雲雀は月夜を咬み殺さない   作:さとモン

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23.霧

「おい、六道。髑髏を使って雲雀に会いに行ったな」

 

髑髏に向かって、俺はそう言っていた。

 

「……骸様が、君の雲雀恭弥に対する情報収集能力には目を瞠るものがありますねって」

「六道に言っておけ、馬鹿にするなとな」

 

どこか遠いところから、きっとクフフ、と相変わらず怪しげに笑っているだろう男の顔を浮かべて、一つため息をつく。ため息をすると幸せが逃げると言うが、正直自分の幸せはとっくの昔に逃げているので、構いはしない。

 

「私、できるかしら」

「……数週間だけだが、お前を見ていて、ついこの間まで幻術のげの字も知らない少女がよくここまで出来たものだと思っている。自信を持っていい」

「……本当に?」

「無駄な嘘はつかない」

 

これはお世辞でも何でもない、ただの本心だ。

家族以外で、ここまで深く人と関わったのは久しぶりだったが、だからこそわかることもある。存外、この時間は悪くはなかった。

 

「お前のできる限りのことをすればいい。俺も六道も、けして責めたりはしない」

「……変な人」

 

髑髏は俺のことをじっと見ながら言った。

 

「俺が?」

「そう」

 

髑髏は首を傾げている。

そこまで言われるほど、自分が変だと思ったことはない。だが、彼女からすればそうなのかもしれない。

懐かしいような表情だ。昔の雲雀は、自分にわからないものがあると、よくこういう顔をしていた。

 

そこまで考えて、腑に落ちた。

……あぁ、なるほど。わからないのか。

 

彼女はきっと、優しさに触れてこなかったのだ。それなら、城島と柿本の側はいやすかっただろう。彼らは露骨に優しく接してこない。それは彼女から戸惑いをなくす。

六道はよく考えたものだ。彼にとっての誤算は、俺が相当な心配性だったことくらいだろう。

 

 

 

 

 

夜。俺は並中の体育館の前にいた。

髑髏と六道の戦いを見届けるために。

 

「た、体育館!?」

 

中から沢田の声が聞こえる。

……まぁ、いいか。

 

「来たか桂木」

「どうも、赤ん坊」

 

中に入ると、いの一番に、あの黒い赤ん坊が声を掛けてきた。それに返事をして、周りを見る。

……なんというか、視線が痛い。

それもそうか。いきなり、今まで来なかったやつが現れたんだから『霧の守護者』とやらと勘違いするのも訳ないか。

 

「ま、まさか桂木さんが霧の守護者!?」

「んなわけあるか」

「じゃあなんでテメーはここにいんだよ!?」

「そりゃあ、来ないわけには行かないだろ」

 

沢田の問いには正直に。獄寺の問いには、曖昧に答えた。二人は不思議そうに頭を傾けるが、どうせいずれ分かることだ。

その時、沢田が何かを察知したように入り口の方を向いた。……あぁ、来たのか。

 

「こっちの霧の守護者のおでましだぞ」

 

赤ん坊が言った。それで十分だった。

振り返ると、まだ見慣れない顔がそこにいた。

城島犬と、柿本千種。

二人の出現に、沢田たちが騒ぎ出す。あぁ、気持ちは分かる。彼らはかつて、お前たちの敵だったのだから。

 

「おちつけ、おまえ達。こいつらは霧の守護者をつれてきたんだ」

 

赤ん坊の言葉に、彼らは思い思いの反応を示す。

 

「う……うそだ。……霧の守護者って……ろ…六道骸!!」

「半分外れだな」

「クフフフフ……」

 

俺の言葉に被せるように、六道骸のような特徴的な笑い声が響く。そして──

 

(Lo nego)

我が名はクローム(Il mio nome è Chrome)。クローム 髑髏」

 

その少女が現れる。

 

「六道骸じゃ……ない!?」

 

場の動揺に、つい笑ってしまった。

 

 

 

 

沢田たちが髑髏のことを六道ではないのか、と疑問に思っていると、獄寺が「だまされないでください!! そいつは骸です!!」と声を張り上げた。

その言葉に、髑髏が「信じてもらえないのね」と眉を下げる。

 

「六道骸じゃ……ないよ……」

「!」

 

沢田の言葉に驚いたのは獄寺たちだけではなく、俺もだった。

今の髑髏の外見は、六道のそれに酷似している。とてもじゃないが、断言できるほどの材料はないに等しい。

 

「かばってくれるんだ」

「どうした、髑髏……」

 

彼女が沢田に近づいていく。……なんだろう。何故か嫌な予感がする。

 

「ありがと、ボス」

 

髑髏はそう言って、沢田の頬にキスをした。

──キスをした?

 

「え゛え゛──!!」

 

沢田と獄寺の叫び声が遠く聞こえる。

目を疑った。

瞬きをする。目の前は変わらない。

そして、脳がしっかりと現実を認識したとき、体が動いた。

 

「なにしてんだ──」

「や、やめなさい! 簡単に他人にキスなんかするな!」

 

獄寺が叫ぶのと同じくらいに、髑髏と沢田を引き離す。

 

「でも、挨拶……」

「ここは日本だ!」

 

誰だ。日本社会で生きてきたであろうこの子にそんなふざけた常識を教えたやつは。

 

「保護者……」

「柿本、聞こえてるぞ!」

 

俺が教えるのは幻術だけでなく、一般常識もだったかもしれないと、今更ながら後悔する。

頭を抑える。頭痛はしていないが、頭痛がしそうだった。

 

「で、どーするのだ? 仲間に入れるのか?」

「入れるわけねーだろ!! こんなどこの馬の骨だかわかんねーよーな奴!!」

 

笹川の疑問に、獄寺が吠えた。

瞬間、背後の二人から殺気が飛んできた。勿論、俺ではなく獄寺にだが。

 

「……ったく」

 

殺伐とする二人に呆れ半分だが、かくいう俺も少し苛立っている。

……仕方がないこととはいえ、曲がりなりにも弟子にした人間が疎まれるというのはなかなかに応えるものがあることを、このときはじめて知った。

 

「犬……千種落ち着いて。あなたたちが決めることじゃないよ」

 

髑髏は苛立つ二人に向かってそう言って、沢田に向かい合う。

 

「ボス。私、霧の守護者として失格かしら」

 

自分は霧の守護者として戦いたいが、あなたがダメだというのなら、それに従うと。彼女は沢田に言った。

勿論、沢田は動揺する。

だが、今ここに霧の守護者として戦えるのは彼女だけだ。

 

「じゃあ、頼むよ」

「な!! いいんですか十代目!?」

 

慌てる獄寺に、沢田は彼自身半分わかっていないながらも、絞り出すように説明した。

 

「うまく言えないけど。彼女じゃなきゃ…いけないのかもって」

 

その言葉が、どれだけ髑髏を安堵させただろう。

彼女は手に持っていた槍をぎゅうっと強く握って、溜めていた息を吐いた。

 

「ありがと」

 

ああ───よかった。

彼女は自分自身でちゃんと進んでいける。俺がいなくても、もう大丈夫だ。

 

「よし、じゃあ俺、帰るから」

「うん」

「……か、帰るんですか!?」

 

沢田が驚いた顔をする。

そもそも、ここに来た目的というのは、彼女が沢田たちに受け入れられることを確認することだ。

 

「うん」

「なんで……」

 

あまり気分はよろしくないが、折角なので答えてみることにした。

 

「この空間、裏社会の人間が多いから」

「えっ……?」

「会いたくない奴もいるし」

 

ヴァリアーとやらを一瞥して、それから髑髏を見た。……この言葉は、六道に届いているのだろうか。

 

「それに……見たくないものがあるから」

 

最後は目を伏せて言う。

目を開けば、皆が呆けたような顔をしていて、ここまで目立つつもりはなかったんだけどな、とだけ思った。

背中に視線が刺さるのを感じる。不愉快だが、仕方がない。それ以上の気持ち悪さは感じたくなかった。

 

すれ違いに、鷲にぶら下がった赤ん坊を見る。……最近の赤ん坊は、あんな風に喋るのだろうか。

 

体育館を出る。

気分の悪さを耐える。

中の様子がわからなくなるまで遠ざかったところで、足が止まった。

 

 

幻術を使うのは良い。でも、幻術の殺し合いだけはどうしても無理だ。

それだけは、過去のトラウマを刺激する。……幻術自体への忌諱はなくなったのに、これだけはなくならなかった。

昔、幻術で人を殺した。それが震えるほど恐ろしかったのを、今でも鮮明に思い出すことが出来る。

幻術を使うことにためらいはない。利用できるものは最大限使ってやればいい。でも、それで人を傷つけるのも、それを見るのも怖い。

だから、逃げ出した。人の傷つけ方だけは六道に任せて、幻術の使い方しか教えなかった。

体育館の外の壁にずるずるともたれながら、頭を抱えて座り込む。

 

「お前は本当に最悪だよ……明袮」

 

自分を罵倒する。

本当に……トラウマってやつは厄介だ。

 

 

 

 

これは別に、誰かに聞かせるものではないが、あの少年はどうも、何かがずれていると思う。

まず、明らかに術士に向いていない。幻術で他人を傷付けることを厭う術士など、術士として未熟にも程がある。

なにより、彼は自分の命に重きをおいていない。今は理由があるから死なないだけで、その理由を失えば、簡単に命を投げ出すだろう程に。

おそらく、そこが一番ずれている。

 

骸は全てが終わった後、水牢の中でそんなことを思った。




弟子に甘いな、君……。

原作の場面の方が難しいなぁ、と思いながら書いていました。
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