きらきらぼし   作:雄良 景

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 ニッコリ笑顔。完璧な黄金比。
 慎みを持って、控えめに。
 丁寧な言葉遣い。どこに出しても恥ずかしくない淑女。


「あのね、お父様」





妖精の尻尾

 

 

「先ほどの男性は魅了(チャーム)と呼ばれる魔法を使われていらっしゃいましたの。…いえ、正確には魔法道具でしょうか」

 

 

 気品ある白百合の少女―――――ルーシィは、微笑みと共にその名を名乗り、ナツとハッピーへ端的に用件を伝えた。

 要するに、お礼をさせていただきたい、と。

 

 

「あの方が着けていらっしゃった指輪のひとつがそうなのです。魅了(チャーム)は人々の心を術者に引き付ける魔法で…特に異性に対して大きく効果を発揮するものです。ちょっとした恋のおまじないアイテムとして発売されていました」

 

 

 当初ふたりはそれを受け取り拒否しようとした。ルーシィのいう『お礼』に心当たりが全くなかったからだ。人違いだろうと思った。

 『お礼』とはすなわち『報酬』と同等。対価をもらうだけの『何か』をした記憶が無かったふたりにとって、それは不当だ。

 しかし、人生はどう転ぶものか分からない。断りを入れようとした途端―――――鳴り響いた腹の虫。そう、ナツとハッピーは極度の空腹状態にあったのだった。

 ふたりのあまりに勢いの良い腹の虫に驚いた顔をしたルーシィは、そのままもう一度微笑み、「お礼にお食事を」と言った。

 

 ―――――人間は欲望に忠実である。

 

 こうして一行はファミリーレストランに移動した。

 

 

「ご覧になられた通り、皆様、まるで恋に酩酊されたようなご様子でしたでしょう? 一般販売される規格の魔法道具でありながらあの効力となりますと……あれは違法改造されたものと見て間違いないでしょう」

 

 

 できるだけ早く腹を満たしたかったナツとハッピーは近場に会ったファミリーレストランを選んだ。本人たちが望むのならと笑顔のまま賛同したルーシィだが―――――実はその時点で、これ以上ない興奮と緊張に襲われていたのである。

 それはもう、火竜(サラマンダー)が居ると聞いた時以上のものだった。

 

 ―――――なぜならルーシィは初めてのファミリーレストランだったのだ。

 

 ファミリーレストラン。通称ファミレスとは、名前の通り集団(特に家族連れ)が対象客層のレストランである。ルーシィはファミレスに行くような生活環境に居なかった。故にその存在は伝聞や本での知識ばかりで。

 結局ルーシィはこの歳になるまで一度もファミレスを利用したことが無かったままなのだ。

 そんな場所に足を踏み入れることになったルーシィの興奮たるや。これはもはや一種の聖地巡礼。外見はクールに取り繕っていたが、―――――その内心は冷や汗が止まらないといった様子だった。

 

 

「発売当初はあれ(・・)のご利益で恋が成就したと喜ぶ方も多かったようですが、その大抵はすぐに破局されて(おわかれして)しまっているそうです。あくまで『きっかけ』を与えるジョークグッズの一種ですから、効果にかまけてその後の努力を怠れば当然の結果と言えるでしょう。

 ……けれど、効力が小さかろうと(おの)が利益のために魔法で他者の心を操るなんて、悪辣極まりないものです」

 

 

 もう一度言うが、ルーシィはファミレスを利用したことが無い。

 つまり―――――ファミレスのシステムを大まかにしか分からなかったのだ。

 

 

「既婚者が術にかけられ家庭崩壊が起きたり、その……性犯罪にも利用されてしまった事例もあるようで。裁判沙汰になってしまうようなトラブルだとか、犯罪に使用されることだとかが後を絶たない魔法道具でした。

 製作者は淡い恋の後押しをしたかったのかもしれませんが、善意で作り上げたものも使い手が悪意を持っていれば、理想は形骸化してしまいます。

 ですので、数年前に発売禁止・回収となったはずなのですが―――――」

 

 

 しかし『お礼』と言った手前ファミレスのマナー(・・・・・・・・・)を知らず失態を犯し、ナツとハッピーに不快な思いをさせるわけにはいかない―――――そんな使命感がルーシィにはあった。

 

 

「ああ、それと、街中から女性が集まっていたのは『集群(コンビーン)』という魔法道具の効果ですね。条件に当てはまる対象を術者のもとに呼び寄せるもので……こちらは魔獣などの討伐の際に効率よく討伐対象を呼び寄せるために使われておりますの。

 ただ、悪用防止のために所持にも使用にも特別な申請が必要なはずなのですけれど……いったい、どこから調達されたのでしょう」

 

 

 そこからは情報戦である。意識を店中に張り巡らせ、店員の言葉、持ち物、所作、店内の客の言動、視線、テーブル上にある物の種類。そして今まで本で何度か目にしたファミレスの描写。あらゆる全てからひたすらに推測をたてた結果、席に案内されたルーシィは自然な所作でメニュー表をナツに手渡した。

 

 ―――――どうぞ、お好きなものを選んでください。

 

 ルーシィは戦いに勝ったのである。

 

 

「お恥ずかしい話、わたくしも魅了(チャーム)に囚われそうになりましたの。けれど術式に侵食さきる前にナツさんが飛び込んでいらっしゃったおかげで、正気を取り戻すことができました」

 

 

 大量の食事をかき込みながら長い解説を話半分で聞いていたナツとハッピーは、そこでようやくこの食事(おれい)はちゃんと正当なものだったと安心する。空腹のあまりついつい誘いに乗ってしまったが、身の覚えのないお礼は居心地の悪いものだもの。

 まあもしルーシィの勘違いでも、食べた分の恩は後払いで返せばいいと思っていたため大して心配もしていなかったが……それでも食事を楽しむ心持ちには影響が出るもの。

 機嫌の良くなったナツは生魚を抱き込んでかじりつく相棒を一瞥したのち、更に食事のスピードを上げた。

 

 

「その、わたくしは星霊魔導士なのですが実戦経験は欠片もなくて、……いえ、これは言い訳ですわね。……あんなモノにかかってしまうだなんて、情けない限りです」

 

 

 少し落ち込んだように笑うルーシィ。今日は魔法道具屋のことといい火竜(サラマンダー)魅了(チャーム)のことといい、さすがにメンタルにクる出来事が多かった。かろうじて笑顔の体を保っていても、そこに苦いものが滲んでしまうのは仕方がない。

 しょげる彼女に対してナツは、やっぱり魔導士だったかと頷く。一般人にしては知識が深いためそうだろうとは思っていた。

 しかし―――――星霊魔導士。

 実はナツ、今まで星霊魔導士に会ったことがなかった。仲間に極度の星霊魔導士恐怖症(・・・・・・・・・・・)の男がいるため、それはそれは恐ろしい魔導士なのだろうと思っていたのだが……ナツから見てルーシィはどこが恐ろしいのか分からないほどに華奢で貧弱(よわそう)だ。

 見た目によらず、ということだろうかと少し興味が湧く。

 

 

「……やはりギルドに加入し研磨を重ねるべきでしょうか」

 

 

 目の前でううん、と悩み始めたルーシィに、魚を食べ終わったハッピーが話しかけた。

 

 

「ルーシィはギルド入りたいの?」

「え? ええ、その、可能でしたらぜひ、とは思っておりますの。どのギルドも特色があってとっても素敵ですし……」

 

 

 何かを恥じらってか少し頬を赤らめたルーシィは、それからふと、どこか遠くを見つめるような顔をした。

 

 

 

 

 

 

「ああ、けれど、もし叶うのなら」

 

 

 

 

 

 

 その声は先ほどまでと比べてどこかぼんやりとしていて―――――まるで、夢を見ているように。

 

 

 

 

 

 

「―――――妖精の尻尾(フェアリーテイル)に」

 

 

 

 

 

 

 ピタリ―――――ナツの手が止まる。

 

 ルーシィは今……『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』と言った。

 『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』といえばお騒がせ問題児として有名なギルド。ナツは手を止めたまま、じっとルーシィを見る。

 ナツにとって(・・・・・・)その選択肢は見る目があると評価できるものだった。妖精の尻尾(フェアリーテイル)は間違いなくいいギルドだ。入りたいと思うのもおかしくはない。入りたければ入ればいい。仲間(ギルド)を傷つけるようなやつでもない限り、妖精の尻尾(フェアリーテイル)は拒まないだろう。

 ―――――しかし、ただ。目の前で整った微笑みを浮かべるルーシィが『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』に憧れるというのに違和感を持った。

 嫌なのではない。ただ、騒がしくて乱雑としているギルド風景と目の前のお嬢様(ルーシィ)が、何となくイコールで結びつかなかったのだ。

 それは相棒のハッピーも同じだったようで、ハッピーはスッパリと「なんで妖精の尻尾(フェアリーテイル)なの?」と聞いた。

 

 

「結構問題起こしてるギルドだから、ルーシィみたいなお嬢様は好きじゃないかと思った」

 

 

 我が相棒ながらズバッと言うな、と思いながら、しかし同意見なのでナツは特に何も言わず食事を再開する。ただし視線はルーシィに向けたままだ。

 問われたルーシィはといえば、ハッピーの明け透けな言い草に少し驚いたように瞬きをして、それから焦ったように聞き返した。

 

 

「あ、あの、お嬢様というのは、」

「? ルーシィって上品だからお嬢様っぽいよねってことだよ!」

「あ、ああ、そうですの。少し驚いてしまいました」

 

 

 ありがとうございます、と一転、安心したように笑うルーシィ。その笑顔は先ほどまでの完璧さはなく、どこかぎこちない。

 ルーシィの反応に首を傾げたひとりと一匹は、しかしその顔がほんのりと高揚し、照れくさそうなものに変わったのを見て静かに続きを聞くことにした。

 

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)が問題視されているというのは存じております。よく話題に上がりますから、有名ですもの。―――――数年前に、新聞でギルドが紹介されていらっしゃるのを見たのです。小さな、記事でしたわ。赤子の手ほどの写真に、数行の紹介文だけの、小さな記事」

 

 

 それは随分とか細く、優しい声だった。

 ルーシィはその時の情景を思い浮かべるように目を閉じる。その時感じた躍動すらも思い起こすように記憶を手繰り寄せた。

 窓ガラスから差し込む太陽の光に照らされ、金髪(ブロンド)が天使の輪を描く。祈るように目を閉じるルーシィの口元には笑みがあった。

 先ほどまでの白百合のように凛として咲くものや、誤魔化すようなぎこちないものとは違う。春の陽光に照らされながら日向ぼっこをしているような、―――――柔らかくて幸せそうな微笑み。

 それはどこか宗教画のようでありながら、どこまでも人の温かさを持った姿。

 

 ルーシィが見た記事に載っていたギルドは、魔導士ギルドというよりもはや酒場。散乱する酒樽や暴れた痕跡で散らかっていて―――――なにより、誰もが笑顔だった。

 騒がしそうで、幸せそうな、最上の笑顔に溢れた場所だった。

 

 その時感じた衝撃は、今もルーシィの中に残っている。

 

 

「まるで、仲の良い家族のようで」

 

 

 ―――――ああ、きっと、ずっと素敵で、すごく幸せなギルドなんだわ。

 

 それはきっと革命だった。

 慈しむような微笑みだった。それでいてどこか無垢な笑顔だった。キラキラと夜空の星々を集めたような大きな瞳を細めて笑うルーシィに、ナツは数度瞬きをする。

 そうして、あのギルドとルーシィがようやくイコールでつながったような感覚を覚えた。あの酒場のようなギルドで、誰かが騒いで喧嘩して、笑って怒って肩を組んで―――――

 

 そんな喧騒の中で、楽しそうに笑うルーシィを想像して、『しっくりくる』と感じたのだ。

 

 

 

 

 

 

 思い出に浸っていたルーシィはふと、自分を見つめる二対の視線に我に返った。そして湧き上がる強い羞恥心。

 確かに今語ったことは紛れもないルーシィの本心であったが、なにを語り始めているのかと恥ずかしくなってしまったのだ。

 

 

「そ、そういえばおふたりは、どなたかを探していらっしゃったのですか?」

「あい、『イグニール』」

 

 

 急な話題転換であったが内容が内容だったため、ハッピーがすぐに答えた。そしてその質問で自分がこの街に居る目的を思い出した(食事に夢中になって忘れていた)ナツが少ししょげた様子で会話をつなぐ。

 

 

「『火竜(サラマンダー)』がこの街に来るって聞いたから来たのに別人だったな」

「『火竜(サラマンダー)』って呼ばれてるだけの人間だったね」

「てっきりイグニールかと思ったのになァ…」

 

「―――――も、もしかして噂の『火竜(サラマンダー)』様が本当のドラゴンのことだと思っていらしたの?」

 

 

 ポイポイとつなげられる会話の内容に、思わずルーシィは少し砕けた口調で割り込んでしまった。

 彼らの話を聞いているとつまり、彼らは『火竜(サラマンダー)と呼ばれるほどの魔導士』を探していたのではなく、『本物の火竜(ドラゴン)』を探していた、と解釈できるからだ。

 いやまさか、と考え直すルーシィに、ナツはあっけらかんと答えた。

 

 

「あたりまえだろ。だってイグニールは本物のドラゴンだ」

 

 

 ―――――クラリ、視界が回った。

 

 

「………ほ、本物のドラゴンが街に来るという話が広まっているのなら、この街はとっくに厳戒態勢が敷かれているでしょう……」

 

 

 何考えてんだという話である。言いたい事のほとんどをぐっとこらえて、ようやくひとつを絞り出したルーシィのセリフに、『そうか!』というかのような反応をする二人。

 何ということだ。気づいてもいなかった。400年前に滅んだはずのドラゴンが再び現れるなんて話になれば、フィオーレ中の魔導士や国軍が総出で対策にあたる一大事だろう。

 

 ―――――あら?

 

 くた、とちからの抜けていたルーシィはふと気づく。……ナツとハッピーはドラゴンを『イグニール』と呼んでいた。それはもしかしてドラゴンの『名前』なのだろうか。

 ―――――なぜ、滅んだはずのドラゴンの名前を知っている? それも、そんな親しげに呼ぶんなんて。

 ぽつりと芽生えた疑問は―――――しかし、視界に入った腕時計を見てすぐに吹き飛んだ。

 

 

「い、いけないわ、まだ宿をとっていませんのに…!」

 

 

 この街は港町だ。旅魔導士の訪れは少なくとも、貿易などのために外からやってくる人はたくさんいる。そんな街で直前になって宿がとれる確率は低い。野宿はできるが人の多い街でわざわざ野宿をするのは不審な目で見られてしまう。

 ルーシィは慌てて財布からゼロの四つ付いた紙幣を三枚、一緒に引っ張り出した白封筒に入れて机の上に置いた。

 

 

「申し訳ございません、こちらからお礼と誘わせていただいて礼を欠く行為だとは重々承知しておりますが、……急用ができてしまいましたの。お支払いはこちらでお支払いください」

 

 

 本当は最後まで付き添うべきだが、値切り戦争や火竜(サラマンダー)の件で予定以上の時間をロスしてしまったルーシィは時間に余裕がなかった。旅で時間に追われるとは何とも風情が無いが、こればかりは仕方ない。

 不甲斐ない、と思いながらも一礼をして大きなトランクに手をかけるルーシィに、ナツとハッピーはくちに入っていた食べ物を慌てて飲み込もうとする。

 

 

「ふがふが!」

「むがむが!」

 

「お、落ち着いてくださいまし! どうぞごゆっくり、わたくしのことは構いませんで…」

 

んももむぁーーー(ありがとうございました)!!」

 

 

 慌てるふたりを制止したルーシィに、せめてと座ったまま頭を下げ、くぐもった声でお礼を叫ぶナツとハッピー。困ったような笑顔で頭を上げてもらったルーシィはもう一度礼をして、大きなトランクを持ちながらよたよたと歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 ひとりと一匹は去っていくルーシィを見送りながらくちの中のものをゴクリと飲み込む。

 

 

「…あれ、下にタイヤ付いてるやつ買えばいいのにな」

「あい、オイラもそう思います」

「んおっ、4万Jも入ってるぞ。金こんなに要らねえだろ」

「多すぎるね。おかわりできるよ」

「つか―――――

 

 

 

 

 

 

 俺らが『妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士だ』って教えてやりゃよかったか?」

「うーん、再会した時のお楽しみでいいんじゃない?」

 

 

 

 






「………いいえ、やっぱり、なんでもありません」




「―――――ええ、なんでも」



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