チノココが卒業旅行先のホテルで熱い一夜を過ごす話 作:岸雨 三月
「ふえっ!? シャロちゃん!? 突然どうしたの!?」
「シャロさん、戻ってくるの早かったですね」
「え、あ、あれ……?」
地下室は結構な広さがあり、古いレクリエーションルームのようなところだった。ボードゲームにパーティーゲーム、パズルに、私は詳しくない前時代のコンピューターゲームのようなものが棚に所狭しと並べられている。「物置き」と言われていたとおり、床にはホテルで使う用具と思われる荷物が無造作に積まれている。
そして何より大事なことに――、ココアとチノちゃんの間で、私が予想するような行為は繰り広げられていなかった。
「へ……? でも、あれ、だって、攻めるとか、弱点とか、開発とか……」
「おっ、シャロちゃんもチェスに興味あるのかな? 興味あるよね! むしろ興味なくても興味持って! 私、さっきからずっとチノちゃんに攻められまくってボコボコにされてるんだよー! もう泣きそうだよー! シャロちゃん私と代わってよー!」
「ココアさんがあまりにも弱すぎるのが悪いんです。普通に戦うと歯ごたえが無いので、私が新しい戦術を開発する実験台になってもらっていました」
(え、あ……そんなこと……?)
見ると確かに、ココアとチノちゃんの間には、チェス盤が1枚、置かれていた。
「それにしても、シャロさんもこの地下室を知っていたんですね。私はたまたま探検していたらこの部屋を見つけて、扉が重くて中々入れなかったんですけど、何とか入ってみたら中にはパズルやゲームがこんなにたくさんあって……! 中でもこのチェス盤、デザインがとても可愛くて気に入ったので、一度使ってみたかったんです」
「チノちゃんに突然、面白いものがある、といってこの地下室に連れて来られたときは何かと思ったけど……、こんな面白いところを見つけるなんて、やるねーチノちゃん! でもその後チェスでボコボコにされ続けたのは流石に参ったけどね、あはは……。もしかして昼間負けたからストレス解消なのかな?」
「ち、違います! そういう理由ではないです。それよりココアさん、試合の続きをきりの良いところまでしませんか? 次の手で最後まで行けますので」
そこまで言うとチノちゃんは、チェス盤の上――私の素人目にも、ココアの駒が取られまくっていて、チノちゃん優勢なのだと分かる――の駒を一つ動かした。
「はい、チェックメイトです」
「チェックメイト……、ヴぇ、ヴェアアアアアアアアア!?」
ココアの汚い叫びが地下室にこだました。
「あんたねぇ……、ホテルでまでそれやるの、近所迷惑だからやめなさいよ!?」
「最近、私には良い泣き声のように聞こえてきました。何となく癖になるというか、定期的に聞きたくなります」
「えっこれ泣き声なの? 断末魔か何かかと思ってた……」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
とにかくこうして、私の「人生最大の危機」は、予想以上にしょうもない真実が明らかにされる形で幕を閉じた。
千夜をカフェで待たせていたことをすっかり忘れていたので、この後慌ててストールを取って引き返した。でも、気分的に優雅に夜の散歩を楽しむ気になれず、終始上の空のまま歩いていたのを覚えている。
だって、実際にはそうで無かったとはいえ、身近な二人が濃密に交わりあう様子を想像してしまった後なのだ。
(千夜は、「そういうこと」をしたことがあるのかしら……? もしくは、誰かとしたいと思ったことが……?)
そんなことを考えて、必要以上に千夜のことを意識してしまい、散歩どころではなかった。
ちなみにチノちゃんとココアは、あの後も一晩中熱いチェス勝負(拮抗しているという意味ではなく、チノちゃんの研究が捗るという意味で)を繰り広げていたらしい。「ヴェアアアアアアア!!!!」という泣き声?を夜のうちに何度も聞いた。
この夜以降、ホテル「ロイヤル・キャッツ」には新たな都市伝説が生まれたそうだ。
ロイヤル・キャッツには、現世に凄まじい怨恨を抱いて亡くなった女の人の悪霊が棲みついている。悪霊は夜な夜な、「ヴェアアアアア、ヴェアアアアア」と、この世のものとは思えない汚い叫び声を上げている。一説には、女の人が亡くなった時の断末魔を再現し続けているらしい。悪霊の姿は黒い長髪を顔の前に垂らした女性で、夜にホテルの周りをうろつく旅行者に、音も無く後ろから近づいて襲う。襲われるのは金髪の女の子が多く、生前に金髪の女の子に何か恨みがあったのではないかとも噂されている。
この都市伝説は特徴的な叫び声から「ヴェアアアさん」と呼ばれるようになったそうだ。
ちなみにさらに後日の話になるが、この「ヴェアアアさん」を題材にした小説を青山さんが書いて大ヒットしたらしい。