雲雀は月夜を咬み殺さない   作:さとモン

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19.嫌悪

自分が嫌いな人間は、どうしようもない。

その感情をなくすまで、自分が死ぬまで、嫌いなものはいつもそこにあるからだ。

 

 

 

夜道を歩いていて、あることに気付く。

 

「そういえば……最近、笹川が学校にいないな……?」

 

笹川はここ数日、学校を休んでいるらしかった。表向き、理由は不明。

お陰で教室は過ごしやすかった。

確かに静かだ。静かだが、なんというか、普段が騒がしい分ちょっと落ち着かない。

 

(理由は、なんとなくわかっているけど……)

 

風邪なのかと言われても、あの男が風邪になるなんていうことは考えられない。当然だ。

その他で考えられることはただ一つだけ。

マフィア絡みの案件である。

 

そもそも、ここ数日の並盛はおかしい。

雲雀が跳ね馬と修行していたり、沢田たち三人組が休んでいたり、爆発音が山から聞こえてきたり。

彼等が関わっているのなら、おそらく、いや確実にマフィア関連だろう。

雲雀たちが巻き込まれるのは非常に心苦しいが……俺が何かをしようとしたところで、何も変わらないのが現実だ。

なら、俺は不用意に関わらない方がいい。

 

「………嫌だな」

 

ぽつりと呟いた言葉は、誰の耳にも入ることはなく、空気に溶けた。

関わらない? 何を言っているんだ、俺は。

それに足を突っ込む覚悟はとうに終えているじゃないか。

もう、後戻りは出来ないことくらい知っているだろうに。

 

「家のこともわからなくなったし……なんで俺、こんなこと───っ!」

 

不穏な気配を感じた。

薄暗い、命を刈らんとする殺気。俺ではなく、別の誰かに向けられている。

これは……。

屋根の上、黒い影が動くのが見えた。月明かりが男を映し出す。

黒服の、見るからに怪しい男。

 

「───」

 

瞬間的に、頭の中に小さな殺意が生まれた。それはすぐに消えるような、波のようなものだったが、体を動かすには十分な動機だった。

その姿をよく捉える。

……あぁ、なんだ。勝てるじゃないか。

 

足に力を込めた。

集中して、一点を見る。

どこに行くかは知らないが、夜の並盛で事を起こしてもらっては困る。

だから───跳んだ。

 

兎は聴覚だけでなく、脚力も優れている。

ノウサギなら、時速80㎞で走る。

その強さのあまり、自らの足を折ってしまうこともあるほどに強い。

ウサギと共に育ち、ウサギに戦い方を教わった俺は、どうやら少々そちらに寄っているらしい。

その脚力は、並の人間を凌駕する。

 

体は軽く屋根の上まで跳び上がった。

宙に浮いたまま、標的を定める。

それはすぐ先に。杵の間合いに、確かにいる。

好き勝手に滲み出る殺気が、相手に刺さる。

気付かれる。男の顔がこちらを向こうとする。

だが、もう遅い。

 

「……っは」

 

男が屋根に足を着けた瞬間、息を吐くのと同時に杵を振って、その背に強打させた。

 

「っぐぁ!?」

 

低い唸り声。

微かに、骨の折れる音が聞こえた。

吹き飛んでいく男の体は、屋根から道に落ちる。

それを、冷たい目で見ていた。

男からは、裏社会独特の香りがした。俺が嫌うに値するものだ。

 

「なんだ……こいつ?」

 

屋根から降りて、うずくまる男の側に寄る。

顔の一部が隠れているが、相手の顔など知っているはずもないし、知ったところで大した意味はないので問題はない。

どちらかというと、こちら側が顔を知られる放が問題だ。

……フードを被っておいて良かった。

 

「───04(クアットロ)、応答しろ」

「スピーカー?」

 

少し質の悪い音だが、聞き覚えのない男の声が聞こえた。

探ってみると、男の持っているトランシーバーのようなものから聞こえてきているようだった。

クアットロ……どこかの国の言葉で四、だったか?

それが正しければ、あと最低でも三人いるわけだ。

 

「………」

 

無線機を踏みつけて壊した。

そして、未だにうずくまっている男を見る。

つい頭に血が上ってやってしまったが、自分に関する情報を少しでも持たれるのは困る。

 

(……消さないと)

 

別に申し訳ないとも思わないが、俺のことを覚えていてもらっては、何かと不都合だ。

日常に置ける記憶は、全て脳の海馬で整理される。つまり、幻術で脳を支配し、短期記憶を司っている海馬を狂わせる。

そうすることで、桂木明祢は記憶の透明人間になれるのだ。

 

「あんたも俺も、運が悪かったな」

 

幻術の応用で記憶を消すと、男の意識は完全に途切れたのか、声が聞こえなくなって、呼吸音だけが聞こえた。

代わりに耳に入るのは、少し遠い複数人の話し声。なにやら、随分と殺気だっている。

 

「……最悪だ」

 

何かが起こっている。それだけはハッキリとわかった。だが、これは今まで感じたどんな殺気よりも、怒りに満ちた殺気だ。

並盛で余計なことをされるのは許せない。けど、俺じゃ勝てない。

それはなんて歯痒いのか。

無論、裏社会は嫌いだ。

でもそれよりも、なによりも嫌いなものがある。昔も今も弱いままの自分自身。

……あぁ、もう。

 

「最悪だ……」

 

呪う言葉は、いつも自分に向かっていた。

 

 

 

 

これは桂木の知らないこと。

 

「同じ種類のリングを持つもの同士の、一対一のガチンコ勝負だ」

 

彼が一人の暗殺者の記憶を消していた頃。そこから少し離れたところで、学生集団と暗殺者集団が顔を合わせていた。

そもそも、桂木が倒した暗殺者も、この暗殺者集団──独立暗殺部隊ヴァリアーの一員であったのだが、今の彼がその存在を知るわけもない。

彼は知らなかったのだ。

大事な誰かが、もう後戻りできない所にいるということを。

自分がもう、とっくの昔に巻き込まれているということを。

 

結局この日、彼が異変に深く足を突っ込むことはなく。そのまま町を回り、帰路についた。

だが数日後──、彼は渦中の場にいた。




雷撃隊を倒してしまった桂木明祢。
ハッキリ言って、ヴァリアーという集団は明祢にとって最悪です。彼等、暗殺部隊だし、善良ではないですからね。
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