もうひとつの「特休へようこそ」にも書きましたが、2作を2話ずつ投稿するスタイルになりますのでよろしくお願いします。
1月13日 小松基地
「久しぶりに小松に帰ってきたけど、やっぱりそうそう変わるもんじゃないな」
自分の土地へと帰還した第一声がそれだった。
人類史上最後の作戦が終わったあとゆっくりと英気を養った、一両日の後の事だった。
あの極寒であったベラヤと比べると、小松の寒さが何てことないように思えてくる。いっそ半袖でも過ごせそうな勢いだ。
「そういえばもう学校は三学期なんだっけな」
変に懐かしさを覚えたからか、あまり考えたくないことまで思い出してしまった。出席日数は足りているだろうか。これで留年なんてことになったら目も当てられない。
「まだ俺は一般人なんだ。ただでさえグリペンに乗る機会が減るのにこれ以上遅らせたら申し訳なさすぎる」
とりあえずはこれから勉強頑張るしかないか……。
「と、グリペンを休ませなくちゃな」
戦闘機といえどロシアからここまで飛ぶのは疲れただろうし、このまま整備の人たちに回しておこう。
「……ただいま」
あの後、八代通に「一旦家に帰ったらどうだ。長い間家を空けてご家族の方も寂しがっているだろう」との言葉をもらって実家に帰ってきていた。いくら最重要の作戦だったといえど二週間近くも家を空けていたのだ、寂しがるというより怪しまれているに違いない。
久しぶりの実家も大して様変わりすることはなかったようだ。
「……明華、そういやいなかったんだっけ」
ただし、ついこの間まで同じ屋根の下暮らしていた幼馴染がいないことを除けばの話だが。
彼女は既にシンガポールで家族三人、つつがなく幸せに暮らしているだろう。
「あいつのためにも、世界を変えないとな」
明華は一般人。自分は人類の英雄扱い。もう会えることはないだろうが、まあ、あっちはもうすぐ画面越しに自分の元気な姿を見るだろうから、今はそれでいいか。
と感傷やらなんやらに浸っていると、家の中から足音が聞こえてきた……ん?足音?
「おかえり、慧。随分遅かったじゃないか」
やっぱり、祖父が来てしまったか。
なまじ心構えをし忘れていただけに、こうして面と向かっているとどこから何を話せばいいかわからない。
「た、ただいま爺さん」
「おかえり。それで、どこをほっつき歩いたら二週間も家を空けることになるんだ。もう学校は始まっているらしいじゃないか」
「や、やっぱりそうなのか」
新学期一発目から不登校だなんて、ますます問題児扱いされてしまう。それに明華がいなくなったから学校で話す人もいなくなる。いよいよ本格的に立場がなくなりそうだ。このままでは航空学生への道も危うい。
「やっぱりということはおまえ自身でも把握していたということだな」
「あ、いや、その」
まさか『ザイを倒して世界を救ってきた』なんて言えるはずもない。万が一言えたとして、到底信じてはもらえないだろう。
「ええと、その」
かと言ってそれらしい言い訳が思いつくほど頭の回るわけでもない。万事休すであった。どうする?このまま言いあぐねているか?いや、今までもさんざん怪我して怪しまれてきたのだ、もう今更何を言ったところで分かっても信じてもくれそうにない。
……どうすれば。
「それについては私からお答えします、鳴谷さん」
「……八代通、さん?」
突如として開かれた玄関から、見慣れた肥満男が入ってきた。
「なんだね君は」
「私は防衛省技術研究本部特別技術研究室室長の八代通という者です。この度は人類の敵であるザイを倒すため鳴谷慧くんに協力してもらっていました」
「ちょ、八代通さん何考えてるんですか!?」
どうしてここに八代通が来たのかなどという疑問を置き去りにされて勝手に秘密が曝されていく。それにしてもプライバシーという概念が欠落しているのではないだろうか、この男。
「何言ってるんだ鳴谷君、もう世界は君に救われたのだから隠す必要もないだろう。というか俺からすれば、なぜ今まで黙っていたのかねと呆れているところだが」
「待て、世界を救ったとはどういうことだ。うちの慧に何をさせていたんだ」
ほら、言わんこっちゃない。祖父のこの声音から察するに、おそらく相当頭に来ているだろう。
「戦闘機に乗せただけです。こちらとしてもあまり民間人に関わらせるつもりはなかったので」
……まあ、確かに振り返ってみれば、グリペンに乗ると言ったのも上海奪還作戦もベトナムでの逃走劇も全部自分の起こした事だし本当に怪我させるつもりはなかったのかもしれない。
「慧を戦闘機に?馬鹿言え、こいつはまだ資格とやらも取っていないだろう」
「はい、だから彼にはただ戦闘機に乗るようにさせました」
嘘は言ってないが、どうしてもドーターやアニマの話になるとあんまりにも現実味がなさ過ぎて一般の人には受け入れ難いだろう。その辺りも考慮していそうなぼかし方だった。
「ただ乗せただけだと?だったらあの怪我は何だったんだ。乗っているだけであんなに傷を負うとは到底思えんが」
確かに祖父の言うことは最もだ。この際、ただ乗せられただけでなく途中から操縦をし始めたことは割とどうでもいいことであるが。
「それはこちらの不手際です。予想以上にザイの侵攻が激しく、本来させてはいけないことまでやむを得ずさせてしまったのは確かです。最も我々も彼に死なれたらこまr「そうか、不手際か。ならもう御託はいい、慧には二度とそちらに関わらせない」
「んな……!!」
まさか祖父までこんなことを言い出すなんて思ってもいなかった。八代通は表情を崩さず憮然としている。まるで自分の言葉を待っているみたいだ。
そうだ、ここで祖父の言葉に従うわけにはいかない。何としてもそれだけは避けたい。
グリペンが翼になると言ってくれたから、彼女の意思となると誓ったから。
「……爺さん。俺、好きな人がいるんだ」
「はあ?お前この状況で一体何を口走っているんだ」
そう思うだろう。だが話を止めるつもりはない。これは説得であり、自分自身のこれからの決意表明でもあるからだ。
「聞いてやってください」
八代通も背中を押してくれている。今しかない。
「そいつはポンコツでおっちょこちょいでちょっとずれてるところもあって、目が離せないような奴だった。けどザイを倒して俺たちに生き延びてほしいという願いはすごく強くてさ、俺もたまにそいつに勇気づけられることがあったんだ。確かに今まで何度も怪我をしたし、死にかけもした。でもそれは全部あいつのためだったんだ」
甦る思い出の数々。今思えば、その一つ一つが今の鳴谷慧という人間を作ってきたのだ。冗談じゃなく何度も死にかけたけどそれもこれからのより良い世界にしていくため。
「そんなあいつと__グリペンと、約束したんだよ。あいつが俺の翼になって、俺がこの先の地球を変えていくって。それは嘘でも虚言でも見栄でもない、本当に俺がなすべきことなんだ」
このままでは、人類はそう遠くない未来にまた同じ過ちを繰り返すだろう。そうさせない。
「だから爺さん」
未だこちらを厳しい目つきで見据えている彼の目の前に立ち、まっすぐと見つめ返す。
「俺は空を飛んで世界を変える。そのために航空学生になって自衛官を目指す。これが俺自身の願いだ」
誰にも邪魔させはしない。
しばらくして、祖父がため息をついた。
「……わかった、もう好きにしろ」
「ありがとう、爺さん。俺頑張るよ」
後ろを見ると、八代通の顔が少し綻んでいた。どうやらこの男も人への心を忘れたわけではないらしい。今まで彼が笑ったことを見たことはないので、なんだか違和感を感じるのは否めないが。
「だが慧。それと勉学とサボることは関係ない。留年なんて許さないぞ」
「ああ、わかってる。元よりそのつもりはない」
ちゃんと卒業しないと航空学生にすらなれないからな。いくら空自と繋がりがあるとはいえど、正式なライセンスがなければどうにもならないだろう。今まで一介の高校生が戦闘機に乗る事態がそもそも異例だったのだから。
「そういうわけで、明日からちゃんと学校に行くさ。まあ、学校側にも説明することになるそうだけど」
ああ、明日からどうやって今までの不足分をリカバリーしようか。明華ももういないからノートを見せてもらうことも出来ない……どうやら世界平和よりも先にどうにかしないといけないことがあるようだ。
「それじゃあ、俺は部屋に戻るよ。八代通さん、来てくれてありがとうございました」
「ふん、君にはいろいろとしてもらわねばならんことがあるからな。あと学校側にも言っておいてやる。せいぜい頑張りたまえよ」
そう残して、世界救済の一番の立役者は巨体を揺らしながら家を出て行った。
そのあと自分の部屋に戻ると、机の上に見慣れないノートが置いてあった。疑問に思って表紙を見にいくと、「慧へ」とだけ書かれていた。
「これは………」
中を開けると、裏表紙には「このノートを使って勉強頑張って!!」の文字。間違いない、明華の手書きだ。
「……ほんと、あいつは」
どこまでも自分思いの幼馴染であったのだ、彼女は。
「いつか会いに行ってやらないと」
また一つ、やるべきことが出来たな。
*********
「じゃあ、慧はパイロットになるの?」
「そういうことになるな。まあ当然のことだ」
その夜の事。夢の中で最愛のグリペンと出会うのもだんだん慣れてきていた。
いつものように彼女を膝上に乗せて抱きしめながら、今日あった出来事を話している。かわいらしい。
「お前と一緒に飛ぶって決めたからさ、今までが特殊だったんだよ」
「確かに。慧はただの高校生だったからこのままでは飛ぶことが出来ない。それは困る」
「俺もだ」
そう言いながら彼女の頭を撫でてやる。
「慧がパイロットになるのはわかった。でもいつになるかわからない」
「…もしかして寂しいのか?」
彼女の顔が少し暗い。自分の背中に回している腕にも少し力が入っているようだ。ここは互いの間に存在する愛が露出しているような空間だから、それに直結する感情も表れやすいのだろう。
まったく。
「グリペン」
「どうし…んむっ」
不意打ちの接吻。ただしいつもしているような、ソフトなものではない。
「んんっ……ちゅるっ…んふぁ…あぅ」
もっとディープなものを仕掛ける、彼女が寂しがらないように。
グリペンが目を細めてうっとりしている。どうやらちゃんと興奮だけでなくリラックスもしてくれているようだ。よしよし。
「慧………慧っ……」
それどころか自分からするようになってきている。ぶっちゃけエロ可愛い。
個人的にはもっとしていたいが、今はキスすることが目的ではないのでそろそろ止めるか。
「ぷはっ……グリペン、落ち着いたか?」
「慧……なんで止めるの?私、足りない。もっと慧が欲しい」
顔は赤く、目は潤んでいる。そんなに悩ましい顔をするなんて。
…これ、止める必要あるか?
…………
………
……
…
「……俺も、もっとお前を愛したい。お前を感じたいよ」
欲に負けたのは認める。けど、あんな顔されたらどうにも……。
もういい、こうなったらとことん愛してやる。この夢覚めるまで、グリペンを愛でよう。
*********
「………はっ!」
急激に意識が覚醒する。時計は5時30分を指していた。
「……そういえば、昨日はずっとグリペンと…」
昨夜のことを思い出して急速に顔が熱くなってくる。どうやらあの空間で羞恥心やらがない代わりに、こっちに戻ってくるとついでに戻ってくるらしい。寝起きにこれは中々刺激が強いな。
「学校の用意をするか」
今日からしっかりと本腰を入れなければならないからな。グリペンは放課後にでも会いに行ってやろう。
決意を込めて布団から出る。まだまだ空気は寒いが、不思議と体は暖かかった。