雲雀は月夜を咬み殺さない   作:さとモン

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15.虎穴を覗く覚悟

時間は、数時間ほど遡る。

 

「……は?」

 

なんだ、ここ。

清涼な空気を感じさせる瑞々しい緑。空は水色で、ふんわりと気ままに雲が浮いている。ほのかに香るのは、花の匂いだろうか。

仮に楽園というものがこの世にあるのなら、こういうものなのかもしれない。

俺は寝た筈だ。それも、珍しく次の日になる前に。

なので、はっきりと、これは夢だとわかる。明晰夢というやつだ。

ただ、おかしい。

夢というのは精神、あるいは脳の領域だ。記憶を整理している際に浮き上がるイメージであり、それらには作為的な意味はなく、大抵荒唐無稽なものであったり、或いは記憶の再現であったりする。

イメージで人間の知覚を狂わせることに長けている術師の場合、イメージそのものが強いため、夢を見るときはおそらく一般的な人間に比べてハッキリとしたものを見やすいらしいが、これはそれとも違う。

夢であるというのに、現実に近い。

脳の記憶整理の類いではなさそうだ。

 

「干渉でも受けてるのか……?」

 

俺は夢に関しては門外漢だ。

一応とはいえ術師であるため、それなりに知識はあるが、やはり専門家とはいえない。

理由を挙げるとするなら干渉されているのだろうが、干渉を受けるようなことなどした覚えがない。

───いや、あった。

むしろ、それしかあり得ない。

 

「六道骸……?」

 

おそるおそる、浮かんだ名前を口にする。そうでなければいいと、思ってみるが。

 

「───クフフフ」

 

特徴的な笑い声が、場のありとあらゆるところから響いてきた。

最悪だ。まるで、場の支配者は彼であるかのよう───いや、実際それに近いのだろう。

 

「こんにちは、桂木明祢」

 

まるで霧のように、六道骸は俺の前に姿を現した。

それはもう、とにかく妖しい笑みと共に。

白いシャツに黒いズボンで裸足の六道は、数々の人間を殺したとは思えない程の爽やかさだ。

なるほど、見た目詐欺とはこのことか。

 

「……わざわざ夢にご足労頂き、申し訳ない」

「いえ、僕としては君に会いたかったので大した苦労でもありませんよ」

 

悪意がある、いい笑顔だった。

もしかしなくても、あの言葉を根に持っているらしい。

じゃなければ、俺の精神世界に現れる理由なんてないだろう。

会いたかったと面と向かって言われると、なんとなく寒気を感じる。

 

「悪かったとは思っている」

「素直に謝ってほしいわけではないのですが」

「だが、俺が傷付けたのは事実だ」

「君は術師の癖に、恐ろしいほど甘いですね」

 

六道は呆れたような、けれど冷たい視線を向けた。

とりあえずは弁解しておかなければなさそうだ。

 

「甘くないと思うけど、お前の目を見て直ぐにわかったよ。あぁ、復讐したいんだなって」

「それであの台詞が出ますか」

「お前を動揺させるにはぴったりの台詞だっただろう?」

「君ね、本当に反省しているんですか?」

 

不思議だ。あの六道骸とこんな風に会話をしているなんて。

ほんの少し前なら考えられなかった。

根本的なところは変わっていないんだろうが、どことなく雰囲気がやわらかい。

だが、それは仕方のないことだ。

置かされた立場も環境も、前とは異なっている。

 

「してるよ。俺は結局、そちら側には行かなかった人間だっていうのに、身勝手なものを抱いた。恨まれて当然だ」

「……それです」

「ん?」

 

六道が怪訝そうな顔をした。

そんな顔をされる理由がわからなくて、ついつい頭を傾げる。

 

「君のことは調べましたが、過去に君がこちら側に関わった形跡はありませんでした。だというのに、君はやけに裏社会を嫌っている」

「………なかった?」

「えぇ」

「桂木のこともか?」

「そうですが。……それがどうかしましたか?」

 

六道の言葉が、はじめ信じられなかった。

それはあり得ない。だって、おかしい。

過去の記憶が甦る。

血に染まった薄暗い建物の室内。

俺の、桂木の情報が裏社会に出回っていないのなら。どうして、どうして、俺は、俺達はあの時───。

混乱する心を置いて、剥離されたような脳が答えを導きだした。

 

「……情報が、操作されている?」

 

言葉にすることで、心も落ち着く。

つまりは、そういうことだったのだとしたら。

だから、この五年間、俺はこちら側にいられたのだとしたら。

 

「どういうことですか」

「……わからない。俺はそっち側には詳しくないんだ。誰がどんな目的でそれを行ったかなんかわかるわけがない」

「君は一度裏社会に巻き込まれた筈だと」

「そうだ。なのに、その事実が消えている」

「…………」

 

二人の間に沈黙が流れる。

誰が、何のために、どうしてそんなとこをしたのか。

そこまでの理由が"桂木"にはあるのか。

そしておそらく、父はそれを知っている。

脳内で、ある一つの目的が生まれた。

 

「……なぁ、六道。俺と取引をしないか」

「君としたところで僕にメリットはありませんが」

「いや、ある。だからお前は俺に攻撃しなかった」

 

六道は一瞬、目を丸くさせた。

良かった。当たっていた。

六道は、俺が例の発言について悔いていることに気が付いていたのだろう。そして、それを利用してこちらに頼み──あるいは脅迫しようとした。

俺と六道の力関係は、前でよくわかっている。幻術も体術も、彼には及ばない。

だから六道は、俺が断れないと踏んだ。

例え彼が、牢獄に囚われ、身動きが出来ないような状態であったとしても、俺に悪夢を見せるくらいできただろう。

なのに、それをしなかった。彼にはそれ相応の理由があったからだ。

 

「それでも、僕が君のために動く理由にはなりませんよ」

「───教える」

「…何?」

「───桂木の秘密を教える!」

 

一拍置いて、六道の冷たい視線が体にグサグサと刺さってくるのを感じた。

ここ最近マフィア関係者が多いらしいとはいえ、俺が住んでいる並盛は大体平凡だ。そこに昔から住んでいる桂木に、そういう裏事情があるとは普通は思えない。それが普通の考え方である。

だが、取引が成功するためには、情報にそれだけの価値があると思わせることが大事だ。

 

「門外不出の家宝の話だ。権力者が知れば、こぞって欲しがるくらいの」

「……それを僕に教えていいと?」

 

六道は、真意を測りかねているらしい。

残念ながら、自分自身でもよくわかっていない。

話というのは、つい先日、十五歳になり、家宝を引き継いだ折に教わったことだ。父からは確かに誰にも渡すなと釘を刺された。

だが、それはそれである。

 

「物は誰にも渡すなと言われたが、話をするなとは言われなかった」

「なっ……」

 

俺が思ったことをそのまま言うと、六道は呆気に取られたかのような顔をした。その表情は、年相応に中学生らしく見える。それで、ちゃんと同い年なのだという実感が持てた。

六道は少々……いやだいぶ大人びていて、ある種浮世離れしているようだったから、結構新鮮だ。

 

「………クフフ」

「六道?」

 

六道の笑い声が響く。それは、耐えきれずに溢れてしまったような笑い方だった。

 

「……なんだよ、その反応」

「君は面白いですね、桂木明祢。いいでしょう、気が変わりました。取引を受けてあげます」

「本当か?」

「えぇ、もちろん」

 

"桂木"について知りたい。知らなければならない。そんな気がしている。

あの日からずっと頭にあった疑問の答えが、もしかしたら見つかるかもしれない。

きっとこれは、悪魔との契約のようなものだ。あんなに嫌だった裏社会の住人を利用して、俺はそれに足を浸ける。

それは自身を取り巻く環境が変わったからなのだろう。

気付いたときには手遅れだった。ならば、それを受け入れるしかない。

 

「もう、時間ですか」

 

六道が空を見上げた。つられて俺も見上げ、そして気づく。

早朝のような穏やかな青空は、いつの間にか茜色に染まっていた。

斜陽は、物事が終わっていくようなイメージが強い。

 

「ありがとう、六道」

「礼はいりません」

 

おかしなものを見るような目で、六道は俺を見る。

六道の価値観で行くなら、俺が彼に感謝をするようなことはないのだろう。

 

「なぁ、六道。お前は解っていた筈だ。マフィアを全て潰しても、お前の復讐は終わらない。復讐は歯止めが利かなくなった時点で、永遠に苦しむものだ。世界が火に包まれようとも、その憎悪は尽きることを知らないだろう。……だが、今のお前は、少し違って見える」

「やはり君は僕を苛立たせるのが得意なようだ」

「……」

 

何も言い返さない。

 

「いいですか、桂木明祢。僕はこれからも人を殺すでしょう。沢田綱吉の肉体を乗っ取り、世界大戦を勃発させることも諦めた覚えはありません。だから、君のそれは見当違いな推測に過ぎない」

 

六道の言葉は、全くその通りだった。

いかに六道がそうせざるをえない環境にいたとして、彼の性質がそういう環境で育まれたものだとしても、そういうもろもろの背景を含めた現在の彼が、今目の前にいる六道なのだ。

けして、彼の復讐心が消えたわけではないし、彼の冷徹さ、残虐さが消えたわけでもない。

だからこそ、六道の言葉に何も返せなかった。

どうしようが、俺と彼はここに至るまでの道が違いすぎるのだ。

 

「……まぁいいでしょう。では、詳細はまた後日に」

 

六道の姿が霧に隠れるように見えなくなっていく。

それに比例して、世界がどんどんと白くなっていく。

夢の終わりは存外に呆気ない。

夜明けの、橙と紫が混ざったような空の色がないのが本当に残念なくらいだ。俺はあれが一番好きなのに。

そんな箱庭で、俺は誕生日の父の言葉を思い返している。

 

『全部同じなんだよ、明祢。どれも、絶対に他の誰かに渡してはならない』

『……家宝だから?』

『いいや、違う。家宝だから渡してはならないのではない。渡してはならないから家宝なんだ』

 

手の平には、紫色の装飾がされた小さな小瓶のペンダントが転がっている。

父は何度聞いても、この小瓶の中身を教えてはくれなかった。

なんとなく、予想はついているけれど。

 

俺はこれを、いつか自らの手で蝶のように壊してしまうのだろうか。

あるいは、父の言いつけどおりに誰にも渡さないまま、次の世代に託すのだろうか。

これの正体がはっきりすれば、そんな悩みも、いずれ解決するのだろうか。

 

──そして、醒める。

 

 

 

 

 

 

 

それから数日後。

十月に入り、気温も少しずつ低くなり始め、各々の黒曜での傷も全て癒えた頃。

学校のない日の昼間に、桂木が商店街を歩いていたとき。

ふと、彼の視線に小さな少年の姿が入った。

ぽつん、と世界に取り残されたような姿。少年が一人寂しそうに立っていた。

一見、母親とはぐれたような迷子に見えるが、桂木はデジャヴのような違和感を感じていた。

この光景を一度見たことがあるというより、あの少年をどこかで見掛けたことがあるような感覚。しかし、全くもって記憶にない。

彼の頭に浮かんだのは、独特な髪型をした背の高い少年。しかし、その姿はそこにいる少年とは似ても似つかない。

だが、確かに彼にはその姿が小さな少年に重なって見えた。

 

「六道……?」

 

桂木がつい声に出すと、少年はゆっくりと顔を彼に向け、一瞬だけ目を丸くすると、すぐに微笑みかける。

 

「よくわかりましたね」

「え、お前憑依でき……いや、そんな小さい子に憑依して……?」

「僕にそんな情があると思いますか?」

 

動揺する桂木に、少年が鋭い言葉を浴びせる。

その様子を見て、桂木は顔をひきつらせた。

少年特有の外見の可愛らしさは、内面の怪しさによって掻き消されていた。

それもその筈。その少年の中身は、少年本来のものではない。

──六道骸。

先日の並盛中襲撃事件の首謀者にして、他人の体に憑依することができる特異な力の持ち主だ。

桂木は、骸が憑依することが出来るとは知らなかったが、術師の中にはそういう類いの術を扱うものがいることを知っていた。

 

「お前、何してんの?」

「沢田綱吉の体を乗っとろうと思いまして」

「………あぁ、そう」

 

小学校中学年程の少年の体を使って、一体何を企んでいるのかと、桂木が言外に問えば、骸はあっけらかんに物騒な言葉を放つ。

そこで桂木は、先日の事件が沢田綱吉の体を乗っ取るためものだったのだという事実に気付く。あの時抱いていた違和感というのは、正しくこれのことだったのだ。

なるほど、並中生を襲った事件が目的ではなく手段に感じるわけだ。

それはさておき、六道骸はなかなかにしぶとい男だということを、桂木はここ数日間で否応なしに実感させられている。

綱吉の姿を頭に浮かべ、運のないやつだと思った。

 

「で、どう?」

「見れば分かるでしょう」

「わからないよ」

「……それで、頼みたいことがあるのですが」

「おい、無視か」

 

桂木の言葉を無視して、骸は自らのペースで話を続ける。

 

「簡単なお仕事です。君、術師でしたよね」

「まぁ、一応」

 

今更のようなことを聞かれた理由がわからず、首を傾げた。

一応、と言うのは桂木が骸以外に他の術師を知らないからだ。彼にはどの辺りが術師の平均であるかがわからない。しかし、眼の前にいる少年が卓越した術師であるのだろうことはなんとなくわかっている。

 

「少しばかり面倒を見ていただきたいんですよ」

「面倒?」

「──ある少女のね」

 

まだ幼い少年の右目が、妖しく赤色に光り、細められる。

全く甘くない、けれどどこか優しげな、悪魔の囁きのようだった。

 




書けば書くほど意味がわからなくなった話です。
でも必要だったからどうしようもない。

書いていく中で、六道骸と桂木明袮を対比させることがありました。
比べてみると、似ているようで似ていない。けれど、どことなく似ている。そんな感じがしてくる。
それを頭の隅に置きながら書くと、骸にとって明袮は気に食わない人物になりました。

黒曜編後日談は、これにておしまい。
次回からはヴァリアー編です。


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