雲雀は月夜を咬み殺さない   作:さとモン

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29.過去に思いを馳せて

雲雀は一枚の写真を見ている。

二人の子供。

一人は笑い、一人は無愛想に睨み付けているような、そんな写真を。

 

 

初めて会った日のことを思い出していた。

幼稚園なんていう群れの中に入れられて、ムカついてたくさん咬み殺していたときに、雲雀はその少年と出会った。

 

「はじめまして、俺は桂木明祢。俺──うぇ」

 

何の警戒心もなしに、にこにこ笑って近付いてきたのが、彼だった。

勿論、雲雀は他の『草食動物』と同じように彼を殴った。彼の目には、他の人間と同じように見えたからだ。

 

「い、痛い……」

 

当然のことながら、明祢は勢いよく地面に飛ばされた。

明祢は殴られた頬を押さえた。頬は赤く腫れ、唇は切れて血が出ていた。

雲雀は無感動に明祢を見下ろした。そして思った。

 

(また、泣くんだろうな)

 

弱い子供の草食動物は、咬み殺されれば泣くもの。それが雲雀の中の常識だった。

だからこの時も、彼は目の前の草食動物は泣くと思っていたのだ。

 

「………?」

 

体は震えている。

けれど、泣き声はいくら待っても聞こえなかった。

 

「──すごいな、きみ!」

 

それどころか、聞こえてきたのは称賛の声。

雲雀は少しだけ驚いた。それは未知との遭遇だった。

殴っても泣かない奇妙な草食動物、それが桂木明祢だった。

 

「なぁ、名前は?」

 

明祢は笑う。輝いた目で、雲雀を見る。

雲雀は瞬きをする。

不思議だった。頬を赤く腫らして、血を流しながら笑っているその少年は、雲雀が始めて見る生き物だった。

明祢からは、絶対に名前を聞き出そうという静かな圧があった。

それに負けたわけではないが、雲雀は呟くように言葉を溢す。

 

「……雲雀恭弥」

「そうか、よろしく恭弥!」

 

心の底から喜ぶように、明祢は笑う。

その笑顔に、雲雀は虚をつかれたような顔をする。

雲雀にとって、こんな風に接してくる相手は初めてだったのだから、当然だったのかもしれない。

雲雀はわからなくて苛ついて。結局、この直後に明祢を思いきりぶん殴っていた。

 

 

 

 

 

 

「よお、ラウロ。いつになく不機嫌な面してんなぁ」

「………」

 

ラウロが廊下を歩いていると、グリージョに声をかけられた。だが、ラウロは無視をして通りすぎようとする。

 

「待てよ」

「……お前と話すことなんてない」

 

ラウロが不機嫌なのには、理由があった。

 

 

十年前からやって来たボンゴレについて、全十七部隊長ミーティングが行われた。チクラミーノ隊の隊長であるラウロも、勿論これに参加していた。

白蘭の目的はボンゴレリングの入手。否──。

 

「僕が欲しいのは究極権力の鍵。トゥリニセッテだよ」

 

ラウロには嫌いな人間が四人いる。そのうちの一人が、白蘭だった。

ミーティング中、ラウロは白蘭をずっと睨んでいた。

 

ラウロが白蘭を嫌いな理由は、大まかにするといくつかある。

一つは、ジッリョネロを事実上吸収合併したことだ。

彼にとって、ジッリョネロは帰る場所であり、字の通りファミリーだった。突然、家を奪われた憎しみは、なくなるどころか、年々強くなっていくばかりだった。

二つ目は、白蘭の軽薄さにある。いや、正確には底の知れなさと言った方がいいかもしれない。

 

(白蘭は誰も信用していない……これは茶番だ)

 

術士は、その性質ゆえに洞察力に優れた者が多い。ラウロもその例に漏れず、相当な洞察力を有していた。

そして彼は気付いた。

……白蘭は浮いている。空気がではなく、彼自身が世界から隔離されたかのように浮いているのだ。

吐き気がした。嫌いというよりは、受け付けないのだということを、ラウロは理解した。

 

「……トゥリニセッテ」

 

ボンゴレリング、マーレリングの各7つ、計14個の指輪と、アルコバレーノの七個のおしゃぶりの総称とされているが、何故そうなのかは不明だ。

ラウロが知っているのは、それが他のリングよりも特別なのだということだけ。

それもこれも、先代のボスに教わったことだ。

 

 

ラウロの肩をグリージョが掴む。

ラウロは顔をしかめながら、それでも無理矢理通りすぎようとした

 

「待てって言ってんだろうが!!」

 

グリージョの怒鳴り声が、廊下に響く。

周りにいた者達は、何事かと足を止め、彼等二人を見る。

 

「いい加減、迷惑なんだが」

「……あ?」

「お前が桂木明祢に執着しているのは、復讐のためだ。だからこそ俺が許せない」

「おい、待て」

「桂木明祢と似ていて、しかも桂木明祢を殺した俺が憎いんだろ」

 

それは、グリージョの知るラウロではないかのようだった。まるで別人がそっくりラウロの姿を装っているような。

 

「……あぁ、違うな。お前は怖いだけだ」

「黙れ!」

 

ラウロはグリージョの過去を知っている。何故、術士が嫌いなのか、その理由を知っている。

 

「俺は知っているぞ。お前が昔、奴に殺されかけたということを」

「なんで……テメエがそれを知っている!!」

 

グリージョは、ラウロに掴み掛かった。

冷や汗が、背筋を流れていく。

それは、白蘭しか知らない筈だった。他の誰も、そのことを知り得ない筈だった。

 

「嫌いな相手の弱点くらい、知っておかないといけないだろ?」

 

グリージョの目にはその姿が、死神か、あるいは悪魔のように見えた。

ラウロはグリージョが酷く顔を歪ませているのが堪らなかった。

だから彼は、嬉しそうに嗤った。

 

 

 

 

 

 

「──君ね、それがどれだけ大変なことか分かっているんですか?」

 

それはいつの話だったか……。高校卒業間際だったから、七年くらい前のことだ。

誰にも話そうとは思っていなかったが、色々と考えた結果、彼にだけは話しておこうと思って、無理矢理呼び出したのだった。

 

「俺は幻術の才能はなかったからな。こんな方法しか思い付かなかった。……上手くいったら褒めてくれ」

「嫌です」

 

六道との仲は、取引を始めたときから変わらずに続いている。

この頃になると、当初に感じていた罪悪感は薄れてしまっていたので、少し気が楽だった。

ある意味では、六道は自分をさらけ出すことの出来る相手だった。

自分の秘密をある程度教えてしまっているからこそ、彼には話しておこうと思えたのだ。

もっとも、計画のためもあったが。

 

「……まさか、お前と三年も付き合うことになるとは思わなかった」

「僕もですよ。存外、長く持つものですね」

 

三年も経つと、髑髏は六道ほどとはいかないものの、腕の立つ術士になっていた。もう、俺の指導は必要がなくなっていた。次第に、自然消滅的に俺と髑髏は師弟ではなくなっていた。

だというのに、六道は俺との取引を続行した。それが何故なのかは、俺にはわからない。

 

「嫌だなぁ。お前と共犯者なんて」

「僕の方こそ嫌です。僕は君が好きではありませんから」

「………知ってた」

 

共犯者。それは、あまりにも俺達にしっくりとくる言葉だった。

俺の構想は、あまりに無謀だった。少なくとも、一人ですることは不可能だっただろう。

そこで、俺は六道に協力を仰いだ。

その結果が、共犯者である。

 

「なぁ、六道。俺は、変わってしまうのかな」

「藪から棒になんです」

「答えてくれ」

 

俺は六道を見た。六道の左目に映る俺は、今にも泣き出しそうになりながら笑っていた。

変わるのが恐ろしかった。変わりたくなかった。

 

「いいですか。人間は変わるものです。君がいかに不変なものであろうとしても、それは不可能なんです。……けれど、君のそれは変わりませんよ」

「……………そうか。なら、いいんだ」

 

六道は、俺の戯れ言に真剣に答えてくれた。ただの共犯者に、なんでもない俺に、そう言ってくれた。

そこが変わらないのなら、俺はちゃんと歩いていける。

けして、六道を善人だなんて思わないけれど。悪人ではないとは思わないけれど。

……ああ、本当に。彼は悪魔みたいだ。

俺を救う気は、更々ないのだから。

風が吹いていた。六道の少し伸びた髪を揺らしていた。

 

「お前さ、沢田のことどう思ってんの?」

「何を今更。標的に決まっているでしょう」

「……なら、さっさとやればいいのに」

「なにか言いましたか?」

「別に」

 

それをしないということは、そういうことなんだ。

六道は沢田の体を狙っている。未だに世界征服を諦めていないらしいが、実際はどうなのやら。

 

「それで。…良いんですか?」

「あぁ。決めたことだから」

「いえ、そちらではなく。彼は良いんですか?」

「……それ、聞くことか?」

「えぇ」

「いいんだよ。アイツは強いから」

 

思い浮かべるのは、三年前の秋。

暴食の機械兵器を一瞬で倒したとき。

隣から、深いため息が聞こえた。

六道は俺に冷たい。けれど、だからこそ、俺は彼を共犯者にしようと思えたのだろう。

 

「どうして僕は君なんかと取引なんかしたんですかねぇ」

「悪いな、()

「………それ、想像以上に最悪ですね」

 

骸は呆れ混じりに、心底嫌そうな顔をした。

 

 

 

 

 

「君がここまで残酷な男だとは思いませんでしたよ、桂木明祢」

 

その呟きは、七年前から続く現在に向けられている。




桂木は人の名前を呼ばない。彼の中には、彼なりのルールがある。
彼が名前を呼ぶのは、家族と例外だけである。
今は。

未来編が進めば、あぁ、確かに桂木明祢は残酷だな、そんな風に思ってもらえるようになりたいです。

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