十年。
秒単位に換算するなら、およそ315360000秒。人の一生からすれば短く、けれど長い時間だ。
報せが届く。約三億秒を超えて、彼らがやってきた、と。
無意識のうちに、口角があがるのを感じた。
──あぁ、もうすぐだ。
「失礼します」
「………君は?」
「ブラックスペルのラウロです」
「君が、あの?」
「あの……というのが、何を指すのかは知りませんが、ブラックスペルにラウロは一人だけです」
表情は冷徹だったが、敬語そのものは使い慣れているのだろう。そこにぎこちなさは存在しなかった。
入江は驚く。ブラックスペルの主要人物は、ジッリョネロ時代からの荒くれ者が多い。だが、目の前にいる青年からは、荒くれ者というよりは、ホワイトスペルにいる方が似合うと思えるほどの思慮深さを感じた。
「えーと、それで、何のようかな?」
「先程日本に来られたということで挨拶を」
「あぁ、なるほど……ホワイトスペル 第二ローザ隊 隊長 A級 入江正一だ。よろしく」
「ブラックスペル 第四チクラミーノ隊 隊長 B級 ラウロです」
西洋人らしく差し出された手に、入江は握手をする。
ごつごつとしており、そこには武人らしさが感じられたが、ラウロが武人であるという話は聞いたことがなかった。
術士というのは、一般的に武術は苦手だと聞くが、かの幻騎士や六道骸の例もある。なにより、彼は幻騎士の弟子なのだから、あり得ないことではないだろうと、入江は結論付けた。
「それと昨日のことですが、任務完了の報告をと思いまして」
「任務……それって」
「はい。桂木明祢を殺しました」
「!」
ラウロは顔色を一つも変えずにそう言い放った。
桂木明祢。入江も、その名前は知っていた。
ボンゴレファミリーの守護者たちと交流を持ち、クローム髑髏に至っては師匠という立場にある男。それを、殺したと言うのだ。
「本当に殺せたのか?」
「術士である俺を疑う気ですか?」
「それは……」
ラウロはミルフィオーレでは三本の指に入るとされる、優れた術士だった。ボックス兵器も、それに見合う強力なものだと聞く。
その彼が殺したというのなら、本当にそうなのだろう。
だが、入江はいいもしれぬ違和感を感じていた。
ラウロの実力を疑っているのではない。桂木明祢の実力が未知数だからこそ、ラウロの発言に確証を持てずにいるのだ。
「花を手向けました」
「花……」
ミルフィオーレに所属していて、ラウロを知っているものならば、花を手向けたという言葉がどういうことを指すのかは知っている。彼が人を殺したことの証明だ。
「そうか。わかった。白蘭さんには僕から報告しておく」
「……白蘭に報告するほどのことですか?」
「一応だよ」
入江はラウロを見た。白蘭と言ったときの彼の表情には、明け透けにされた嫌忌の念があった。
……それも当然か、と入江は思う。ラウロはジッリョネロファミリーに所属していたブラックスペルの一員だ。どんなに彼が慇懃な態度を見せようと、その腹の中はそうではないということだろう。ジッリョネロは、白蘭のせいでジェッソと合併させられたのだ。恨みつらみは当然のことだった。
「そうですか。では、俺はこれで失礼します」
ラウロは去り際に入江の背後にある、丸く白い装置を見て、口元を緩めた。
入江はそれに気づくことはなかった。
報告を終えた。
廊下を歩いていく。自分の足音が反響する。
ここはホワイトスペルの巣窟で、油断はできない。
早く自分の所属へ帰ろうとして早足で抜けていく。周りの奇異の目がうっとおしい。
「ラウロ」
聞き慣れたくない声が、名前を呼ぶ。
「……なにか?」
振り返ると、そこには白い服に身を包んだ灰色の髪の男がいた。
サリーチェ・グリージョ。イタリア語で柳の名を持つ男である。
自分は、この男が好きではなかった。ホワイトスペルということもあるが、なにより、彼がこちらのことを嫌っているからだ。尤も、それ以外にも理由はあるが。
「お前が桂木明袮を殺したってのは本当か?」
──桂木明袮。
ボンゴレ狩りでの標的の一人だった男の名だ。守護者である雲雀恭弥、クローム髑髏の二名と深い関わりがあったこと。中学時代にボンゴレボスと守護者たちが関わった事件の一部に関与していたこと。そして、術士であることから、優先的に殺すように命が出ていた。
……自分が殺した男だ。
「そうだが、それがなにか?」
事実なので肯定する。すると、グリージョはみるみるうちに眉間にシワを寄せ始める。もともと温厚とは言えない顔をしていたが、余計に恐ろしい顔立ちになってしまっていた。
「なにかじゃねぇよ。あれは、俺が殺すはずだったんだ」
「一度逃したことを悔やんでいたのか?」
記憶が確かなら彼は一度、桂木明袮を逃している。だが、それは仕方がないことだとも言われている。
桂木明袮はクローム髑髏の幻術の師で、その腕はなかなかのものだった。並の隊員では手も足もでなかったであろうことは容易に想像がつく。実際、Bランクで術士でもある自分でも手間取ったほどだ。
だが、彼の表情にはそれ以上のものが見え隠れしているように見えた。
「そうじゃねぇ」
「ならば何故」
「テメェに教えるわけ無いだろうが」
「……確かにそうだな」
グリージョは嫌悪に塗れた瞳で俺を睨んだ。
子供ならば泣き出すようなものだったが、生憎と自分は子供ではないし、子供であったとしてもこの程度ならば恐ろしくもなんともない。
「もう用がないのなら、俺は帰らせてもらう。ここは居心地が悪いんでね」
「……さっさと行け。お前と関わってるとこっちも気分がわりぃんだよ」
グリージョの顔を見た。心底嫌そうな顔をしていた。
自分も嫌そうな顔をしているのだろうな、とぼんやり思いながら、場を後にする。
……彼が嫌そうな顔をしていたのは、真実自分と一緒にいるのが苦痛で仕方がなかったからだ。彼は過去に術士関係で酷い目にあったらしく、以来術士が嫌いなのだという。
術士である自分といるのは、相当耐えることだっただろう。
個人的には別に困るわけでもないし、むしろ好都合なのでそのままでいてほしいところだ。
廊下を歩く。
歩きながら、自分の服装を眺めた。
黒い服。自分には似合うかもしれないが、あの子には似合わない。あの子は白い服が似合う子だった。
数年前、ブラックスペルがまだジッリョネロファミリーだった頃を思い出す。
……ギリッと、歯軋りをする音が聞こえた。
許せないのは、自分も同じだ。
綱吉はベッドの中で考えていた。
山本は十年間で出来た知人の殆どは消されたと言っていた。行方不明というのは建前で、おそらくは……。
ロンシャンや桂木、持田とは、特別深い仲だったわけではない。ロンシャンは敵対マフィア、桂木は学校の先輩、持田に至っては一方的に嫌われている。(綱吉自身も、彼のことが好きではないが)
それでも、彼らは殺されていい人間ではなかった。ただ、ボンゴレである自分たちに関わったというだけだ。だが、それだけでは、殺される理由になんてならない。
(神様仏様、お願いします。どうか…母さんや京子ちゃんやハル達が無事でありますように…!!)
グスッ、と涙を堪えることも出来ずに泣いていた。
獄寺は上から聞こえるそれを、聞こえなくなるまでずっと聞いていた。
「あーあ、ミー疲れちゃったなー」
「う゛お゛ぉ゛い゛!! クソガキ、テメェ大変な時にどこ行ってた!!」
「スクアーロ隊長ー、耳元で叫ぶのやめてくださいー」
「答えろぉ! 三枚におろすぞ!!」
「知人のところですよー」
スクアーロの怒鳴り声に、フランは耳を塞ぐ。
知人とは言うけれど、実際はどうなんだろう。誘拐犯? それともニイサン?
あぁ、ニイサンは違う気がする。彼はそう呼ばれるのを厭うだろうけど、別にそんなに深い間柄ではないか。
フランはスクアーロの説教じみた怒鳴り声を右から左へと流しながら、なんてことないように考える。
「テメェがいない間にボンゴレ本部は壊滅しやがったんだぞ!」
「あっ、それくらい知ってます。じゃなくてー、なんで同盟ファミリーを助けに行くんですかー?」
「るせぇぞガキィ!! 上司の命令には黙って従え!!」
「隊長ー、それパワハラですー」
そういえば、あの人はヴァリアーが嫌いだった。
フランがヴァリアーにスカウトされた時、一番イヤそうな顔をしたのは桂木だったという。フランはその時、桂木に直接会うことはなかったので、それがどんな顔だったかは知らないが、想像には難くない。
「死ぬってどんな感じなんだろうな……」
桂木明袮が死んだという報せが届いたのは、フランがイタリアについてすぐのことだった。つまり、別れてすぐに殺されたのだ。
だが、フランに後悔はない。本人が覚悟をしていたことを知っているからだ。
死ぬ、師匠ならば答えられるだろうか。あの人は六道を廻ったらしいから、よくよく知っているはずだ。
あぁ、でも、死んだあとに残された世界は知らないはずだから、意味がないか。
「つまらねーこと言う暇があったら、作戦会議に加われこのクソガキィ!」
「いつか本当に訴えようかなー。あっ、でもここ暗殺部隊かー……」
そう言いながらフランはスクアーロの後をついて行く。
フランはそこまで他人に興味を示さない。
フランにとって、桂木はなんでもない。
けれど、ちょっと考える程度には気に入っていたのだろう。
フランを連れ出したのは、骸ではなく、桂木だったのだから。
主人公不在で一話進むことになるとは……。いや、プロット時点でそうなることは決まっていましたが。
オリキャラ二人は、ミルフィオーレが花の名前が多いですから、とりあえずそういう方向性にはしておきました。
安直だなぁと思ったり思わなかったり。