並盛には廃れた部分がある。勿論、秩序である雲雀にとっては、度しがたい場所であるが……いまだ手のつけにくい場所だ。
そんな場所の荒くれ者共をこちら側に出さないようにするのが、風紀委員だったり、俺だったりするわけである。
「……殺されてる?」
「そうなんですよ。地元の殺し屋なんですけど。ほら、あんたが目をつけてた」
ここは裏町。
並盛でも、特に荒れた──廃れた地域。
不良なんかよりも危険な荒くれ者や、少数ながら存在する裏社会の住民達がこの場所を好む。
勿論、雲雀恭弥の恐怖から完全に逃れられるわけではないが……。
風紀委員が好んで来る場所ではないし、雲雀も憂さ晴らしに来る程度なので表通りよりは幾分かマシなのだろう。
「泳がせておいたやつか……」
「最近なんかあったんです? あんたが裏社会のことを知りたがるなんて」
「……別に」
何かはあったが、それをこの男に言うわけにもいかない。
はぐらかして、さっさと話を進めるように促す。
「次はどれだと思う?」
「並盛の殺し屋についてなら、あんたの方が詳しいだろ?」
「おい、情報屋。知ってるだろ。俺はそっちは素人同然だってことくらい」
俺がそれについて調べだしたのは、ほんのつい最近だ。
六道に聞いた話によると、裏社会には裏社会のルールがあるらしい。
組織の秘密を絶対に外部に漏らさない。
マフィアというのは、一種の秘密結社なのだそうだ。
それにしては、あの赤ん坊はペラペラと自分がマフィアであることを公言していた気がするが……。
「ナイフで脅さないでくれます?…………俺の予想だと、次は最近売り出し中の兄弟かなぁ」
兄弟で殺し屋なんてするものもいるのか。
殺し屋とは想像以上に、単純で複雑なのかもしれない。
「なんでだ?」
「噂によるとヴァリアーの
「俺は殺し屋じゃない」
「似たようなもんでしょ、夜の秩序様」
「……並盛に秩序は二人も要らない」
「変な餓鬼だなぁ、全く」
変じゃない。
並盛の秩序は雲雀でなくてはいけないのだ。そもそも俺である必要はないし、二人も要らない。
俺が夜に出歩いて、そこで害を為すものをとっちめるのは、単に自身のエゴなのだ。それは秩序なのではなく、混沌を押さえているだけのこと。
そもそも、優先順位は町が一番上ではないのだから、俺はどうしたって秩序たり得ないのだ。
「……ところで、裏社会っていうのは、おかしなやつが多いのか?」
「藪から棒になんです。……そりゃ、おかしくなかったらあんな世界やっていけないでしょう」
「お前でも正常な方なのか?」
「あのねぇ。俺はグレーでいたいんですよ、出来ることなら」
それはもう、グレーじゃないってことなんだ。……気を付けるのは、お前の方だよ。
無論、そんなことは言わなかった。
「ところで、いつも思ってるんですけど。なんで顔を隠してるんです? この辺りじゃ、もう殆ど必要ないでしょうに」
「……いつも言ってるだろ、内緒だって」
眼鏡にフード。顔は殆ど正しく認識できないだろう。
「あれ、見覚えある?」
深くフードを被った少年が、凄まじい速さで走っている。それを、二人の暗殺者が追いかけている。
双方のスピードは並みのそれではない。
「ないね。おそらく一般人だろう」
「……ホントにそーかよ。あの動き、ぬるま湯に浸かってたとは思えねーけど」
ベルフェゴールは桂木の身のこなしを見て、それが訓練されたようなものであることに気付く。
桂木の体は、幼少から桂木のウサギと共に過ごし、鍛えられた。故に兎に近い筋肉の付きかたをしており、純粋な脚力だけなら、優れた暗殺者すら凌駕するのだ。
「最悪だ……!」
桂木が二人に追われることになった理由。
それは、数分前まで遡る──。
「貴様よくも弟を!!」
「………?」
桂木が情報屋と別れてすぐ。未だ裏町をふらついていたとき、狭い路地から怒号がした。
「なんだ、喧嘩か……?」
荒くれ者の多いここでは、喧嘩は日常茶飯事だ。しかし、非常に稀なことだが、それで殺傷沙汰になることがある。
桂木は覗くだけ覗こうと、気配を薄くしながら顔を出し……瞬間的に体を180度回転させた。
(ダメ、だ)
彼は目撃した。
地に倒れ伏した血塗れの死体と、目の前で見えない何かに切り裂かれる男の姿を。
それを笑って見つめる少年の姿を。
───まずい。
人が目の前で死ぬという光景を見るのは初めてじゃない。スプラッタと呼ばれるような類いのものも、初めてじゃない。
けれど、そうじゃない。そこが重要なのではない。
あれは、あの手口は、プロの暗殺者……!
桂木は駆け出した。
目撃者は大抵殺される。この場にいては、発見される危険性がある。
いや、それも既に遅かった。
「ベル、逃げられるよ」
「わかってるっつーの!」
何かがくる……!
桂木は咄嗟に路地を曲がる。
直後、背後で小さく金属の落ちた音が聞こえたのを彼が聞き逃さなかった。
(ナイフか……?)
流石に音だけでは、武器を判別することは出来ない。
桂木は頭の中に地図を浮かべながら、路地を走った。
──現在。
(あれが例の切り裂き王子……と、赤ん坊……!?)
ちらりと後ろを見やれば、随分と奇妙な二人組だった。
桂木と同じくらいの年頃であろう少年と、顔をすっぽりと覆ったフードで隠した赤ん坊。
だが、その二人は俊足の桂木になんとか着いてきている。
(地の利はこっちにある。複雑な道か、表にまで出ればこっちの勝ちだ……)
「って、うわっ!?」
何か風を切る音が聞こえた気がして、体を体を半身分動かせば、その隣を数本の独特なデザインのナイフが通り過ぎた。
「ちゃんと狙いなよ」
「避けるアイツが悪いんだよ」
(いや、投げるお前が悪いんだろ!?)
そんな言葉は口に出せず。仮に出したとしても、ベルフェゴールは大して気にも止めなかっただろう。
(仕方がない……)
桂木は勢いを殺さずに道を曲がる。
壁にぶつかりそうだったので、三角跳びに似たようなことをして回避する。
その瞬間、桂木は消えた。
勿論、それに追っていた二人が気付かない筈もない。
二人が角を曲がったとき、あるはずの姿が消えていたのだから。
「……おいおいマーモン」
「これは、幻術だね」
マーモンが辺りを見回しながら呟いた。
おそらく、まだ見える範囲にいる筈だと。
「それなりの術士のようだけど……」
「もしかして例の霧の守護者ってやつ?」
「それなら随分と御粗末だね。今まであんなに居場所を隠してたくせに、間抜けにも姿を晒すなんてあると思うかい?」
暫くして、マーモンは「諦めよう」と言った。
「なんでだよ」
「こうして会話をしているうちに、逃げられてるからだよ」
ベルはその言葉に一瞬だけ考えると、仕方がないとばかりに頷いた。
このような姿だが、マーモンは卓越した術士だ。
二人はその場を後にした。
──その頃、桂木はというと。
「はぁ、なんでこんなことに……。あ、臭い……」
マンホールの下にいた。
桂木は逃げるのが困難だと気付いたとき、マンホールの中──つまり下水道に逃げることを考えた。
しかし、マンホールの蓋は重さ40㎏もするため、完璧に行うには時間稼ぎが必要だ。
彼はそれを幻覚で行った。
マンホールと自分を含む周囲を幻術で誤魔化し、持っていた杵でテコの原理を応用し、重い蓋を抉じ開ける。
中に入り蓋を閉じ、あたかも走り去ったかのように見せれば、それでおしまいだ。
(顔は見られなかっただろうな……?)
最初からこの手段を取ればよかっただろうと思うだろうが、彼にとってはこれは最終手段だった。
理由は想像がつくだろう。
「酷い目にあった……」
マンホールから出てきた桂木は、自分の服の臭いを嗅いだ。
「やっぱり移ってる……最悪だ……」
服というよりは、桂木の全身に下水道の酷い臭いが纏わりついていた。
そう、臭いがとにかく辛いからだ。
「これするとウサギが寄ってこないんだよな……」
一度家に帰ってシャワーなり風呂に入るなりしなければならないのだが、それまでの間、桂木のウサギ達からは、汚いもの(実際汚いのだが)を見るかのような目で遠巻きにされるのである。
尤も、彼等は嗅覚が優れているのでそれは仕方がないのかもしれないが……。
ちなみに桂木自身も嗅覚はそれなりに良いので、本人にとっても諸刃の剣であったりする。
「このまま帰るのか俺……?」
桂木はしばらく、その場に立ち尽くした。
その後、家に帰ると、玄関で母親に見つかり、凄まじい臭いについて問い詰められたのだが、正直に話すわけにもいかず。
桂木は裏社会に関わるとロクなことがないな、と再確認するのだった。
これは蛇足だが。
「大福? ほら、石鹸で全身洗ったし着替えたから……な?」
相棒に寄ってもらえないことで、困り果てる桂木の姿があったとか、なかったとか。
ドキドキ! ヴァリアーとの鬼ごっこ!
を見事乗り越えた桂木は、これからいったいどうなるのか!桂木の運命や如何に!?
……ちょっとふざけました。
ベルの例の現場に遭遇してしまう哀れな明祢くんです。
マーモンですが、クロームの幻覚に騙されている部分もあったことや、フランの幻術は最後には勘の台詞。
術士であっても幻覚の奥にある本当の姿を詳細にとらえるのは難しいという解釈をしています。
また、明祢と二人の距離がそれなりに開いていたことにし、マンホールを閉じたと同時くらいに、二人が角を曲がってきた……と思っていただければ。