雲雀は月夜を咬み殺さない   作:さとモン

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13.痛みの跡

ズキン、と痛むのは体じゃない。

 

ヘルシーランドの建物を出て、獄寺の言う"黒い男"を探す。

名前を出さず、特徴を言うということは、俺の知らないような人間であるはずだ。

……体は相変わらずふらついている。

辺りを見回すが、それらしき人はなかなか見つけられない。

こんな状況下だ。簡単に見つからず、安全な場所に避難させたんだろう。

 

「大福を連れてこれば良かったか……?」

 

ウサギは人間より嗅覚と聴覚が鋭い。アイツなら、人間自体を見つけるのにそう苦労はしない。危険だからといって無理矢理家に置いてくるんじゃなかったか。でも、アイツは俺の監視という役目もあるしなぁ……。

 

「っん……?」

「声?」

 

ほんの微かだが、誰かの呻き声が聞こえた。

注意深く聞き耳をたてると、近くにいることがわかる。

もう一度辺りを見回すと、先程はわからなかったが、木の影に人の足先が見えた。

警戒しながら覗くと、そこには山本と、見覚えのない黒い男が寝かされていた。

……これが例の黒い男か。

男の息は、毒に侵されているというには随分と穏やかだった。

呻き声を上げたのは山本だったようだ。

 

「えーと、大丈夫ですか」

 

黒い男に声を掛けてみるが、反応がない。

どうするんだこれ。解毒剤を持ってきたはいいが、飲ませ方がわからない。

意識のない人間に飲ませていいものなのか。

せめて注射器とかがあれば血管に差し込んでなんとかなりそうなものだが、そんなものはここにはない。

 

「幻覚で用意できたらなぁ……」

 

残念なことに、幻覚は幻覚。現実世界に物質として現れているのではなく、平たくいうなら脳の錯覚に過ぎない。

トリックアートのように、そこにあるように見えて実際はそこにはないのだから、幻覚で用意なんてことは不可能だ。

 

「………」

 

仕方がない。無理矢理飲ませよう。

 

 

そうして、小瓶の半分の量を飲ませた後、何故か車の音が複数聞こえてきた。

こんなところにいきなり車が通るなんて、なにかあった……いや、何かはあるのだが、それは大多数には知られていないはずで。

複数の足音が近づく。それと、妙なカラカラという何かが回る音。

 

「……誰だ」

 

殺気を滲ませながら問うと、いかにも医療従事者ですといったような風貌の人間が、移動式ベッドを引っ張ってやって来た。

 

「ボンゴレの医療班です。あなたは……?」

「……ボンゴレ?」

 

パスタ?

……いや、待て。そんなわけあるか。

ボンゴレというのは、組織の名前だ。おそらくは裏社会の組織の名前。あの赤ん坊か誰かが呼んだのだろう。

裏社会というだけで正直気分はよろしくないが、これはチャンスだ。

医療班ということは、注射器くらい持っている筈だ。

 

「あの、空の注射器を持っていませんか? この人、毒にやられて。えーと、解毒剤はあるんです」

「……ありますよ」

 

素人がやるよりその道の人間がやる方が確実だろうと、解毒剤を渡し、投与される瞬間を見届ける。

そこから、あっという間だった。

空間にいきなり夜が訪れたように、暗い裂け目が出来て、そこからシルクハットを被った、ミイラと西洋の映画に出てくるような幽霊が混ざったような風貌の男たちが現れた。

果たして、それが何なのかはわからない。

ただ、周りの人間たちは、その亡霊のような彼等を『復讐者(ヴィンディチェ)』と呼んだ。

復讐者は外套の裾から鎖に繋がれた首輪で、黒い男を捕まえた。

 

「なっ、なんで……!?」

「オキテハゼッタイダ」

 

地獄の裁定者の如く、彼等は告げた。

そして暗い裂け目中へ、男を引き摺りながらと戻っていった。

……どうすることも、出来なかった。

呆然とした俺をよそに、医療班は建物の中へ入っていった。

 

しばらくして、沢田と赤ん坊が帰ってきた。

 

「桂木さん!?」

「……あぁ、お疲れ様」

 

何故俺がここにいるのかと驚いている沢田と、一つも驚いた顔を見せない赤ん坊。

沢田はいつになくボロボロで、けれど無事で。六道は負けたのか、としみじみと思った。

俺も雲雀も勝てやしなかったのに、ランキングにもきっと載っていなかったであろう沢田が勝った。

おかしな気分だ。

それは普通に考えればおかしいことなのに、何故かしっくりくる。心どこかで、沢田なら出来るかもしれないという思いがあったんだろうか。

 

「………」

 

雲雀や獄寺、山本に見たことのない女性、それから小さな少年が運ばれていく。

生きているのはわかるが、胸にナイフが突き刺さったように痛かった。単純に、過去のトラウマが現在の俺を責めているのだ。

数年前も、似たような光景を見た。

 

「い″っ!? いでででででで!?」

「!?」

 

沢田がいきなり喚き出した。体を押さえて、苦痛を訴えていた。

いきなり傷が現れたような。いいや、麻酔が切れて痛みが一斉に襲いかかってきたような様子だ。

赤ん坊は、それを筋肉痛だと言った。

筋肉痛とはそういうものだったかと頭を捻ったが、あの沢田が六道を倒すなんてことがあったのだから、それくらいあるのかもしれないと納得することにした。

数秒後、沢田はあまりの痛みに気を失い、赤ん坊はその傍で眠りについた。

 

「……まずい」

 

その様子を見て、思い出す。

すっかり忘れていたが沢田のあれは、数秒後、あるいは数分後の自分の姿だ。

イメージというものは、幻術に重要な要素なわけだが、痛みに悶える自分を想像すると、それが一気に自分に表れる。というより、痛覚を失うというイメージが消え失せ、元の正しい状態に戻る。

──この場合は、忘れていた痛みが一気に襲ってくる。

 

「っあ″ぁ……」

 

あまりの苦しみに喘ぐ。

左腕を中心とした激しい痛み。続いて、負荷を掛け続けた脳が悲鳴をあげ、ズキンズキンと痛み出す。その上、吐き気までやってきた。

辛くて、消えたくて、この意識を保つことが苦痛で堪らなかった。

その不調に頭を抱える。

もはや、痛みというよりただの地獄だった。

 

「大丈夫ですか!?」

 

あまりの様子に駆け寄ってきた医療班の声が、ガラス越しのように聞こえる。

視界が、紫がかった闇に覆われ始める。キンキンと耳鳴りが喧しい。

堪えきれずに、体が傾いた。

──ただ、苦しい。

呼吸の仕方を忘れて、肺に酸素を送り込むことも、声を出すことも儘ならないまま、逃げるように意識を失った。

 

 

 

 

夢を見た。

夢というにはあまりに鮮明だったので、おそらくは記憶の再生だったのだろう。その光景には見覚えがあった。

それを見るのは、別に珍しいことではなかった。

けれど、忘れるのを赦さないかのように、一年に何度か現れるそれには、未だに慣れない。

この時見たのはきっと、今日の出来事があの日のことを思い出させるようなことだったからだろう。

 

薄暗い建物の中に立っていた。

夕暮れに射し込む光は、室内を赤く照らしている。

赤い世界。

目の前の光景を呆然と見つめていた。

 

「あ……」

 

その光景を知っている。

火薬の匂いと、鉄分の匂い。

壁は夕陽と血で、おぞましいほどに赤黒く染まっている。視界が赤い。

膝が笑う。立っていられなくなって、その場にへたりこむ。

視線の先にあったのは、いくつかの人間だったもの。

一つは脳漿を撒き散らし、一つは苦悶の表情のまま自らの首を絞めている。もう一つは拳銃をどこかに向けたまま笑っていて、その先でもう一つも同じようになっている。

そんな様子の死体が、まだいくつかあって。

カラン、と何かが落ちた音がした。

それで漸く、自分がナイフを持っていたのだということに気付いて───絶句した。

べったりと血が付着したその銀色の先には、黒い髪の少年が、腕を、脚を、腹を、胸を、頭を、体の至るところを、まだ新鮮な温かな赤い血に染めていて。

 

───待ってくれ、これは違う(・・・・・)

 

濡れた髪の境目から、切れ長の黒い瞳が俺を睨んだ。

この世の全ての憎悪をぶつけるように、この世の全ての罪を問うように、その目は明らかに俺を責めていた。

 

───違う、こんなものは知らない。

 

「なん、で……!」

 

頭を抱えて、振って、否定する。

これは違う。こんなものは経験していない。これは、俺の知っている記憶じゃない!

 

「でも、誰が有り得なかったと言えるんだい?」

 

少年が言った。

 

「違う! こんな、こんな、俺は………」

 

殺してない。雲雀は生きている。雲雀は生きているんだ。

もうわかっているから。

これは俺の罰なんだろう。

例え、お前がそんなことをしないとわかっていても、俺は自分を責めずにはいられないんだ。

何を取り繕おうが、俺が人を殺した事実は消えやしない。俺が雲雀を巻き込んだ事実は変わらない。

あの時、俺がお前の名前を呼ばなければ、きっとお前は、あんな風にはならなかった。

 

 

 

 

「──おい、大丈夫かっ!?」

「…………あ?」

 

揺さぶられるような衝撃がして、赤い視界が白くなる。

優しい光と、目の前に広がる金色が目に眩しい。

人間がいる。テレビで見る芸能人みたいな顔の、何となく既視感のある男がいる。

 

「誰だ、あんた」

「誰って……いやまぁそうだよな。俺はディーノ。お前、魘されてたんだぜ」

 

ディーノと名乗った男が肩に乗せていた手を離す。

……青い炎が燃えている。

離れた左手の甲に、物凄く見覚えがあった。

 

「亀の人?」

「お、覚えてたのか!? ってことはやっぱりお前、あの時の兎のガキか!」

「……あんた、あの赤ん坊の知り合いだったんですか」

「リボーンのことか? アイツは俺の家庭教師だったんだ」

 

この人、そういえばそっちの人ぽかったな。

待ておかしいだろう。赤ん坊が家庭教師?

一瞬にして冷静になると、周りには黒服の男が何人もいることに気付いた。このディーノという人の部下だろう。

 

「ここは病院だ。気分はどうだ、ボウズ」

「なんであなたたちが俺の病室に?」

 

亀の人の部下が言うには、俺は病院にいるらしい。

だが、これといった接点のない彼等が俺のベッドの前にいるというのはどうにも不自然だ。

 

「ツナ達の見舞いに来たんだが、お前が魘されているのを見てな」

 

病室を見回すと、確かに沢田たちが寝ている。山本に至っては起きて笑っている。

というか、この人マフィアのくせに甘いな。

 

「雲雀は?」

「ヒバリならピンピンしてるらしいぞ」

「リボーン」

 

赤ん坊が現れた。

どうやら雲雀は元気らしい。

それは良かった。良かったんだが、アイツ、下手したら俺よりボロボロじゃなかったか?

やっぱり雲雀は規格外だ。

そして、もう一人、頭に浮かぶ。

逃げるためとはいえ、酷いことを言ってしまった。

 

「……六道は」

「復讐者の牢獄だ。それ相応の罰は受けることになるだろうな」

 

赤ん坊は、いつになく真剣な表情で言った。

確かに六道たちのやったことは許されない。

だが、彼等には彼等の理由があった。

それが例え、歪んだ復讐心だったとしても。

彼等だけに罪があったわけではないだろう。

 

胸に少し棘を残して。

ともかく、事件は終わりを告げた。

 




こどもの日は雲雀さんの誕生日ですね!
おめでとうございます、雲雀さん!
現段階では話の都合上誕生日話を書けないのが悔しいところです。
続いてたら、来年はやりたいですね。

しかしコイツら、本当に過去に何があったんだ……?
(当分先の予定の過去編のプロットを読みながら)

あと一、二話したらヴァリアー編なわけですが、現時点での主人公の交友関係が狭すぎて逆に話が難しい。
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