何やら、下品な言葉が聞こえた。
「………なにしてんの」
「兎の人……」
学校帰り、黒曜の方へ歩いていると、公園のベンチで何やら本を見ている少女と、牛柄の服を着たモジャモジャ髪の幼児を見つけた。
幼児はその……下品な言葉を口にしていて、それを少女に言うように説得しているというか……強要している。少女はそれに、どうやら困っているらしい。
幼児はともかく、そちらの方は知っている。
先日、六道から任された子だ。俺は彼女の師として、幻術を教えている。
クローム髑髏。
変わった名前だが、本人はそれで良さそうなので、突っ込まないことにしている。
「隣の子供は?」
「ランボさん? ランボさんはねー、ボヴィーノファミリーのヒットマンなんだもんね!」
「………マフィア?」
「えっと……」
自分でも、機嫌が悪くなるのが分かった。
未就学児が自らマフィアと名乗るなんて、色々とどうかしている。
「イタリア語を教えてもらってたの」
「この子供に?」
彼女の隣でおかしな顔をしながら笑っている子供を見た。マフィアだとはいえイタリア語を、いやそもそも、とても人に何かを教えられるようには見えなかった。
「うん……」
「そうか………あー、ランボさん?」
「なに?」
「えーと、兎はイタリア語で何て言うのかな?」
様子を見る限り、子供に悪意は見られなかった。この年頃特有の幼稚さがクローム髑髏を困らせているだけだ。
マフィアの関係者だとしても、普通の子供だと思って接すれば、なんとかなるかもしれない。
ポケットに手を突っ込んで、あるものに気付いた。
「あららのら、そんなのも知らないのー?」
きょとんとした顔で、子供は俺を見上げる。
……そうだった。この子は小さいから、見上げなければならなかったのだ。
それに気付いて、膝を折った。出来るだけ、彼と目線が近くなるようにして、笑いかけた。
「あぁ。だから教えてくれないかな?」
「ランボさんは賢いんだもんね! だから教えてやる! うさぎはねー、コニッリョっていうんだよ」
「コニッリョ?」
「そう!」
そうだったのか、知らなかった。
どうやら、聞いた分には一応答えてくれるらしい。
ところどころというか、全面的に自分本意なところがあるだけで、イタリア語そのものを教える気はあるのだろう。
「すごいな、ランボさんはイタリア語が上手なんだな」
「ランボさんはイタリア生まれのイタリア育ちだから、当然なんだもんね」
「そうか、ありがとう。……ところで、ランボさんは飴は好きか?」
「あめ?」
ポケットから手を出して、手のひらの中にあるものを見せる。
「あめ玉ー!」
牛柄の子供の目が煌めく。
手のひらには、四つほど飴玉が転がっている。
子供は純粋なもので、彼はよだれを垂らして、飴だけを見つめていた。
「これはぜーんぶランボさんのものなんだもんね!」
「あっ!? ……いや、えーと」
子供が俺の手から、全ての飴玉を取り、そのうちの一つを袋から取り出して口に含んだ。
美味しそうだが、これは強欲すぎやしないか。
助けを呼ぶみたいに、ついクローム髑髏を見てしまう。
これじゃあ、年上として、師として、示しがつかない。
「……」
彼女は、困ったように俺達を見ていた。
──無理だよな。わかってた。
彼女にそういうことを求めるのは、まだまだ早すぎる。
「わかった。これは全部、ランボさんにあげるよ」
「おいしー!」
頬を膨らませながら、子供は至極の幸福を味わっている。
わかるぞ、飴は美味しいよな。
だが───
「大丈夫かこの子……」
知らない人に名前を簡単に教えてはいけないとか、飴玉を貰ってはいけないとか。そもそも、大人の目がないような公園で一人で遊ぶのは如何なものか、とか。
「………あっ」
「どうした髑髏。……あぁ」
~♪
夕方の五時を告げる時報の音楽が流れていた。確かこれは、子供が帰るように促すようになっているんだったか。
そろそろ、この子供も帰さなくては。
「ランボさん、そろそろ──」
「あー! ママンのご飯の時間なんだもんね!」
「……ママン?」
「これあげる!」
牛柄の子供は、夕食の時間だと言って、帰ろうとしたところ、髪の毛から何かを取り出して、クローム髑髏に渡した。
目を凝らして見ると、傘の……柄? ………なんでそれが髪の毛から?
俺だけでなく、クローム髑髏もそれを見て首をかしげている。
「じゃーねー」
手を振りながら、子供は去っていく。
なんというか、場面が違えば嵐のような子供だった。
悪意はない。悪意はないので、余計に扱いに困る。
あれくらいの年頃が、俺は一番苦手だ。
「それ、どうするんだ……?」
「持って帰る……?」
彼女は子供から貰った傘の柄を、じっと見つめていた。戸惑うように。
出会って数日だが、未だに彼女のことがよくわからない。
六道曰く、それなりの過去があったらしいが、それを俺が暴くわけにもいかないし、そこまでの深い仲を築こうとは思っていない。
「……ところで、六道の仲間はいつ頃来るんだ?」
「多分、三日後くらい」
「なら、その辺りは修業はやめておこう」
「なんで?」
心底わからない、といった具合に、彼女が俺を見る。
似た顔を、昔見たことがある。
「きっと、六道にはそれなりの考えがある。だから、彼等にお前を探すように言ったんだ。交流を深めてくると良い」
「………うん」
彼女の中ではまだ遠く、理解できないことなのかもしれない。
六道の考えと言えば、それを無下にすることも出来ない。俺は狡い人間だ。
彼女に本当に必要なのは俺ではなく、六道の仲間の彼等だろう。
だから俺は、彼女と距離を近づけることは出来る限りしないようにした。
自分のためにも。
「それはそれとして、今日の修業だな。とりあえず、ここは人目があるから、移動しよう」
言えば、彼女は黙って頷く。
俺が歩き出すと、その後ろを一定の距離を保って着いてくる。
二人、微妙な距離感を保って、歩いていく。
俺達には、多分、これくらいが一番良いのだと思う。
……彼女と出会った日のことを思い出す。
その時の彼女は、六道に救われたばかりで、右も左もよくわかっていないような様子だった。
『お前がクローム髑髏だな? 俺は桂木明祢。こいつは相棒の大福。お前に幻術を教えるよう、六道骸から頼まれた』
『骸様から、話は聞いてる』
少女を相手にすると聞いて、緊張を解すのには何が良いか考えて、結局、ウサギを使う手段しか思い付かなかったのは、最終的には良かったんだと思っている。
彼女の視線は、俺と大福の間を行ったり来たりしていた。
『お前には六道由来の眼の能力があるが、それは鍛えない理由にはならない。俺はお前自身を鍛えるつもりだから、そのつもりで』
それは、六道との取引だった。
俺が彼から情報を引き出す条件として、彼女自身を戦士として育てるように頼まれた。
彼女は特異な体質で、六道眼の力を未熟ながら使える。だが、それに頼りきっていては、彼女自身は育ちにくい。
六道にどんな意図があるかはわからないが、頼まれた以上、やるだけのことはやっておきたかった。
『骸様……』
悔しいことは一つだけ。
自分以外の術師と出会って、自分の才能の限度が見えてしまったことだけだ。
「……そうだ」
ポケットに手を突っ込むと、指先に硬い感触が伝わる。
それを取る。
「手を出せ」
振り向いて、そう言った。
顔を見れば、彼女は目を丸くさせているが、素直に手を出した。
「はい、これ」
「………?」
その姿に笑いながら、彼女の手のひらに余っていたリンゴ味の飴玉を乗せた。
クローム髑髏は、それを不思議そうにまじまじと見つめている。
「食べてみろ」
そう言いながら、俺はもう一つだけ余っていたパイナップル味の飴玉を口に放り込んだ。
所詮のど飴だが、何度食べても想像以上に甘い。
彼女の方を見ると、俺の真似をするように袋を破り、口に飴を含んでいた。
「美味しいだろ」
「………おいしい」
舌で飴を転がす。歯に当たって、カラコロと音がする。
……彼女の受けてきた痛みを、俺は知るつもりはない。他人に深入りするのはもう止めたのだ。
けれど、彼女の師となった以上は、幻術以外のことも教えてやりたい。
それが俺の責任だ。
俺が再び歩き出せば、その後ろを先程と同じ距離で少女が着いてくる。
きっと、これが俺達二人の距離感なのだ。
日が暮れるにはまだ早い。
クローム初登場です。
修業を楽しみにしていた人はごめんなさい。
人間関係が色々と未熟な二人が師弟になるとどうなるのか。不慣れな彼等のなんとも言えない距離感です。
実は出会って一週間も経ってない二人。
作中の時系列は77を参考にしています。
この話は10月16日の出来事です。