた背筋が美しい。

 

 

「奴らの相手は任せてくれ。……よろしく頼む」

 

 

 ならば自分がすべきことは、ここで無理矢理ルーシィと交代することではない。オシバナにたどり着くころには疲労困憊となっているルーシィの代わりに鉄の森(アイゼンヴァルト)の魔導士をひとり残らず倒すことだ。

 

 信じてくれている。だからその信頼に応えよう。

 

 

「つってもマジで無理はすんなよ!」

「ええ、お心遣いありがとうございます」

 

 

 頷いたエルザの上、車体の上からグレイが怒鳴る。疾駆する四輪車の天井に張り付くのはまあまあ重労働だったが、ふたりの会話が聞こえていたからこそグレイは叫んだ。

 それはルーシィを案じる言葉。だからルーシィも、喜びを乗せた色で礼を言う。

 

 操縦ハンドルを握り締める。魔力を注がれたSEプラグは膨張していた。顔色は悪い。息もはずんでいる。―――――それでもルーシィは不敵に笑って、勢いよくハンドルを左に切った。

 

 

 

「では―――――みなさま、よくよくお掴まりになってくださいましね。今ばかりはわたくし、ほんの少し悪い子ですから!」

 

 

 

 誰にも見られることのなかったその笑みは、どこかナツに似ていた。

 

 

 

 

 

 

「見えたぞオシバナ駅―――――ってなんっだありゃ!?」

 

 

 宣言通り、その後のルーシィの運転はめちゃくちゃだった。ハンドルを勢いよく切り線路に乗り上げたかと思えば、そのままクヌギの町に乗り込み大暴走とばかりに町中を突っ切って走り出したのだ。

 

 群衆を複雑なハンドル捌きと計算された車体の揺れで切り抜け、時に商店街の商品をぶちまけながら突っ走る。

 まるで体の一部のように魔動四輪車を動かすルーシィの意外な才能が見つかった瞬間だった。

 ちなみに代償として、キャラをどこに捨ててきたとばかりのドライブに死んでるナツ以外の全員からあり得ないものを見るような視線を送られた。さすがのエルザも目を見開く。

 

 しかし時には品や常識をかなぐり捨ててでも為さねばならないことがある。ルーシィは沸いた罪悪感を渾身のちからで踏み潰し、オシバナめがけてひた走った。

 

 

 ―――――そうしてようやくたどり着いたオシバナ。真っ先に気づいたのはグレイだった。

 

 

「あれは駅の方角か!?」

 

 

 いくばくか先、駅のある方面。そこから大きな煙が上がっていた。―――――これは、もしや。いや、間違いなく―――――

 

 

「おのれ、鉄の森(アイゼンヴァルト)……!!」

「もう少し駅に近づきます!」

 

 

 どうか、まだ犠牲者が出ていませんように…!! ルーシィは祈るようにスピードを上げた。

 

 

 

 

 

 

「くそっ、すげぇ人混みだ」

「ナツくんしっかりなさって! さあ!」

「ナ~~ツ~~頑張れ~~~」

 

 

 駅のすぐそばまで魔動四輪車を走らせた一行は、駅の目の前にできた群衆の壁に冷や汗を流した。

 街中の人間が集まっているのではというほどの人数に、ルーシィからコートとインナーを受け取って着なおしたグレイはうっとおしそうに周囲を見回し、ルーシィとハッピーはぐったりとしているナツへ必死に呼びかけた。エルザはスッと鋭い視線で駅を睨みつける。

 

 遠くで駅員が拡声器を用いて叫ぶ。脱線事故により立ち入り禁止だと呼びかける。しかし集まった人々の間では『テロリスト』の単語が飛び交い―――――

 

 

「クヌギで列車が占拠された時点で封鎖したのだろう」

「だろうな。どうやら軍が乗り込んでいったのを見たやつもいるらしいな」

「軍、ですか。……しかし…」

「ああ。相手は魔導士。それも推察される計画の規模からしておそらく…ギルドひとつ分の人数が居る可能性がある。正直なところ、軍では不足だろう。足踏みしている時間はない―――――行くぞ!」

 

 

 エルザはバッサリと切って捨てるように言い切り、群衆の中に飛び込んだ。仕方のないことだ。いくら鍛え上げられた騎士であろうと、歴戦の魔導士と相手は厳しいものがある。それも暗殺特化の闇ギルド相手となればひとしおだ。

 

 立ち上る煙を見ればすでに軍は一戦交えてしまっているということが想像できる。一刻の猶予もない。いや、もしかするとすでに死人が出てしまっているかもしれない。

 

 すぐにでも加勢しなくては―――――その意思で、エルザは人混みをかき分け先へ進む。ナツやグレイ、ルーシィも同じ思いでそれに続いた。

 次々と群衆を押し退けるエルザに対して、せっかく車から解放されたのに今度は人混みに酔ってしまったナツをハッピーが飛びながら引っ張り先に進ませる。それをグレイは呆れた顔で見た。

 

 ルーシィもまた先に行くみんなに追いつこうと必死に人の隙間を縫い歩くが、なにせ経験が乏しい。ルーシィの人混みの中を突っ切るスキルのレベルは(しょきち)だ。さらに言えば魔力を使いすぎて少し足元がおぼつかない。どうしても前を進む3人とは距離が開いてしまう。それでも何とか隙間を縫って先に進んでいたが、唐突に目の前が塞がってしまった。

 目の前に立っていた男が立ち位置を少しずらしてしまったため、他の3人が通った隙間を通れなくなってしまったのだ。

 

 

「あ、あの、ごめんあそばせ、少し―――――きゃ!」

 

 

 置いて行かれてしまう―――――ルーシィは慌てて通してもらおうと男に声をかけようとして、後ろからの衝撃に押されて男の背中にぶつかってしまった。

 

 

「あっ、申し訳、んむっ!」

 

 

 とっさに謝らなければと体を放そうとして、再びその背中に埋まってしまう。また背後からの衝撃だった。どうやら少し後ろで誰かがバランスを崩し転倒してしまったらしく、それによって数人が前へ前へと押されているらしい。しかし今のルーシィはその衝撃に踏ん張れるだけの体力がなく、―――――今度は前に立つ男の体重がのしかかってきて余計に動けなくなってしまった。

 

 

「んっ、ぷは、あのっ―――――んぷ!」

 

 

 後ろからの圧と前からの圧。前でも何かハプニングが起きているのだろうか。背後の圧は強まったり緩まったりするだけだが、目の前の男はもぞもぞと左右に揺れたり前後に揺れたりと動くせいでルーシィの顔が男の背中に埋まったり解放されたりと忙しなく、声すらも上げられない。

 

 どうしよう、どうしたら―――――八方ふさがりにルーシィの瞳がわずかに潤んだころ、急に目の前の男が前のめりにバランスを崩した。

 

 

「ルーシィ!」

「グレイくん!」

「手ぇ貸せ! 連れてってやる!」

 

 

 その男の前には手を伸ばすグレイが居た。とっさにルーシィも腕を伸ばし、その細い手のひらをグレイがしっかりとつかむ。そしてちから強く引っ張り、人混みへ潜り込んだ。

 

 

「あ、ありがとうございますっ! 人が多くて…!」

 

 

 ほっとした様子のルーシィにグレイは一瞬眉を顰める。―――――こいつ、気づいていないのか、と。

 ルーシィの前に立っていた男。あの男は間違いなく、わざとルーシィに体をこすりつけていた。

 

 前を歩くエルザとハッピーに引っ張られるナツ。そのふたりを見ながらそういえばとルーシィを振り返れば、何やら不審な動きをしている男を見つけた。何人混みで腰振ってんだあの男、と思っていれば、その背後に揺れる金髪を見つけ―――――すぐさま状況を理解したグレイは男の腹に拳をたたき込んでルーシィを救出したのだ。

 

 

「―――――ああ、仕方ねえよ。人多いからな。それに魔力使いすぎてちから入んねえんだろ」

 

 

 まさか気づいてないのか? あんなあからさまで? とは思うものの、ルーシィの反応はどう見てもセクハラをされた女のものではない。……ならわざわざ余計なことを言って怖がらせることもないか、とグレイはくちを噤む。なんとなくロキがルーシィ相手に心配そうだった訳が理解できた気がした。

 しかしこのまま育つのも心配なので今度ギルドの女連中にしっかり教えてやるように言っとこう、と考えたところでようやく人込みから脱し、グレイとルーシィは規制線の内側に躍り出る。

 

 

 ―――――同時に、目の前でエルザが駅員の男を地に沈めた。

 

 

 

 

 

 

「―――――」

「いや、あれだ、気持ちは分かる。だが慣れろ、あれがエルザだ」

 

 

 目の前で揮われた暴力にルーシィは開いたくちが塞がらなくなった。グレイが気まずげにフォローとも言えない言葉をこぼす。いや、一朝一夕でこの濃いキャラクターに慣れろというのか。無茶である。というかなんで駅員殴ってるんだ。

 

 

駅内(なか)の様子は?」

「は? ウゴァッ!」

 

 

 ―――――まさか、即答できない人はいらないということだろうか。この状況で? 名乗りもせず??? 求めるハードルが高すぎる。

 

 とんだ暴挙に呆気にとられたルーシィを見て、グレイは( そういや緊急停止信号鳴らしたとき居なかったからこれが初見か? )と思った。この様子だとなんであの時ベルが鳴ったのか知らないだろうなとも思ったが、グレイは気づかいの出来るイケメンなので先ほどのセクハラと同じく黙っておいた。エルザは考えるより慣れろなのだ。

 

 結局エルザが『軍の小隊が突入したが、軍からもテロリストからも音沙汰がない。おそらく未だ中で戦闘が行われている』という情報を聞き出すまでに3人の職務に忠実な駅員が地に沈められた。

 

 

 

 

 

 

 軍の小隊が突入し、何の音沙汰もない。―――――それだけで、ルーシィたちが察したのは『壊滅』だった。

 そもそも繰り返すが、軍が、それも小隊ひとつで闇ギルドを相手どろうというのは無理無茶無謀というものだ。

 間に合わなかった。すでに死人が出てしまっているかもしれない。いや、むしろ出ていない方が不自然だ。ルーシィは唇をかむ。

 

 

「間に合わなかったか…! 急ぐぞ!」

「おいナツ! …チッ、ハッピー、ナツを運んどけ!」

「あいあい!」

「ルーシィ、行けるか!?」

「大丈夫です!」

 

 

 エルザは端整な美貌に悔しさと怒りを乗せ、勢いよく走り出した。駅員から追加で搾り取った情報では列車はまだ構内にあるという。ならばせめて、鉄の森(アイゼンヴァルト)の魔導士たちはこの場で撃破し拘束しなければいけない。被害を最小限に抑えるためにも、これ以上好き勝手させることはできない。

 

 グレイは走り出したエルザを追おうとして、まず死にかけのナツを呼び掛けた。返事はない。すでに屍だったようだ。めんどくさいが大事な戦力。回復すれば使えるだろうとハッピーに指示を飛ばす。

 それから、未だ顔が青白いルーシィに声をかける。ここで自分まで突っ走ればさっきのようにルーシィが置いて行かれるのは目に見えていたからだ。回復が見込めないようだったら外で待機させようとも思ったが、返ってきた返事は十分気丈。心配はあるが、ならばよしとグレイも走り出す。

 

 

 構内へ駆け込み少しばかり。差し掛かったホームへ続く階段で、全員は一度足を止めることとなった。

 

 

「これは……!」

「クソ、やっぱりか!」

 

 

 そこにはひどい手傷を負い倒れ伏す軍の小隊が居た。

 

 

「しっかりなさって、意識はございますかっ」

 

 

 ルーシィが慌てて声をかける。頭部から出血するその軍人はわずかにうめき声をあげた。どうやら生きてはいるらしい。―――――なぜ?

 

 エルザたちも近くに倒れる軍人へ声をかけてみれば、意識を失っている者はいてもいのちを奪われている者はいなかった。

 

 

 なぜ。

 

 

 率直な感想がそれだった。もちろん、死人が居ないことに安心した。よかったと喜んだ。しかし―――――なぜ、殺していないのか。

 不可解だ。集団呪殺魔法なんてものを掘り出したような連中が、なぜわざわざ小隊の誰ひとりを殺すことなく痛めつけるだけで済ませたのか。

 

 エルザとグレイとルーシィは手早く丁寧に倒れ伏す軍人たちを端に寄せ、駅のホームに向かって再び走り出した。分からない。目的はギルドマスターだけではないのだろうか。それとも今更良心が痛んだか。もっと理由があるのか……もしくは、万が一失敗し捕まった際の懲罰(リスク)軽減を考えているのか。

 

 なにを考えているのか分からない。分からないが―――――ろくでもないことだけは確かだろう。

 

 

 どんな目的だろうと、必ず潰す。―――――妖精の尻尾にケンカを売った(だれになにをしたのか)を分からせてやる。

 

 

「ホームはこっちだ! ―――――っ!!」

 

 

 吊り上げた瞳に鋭い怒りを宿し、全員が駆け込んだ駅のホーム。

 

 

 

 

 

 

 

「よお。やぁ~っぱり来たかァ……妖精の尻尾(ハエども)が」

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――死神が鎌をもたげる。

 

 

 







 グレイって面倒見いいですよね。ぜひこのままルーシィのお兄ちゃんポジションに据えたい。
 せっかくの二次創作なのでちょっと展開を変えてみました。満足。
 最近忘れがちだったルーシィへのセクハラも復活させておきました。満足。
 でもちょとルーシィの性格を勝気にしすぎたかも…そのうち大幅加筆修正するかもしれません。



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