雲雀は月夜を咬み殺さない   作:さとモン

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30.指輪の話

右目の瞼から多量の血を流している少年は、その痛みに顔をしかめながらも、真っ直ぐに女と男を睨んでいた。

 

「ねえ、君。名前は?」

 

女が少年と視線が合うようにしゃがみながら、そう言った。

少年は女の意図を掴みかねていた。それを聞いてどうするのか、と。

その様子に、女は微笑んだ。

 

「その前に手当よね」

 

女は取り出した白いハンカチを、汚れるのも気にせずに少年の傷口に優しく当てる。

少年は首を傾げる。

男は二人の様子を黙って見ていた。

少年は女と男の二人を見比べて、それから周りにいる心配そうな表情をした町の住民たちを見た。至極不思議そうに瞬きをした後、少年は何かを思い出したかのように口元を緩めた。

 

「……ラウロ」

 

少年の突然の名乗りに、女は目を見開いて少年の顔を見る。

血を流しながらも、少年の表情は穏やかなものだった。

 

「そう……私はアリア。素敵な名前ね、ラウロ」

 

女の笑みは、大空の清々しさのように眩しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

十年前 並盛

 

「指輪が燃えたって……いや、まぁ信じないわけじゃないけど……」

 

数日前のリング争奪戦。大空戦のとき、俺は見に行かなかったわけだが、参加していた髑髏が言っていた言葉が気になった。

 

『リングが燃えてたの……』

『なんだそれ』

 

指輪から炎がでるという非現実的な状況は、今ひとつ飲み込みにくかったが、よく考えれば、自分自身がそういう非現実的な能力を有しているのだから、有り得るのかもしれないと思った。なにより、髑髏がそういう類の嘘をつくようには思えなかった。

リングというのは、確実にあのボンゴレリングというやつだろう。リングをはめたXANXUSが血を吐いて倒れたとかいう話を聞くに、曰く付きなのは間違いない。

 

「赤ん坊に聞いてみるか……」

 

あのよくわからない赤ん坊は、沢田をマフィアのボスにするためにやってきた家庭教師だというし、もしかしたらあのリングについて知っているかも知れない。なにより、リングから炎が出るという現象には、少し心当たりがある。

沢田の家に足を向ける。

彼の家は一軒家で、なんというか、これが普通の家庭なんだな。と思えるようなそんな雰囲気があった。……そういえば、沢田の家に来るのは初めてかも知れない。

インターホンを鳴らすと、パタパタと足音がしてから、穏やかな顔つきの女性が出てきた。沢田と似ているので、彼女が母親なのだろう。

 

「どなた?」

「並中三年の桂木明袮といいます。……綱吉くんとリボーンくんはおられますか?」

 

そう尋ねると、彼女は困ったように目尻を下げて「ツッ君の先輩さんなのね」と言った。

その表情が不思議に思えて、首をかしげる。もしかして、いないのだろうか。

 

「でも、ごめんなさいね。ツッ君もリボーン君も家にいないのよ」

「そうですか。どこに行ったとかは聞いていませんか?」

「それがねぇ、なんにも聞いてないのよ」

「聞いてない……」

 

結局、赤ん坊にも沢田に会うことも出来なかった。赤ん坊に至っては、昨日から帰ってきていないらしい。沢田の母親は、心配そうにはしていたものの、俺に何かを言うことはなかった。

 

仕方がないので家に帰ってウサギに癒やされていた。

 

「お前は本当にモフモフだな、大福……」

 

大福は俺が初めて育てたウサギだ。付き添うウサギは大福で二代目で、先代は望月だった。

一般的な兎の寿命は長くて十年程度で、うちのウサギたちも寿命はそれよりほんの少し長い程度で、十五年生きたら良いほうだ。

冬に近づくにつれ、その毛は更にフワフワになって。

……いや、そうではなくて。

 

「跳ね馬なら、もしかしたら」

 

他に候補があるとするなら六道なのだが、六道は最初、ボンゴレの超直感を知らなかったという。そもそも、沢田の名前も顔も知らなかったのだから、ボンゴレに関しては跳ね馬の方が詳しいのかも知れない。

昔、桂木家に関する文献を粗方読み漁ったことがある。その中に、先祖の友人が指輪から炎を出したという話があったのだ。

並盛に沢田家がいることからして、偶然とは思えなかった。

……なにより、古い指輪なら俺も持っているのだ。

 

「流石に関係ないとは思うが……」

 

気になってしまったものは仕方がないと思う。

 

跳ね馬の居場所は知っていた。雲雀に会いに行っているらしい。雲雀は嫌がっていそうだが。

歩き慣れた道を進み、校門を抜けて校舎に入り、階段を上がっていく。

……あれから、雲雀の怪我はどうなっただろう。元々、生命力の高いやつだから、今頃元気に戦っているのかも知れない。

 

「桂木さん?」

 

屋上に続く扉を開けると、扉の側にいた草壁と目が合う。

 

「跳ね馬はいるか?」

「跳ね馬なら、委員長と休憩していますが」

「なら丁度いい」

 

草壁の隣には、跳ね馬の部下のおっさんがいた。

二人とも、不思議そうに俺を見ている。

 

「跳ね馬」

 

大きめの声を出す。視線の先には、跳ね馬の後ろ姿と、右手を見つめている雲雀の姿があった。

俺の声に反応して、二人がほぼ同時に俺の方を向いた。

 

「あれ、桂木?」

「聞きたいことがあります」

「……俺に?」

 

跳ね馬は目を丸くさせるだけだったが、雲雀は一気に不機嫌な顔をして俺を睨む。

慣れているから、怒ってるんだろうなぁとしか思わなくなっているけど、他の人間ならそうもいかないんだろう。

 

「指輪のことです」

「指輪って……なんだよいきなり」

「気になることがあって、話せる範囲で良いんです」

「いやそう言われてもなぁ……」

 

跳ね馬は俺の後ろにいる右腕のおっさんと顔を見合わせて、何かを悩んでいる。その様子から、何かを知っていることだけはわかった。

 

「……指輪の炎の話のこと?」

「え」

「指輪の炎? ……あっ」

 

跳ね馬が焦ったように雲雀を見る。

そういえば……俺がここに来たとき、雲雀は右手を見つめていた。いや、本当は右手にはめている指輪を見ていたのだろう。

つまり、跳ね馬は雲雀には話したのだ。

 

「話せ、跳ね馬」

「敬語は!?」

 

 

「──覚悟を炎に?」

「ツナの死ぬ気の炎と同じだ。リングを媒介としてエネルギーを炎に変換している……って感じだな」

「原理を聞くと納得できてしまいそうのがなんとも言えない……」

 

雲雀のはめている指輪を見る。

ボンゴレリングは確かに曰く付きだが、炎に関して言うなら特に特別という訳ではなく、特殊なリングであればそれを媒介にして炎……死ぬ気の炎を灯せる、と。

 

「ただなぁ、これ結構な機密事項なんだよな」

「………待て、なんで教えた?」

「恭弥がちょっとバラしちまったしなぁ」

「あんたなら誤魔化せたんじゃないのか?」

「誤魔化すんなら無理矢理でもやるが……まぁ、お前ならいずれ知ることになってたと思うぜ」

 

俺が六道からマフィアについての情報を得ている以上、確かにいずれ知ることになっていただろう。

それを跳ね馬が知っているかは置いておいて。

 

「話は終わったかい?」

「雲雀」

「用が終わったんなら、早く帰りなよ」

「わかってるよ」

 

雲雀の冷たい声に、思わずぶっきらぼうに返す。

俺達はいつもこうだ。

お互いわざと険悪な状態にしているかのように、二人のやり取りには相手に対する優しさがない。

距離を測り間違えたのか、測る定規をぶっ壊したのか、今はもうわからない。

 

「お前ら、仲良いな……?」

「良くないよ」

「……右に同じ」

「そういうところだよ!」

 

跳ね馬は突っ込むけれど、残念ながら仲良くないからこうなっているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……骸の方は殆ど計画通り、ボンゴレ側もアジト襲撃が決まった。後は、俺のタイミングだな」

 

一人、暗い部屋で呟いていた。

 

「十年前の沢田達が来ているのは確認済み……あちらでは行方不明になっているのは間違いない。だからこそ、ちゃんと探ってもらわないと……」

 

目を瞑る。

思い出すのは十五年前の惨劇。決別できなかった、とうに通り過ぎた筈の過去。

別に、自分はもういいのだ。こんな風になってしまった自分は、とっくの昔に過去を乗り越えてしまっている。……いや、妥協しただけか。

それでもいい。自分はもう、地獄を歩く覚悟は出来ている。

だからこそ、十年前の自分に託すのだ。

地獄を歩く覚悟も、ただの道を歩く覚悟もどちらも選べない、覚悟ができないあの時代の自分なら、過去を乗り越えた時、本当の炎が灯せるはずだ。

 

首から下げた指輪と小瓶に目を向ける。

大丈夫。もうすぐで、やってくる。

 

「ちゃんと巻き込まれろよ、俺?」

 

 




大人の跳ね馬から見たら、子供が意地張ってるようにしか見えないとか。
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