きらきらぼし   作:雄良 景

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 輝く黄金
 数百カラットの宝石
 豪奢なドレス
 華美な豪邸
 一流の食事
 絢爛豪華な調度品
 華やかな社交界
 恵まれた産まれ
 比類なき美貌
 確固たる地位
 


 どれもこれもキラキラピカピカ美しくって特別なもの。





世界は存外君に優しい

 

 

 

「ナツさんっ!!」

 

 

 駆け出して数十秒。ただナツの無事を想い船長室の扉を開けたルーシィの視界に入ったのは、心配していたような凄惨な光景ではなかった。

 

 大波に揺られた船によって船長室にいた面々も随分とかき回されたようで、ナツやボラたちは半分ほどが倒れていた体を起こしていたばかり。どちらにも大した傷はない。

 ―――――その立ち上がったひとりに、ナツがいた。

 船は止まった。揺れはない。つまり、ナツの酔いも覚めたのだ。

 ルーシィはその姿を確認して、ナツに駆け寄ろうとした。腕を引いて、安全な場所に逃がそうとした。―――――しかし、一歩踏み出したところで、ビクリ。思わず足が止まってしまう。

 

 

 まただ。また―――――ナツの『怒り』が、燃えている。

 

 

 いや、『また』ではない。ナツの中にはずっと怒りがあった。空からやってきた時から、ナツの中には渦巻くマグマのような怒りがあった。乗り物酔いでうずくまる姿に周りが拍子抜けしてしまっただけで、ナツはずっと怒っていた。そして、

 

 

( ―――――熱い…! )

 

 

 ルーシィは、ナツの鋭い目つきに呼応するようにその場の気温が上昇していく感覚を覚えた。―――――気のせいではない。これは、『魔力(・・)』だ。

 ナツの『何か』に対する激しい怒りにより、息苦しくなほどの『魔力』がナツの周りに渦を巻いている。

 

 

 

 ―――――灼熱の魔力ですべてが燃える。空気が、場が、怒りが、想いが。

 

 

 

 ルーシィはその一瞬、蜃気楼のように熱気で歪んだ景色の先に―――――滾る炎と赫い鱗(・・・)を見た。

 

 

 

「ハッピーさん…」

「あい、どしたのルーシィ」

 

 

 ルーシィが呆然とした声でハッピーに呼びかければ、ルーシィの腕に抱かれていたハッピーは軽い調子でそれに答える。

 ―――――慣れている。それがルーシィの感想だった。並の魔導士では足元にも及ばないような、こんなにも息苦しくなるほど濃厚で荒々しい魔力に、ハッピーは慣れている。

 鈍感なのではない。直感でそう思った。ハッピーにとっては取るに足りないことなのだ。

 

 ああ、と納得する。ハッピーはナツと共にいた。つまり、ハッピーはナツの相棒のようなものなのだろう。そうして、そんなハッピーがこの渦巻く魔力に慣れているということは―――――ルーシィはほぼ確信となった疑問をくちにした。

 

 

「……もしかしてナツさんは、魔導士の方ですか?」

「あい!」

 

 

 元気いっぱいに返ってきた答えに、わずかにルーシィの肩から力が抜ける。これだけの魔力を持つ魔導士なら、いくら屈強でも一般人に負けることはないだろう、と。

 

 

 

「お前が妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士か」

 

 

 

 ナツが上着を脱ぎながらボラに問う―――――その言葉を聞いた途端、ルーシィの体は再び強張った。

 

 ああ、そうだ。ナツがいくら強かろうと、彼が今対峙しているのは火竜(サラマンダー)の名を冠する、伝説のような魔導士なのだ!

 勝ち目などあるはずがない。……逃げるべきだ。ナツを逃がすべきだ。

 

 

 ―――――そう思うのに、足は動かない。その理由がもうナツの魔力ではないことなど明白だった。

 

 

 

 心配なのに。ナツを助けたいのに。―――――それなのに、ルーシィの体は動かない。頭が垂れていき、俯いてしまう。

 

 

 

 ―――――聞きたくない。

 ルーシィはボラの返答を聞きたくなかった。あの男が肯定するのを聞きたくなかった。

 

 『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』―――――素敵なギルド(かぞく)。夢にまで見た彼ら。

 

 

 

 ―――――ずっと、憧れていた。

 

 

 

「それがどうした!?」

「…よォくツラ見せろ」

 

 

 

 ―――――だからこんなにも、悲しくて仕方がない。

 

 

 ボラの大声が響く。その肯定はルーシィの胸を力強く抉った。

 踏みにじられて、唾を吐きかけられた憧れを、目の前でさらに蹂躙されたような苦しさだった。

 

 

「っあ、!」

 

 

 ルーシィが立ちすくんでいる間に、ボラは配下の男たちへ指示を飛ばす。そして巨体が一挙にナツへと押し寄せた。

 ルーシィは焦る―――――しかし、動けない。

 

 

 ナツに助けられたように、自分だってナツを助けたいという気持ちはある。いくら強い魔導士でも、束になって襲われれば無傷とはいかないだろう。加勢しなければ―――――冷静な頭が指示をしてくる。それでも体は動かない。

 

 

 

( 動きなさい…! 動いて、早く、ナツさんを……!! )

 

 

 

 手は鍵をつかんだ―――――それでも、ちからが入らない。

 

 

 

( どうして――――― )

 

 

 

 ―――――だって、苦しいのだ。脆弱な心はもう死んでしまいそうだった。悲しくて、悔しくて、息絶えてしまいそうだったのだ。

 

 

 

 

 

 

( どうして、あんな人が妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士なの………!? )

 

 

 

 

 

 

 ルーシィは滲む視界を振り払おうと、一度きつく目を閉じた。

 ―――――だから、ほんの一瞬ナツがこちらに視線を向けたことに、気づかなかった。

 

 

 

 ルーシィはボラのような悪党が妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士であることにショックを受けた。こんな人が、と悲鳴を上げた。―――――それでも、現実を前にくじけそうになりながら、どこか心の中で『そんなわけがない』と否定していた。

 

 『こんな人が妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士な訳がない、何かの間違いだ』―――――それは駄々をこねる子供のように、現実を受け止めたくないという泣き声だった。

 

 

 

 否定していた。否定したかった。否定してほしかった。

 

 ―――――その願いは唐突に叶えられる。

 

 

 

 

 

 

 

「オレは妖精の尻尾(フェアリーテイル)のナツだ―――――おめェなんか見たことねェ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――」

 

 

 まるで埃を払うように―――――自分より一回り以上も大きな男たちをいとも容易く右手一本で吹き飛ばしたナツが叫ぶ。

 そして同時に放たれた言葉が―――――世界を変える。

 

 

 その言葉に―――――なにより、晒されたその右肩に―――――全員の視線が集中した。

 

 

 それ(・・)をルーシィは知っていた。『週間ソーサラー』で何度も見たし、もしギルドに入ったら自分はどこに刻もうかと、何色にしようかと、何度も何度も想像しては、夢のまた夢なのだと諦めていたもの。

 

 

 

 

 それは妖精の証。―――――妖精の尻尾(フェアリーテイル)の、ギルドマーク。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――いいこと、ルーシィ。神様はいらっしゃるのよ。

 

 

 

 

 

 

「、かみさま………」

 

 

 ぽつり、ルーシィのくちから言葉がこぼれる。ハッピーは不思議そうにルーシィを仰ぎ見たが、視線は交わらない。ルーシィはただ、ナツのギルドマークを見つめたまま動かない。

 

 ドク、ドク、心臓の音が耳元で響く。

 ナツの肩のギルドマーク。あれが示すのは、つまりナツが妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士だということ。それなら、そのナツが火竜(サラマンダー)を『見たことない』と言ったのは何故だろうか。交流がなかった? それでも、自分のギルドで極めて高名な『火竜(サラマンダー)』の顔も知らないなんてことがあるだろうか。

 

 

 

 ―――――ルーシィは無意識に、ナツの言葉の正当性を探そうとした。ナツの言葉を心から信じていい理由を探そうとした。

 

 ―――――だってそれが本当なら。

 

 

「なっ…! あの紋章!!」

「本物だぜ『ボラ』さん!!」

「バ、バカ! その名で呼ぶな!!」

 

 

「『ボラ』…?」

 

 

 ―――――男たちはボラが本物の『火竜(サラマンダー)』でないことを知っていた。故に、想定していなかった本物の妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士が登場するというアクシデントに動揺を抑えられず、ボラに助けを求める。

 慌てすぎた彼らは禁止されていたボラの名前を呼んでしまった。ボラは咄嗟に叱りつけたが―――――後の祭りだ。

 

 

 男たちと違って、ボラは本物の妖精の尻尾(フェアリーテイル)が来ても誤魔化す準備などとうにできていた。作戦も十分にあった。―――――けれど、その名(・・・)を呼ばれてしまうのは取り返しがつかない。

 おつむ(・・・)の足りない男たちに本名を名乗ってしまったのがボラの最大の失態だった。

 

 

 情勢に疎いナツはともかく、ハッピーとルーシィは直ぐにその名が示す真実に気が付く。

 行きついた答えにルーシィの体がふるり、幽鬼のように揺らめく。それは怒り。そして―――――

 

 

 

「ボラ…紅天(プロミネンス)のボラ。数年前、『巨人の鼻(タイタンノーズ)』っていう魔導士ギルドから追放された奴だね」

 

「……ええ、存じておりますわ。評議員が公表した報告書によると、魔法を使い盗みを繰り返した犯罪者とのことでしたが……窃盗の次は人様のギルドの名を悪用し、奴隷商ですか。…でしたら名乗られていた『妖精の尻尾(フェアリーテイル)火竜(サラマンダー)』というお名前も虚偽ですね。名誉棄損ですわ」

 

 

 淡々としたハッピーの声に比べて、自分の記憶(ライブラリ)から情報を引き出したルーシィの声は震えていた。

 騙された悔しさ、そして憧れていたギルドを貶めるようなことをしたボラに対して、おさえきれない怒り。

 

 

 

 ―――――けれどなにより、あの男が妖精の尻尾(フェアリーテイル)魔導士であるという悪夢が、本当にただの夢であったという喜び。

 

 

 

 ふと、ルーシィは思う。……ナツは本物だろうか。

 今さっきまで騙されていた人間としては正しい反応だろう。湧き出た疑惑を―――――けれどルーシィは捨てた。

 

 ルーシィの知る限りギルドマークは一点物なのだ。さすがにそれを騙ることはできない。なによりルーシィがナツを信じたかった。

 

 あの右肩を晒した彼の思いを。なぜ、彼が怒りに燃えていたのか。推察でしかないその訳を―――――ほんの少しだけ知る、ナツのその心のありようを。

 

 あの時、ドラゴンの名前を呼んだ、あの顔を。

 

 初志貫徹。疑わしいと思っていたはずだった火竜(サラマンダー)が本当に悪党だったのだから、信じたいと思ったナツを、信じてみようと。

 

 

 

 ―――――だから今はボラに意識を向ける。体はもう動く。むしろ、どこか今までより軽い気までした。

 ルーシィは鍵を握った。次こそは参戦できるように、ナツを守れるように。

 

 

 

 それに―――――ルーシィにだってプライドがある。魅了(チャーム)の目的、パーティーではなく奴隷船、そしてこの火竜(サラマンダー)詐欺。これでルーシィは3回もあの男に騙されていたことになる。

 ここまで虚仮にされて、黙っていられるはずがない。

 

 それから、もうひとつ。

 ―――――ルーシィにとって魔法とは『愛』だった。

 

 それは彼女が星霊を召喚する星霊魔導士だということに起因する。そんな彼女にとって、魔法を悪用し、女性たちの気持ちを歪ませ、多くの人を私欲のための生贄にしようとしたボラを許せるわけがない。

 

 

「許しがたい…悪辣な……!!」

 

 

 ボルテージの上がっていくルーシィの怒り、それに応えるように、ナツの渦巻く魔力も威圧感を増していく。

 

 

「―――――おめェが悪人だろうが善人だろうが、知った事じゃねェが、妖精の尻尾(フェアリーテイル)を騙るのは許さねェ」

 

 

 まるで視線だけで人を焼き殺さんばかりのナツの怒り。ああ―――――ああ、ほら、間違っていなかった。

 

 ナツは、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士だ。ルーシィの憧れたギルドの魔導士だ。

 

 

 

 ―――――よかった。ただの夢ではなかった。抱いた憧れは、幻想ではなかった。

 夢見た彼らは、ただ肥大化しただけの理想ではなった。

 

 

 

 素敵なギルド(かぞく)。暖かい仲間。―――――そんな彼らを、夢見ていた。

 

 

 ナツの『怒り』に圧倒されながらも、ルーシィの中には安堵があった。喜びがあった。

 思わず滲んだ視界に目元を拭った瞬間―――――

 

 

 

 ふと、獣の唸り声が聞こえた気がした。

 

 

 

 まるで地鳴りのよな重低音―――――絶対的強者のような、―――――それは、ナツのもとから……?

 

 

 

 ナツからは相変わらず恐ろしいほどの怒気が魔力として燃え滾っている。

 しかし、けれど―――――これは、ナツだけの威圧感ではないのではないかと、ルーシィは直感した。

 

 

 

 ナツと同調するような唸り声。強大な『何か』の威圧感。

 獣の声で連動するように思い出すのは、

 

 

 

( あの時の―――――赫い、鱗……? )

 

 

 

 意識がそれ(・・)を思い出そうと、思わずルーシィは思考を始めてしまう。

 その一瞬の無防備さが再びルーシィを出遅れされた。

 

 

「ゴチャゴチャうるせえガキだ!!!」

「っ、あっ、―――――ナツさんッ!!」

 

 

 それは、魔導士としてある種当然の行為だった。『邪魔者を魔法で消す』…ボラのような悪人ならば、なおさら当たり前の思考回路だ。

 

 ボラが発生させた爆炎が、邪魔者を殺さんとナツに襲い掛かる。

 

 ルーシィは思わず飛び出そうとした。ルーシィが契約している星霊で炎に対して有利なのはアクエリアスだけである。デートだから呼ぶなという宣言(めいれい)には後で誠心誠意謝るとしても、そもそも彼女は水場でなければ呼べないためこの場では何もできない。

 ルーシィが飛び出したところで何かを成せるわけではない。ナツを庇おうにも、出遅れたルーシィより先に炎がナツにたどり着くのは明白。

 

 

( 次こそはと思っていたのに…!! 『次』があって(いきていて)くれたのに…!! どうしてこう―――――わたくしは間が悪く、でくの坊なのかしら……!! )

 

 

 

 ―――――それでも体が動いたのだ。

 

 

 

( 燃えてしまう。妖精の尻尾(ナツさん)が燃えてしまう。私の理想が、夢が、憧れが、燃え尽きてしまう )

 

 

 

 身を焦がす衝動に流されたルーシィを、―――――しかし止めたのはハッピーだった。

 

 その翼を広げ、ルーシィの進行を阻害したのだ。

 

 

 

 ―――――目の前で、ナツが炎に包まれた。

 

 

 

 

「―――――っなぜ!?」

「大丈夫だよ」

 

 

 思わず涙目で非難の声をあげたルーシィに、ハッピーは至極平静を保って答えた。

 ハッピーはナツを見捨てたわけではない。ただ、この場でルーシィが出て行ってナツを庇う必要がないことを、ハッピーはよくよく知っているだけ。

 

 言葉の通り、何の心配もいらないと知っているだけ。

 

 

 

「ナツに火は効かないから」

「―――――え?」

 

 

 

 ハッピーの言葉は、ルーシィの耳を通り抜けた。―――――ただ、目の前に光景に呆然として、思考が止まる。

 

 ルーシィだけではない。その場に居たハッピー以外の……いや、ハッピーと当事者(・・・)以外の人間が皆、目の前の光景を信じられないと首を振った。

 

 

 

 ―――――なんだこれは

 

 

 ―――――なんだあれは

 

 

 

 

 ―――――何なんだコイツ(・・・)は!!?

 

 

 

 

 

「ふーーー…ごちそう様でした(・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 人が、炎を食ったのだ。

 

 

 

 

「な…なな…っ何だコイツはァ!!!?」

「いったい、なぜ……どうやって!? こんな、これも魔法だと!? こんな魔法、見たことも聞いたこともありませんわ……!!」

 

 

 男たちの悲鳴が響く。ルーシィの混乱しきった疑問が響く。炎を食べて、しかも『まずい』!? 『こんなの食ったことねェ』!? なんだその食べ慣れてるみたいなグルメコメントは!!

 

 誰もが目の前の未知に慌てふためく中、ナツはそんな喧騒を関係ないとばかりに膨大な魔力を練り始めた。―――――『食ったら力が湧いてきた』と言っていたことから、食べた炎はエネルギーや魔力として換算されたのかもしれない。

 先ほどよりもさらに膨大な魔力がナツの体内で密度を持って渦巻いていく。

 

 

 『でかいの』が来る。誰もが分かった。しかしだからといって、―――――何ができる?

 成す術など思い浮かばないほどの圧倒的魔力を前に、逃げろと思えど立ちすくむ足は動かない。

 

 

 自分たちを消し飛ばす『何か』が放たれるその目前―――――男たちのひとりが、とうとうそれに気がついた。

 

 

「まっ、まさか―――――」

 

 

 灼熱の魔力―――――それは炎の魔導士特有のカラー。その男は改めて見たナツの容姿に、目を見開いた。

 あの桜色の髪。そして、鱗のようなマフラー。

 それが示す答えは―――――

 

 

「ボラさぁん!! こ、こいつ、見たことあるぜ!! 間違いねぇ、こいつが本物のッ―――――」

 

 

 

 

 

   ド  ゴォオオオオオ オ オ オ オ オ  オ  ン  ッ !!!

 

 

 

 

 

 ―――――男の言葉は最後まで紡がれず、ボラより何倍も恐ろしい、言葉すら焼き殺すような爆炎が炸裂した。

 

 

 

「―――――本物の、火竜(サラマンダー)………」

 

 

 

 妖精の尻尾(フェアリーテイル)の紋章と、他に類を見ないほどの炎の魔法。それが示す、答えは。―――――ルーシィは呆然と男の言葉の続きを呟いた。

 

 ごうごうと、何もかもを燃え消すような炎が、唸りを上げている。

 

 

 

 

 ―――――燃えている。ナツが燃えている。ごうごうと、ごうごうと、ルーシィの理想が、夢が、憧れが、燃え盛っている。

 

 

( ああ、お母様 )

 

 

 ―――――いいこと、ルーシィ。神様はいらっしゃるわ。

 

 

 

 

「よーく覚えておけよ」

 

 

 

 

( 神様は、いらっしゃるのね。わたくしを、見ていてくださったのね )

 

 

 ――――――火の海のような船長室に、ナツの声が響く。鋭い眼光は、一瞬ルーシィに向けられた時その恐ろしさを和らげ、まるで子供のような明るさを持つ。しかし再びボラに返るとき、そこには燃え盛る心があった。

 

 それはボラへの声掛けだった。そして、ルーシィへの言い聞かせだった。

 

 

 

「これが妖精 の 尻 尾(フェ ア リー テ イル) の ―――――」

 

 

 

 燃え盛る炎を纏う腕。火の粉の隙間から照らされ光る尻尾を持った妖精(ギルドマーク)

 

 燃え盛る炎。それはルーシィの夢見たギルドの象徴のようだった。ああ、ああ、―――――ああ!!

 理想を、夢を、憧れを纏うナツの右腕。―――――それは、ルーシィの『希望』そのもの。

 

 

 ナツの爆炎で乾いた頬に、静かに、ひと雫の涙がこぼれる。

 それは悔しさではなくて、悲しさでもなくて、恐怖でもない。

 

 

( ねえ、お母様―――――とっても熱くて、とってもキレイだわ )

 

( こんなに素敵な『光』は、きっとふたつと無いでしょう )

 

 

 

 

 

「 ――――― 魔 導士 だ ァ ! ! ! ! 」

 

 

 

 

 

 

 ―――――ドッ  …――ガ ンッッ !!!!!

 

 

 

 

 

 

( この炎は、きっと世界一美しい )

 

 

 

 

 この日この時、ルーシィの心に牙を立てた悪夢は―――――希望(ナツ)によって燃え尽きた。

 

 

 







 けれど、それらよりもっと美しいもの―――――どんなものより価値のある、たからもの。
 そんなものがあるというなら、それはきっと、泥に塗れても失われない輝きを持っているもの。


 そして、もしかすると、それは―――――いま、目の前に。




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