朝のホームルーム前に教室に入ろうとすると、廊下にここ数日見なかった顔を見つけて、顔を覆った。
「笹川………」
銀髪ともいえる短髪は、この学年では一人しかいない。
うちのクラスで最も騒がしい男、笹川了平。
「む、桂木ではないか。珍しいな、お前が朝から学校に来るとは」
「いや、実は朝から来る方が多いんだが……お前、最近来てなかったが、大丈夫か?」
久々に見た笹川は、前に見かけた時と比べて何かが変わっていた。見た目では分からないような、けれど確かにわかる劇的な変化だ。
「あぁ、この通り極限に元気だ!」
俺のよく知っている顔で、笹川は笑う。
けれど、その拳には先日見掛けたときにはなかった傷が増えていた。
……何があったのか、俺は知ろうとは思わない。知りたくない。けれど、全部知らないままにはしておけない。
「……何をしていた」
そんな思いが先走って、そんな言葉を漏らす。
声に出してから、自分に驚く。そんなことを聞くような人間ではなかったのだ、俺は。
「……相撲大会だ」
そう言う笹川の目は、少し泳いでいた。
彼は嘘をついたのだ。彼にしては上手く出来た嘘だったが、嘘に慣れた俺にはなんてことないものだった。
「嘘をつくな。あれはそんな生優しいものじゃ──」
「相撲大会だと言ったら極限相撲大会だー!!」
両肩を掴まれ、そう力説される。
……流石に、そんなものじゃ騙されない。
「ふざけるな、そんな言葉に騙されるほど子供じゃないんだ。相撲大会? だったら、雲雀は関係ないだろう」
理不尽をぶつけているのだと、自覚していた。
それを笹川に言ったところで、なにも解決しないし、彼本人も迷惑だろう。
「うむ、確かにそうだな」
なのに、真っ直ぐなコイツは、真っ直ぐに肯定した。本当に……馬鹿だ。
だが、それが眩しいほどであることはわかっていたのだ。
「簡単に肯定するなっ!」
「いや、確かにそうなのだ…………いや、違う?」
笹川は自分で言って、自分で頭を傾げている。
「………まどろっこしい! 俺には細かいことはわからん!」
「だろうな……」
頭痛がしてきた気がして、頭を押さえる。
笹川とは四月から話すようになったが、この数ヵ月でどんな人間なのかよくわかった。
二転三転する話は全くわからないのが彼だし、二年生なのに三年生だと勘違いする程の馬鹿も彼だ。
「だが、お前の心配はわかる。その上で聞くが、お前の知るヒバリは簡単に負けるような男なのか?」
一転、彼の表情が真剣なものに変わるのを感じた。
「それは………」
「極限心配はいらん!」
「何言っ──」
笹川は再び俺の肩を掴み、太陽のような笑みを浮かべた。
「ヒバリは強い! 仮に負けても、俺が助ける! だからお前が心配するようなことはない!」
「……」
笹川は知らないから、そう言えるんだ。なんて言葉は、言えなかった。
迷ってばっかりで、雲雀を信じようとしても、どうしても信じられない俺は、跳ね馬が鍛えているのを知っていても、雲雀が負ける可能性を捨てられなかった。
けど、目の前の笹川はそうではない。
雲雀の強さを知っているからこそ、雲雀を信じている。
俺とは真逆だ。
俺は雲雀の強さを知っているからこそ、雲雀が負けるかもしれないと思っているのだから。
「それでも、信じられないよ」
「なに!?」
笹川の手を肩からはね除け、教室に入る。
笹川の顔には戸惑いが浮かんでいた。
「待て、俺の言うことが信じられんというのか!?」
背後からそんなわめき声が聞こえる。
信じられないのは笹川の言葉か、雲雀の強さか、それとも自分自身か。あるいはその全てか。
答えなんてものは、きっと分かっている。
「そうだよ笹川。俺はそういうのは信じないんだ」
「おい桂木、俺は極限にプンスカだぞ!!」
「……なんだそれ、ギャグか?」
「許さん! こうなったら正々堂々拳を交わし合うのみだ!!」
「却下」
……しまった。いつもの癖で、ついついやってしまった。
教室に居づらくなって、開いていた窓に近づく。
後ろをちらりと見やれば、興奮した笹川がこちらに近づいている。
明日になれば、忘れてくれればいいんだけど。
そう願いながら窓の外へと、文字通り飛び降りた。
「桂木!?」
着地する。
クラスメートの動揺が聞こえてくるが、今回は知ったことか。
脱兎のごとく、学校内の人目のつかない場所へと逃げた。
数時間後、担任に怒られたのはしょうがないと諦めた。
次の日の真夜中。
雲が黒い。
「あ、鳴った……」
今日は朝から、雨が降り注いでいた。
昨日の天気予報通りだ。
夕方からは雷が断続的に降っている。
こんな日はなかなか外には出れない。
大福や他のウサギ達は、建物の中にみんな避難していた。
「お前らは呑気で良いな………」
ウサギ達はそれぞれ思い思いに行動している。餌を食べたり、遊んだり、喧嘩したり……。
こんなことが出来るのも、うちが広いからだ。
うちの家は、一応昔からあるだけあって、それなりに広く古い和風家屋だ。築何年くらい経っているのか、俺にはちっとも想像がつかない。
「あ、光った……」
小学生くらい小さかった頃は、意味もわからずに光ってから鳴るまでの秒数を数えたものだ。不思議で、楽しかった。
でも今は理屈がわかっているから、不思議には思えない。
光が速すぎて、音が遅れて聞こえてくるというだけの現象。
──ドオォン!!
「うわっ!?」
耳をつんざくような、胸が浮くような、激しい雷鳴が轟いた。
音速約340メートル。
光ってから三秒ほどだから、半径一キロほどの距離だろうか。
「ここから学校までくらいの距離だな」
流石に学校に落ちているなんてことはないだろうが、それくらい近いということに少しだけ冷や汗が出る。
「あ、また光った……」
──ドオォン!!
これもまた三秒前後で激しい音が聞こえた。大気が震え、心臓が止まりそうな地鳴りのような音。
振り返ると、ウサギ達が怯えている。
人間には殺人級のキックをかますくせに、雷には怯えるなんて、随分と都合のいい奴等だ。
「ほら、もっと奥に入れ──」
そう言っている間にも、チカッと光る。
──ドオォン!!
「………」
……いや、流石に多くないか?
雷って、同じくらいの秒数で、連続で三回も起きるものなのか?
まるで、近くに避雷針でもあるかのような……いや、半径一キロ付近に避雷針なんてものはなかったから、そんなわけない。一日で出来るわけないのだから当然──。
──ドオォン!!
再び同じくらいの音量で轟く雷鳴。ゴロゴロと唸る空。
近年稀な程の天気の悪さだが、それにしたってこれはおかしい。
「いやいや……」
窓から空を見上げる。
重い雲が幾層にも連なり、積乱雲を形成している。
雲自体に何かおかしなところは見当たらない。……なら、場所か?
「と言っても、この天気じゃあなぁ……」
そうしている間にも、光っては落ちて、鳴るを繰り返す雷の様子を見ると、出かけることが困難だと判断せざるを得なかった。
(流石のマフィアも、雷を操るなんてことは出来ないだろうし……きっとただの偶然だろう)
考えを改めると、安心したのか、眠気が唐突に襲ってきた。
瞼が重く、今にも眠ってしまいそうだ。
(布団、まだ引いてないんだよなぁ……)
窓を閉めると、自分の頬を叩きながら、襖の中にしまってある布団をいそいそと取り出し始める。
今日は早く眠れそうだ。
大太鼓を力いっぱい叩いたような重厚な雷鳴が、またも轟く。
ここまで酷いと、天変地異でも起きたかのようだが、窓から見える周囲に、異変は一つもない。
「おやすみ」
未だ怯え気味のウサギ達にそう告げて、布団の中に入り込んだ。
目を閉じても、多分悪夢は見ないと信じて。
……タイトルに嘘はなかったのです。
ヴァリアー編もとうとう始まったという感じがします。
まだ主人公は真夜中の学校には訪れませんが……
この話を書きながら、かねてより構想していた未来編の入りというか、詮無い…?話を書いていたのですが、残酷な描写とはこういう時のためにあるんだなぁ、としみじみと思っています。別に、めちゃくちゃなことになっているわけではないですけれども。
あと、明祢のイラスト描いたんで、良かったら見てやってください。
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