ドールズフロントライン4.3 -IRIS- 作:仲村 リョウ
「ねぇ指揮官」
「なんだ?」
「あの女性は誰なの?」
「………」
正規軍統制地区から出てしばらく。ハンヴィーを操縦するグリズリーから唐突な質問をされる。
「もしかして、昔付き合ってた人とか?」
そして、後部座席にはNZ75が前座席に腕を持たれながら追い撃ちをかける。
「違う。あいつは俺が正規軍にいた時に世話になった奴の妹だ」
「へぇ~……噂には聞いてたけど。指揮官って本当に正規軍にいたんだね」
「なんだ?俺が正規軍にいたらおかしいのか?」
「ええ。おかしいよ」
真顔で即答するグリズリー。俺は思わず鼻で笑ってしまう。
「指揮官って正規軍のことになるとすぐに愚痴るじゃない」
「そうだね。そんな正規軍を嫌っている人が元々正規軍にいたなんてこれ以上の皮肉ってあると思う?」
「返す言葉もねーな」
息を深く吐いて背もたれに体重をかけた。狭いルーフを見上げるとコンソールに一枚の写真が挟まっていることに気づく。手に取ってみると写真にはグリズリーの周りに笑顔で群がる子供達の姿が映されていた。
「これはノースシティの奴らか………」
「ええ。指揮官も久し振りに行ってみたら?かなり歓迎されるよ?」
「いい。子供は苦手なんだ」
そう言いながら写真をコンソールへと戻す。やれやれと言わんばかりにグリズリーは苦笑しており、NZ75もこちらへ「へぇ~」と言いながらニヤニヤしてるところをバックミラーから確認できた。なにを思っているかは分からないが、期待外れだと思うぞNZ75。
写真に写っている子供達は正規軍統制地区から少し離れたノースシティと呼ばれる町にある孤児院の子達だ。そこは統制地区のように敵の攻撃から守る外壁がなく、駐屯地のように鉄条網を張り巡らせているだけの場所だ。立場的にも危ない場所であり、いつ戦闘に巻き込まれてもおかしくはない。実際にこのような場所はいくつもあり、鉄血以外にも反人形人権連盟や人類人権団体による攻撃及びテロに巻き込まれている。このノースシティはグリフィンが統括しているエリアとあり、人形の部隊を送っては警備をさせるのも仕事の一環だ。たまにだが俺も仕事としてノースシティへ行くこともあるが治安的にはそう悪くはない。まあ、グリフィンに所属している奴らは大半が人柄も良く、腐った感情を持った者が少ないと言うのが一番大きいだろう。お陰で地域住民はグリフィンに対して好意的に接してきてくれており仕事もやりやすい。現にグリズリーは孤児院の子供たちの間では面倒見がいいお姉さんとして見られているわけだがーー
「……よし。今から行きましょうか」
「おい、待てこら。なんでそうなる」
「つべこべ言わないの指揮官。一応非番ってことになってるんでしょ?たまには顔だしてあげなって」
「俺が顔を出したらどうなるか知ってんだろうが。俺は……」
「はいはい」
「おい!」
グリズリーは俺の方を振り向くことなく道をノースシティの方へと変更する。こうなってしまっては彼女になにを言っても無駄だろうと判断し、ため息を吐きながら腕を組んでルーフを見上げるのだった。
「あっ!!しきかんだ!!」
「しきかんがきたー!!」
「だっこしてしきかーん!!」
「チョコちょうだい!!」
「引っ付くなお前ら!くそっ。服を引っ張んじゃねぇ!」
ノースシティの南東側に位置する孤児院の広場にハンヴィーを止め、外へ出るなり遊んでいた子供達に取り囲まれてしまう。服を引っ張られるは身体はよじ登られるはなんともカオスな状況か。
「ねっ?指揮官楽しそうでしょ?」
「あれのどこが楽しそうに見えるのかな……」
「楽しそうに見えない?あれでも感情表現は前よりマシよ?」
(前って………当時の指揮官はどんな顔をしていたんだろうね……)
「おいグリズリー!どうにかしろ!」
「はいはいーーみんな。一斉に集まると指揮官も困るからねー」
そう言いながらグリズリーは俺によじ登ってきた女の子を持ち上げてゆっくりと地面に下ろした。
「グリズリーお姉ちゃん!」
「ねえねえグリズリーお姉ちゃん!まとあてしようよ!あれから強くなったんだから!」
「そう?じゃあ、今回は私に勝てるかな~?」
「俺も今日こそは勝つ!!」
「私も~!」
さすがグリズリーと言うべきか。子供の扱い方が一番うまい。俺は軽くため息を吐くと孤児院の中へと入っていくグリズリー達を目で追いかけた。
「意外だね……彼女があんな顔するなんて。初めて見たよ」
「そうか?あいつーー意外とはっちゃけてるぞ」
普段のグリズリーは落ち着いた口調で話す為基本的にクールな態度が見られる。そのせいか他の奴らから見れば冷たい奴だと思われることも不思議ではないだろう。しかし、彼女は決して冷たいわけではなく、気分転換にドライブに行こうと誘われたり今のように孤児院の子供達に会っては笑顔をよく見せる。
「はっちゃけてる、ねぇ……これをみんなが見たらどう思うだろう」
「どう思うも、さっきのお前みたいに意外だと言っては瞳孔を開くだけだろうな」
「かもね」とそう言いながら微笑むNZ75を見て俺は軽く息を吐いて空を見上げる。雲が軽く間を作りながら流れるも青空が目立つ。肌に当たる日差しが少し暑いくらいだ。
「アヴェンジャーさん。お久しぶりです」
「ん?ああーーフェリスか」
視界を正面にやるとそこには長い茶髪を後ろに纏めた女性の姿があった。彼女はこの孤児院の院長だ。俺がグリフィンに就任してから間も無くしてこの街に来た時からの知り合いだ。
「子供達がグリズリーさんと一緒に楽しそうにしてましてからもしかしたらと思ったんです。今日はお忍びで来たのですか?」
「いや。統制地区に用があってな。グリズリーに無理やり来させられたんだ」
「そうだったんですか」
少しだけ同情してくれているのかフェリスは微笑みながらこちらを見つめる。
「ああ。お前は初めて会うんだったな。フェリス。こいつはNZ75だ。今日は護衛のために付いてきてもらった」
「そうなんですか。はじめましてNZ75さん。私はこの孤児院の院長を務めています。フェリス・コールソンと申します。以後お見知り置きを」
「私はNZ75だ。少し前だけどグリフィンに配属になった人形だ。よろしくフェリス」
お互い自己紹介をすると握手を交わし合う。
「それで、最近どうだ?何か変わったことは起きてないか?」
「はい。最近まで人類人権団体が近くで行動を起こしていたと聞いていましたけど、それ以外はなにも変わったことはありません」
「そうか……」
一応この街にはグリフィンの指令基地と少し離れた所に飛行場がある。自慢するわけではないが、うちの警備力には自信がある。その抑止力もあるおかげか鉄血以外の敵勢力との戦闘はあまり目立たず、何かあればグリフィンの本拠地からすぐ駆けつけられる距離もあるので尚更だろう。
かといってーー決して戦闘が起こらない訳ではない。今、この世界まるごとが戦場なのだ。いつどこでなにが起こるのかは誰もわからない。最新のレーダーを持っていようが、強力な兵器を所持していようがこの世界では必ずどこかで人殺しが行われ、死人が必ず出るーーこの2060年代という世界はそれが当たり前の日常なのだ。
「アヴェンジャーさんも最近どうですか?あまり仕事とか無理はしていませんか?」
「ああ。普通だ」
「どこがかな?この前なんて鉄血に殺されかけたじゃないか」
「まぁ……」
この前というのは弾道ミサイルのことだろうな。殺されかけたのは事実だろうが前線に出る以上、命の天秤というものは常に死へと傾いている。指揮官として自ら戦場に赴くことに他から見れば戦闘狂なのかあるいは頭がおかしいのかと思われるだろう。
「アヴェンジャーさん。お仕事なのは分かりますが……命だけは大事にしてください。あなたが死んでしまったら悲しむ人がいますから……」
「……善処する」
フェリスも俺の仕事のことを理解しているためあまり深くは言ってこない。だが表情から見るに心配はかなりしている様子だ。
「指揮官が善処ねぇ……本当にできるのかな?」
「善処もなにも………ーーっ」
言葉に詰まる。また屁理屈を言うところだったのだ。NZ75も俺が何か言おうとしたことに察したのか苦笑している。
戦争に善処や約束なんてものはただの言葉でしかない。例え今日死のうが明日死のうが大して差がないのは理解しているため、俺は出来るだけ言葉選びには慎重に行なっているつもりだ。俺が周りの人間と比べて強かろうが頭と心臓を撃たれれば即死するし、失血死だってありえる。人間は必ず死を迎えるーーこの世界の場合、その瞬間は今起こっても不思議ではない。だが、こんな世界でも人間は死に方を選びたがるものだ。誰でもテロや戦闘に巻き込まれて死ぬなんてことは望んではいない。しかし、俺と同じように殺しを専門とした仕事をしている者はまた違うだろう。死と隣り合わせなのは全員理解しており、いつでも死ぬ覚悟はできている筈だ。全員そうでなくても俺はその瞬間を迎える準備は出来ている。
誰がなんと言おうと死というのは生物平等なのだから……
「ーーっ!?指揮官!何か聞こえなかったか!?」
「何が………」
NZ75の言葉を返そうとした瞬間だ。ここから少し離れた場所で爆音が鳴り響き、衝撃が伝わってくる。後ろを振り向くと黒い煙が揺れながら上空へと舞い上がっている。音の衝撃といいNZ75が聞こえたという音を考えれば恐らく迫撃砲の類だろう。
「くそっ、襲撃だ!フェリス走れ!」
俺はフェリスの背中を押しながら孤児院の方へと走る。その間にも迫撃砲は街の至る所に降り注ぎ屋根を突き破りながら黒煙を上げる。人々の悲鳴と同時に襲撃を知らせるサイレンが鳴り響く。
「くそっ!」
乗ってきたハンヴィーにも迫撃砲の弾が命中し爆破音と共に衝撃波が伝わってくる。俺は咄嗟にフェリスを庇うようにハンヴィーがあった方へと背中を向けて屈んだ。幸い破片などは飛んでくるが致命傷となる物は逸れてくれている。再び立ち上がりフェリスを孤児院の正面玄関まで連れて急いで院内へといれた。
「指揮官!何があったの!?」
「何者かは知らんが街を襲撃してきている」
孤児院のそばまでやってくると正面玄関からグリズリーが焦った表情で出てくる。建物の中からは子供達の鳴き声が聞こえてくるのを聞くと恐らくパニックになっているのだろう。
「グリズリー。お前は彼女と子供らを連れてシェルターに避難させろ」
「指揮官は?」
「俺は基地に向かって状況を確認する」
俺はそう言うと無線機をグリズリーへと放り投げる。
「分かった。無茶しないでよ」
「お前もな、こいつらを頼むぞ。NZ75、お前はついてこい」
「了解」
ホルスターからセンチネルストライクを取り出し基地へ向けて走り出す。
「メディックこっちだ!」
「ぐぅううう………いてぇよ………」
「止血帯を締めろ!」
「こっちにも負傷者がいるぞ!!」
「はぁ……はぁ……な、なんだよこれ………俺の足はどこにいったんだよ………」
「誰か……誰か息子を見ませんでしたか!?」
基地へ続く道を走っていると迫撃砲の被害を受けた場所では状況が混沌と化していた。半壊した建物に路上には血肉が広がっている。その場にいたグリフィンの兵たちは負傷した者や瓦礫に挟まった民間人の救助などを行なっており指揮官である俺が目の前を通っても気づかないほど混乱している様子だ。
思っている以上に被害は大きいものだ。間近で被弾した者は胴体がバラバラになっており思わず目を逸らしてしまいそうな光景が襲う。中のディテールが飛び出て横たわっている者はもう息をしている様子はない。辛うじて生きている者には兵士が必死に呼びかけながら治療を行なっている。
「指揮官!」
基地のそばまでやってくるとグリフィンの兵が一人で迎えた。
「状況はどうなってる」
「はい!恐らく鉄血が攻撃を仕掛たのと報告が入っています!ここから北の方は奴らが陣取っていると………」
「最高だな……どうやって監視網を抜けてきたんだ?」
俺は本部から応援を要請するため司令室へと歩きながら兵士から分かっている限りの状況を確認する。基地はかなり慌ただしくなっており、外へ戦闘の対応をする者はライフルを手に持って廊下を走りながら通り過ぎていく。
「これも先程入った情報なんですが……他のPMCが鉄血との戦闘で撤退するほどの被害を受け、追撃してきたものと聞いております」
「ちっ……それが本当ならとんだとばっちりだな」
「撤退する際にこちらを餌にされたんですかね」
だとしたらこの状況を打破したのちにそのPMCとやらに制裁を加えないといけないらしい。
司令室へたどり着くとグリフィンの社員達が慌ただしく動いている。真ん中に設置されているコンソールを起動させると本部へと通信を行う。
「こちらアヴェンジャー誰か応答せよ」
『こちらグリフィン
どうやら通信はカリンが出てくれたようだ。
「今はとやかく説明している暇はない。ノースシティにて鉄血工造の襲撃を受けている。至急増援を送ってくれ」
『り、了解ですわ!えっと指揮官様。この状況で申し訳ないのですけど、戦術指揮官候補者の方がいらっしているのですが……』
「戦術指揮官候補者だと?」
聞き慣れない言葉だ。ヘリアンめ……また面倒ごとを押し付ける気じゃないだろうな……
『代わられますか?』
「………ああ」
だが、この状況だと候補者だろうが指揮官としての才能を抜擢されて送られてきたのは間違いない。人形の部隊が足りていないこの状況だと向こうで指揮を取ってくれた方がこちらとしても動きやすい。
そう判断した俺はカリンの質問に肯定で返す。
『た、ただいま代わりました。戦術指揮官候補者のレンカ・ミア・プロブストです!』
緊張しているのか若干テンパっているようだ。声を聞く限りだと女性で、恐らくカリンと同い年くらいだろう。推測だが……
「長ったらしい紹介は後回しだ
『はい!』
「だったら今からお前が指揮をとれ」
『え、えっと……それって実戦ということでしょうか?』
「ああ。俺はこれから現場での対応で十分な指揮を取れない。よって今から指揮権を一時的にお前に委任する」
『し、しかし私は……』
「何度も言わせるな。いずれお前が指揮をとらないといけないんだろうが。今日やろうが明日やろうが変わりはない。お前がこれから踏み込もうとしている世界は生半可なものじゃ務まらないぞ」
『………』
「俺みたいに戦場には来なくていい。ただ、お前は指揮官として最善の選択をしろ。部隊を編成し、導き、戦え。いいな?」
『分かり……ました!』
「それでいい。作戦と部隊編成もそちらに任せるぞ指揮官。ああ、それと、戦場ジャーナリストがまだ滞在しているはずだ」
『えっと……戦場ジャーナリストがですか?』
「ああ。詳しいことはカリンに聞いてくれればいいが、一つ伝言を伝えてくれーー"度胸があるなら戦場に立ってみろ"とな」
『りょ、了解です』
俺はそう言い終えると通信を終了させる。
「やれやれ。早速新人イビリやってるの?」
「勉強だと言ってほしいな」
結局は向こうの捉え方次第だろうがーーまあいい。今はこの街を防衛しないといけない。ここの戦力は警備として派遣している戦術人形MDR率いる部隊とグリフィンに所属する社員曰く兵士の部隊。戦力的には撃退できるだろうが今は混乱しているため態勢を整えるのにしばらく時間がかかるだろう。
状況的には最悪だーー
だが、増援が到着するまで守りきらないと戦線が大きく変化してしまう。そうなればこれからの戦いは厳しくなるだろう。よって、このノースシティをどうしても守りきらなければならい。
さてーー腕の見せ所だぞルーキー……
用語集
≪ノースシティ≫
S09地区に位置する街。規模的には大きくはないが市民が住めるなどの広さはある。グリフィン&クルーガー社の基地本部からは近い位置にあり、またグリフィンが統括している地区にあることから防衛および警備も担当している。グリフィンには好意的に接してくれており、戦術人形や社員との関係は良好である。街の周辺には鉄条網が張り巡らされており、防衛力としては不安がある。その為、反人権組織や鉄血からの襲撃は少なからずある模様。武器があっても予算がないのは今後最大の悩みだろう。
≪反人形人権連盟≫
人形を戦争に参加させていることを反対している組織。しかしそれは表向きのスローガンであり裏では人形を拉致しては分解しては不正に闇市に流出させたり、虐待や性的暴行を加えているという。主に戦術人形を取り入れているグリフィンは目をつけられており鉄血工造の次に戦闘が多いとされている。それ以外にも人間も拉致等を及んでおり、各地域の廃棄された場所を占領したり正規軍の武器や兵器も鹵獲したりとテロ紛いな過激的な行動をしているため、そういった問題から正規軍や各PMCからは共通の敵てして認識しており連携して根絶を行っている。結成当初は正規軍統制地区でデモや演説を行っていたのだが、いつから彼らはこんなにも変わってしまったのだろうか?
≪ハンヴィー≫
機動多用途装輪車両。アメリカで生まれた軍用車両でミリタリーファンの方ならすぐ思い浮かばれるだろう。
≪V45 センチネルストライク≫
本作オリジナルのハンドガン。V45は2060年頃から生産された拳銃で主に正規軍へ配備されている。9×19mmパラベラムを使用するのは変わらないが、長時間水や泥につけても作動し弾づまりも起こらないことから評価は高い。中でもアヴェンジャーが持つセンチネルストライクは対E.L.I.D用に改造されていることから腐食性にも耐性が付いており、また優いつ徹甲弾を装填することができる。