「それで、どうしてお前が俺の夢に出てきてるんだ。というかなんで会話出来る」
ひとしきり再会の接吻を交わして、まだ顔の赤みが引いていない二人。そのままに、先ほど抑えられていた疑問をグリペンに聞いたのだが。
「夢?慧の言ってることがわからない。ここは概念世界、アンフィジカルレイヤーのはず」
「……は?」
言ってることがわからないってこっちの台詞なんだが。
彼女も彼女でふざけているような雰囲気ではない。どうやら本気でアンフィジカルレイヤーだと思っているみたいだ。どういうことなんだ…
「……??」
「……??」
互いに互いの目を見つめる。
「ちょっと待ってくれ。整理しよう」
「私もこんがらがっている。そうする」
すー、はー。
二人揃って深呼吸。
改めてグリペンの顔を見据える。先ほどよりかは幾分か落ち着いた様子だった。
「まず、俺たちはあの後普通にベラヤ基地に帰ってきた。それは大丈夫か」
「大丈夫。しっかりと覚えている」
よし。
「で、グリペンと離れた後、俺は八代通さんのところへ向かったんだ。それから少し話をして、次に基地にいた人たちが開いたプチ祝賀会に参加した」
「整備の人が言ってた」
「そう、まあそれはいいとして」
本題はここからだ。
「その祝賀会を途中で抜けて、俺は自分の部屋に戻ったんだ。そしてそのまま寝てしまった。んで、気が付いたらここにいたんだよ。アンフィジカルレイヤーになんか潜っていないぞ」
一通り話し終えると、グリペンは更に困惑した表情を浮かべていた。こめかみに手まで当てている。
「……私は、あの後何もない空間にいた。私はJAS39という《本質》に還元されて慧の翼になったはず……だった」
「だったって、もしかして失敗したってのか!?」
一瞬驚いて、しかしすぐにそれはないと否定した。なぜなら、目の前でドーターもろともザイが消え去っていくのを見たからだ。だから失敗したとは考えにくい。
「それは違う。違うと思うけど、正確なことは私にもわからない」
わからないって……怖いこと言うな。けど口ぶりからするに本当に自身でも把握できているわけではないのだろう。
すると、グリペンがこめかみに当てていた右手を離し、次いでそのままこちらの頬に……って。
「グリペン…?」
そうして目の前の少女は優しく微笑んだ。
「分からないけど、私の目の前にいる慧が正真正銘の本物、私の愛した鳴谷慧という人物であることは分かる。仮令ここがアンフィジカルレイヤーだったとしてもそれは、それだけは確か」
…ああ、ダメだ。抑えられない。
・・・・・・・・
「やっぱり、俺とグリペンがどうしてアンフィジカルレイヤーでこうして逢えているのか不思議でたまらないな」
そこにあったベンチに座って、彼女を正面から抱きしめたまま呟いた。ほとんど無意識だった。つい長めにしてしまっているが後悔はない。心なしかグリペンも嬉しそうだし。
「考えられる理由、というより要因はいくつかある」
「そうなのか?」
驚いて彼女の顔を見やると、灰色の瞳もまたこちらを見ていた。恥ずかしくなって顔を少しだけ逸らす。しかし彼女は視線を固定したままでいるのでどうにも。
「そう。まずは慧自身がアンフィジカルレイヤーを経験していること」
「……ああ、そういえば」
言われてみれば心当たりはある。シャルル・ド・ゴールの件だ。常熟の懐かしい家、ファントムのパラレル・マインズの十二番目〈トゥエルブ〉の実体化。あのとき経験した摩訶不思議な事象は今でも鮮明に覚えている。アンフィジカルレイヤーだった可能性のあるものを入れると、パクファ救出なんかもそうだろう。
「あのときは私もループの記憶に囚われて必死だった。慧には来ないでって言ったのに、結局二回も来たし」
うん?
「あのときっていつだよ。シャルル・ド・ゴールの件は仕方なかっただろ」
「違う、別にもう一つ。ちょうど上海奪還作戦の前のときくらいに慧はこっちに来た。慧にとっては夢を見る感覚だったのかもしれないけど」
「え」
ちょっと待て、そんなの初耳……いや待て、何かあのとき「夢」という単語に妙に引っかかりを覚えていたような…まさか本当に?え、そうなの?知らないうちに?大丈夫だったのか…?
衝撃の事実に激しく動揺していると、グリペンがまた口を開く。
「そして次に、慧と私が魂で繋がっていること。これはもう何も言わない」
「ああ」
何十回と繰り返された時間遡行。抜け出せない時の牢獄。その全てが鳴谷慧という存在ただ一人のためだけのものだった。二人の間にある絆は世界で最も深いものだろう。
「次いで、慧が
「なるほど」
自分たち人間とは似て非なる存在、アニマ。ザイの圧倒的戦闘力に対抗するために、ザイの部品から作られた無人戦闘機。概念エネルギーから作られたザイを流用して作られた彼女たちにもまた用いられている。その超次元的存在と心を通わせ力を合わせ、ザイを退けてきたのだ。
軽く走馬燈のような感覚に陥る。
「それから」
グリペンが続ける。
「それから……」
…おや?
「それ、から……」
……………
「何があると思う?」
「俺に聞いちゃうのか」
やっぱりポンコツなところは変わらなかった。思わず苦笑。しかし困った様子のグリペンをほうっておけるはずもなく、倣って要因を考え始める。
「そうだな……アンフィジカルレイヤーかどうかは分からないが、ベルクトのときにグリペン共々混ざったことがあっただろう。それも関係してるんじゃないか」
「…それも、ある、かも。あそこで会った男の人もこっち側になっていたから十分にあり得る」
ヤリックのことだ。ベルクトの中であった彼は自分のことを「記憶の残滓」だと言っていたが、そうには見えなかった。彼は「アニマと恋人の関係にある」ところで共通性がある。そこも可能性としては考えられるだろう。
「あとは……」
「私が人の形を失っても、私を駆っていること」
「…それ関係あるか?」
あんまり影響するような要素ではないと思うが。グリペンは今ただの戦闘機なわけだし。
「ある。もし、万が一、仮に慧が私に乗らなくなっていたら、私と慧の繋がりは薄れていた。けれどそうじゃない、私は慧と約束した」
「俺の翼、俺の矛」
上海奪還作戦の前に誓った言葉。今でもはっきりと覚えている。
「JAS39グリペンは貴方の意思を叶えるために生まれた。それは永遠不変、変わらない事実。そのJAS39が、私と慧がこうしてまた逢えるきっかけ、鍵になった……と、思う」
「………なるほどな」
つまりはこうだ。
・鳴谷慧はアンフィジカルレイヤーを経験済
・鳴谷慧とグリペンは魂で繋がれている
・鳴谷慧はアニマ・ドーターと深く関わっていた
・鳴谷慧がずっとJAS39に乗っている
改めて整理してみると、本当に奇跡みたいな偶然だ……いや。
「全ては自分で決めたこと。自分の意志で選択した結果、だったよな」
グリペンにかつて「自分とグリペンの出会いは運命だったのか」という問いをしたときに彼女が放った「運命が邪魔したらあなたを見つけられなかった。それは受け入れがたい」という言葉。それはつまりそういうことなのだ。時間遡行も逃避行もしない、本当にザイを消滅させた今の現実。自分で切り開いた未来。それも全て自分たちの行動の結果なのだ。今ならはっきりとその言葉が理解できる。
「あ、あともう一つあったぞ」
「なに?」
怪訝な視線を送ってくるグリペンに、胸を張って答える。
「俺の《本質》の一部に『グリペンを愛すること』が存在していて、グリペンの《本質》にも『鳴谷慧を愛すること』が一部在る、みたいな。ほら、グリペンが本当に《本質》に還元されてたなら、グリペンが今人形を取れている理由が見つからない。先まで上げた要因は全部俺が主体だっただろう。じゃあグリペン側には何もないのかと言われたら、俺はそうじゃないと思っている。互いの《本質》が『互いを愛すること』になっていると考えたら、俺がここにいることも、こうして同じ空間で繋がれたのもうまく説明できそうじゃないか?」
自分で言っておきながらかなり苦しい理論だ。《本質》がどうなっているかなんで確かめる術はないし、第一今の状況がどうなっているか、正確なことは何もわからない。それでもなんとなく、本当になんとなくの直感だがそんな気がする。確証はない。
今のトンデモ理論を聞いてグリペンは呆れたような、それでいて仕方ないなあというような顔をしていた。
「慧、やっぱり言ってることがめちゃくちゃ」
「それが俺だからな」
「でもその考え方、いいかも」
「だろう?せっかく逢えたんだから楽しいように考えたらいい。この考えなら俺たちはずっと一緒にいられる。良いことづくめだ」
「……ふふっ」
「ははっ」
互いに笑い合う。ここに来て初めて、心から笑ったような気がした。心の澱みがとけて消えていく感覚。不安はない。
が。
「あれ……?なんか足の感覚が…って消えてる?」
突如として自身の足が、つま先から薄れていっている。地面に立つ感覚もなくなり、自身の存在が薄れゆく心地がする。ああ、これはおそらく。
「もうすぐ夢が終わる。グリペンとはここで一旦お別れか」
「そうみたい。でも待ってる、私はまたすぐに逢えると思う」
「俺もだ」
「じゃあ」
「おう」
そうして意識は途切れた。
「……朝か」
目が覚めると、ベラヤの自室にいた。どうやら現実世界へと帰ってこれたらしい。
時計は午前7時を指していた。いつもと同じくらいの時間なので、どうやら寝過ごしたなんてことはなさそうだ。そもそも今日のスケジュールもわかっていないのだが。
「……グリペン」
先ほどまで触れ合っていた、魂の片割れとも言える存在。こうして目が覚めると急に記憶が虚構性を帯びてくるが、まあ多分夢見るごとに現実になるだろう。ここだけ抜くとおかしな話に聞こえる。
「うーん、どうなんだろうな」
先ほどは割と希望的観測な理論を言ってみせたが、正直それで合っているのか怖くて仕方がない。どこかのライブイベントみたいに、一夜限りの特別演出だった、なんて分かったらせっかく持ち直した精神状態が今度は奈落にまで落ちかねない。それは是非とも避けたいところである。
「というかもうこれから学校に通える機会が少なくなるんじゃなかろうか……」
主に対ザイ戦の英雄として各地に引っ張りだこになりそう。そのときはグリペンに乗っていきたいものだ。まあライセンス持ってないから無理だけど。八代通さんとかに頼み込めば行けるだろうか…。
「……とりあえず、外に行くか」
どうなるか予想もつかない未来にあれこれ気を遣っては疲れてしまうからな。朝の澄んだ空気でも吸ってこよう。
「まさか、慧がここに来るなんて……」
慧が消えていった後も、私はベンチに座ったままでいた。
ザイを消滅させ、《本質》となりただの戦闘機に戻ったはずなのに、気づけばこの世界にいてしかも体を持っていた。わからない。
それだけならともかく。
あるとき突然周りの景色が切り替わり、どこか見たことのある景色だと思いながら歩いていくと、なんと慧が立っていたではないか。あれだけここには来るなといったのに。どうやら彼も意図して来たわけではないらしいから余計に混乱。
だけどこの空間は普通の概念世界とは異なっていた。
慧の熱を感じ、慧の体に包まれ、慧と唇を重ねる。本当は逢えるはずもなかったのに、ここに慧がいるはずがなかったのに、ひとつひとつの動作がとても愛おしくて、もっと欲しくなる。
どうしてこんなにも慧への気持ちが溢れるのか、私には到底わからなかった。けれど慧は「お互いの《本質》に『お互いを愛すること』があるんじゃないか」と言ったのだ。
《本質》とはつまりそれの純粋で大元の性質。この空間がそうであるなら、慧への愛がこんなに溢れているのも納得のいく。
やはり私と慧は魂の繋がり同様相性もいい。番、比翼連理、一心同体。これがきっと名実ともにというものだろう。
慧が目を覚ますときは私みたいに徐々に消えていくみたい。普通は目が覚めたらここでの出来事はただの夢だと思うだろうけど、慧はそんなことはなく、私とまた逢えると信じてくれているし、私もそう思う。
……どれだけ信じていても、やはり最愛の人が目の前から消えるというのは少なからず不安や恐怖が押し寄せてくることを知った。その気持ちを感じたことで、私がどれだけ慧を想っているか、そしてこの世界が本当に二人の愛で出来ていることがわかった。なぜなら不安や恐怖は愛情あってこそだということを知っているから。あのとき慧もこんな気持ちだったのかと思うと、少し申し訳なくなる。
慧はもういない。私は戦闘機として慧の翼になるときここから離れるから、私もじきに消えるだろう。ここには時間なんてものは存在していない。だから具体的に次いつあの愛しい姿が見られるかは分からないけど、待っていよう。
誤字脱字等あれば是非感想欄にてお伝えしていただければと思います。
あと、グリペンがさんざん慧のことを愛しているとか言っているのは、まあ察していただければ。