最近は、不審者が多い。
今年の春から、黒服の男達が町を彷徨くことが多くなった。
昼間から銃撃音だの爆撃音だのが聞こえてくる気さえしてくる。
お陰で、夜は警戒しなくちゃいけなくなった。
前は、警察と不良にさえ気を付けていればそれで良かったのに。
例の黒服の男達が堅気の人間な訳がない。
遠目で見掛けたが、あれは血と硝煙を知っていると思う。
日本人ではなく、西洋人らしいので、ヤクザではないだろう。
流石に外国のそれらには詳しくない。マフィアだの、ギャングだの、コーサ・ノストラだの、おそらくはそういった類いの輩か。
並盛町では暴力団と呼ばれるものの力は弱い。
そんなものよりもおっかない秩序様がおられるからだ。
あれは自分のものである並盛で薬物が流通してるのはとことん許せないらしい。
覚醒剤等を資金源とするような組織は、ことごとく咬み殺されてきた。
でも、並盛は別に治安が良い訳じゃない。
そこいらに不良はいるし、暴力団だっていることにはいる。厳密にいうなら、風紀委員会が他所でいうところの暴力団にあたる存在だ。
この辺りの主要な施設は雲雀の支配下にあると言って良いし、夏祭りにショバ代を要求してるのは完全にヤクザもののそれである。
というか、ショバ代に五万もとるのはヤクザの相場よりも恐ろしく高い。下手したら、ヤクザよりも危険な組織だ。
名家の出だからって、金銭感覚が狂ってるんじゃないだろうな。
少し、雲雀を心配してしまう。
別に風紀委員会が嫌いな訳じゃない。雲雀と顔を会わせると大抵あぁなるだけで。
とはいえ、あれが並盛の治安を守っているのも事実である。
彼からすれば、並盛に外様の荒くれ者がいるのは、決して良いことではないだろう。
桂木はギリギリ不良ではないものの、良い子ではなかった。
と本人は思っている。
桂木家は雲雀家ほどかはさておき、並盛ではそれなりに古くから続く家である。
しかし、地主の家系であったわけでもなく、権力を有しているわけでもなし、桂木本人からすればただ古いだけの家だった。
世の中の若者が悪いことに引かれるのと同じように、桂木は夜の町を度々散歩する。
昼間は風紀委員の目が厳しい。
雲雀の手足である風紀委員は、委員長の雲雀を崇拝しているような節があり、その彼に従わず、攻撃もされない特別は、彼等からしてみれば目上のたんこぶだったのだ。
だから彼は、昼間は比較的おとなしい。
桂木は眼鏡を掛けていれば、一見平凡な少年に見えた。彼はまだ成長の半ばであったし、元々雲雀よりも少々小柄だった。
(因みに彼の眼鏡は伊達。理由は理知的に見えるから、という子どもじみたものであったりする。)
すれ違い際に、不良の一人と肩がぶつかる。
「おい」
夜、小柄な少年が不良達の屯する前へと現れれば、結果は目に見えていた。
──桂木明祢でなければ。
数分後、コンビニ前で不良の山が積まれることとなる。
夜の町を歩く。
良い子だって、雲雀だって眠る時間。
冬も目前に迫り、吐いた息も白くなる。
時折吹く風の寒さに、フードに潜ませた温もりで対抗する。
桂木明祢は夜を好む。
そのせいで明日の朝に響いているけれど、そんなことはもう気にしなくなってしまった。
咎めるものはいない。
両親はその辺りは放任主義で、文句を言う友人だっていない。
絡むチンピラはちゃんと対処できる。
素性がバレないようにするのはもう慣れてしまった。
学校の遅刻は雲雀がいつもうるさいけれど、彼はもうトンファーを桂木に向けない。
「どうするかなぁ」
桂木は生温い平穏よりは刺激的な混沌の方が性にあっていると思っている。
だが、敢えて自ら危険な方向へと進むほど愚かではないとも思っている。
結局のところ自分はまだ子供で、何もかもすべて一人で出来るほど完璧じゃない。
目線を下げる。
先程見た不良達とは異なるが、同じように地面に這いつくばるように転んでいる男。
左腕に映える刺青は、日本では見掛けない。一見弱そうに見えて、どことなく強そうで怪しい金髪の美丈夫を、どう対処するべきなのか。
纏う服は外国なんかの若者が好みそうなストリートファッションというやつだろう。
しかし、腰に僅かに見える黒い鞭は使い込まれているのは明らかだ。
それが怪しい。鞭を持ち歩く人間は普通じゃない。
──この人、多分あっち側の人間だ。
この場合のあっちが、果たしてどのあっちなのかは桂木自身も判別をしかねている。
桂木は、生憎とどちらの世界にも詳しくなかった。
「……大丈夫ですか?」
(例え怪しくとも)目の前で転けた人物を無慈悲に見捨てるほど桂木は冷たい人間ではなかった。
腰の鞭のことは一先ず忘れ、困っている人間に対する優しさとして手を差しのべた。
「あー、すまねぇな」
青年は桂木の伸ばした手を掴んで、何とか起き上がった。
あっ、と声をあげそうになるのを抑えた。
触れた手のひらは皮が硬かった。体に掛かる負荷は想像よりも重かった。
鍛えられている人間は、筋肉のせいで見掛けよりも重いことを、桂木は知っていた。
「あなたは……」
「いやー、助かったぜ。ホテルに行くだけなのに変に何回も転けるんだよ」
どこからどう見ても外国人の見た目で、日本人さながらに日本語を話す。
おかしいよなー、と笑う彼は自分のどんくさいところに気付いていないのだろう。
ある意味凄いな、と感心する。
彼は隙だらけだった。桂木が今すぐ攻撃をすれば、簡単に倒せそうだと思うほどには。
「怪我は?」
「この通り、大丈夫だぜ」
桂木はこれ幸いとばかりに青年を観察した。
とりあえず、怪我は本当になさそうだということを確認してから、男をまじまじと見た。
闇夜には目立つ天然の金髪は、この辺りでは見かけることがないからか、物珍しかった。
例の刺青は左腕だけかと思いきや、左の首筋にもあった。もしかすると、左半身全体に彫られているのかもしれない。
コートには、これといった不自然な膨らみも不自然なシワもない。
元々所持していないのか、そもそも所持する必要がないからなのかは分からない。
「よかった」
漏れた安堵には、複数の意味があった。
「いや、本当にすまねぇな……って、あれ?」
男が桂木を見て首をかしげた。
話をすればするほど、青年はそれらしくなくなって見える。
──俺の思い過ごしか……?
目に映る外国人全てが裏社会の人間に見えているだけなのかもしれない。
体を鍛えているだけで、別に特に危険はないのかもしれない。
大体、この人弱そうだし。
桂木は少しだけ警戒を緩めた。
「なんですか?」
「あー、えっと、気を悪くしたらすまないが……そのフード、おかしくねぇか?」
今度こそ、あっ、と声が出た。
桂木は今の自分の状態を思い出した。
いつもの散歩と違うこと。
確かに、おかしい。
フードの中で、もそもそと何かが動いた。
親しげな黒服の男達が来たとたん、青年の纏う何かが変わったのを感じた。
隙がなくなったのだ。
変な男だな。
さっきまで弱かったのに。
今では、自分が勝つという光景が浮かばない。
「ありがとな!」
にこにこと笑って手を振る青年の肩には、小さな亀が乗っている。
その姿が小さくなってから、とうとう張りつめていた警戒を全て解いた。
「やっぱりあっちの人だった……」
黒服の男達は、皆が皆とはいかないが、殆どの男のスーツに微妙な膨らみがあった。
ボス、と呼ばれていた。
あれでボスか、と桂木は少しだけ落胆する。想像上の組織のトップと全然違う。
思えば、フードの中の温もりはおとなしかった。
「最初から心配ないってことか?」
もう少し、そちらの知識をつけた方がいいかもしれない。
いつもより少しだけ早く、家路につくことにした。
夜明けには、まだ早い。
12月2日の夜。
雲雀さんと明祢くんの関係性が重要なので、彼に近しくなる人に会わせておこうと思って。
22歳なんですよね、あの人。日本ならまだ大学生、社会人成り立てくらいで。
世間一般じゃまだ子供の部類なのかなぁ、と。
でも、そんな彼から見る中学生たちも凄く子どもですよね。(普通かはさておき)
明祢くんの裏社会知識はテレビで得たものです。
彼もまだまだ中学生。
理想と現実が異なることに素直にショックを感じる年頃です。
フードの温もりはいずれ。