夜になると、目が冴える。
一人、夜風に吹かれていると、その隣に立つ人が現れた。
「あなたはいつも、つまらなそうな顔をしているわね」
「……そうでしょうか」
彼女は優しい人だった。どこの馬の骨かも分からない俺を、ファミリーの一員として迎え入れてくれた。
そのことに、少し胸が痛む。
彼女は俺を信頼してくれている。だが、その信頼に値するだけの価値が、俺には無いように感じられたのだ。
「えぇ、まるで自分を責めているみたい」
「それは……そう、でしょうね。俺は自分が一番嫌いで、だから……」
「自分を卑下するのは駄目よ。あなたは素敵な人なんだから」
「アリアさん……」
彼女の言葉は美しかった。それは、彼女の在り方そのものが、俺にとって美しいと感じられるものだったからだろう。
彼女はいつも笑っている。当然、今も。
大空のような包容力で、俺を包み込まんとしている。
その度に実感する。自分の醜さを。
「探し物は見つかった?」
その言葉に肩がびくつく。とてつもない衝撃を受ける。
それは、知られてはいけないことのはずだった。
「なんで……気付いてたんですか?」
「そりゃあ気付くわよ。あなた、分かりやすいもの」
「それ、はじめて言われました」
「そう? 今まで言われなかっただけじゃないかしら」
「どうでしょう。スラムの子供たちにはわかりづらいと言われましたが」
ジッリョネロに入る前、ここから近い、スラム街のある隣街で生活をしていた。
幸いにも学はあったので、スラム街の子供たちに勉強を教えることもあって、交流があった。
「で、どうなの?」
「……まだ、わかりません」
「そう、早く見つかるといいわね」
「そうですね」
冷たい夜風が体にぶつかる。背筋が冷えて、ぶるりと体全身が震えた。
空を見上げると、細かな星々が様々な色に輝いていた。
「私ね、長くないの」
「…………え?」
唐突に、そんなことを言われて、体が硬直した。聞いてはいけないことを聞いたような、信じていたものがひっくり返されるような恐怖を感じた。
それくらい、その言葉が信じられなかったのだ。
「死ぬわ、近いうちにね」
「………なんで」
絞り出した声は、酷く震えていた。
それくらいの情はあったことに、内心ホッとしている自分がいた。
アリアさんは微笑んでいる。おかしなくらいに。
「呪いなのよ、アルコバレーノの」
「アルコバレーノ……」
「皆には内緒よ?」
最強の赤ん坊と呼ばれている彼等。その存在は知っている。けれど、目の前にいる彼女は赤ん坊ではなくて。それでも、彼女の胸にある橙色のおしゃぶりは、確かにアルコバレーノのそれで。
そうだった。この人は、大空だった。
気付いたときには、怒りが沸々と沸き上がっていた。感情がコントロール出来ない。
「どうして、それを俺に言うんですか!」
俺が怒鳴ると、アリアさんは目を丸くさせて、またいつものようににこりと笑う。
目頭が熱い。涙は出ない癖に、ツラいという感情だけが先走る。
「笑わないでください!」
縋っていた。彼女の服を掴んで、子供みたいにどこにも行かないでと喚くように、縋りついていた。
彼女は俺の手を優しく握ると、そうっと指を一本ずつ外していった。
暖かい手からは、優しさが感じられた。
「母さんからこう教わったの。何を見てしまっても、周りを幸せにしたかったら……笑いなさいって」
青空のような優しい笑顔。
俺はこの人の笑った顔が好きだった。
「………」
「笑いなさい、ラウロ」
アリアさんはそう言うと、俺の頬を摘まんで無理矢理上に上げた。引き上げられた口角は、不格好な笑顔を作り出した。
「変な顔!」
「……あなたがそうしたんでしょう」
手が離れる。
……どうしてこの人は、こんなに優しいんだろう。
さっきまでの温もりを辿るように、そっと頬に触れる。
いつものように笑みを浮かべると、アリアさんは「下手くそ」と言って、やっぱり笑っていた。
ヴー、ヴー
侵入者が入ったことを告げる警報が聞こえる。
廊下を歩いても、人は殆どいない。
当たり前だ。隊員の大半はボンゴレアジト迎撃大隊に行ってしまっている。今のメローネ基地は、手薄になっているのだった。
「……時間、か」
流れというものがある。
それは必ず一方方向に流れ、逆にながれることはない。それが、時間というものだ。
時間は川に似ている。急かと思えば、緩やかな時もある。
俺たちは時間の中を泳ぐ。けれど、けして逆らうことは出来ない。
それを覆すのが、十年バズーカだ。
人の手に扱える程度に収まってしまったあの兵器は、おそらくどんな兵器よりも危険で、不安定だ。
並行的に広がる世界は、同じ時刻だとしても、ズレがある。それは過去も同じで、だからこそ望んだ分岐に行けるとは限らない。
だが、仮に望んだ分岐点に辿り着けてしまったら、それは──
「考えても仕方がないか。逆に言えば……」
間違ったものを正せるということになるのだから。
……いや、まぁ、それは別にいいか。
今気にするべきは、換わる時間が何時なのかがわからないという点だ。スケジュールの中に俺は組み込まれていないのだから、下手をすると『武器』をそのまま俺が持っていってしまうということになりかねない。
流石にそれは避けたい。
「俺も変わったなぁ……」
嫌いな自分に任せるなんて、丸くなったのか、成長したのか、ただ単に妥協することを覚えたのか。
懐から巾着袋を取り出して、上下に振ってみる。硬いものがぶつかる音がした。
中を確認すると、掌に十分収まるくらいの四角い箱が二つ入っている。
匣兵器。
どちらも、この日のために準備していたものだった。
過去の自分に渡すために、用意していたものだった。
『馬鹿ですか、君』
骸にそう言われたとき、俺は何も返事ができなかった。だって、それは何一つとして間違っていなかったからだ。
俺は馬鹿だ。だから、こんなことになっている。
ボンゴレ狩りの標的にされたと知ったとき、まさか自分が巻き込まれるとは、なんて呑気なことを思った。
それは想像もしていなかったことだった。
骸にそう伝えれば、彼はハッとしたような顔をしてから、『僕としたことが忘れていました。君はそういう人間でしたね』なんて呆れたように言うのだ。
俺は馬鹿だ。
だから、わざと死ぬなんていうことを思いつくのだ。
……あぁ、でも。あんな顔をさせるくらいなら、やらなければ良かったと、少し後悔している。
──驚いた。
まさかあの雲雀が、俺の死に対して何かしら思うことがあるということが、信じられなかった。
雲雀にとって、俺はなんだったのだろう。
幼い日の記憶が甦る。
雲雀は、俺を落ち込ませた相手たちを殴って、ついでに落ち込んでいた俺も殴って、すたすたと前を歩いていった。
心配そうな草壁をよそに、俺は雲雀のまだ小さな背中を見つめていた。
『何やってんの、置いてくよ』
それは俺に向けられた言葉だった。
それが嬉しくて嬉しくて、俺は舞い上がってしまって。
『恭弥、ありがとう!』
『……なにそれ』
あれから二十年近く経ってしまった。
俺達の距離は離れるばかりで、思い出した目的も、俺には無理そうだった。
だからこそ、過去の俺には、過去の俺だけでも。
「俺は馬鹿か」
それは今考えることじゃない。
不器用な俺は、目の前のことだけ考えていればいい。
「───」
白い隊服を纏った男達の姿が見えた。
それに笑みを浮かべ、カメラの死角であることを確認すると、彼等の隣をさも当然のように通り過ぎた。
メローネ基地内部。
綱吉は、ふと疑問に思ったことを十年後の了平に聞いていた。
「ラウロか……」
「知ってるんですか? お兄さん」
「聞いた話だがな、奴の炎は本来Bランクに相当しないそうなのだ」
「え?」
「ってことは、別の部分でそれを補ってるってことにならねーか?」
「山本の言う通りだ。草壁もそれを気にしていた」
草壁は、雲雀の命でラウロについて調べていた。
技量はあっても、元々の炎の量が少ないのだそうだ。だが、逆に言えば、それは炎の量を補うだけの技量を持っていることになる。
「気づかない間に毒を盛ってくる相手だ。油断は出来ん」
綱吉は考える。
(でもあの人……悪い人には思えなかった。まるで、悪ぶっているような……)
それは、黒曜の一件の時、ランチアに感じた感覚によく似ていた。
十年バズーカなんて危険なもの、五歳児に持たせないでほしい。オメーだよ、ホヴィーノ。
つかっちゃいけないとかじゃないよ、全く。
桂木くん、君はいったいどこで何をしてるの……?