きらきらぼし   作:雄良 景

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 水をください。 太陽をください。






魅惑の男

 

 

 

 荷物を引きずりファミレスを飛び出して、慌てて街中の宿を回ること5件目。ルーシィはようやく街はずれに空き室を見つけることができた。

 ただ、それなりにグレードの高い部屋であったために相応に高額で、借りると決断づけるまで大いに悩んだものだった。なにせ今日は鍵の件で大きな出費があったのだ。白い子犬(ホワイトドギー)に5万Jを払ったことに後悔はないが、痛いものは痛かった。

 予算はとっくにオーバーで、しかしこれだけ探してようやく見つけた一室……ここを借りなければ多分今夜は野宿……悩んだものの、ルーシィは自分を許すことにした。

 

 

「わ、素敵……!」

 

 

 案内された部屋は金額に相応しく、広い部屋に大きなベッド、更には簡易キッチンまでついている豪華な仕様。調度品の雰囲気も品があって可愛らしく……一瞬にして気に入ったルーシィは、ようやく今日の不愉快(・・・)を忘れて無邪気な笑顔を浮かべることができた。

 

 

「お出かけかい?」

「ええ、この素敵な街を」

「遅くなる前に帰っておいで。最近、ちょっとガラの悪いのが街をうろついてるって話だからね」

 

 

 重たくかさばる荷物は部屋に置き、ひと息。身なりを手早く整え必要なものだけを手に取って、ルーシィは街へ飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 ―――――たくさんのときめきがステップを刻ませる。

 

 小物店のかわいらしいアクセサリー。

 ブティックに飾られた新作のコーディネート。

 おしゃれなカフェで食べたイチゴのアイスクリームパフェ。

 楽しくて仕方がない。軽く弾んでしまう足音がまるで喜びを歌うように鳴り踊る。

 街の中を笑い歩く少女。太陽の光を十分に吸収したような光輝く金髪(ブロンド)を揺らすその少女に、すれ違う人は思わず見惚れその背を見送った。

 

 まるで宝箱の宝石を眺めるように、街の隅々を見て回る。この時間がたまらなく好きだった。

 頬を撫でる風すらも特別なものに感じる時間。はしたなくもはしゃぎ回ってしまいたくなる特別な時間。どれもこれも―――――あそこ(・・・)に居れば味わえなかったこと。

 知識としてではない、体感としての経験。……手の中の自由。

 これぞ旅の醍醐味。目的。―――――ルーシィはこの目で世界を見たかった。

 

 煌びやかな衣装に囲まれているわけでも、一流のディナーが用意されているわけでもない。野宿で硬い地面に寝転がったこともある。さすがにその時は、使い捨てだけれど簡易結界のはれるちょっと高価な魔水晶(ラクリマ)を買い込んだけれど。

 お財布も軽くなってしまったし、使用者の魔力を注ぎ込んで使うタイプだったから魔力がすっかり空っぽになってしまったのは非常に辛かったが、めいいっぱいの魔力で安全を買ったのだ。そう考えれば安いものだろう。

 疲れたし、汚れた。けれど、ルーシィは楽しくて仕方なかった。だってその苦労すら自分が選んだものだから。

 ここにいる自分は、自分の好きなことを好きなように、自分で選んで進んでいるのだ。それのなんと幸せなことだろう!

 

 

「ふふ、次はどこに行こうかしら」

 

 

 嬉しくて、楽しくて、―――――ほんの少し、悲しかった。

 

 

 

 

 

 

 ―――――ルーシィが最後に足を運んだのは大きな本屋だった。

 ルーシィは本が好きだ。時には食事を忘れて読み込んでしまうほど大好きなもので、着いた街ではいつも本屋に足を運んでいた。

 探検家気分になる古本屋も好きなのだがそれは明日の楽しみに取っておくとして、とルーシィが手に取ったのは、「本日発売」のコーナーにあった最新号の「週刊ソーサラー」という雑誌である。

 

 『週刊ソーサラー』とは、魔法専門誌のことで、様々なギルドの紹介や、魔法使いたちの関わる話題を取り上げているルーシィの愛読誌だ。

 最新の情報が手に入るし―――――何より雑誌の目玉は、毎度毎度とんでもない事件を起こしてあっちこっちを引っ掻き回す『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』の記事なのだ。

 ハズレ無しの大スクープ。記者も妖精の尻尾(フェアリーテイル)のファンだという話だ。

 

 

「あら……ふふ、やっぱり大見出しは妖精の尻尾(フェアリーテイル)ですのね。ええっと、『デボン盗賊一家壊滅』……『するも』? あっ、『民家7軒も壊滅』……」

 

 

 ルーシィは人通りの少ない公園のベンチに腰掛け、さっそく入手したばかりの雑誌を堪能する。

 大見出しは想定通り。盗賊団を壊滅させたってこれだけ被害を出せば利益と損益はトントンかマイナスだろう。どれだけ暴れたのか。壊れた民家の住民たちは大丈夫だったのだろうか。

 

 毎度のことながら内容のハチャメチャさに呆れたようなセリフがこぼれた。

 ただ―――――読み進めるルーシィの表情はセリフに反してどこか柔らかく、笑いが堪えられていない。ああ、これだから、ソーサラーを読む時間はルーシィにとって一番幸せな時間だった。

 

 わくわくとした表情を隠せないまま読み進めていたルーシィだったが、ページをめくった先にグラビア写真が現れ思わず雑誌を閉じてしまう。

 それから、ほんの少し頬を赤らめてもう一度そうっと雑誌を開くと、その露出の多さに毎度どきどきとしながらも感嘆のため息を漏らした。

 

 

「ミラジェーンさまですわ。相変わらずお美しい…」

 

 

 ページに書かれた『Mirajane of FAIRY TAIL』のとおり、ルーシィの見ているグラビアアイドルは妖精の尻尾(フェアリーテイル)の一員である、看板娘のミラジェーンだった。

 その美貌にうっとりと見惚れながらも、ふと、先ほどの記事を思い出したルーシィは―――――こんなに綺麗な方でも民家7軒を壊滅したりなさるのかしら、と考えてみる。……まったく想像ができなかった。

 

 

「『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』……」

 

 

 ……ポツリ、呟く。問題ばかりで、でもあたたかくて、幸せそうな、素敵な『ギルド(かぞく)』。

 素敵だと思った。美しいと思った。だから羨ましいと―――――憧れてしまった。

 例えば。例えば、もし、の話だとして。そんなことを何度考えただろうか。

 もし、仮にも、妖精の尻尾(フェアリーテイル)に入ることができたら。

 そうしたら、彼らのように、自分も……

 

 

「へぇ、君妖精の尻尾(フェアリーテイル)が気になるの?」

「きゃあんっ!?」

 

 

 

 

 

 

 唐突に聞こえてきた声と背後で勢いよく立ち上がった(と思われる)気配に、ルーシィは驚いて座っていたベンチから飛びのいた。

 流れていたどこか物悲し気(シリアス)な雰囲気はどこへやら。何故かルーシィの後ろの茂みからニョキッと生えたのは―――――『火竜(サラマンダー)』。

 

 驚きで見開かれていたルーシィの瞳は、話しかけてきた相手を認識したとたんにスッと温度をなくした。

 だってこの男は、ああいうこと(・・・・・・)をした男だ。

 その瞳がもはや敵意や侮蔑の意志を孕み始めたことに気がついた火竜(サラマンダー)は慌ててルーシィに話しかけた。

 

 

「い、いやあ探したよ。先ほど街で会ったよね? 君のような可憐な女性を、ぜひ我が船上パーティーに招待したくて」

「………まあ。それはそれは―――――あなたさまほどのご高名な魔導士さまから、直々にお誘いいただけるだなんて、光栄なことですわ」

 

 

 丁寧な言葉とは矛盾してルーシィの顔に浮かぶのは温度を持たない微笑み。その笑顔を見て火竜(サラマンダー)は確信した。

 

 ―――――やっぱり。この女は、俺が『魅了(チャーム)』を使っていたことを知っている。

 

 

「高名な魔導士? はは、そんな風に言われるのは照れ臭いな……ありがとう!」

 

 

 あくまで紳士然とした微笑みの下で男は思考を巡らせる。どうすればこの女を黙らせられるか(・・・・・・・)と。

 ―――――この男、実は名高き魔導士の『火竜(サラマンダー)』などではない。

 その名はただ隠れ蓑に過ぎないのだ。標的(ターゲット)や周囲の警戒心をかいくぐるために利用しているだけ。自分の他より多少整った容姿とパフォーマンス性を高めた炎の魔法で誤魔化しているだけだった。

 

 男の本名は『ボラ・スキーム』―――――魔法を悪用し罪を犯して数年前に『巨人の鼻(タイタンノーズ)』というギルドを追放になった最低野郎だ。

 

 刑期を終え(シャバ)に出てきたボラは、数年間周囲を欺くため表向きは大人しく生活をしながら『合理的な金の稼ぎ方』を模索していた。根の腐った人間は懲罰くらいで改心しない。自業自得な処罰への自分勝手な憎しみと『次はうまくやる』という決意ばかりが強くなるだけだ。

 

 ―――――そうして数年にわたる準備の末、ボラは見つけた。『完璧なビジネス』を!

 

 だからボラはルーシィを野放しにするわけにはいかない。ようやく軌道に乗ってきたビジネスと、それによって手元に落ちてきた富を決して手放さないためにも。

 必要なのは万が一に備えること。つまり現状、万が一にもルーシィがボラのことを軍や評議員に通報してしまわないためにも、しっかり手を回さなくてはいけない。

 ボラが知っているルーシィが気付いた『ボラがやったこと』といえば、魅了(チャーム)を用いて女の子たちの意識を自分に向けさせたことだけ。しかし、魅了(チャーム)は性犯罪にも使われた事例がある。通報があれば洗いざらい調べられるだろう。

 しかもボラは前科持ちだ。初犯の人間より念入りに捜査が入るのは想像に難くない。

 そうして集群(コンビーン)まで見つかれば厄介だ。申請をしないで、それも魅了(チャーム)と併用して使ったことがバレればまた実刑は免れない。ましては『ビジネス』が見つかってしまえば……それだけは避けなくてはならないのだ。

 

 

「そんな、ご謙遜なさらないで、火竜(サラマンダー)さま。……本当に、光栄なことですわ。

 

 ―――――ですが生憎にも、火竜(サラマンダー)さま清純な乙女たちのこころを弄ぶご趣味はご崇高すぎて……浅学なわたくしめではご一緒できそうにありませんの。とっても残念ですけれど、このお誘いは辞退させていただきます」

 

 

 目の前でにこにこと笑う少女に、やっぱりこう来たか、とボラは思う。

 冷静そうに見えて感情的な物言い。正義感に透けて見える(あま)さ。侮蔑の色を持つ冷たいアンバーの瞳も―――――しかしボラを怯ませることはなかった。

 

 今まで気づいた(・・・・)人間がいなかったわけじゃない。その度にしっかりと対策を練って対応してきたからボラは今もビジネスをできているのだから。

 今日もそう。あの昼間の騒動の時、ボラはルーシィの様子に気が付いていた。ルーシィが気が付いている(・・・・・・・)ことに(・・・)気が付いていた(・・・・・・・)

 だからボラはルーシィが立ち去ってからすぐに撤収し、魔法で変装して街中を調べ回って彼女を探して街中を走り回っていたのだ。

 そしてじっくりと観察したからこそ知っている。目の前の少女が年相応の少女然とした側面を持つことを。そして―――――妖精の尻尾(フェアリーテイル)に憧れていることを。

 

 

「ああやっぱりね! 君、僕が魅了(チャーム)を使っていたことに気が付いたんだろう? 僕も目が合った瞬間君が魔導士だということに気が付いたよ。ああ、その瞳……分かるよ、僕の行いが君を不快にさせてしまったんだね?

―――――けれど、どうか誤解しないでくれ。確かに僕は魅了(チャーム)を使ったけれど、誓って悪行を成そうとしたわけじゃないんだ」

 

 

 なんとも白々しい言い様だ。実際ルーシィの瞳はすでに氷点下を迎えている。しかしボラはくじけなかった。

 軽蔑? 失望? 嫌悪? なんとでも思えばいい。今後の展開を想えばその程度の視線、かわいらしいだけだとも!

 ―――――もちろん、ボラに年頃の美少女から蔑まれて悦ぶ性的嗜好があるわけじゃない。ただ、ここからが起死回生の瞬間なのだ。

 

 

「まずは恥じよう。確かに魅了(チャーム)を使った理由には、『パーティの間セレブな気分でいたい』だなんていう下心があった。男の(サガ)とはいえ、女性から見れば下劣な願望だろう。けれど、―――――どうか分かってほしい。僕はそれ以上に、彼女たちを心からもてなしたかったんだ……」

 

 

 魅了(チャーム)の魔法道具と思われる指輪をさすりながら語る男の言葉に、ルーシィは一瞬「男の人はそういう願望があるものなのだろうか」と考えた。しかし即座に押しつぶす。願望が初期装備だとしても実際にやったら駄目だろう常識的に考えて。

 

 舞台俳優のように大仰なリアクションを見せる目の前の男から視線を離さないまま、ルーシィは腰のキーケースに指を這わした。選ぶのは金の鍵―――――金牛宮(きんぎゅうきゅう)の星霊。今のルーシィがこの場で最善手だと判断した星霊の鍵だ。

 ―――――これ以上聞き苦しい言い訳を続けるのなら、多少手荒な真似も厭う場合ではないと。

 

 そもそもの話、ルーシィはボラのことを通報するつもりは無かった。

 確かに違法改造した魔法道具を使用したハーレムの作成は褒められたことではないが、あれだけ派手に動いていれば周りの目がある。何かが起こっても、むしろ何かが起こる前に見咎められるだろうと判断した。

 では魔法道具の使用はどうなんだと言われれば、違法改造はルーシィがそう判断しただけであって確証がないし、魅了(チャーム)はリコールがかかっているが応じなくても違法ではない。

 一番ギリギリのラインにあるのは集群(コンビーン)だが、今本人が告白した魅了(チャーム)と違って使っていた確証がない。集群(コンビーン)らしき魔法道具を見つけたためにそうだと推察しただけだ。

 つまり現状、ルーシィから見てボラの行いは通報するレベルのことではなかったのだ。

 もちろん万が一の場合を考えるのなら、一応通報しておけば親切かもしれないが―――ルーシィは目立つわけにはいかなかった(・・・・・・・・・・・・・)ので。

 緊急性を感じられないのなら黙殺して問題ないレベルだと、ルーシィは自分を納得させていた。

 

 ―――――しかし、この様子では話が変わる。

 今こうして目の前に立つ男を見れば理解できる。この男は通報されるのを恐れている(・・・・・・・・・・・・)と。

 

 確かに高名な魔導士なら自身のキャリアに傷がつくようなことは避けたいだろう。けれど、それだけにしてはあまりに必死だ。

 思考がつながる。―――――もしや自分が気づいていること以上に後ろ暗いことがあるのではないだろうかと。

 自分はこの男のことを……軍に通報するべきではないだろうかと。

 

 ―――――思考に意識を向けすぎていたルーシィはミスを犯す。ルーシィは無意識にボラを侮ってしまっていたのだ。魅了(チャーム)を使った下劣な男だという軽蔑が侮蔑となり、無意識にボラを脅威でないと判断していた。

 なにせ、魅了(チャーム)の弱点は『理解』。魔法を使っていること、指輪が触媒なことを知っていること。そして集群(コンビーン)はかけられていることを認識できれば魔力で相殺できるのだ。つまりこのふたつは今のルーシィにとって恐れるものではなかった。

 

 その認識から生まれた慢心がルーシィの首を絞める事になる。

 

 ボラには『油断』がなかった。一度捕まったことがあるという経験がボラを慎重にさせた。ボラは馬鹿のように身振り手振りを交えながら、ルーシィの一挙一動を入念に深く観察していたのだ。

 だからボラはルーシィが腰のキーケースに手を伸ばしたことにも気がついた。―――――その伸ばした手に、触れている鍵にすらも。

 

 ボラは確かに本物の火竜(サラマンダー)ではない。しかし現役魔導士で、かつてはギルドで依頼をこなしていたことによる経験値は当然ルーシィを凌駕する。そんな相手の前でルーシィの『あからさま』な動きは星霊魔導士であること(てふだ)をバラしてしまったことと同義だった。

 

 

「ねえ君、魅了(チャーム)にかかっているとき、どう感じた? その胸に生まれた感情は、こころの奥まで包み込んだ感情は―――――幸せではなかったかな?」

「たとえそうであっても、それは植え付けられた偽物ですわ」

 

 

 間髪を容れずにルーシィは切って捨てた。否定することではなかった。でもそれはルーシィを揺らがせるほどのものではなかった。けれど―――――

 

 

「僕はね、よく意外だと言われてしまうのだけれど……実は話すのが得意じゃないんだ。存外臆病で面白みのない男なんだよ。

 けれど、パーティーの主催者として客である彼女たちには楽しんでもらいたかった。招待客が全員女性なのは、まあ、男としての下心なんだけれど……もてなしたいという気持ちは本当だった! 

 だからあえてこの方法を取ったんだ。もちろん、こういう道具に安易に頼ることは褒められたことじゃないってことはわかっているんだけど……ここは僕の弱さ、かな。

 副作用があるわけでもないし、それなら、普段の大変なことや悲しいことなんて忘れて、せっかくのパーティを楽しんでもらいたかったんだ。

 

 ―――――この魔法にかかっている間は、どんな辛いことだって忘れて、幸せになれるから」

 

 

 幸せになれる。

 そこだけ聞けばチープな宗教勧誘に聞こえてしまいそうなセリフも、すべて聞けばどうだろうか。少なくともルーシィはそこに、ボラの言い様に―――――『誠意』のようなものを感じてしまった。

 下心は女性から見ればくだらないものだった。けれど、男性からしてみればとても大切なものなのかもしれない。なにより、そこに女性への気遣いがあったというのなら、それは悪ではなく善であるのではないだろうか、なんて。そんな風に考えてしまった。

 

 そして、そう。『辛いことを忘れて、幸せになれる』―――――それは、ルーシィにとって。あまりに優しい言葉だったから。

 

 

「―――――本当に、本当にそれだけだと? 女性のために?」

「もちろんだ。わかってもらえたかな?」

「ええ、そういう、ことでしたら……よいことではありませんが悪すぎるということもないでしょう。その、事情も知らず失礼な態度をとってしまい申し訳ありません……」

 

 

 ルーシィは視線を下げて謝った。一方的な思い込みでひどい態度をとってしまった負い目があったからだ。

 ボラはそんな彼女を責めるでもなく優しく微笑む。―――――その微笑みの裏にあるのが悪魔の(ツラ)だということにルーシィは気づかない。

 

 ああ、ああ、―――――ああ!!

 ボラは表情を取り繕いながら、内心で腹を抱えて笑った。

 話すのが得意じゃない? 楽しんで欲しい? もちろん嘘である。そんなわけがあるかよ馬鹿が! 悪魔の舌がルーシィを罵る。

 ボラは悪党だ。悪党というのは―――――きれいなものを汚す方法をよく知っているものなのだ。

 いともたやすくほつれる警戒心。先ほどまでの態度に申し訳なさすら抱く誠実さ。可愛く、清らかな、優しい子! 愛おしさすら感じてしまいそうだと心の中で高笑いする。

 

 

「いいんだ。僕が悪かったことに変わりはないんだから……ああ、そう、それより君。話が変わるけど、もしかして妖精の尻尾(フェアリーテイル)の加入希望者だったかな? 随分と思い入れがあるように見えたから」

「えっと……ええ、その…」

 

 

 内心の醜さを欠片も見せない微笑みで、ボラはルーシィに問いかけた。―――――仕込みは上々。悪魔の指先は忍び寄るように次のステップへ進む。

 ルーシィはその問いにハッと顔をあげ、先ほどまでの自分の想像を、願望を思い出す。

 

 ―――――もし、もし妖精の尻尾(フェアリーテイル)に入れたのなら。自分も一緒に、あのあたたかいギルドの一員になれたなら。

 ああそれは、なんて素敵な……

 

 

「そう、ですね。―――――そうあれれば、きっと素敵だと……思っております。ですが、それが何か?」

「ん、ふふ……気づいていないかな、僕もまだまだだ。今更改めて名乗るのは少し恥ずかしいのだけど―――――『妖精の尻尾(フェアリーテイル)火竜(サラマンダー)』って、聞いた事ない?」

「ええ、ありますが………

 

 ―――――え、あ、うそ、まさか…!?」

 

 

 それは想定もしていなかった言葉だった。

 つまり、つまり、とルーシィの脳内は混乱する。つまり、それは、目の前の『火竜(サラマンダー)』と呼ばれる高名な魔導士と、憧れの妖精の尻尾(フェアリーテイル)に所属する『火竜(サラマンダー)』と呼ばれる魔導士が―――――同一人物だということだろうか。

 

 いやむしろ、逆に何で結び付けられなかったのかとルーシィは自分の想像力のなさを罵った。『火竜(サラマンダー)』と称されるほどの魔導士が同じ大陸にひとりもふたりも居るわけがないというのに。

 まあ、ボラは偽物なのだが。

 それはルーシィの知らないところなので、彼女は唐突な『憧れ』との邂逅に完全に思考回路がショートして固まってしまった。

 

 

「せっかくだ。君のこと、僕からマスターに紹介させてもらえないかな。君みたいに優秀で(・・・)優しい子がギルドに入ってくれたら僕もうれしいしね」

「えっ、あの…で、ですがわたくし、先ほどあなたさまに失礼な態度を…」

「構わないよそんなこと! 言った通り、悪いのは僕だったのだし……それに君は女の子たちを心配していたんだろう? そんな優しいところが素敵だと思ったんだ。

 でも、そうだな。どうしても君が気にしてしまうと言うのなら、今夜のパーティに参加してくれたらチャラ、なんて。……どう?」

 

 

 ボラの優しさと少しの茶目っ気をのぞかせた笑みを向けられて、ルーシィは喜びに震えた。まさか憧れていたギルドの魔導士に会えて、しかもその方が、こんなにも素敵で尊敬できるような方だなんて。早とちりで失礼な態度を取った自分をこんなにも優しく気遣ってくれるなんて!

 

 真っ白だった顔色がパッと鮮やかになったルーシィの様子に、ボラは『君のようなかわいい子が来てくれたら、パーティが一層華やかになるよ』と追撃を加えた。

 ルーシィのハートはオーバーヒートだ。憧れの人から『素敵』だの『かわいい』だのと褒められれば乙女の心はときめくもの。そういえば話しかけられた当初に『可憐』とも言われた気がする。

 

 ―――――こんなに魅力的な言葉選びをなさるのに、話下手だなんてご謙遜なさるわ。ああそれとも、自分の課題と向き合って努力された成果なのかしら。そう、きっとそうだわ。たいそうご苦労されたでしょうに、なんて素敵な方なのかしら!

 

 わざわざ魅了(チャーム)を使われなくても、ルーシィはすっかりボラにうっとりとなってしまっていた。目の前の男に、すわ恋と紛うほどの憧れを、尊敬の念を抱いてしまった。

 

 これがボラ・スキームだった。小悪党だと思っていたか? チンケなチンピラ紛いだとでも? ―――――ああ、可哀そうに。

 

 嬉しそうにパーティへ参加すると返したルーシィに、ボラはバレないように笑みを深める。

 準備は滞りなく整った。ウサギは自らオオカミの腹の中へ―――――名前とは、好感度とは、隠れ蓑とはこう使うのだ。

 

 

「それじゃあまた夜に。―――――ああ、それから、その、魅了(チャーム)のことなんだけれど。

 君がよければ、他の人に内緒にしてもらえないかな。ギルドに迷惑がかかってしまうし、……僕も、これを機会に、魅了(チャーム)を使わないでも大丈夫になろうと思う。

 努力をしたい……やり直したいんだ」

「は、はいっ! けして言いませんっ。……あ、あの、わたくしから見てあなたさまはとてもお話上手で素敵な方ですわ。ですので、どうか、自信を持って……あなたの努力が実りますように」

 

 

 ルーシィは手を組んでそっと目を伏せた。自分のような若輩者が知ったようなくちを利くことに恥はあったが、それでも少しでもその気持ちを伝えたくて。

 ゆっくりと瞳を開いたルーシィは、本当の気持ちを込めてボラに笑いかける。それはとびきり可愛らしくて、大輪の向日葵のように鮮やかな―――――この旅でも一番の笑顔だった。

 

 

「神さまは、ちゃんと見ていらっしゃいますから」

 

 

 その笑顔に応えるようにボラもまた、ほほ笑む。―――――今夜が楽しみだと、ほほ笑む。

 

 

 

 

 

 

 ゆらゆらと揺れる停泊中の船の中、ボラはコツコツと足音を鳴らし奥へと進む。

 この船は今夜のパーティ会場。お客人(・・・)を素敵な一夜へ運ぶ揺りかご。その腹の中を悠々と歩くボラに、船内で待機していた男たちが挨拶をした。

 

 

 「おお、ボラさん」

 「お帰りなせぇ」

 「ボラさん、今回の狩り(・・)はどうでしたか」

 

 「―――――ふ、ふはは、はははははッ!!」

 

 

 ―――――しかしボラは返事もせずに、耐え切れないとばかりに大笑いした。

 

 

 「ボ、ボラさん?」

 「ふっ、クククク…これが笑わずにいられるか!? ククク…」

 

 

 「そんなにいい獲物(・・)がかかったんですか」と言って近づいてくる男たちは、屈強な体も人相の悪い顔つきも、ましてやその所作の粗暴さなんて、どう頑張ってもパーティーのウエイトレスにも見えない。

 そんな男たちに、ボラは親しげに答えた。

 

 

 「馬鹿なガキがいたのさ―――――とびっきり上玉の、イイコちゃん(・・・・・・)がな」

 

 

 その言葉が全員の耳を通り抜ければ、男たちにも次々に品のない笑みが移っていく。―――――だってその言葉が指すのかを、男たちは正しく理解しているから。

 

 イイコちゃん(・・・・・・)とはつまり、魅了(チャーム)を見破った、あるいは逃れた人間のこと。加えてとびっきりの上玉ということはそれが女であるということ。そうして、ボラが上機嫌だということは―――――手回しは済んでいるということ。

 これだから男たちはボラをリーダーに据えることに異論はないのだ。この頭の回る男のもとにいればイイ思いができることをよくよく理解しているのだから。

 

 魅了(チャーム)を見破った相手も、逃れた相手も、今回が初めてではない。男なら立ち向かう気がなくなるほどに痛めつけて、あるいは始末してしまって。そして女なら、こうしてボラが言葉巧みに誘導し、船内に連れ込み―――――男たちで『目的』に使えるようにしっかり教育(・・)をした。

 ああ、その時の悦といったら! 泣き叫ぶ女の悲鳴が、次第に光を失っていくその顔が、愉快で仕方なかった。

 

 ボラが、男たちがそんなことをする『目的』―――――それは非人道的かつ最低最悪とも言える最高の犯罪(ビジネス)

 

 ギヒヒ、ゲラゲラと下品な声が増える。イイ女を好きにできて、たんまりと金も手に入る。今回の仕事は大成功だと誰もが愉快そうに笑う。

 ボラもまた、あの少女の絶望にゆがんだ顔を想像して堪らない気持ちになって笑う。

 

 船の中は気味の悪い喜びに満ちていた。

 

 男たちは笑う―――――この先に待ち受ける破滅(おわり)のことなど誰も気づかずに。

 

 

 







 水をください。 太陽をください。
 愛をください。 私に光をください。

 そうでなければ、花は枯れてしまうのです。


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