「野猿と太猿が喧嘩した?」
「あぁ、結構な怪我らしい。おまけに、匣を壊したって話だ」
「あの二人ならやりかねないが……」
昔から、彼等がちょくちょく喧嘩をしていたことをラウロは知っている。だが、彼等がそこまでのことを今起こすのかと言われると、頭を悩ませるのだ。
そもそと、そんなものが起きれば、隊長であり、兄貴分でもあるγが黙っているわけがない。
「どうする、聞いとくか?」
「やめとけ。どうせ、はぐらかされるだけだ」
「了解」
ラウロと話していた部下は、同じジッリョネロ出身の仲間だったが、彼等のやり取りには少しの距離があった。
第四チクラミーノ隊はブラックスペルだが、諸事情あって、ジッリョネロ出身の隊員が他の部隊よりもほんの少し少ない。
ラウロ自身、それを気にはしているものの、態度には一つも出さない。
「調べてみるか……」
誰にも聞こえないように、ラウロは呟いた。
ラウロの記憶では、第三アフェランドラ隊はボンゴレ狩りに熱心だった。そして、白蘭に対して忠誠心の欠片もない。……もっとも、それはラウロ自身も同じことだが。
つまり、独断で行動をした可能性があるということだ。
ラウロは部屋を出る。
「どこに行く気だ?」
「怪我した部下の見舞いだよ」
「……そうか」
部下の怪訝そうな視線に、ラウロは笑ってごまかした。
「何してたんだい? 沢田綱吉」
「ヒバリさん!!」
γを倒した雲雀に、綱吉は喜びの声を上げる。十年前より背が伸び、顔つきも大人のそれに変わっていたが、間違えることはなかった。
「山本武と獄寺隼人はその林の中だ」
「え!?」
綱吉は雲雀の言葉を信じ、近くの林の中へ入っていく。
木々と地面が抉られた場所に、二人は満身創痍で倒れていた。
「獄寺くん!! 山本!!」
「大丈夫。命に別状はありません」
綱吉が駆け寄ると、二人の傍らにリーゼント頭の男がいることに気付く。見覚えのある顔だった。
「草壁哲矢。雲雀の部下です」
十年前の世界では、風紀副委員長だった男だ。
綱吉は、黒曜の一件のときに病院で見かけた姿を思い浮かべていた。
「とはいえ、すぐに治療は必要だ…。アジトへ運びましょう」
良かった。とへたりこんだ時、林の奥の方から、草を踏みしめる音が聞こえた。
「……なにしてんだ、沢田」
「へ?」
後ろから声を掛けられ、振り返る。
綱吉の前に、あり得ないはずの人物が現れた。
「か、桂木さん!?」
焦げ茶色の髪に、顔を隠すような眼鏡。
そこにいたのは、行方不明とされていたはずの桂木明袮だった。
「幽霊でも見たような顔だな……というかなんか若くないか?」
驚く十四歳の綱吉を見て、桂木も目を丸くさせる。
その声は声変わりしたのか、聞き慣れない低いものだった。
「知り合いか、沢田」
「はい、でも……」
「……」
だが、綱吉は知っている。桂木明袮は行方不明──つまり、死亡している可能性が高い筈の人間だ。そんな人物が、敵が周りにいるような状況で、こうも平然と現れられるものなのだろうか。
綱吉がぐるぐると思考を巡らせている間、雲雀は桂木を睨むように黙って見ている。
(それに……なにかが違うような……)
綱吉が感じていた感覚は、初めて感じるようなものではなかった。一、二ヶ月ほど前、あるいはほんの数日前に感じた寒気がするような気配と似ている。
ここ数ヵ月のうちに冴え渡り始めた直感が、違和感を訴えている。警鐘を鳴らしている。
──気付け、と。
綱吉の頭に、ある言葉が浮かびあがった。
「幻覚……?」
綱吉の口は、頭に浮かんだ言葉を、無意識のうちにそのまま零していた。
「……!」
「沢田?」
隣にいたラル・ミルチが綱吉を見る。発言した綱吉自身も、自分の発言に後から驚いていた。
桂木が、目を丸くして綱吉を見る。
「なるほど……これがボンゴレの超直感というわけか」
先程の桂木と同じ声質で、感心するような声が発せられる。それと同時に、桂木の体を覆うように、深い霧が局所的に現れた。
「……まさか」
霧が晴れていく。その先に、一つの人影がある。
姿がはっきりと見えてきたとき、ラル・ミルチが声を上げた。
「貴様は、手向けの死神!!」
「……」
そこにいたのは、桂木ではなく、ラウロだった。
ラウロは桂木に似た…というよりは、東洋人の血でも入っているのか、西洋人にしては彫りの薄い顔つきをしていた。
「手向けの死神って……?」
「ミルフィオーレの隊長の一人だ。殺した死体が魂を抜かれたようであったからその名がついたと聞いている」
「つまらない通り名だ。まだ死出の花の方が似合ってる」
「そんな冗談を口にできるような状況だと思っているのか?」
「まさか」
とはいうものの、ラウロの態度は余裕と言わんばかりだった。もしくは、余裕に見せかけていたのかもしれない。
「それにしても、顔と名前を知られているのは、術士としては半人前だな」
やれやれ、と肩をすくめるラウロに、綱吉は動揺する。
桂木は行方不明だった。だというのに、この男はわざわざ桂木の姿を利用した。
まるで、気づいてくださいといわんがばかりに。
綱吉には、ラウロが初めて会ったときの骸に似ているように思えた。
「桂木さんは……!?」
「あぁ、あの男。桂木明袮なら俺が殺したよ」
「!!」
少し思い出すような素振りを見せた後、ラウロは今日の天気予報の結果を言うような気軽さで、そう答えた。
直後、場の空気が一瞬にして冷たくなった。
突き刺さるような殺気を放っていたのは、ずっと黙っていた雲雀だった。
「恭さん……!」
「おかしいな、雲雀恭弥と桂木明袮は仲が悪いって聞いていたんだが……」
「……」
首を傾げるラウロに対し、雲雀は表情を変えない。
ラウロは笑みを浮かべながら、何か眩しいものでも見たかのように目を細めると、不敵に笑った。
「さて、もうそろそろだ」
「何を言って…………!?」
ガクリ、とラル・ミルチがその場に崩れ落ちる。同時に、綱吉や草壁も膝をついた。
筋肉に力が入らないというより、筋肉そのものが動かない……麻痺している。
「安心しろ。死なれちゃこまるからな、致死量は盛ってない」
「毒だと……いつの間に…」
「俺が桂木明袮として現れたときからだよ」
ラウロが全員に見えるように掲げたのは、空になった匣兵器だ。
「あんたらにはこのまま、とりあえず気絶してもらうことにし……て!?」
ラウロが急に、後ろへ下がった。瞬間、彼のいた場所を通る銀色のトンファー。
黒い瞳が、真っ直ぐにラウロを睨み付けている。
「ひ、ヒバリさん!」
震える唇で綱吉が叫ぶ。
ラウロは、周りが膝をつくなか、一人だけ平然と二本足で立つ雲雀を見て、驚愕していた。
「嘘だろ、ピトフーイの神経毒だぞ」
「なにそれ」
信じられないものを見たかのような表情をするラウロ。
雲雀の周囲に、オレンジと黒の鮮やかな色をした小鳥が現れる。
ピトフーイ。特に、ズグロモリモズは、世界で初めて毒を持っていることが発見された鳥であり、その羽根一枚で人間は死亡すると言われている毒鳥である。
ラウロの匣兵器は、霧ピトフーイ。景色と同化させることにより、気付かれない間に毒を仕込み、弱ったところに止めを指す。それがラウロのやり方だ。
ラウロによって強められた毒は、人間大の生物であるのならば数分で動けなくなる。
だが──、雲雀恭弥はその限りではない。
綱吉にとってはつい数日前の出来事になるヴァリアーとのリング争奪戦では、雲雀はゾウすら動けなくなるほどの毒を受けながらも、唯一動いていた人物だ。その雲雀に、そんなものは効かない。
「流石は雲の守護者ってところか」
「そんなのどうでもいいよ。……それより、証拠はあるの?」
「恭さん……」
草壁は、桂木が死んだなどということが信じられなかった。草壁は桂木にとって、おそらくは同年代の仲でもっとも仲の良かった人物だ。それでも、一定の距離を離されていた。
草壁は思い出す。高校を卒業してから、桂木が並盛にいることは殆んどなかった。
最後に会ったのは、二年ほど前だ。それですら、成人式の時に出会って以来だった。
それでも、生きているということは風の噂で知っていた。
行方不明になったのは、久々に並盛に帰ってきたときのことだったという。
雲雀がそれを知ったとき、どのような思いをしていたかは、草壁ですらわからない。
「……これはどうだ?」
ラウロが何かを取り出した。
黒い小さな物。それは煤けた指輪のように見えた。
雲雀がそれを見た途端、つけているリングから、凄まじいほどの紫の炎が燃え上がる。
雲雀は確信した。せざるを得なかった。桂木が生きているのであれば、ラウロが持ち得るはずのないものがそこにあった。
雲雀は激昂していた。本人が知覚できないようなところから、その怒りは溢れてきていた。
揺らめく炎は、まるで雲雀の怒りをそのまま具現化させたかのようだった。
「俺のことが許せないって奴か?」
「……違う」
「?」
「君がアレを殺したことが許せないんじゃない。君に殺されたアレが許せないんだ」
雲雀と桂木の関係は、一言では説明できないほど複雑なものだ。
全く何も知らないものから見れば、それは犬猿の仲のようであり。綱吉たちから見れば、それは長い間喧嘩を続けているような間柄だ。だが、結局はどちらでもなく。桂木が言うように、今は昔馴染みと形容するしかない関係性。
雲雀の様子には、基本他人に無関心な彼には珍しい感情があった。まるで、親しい仲であったかのような怒り。
雲雀を知るものならば、らしくないと言うような。
「殺す」
「わぁ、怖い」
雲雀の振るうトンファーが、ラウロの頬を掠める。鮮血が頬を伝う。
ラウロの口調は、桂木を彷彿とさせるものだった。執拗以上に、雲雀を煽るかのように。
「でも、あんたと戦うつもりはないんだ」
ラウロは後ろへ、後ろへと後退していく。
追う雲雀を、ピトフーイの群れが阻む。
「γがやられるような相手に、正面からまともに戦えるわけないだろ」
「逃さないよ」
雲雀の匣から、紫の炎を纏ったハリネズミが飛び出てきて、ラウロに襲いかかる。
雲ハリネズミによる攻撃は、ラウロに直撃するかと思われたが──、雲ハリネズミはラウロの体をすり抜けていってしまった。その様子は、まさしく煙に巻かれたようだった。
「あぁそうだ。雲雀恭弥」
別の、離れた場所から、ラウロが現れる。その肩にはγを背負っていた。
唐突に思い出したかのようなラウロの言葉に、雲雀の動きが一瞬止まる。確かに、雲雀は続く言葉を待っていた。
「『許さないでくれ』」
「……!!」
「確かに伝えたからな」
今までが嘘のような、真剣な表情。
それは、一体誰の言葉だったのか。
「今日は見逃してやる」と言って、ラウロが去る。劣勢だったのは、ラウロの筈だというのに。
雲雀は追いかけない。匣も出さない。
何を見逃すのか。それは後で推測されたことだが、ラウロは綱吉たちが逃げる時間を稼いだらしかった。
そのままいれば、本来は他に誰かが来たかもしれない。
数分後、毒が抜けたのか、或いはラウロが何かしたのか、三人とも次第に動けるようになっていた。
雲雀がカモフラージュされたアジトに入るとき、綱吉は雲雀の横顔を見た。
雲雀は、知らない顔をしていた。
匣解説
・霧ピトフーイ
大きさ 25cm パワー E スピードB スタミナ D 賢さ B 性格 慎重
設計者 イノチェンティ
体全身に毒を持つ。
霧の炎によって透明な状態となり、毒羽を対象に擦り付ける。
皮膚に触れただけでは体が痺れる程度だが、粘膜接触すれば死に至る場合もある。そのため、扱いには細心の注意が必要。
ラウロによって毒性が強められている。
技とか考えられなくてすいません。
ズクロモリモズは実際に毒のある鳥です。ただ、毒性の強さとかは捏造入ってます。
ピトフーイ=ズクロモリモズというよりは、ピトフーイという種類の中にズクロモリモズがいる感じです。
ラウロさんは毒の扱いに慣れてる人です。
雲雀さんなら効かないというか、効いても無駄だろうと思いました。だってデスヒーターくらって動いてるし。
十年経ってるし、ラウロさんも毒に関しては手加減してますから、余裕だろうなぁ、と。
この場面は書きたかったところです。
誰だって、その喪失には悩まされる。