きらきらぼし   作:雄良 景

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 あるところに おひめさまが おりました 。


 (まばた)きをするたび 瞳のおくで星が(きら)めき 。

 指の先まで気品に満ちて 白百合のごとく 高貴に微笑む 。


 それはそれは 美しい おひめさまでした 。





星の瞬き、炎の煌めき
サラマンダー


 

 

 

 ―――――ォォオオオオオオオオオ……!!

 

 

「ここが―――――ハルジオン」

 

 

 吠え猛る列車の煙の中でも、風に乗って届く海の香り。あおられる麦わら帽子を押さえ、高台にある駅から街並みを見下ろす少女がひとり。―――――湿った潮風に金髪(ブロンド)が揺れる。

 

 少女が一歩踏み出せば、ワンピースの裾がふわりとなびいた。ノースリーブの生地から晒された白い肌と華奢な腕が少女の可憐さを引き立て、膝下で揺れるスカートは品の良さを醸し出す。すれ違った駅員は会釈を受けたばかりに、火照った顔でちからの抜けた敬礼を返すのが精いっぱいだった。

 

 

「すてきな街」

 

 

 少女はこの先の街に胸をときめかせ歩く。その(かんばせ)はしなを描く白百合のように美しく、嬉しそうに弾ませる声はほころぶひまわりのように無邪気。それでいて重たそうにトランクを持ち上げて目を伏せる姿が甘く可憐で、酩酊しそうなほど魅力的で仕方がない。

 これは夢か幻か、はたまた彼女は妖精か。美しい少女の背が遠ざかる中、惚けたままの駅員は、魂を抜かれたように彼女が去っていった方向へ熱い眼差しを送り続けた。

 

 

「おい、そろそろ出発―――――お、お前、どうした?」

「………天使だ…いや女神だ……」

 

 

 

 

 

 

「ごきげんよう、おじさま」

 

 

 穏やかな時間の過ぎるハルジオン。街にある唯一の魔法屋にひとりの少女が訪れた。

 カラン、と年季の入った入店ベルを鳴らし店内に入って来た少女は、正面カウンターに座る店主を見つけると麦わら帽子を胸に抱え丁寧に微笑む。

 

 

「……あらら、珍しいお客さんだこと」

「素敵なお店ですわね。少し、店内を見せていただいても?」

「そりゃモチのロンでしょ。お探しのモノでもございます?」

「ええ、『(ゲート)の鍵』を少し」

 

 

 落ち着いたトーンで尋ねた少女に、店主は改めて上品な客が来たもんだと驚いた。

 ―――――店を始めて数十年。魔導士の数が人口の1割にも満たない世界でも、この港町は特に割合が少ない。魔法より貿易が栄えた街で魔法屋に訪ねてくる魔導士といえば、旅の魔導士が主なもの。

 いい客だってもちろんいるが、実のところ、魔法屋を見下す魔導士は存外多い。

 なにせ大衆向けの魔法屋で買える道具なんて子供遊びのオモチャのようなものばかりなもので。

 

 魔導士が魔法屋に求める魔法道具はレアなもの、強いもの、というのが大体で、もちろんそんなものが田舎町の小規模個人商に入荷されることなんてほぼない。それ以外なら魔水晶(ラクリマ)や魔導四輪車くらいだ。

 けれど魔水晶(ラクリマ)だって品質はピンからキリまであるので、使い捨てならともかく継続使用用の高価なものは大きな店か専用店で買うのが一番。魔導四輪車は単価が高いので個人で買うよりレンタルショップを利用する。

 そうなればこんな店に来る客はほぼ冷やかしとなる。

 運が良ければ使い捨ての道具を買って行ってくれるかもしれないが、乱暴な相手だと脅して商品を奪おうとするやつもいるものだから心象は良くない。メイン客層なのに。

 狭い視界の偏見と言われれば自覚はあるが、経験からどうしても。まあこの店のグレードなら客もその程度だという話なのだが、それでも商売だから媚を売らんとやっていけないのが世の中の悲しいところだ。

 

 「(ゲート)ねぇ」と相槌を打ちながら店主はもう一度少女をよく見た。

 求められた『(ゲート)の鍵』というのは、特定の『星霊』を呼び出し契約するための魔法道具だ。それを欲しがるということは、愛玩星霊(ペット)を欲しがる魔力持ちの一般人か、彼らのちからを借りて戦う星霊魔導士あたり。そんでもってこのオジョーサマにしか見えない客は、愛玩星霊を欲しがってこっそり家を抜け出してきた金持ちのお嬢さんかな、と適当にあたりをつけた。

 

 

(ゲート)の鍵はこっち」

 

 

 店主は椅子から飛び降り、少女をたいして広くない店の一角に案内する。

 ―――――まあ、買いは無いだろうな、と思った。ガラスケースの中に並んでいる鍵は5つ。すべて銀色の、どこにでもありふれた鍵だった。

 世界に1本ずつしかない金色の鍵は店で取り扱えるようなものではない。銀色でも戦闘用の星霊は価値が高く入手するのは難しい。なら下手にリスクを負うより、星霊魔導士以外にも人気の高い愛玩星霊をいくつか揃えていた方がよっぽど商売になる。

 といってもラインナップは本当に貧層で、どこでも入手できるような鍵しか並んでいない。一応愛玩星霊(ペット)人気の高い白い子犬(ホワイトドギー)の鍵を仕入れているが、人気ゆえにどこでも取り扱っているものだから目の前の少女だってすでに持っているだろう。

 そう思って内心落胆した店主であったが、反対に並んだ鍵を見た少女はパッと明るい顔で喜んだ。

 

 

白い子犬(ホワイトドギー)! 嬉しいわ、前の街ではご縁がなくって…」

 

 

 なんと、求めていたのは白い子犬(ホワイトドギー)だったらしい。店主は驚いた。確かに人気は高いので、運が悪ければ買いに行ったら品切れで、という可能性はある。しかし、この少女が持っていないのは意外だった。

 なにせ人気なだけあって、男からのプレゼント品としてもよく選ばれるのだ。こんな男ウケのよさそうなお嬢様、喜んで貢ぐ男は腐るほどいただろうに。よっぽど箱入りだったのだろうか。

 ―――――しかし嬉しいチャンスである。

 ここは『街唯一の魔法屋(オンリー・ワン)』と言えば聞こえはいいが、つまりは『魔導士が片手ほどもいないような街で需要のない商売をしている店』である。

 貿易が盛んな街とはいえ、いつ訪れるかわからない旅魔導士がターゲットな分(しかも必ず買い物をしていくわけではない)どうにも収入は芳しくない。魔導士でなくても使い道のある日常生活に役立つものや、子供が喜びそうなオモチャを揃えることでようやく収入を得ている状況だ。女房の小言は毎日耳にタコができるくらい聞かされていた。

 そこにこんなお嬢様(・・・)がやってきた。『天の恵み(カモネギ)』である。神さまってやつはよく見てくださっているんだなァ。

 

 内心幸運をかみしめる店主に気づかず、少女は喜び満面に店主に問う。

 

 

「おじさま、この子の鍵はおいくらですか?」

「2万(ジュエル)

 

 

 ―――――なので店主は吹っ掛けた。

 完全鉄壁ポーカーフェイス。何の躊躇いもなく吹っ掛けた。なんという悪魔の所業だろうか。これには先ほどまではしゃいでいた少女も思わず呆ける。

 に、にま? ??? ????

 

 

「え、あ、え……?ま、お、お待ちになって、おじさま、」

 

 

 思考が一時停止し、現状の理解を放棄しそうになった脳。しかし少女はかろうじて持ち直すことができた。

 

 

「ほ、白い子犬(ホワイトドギー)が……2万J? 失礼ですが、その……ほかの子の鍵とお間違えではございませんか」

「いやぁ、そんなことないとも。間違いなくその鍵のことさ。白い子犬(ホワイト・ドギー)、そうでしょう?」

「……おじさま。わたくしの記憶違いでなければ、その金額は白い子犬(このこ)の適正価格からずいぶんかけ離れていると思うのですけれど」

 

 

 少女と店主の視線が熱く混じり合う。

 

 

「わたくしの覚え違いですかしら」

「人気商品ですからねぇ」

 

 

 言外に「高すぎでは?」と言った少女に、意訳すれば「吹っ掛けてます」と答えた店主。瞬間、双方の瞳には「決して譲れぬ」という意思が宿り、店内の空気がピンと張り詰めた。

 少女はけして金にがめついわけではない。けれど、だからといってあからさまに吹っ掛けられている状況で「そうなんですね」と素直に頷くわけがない。

 

 

「いやですわおじさま、いじわるをなさらないで―――――本当はおいくらですの?」

「フォッフォッフォ」

 

 

 美少女VS港町の店主の値切り戦争が勃発した。

 

 

 

 

 

 

「はあ……」

 

 

 結果として―――――勝利の女神は店主に微笑んだ。

 終止符を打ったのは店主のひと言だ。鋭く高度な舌戦を繰り広げる中放たれたひと言。

 

 『大切なのは、この星霊にいくら払っていいと貴女が思うかでは?』

 

 んなわけあるかいオークションと違うんやぞ。ぼったくりジジイがアホぬかすな。

 ―――――けれど、そんなことを言われてしまえば少女はこれ以上白い子犬(ホワイトドギー)の鍵を値切ることができなくなった。

 

 なぜなら、少女は『星霊魔導士』である。

 

 少女はいち消費者として不当なぼったくりに立ち向かっただけに過ぎない。けれどあんなことを言われてなお値切るということは、星霊を軽んじているということと同じなのではないか……そんな気持ちを抱いてしまったのだ。

 分かっている。店主の言葉は意図的に少女の心を揺さぶろうとして言った、これっぽっちも正当性のない詭弁であると。だからこそ怯んだ自身の未熟さを恥じていて、けれど、反論はもちろん聞かなかったことにだってできやしなかった。

 

 ―――――心から星霊を信頼し愛している少女にとって、星霊とは家族であり、友である。ならば、何故「この星霊にここまでの金額を支払う価値はない」などと言えようか。

 

 亀の甲より年の劫。その道で生計を立てている店主に勝るには未だ経験不足。

 しかし少女にもゆずれぬものがある。プライドがある。やりこめられたと理解した状況で「そのとおりですごめんなさい」と言えるワケもなく、「それならばむしろ2万J程度ではとうてい足りない」と目じりを吊り上げ5万Jを押し付けての決着と相成った。

 

 少女はしょんぼりと肩を落とす。白い子犬(ホワイトドギー)に5万Jを支払ったこと自体には、後悔はない。そもそも値段を付けられるようなものではないと思っているからだ。(ゲート)の鍵は彼らから信頼の証。鍵に関するビジネスについて何か言うわけではないが、正当な値段なんて存在するはずがない。

 では何がその顔を曇らせるのか。それは、いくら少女なりの秩序があったとはいえお金にものを言わせたような結果になってしまったことについてだった。星霊たちに対して誠実な対応であったとは言い切れないという自責の念だ。

 大きなトランクを持って歩く少女の足取りは重い。それはトランクの重さのせいだけではないことは明白で、もっと上手にやる方法があったのではないかという後悔ばかりが少女の肩にのしかかっていた。

 

 

 

 

 

 

 俯き気味にトボトボと歩いていた少女は、ふと、前方がなにやら騒がしいことに気が付いた。誘われるように顔を上げ―――――少し離れたところに、謎の人だかりができているのを見つける。

 

 

「あら…? なんでしょう、何か催し物かしら」

 

 

 離れた場所まで響く黄色い悲鳴。よく見れば人だかりの顔ぶれは女性ばかりのような。

 少女は首をかしげる。女性をターゲットにした内容?いっそ女性限定かもしれない。それにしたって集まっている人たちの熱狂ぶりと言ったら。

 ……それから、少しの違和感。大盛り上がりを見せる人だかりの、横を通り過ぎる男性諸君の顔がずいぶんとまあ険しい。誰もかれもが嫌なものを見たような顔で通り過ぎていくものだから、男女差の極端さに気味の悪さと謎が深まる。

 

 ちょうどその時、はてと首を傾げる少女の横を、人だかりに向かってかけよって行く女性たちがワッと嬉しそうに声を張り上げた。

 

 

「この街に有名な魔導士さまが来ているんですって!」

サラマンダー(・・・・・・)さまよーー!!」

 

 

「…さらまん、だぁ…?サラマンダ……っあ、」

 

 ―――――『火竜(サラマンダー)』!

 

 

 それはこの国において超強力な火の魔法を使うことで有名な魔導士の通り名だ。

 

 

「マグノリア屈指の魔導士さまがハルジオンに……!?」

 

 

 少女は思わず腰に下げていたキーケースを掴む。ここには自身が契約している星霊の(ゲート)の鍵が収められている。―――――その中には世界で1本ずつしかないとされている金色の鍵もある。

 少女は世界にも滅多にいない、金色の鍵を持つ―――それも複数(・・)―――星霊魔導士だった。

 けれど、その輝かしい手持ちに対して少女自身は実践経験も実績もほぼないペーペー。宝の持ち腐れと言われれば反論の余地もない。そんな彼女からみれば、国に名の轟く火竜(サラマンダー)なんて、雲の上の高嶺の花である。

 

 仕事かそれともプライベートか、なんにせよまさかまさかの大スクープ。少女は先ほど感じた違和感をこぼれ落とし、そんなお方のご来訪とあれば人だかりもできるはずだと納得する(・・・・)

 何たるキセキ、素敵なめぐり合わせ。少女はドキドキと高鳴る胸を抑えて瞳を輝かせた。

 ―――――どんな方なのだろう。好奇心が鎌首をもたげる。せっかくのこの機会、ひと目だけでも、そのお姿を拝見させていただきたい。けれどそんな理由で押しかけては、迷惑になるに違いない。ただでさえ既に人だかりができているというのに……

 

 

「う、うう、ほ、ほんの少し、ひと目だけ、皆様の後ろからお姿を見せていただくだけならば……!」

 

 

 しかし欲望には勝てなかった。

 

 

 

 

 

 

 少女が喧騒の元により近づいてみれば、遠目からも大きいと感じていた人だかりは想像より大規模で、集まっている女性はかなりの人数であることが分かった。下手をすれば街中の女性がここに集結しているのではないだろうかというほどだ。

 ―――――ただ異様なのが、その集まった誰も彼もがまるで恋する乙女のように顔をとろけさせ、一身に火竜(サラマンダー)へ心を注いでいるのが見て取れることだ。

 

 

「ま、まあ…」

 

 

 確かに高名な魔導士を相手に興奮冷めやらぬ状態になることは理解も共感もできるが、……それでもここまでだろうか。

 あまりの熱気に先ほどうっかり落っことした違和感を思い出し、少女はわずかに後ずさりする。

 

 ―――――しかし、天下の火竜(サラマンダー)サマが気になるのは変わらない。むしろ近づけば近づくほど「すぐそこに居る」と感じて気分が高まったし、女性たちの関心を奪ってやまない様子から「そんなに魅力的な方なのだろうか」とドキドキして。

 あるいは周りの異様な盛り上がり方に呑まれて火が消えないのか。

 

 ひと目だけ、一瞬だけでも。

 少女はくねくね動く女性陣の隙間を探しながらなんとか火竜(サラマンダー)を見ようと四苦八苦するも、マントや髪の毛が見えるばかりでお顔はちっとも見えやしない。

 すっかりくじけそうになり、また肩を落としてうなだれた。ひと目お顔を見ることもできないような自分の情けなさに自己嫌悪すら抱き始めるほどである。

 しかし、やっぱり気になる(・・・・)会いたい(・・・・)どうか(・・・)ひと目だけでも(・・・・・・・)。―――――何故か分からないけれど、とても、とても、惹かれてしまうから。

 そこまで火竜(ゆうめいじん)を見てみたいのかと言われれば、そういう訳ではあるのだけれども。けれどもっと感覚的な、思考の外側からあふれ出る惹かれる気持ちが止まらなくて。

 

 ―――――どうして……でも、どうか。どうか………

 

 少女は、ふう、と深く深呼吸をした。ひと目だけでもお姿を拝見させていただきたい。けれどこの様子では何時間かけても達成できる気がしない。こうなればいっそのこと、ひと思いに人だかりに飛び込んで、もっと近くに進んでみようか。目的を達したらすぐに撤退すればそこまで邪魔にはならない、はずだと信じたい。少女はええいと勢いづけて顔を上げ―――――

 

 

 

 

 

 

 時間が止まった。

 

 

 

 

 

 

「は、………」

 

 

 

 

 

 

 正確には、止まったと錯覚した。

 ―――――目が、合ったのだ。人だかりのわずかな隙間から、その火竜(サラマンダー)と。

 さっと一瞬できたわずかな隙間と、偶然にもそのタイミングで少女のいる方向に顔を向けた火竜(サラマンダー)によって、少女の願いは唐突に叶えられる。呆気ないそれに少女はつい「男の方でしたのね」とズレた感想しか落とせず。

 ただ、見つめた。

 ぶつかる視線と視線。この人だかりの中、少女はなぜか確信をもって「目が合った」と思った。そしてその答え合わせのように―――――男は優しく微笑んだ。

 

 きゅうん、と胸が絞まる。

 じわじわと頬に熱が集まる。

 激しい動悸に浅くて熱っぽいため息が出て、呼吸が苦しい。

 全身に甘い痺れが走り、心が解け、思考が崩れ、瞳が潤み……

 

 ―――――どうして?

 

 少女はわずかに残った理性で考える。

 こんな苦しくて愛おしい感情は知らない。

 

 ―――――どうしてあの方から目を逸らせないの?

 

 どこか甘えた疑問を抱えて、しかし次第とろけていく(・・・・・・)

 ―――――そこから、一歩。おぼつかない足取りで踏み出す。少しでも、ほんの一歩でもあの人に近づきたくてたまらなくて。

 

 ―――――ああ、もしかして。『もしかして』『わたくしは』『あの方のことが』……

 

 酩酊。形も無くとろけてしまうほどに焦がれて。ああ、ああ、ああ。

 揺れる視界で、思考で、伸ばした手があの方に。伸びて、縋って、求めて―――――さらに一歩踏み出そうとして。

 

 けれど少女より先に飛び出していった少年が居た。

 

 

 

 

 

「 イグニール !!! 」

 

 

 

 

 

 そこで意識が戻った。

 

 

 

 

 

 

「……え、?」

 

 

 

 

 

 

 ―――――意識が戻った(・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 ドッと冷や汗が出た。背筋を言い知れぬ悪寒が走る。―――――今。一体、何が起こった(なにをされた)

 

 意識が戻る? 今、今、たった今の話だ。自分は何をしていた? 何を感じて……何を考えた?

 

 まるで頭が回らなくなって、ただ意識のすべてが目の前の男(サラマンダー)に集中した感覚に、少女は言い知れぬ恐怖を感じた。

 どうしようもなく気になって。そして目と目が合って、微笑まれて、そうしたらどうしようもなく魅かれてしまって。

 たまらなく求めてしまった。もう一度その瞳に映してほしいと縋りたくなった。―――――そう、だって、好きになった(・・・・・・)

 目と目が合って、微笑まれて、そうしたらどうしようもなく好きになった(・・・・・・)

 

 

 ―――――まるで(・・・)魔法にかけられたように(・・・・・・・・・・・)

 

 

 はくはくと震えるくちを無理やり閉じる。体が震えるのをグッとこらえて―――――そうして、火竜(ひとり)を見つめる。

 

 周りの状況は?

 可能性の有無は?

 ―――――おかしくなったのは、いつ?

 

 焼き焦がすような熱視線。しかしその瞳は先ほどまでのようにとろけてはおらず、むしろ氷点下の灼熱を孕む。

 

 先程少女を越えて輪の中に飛び込んできた少年。どうやら探し人をしていたがそれは火竜(サラマンダー)ではなかったらしく、肩を落として帰っていく。

 その態度を失礼だと咎める女性陣。

 攻撃的な女性陣を優しくたしなめる火竜(サラマンダー)

 それを優しく素敵な人だと称賛する黄色い声。

 

 ―――――芝居じみたやり取り。

 

 それを、ずっと見ていた。

 

 

 

 

 

 

 激昂した女性陣によって失言を繰り返した少年が吹っ飛ばされる。少女は観察していた視線を外し、大きなトランクを持ち上げながらそちらに駆け寄っていった。

 彼女の視線がもう一度火竜(サラマンダー)に向けられることは無く―――――それを見つめる男がひとり。

 

 

 

 

 

 

「なんだアイツは」

 

 

 ごろり、と地べたに寝転んだ少年―――ナツ・ドラグニルは、炎に乗って飛んで行った男、火竜(サラマンダー)を視界の端にとらえながら苛立ちをこぼす。

 乗り物酔いが激しい体質をこらえ汽車に乗ってやってきた港町。空腹でもせっせと足を運んだワケは他でもない、ハルジオンに『火竜(サラマンダー)』が来る、という噂を聞いたからだ。

 

 『火竜(サラマンダー)』―――――マグノリアでは高名な魔導士を指すその呼称は、ナツにとっては別の存在を指す。

イグニール。大好きなナツの父親だ。

 

 火竜(サラマンダー)?間違いない。他にはいないはずだ。その呼び名にふさわしいのは我が父以外に居るはずがない。

 やっと、やっと会えると―――――生き別れた父を見つけたのだと、再会を夢見てやって来た。

 

 だというのに、そこに居たのはまったく存じ上げない男だった。

 

 

( なんでだよ……『火竜(サラマンダー)』ならイグニールだろうが!! )

 

 

 期待が大きかった分ショックも大きい。一気に無気力になったナツに対して、しかし世は非常である。変な男の取り巻きも変な女だというのか。ナツはすっかり落ち込んでいたっていうのに、よく分からないイチャモンを付けられ絡まれ虐げられ。泣きっ面に蜂である。

 むくり、と上半身を起こし、腹をさする。……腹減った。

 空腹とショックによってご機嫌は斜め。その不機嫌顔に、近づいてきた相棒猫のハッピーが背中をたたいた。青毛の先にある肉球が柔らかくナツを慰める。

 ナツは大きくため息をはいて―――――ふと、件の人だかりがあった方から少女がひとりナツのいるほうへ寄ってきているのに気がついた。

 

 ひらひらとしたスカートを揺らす少女が、身の丈の半分とちょっとはあろうトランクを持って、よたよたと覚束ない足取りでこちら側に歩いてくる。

 

 ナツはボケっとした顔でなんとなく、トランクが重いんだろうな、と思った。それについては周囲も同意見だろう。すれ違う人間(特に男)は心配げな顔で少女を見守っていた。

 意味も無くその様子を見ていたナツは、少しして「うん?」と気づく。同じく少女を見つめていたハッピーも気づいたようで、ナツ、と呼ばれた。

 ――――――あの少女、もしかして自分を目指して歩いてきているのだろうか、と。

 

 もしかしてあの男の取り巻きのひとりで、また何かめんどくさいことを言われるのだろうか。さっきの今で少し警戒したナツのもとに、少女は息も絶え絶えにたどり着く。

 

 

「は、はぅ、はふ、―――――んっ、……あ、あの、ごきげんよう。その、とても勢いよく押し出されていらっしゃいましたが、お怪我はございませんか?」

 

 

 息を弾ませながら、心配げに問う少女。―――――なんだ、いい奴か。ナツはすぐに警戒を解いた。

 

 

「ん、別にこんくらいなんともねーよ」

「あい! ナツは頑丈なんです」

 

 

 軽く答えたナツに続いてハッピーが答える。ナツの返答に安心したように微笑んだ少女は、いきなり話し出したハッピーに大きな瞳を瞬かせた。

 驚愕。そんな言葉が当てはまる表情を披露して、―――――興奮したように頬を赤く染める。

 

 

「ま、まあ……! わたくし、お話しなさるネコさんは初めて見ましたわ!」

 

 

 少女の瞳にキラキラと光が散る。それを見てナツは、まあ分からんでもないなとは思った。ナツだってハッピーと同種の猫を見たことが無い。びっくりする奴はびっくりするだろう。

 少女はハッピーの視線に合わせるようにしゃがみ、胸の前で両手を組んで笑顔を輝かせる。その姿にハッピーはご機嫌顔で笑った。

 

 

「あい! オイラはハッピーです! こっちはナツね」

「ナツさんとハッピーさんですね」

 

 

 丁寧に敬称を付けて自分の名前を呼んでくれる少女に、ハッピーはくすぐったそうな顔をした。

 輝く笑顔に負の感情は見当たらない。純然な好意で名前を呼ばれたのが分かるから照れ臭くなった。ようは嬉しくなっちゃったのだ。思わず尻尾もすよん、と立ち上がり、ご機嫌にお尻を振ってしまう。

 

 

「で、お前は?」

 

 

 ニコニコとしている少女へ、端的に、ナツが顎で示した。それに少女はキョトンとした顔をする。

 『お前は』? 顎で示されても何のヒントにもならず、少女は何を聞かれているのか全く分からなかった。

 困惑しているその姿にご機嫌なハッピーが「名前だよ」とフォローを入れる。

 その言葉に、少女はハッとした―――――名乗っていなかったのに気づいていなかったのだ。

 

 言い訳をしよう。―――――だって、少女は同年代の男の子に自分から話しかけるのが初めてだったのだ。

 どう話しかければいいだろうか。なんて言えばいいだろうか。そんな大きな緊張を抱えてナツに話しかけたのだ。

 その結果、うっかり一番大切なことを忘れてしまったという。

 

 大失態だと慌てる内心を落ち着かせ、少女は見苦しく慌てることの無いように(表面上)極めて冷静に姿勢を整えた。

 

 

「大変失礼いたしました」

 

 

 まずは謝罪を。そうして、精錬された微笑みを浮かべる。

 ―――――それは白百合の如く。

 

 

「わたくし―――――ルーシィ(・・・・)と申します」

 

 

 

 







 お姫さまは 微笑んでおりました 。

 美しい茨のガラスの中で ただ微笑んでおりました 。

 そうあることを 望まれました 。 そうありなさいと 言われていました 。

 ひとり ひとり たったひとりで 美しく咲いた花のように 。


 でした でした そうでした 。 それらはすべて 過去の話になりました 。


 美しく咲いていたお姫さまは いなくなりました 。 茨の外へゆきました 。

 美しく咲いていた 咲いていただけ(・・・・・・・)のお姫さま 。



 なぜならお姫さまは―――――なによりまぶしい 太陽に 出会ったのです 。


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