ツバえもん 作:蓋をして蒸し焼き……
お世辞にも、大崎甜花は真人間とは言えない少女だ。
性格───内向的、ぐうたら。
趣味───お昼寝、ネットサーフィン、アニメ、ゲーム。
掃除、外出の準備など身の回りのことは、妹に手伝ってもらわないとできない。
特技───なし。
妹と同様、両親から賜われた恵まれた容姿をもっていても、それを帳消しにするレベルのダメ人間である。
そんな彼女であるが、それなりに危機感を感じているのも事実。何とかしようと一念発起したのが今日のことである。
「ぁぅ……合格……しちゃった……」
「やったね、甜花ちゃん! 甘奈たち、これからアイドルになれるんだよ!」
かあかあ、と烏が鳴く夕暮れ時。
この世に生まれた時から、今までずっと共に生きてきた妹の甘奈と一緒に、玄関の扉を開ける。
今日はなんと、アイドルになるためのオーディションを受けに行った。甜花としては緊張して何を話したのか覚えていないのだが、なぜか合格してしまったようだ。
甘奈も合格したため、これで姉妹共々晴れてアイドル候補生の仲間入りを果たしたわけだ。
「にへへ、なーちゃん。嬉しそう」
「当たり前だよー。これで甜花ちゃんのめっちゃかわいーところを色んな人たちに知ってもらえるんだもん☆」
甘奈の晴れやかな笑顔を見ると、甜花も自然と笑顔になれる。アイドルなることに気乗りしていなかった甜花であるが、申し訳ないほどに迷惑をかけている甘奈が喜んでくれるのは純粋に嬉しい。
と、ここで欠伸をひとつ。
目元に涙が浮かび上がった。
「甜花ちゃん、大丈夫? 疲れちゃった?」
「う、ううん。大丈夫。お外……久しぶりだから……ちょっと休めば、平気……」
「そう? お夕飯、ちゃんと食べて元気になってね? いざとなったら甘奈が食べさせてあげるから!」
「う、うん。ありがと、なーちゃん」
じゃーねー、と手を振りながら自分の部屋に戻る甘奈を見送り、甜花も自分の城の扉を開ける。
夕焼けの陽射しすら差し込まない真っ暗な部屋でも、彼女レベルになれば
窮屈な制服を脱ぎ捨て、いつものパーカーを羽織る。
今日は頑張った。
オーディションはどうなるかと思ったが、相手の人は優しそうな顔で、最後まで甜花の話を聞いてくれた。
あの人が甜花と甘奈のプロデューサーになると思うと、不安ばかりのアイドル人生も、ほんの少しだけ気が楽になった。
明日から頑張れる。
明日から本気出すから、今日くらいはこの身を襲う微睡みに委ねてもバチはあたらないはず…………
「にへへ……ちょっとだけ、お昼寝……」
「なーに言ってやがるですか。今はお昼どころかもう夕暮れ時。お天道さまのつもりですかお前様は」
「ひんっ!?」
心臓が飛びてるかと思った。
実際に体は飛んでしまった。
おそるおそる、甜花は声の聞こえた方を見る。暗くてよく見えないが、甜花と同じくらいの背丈の影が、甜花の
「邪魔してやがりますよー」
「ひ、ひぅぅぅ…………」
恐怖のためか、おぼつかない動きで扉まで後退する甜花。そんな無様な様子を一瞥もせずに、人型のナニカは辺りを見渡してため息をついた。
「しかし、想像以上に酷い部屋でやがりますね。パソコンの電源はつけっぱなし。今日着た服もスナック菓子の袋もそのまま放置。この脱ぎ散らかしたパジャマとかいつ洗濯したものでやがりますか?」
「き、昨日洗濯した……って、どっ、どどど、どちらさま、です……か………も、もしかして、どろぼうさん?」
「最後の方、ぜんっぜん聞こえないんですが……まあ、無理もないでやがりますよね」
よいしょ、と
そして、暗闇の中で半パニック状態の甜花が目にしたものは───
「あっし、お前様の未来の
「…………ふ、ふえええええええ!?!?!?」
───甜花と同じ顔をした、少女の笑顔であった。
◆◆◆
天井の照明を付け、気を取り直して互いに向き合う。
明るくなった部屋で、少女の全貌が顕になる。赤みがかった茶色の長髪に、黄色の瞳。前髪の分け形やツリ目を見ると、甜花は自身よりも甘奈の方に似ているような気がした。
「あっし、吾輩、あちき……うーん、やっぱり慣れない一人称を使うもんじゃないでやがりますね。本人が喋っていて違和感ありまくりってどうなん……って、こら。いい加減現実に戻ってきんさい」
「ひゃ、ひゃい!?」
びくり、と何度目かわからなくなるほど驚いている甜花。
初めてのオーディションを終えて帰ってみれば、自分と瓜ふたつの顔が乱暴な口調でお出迎えしている。
…………状況が現実離れしすぎていて、甜花の精神は限界点を突破していた。
「だ、だって……甜花、よくわかんない……」
「はぁ……じゃあ、今、拙者が言ったことを反復するてやがります。足りないところは補足してやりますから」
「えっ…………でも…………?」
「い、い、か、ら!!!」
「ひんっ………」
半ば強制的に促される形で、甜花はぐるぐると情報が渦巻く頭を働かせる。
「え、えっと…………あなたは、甜花たちの、数十年先に生まれる子で……?」
「はいはい」
「み、未来じゃ、て、甜花が……めいわく、しちゃってて……それを防ぐために、この時代に、きた………?」
「なんだ。ちゃんと飲み込めてやがりますね」
「…………ぁぅ、やっぱ、わかんない………」
荒唐無稽な話だ。
まるでファンタジーやメルヘンの世界に迷い込んだ気分の甜花であった。
仮に本当の話であったとしても、未来の話は今を生きる甜花にとっては身に覚えがないことだ。親族とはいえ、いきなり『お前のせいだ』なんて言われる筋合いはないと思う。
「て、甜花………何、しちゃった、の?」
「まあ、下手したら未来の変えなくていい部分まで変わる恐れがあるから、具体的なことは言えないんでやがります。えっと、この時代に例えると…………ガチャ? ってやつ、アレを親に黙って限度レベルまで回しちゃって、何十万の貯金を溶かしたレベル?」
「……………み、みみみ未来の甜花、なんて酷いことっ………」
「お。おう。思ったより深刻に受け取りやがりましたね……」
今でもやりかねない悪事のように捉えてしまった甜花はガタガタと身を震わせる。少女は半ば冗談のつもりで言ったつもりだったのに、予想以上に重く受け取られてしまったことに面食らっていた。
「まあ、そんな世界レベルの過失なんてしてないし、未来のお前様も生きているから安心しんさい。あくまで家庭内と、一部の周りの人たちにご迷惑をかけて、プチ
「家庭、崩壊…………!?」
目の前の少女は、フォローのつもりで言ったのだろう。
──────けれど、甜花にとっては最も聞きたくなかった驚天動地の言葉だった。
「ひぐっ…………うう…………」
「へ?」
「て、てんか…………やっぱり………駄目な子なんだ…………」
「ちょ、ちょ!? そこまで泣くもんですか!?」
今まで強気だった少女が初めて心配そうな顔を浮かべたが、甜花の目には入らない。
そもそも、未来から来た、なんて事自体が眉唾ものだ。この先、家庭崩壊なんてことが起こることを裏付ける証拠なんて何もない。
「だ、だって……てんかのせいで…………パパやママ……それに、なーちゃんが、はなればなれに、なっちゃうなんて………やだ…………やだよう…………」
「──────」
しかし、そんな『もしも』でも、自分が不甲斐ないせいで起こる、なんて聞かされたら、さっきまでのように他人事のように聞くことはできなくなってしまった。
「……………そっか、だから、───がここに行ってくれって、言ったんだね」
「…………ぐすっ、えっ?」
そんな様子の甜花を見て、少女の声色が柔らかいものに変わる。一部、甜花には聞き取れなかったところはあるが、おそらくはこの口調が少女の本来のものなのだろう。
不安定だった一人称は、きっと甜花や甘奈と同じように名前なのかもしれない。
そんな印象を変える瞬間も束の間、少女の口は元のへの字に戻る。甜花が言える立場ではないが、せっかくの可愛い顔が台無しのように思えた。
「大崎甜花。悪いけど、未来を変えるには、お前様が変わるしかない……けど、某では直接的に動くこともできないのでやがりますよ。正直、この時代にいられるのも後少しかない」
「じゃ、じゃあ…………甜花、どうすればいいの? 何すればいいか、わかんない、よ………?」
この少女はそんな残酷な未来を告げるだけのために来たのか。
そんなつもりはない、とばかりに、少女はニカッと快活に笑った。
「──────ああ、だから
ぱちん、と指を弾く。
突然、押入れの扉がゆっくりと開いた。
「お呼びだろうか」
「ひんっ!?」
甜花が情けない声をあげてしまったのも無理もない。
現れたのは、180cm手前の筋肉質な男性だったからだ。髪型も、両側面を刈り上げた上に明るいメッシュを入れており、鋭い目つきを隔てるように銀色のフレームの眼鏡がきらりと光る。
いかにも甜花とは正反対の世界に生きているような風貌は、甜花の恐怖心を駆り立てる。
「安心しんさい。コレは人間じゃない。アンドロイドでやがります」
「あ、あんどろいど?」
「未来ではこっちの技術が発達していてて、医療や教育関係はほとんどAIやロボット、アンドロイドが担っているのでやがりますよ」
「す、すごい…………!」
背筋を伸ばしながら正座する姿は、メカメカしいところはなく、同じ人間にしか見えない。ただ、確かによく見れば視線や表情は一切動いていないことに気づく。
なるほど、これが未来では一般的なのだろうと、初めてオーバーテクノロジーに感嘆した。
「で、コレは小生の教育係を担当したアンドロイド───SGRD-P283型でやがります!
非常に! ひっじょーーーに! 不本意でやがりますけど、お前様が一人前になるまで、コレを家庭教師として貸してやりますよ!」
「へ……?」
貸す。
つまり、未来を変えるために、この人が甜花の面倒を見ることになるという意味らしい。
「了承。これより
「ちっ、もう時間かっ! じゃあ、あとは任せたでやがりますよ!」
見れば、少女の姿にノイズのようなものが走っている。甜花は口を挟む暇すら与えられず、勝手に話が動いてしまっていた。
「あ、あのっ………待ってくだひゃい!」
「無理だ! 大崎甜花! 未来でマシな顔になって会えることを楽しみにして───」
言葉は途切れ、少女は姿を消す。
テレビの電源を切ったときのように、プツリと居なくなっていた。
「い、いっちゃった…………」
突然の出来事と、情報量の多さに目が回る。
さっきまで座っていた場所には痕跡すら残されていないのを見るに、これが昼寝しているときの夢であったら良いなと思ってしまう。
「完了。西暦───年─月─日、時刻、18時21分より、大崎甜花を本機の
「ひ、ひうぅぅ…………」
訂正。今までの出来事を裏付ける男が残されていた。
置物のように微動だにしないあたり害はないように思えるが、家族にどう説明すればいいか困る甜花であった。
──────え、えっと、まずは挨拶だよね? なんて呼べばいいのか、な?
自信はないし苦手だが、甜花はまずはコミュニケーションを図ろうとすることにした。
「あ、あの…………お名前…………」
「把握済である。大崎甜花。12月25日誕生。現時点での情報としては、年齢は17歳。身長は159cm、体重は──────」
「そ、そうじゃ、なくて! その…………アンドロイドさんの、お名前…………」
「本機はSGRD-P283型。型番以外の特定の呼称はない。
「て、甜花が、決めるの?」
男はゆっくりと頷いた。
予想外の切り返しに、甜花は困惑する。
…………未来人はどう思っているか知らないが、甜花としてはペットのように扱うことなんでできない。しかし、手をこまねいているだけでは何も始まらない。
──────ふと、小さいころに見ていた甘奈とともに観ていたアニメを思い出した。
未来を変えるためにやってきた、猫型のロボットと少年の友情の物語。あのロボットのような愛らしい造形ではないけど、境遇や押し入れから出てきたところを見るに、少しだけ似ているように思えた。
型番は……覚えきれないが、283という番号は、奇しくも今日オーディションを合格したアイドルプロダクションの名前と同じだった。
現実逃避の意図もあったのだろう。
つい、魔が差した甜花はぼそりと呟く。
「つ……ツバえもん……にへへ、なんちゃって…………」
「───承知した。現在時刻より、本機は“ツバえもん”と名乗ることとする。以後、この呼称以外に対する反応はプロテクトする」
「ふぇ!?」
だが、甜花が思っているより、この男の性能は遥かに良かった。通常の人間でも聞き直さないといけないほどの小さな声も、寸分違わず聞き取っていた。
極めつけに、その眼鏡をきらりと光らせながら、甜花の方へ首を向ける。
「迂闊な発言から、揚げ足を取られて追い詰められることもある。情報の更新とさらなる学習を求める、我が主よ」
「は、はいぃ…………」
「よろしい」
アンドロイドからのダメ出しに、しゅん、とする甜花。
真人間へ一歩踏み出した少女、大崎甜花と、
謎の多い家庭教師アンドロイド、ツバえもん。
甜花は、ダメ人間から脱却できるのか。
ツバえもんは、甜花と仲良くなれるのか。
甜花の周りが被る“悲惨な未来”とは一体。
──────こうして、二人の奇妙な関係が始まった。
多分、7話くらいで終わります。