雲雀は月夜を咬み殺さない   作:さとモン

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ヴァリアー編
16.目撃と心配


日付も変わり、建物の灯りも消え、町全体が眠りについた頃。

風に髪を靡かせて、少年は一人、ビルの屋上から町を眺めていた。

 

「……」

 

並盛は彼にとっては住み慣れた、愛着のある場所だった。

なにか物思いに耽るときは、辺りで一番高いビルから、町が眠ってから目覚めるまでを見るのが彼のお気に入りだった。

ここ一ヶ月、彼はよくこうしている。

誕生日の日に手渡された家宝と、数日前の取引。そして、一日たりとも忘れることの出来なかったある日の過去。

それらが彼を悩ませていた。

溜まった思いに、無意識のうちに彼の口からため息が溢れる。

そして一息の後に────閃光が走った。

遅れて、静寂を切り裂くような爆発音。

 

「!?」

 

視界の遠くに白い煙を見つけるも、あまりに急なことに理解が追いつかない。それでもなんとか頭を動かし、少年──桂木は急いで煙付近のビルを注視した。

 

青い光が仄かに揺れている。

その直ぐ側に人影が二つ。

一つは屋上の隅に立ち、もう一つは屋上からぶら下がっている。

連想されるものは戦闘。平穏な町には似合わない。

 

「一体なんなんだ……!」

 

彼の頭に、マフィアの四文字が浮かび上がった。

嫌な予感が、寒気となって背筋を走った。

 

 

 

 

 

10月14日。

この日も、桂木は遅刻してきた。

三日前の夜の、謎の爆発と青い怪火、人影。

一昨日、商店街の一角で起きた謎の爆発事故。

そして昨日の

彼はこの三つが関連していると考えていた。それも、マフィアと繋がりがあると。

はっきりいうなら、正しくその通りだったりする。

 

(頭が痛い……)

 

じわじわと側頭部に広がる痛み。

この場合は偏頭痛によるものではなく、疲れと睡眠不足からくるものだ。

原因究明やらなんやら、やらなければならないことが増えてしまったのが原因だった。

 

「寝たい……」

 

学生の本分が学習することだということは、桂木も理解している。しかし、それとこれとは別なのだ。

桂木にはするべきと決めたことがあって、それは学業を疎かにするくらい、彼にとって大事なことだった。

 

「教室には笹川がいるし……」

 

桂木は大きな溜め息をつく。

笹川──了平は常時死ぬ気男と称されるほど、元気があり余っている少年だ。

何故溜め息を、桂木がついているかというと、了平のような暑苦しいと言われるタイプの人間が苦手だからだ。

人間としては、真っ直ぐで嫌いではないのだが、側にいるのは我慢ならない。

 

提げた鞄が肩に食い込む。

その時、学校に似つかわしくない音が桂木の耳に微かに届く。

何かが壊れるような衝撃音。

反射的に、音のする方に顔を向ける。上──屋上だ。

屋上。衝撃音。並盛中。この三つから導き出される答えは明白だった。

 

「本当に、最近何があった……?」

 

桂木は歩を進める。

目的地は屋上。但し、普段雲雀がいない方の屋上である。

 

 

 

屋上では激しい戦闘が行われていた。

一人は細身な体の少年、雲雀恭弥。並盛に住んでいるものならば子供でも知っているような、まさしく泣く子も黙る最強の風紀委員長。

もう一人は太陽の光を反射して輝く金髪の外国人の男。イタリアンマフィア・キャバッローネファミリーの若きボス、ディーノ。

ディーノは来る戦いに備えるべく、雲雀を鍛える家庭教師として並盛中に来ていた。

だが、そんなこと桂木は知らない。

 

「雲雀と亀の人が戦ってる……?」

 

傷だらけの二人が、鞭とトンファーをぶつけ、絡め合う。

なぜ学校の屋上という場所で彼ら二人が戦っているのか。

桂木は困惑していたが、雲雀の顔を見て、どうでもいいと感じる。

 

(なんか不機嫌というか、楽しそうというか……)

 

近年稀に見るほどに楽しそうだというのに不機嫌な顔をした雲雀に、呆れと少しの哀愁が混ざったような顔をする。

こういう時の雲雀がどういう状態にあるのかをよく知っているからだ。

それは獣だ。

この時、桂木の目には二匹の獣が見えた。

 

雲雀がトンファーを勢いよく回転させながら、ディーノの懐に入り込もうとする。

ディーノはそれを素早く後ろに避けて回避し、自由自在にしなる鞭で雲雀を足を捕らえる。

勢いよく引っ張られたそれに足を取られ体制を崩すと、雲雀はその類まれな身体能力で持って宙で一回転し、トンファーを目の前の獲物に投げた。

 

一息もつかせぬような、獣の喰らい合い。

数年ぶりに見た雲雀の本気に、桂木は驚いた。ここ最近見た雲雀の戦う姿は、本気とはいうには足らなかった。

 

(こんなに強くなってたのか……!)

 

桂木の記憶の中で最も新しいのは、もう数年も前のことだ。

笑い、睨み合いながら自分たちの武器を交える、そんな姿。

とうに過ぎ去ってしまった過去は、あまりに古かったのだということを実感する。

口角は自然と上がっていた。

桂木は二匹の獣をしばらく見ていた。

 

 

 

「……ん?」

 

数分後、ディーノが疑問の声をあげる。

視線が増えていたのは気付いていたが、それが時間が経ってもなくならないからだ。

 

「なぁ恭弥」

 

休む間もない攻防の中、ディーノが雲雀に言う。

 

「何」

「あいつ、お前の知り合いか?」

 

ディーノの視線が一瞬だけ雲雀から逸れ、別館の屋上から二人を見ている桂木に向けられた。

 

「………別に」

 

雲雀はトンファーを振りながら、視線をディーノから外さずに答える。妙に不機嫌そうな、どことなく子どもっぽい表情だ。

それが嘘であるということは、誰の目からも明らかだった。

 

「なんだよ、ケンカか?──うぉ!?」

 

日常会話の延長線上のような軽いディーノの問いに、雲雀は無言でトンファーをぶつける。

ディーノ自身はなんとか避けたが、髪が数本切れて落ちていった。

 

「いきなりどーしたんだよ恭弥」

「飽きた」

「飽きたって……お前、さっきまであんなに……」

「寝る」

「せめて手当てだけでも……って、おい!」

 

雲雀は踵を返し、屋上を後にする。その後ろを草壁が追っていく。

ディーノは、その背中をじっと見つめる。

 

「なんなんだよアイツ……」

「拗ねられちまったな、ボス」

「……うるせーぞ、ロマーリオ」

 

残されたディーノを、腹心の部下ロマーリオがからかう。

ディーノは髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜながら、雲雀が去っていった扉と、離れた桂木を見比べる。

弟分は、不仲であるらしいと言っていたが。

 

(リボーンから聞いてはいたが……確かに、不仲っていうもんじゃねーな)

 

赤ん坊でありながら、スパルタな元家庭教師の姿を思い浮かべる。

ディーノは事前に、二人の間柄について少し聞いていた。複雑な仲なのだと。

師は、調べたであろう二人の過去については、何も語らなかった。

それは、ディーノがおいそれと知ってはいけないことだからだろう。

 

「ボス」

「あぁ、わかってる。……来いよ、桂木」

「………」

 

ディーノが目を丸くさせた桂木を見て、快活に笑った。

 

 

 

 

 

二人で並びながら、屋上からグラウンドを見下ろしている。二人は顔を合わせない。

桂木の手の中には水の入ったペットボトルがあり、それを指先で弄んでいる。

 

「えーと、お前と恭弥の関係って……」

「………昔馴染みです。草壁と三人、かれこれ十年以上になります」

 

仲は見ての通りですけど。と続ける桂木の、想像を越える声色の硬さに、ディーノはなかなか反応を示すことが出来ずにいた。

──警戒されている。

そりゃそうか。と彼は考える。

一年近く前、夜中に出会ったときも、やけに警戒されていたことを思い出す。

 

「なんで、雲雀とあんなことをしてたんですか」

 

『あんなこと』というのは、先程の修業──戦いのことだ。

桂木からしてみれば、得たいの知れないマフィアが、昔馴染と戦っていることになるのだから、理由を知りたいと思うのは当然だった。

 

「リボーンにアイツの家庭教師を頼まれた」

「雲雀に家庭教師……。自殺志願者ですか?」

「……な!?」

 

呆れたような声色の桂木の言葉に、ディーノの姿勢が崩れる。

桂木はその辺りのことを良くわかっていた。

雲雀が誰かを師にすることはない。彼の中では、師を必要とするものは弱者であるからだ。雲雀は自身が強者であると信じて疑わない人間だ。

雲雀と出会って二日。実際、ディーノは未だ雲雀に師とは認められていない。

 

「……アイツ、凄く扱いにくいですよ」

「あぁ、それはこの二日で良くわかった」

「群れ嫌いだし、すぐ手が出るし、我が儘だし、プライドが高いし、素直じゃないし……でも、アイツはそういうところが強いんです」

 

(おいおい、素直じゃねーのは誰だよ)

 

心の中で、ディーノは独りごちる。

桂木の言葉には、雲雀に向けられた沢山の想いがあった。

その全てをディーノが推し測ることは出来ないが、少なくとも一つだけは分かることがある。

 

(……こいつは、ただ心配なだけだ)

 

なら、ディーノがすべきことは、彼を安心させてやることだろう。

少し考えて、言葉にする。

 

「恭弥の家庭教師は、俺がちゃんと責任を持ってやる。だから──」

「なんだ。本当に、いい人だな」

「……へ?」

 

お前は安心しろ、と言おうとしたところを、桂木の言葉で遮られる。

なにやら、斜め上からの発言をされた気がした。

 

「残念だ。あなたがマフィアじゃなければ、大手を振ってアイツのことを任せられるのに」

「お前、それは……!」

 

ディーノが桂木の方を向く。その瞬間、桂木はフェンスから体を離し、数歩後ろへ下がる。

 

「俺、もう教室に行きます」

 

桂木は手元の水を一気に飲み込むと、ペットボトルをグシャリと潰した。

それ以上の追求を避けるように。

また数歩、ディーノから距離を置く。

そして、向き合った。

 

「……跳ね馬(・・・)

 

はじめて、桂木はディーノをそう呼んだ。

呼び名が変わったその訳を、ディーノが分からない筈がなかった。

桂木は、綺麗に腰を曲げて、ディーノに深々と礼をした。

表情は読み取れない。

 

「雲雀のこと、よろしくお願いします」

 

ディーノは一瞬、何もできなかった。

桂木の声は、ほんの少しだけ震えていた。

 

『桂木は裏社会を憎んでるぞ』

 

先日、ディーノの師が言った言葉だ。

彼等の過去に何があったのか。

それは、彼等が自分から話すまで、ディーノが知ることは決してないだろう。

 

「おう、任せとけ!」

 

だからディーノは、今の自分に出来る最大限の言葉を口にした。




最近なんだか暑いですね。
朝方、田んぼの隣にいると、上空から雲雀の鳴き声が聞こえてきて、その度に雲雀さんを思い浮かべます。
……凄く高いところを飛んでいる。見上げないと姿が見えない。
昔話によると、太陽に金を返せと取り立てていたりするらしいです。おぅ……強いな……。

ヴァリアー編です。
夜に出歩くから、色々と余計なものを見ちゃう人です。

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