雲雀は月夜を咬み殺さない   作:さとモン

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20.晴と雷

朝のホームルーム前に教室に入ろうとすると、廊下にここ数日見なかった顔を見つけて、顔を覆った。

 

「笹川………」

 

銀髪ともいえる短髪は、この学年では一人しかいない。

うちのクラスで最も騒がしい男、笹川了平。

 

「む、桂木ではないか。珍しいな、お前が朝から学校に来るとは」

「いや、実は朝から来る方が多いんだが……お前、最近来てなかったが、大丈夫か?」

 

久々に見た笹川は、前に見かけた時と比べて何かが変わっていた。見た目では分からないような、けれど確かにわかる劇的な変化だ。

 

「あぁ、この通り極限に元気だ!」

 

俺のよく知っている顔で、笹川は笑う。

けれど、その拳には先日見掛けたときにはなかった傷が増えていた。

……何があったのか、俺は知ろうとは思わない。知りたくない。けれど、全部知らないままにはしておけない。

 

「……何をしていた」

 

そんな思いが先走って、そんな言葉を漏らす。

声に出してから、自分に驚く。そんなことを聞くような人間ではなかったのだ、俺は。

 

「……相撲大会だ」

 

そう言う笹川の目は、少し泳いでいた。

彼は嘘をついたのだ。彼にしては上手く出来た嘘だったが、嘘に慣れた俺にはなんてことないものだった。

 

「嘘をつくな。あれはそんな生優しいものじゃ──」

「相撲大会だと言ったら極限相撲大会だー!!」

 

両肩を掴まれ、そう力説される。

……流石に、そんなものじゃ騙されない。

 

「ふざけるな、そんな言葉に騙されるほど子供じゃないんだ。相撲大会? だったら、雲雀は関係ないだろう」

 

理不尽をぶつけているのだと、自覚していた。

それを笹川に言ったところで、なにも解決しないし、彼本人も迷惑だろう。

 

「うむ、確かにそうだな」

 

なのに、真っ直ぐなコイツは、真っ直ぐに肯定した。本当に……馬鹿だ。

だが、それが眩しいほどであることはわかっていたのだ。

 

「簡単に肯定するなっ!」

「いや、確かにそうなのだ…………いや、違う?」

 

笹川は自分で言って、自分で頭を傾げている。

 

「………まどろっこしい! 俺には細かいことはわからん!」

「だろうな……」

 

頭痛がしてきた気がして、頭を押さえる。

笹川とは四月から話すようになったが、この数ヵ月でどんな人間なのかよくわかった。

二転三転する話は全くわからないのが彼だし、二年生なのに三年生だと勘違いする程の馬鹿も彼だ。

 

「だが、お前の心配はわかる。その上で聞くが、お前の知るヒバリは簡単に負けるような男なのか?」

 

一転、彼の表情が真剣なものに変わるのを感じた。

 

「それは………」

「極限心配はいらん!」

「何言っ──」

 

笹川は再び俺の肩を掴み、太陽のような笑みを浮かべた。

 

「ヒバリは強い! 仮に負けても、俺が助ける! だからお前が心配するようなことはない!」

「……」

 

笹川は知らないから、そう言えるんだ。なんて言葉は、言えなかった。

迷ってばっかりで、雲雀を信じようとしても、どうしても信じられない俺は、跳ね馬が鍛えているのを知っていても、雲雀が負ける可能性を捨てられなかった。

けど、目の前の笹川はそうではない。

雲雀の強さを知っているからこそ、雲雀を信じている。

俺とは真逆だ。

俺は雲雀の強さを知っているからこそ、雲雀が負けるかもしれないと思っているのだから。

 

「それでも、信じられないよ」

「なに!?」

 

笹川の手を肩からはね除け、教室に入る。

笹川の顔には戸惑いが浮かんでいた。

 

「待て、俺の言うことが信じられんというのか!?」

 

背後からそんなわめき声が聞こえる。

信じられないのは笹川の言葉か、雲雀の強さか、それとも自分自身か。あるいはその全てか。

答えなんてものは、きっと分かっている。

 

「そうだよ笹川。俺はそういうのは信じないんだ」

「おい桂木、俺は極限にプンスカだぞ!!」

「……なんだそれ、ギャグか?」

「許さん! こうなったら正々堂々拳を交わし合うのみだ!!」

「却下」

 

……しまった。いつもの癖で、ついついやってしまった。

教室に居づらくなって、開いていた窓に近づく。

後ろをちらりと見やれば、興奮した笹川がこちらに近づいている。

明日になれば、忘れてくれればいいんだけど。

そう願いながら窓の外へと、文字通り飛び降りた。

 

「桂木!?」

 

着地する。

クラスメートの動揺が聞こえてくるが、今回は知ったことか。

脱兎のごとく、学校内の人目のつかない場所へと逃げた。

 

数時間後、担任に怒られたのはしょうがないと諦めた。

 

 

 

 

次の日の真夜中。

雲が黒い。

 

「あ、鳴った……」

 

今日は朝から、雨が降り注いでいた。

昨日の天気予報通りだ。

夕方からは雷が断続的に降っている。

こんな日はなかなか外には出れない。

大福や他のウサギ達は、建物の中にみんな避難していた。

 

「お前らは呑気で良いな………」

 

ウサギ達はそれぞれ思い思いに行動している。餌を食べたり、遊んだり、喧嘩したり……。

こんなことが出来るのも、うちが広いからだ。

うちの家は、一応昔からあるだけあって、それなりに広く古い和風家屋だ。築何年くらい経っているのか、俺にはちっとも想像がつかない。

 

「あ、光った……」

 

小学生くらい小さかった頃は、意味もわからずに光ってから鳴るまでの秒数を数えたものだ。不思議で、楽しかった。

でも今は理屈がわかっているから、不思議には思えない。

光が速すぎて、音が遅れて聞こえてくるというだけの現象。

 

──ドオォン!!

 

「うわっ!?」

 

耳をつんざくような、胸が浮くような、激しい雷鳴が轟いた。

音速約340メートル。

光ってから三秒ほどだから、半径一キロほどの距離だろうか。

 

「ここから学校までくらいの距離だな」

 

流石に学校に落ちているなんてことはないだろうが、それくらい近いということに少しだけ冷や汗が出る。

 

「あ、また光った……」

 

──ドオォン!!

 

これもまた三秒前後で激しい音が聞こえた。大気が震え、心臓が止まりそうな地鳴りのような音。

振り返ると、ウサギ達が怯えている。

人間には殺人級のキックをかますくせに、雷には怯えるなんて、随分と都合のいい奴等だ。

 

「ほら、もっと奥に入れ──」

 

そう言っている間にも、チカッと光る。

 

──ドオォン!!

 

「………」

 

……いや、流石に多くないか?

雷って、同じくらいの秒数で、連続で三回も起きるものなのか?

まるで、近くに避雷針でもあるかのような……いや、半径一キロ付近に避雷針なんてものはなかったから、そんなわけない。一日で出来るわけないのだから当然──。

 

──ドオォン!!

 

再び同じくらいの音量で轟く雷鳴。ゴロゴロと唸る空。

近年稀な程の天気の悪さだが、それにしたってこれはおかしい。

 

「いやいや……」

 

窓から空を見上げる。

重い雲が幾層にも連なり、積乱雲を形成している。

雲自体に何かおかしなところは見当たらない。……なら、場所か?

 

「と言っても、この天気じゃあなぁ……」

 

そうしている間にも、光っては落ちて、鳴るを繰り返す雷の様子を見ると、出かけることが困難だと判断せざるを得なかった。

 

(流石のマフィアも、雷を操るなんてことは出来ないだろうし……きっとただの偶然だろう)

 

考えを改めると、安心したのか、眠気が唐突に襲ってきた。

瞼が重く、今にも眠ってしまいそうだ。

 

(布団、まだ引いてないんだよなぁ……)

 

窓を閉めると、自分の頬を叩きながら、襖の中にしまってある布団をいそいそと取り出し始める。

今日は早く眠れそうだ。

大太鼓を力いっぱい叩いたような重厚な雷鳴が、またも轟く。

ここまで酷いと、天変地異でも起きたかのようだが、窓から見える周囲に、異変は一つもない。

 

「おやすみ」

 

未だ怯え気味のウサギ達にそう告げて、布団の中に入り込んだ。

目を閉じても、多分悪夢は見ないと信じて。




……タイトルに嘘はなかったのです。

ヴァリアー編もとうとう始まったという感じがします。
まだ主人公は真夜中の学校には訪れませんが……

この話を書きながら、かねてより構想していた未来編の入りというか、詮無い…?話を書いていたのですが、残酷な描写とはこういう時のためにあるんだなぁ、としみじみと思っています。別に、めちゃくちゃなことになっているわけではないですけれども。

あと、明祢のイラスト描いたんで、良かったら見てやってください。

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