雲雀は月夜を咬み殺さない   作:さとモン

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32.歯車は回る

夜になると、目が冴える。

一人、夜風に吹かれていると、その隣に立つ人が現れた。

 

「あなたはいつも、つまらなそうな顔をしているわね」

「……そうでしょうか」

 

彼女は優しい人だった。どこの馬の骨かも分からない俺を、ファミリーの一員として迎え入れてくれた。

そのことに、少し胸が痛む。

彼女は俺を信頼してくれている。だが、その信頼に値するだけの価値が、俺には無いように感じられたのだ。

 

「えぇ、まるで自分を責めているみたい」

「それは……そう、でしょうね。俺は自分が一番嫌いで、だから……」

「自分を卑下するのは駄目よ。あなたは素敵な人なんだから」

「アリアさん……」

 

彼女の言葉は美しかった。それは、彼女の在り方そのものが、俺にとって美しいと感じられるものだったからだろう。

彼女はいつも笑っている。当然、今も。

大空のような包容力で、俺を包み込まんとしている。

その度に実感する。自分の醜さを。

 

「探し物は見つかった?」

 

その言葉に肩がびくつく。とてつもない衝撃を受ける。

それは、知られてはいけないことのはずだった。

 

「なんで……気付いてたんですか?」

「そりゃあ気付くわよ。あなた、分かりやすいもの」

「それ、はじめて言われました」

「そう? 今まで言われなかっただけじゃないかしら」

「どうでしょう。スラムの子供たちにはわかりづらいと言われましたが」

 

ジッリョネロに入る前、ここから近い、スラム街のある隣街で生活をしていた。

幸いにも学はあったので、スラム街の子供たちに勉強を教えることもあって、交流があった。

 

「で、どうなの?」

「……まだ、わかりません」

「そう、早く見つかるといいわね」

「そうですね」

 

冷たい夜風が体にぶつかる。背筋が冷えて、ぶるりと体全身が震えた。

空を見上げると、細かな星々が様々な色に輝いていた。

 

「私ね、長くないの」

「…………え?」

 

唐突に、そんなことを言われて、体が硬直した。聞いてはいけないことを聞いたような、信じていたものがひっくり返されるような恐怖を感じた。

それくらい、その言葉が信じられなかったのだ。

 

「死ぬわ、近いうちにね」

「………なんで」

 

絞り出した声は、酷く震えていた。

それくらいの情はあったことに、内心ホッとしている自分がいた。

アリアさんは微笑んでいる。おかしなくらいに。

 

「呪いなのよ、アルコバレーノの」

「アルコバレーノ……」

「皆には内緒よ?」

 

最強の赤ん坊と呼ばれている彼等。その存在は知っている。けれど、目の前にいる彼女は赤ん坊ではなくて。それでも、彼女の胸にある橙色のおしゃぶりは、確かにアルコバレーノのそれで。

そうだった。この人は、大空だった。

気付いたときには、怒りが沸々と沸き上がっていた。感情がコントロール出来ない。

 

「どうして、それを俺に言うんですか!」

 

俺が怒鳴ると、アリアさんは目を丸くさせて、またいつものようににこりと笑う。

目頭が熱い。涙は出ない癖に、ツラいという感情だけが先走る。

 

「笑わないでください!」

 

縋っていた。彼女の服を掴んで、子供みたいにどこにも行かないでと喚くように、縋りついていた。

彼女は俺の手を優しく握ると、そうっと指を一本ずつ外していった。

暖かい手からは、優しさが感じられた。

 

「母さんからこう教わったの。何を見てしまっても、周りを幸せにしたかったら……笑いなさいって」

 

青空のような優しい笑顔。

俺はこの人の笑った顔が好きだった。

 

「………」

「笑いなさい、ラウロ」

 

アリアさんはそう言うと、俺の頬を摘まんで無理矢理上に上げた。引き上げられた口角は、不格好な笑顔を作り出した。

 

「変な顔!」

「……あなたがそうしたんでしょう」

 

手が離れる。

……どうしてこの人は、こんなに優しいんだろう。

さっきまでの温もりを辿るように、そっと頬に触れる。

いつものように笑みを浮かべると、アリアさんは「下手くそ」と言って、やっぱり笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ヴー、ヴー

 

侵入者が入ったことを告げる警報が聞こえる。

廊下を歩いても、人は殆どいない。

当たり前だ。隊員の大半はボンゴレアジト迎撃大隊に行ってしまっている。今のメローネ基地は、手薄になっているのだった。

 

「……時間、か」

 

流れというものがある。

それは必ず一方方向に流れ、逆にながれることはない。それが、時間というものだ。

時間は川に似ている。急かと思えば、緩やかな時もある。

俺たちは時間の中を泳ぐ。けれど、けして逆らうことは出来ない。

それを覆すのが、十年バズーカだ。

人の手に扱える程度に収まってしまったあの兵器は、おそらくどんな兵器よりも危険で、不安定だ。

並行的に広がる世界は、同じ時刻だとしても、ズレがある。それは過去も同じで、だからこそ望んだ分岐に行けるとは限らない。

だが、仮に望んだ分岐点に辿り着けてしまったら、それは──

 

「考えても仕方がないか。逆に言えば……」

 

間違ったものを正せるということになるのだから。

……いや、まぁ、それは別にいいか。

今気にするべきは、換わる時間が何時なのかがわからないという点だ。スケジュールの中に俺は組み込まれていないのだから、下手をすると『武器』をそのまま俺が持っていってしまうということになりかねない。

流石にそれは避けたい。

 

「俺も変わったなぁ……」

 

嫌いな自分に任せるなんて、丸くなったのか、成長したのか、ただ単に妥協することを覚えたのか。

懐から巾着袋を取り出して、上下に振ってみる。硬いものがぶつかる音がした。

中を確認すると、掌に十分収まるくらいの四角い箱が二つ入っている。

匣兵器。

どちらも、この日のために準備していたものだった。

過去の自分に渡すために、用意していたものだった。

 

『馬鹿ですか、君』

 

骸にそう言われたとき、俺は何も返事ができなかった。だって、それは何一つとして間違っていなかったからだ。

俺は馬鹿だ。だから、こんなことになっている。

ボンゴレ狩りの標的にされたと知ったとき、まさか自分が巻き込まれるとは、なんて呑気なことを思った。

それは想像もしていなかったことだった。

骸にそう伝えれば、彼はハッとしたような顔をしてから、『僕としたことが忘れていました。君はそういう人間でしたね』なんて呆れたように言うのだ。

俺は馬鹿だ。

だから、わざと死ぬなんていうことを思いつくのだ。

……あぁ、でも。あんな顔をさせるくらいなら、やらなければ良かったと、少し後悔している。

 

──驚いた。

まさかあの雲雀が、俺の死に対して何かしら思うことがあるということが、信じられなかった。

雲雀にとって、俺はなんだったのだろう。

 

幼い日の記憶が甦る。

雲雀は、俺を落ち込ませた相手たちを殴って、ついでに落ち込んでいた俺も殴って、すたすたと前を歩いていった。

心配そうな草壁をよそに、俺は雲雀のまだ小さな背中を見つめていた。

 

『何やってんの、置いてくよ』

 

それは俺に向けられた言葉だった。

それが嬉しくて嬉しくて、俺は舞い上がってしまって。

 

『恭弥、ありがとう!』

『……なにそれ』

 

あれから二十年近く経ってしまった。

俺達の距離は離れるばかりで、思い出した目的も、俺には無理そうだった。

だからこそ、過去の俺には、過去の俺だけでも。

 

「俺は馬鹿か」

 

それは今考えることじゃない。

不器用な俺は、目の前のことだけ考えていればいい。

 

「───」

 

白い隊服を纏った男達の姿が見えた。

それに笑みを浮かべ、カメラの死角であることを確認すると、彼等の隣をさも当然のように通り過ぎた。

 

 

 

 

 

 

 

メローネ基地内部。

綱吉は、ふと疑問に思ったことを十年後の了平に聞いていた。

 

「ラウロか……」

「知ってるんですか? お兄さん」

「聞いた話だがな、奴の炎は本来Bランクに相当しないそうなのだ」

「え?」

「ってことは、別の部分でそれを補ってるってことにならねーか?」

「山本の言う通りだ。草壁もそれを気にしていた」

 

草壁は、雲雀の命でラウロについて調べていた。

技量はあっても、元々の炎の量が少ないのだそうだ。だが、逆に言えば、それは炎の量を補うだけの技量を持っていることになる。

 

「気づかない間に毒を盛ってくる相手だ。油断は出来ん」

 

綱吉は考える。

 

(でもあの人……悪い人には思えなかった。まるで、悪ぶっているような……)

 

それは、黒曜の一件の時、ランチアに感じた感覚によく似ていた。

 




十年バズーカなんて危険なもの、五歳児に持たせないでほしい。オメーだよ、ホヴィーノ。
つかっちゃいけないとかじゃないよ、全く。

桂木くん、君はいったいどこで何をしてるの……?
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