きらきらぼし   作:雄良 景

27 / 28


 あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
 鉄の森(アイゼンヴァルト)編はあと一話で終了する予定です。



 その世界は箱庭でできていました。四角い青空しか知らない白鳥は、囁きかける木々のざわめきで外の世界を知りました。
 しかし、空の広さも海の深さも、太陽の眩しさ、あるいは、夜の暗さを知らぬ白鳥が湖から飛び出したとして―――――世界の真の唸り声を知ってしまった真白の翼は、それでも空を切れるのでしょうか。





燃えろ理想

 

 

 魔導四輪車が走る。エルザによって注ぎ込まれる魔力を糧に、深い渓谷にかかる線路を走り抜ける。

 ルーシィはガタガタと揺れる車内で車体にしがみつきながら外を見た。魔導四輪車は現在クローバーへ向かったエリゴールとそれを追いかけたナツたちをに追い付くために走っている。通っているのはクローバーに向かう唯一の手段である列車の線路。

 

 細い道だ。線路の両脇には人が一人立つのがやっとの程のスペースしかなく、万が一エルザが操縦を誤ればもろとも底の見えない谷へ真っ逆さまだろう。そう考えれば、ルーシィは目下の真っ暗な谷底がまるで自分たちを喰らおうとする怪物の大きなくちのようにすら見えてきた。

 もちろんそれはただのイメージ、想像でしかないのだが、それでももしここから落ちてしまえば……そこまで考えたルーシィはぶるりと身震いする。防衛本能からか思わず車体に縋るルーシィの手にはちからが籠り、

 

 

「―――――えっ」

 

 

 ふと覚えた違和感。それに気づいて―――――愕然とした。

 

 

「ア? どうしたルーシィ」

「こ、これ、この魔導四輪車……わたくしがレンタルしたものではない気がいたしますのですが……!?」

 

 

 先ほどまではそれどころではなくて全く意識していなかったが、よく見れば今自分たちが乗っているエルザが持ってきたこの魔導四輪車、ルーシィが最初の街でレンタルしたものでないのである。

 

 気づいたことにああっという顔をしたルーシィの訴えを聞いて、最初から気づいていたグレイは今更かという顔になった。もちろんグレイは乗り込む前から気が付いていたし、その理由にもおおよそ察しがついたために特に突っ込むことなくスルーしていた。仕事をやっていれば場合によってはこういうこと(・・・・・・)はよくあるものだ。急を要するのだから仕方ない。

 まあ、仲間がやらかすのも自分がやらかすのも慣れているグレイと違って、ルーシィの反応はおおよそ一般的なだけなのだが。

 

 

「ああ! 言い忘れていたが、私たちの乗ってきていた魔導四輪車は破壊されていた! おそらくエリゴールの仕業だろう!」

「ハン、鉄の森(アイゼンヴァルト)の周到さには頭が下がらァ」

「それは……べ、弁償しなくてはなりませんね……」

 

 

 ()に恐ろしきは悪党の周到さよ。走行音にかき消されないように声を張り上げたエルザからの情報を聞いて、ルーシィは冷や汗を浮かばせながらも何とか感想をこぼした。

 

 ボラもそうであったが、悪党と言うのはひとの痛いところを見つけるのが上手いのだ。エリゴールがルーシィたちの移動手段が魔導四輪車であることを知っていたのかは分からないが、知らなくても可能性はしっかりと潰しておいたということだろう。妖精の尻尾(フェアリーテイル)からの追っ手だけではなく、その他要請を受けた何処ぞかからの追っ手への足止めであったかもしれない。忌々しい。そういう有能さを善の事に使えばいいものを。

 

 いやそれは置いておくとして、とりあえずそんな話を聞いたルーシィの頭の中ではエリゴールがルーシィを吹き飛ばした空気砲で魔導四輪車をぐしゃぐしゃにしてしまう姿が簡単に想像できたのだった。なにせ自分がくらった攻撃なので。

 あれの威力を上げるだけで魔導四輪車はめちゃくちゃになるだろう。そう考えればあの時、ルーシィは弾き飛ばされるだけで四肢を吹き飛ばされなかったのは幸運だったのかもしれない。……いや、魔風壁の中に閉じ込めれば済むのだから、無駄な魔力の消費を省いただけの効率的な判断の結果だったのかもしれないが。

 まあそれはいい。ただ、やっぱり住民を避難させて良かったとルーシィは息を吐いた。ルーシィたちの魔導四輪車を停車させていたのは野次馬のすぐそばだ。もしエリゴールがそんなことをしているときに周囲に人が居れば、あの男はその場に居る人たちごと吹き飛ばしていたかもしれないのだ。一体どれほど被害が出たことか。

 

 ―――――あれ。

 

 ルーシィはビクリ、と体をこわばらせた。それからもう一度車体を見まわして、そっと操縦席のエルザの背を見る。

 

 

 そうだ、そう、住民は確かに避難させたはずだ。

 なら、エルザは、あの短時間でこの新しい魔導四輪車を、どこから―――――誰から、借りた?

 

 

「ケッ、それで他の車盗んでちゃ世話ないよね」

「ああ……! レ、レンタルです、お借りしただけなのです! 事後承諾になってしまいますけれど……!!」

 

 

 ルーシィの反応や今まで見たひと通りのエルザの性格に、どうやら同じ考えに至ったらしいカゲがぼそりと呟く。正論である。だがしかしおまゆう。

 「不測の事態ですので、返却する際に借用代と謝罪を持って許していただくしかありませんね…」と申し訳なさそうな顔で肩を落としたルーシィに代わり、カゲの隣に座っていたグレイがカゲの頭を軽く叩いた。誰のせいだと思ってんだ鉄の森(アイゼンヴァルト)。だんまりを決め込んでたかと思ったら余計なこと言いやがってというツッコミである。

 

 軽快な音を立てた自分の後頭部を押さえたカゲは一瞬グレイを恨めしげに睨み付け、しかしグッと言葉に詰まると気まずげに俯き、何かを言い淀んでくちを開け閉めした。

 

 

「―――――なぜ、」

 

 

 はくはく、はくはくと動いたくちがどうにか絞り出したのは、そんなかすれた声だった。

 眉間に寄ったしわ。落ち着かないようにひしゃげたくち。それはカゲの葛藤であり不快感だった。

 

 

「なぜ、僕を連れて行く? ……魔風壁を突破できたんだから僕は必要ないはずだ」

「…? …ああ、」

 

 

 カゲの問いかけにルーシィははて、どういうことかしらと首を傾げた。何を言われているのかが理解できなかったからだ。

 いや、言葉は理解できている。しかし何故そんなことを聞くのか(・・・・・・・・・・・・)が分からなかった。

 だから首を傾げ、考え、それからひとつ、思いつく。

 

 

「街の皆さんには鉄の森(アイゼンヴァルト)の方々との戦闘に巻き込まないためにも避難していただいたので、あの街には今、お医者さまもいらっしゃらないのです」

 

 

 重傷を負っている身で敵に囲まれている状況はひどく不安を煽るものだろう。目的を知りたいと思うのは当然のことだ。

 だから説明を、と思い安心させるようににっこりと微笑んだルーシィに、カゲの眉間のしわが深まる。

 

 

「かといってお医者さまのもとへあなたを運び込む余裕もありません。けれどあなたほどの傷を放置しておけば命に関わってしまいます。ですから、クローバーにいらっしゃるお医者様のもとへ、」

 

 

「そうじゃないッ!!!」

 

 

 吠えた。腹から出た声だった。止血され閉じかかっていた傷口がわずかに開き痛みを感じても、カゲは声を荒げた。

 

 

 

「医者に連れて行く!? 馬鹿か!! なんで助ける? なんで救おうとする!! 敵だぞ、お前らを、殺そうとした、僕はっ―――――お前らの敵だ!!!」

 

 

 

 浅くて荒い息で怒鳴るカゲの目は、しかし怒りというより困惑が強かった。焦点が合わない。必死に何かをかき集めて、無我夢中に何かを守ろうとしていた。

 

 

「、そうか、は、はは、分かったぞ、医者に連れて行くと言って評議員に引き渡す気なんだろ……そ、それともエリゴールさんへの人質になると思ったのかっ? ふふ、ふふふ、む、無駄だ、あの人は冷血そのもので、だから、ぼ、僕を人質にしたところで、価値なんてないんだぞ……」

 

「ったく、暗いヤツだな。医者に連れてってやるってんだから大人しく感謝しとけっての」

 

 

 ぶつぶつと言い始めたカゲにグレイが溜息を吐く。しかしカゲはそんなグレイにも「意味が分からない」と噛みついた。

 

 

「僕を助けて何になる! 理解できない、この行動のどこに意味がある? お前らの目的は何なんだ!!」

 

 

 当たり散らすように声を荒げる。理解できない話だ。理由がない。メリットがない。それならそんなことはあり得ない(・・・・・・・・・・・)

 

 

「気持ち悪い―――――気持ち悪い!! 理解できない!!!!」

 

 

 我武者羅だった。まさかこのまま本当に医者に連れて行くつもりか。なんで、どうして。分からない。気持ち悪い。何ならこのままここで谷底に捨てられた方がよっぽどマシだと思った。思って、だからガルガルと唸り吠え立てるカゲに―――――ルーシィは、ひどく穏やかに微笑んだ。

 

 

「ええ、理解いただけなくて結構よ」

 

 

 ―――――は、とカゲが浅く息をする。ルーシィはカゲと向かい合わせの位置に座っていた。だからその微笑みが、カゲからは良く見えた。

 綺羅星のようなアンバーの瞳が、ゆんわりと細められる。

 

 

「あなた、ご存じないのでしょう。分からないから、そうして怯えているのでしょう。ならば、私からは答えをひとつ」

 

 

 静かな声だった。星がカゲを見ている。輝きの底にある影を見ている。

 チカチカと、眩暈がした。眩む視界の中、ふと、カゲは駅でルーシィとエリゴールが言い合っていた時のことを思い出した。

 

 

「とってもシンプルなお話ですわ。―――――誰かを助ける、ということは、誰がしたってよいものであるし、誰にしたってよいものでもあるの」

 

 

 綺麗事だ、とカゲは小さな声で詰った。けれどルーシィの微笑みは崩れない。

 

 

「あなたは罪を犯されました。これは裁かれるべき悪逆であり、つまりあなたは現状、悪人であることになります」

 

 

 ぎゅう、とカゲは手のひらを強く握った。何とも言えない緊張があった。何か恐ろしくて悲しいものに気付いてしまいそうで、逃げ出したくて仕方なかった。なのにこんな場所でこんな状況ではどこにも行けなくって。

 だから必死にこぶしを握った。爪を立てて血がにじむほど、強く、強く、手のひらを握りしめた。

 

 

「悪人が手を差し伸べることに、積み上げてきた経過を指して非難する声があるでしょう。悪人に手を差し伸べることに、結果として生まれるリスクを指して軽蔑する声があるでしょう。」

 

 

 なのに、ルーシィはそっと手を伸ばしてそのカゲの手に触れる。握りしめられた手を優しくなでて、柔らかく解かせる。

 

 

「―――――けれど、誰かが誰かを救いたいと思うこころは何にも阻まれることの無い自由であり、そしてその心のままに手を伸ばすこともまた、自由なのです」

 

 

 肌と肌を通して感じるぬくもりが、確かにここにあるのだと知らしめる。

 

 

「そのこころは、意思は、正しく、優しく、尊い……善良な理想であるのだから」

 

 

 残酷なことだとカゲは思った。ルーシィの手に導かれカゲの手は解かれる。それに抵抗はしなかった。ただ、残酷なことだと思った。

 

 

「例えば『自分の目の前で誰かが死ぬことが嫌だから』なんて理由でも、それは誰かを救う理由には十分ですし……それこそ無意識に。理由なんてなくても、誰かを助けて、誰かに助けられる。そんな当たり前の奇跡が、存外世界には溢れているものなのです」

 

 

 俺の世界にはそんなものなかった。

 

 

「あなたの為かと言われれば、それは違うのでしょうね。あなたにとってこれはわたくしたちのわがままで、あなたはそれに付き合わされているだけ」

 

 

 手をもう一度握りしめるだけの気力が湧かなかった。だらり、とちからなく垂れるさまをなんとなく目で追った。

 

 

「不満はあるでしょうけれど、どうぞ大人しくしていらして。満身創痍のお体でわたくしたちを相手に挑まれるのは無謀なことだわ。……と言っても、わたくしはちっとも魔力が残っていませんからお相手はグレイくんとエルザちゃんだけになってしまうのですけれど。

 

 

 ……あら。わたくし今、とっても虎の威を借る狐では……?」

 

 

 おや、と首を傾げたルーシィに、エルザとグレイが思わず笑う。堂々と話していたと思えばそんなオチだ。

 エルザはルーシィの言葉に、新たな仲間の美しさを見て喜んだ。グレイはどこかちぐはぐであった少女が、ほんの少しすっきりとできたことに気が付いたからこそ喜んだ。

 そうとも、そうとも。

 

 

「人を救う時に御大層な理由など、さして必要なものではないのさ」

「チープでこっぱずかしい文句だが、そもそも小難しいことを考える前に体が動く。ま、さすがに相手によっちゃあ悩むことも躊躇うこともあるけどな。……そういう時は仕方ねえ。助けてから考える」

 

 

 少なくとも妖精の尻尾(じぶんたち)にとってはそうだった。もちろん、どちらかと言うと理性や規律、頭脳を担当することも多いエルザやグレイはいろいろ考えてしまうことも多い。時には救わないという選択肢を選ぶことだってある。

 ……それでも。

 

 それでも、手を差し伸べた時、その時だって、きっとひとりではないから。

 

 ふたりの脳裏に、鮮やかな火の粉が躍る。だってその筆頭みたいなやつがそうだからなあと、なんとなく笑ってしまう。グレイはすぐにハッとして舌打ちをしたが。

 

 

「―――――俺はお前にどんな経緯があったとか、んなこと知らねえし興味もねえけど。今はとりあえず生きてる、助かる、ひとつ儲けた、とでも思っときゃいいだろ。……存外、生き死にだけが決着の全てじゃねえもんだ。ぶつぶつ下向いてねえでもう少し面上げて前向いて生きろよ。お前も、他の鉄の森(アイゼンヴァルト)の連中も……」

 

 

 静かな言葉はカゲへの気遣いではなかったが、ただグレイという人間が持つ善性のかけらが込められていた。

 呆然と、カゲがグレイを見る。―――――それと同時に、車体がひときわ大きく揺れた。

 

 

「っきゃ、」

「ルーシィ、!」

 

 

 その揺れに車体から手を放していたルーシィがぐらり、とバランスを崩し、は踏ん張ることも間に合わず前のめりに倒れ込み―――――それを、カゲの腕が受け止める。

 ハッとしてグレイとルーシィがカゲを見た。カゲは俯いたまま、その視線に応えることは無かった。

 

 

「………何なんだよ、お前ら。意味が分からない……理解できない……気持ち悪い……」

 

 

 小さな声。それにグレイはひょい、と肩を上げて受け流し、「交代するか」と操縦席のエルザに話しかけた。その言葉に応える必要がないことを分かっていたからだ。

 

 

「問題ない。今のは大きい瓦礫が線路上に落ちていたために揺れただけだ」

「線路上にんなもんが落ちてるってのは…」

「偶然、あるいはエリゴールの妨害工作。希望的観測としてナツとエリゴールの攻防の影響、といったところか」

「魔力は」

「ルーシィのおかげでまだまだ余力がある。このままエリゴールと一戦交えられるくらいにはな」

「お前に限ってへばることはそうそうねぇだろうが、……無理すんなよ」

「分かっている」

「へぇへぇ」

 

 

 仲間内の、気軽な、それでいて確かにお互いを信頼し心配し想い合った言葉たち。それを聞きながらカゲは俯き続けた。

 ―――――カゲに支えられたルーシィから、その横顔はよく見える。見えるから、何も言わずに自分を支えてくれた腕にそっと手を乗せた。「わたくし、あなたの敵なんですよ」……そんな言葉はあんまりにも意地悪だから言わないでおくのだ。

 

 理解できなくても、意味が分からなくても、こうしてルーシィを支えたこの腕が答えなのだと、きっとカゲは分かっているだろうから。

 

 

 

 

 

 

 それはルーシィがカゲに助けられてすぐの事だった。

 

 

 

 ―――――……ギャ………ギャギャギャッ………!!!!

 

 

 

「っ、何だこの音は!」

 

 

 全員がハッとした。不愉快な音。まるで鉄を滅茶苦茶に引っ掻き回したかのような不協和音。ルーシィは思わず耳を押さえて顔をしかめた。酷い音だ。

 視界の先、線路のずっと向こう側。そこからもうもうと土ぼこりが立ち上がっている様子が見える。

 

 

「ナツだ! あいつがエリゴールと戦ってんだ!!」

「あそこか……! 急ぐぞ!」

 

 

 瞬時に理解したグレイが叫ぶ。まだそこは遠い。エルザが魔導四輪車にさらに魔力を注ぎ込もうとしたとき、同じように土ぼこりを見ていたカゲがポツリと聞いた。

 

 

「おい……あの桜頭の火の玉小僧、使うのは火の魔法だろ」

「え? え、ええ、そうです。とっても素敵な魔法よ」

 

 

 唐突なそれに驚きながらも答えたルーシィの顔をちらりと見たカゲは、表情の乏しい顔でふん、と鼻を鳴らした。

 

 

「ならあいつじゃエリゴールさんに勝てねえよ」

「……それは、どうして?」

 

 

 その言葉はナツの仲間としては聞き捨てならないセリフだが、この場で一番エリゴールの実力を知っているのはカゲだ。そのカゲがそう言うのであれば、それには根拠がある。

 

 

「エリゴールさんの使う風の魔法の中に『暴風衣(ストームメイル)』ってのがある。風を鎧として纏う魔法だ……」

 

 

 その魔法で纏う風は全て『外へ向かって流れる風』だ。そんな風に炎の魔法を向けたところで、炎は風に流される(・・・・・・・・)

 

 それはつまり、炎での攻撃はエリゴールには通用しないという事。ナツはしっかりと鍛えているだけあって身体能力は高いしちからもあるが、桁違いの破壊力は炎あってこそだ。その炎が封じられてしまうのはあまりに痛い。

 

 

「そんな……」

 

 

 カゲが明かした情報に、ルーシィは息を呑んだ。魔法勝負に相性があるのは珍しくない話だ。けれど、こんな局面で、こんなカードで、こんな時に、こんな………

 

 

( ナツくん………! )

 

 

 どうか、どうか、どうか―――――どうか、神さま。

 ルーシィはひたすらに祈った。大切なお友達。ギルドの仲間。妖精の尻尾(フェアリーテイル)の家族。眩い太陽のヒーロー。どうか、お願いします。どうか、無事で―――――

 

 

 ―――――ナツのもとまでは、まだ遠い。

 

 

 

 

 

 

「ナツくん―――――!!!」

 

 

 どれだけ祈っても、ナツのもとに辿り着けなくては加勢もできないし無事も分からない。近づけば近づくほど聞こえてくる鋭い風の音にもどかしい思いをしていれば、不意に遠目に火柱を目視し、そして―――――何かが打ち上げられる。

 よく見えないがそれは人のように見えた。その直前の火柱。

 

 

 まさか、まさか、まさか、まさか―――――いや、まだ、一体、どっちが―――――

 

 

 車が近づくのが待ちきれずに真っ青な顔で車体から身を乗り出したルーシィと、万が一に備えて魔法発動準備をしていたグレイ。そして鬼気迫る表情で魔導四輪車を駆けたエルザの目に映ったのは、――――――地面に倒れ伏すエリゴールと、その前でこちらを見て軽快に笑うナツの姿。

 

 

「ああ………!!」

 

 

 車体が砕けそうな音をたてて急停止した魔導四輪車。ルーシィは転がり落ちるように車内から飛び出した。勢い余って線路からも転がり落ちそうなその姿にグレイとカゲがギョッとしたが、ルーシィは一目散にナツのもとに駆けていく。

 

 

「よ、よかった……! よく、よく、ご無事で……!」

「おールーシィ!」

 

 

 前のめりに近づいて、それでもどうしたらいいのか分からずアワアワと手を彷徨わせ、ただ、ただ、ナツの無事を喜ぶ。

 そんなルーシィの様子にケラケラと笑ったナツは、「遅かったな、こっちはもう終わったぜ」などと軽く言った。

 体中の傷。あちこちにみられる血の跡。それは一筋縄ではいかない激しい戦闘があったことを物語っているのに、ナツの物言いはあっけらかんとしていた。

 それが、どうしようもなく嬉しくて、頼もしくて。

 

 

「ええ、ええ、……信じていました」

 

 

 だからルーシィも安心して笑うことができた。

 

 

「おうコラ、こんな連中相手に苦戦しやがってテメー、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の格が下がんだろーが」

「だァれが苦戦だハゲ。どっからどう見ても圧勝だっつーの! な、ハッピー」

「微妙なトコですね」

 

 

 少し汗をかいたエルザを支えるように共に近づいてきたグレイがいつも通り軽口をたたけば、いつも通りナツがノる。いつも通りの、まるで直前まで激戦に身を投じていたとは思えないような、いつもの妖精の尻尾(フェアリーテイル)

 それにエルザとルーシィが顔を見合わせ思わず笑った。ああ、よかった。……よかった。

 

 

「よくやったナツ。エリゴールを単身で撃破するとは、見事だ」

「さ、ナツくん、手当てをいたしましょう。酷いお怪我だわ……大したことはできませんが、応急処置程度でも」

「あん? 大したことねぇよこんくらい」

「まあ、そんなことおっしゃらないで。わたくしがナツくんのお怪我を手当てさせていただきたいのです。功労者なのですから、どうか労わらせてくださいまし」

 

 

 エルザの称賛に続いて、ルーシィがそっとナツの手を取る。にこにこと嬉しそうに、誇らしそうに言うルーシィの様子に思わず鼻高々というような顔になったナツを見て、「ケッ」とグレイが半目になる。

 

 

「贅沢もんが。せいぜいめちゃくちゃ沁みる消毒液に浸って悶えろ」

「あァンだとコラ!」

「だいたい何だその裸にマフラーって、変態みてーだぞ」

「お前に言われたらおしまいだ……」

「おいなんだそのガチなトーンは」

「ルーシィなんか着るもんねぇのか」

「おい聞いてんのか、おい」

「あっ、も、申し訳ありません、わたくし、ナツくんが着られるようなお着替えは用意していなくって…」

「おい!!!」

 

 

 ケンカするほど仲が良いと言わんばかりの、緊張が無い会話。ナツとグレイが胸ぐらを掴み合い、少し離れたところに下がったルーシィがくすくすと笑い、ハッピーがはしゃいで飛んでエルザがほほ笑みながらため息を吐く。

 そこには安堵があった。ぬくもりがあった。妖精の尻尾(フェアリーテイル)があった。

 

 特に、ルーシィは目に見えて浮足立っていた。ナツが無事だった。ナツが勝った。それだけで気分がパッと華やいだ。

 思い返せば濃密な時間だった。エルザとの初対面。任務に誘われ、緊張と決意を胸に迎えた今日。駅での強行に、鉄の森(アイゼンヴァルト)との接敵。度重なる戦闘に、襲い掛かる緊迫感。それでも知った、自由。

大変だった。辛かった。けれどこうしてナツが勝った。

 終わったのだ。成功したのだ。そう理解すれば、なんとまあ。まるで本の中の冒険譚のような時間であった。

 だからどうしても、ふわふわと、ルーシィは肩の力が抜けたまま浮足立っていた。

 

 

 

「お前たち、そこまでにしておけ」

 

 

 パンパンと手を叩き、エルザが全員の意識を集める。今回の件を締めくくるためだ。

 

 

「エリゴールは無事ナツが撃破した。これでここの件の山場は越えたと言っていい。……ここからクローバーは目と鼻の先といったところか。ちょうどいい、呪歌(ララバイ)はあのゼレフの黒魔法らしいからな。私たちだけで対処すべきではないだろう……このまま定例会の会場に行き事件を報告し、この笛の処分についても総長(マスター)に指示、を―――――」

 

 

 全員が安心していた。気を抜いていた。だって、エリゴールを阻止した。勝てた。だから安心して、一番の脅威が取り除かれたと気を抜いて、―――――だから誰も気づかなかった。

 

 

 エルザのが目を見開き、息を呑む。ぶわりと湧き出た冷や汗に、すぐさま大きくくちを開き―――――

 

 

 

 

「ルーシィ!! 避けろ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――ドン、と、強い衝撃が、一歩引いた場所に居たルーシィの背中に走る。

 

 同時ににギャギャギャギャ、と今日は何度も聞いたタイヤの音が聞こえて、

 

 

 

 それで、―――――ふわり、と

 

 

 

 ルーシィの体が

 

 バランスを崩して―――――

 

 

 浮いて―――――

 

 

 

( あ――――― )

 

 

 

 

 

 

 

「ルーシィ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――怪物が、大きなくちを開けて待っている。

 

 

 

 

 

 

「ルーシィ大丈夫!?」

「今引き上げるからな!! ちゃんと捕まっとけ!!」

 

 

 間一髪だった。ナツがルーシィの腕をつかんだおかげでルーシィは無事だった。けれど、その体がナツの腕一本を命綱に線路の上から宙ぶらりん。―――――ひゅうひゅうと、足元を風がはためいて揺らす。

 

 

「カゲ、何を…!?」

「オイあいつッ、呪歌(ララバイ)を持ってったぞ!?」

 

 

 

「う―――――ぁあああああああああああ!!!!!!!!」

 

 

 

 みんなより低い位置にいるルーシィには視界を遮るものが多く、はっきりと何が起こっているのかは見えない。けれど、驚愕に固まった頭でも、聞こえてくる音が現状を教えてくれる。

 エルザの声。グレイのセリフ。遠ざかっていくカゲの絶叫と、魔導四輪車のタイヤ音。

 

 

 カゲの運転する魔導四輪車が、ルーシィを跳ね飛ばして走って行ったのだ。

 ―――――カゲが、呪歌(ララバイ)を奪って、魔導四輪車でクローバに向かってしまったのだ。

 

 

 

 

 ひゅうひゅう、ひゅうひゅう―――――ふらふら、ぶらぶら、宙ぶらり。

 

 

 

 

「っは、はぁっ、はぁっ、……!!」

「ルーシィ、大丈夫だ! ちょっと待ってろよ!!」

 

 

 ナツは呼吸音がおかしくなったルーシィに気が付き、落ち着かせようと声をかける。無茶な体勢でぎりぎりルーシィの腕を捕まえたために、ルーシィを引き上げるにはまずナツが体勢を整えなくてはいけない。

 早く引き上げてやらねえと、とルーシィを見たナツは、震えるように顔を上げたルーシィと目が合った。

 ―――――琥珀色が、真っ黒に濁っている。

 

 

「ルーシィ、」

 

 

 ナツは思わず名前を呼んだ。ゾゾゾ、と背筋をうすら寒いものが走った。

 

 

「ナ、ナツく、……ど、したら、笛、……呪歌(ララバイ)が、カゲさん、なん、………なんで、……」

 

 

「―――――」

 

 

 掴んでいる腕が震えている。声も、くちも、―――――それは、どうしようもなく恐ろしいものに怯えるように。

 

 

「おいナツ! ルーシィは、」

「来んな!!!!」

 

 

 ナツは怒鳴った。ルーシィを心配して手伝おうと近寄ってきたグレイとエルザの足を止めさせる。

 

 

「ルーシィは俺が何とかすっからお前らはカゲを追え!!」

「っ…分かった! 追いつけよ!!」

「ルーシィを頼んだぞ、ナツ!」

 

 

 ただならぬ剣幕のナツに思うところはあったが、カゲを追わなくてはいけないのも事実。グレイとエルザは反応のないルーシィに後ろ髪を引かれながらも走り出した。

 

 

 

 

 

 

 ズルル、とナツはルーシィを引き上げる。ふたりは無言だった。ルーシィの荒い息が響く。

 

 

「ルーシィ、大丈夫だ。カゲはエルザとグレイが止める」

「っ、は、……はい、」

「ルーシィ、大丈夫?」

 

 

 うつむいたままのルーシィ。その様子にさらに何か言葉をかけるべきかと思ったところで、ひょっこりとハッピーがルーシィに寄り添った。

 どうやら一連の流れの間にエリゴールを拘束していたようで、ハッピーの後ろには手足を縛られたエリゴールが居た。駅でのルーシィの指示はここでも行うべきだと思ったようだった。

 

 

「、大丈夫、です」

 

 

 ノロノロと上がったルーシィの顔。ハッピーを安心させるようにと微笑んだその顔。

 

 

「お手数をおかけして申し訳ありませんでした。さあ、わたくしたちも皆さんを追いましょう」

「……おう」

 

 

 その顔が、ナツはなんだか嫌だった。

 

 

 

 

 

 

 走る、走る、走る。

 先を行ったエルザとグレイに追いつくために。呪歌(ララバイ)を持って行ってしまったカゲを止めるために。

 ナツは怪我だらけだがすでにほとんど回復しており、今は後ろを走るルーシィの様子を気にかけながら走っていた。ハッピーもルーシィの少し後ろを飛び、その様子を気に掛ける。

 

 

「はっ、はぁっ、はっ、はっ、」

 

 

 ルーシィはずっと無言だった。ただ黙って息を荒げて走る。

 

 

 ―――――クローバーは近い。カゲに残されているだろう魔力残量と、それによる魔導四輪車の速度はどれほどか。エルザとグレイは追いつけるだろうか。定例会はまだ行われているだろうか。もう解散しているだろうか。間に合うだろうか。もし、もし、もし、間に合わなくて、それで、笛を吹かれてしまったら。

 

 

 グルグルと思考が回る。息が乱れる。マイナスに向かいそうな頭を振って必死に意識を整える。

 間に合うんだ。間に合わせるんだ。止めるんだ。必ず。必ず。必ず。

 多少回復したものの魔力が足りないルーシィの走りはどうしてもナツから遅れてしまう。だから必死に腕を振って足を回して、走って、走って、走って、走って―――――

 

 

「ぁ、」

 

 ガガッ!!

 

 

 ルーシィ、とハッピーが慌てる。線路に足をとられてルーシィが前のめりに倒れ込んでしまったのだ。ナツもすぐさま振り向いて倒れ込んだルーシィに近づく。

 

 

「っく、ぅ、……!」

「足くじいたか? 落ち着けルーシィ」

 

 

 ナツは苦しげな声を零すルーシィの背に手を当てながらゆっくりと撫でる。まず落ち着かない息を整えさせるべきだと思った。しかし背中に触れた途端、ルーシィの声がより一層苦しげになったので慌てて手を放す。―――――そうだ、ルーシィの背中はカゲの運転する魔導四輪車に突き飛ばされた。きっと背中も強い打撲、あるいは骨にひびが入ってる可能性があった。

 

 はぁはぁと荒い息をするルーシィ。うつむいたその顔は見えない。疲れているだろう。……けれどその息の乱れは走ったからだけではなく、もっと、何か、何かに酷く乱されているようだと、ナツは感じた。

 

 やっぱりルーシィの様子がおかしい。ナツの眉がぐぐぐ、と寄る。カゲに呪歌(ララバイ)を持っていかれたから精神が不安定になってしまったのだと思ったが、なんとなくそれだけじゃないような気もする。

 何かがルーシィを急き立てている。何かがルーシィを責め立てている。ルーシィは今、追い詰められている。

 

 

 

「―――――分から、ない」

 

 

 

 そっと落ちた声はどこまでも沈んでいた。

 

 

「分からない、の、です。……わたくしは、間違っていたのですか」

「ルーシィ…?」

 

 

 ぐらぐらと、ルーシィの声が揺れている。

 

 

「―――――いいえ、間違ってしまったのですね。愚かにも、思いあがって……」

「ルーシィ」

 

 

 ナツは少し強めにルーシィの肩を掴んだ。何を言っているのか分からない。何の話をしているのか分からない。分からないけど、そうやって自分を責め立てるようなことを言わせたくなかったし、ひとりで考えてそんなことを言うくらいならちゃんと教えてほしかった。

 

 ひたりと合った綺羅星の琥珀は陰っており、どこまでも、どこまでも、深いところへ堕ち貫けてしまいそうな危うさがあった。

 ぞわり、とナツの背筋に再び悪寒が走る。

 

 

「わ たしくし、駅で鉄の森(アイゼンヴァルト)の方々のち、 治療、を、しましたわ。拘束して、それで、でも、 痛いと、そう言って、そんな方たちを、……放って、おけ なくて、せ、めて、止血 は、止血くらいはと、……だって、それは、…救い、たいと……放っておけないと、そう 思うのは、―――――わたくしの、自由なのだと思って……!」

 

 

 ぐしゃりと、ルーシィの手が頭を抱えた拍子に、土ぼこりなどのせいで少しくすんだ金髪(ブロンド)が絡まる。

 声はブツブツと途切れながら続く。ぐらぐら、ルーシィの思考が揺れる。

 

 

「『自由には代償がいる』と、わ、わたくしは、自分で、そう言いましたのに! わた、わたくしは、それが、タイムロスなんだと、治療にかかっただけの時間を失って、それで、事態の収拾のために割く、時間が、減ってしまうことが 代償 だと、そんな、そんなことしか 考えて、なくて……!!」

 

 

 じわじわとルーシィの瞳に涙が溜まっていく。

 

 自由だと思った。誰に阻まれることの無い、ルーシィの自由なのだと。ルーシィの意思で、こころで、自由なのだと。

 そう喜んで、嬉しくて、だって、だって、嬉しくて―――――

 

 

「違うのだわ、代償とは(・・・・)責任だった(・・・・・)…!!」

 

 

 ルーシィたちはカゲを助けた。結果としてカゲは今呪歌(ララバイ)を奪って逃走してしまった。

 せっかくナツがエリゴールを倒したのに、再び窮地に陥ってしまった。

 車内でグレイが言っていた、「相手によっては悩むことも躊躇うこともある」と言う言葉。その意味を、ルーシィはちっとも理解できていなかったのだ。

 

 

「人を救うということは、責任を持つということだった! 救った相手が今後悪事を犯すかもしれないというリスクを背負って、それでも救うという選択肢を選ぶ『覚悟』のことだった……!!」

 

 

 ルーシィはカゲに。「悪人に手を差し伸べることに、結果として生まれるリスクを指して軽蔑する人もいる」という話をした。けれどそれをふまえても、「自由」なのだと。

 

 何を知ったつもりでいた。何を理解しているつもりでいた? リスクとは何か。それについて本当に考えていただろうか。

 もしあの駅にいる鉄の森(アイゼンヴァルト)の魔導士たちが、ルーシィが治療したことによってふたたび悪事を行ったら。とっくにあの駅から逃げ出して、誰かを傷つけていたら。

 

 それはきっと、何の覚悟も無く治療した自分のせいだ。

 

 そんなことになったときに、自分は責任をとれるのだろうか。

 誰かの大切な人が傷つけられて、それを悲しむ誰かのその怨嗟を受け止められるだろうか。

 

 

「わたくしが、勝手に……放っておけないなんて、そんな、そんな気持ちだけで、」

 

 

 カタカタとルーシィの体が震える。谷底に落ちそうになって、あの体の芯が凍えるような浮遊感を感じて、だからルーシィは強く思う。自分は間違いを犯したのだと。

 

 

 ―――――ひゅうひゅうと、耳元で風がなる。

 

 

 だってそうだ、もし、例えばあのハルジオンの一件で、ルーシィがボラを治療したとして、それでボラが逃走してしまったら。

 

 

 ―――――ふらふら、ぶらぶら、宙ぶらり。

 

 

 そうすれば、またどこかの女の子たちが悪夢を見る羽目になっていたかもしれない。あの悪夢の疎ましさの一端を味わっておきながら、その危機を振りまくところだった!

 

 

 ―――――怪物が、大きなくちを開けて待っている。

 

 

 救うとはそういうことだった。手を伸ばすということはそういうことだった。

 確かに自由だ。確かに何に阻まれることの無い善良な理想だ。

 なのに誰もができるわけでないのには理由があった。そんなことをルーシィは知らなかったのだ。

 

 

 そこには駅で、車内で、凛と咲いて微笑んだちから強く美しい少女は居なかった。ただ、知らなかった現実に、無知ゆえに犯した罪に震えるか弱い少女がいるだけだった。

 

 

 ルーシィはエルザやグレイやナツとは違う。ずっとずっと閉じられた箱庭の中で育ったルーシィは他の3人と比べて圧倒的に何もかにもの経験値が違う。だからこそ、唐突に目の前に現れた絶望のような後悔に、抱いた喜びを粉々にしてしまった恐怖に、ただ震えるしかなかった。

 

 

 たくさんの本を読んだ。たくさんの知識を得た。だから言ったのだ。あんな説教じみたことを鼻高々と、恥知らずにも!

 その知識が現実に即しているかなんて分かっていないくせに。本当の意味なんて、本物の経験なんて何ひとつない癖に!

 知ったばかりの言葉を使いたがる子供のように、馬鹿のひとつ覚えのように調子に乗って!!

 

 

 ルーシィはひたすら自分を責めた。混乱している。困惑している。この一件の始まりから溜まっていたストレスが、混乱が、重い、重い負荷が、とうとうルーシィにひびを入れてしまった。

 一度は解放されたと思い込んだからこそ、再び襲い掛かったそれはより一層重く苦しい。耐えきれなくなってしまった。崩れ始めてしまった。今は今はと見ないふりをして後回しにしていたものが、ひと固まりになって、真っ黒な津波のようにルーシィの心を飲み込んでしまう。

 

 

 そんなルーシィの様子にハッピーはたまらず抱き着いた。

 ―――――違うんだよって言いたかった。そんなことないんだよって言いたかった。なのに、なのに、うまく言葉が出てこなくって、どう言ったらルーシィのこころに響くかが分からなくって、ぎゅう、とくちを食いしばる。

 

 

 ルーシィが震える。ハッピーが歯を食いしばる。そんなひとりと一匹の様子を見ていたナツは、おもむろに頭を抱えるルーシィの手首をつかみ、―――――引き上げた。

 

 

 

 

「それがなんか悪いのか」

 

 

 

 

「、え………?」

 

 

 ―――――ナツの瞳とルーシィの瞳が交差する。その目が真っ直ぐルーシィを射抜く。

 

 

 太陽が、ルーシィを射抜く。

 

 

「悪いのか。誰かを助けてェって思うのが。誰かを助けることが悪いのか」

「、で、も、…だ、って、」

 

 

 何を、言いたいというのか。何を言っているのか。ルーシィの瞳が揺れる。けれどそれを縫い留めるかのようにナツの炎のように熱い視線がルーシィを見逃さなかった。

 

 

「悪いのか」

「―――――悪く、ない、です」

 

 

 誰かを助けたいと思うこと。助けること。

 それが悪いわけがない。けれど、

 

 

「でもっ…! それでも、そうして助けた結果、多くの人が傷ついてしまうのならっ!」

 

 

 それは悪ではないのか。間違いではないのか。

 美しい理想は、しかし、美しいだけで。

 美しさだけでは世界は回っていないのだと、そんなことを都合よく忘れて。

 それは、だって、罪だろう。

 

 

「悪くねえよ」

「きゃあっ!?」

 

 

 うねる炎がナツの瞳の中で燃える。ちから強いその手に引き上げられたルーシィの体は、いとも簡単にナツの背に負ぶられた。

 

 

「ナッ、ナツくんっ?」

 

 

 ルーシィは慌てて下りようとするが、ぐっとルーシィの手をつかんだままのナツにちからで勝てるわけがない。それに藻掻けば足と背中が痛んでちからが込められなくなり、ルーシィは逃げられなかった。

 

 

「怪我してるやつがいて、痛そうだから手当したり」

 

 

 ぴたり、とルーシィの動きが止まる。ナツはルーシィを背負ったまま走り出した。

 

 

「それが悪いやつでも、心配したり、助けようとしたり」

 

 

 視線はルーシィを見ない。ただ真っ直ぐに先を、前を。

 

 

 

「―――――それが間違ってるわけねぇだろ!!!」

 

 

 

 どんどん速度が上がっていくナツの走りに振り落とされそうになり、ルーシィはたまらず首に腕を回してしがみついた。

 しがみついて、呆然とした。

 

 そんな、どうして、当たり前のように肯定するんだろう。だってルーシィがやったことは、自意識過剰とかではなく本当に危険なことだったはずだ。自分勝手なことだったはずだ。

 

 

「悪いことっつーのは、大体したやつが悪いだろ。もしなんか、分かんねぇけどやべえ理由があったとして、それでも悪いことをしたのはそいつで、そこでルーシィが悪いことにはなんねぇ!」

 

 

 そうだそうだ! と元気な声が空から降って来た。ハッピーだった。ナツも、ハッピーも、ルーシィを責めようとしない。―――――それは悔しかった。何でか分からないけれど、悔しかった。

 

 

「つっても、自分が助けたやつが悪いことして、それが気になんのはまあ分かる」

 

 

 ルーシィの言っていることは要するに、助けた相手が悪いことをしたら助けた自分が悪い、という話なのだ。ばかばかしい。少なくとも、ナツにとってはばかばかしい話だった。

 悪党にもいろいろあるし、悪い奴がやりたくて悪いことをしたわけじゃない場合もある。そういう時はそいつが悪いのか、という疑問が出てくるが、とりあえずそれは置いておいてもルーシィが悪いことには絶対なりえない。

 相手によっては助けちゃいけないやつもいたりする。でも、『助けたい』と思うこころ。『死んでしまうかもしれない』と心配するこころ。それは何も間違っていないし、悪いことじゃない。

 

 

 ―――――ぎゅう、と腕にちからを込めてより密着したナツの体は温かかった。炎の魔法を使うからだろうか、ナツは体温が高い。体の中に炉を持っているかのように燃えている。

 その熱が、冷え切っていたルーシィの体をじんわりと優しく温めた。

 

 

「ならそーゆーやつらは、今度はぶん殴りに行きゃあいい」

 

 

 そんな簡単な話だろうか。だって、間に合わないかもしれない。決定的な損失が生まれてしまうかもしれない。それを償えるだけの価値が、ルーシィは自分にあるとは思えない。

 けれど、不意に車内でのエルザとグレイの言葉を、もう一度思い出した。

 

 『人を救う時に御大層な理由などさして必要なものではない』と言った靡くスカーレット。『チープでこっぱずかしい文句だが』と前置きを入れ、『そもそも小難しいことを考える前に体が動く』と言った氷冷のブラック・アイ。

 ああ、そうだ。そういえば『相手によっては悩むことも躊躇うこともある』と言った彼は、同時に『そういう時は仕方ないから助けてから考える』とも言っていた。

 そうなのだろうか。それは正しいのだろうか。本当に、この選択でいいのだろうか。疑問が渦巻く。ぎしぎしとルーシィのこころが軋み上げる。

 

 真白の手にちからを込める。爪が手の平に突き刺さるほどに、軋む心を握り込む。

 そうして震えるルーシィの拳を解いてくれたのは、ナツだった。

 

 

 

 

「―――――そん時は妖精の尻尾(おれら)も一緒に行ってやる」

 

 

 

 

 仲間だからだ。家族だからだ。どうしてお前はそう、抱え込むんだ。……まあ、でも、入りたてだからまだ馴染みきれてねえんなら、俺が手を放さなきゃいいか。

 ナツの言葉は、その体と同じように温かい。温かく、ルーシィを包んで守ろうとする。当り前のように、ルーシィに綺麗な言葉をくれる。

 

 綺麗なものが正しいとは限らない。自分を救ってくれたものが正義とは限らない。―――――それでも、ひび割れたこころを埋めようとしてくれる優しさは尊いものだった。

 

 

 すん、と鼻を鳴らす。怖い。ずっと怖い。自分のしたことが、巡り巡って何を引き起こすのか。自由に生きるためにどれほどの代償がいるのか。怖くて怖くて仕方がない。

 正解を選べないのが怖いのだ。正しくないことをしてしまうのが怖いのだ。けど、でも、それでもルーシィはそのすべてを一度置き去りにしてでも、この優しさには報いたいと思った。

 

 

「………ありがとう、」

 

 

 温かい人になりたい。優しい人になりたい。このこころを救ってくれた太陽のような、素敵な人になりたかったのよ。

 細かい理由なんてないけど。まだ、方法も、方向性も、ちっとも定まっていないけど。いつか母が頭を撫でて褒めてくれたように、優しくて、素敵な人になりたいだけだったの。

 それだけで伸ばしたこの手が掴むものが、こんなに重いだなんて思いもしなかった。

 この夢は眩い理想でしかないかもしれない。ただでさえ今これだけ恐ろしい思いをしているのに、その理想に辿り着くにはいったいどれほど辛いものなのか。想像もつかない未来が怖い。

 

 

 ああ―――――強く、なりたい。優しいままでいられる、強い人になりたい。

 

 

「だからカゲはぶん殴って止める!」

 

 

 眩しい人。憧れの人。こころの奥底が冷え込むような恐怖を吹き飛ばしてくれる温かい人(ヒーロー)

 

 

 ―――――応えたい。報いたい。

 

 

 そうだ。ルーシィはグッと顔を上げ、ズキズキと痛む背中や足を意識の外に追い出す。ただ、ただ前を見て、歯をかみしめる。

 

 怖い。この恐怖は、闇ギルドと戦うと知った時の恐怖とは違う。もっと自分勝手で愚かしい恐怖だ。

 こんなものに、負けるわけにはいかないのだ。怯え泣き喚き這いつくばって逃げるのは誰だってできること。だから、ルーシィは立ち上がらなくちゃいけない。

 恐ろしい。怖い。愚かな我が身が恨めしい。

 それでも。

 

 

「……ナツくん。わたくし、…エリゴールの怪我は無視して来てしまいました……」

「アイツしぶてェから大丈夫だろ! っしそれよりルーシィ、しっかり捕まってろよォ! トばすぞ!!」

「はっ、はい!!」

 

 

 今はまず、間に合わなくては。止めなくては。彼を、救わなくては。

 

 ゴウ、とナツが足に炎を纏った。けして振り落とされないように改めて腕にちからを込めたルーシィは小さくつばを飲み込んで歯を食いしばる。

 なにができるだろうか。何をすればいいのだろうか。不安はすべてのみ込んで腹の底で炉にくべる。

 

 

 燃やせ、燃やせ、炎を。為すべきことを為すための、糧として。

 

 

 






 人生とは選択でできている。


「ルーシィ。愛しい子、優しい子」


 ならば、選ぶのは母の美しい子守歌だった。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。