ドールズフロントライン4.3 -IRIS-   作:仲村 リョウ

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第2章プロローグ

こんなくだらない世界を壊すためだけに私は生まれたんだ


エピソード2:不穏行動
プロローグ


夜間任務から2日が明けた。あれからというもの鉄血との小競り合いは無く、特に平穏と言っていいほどの時間が流れた。各部隊には哨戒任務を与えてはいるがこの地区の鉄血勢力は減少傾向にあり、接敵してもリッパーやヴェスピドといった量産型しかいないため、特に損害が出るほどの戦闘にはなっていない。と言っても、油断できないのはこの世界にとって最も忘れてはいけないルールだ。

だが、この壁に囲まれた世界はそんな油断とは疎遠の存在だろう。

正規軍統制地区。もはや一つの国家都市と言っていいほどの大きさをほこり、五角形型の大きな壁に囲まれた要塞都市だ。ここでは世界大戦が始まる前のまだ平和だった頃の時代の光景が見れるため、ここに来るたび戦争をしていることが嘘みたいだと錯覚してしまう。家族や恋人達が和気藹々とショッピングや食事を楽しんでいる………壁の向こうでは戦争が行われているとは知らないと言わんばかりに。勿論、彼らは知らないわけではない。ただ、この壁の中にいれば自分達には火種が飛んでこないと思っているのだ。いや、飛んでくるはずがないと………

 

そんな中。俺はとあるカフェである人物と待ち合わせをしている。

それは朝の出来事だ。いつも通りに起床するとパソコンから一通のメールが届いていることに気づく。内容を確認すると差<1003>という文字だけ。

だが、俺は差出人も場所も分かっていた。このようなメールを送るということは何か重要なことを伝えたいという表れである。勿論、必要最低限以外このように連絡をするなと言ったのは俺だ。

カリンには報告を済ませ、あまり着ない私服を着て基地内を歩いては人形達に見つかり………

 

「指揮官だけお休みずるーい!!」

 

などと騒がれる。遊びに行くわけではないというのに………まあ、私服を着て歩くところを見られるとそう思われても仕方がない。

 

一応、護衛としてグリズリーとNZ75を連れて統制地区に連れて今に至る。

 

片手にコーヒーカップを持ち窓の外に映る景色を眺めながら一口と啜る。少しだけ強い酸味だが程よい苦味………何の豆で焙煎しているのかわからないが、基地に支給されるインスタントコーヒーより美味しい。

 

「お待たせしました」

 

すると、隣から女性の声が聞こえてくる。窓から目を離し、反対の方へと首を向けると、そこには一人の女性が立っていた。青色に統一された軍服を着用し、綺麗な金色の髪を後ろで束ねており、かぶっている青色のベレー帽がどことなく似合っている。

 

「…………」

 

女性はしばらくの間、澄んだ青色の目でこちらを見つめていた。

 

「………どうした?」

「………いえ。本当に"ストレンジャー"なのかを確認してました」

「もうその名前は使ってないぞフロリエン中佐」

「失礼しました"アヴェンジャー"」

 

女性はただ無表情でそう言うと対面の席へと着席する。

 

「それで………俺をここに呼んだってことは重要な話なんだろうな?」

「重要な話かどうかは貴方が決めることですが、グリフィンにとってはあまり無視できない話なのは確かです」

 

そう淡々とそう話す彼女は注文を聞いてくきたウェイトレスにコーヒーを注文する。

 

ミーシャ・フロリエン。国家保安局憲兵隊の担当指揮官だ。彼女とは長くはない付き合いなのだが、仕事に対する考え方や共通点も似ていることからカリンに続いて信頼できる人間の一人でもある。こちらの知り得ていない情報を共有する時しか会わないため、朝のメールのように暗号じみた内容を送り、こうして会うことが俺達のやり方だ。

 

「……護衛はつけてないのですか?」

「いや、いるぞ」

 

俺はもう一度窓の方に目を配り、顎で指した。窓の外にはテラス席が置いてあり、そこに一人コーヒーカップを片手に持ちながらこちらの様子を伺うジャケット姿の女性が一人こちらへ手をヒラヒラさせている。

 

「彼女は?」

「グリズリー。頼もしき俺の相棒だ」

 

パイロットサングラスをかけて睨みを効かせる彼女の姿はいつの時代かの元帥を思わせる雰囲気だ。通行していく人もその見た目から只ならぬ存在を感じとっているのか距離を置く者も見られる。

ちなみにだが、NZ75は店内にて俺達から丁度死角になるような場所にいる。

 

「そういうお前の方は?」

「ケイドが車で待機してます」

「そうか」

「………すっかり指揮官らしくなりましたねアヴェンジャー。まさか、貴方が指揮する立場に来るとは思いませんでした」

「言わせてもらうなら俺も同じだ。まさか、お前が部隊を指揮する立場に来るなんてな」

「………お互い様ってことですか」

 

しばしの沈黙。ウェイトレスがミーシャの注文したコーヒーを持ってくると、気まずい空気に気を使ったのか品だけを置いてそそくさとカウンターの方へと戻っていく。俺は私服とは言え、ミーシャは憲兵隊の制服を着ているのだ。しかも、階級は佐官ときた。そんなお偉いさんの制服を見せれられた相手の立場を考えれば早くこの場から立ち去りたいのも頷ける。

 

「それで?皮肉を言いにきてわけじゃないんだろ?」

「ええ………これを」

 

ミーシャは鞄の中から一つの封筒を取り出し、テーブルへとおいてこちらへ差し出す。

俺はそれを受け取ると、封筒を開けて中に入ってある何十枚か重ねられた紙を取り出した。どうやら、なにかの資料のようだ。

 

「"大陸間コーラップス搭載散乱型弾道ミサイル"………おい。これ………」

「あまり声に出さないでください」

 

いや………こんなものを見せられて声に出して驚かない奴はいないだろう。

 

「お前。この情報がどれだけ危ないものなのか分かってんのか?」

「承知してます」

「承知してんなら尚更このような場所で話すようなことじゃないだろうが」

「だから、特等席を用意したんですよアヴェンジャー」

 

彼女の言う通り………この席は一般人が入るには厳しい場所となっている。個室席、いや…………VIP席と言っていいのだろうか。メニューは一般よりも高めで、その分ワンランク上の品を楽しめるものとなっている。つまり………会合するにはピッタリの場所といことだ。

ため息を吐きながら眉間にシワを寄せ、もう一度資料に目を配った。今度は一文字一文字漏らさず1ページの内容を頭の中にインプットさせる。間違いなくこれは凍結されたアーティファクトだ。

 

「なんで今更こんな情報を」

「最近、正規軍内が慌ただしくなってきているのはご存知ですか?」

「慌ただしいのは昔からだろ。それが、さらに慌ただしくなったということは何かあったんだな」

「ええ。切羽詰まっている………そんな感じです」

「………なんで、このクソ兵器が今更出てくるんだ?まさか、こいつと関係してると言うんじゃないだろうな?」

「断定はできませんが………私でも情報を掴めたということは何かしら関係はあるのかもしれないですね」

「お前………正規軍に内通者を送り込んでるのか?」

「…………」

「おい」

 

彼女は表情を変えることなくコーヒーカップを手に持ち一口と飲む。

 

「正規軍を信用していないのは貴方だけではありませんから」

「だからってこんな情報を持ってると知られたらどうなるか分かってんのか?」

「その点でしたら心配なく。この資料はこの後処分する予定ですので」

「………そうしろ」

 

クソ………せっかく美味しかったコーヒーがちっとも美味しくなくなっている。

普段とはらしくない俺の動揺は味覚までも変化を与えるのか。

 

コーラップスーーまたの名を崩壊と呼ばれる用語は俺にとってはタブーな存在だ。なにせ、この言葉はこの世界を荒廃させてしまった元凶の一つなのだから。以前説明したことがあるため崩壊液についてはとりあえず割愛させてもらう。

 

このコーラップスを利用した技術は最初にロシア帝国が発見し、1905年の20世紀初頭辺りからずっと研究が続けられていた。冷戦期の米ソが兵器利用を実際に行なっており、放射線の影響や深刻な放射線障害と言った残酷な結果を目の当たりにしては崩壊液・崩壊技術の兵器利用は国際条約で禁止されたのだ。もちろん製造等も禁止されている。今でもその国際条約は有効となってはいるが、コーラップス技術が使われた兵器は未だに健在している。各大国が持っているかは不明だが、このような資料が残ってるということは確かに存在しているのだろう。

 

「第1次北蘭島事件以降から世界は変わりました。人が住める土地が大幅に狭まり、安全な土地を巡って第三次世界大戦が始まってしまった………人類がコーラップス技術さえ見つけなければこんな世界にはなっていなかったでしょう」

 

ミーシャの言う通り、人類がコーラップスなど見つけなければこんな腐りきった世界にはなっていなかっただろう。だが、コーラップスという存在がある限り遅かれ早かれ世界がたどる道は決まっている。

 

「それで?俺達(グリフィン)にどうしてほしいんだ?まさか、あるかも分からないこんな物騒なもん見つけて来いって言うんじゃないだろうな?」

「そのまさかですアヴェンジャー」

「………っち。マジかよ………」

 

無表情のままそう言い切ったミーシャはコーヒーを飲み干す。

 

我々(憲兵隊)では外での活動はできません。とは言っても正規軍も動かすわけにはいかず、グリフィン以外のPMCも信用できません」

「そうは言っても公には動けないぞ」

「分かっています。ですので、ブラックオペレーションとして依頼します」

ブラックオペレーション(存在しない任務)か………」

「無理を言っているのは分かってます………だけど、あの兵器を正規軍にも鉄血工造にも手に入れさせるわけにはいきません」

 

今日初めて彼女は表情を変えた。少しうつむきながらも………また北蘭島事件のような悲劇が来るのではないのかと不安が積もっているのだろう。

確かに………俺達グリフィンや今残されている人類にとっても無視できない問題だ。正規軍、鉄血工造の両者どちらかが手にしても攻撃目的で利用するのは違いない。なにより、鉄血工造に関してはこの前に巡航ミサイルを飛ばしているからな。

 

「………さっきも言ったが俺達も鉄血との戦いで無駄には動けん。仮にお前の依頼を引き受けても探し出せる保証もないーーそれでもお前は境界線(ボーダーライン)を超える覚悟があるのか?」

「それは貴方も同じはずです……」

「……違いない」

 

どんな屁理屈を言おうと折れないのは昔から変わらない頑固な奴だ。俺は軽く溜息を吐いて残りのコーヒを飲み干すと。

 

「いいだろう。任務を引き受けてやる」

「……ありがとうございます、アヴェンジャー」

 

コーラップスを憎んでいる点では彼女と俺の利害は一致している。

 

おかげで嫌な記憶がフラッシュバックを起こすのだがーー

 

そして、俺は統制地区で運用されている金を二人分の代金まとめてテーブルの上へと起き、出口の方へと歩こうとして立ち上がるが。

 

「………アヴェンジャー。いつになったら貴方は真実を話してくれるのでしょうか?」

「………」

 

俺は背を向けたまま立つことしかできなかった。いや、そうするしかなかった。振り向かずともミーシャの表情、感情、呼吸までもが分かる。それくらい俺は彼女の言葉に対して過剰に反応してしまったのだ。

 

「真実もなにもーーあれからなにも変わらない……」

「私はもう子供ではありません………あの時は感情に押し殺され貴方を憎み恨んで責め立てました。だけど、今になって考えれるようになったんです……貴方は私には言えない何かーー真実を隠しているのではないかと………」

「………」

 

真実………その言葉に俺は嫌気をさす。

 

真実は残酷で。

 

真実は知らない方がよく。

 

真実も嘘まみれなことも。

 

俺は知っているのだ。真実というものはいつまでも心の奥底に住み着き癌のように徐々に蝕んでいくことを。

 

「俺から話せることは何もない。用が終わったんなら俺は行くぞ」

「アヴェンジャー!」

 

俺はそれだけを言い残しカフェから出て行く。

 

………すまないミーシャ。あれだけはお前にどれだけ嫌われようが言うつもりはない。

 

 

「………私は諦めませんアヴェンジャー。何故、貴方は姉を殺したのか………貴方の口から真実を話してくれるまで諦めません………」

 




用語集

≪ 正規軍統制地区≫
正規軍が統括する地区。周りには30メートルほどの壁で覆われており、厚さも15メートルとある。内部には国のように政治や治安といった行政もあるため、小さな国家として機能している。しかし、統制地区に住むのは厳しい条件があるため街の半分以上は富裕層が住んでいると思われている。

≪国家保安局憲兵隊≫
本作オリジナルの組織。正規軍統制地区の治安・パトロール等を行なっており、地区内で起きたデモによる暴動などを鎮圧するのも彼らの仕事である。その為、彼らが外に出て戦闘に行くことはないが、万が一の場合統制地区が攻撃にあった場合は正規軍と共に迎撃に当たる事が決められている。余談だがミーシャは佐官であり憲兵部隊を指揮する立場にいるためかなり上の地位にいると思われる。

≪コーラップス・逆コーラップス技術≫
別名"崩壊・崩壊技術"。物体を瞬時に消し去ったり、消し去った物体を再構成できる技術。しかし、使用するにあたって崩壊液と人類には早すぎる水準極めて高度な設備が必要とされる。本作オリジナルの兵器である"大陸間コーラップス搭載散乱型弾道ミサイル"もその一環で作られたものであるが、国際法上違反しているため使われることはなかった。

≪コーラップス液/崩壊液≫
崩壊・逆崩壊技術で必要な物質。実際には放射線なので崩壊粒子と表記されるのが正しい。冷戦期に兵器として米ソが実際に使用しており、深刻な放射線障害を引き起こすため崩壊液を使った兵器を使用するのは国際条約で禁止される。
実際に被爆した生物に対して深刻な放射線障害を引き起こしたり、電波障害を発生させたりし、放置した場合の無害化にかかる時間はかなりの時間を要する。人形も崩壊液の汚染で行動不能に陥ることもあるが人間よりは長時間耐えることができることが確認されている。

≪第一次北蘭島事件≫
上海の近くにあるベイラン島にあった遺跡から大量の崩壊液が漏出した事件。ジェット気流によって地球全体へと拡散された粒子は汚染を広げ、人類の居住可能範囲を大幅に狭めてしまう。第三次世界大戦が起きた原因。
事の発端は度胸試しで数人の学生が忍び込んだことが判明されており、救助に向かった警察の特殊部隊の隊員は全員死亡が確認されている。現在では一般市民による公式的な情報は制限されている。
 

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