地響きのような音が、辺りに響く。
「なんだ?」
地面……いや部屋全体が揺れ、まるで動いているかのような感覚が体を襲う。
いいや、実際部屋そのものが動いているのだろう。
エレベーターに乗っているかのような、微妙な浮遊感を感じるから。
「入江正一か……」
入江正一。彼がなぜミルフィオーレにいるのか、その理由を推察することは叶わなかった。
学生時代、彼は一般人だった。マフィアの世界に深く関わったことがあったわけではない。白蘭に誘われたとはいえ、死ぬ気の炎を灯すほどの覚悟が彼にあったのかどうか……。
確かに彼はホワイトスペルの実質的な二番手としてメローネ基地で指揮を執っているが、彼からは白蘭への忠誠は感じられなかった。
……骸の話を思い出す。
骸の情報収集能力は恐ろしいまでに高く、本来俺が知ってはいけないようなことも聞いていた。
そのお陰で、自分の行動を予測して行動しているわけだが、事の詳細までは流石に予測できない。
「俺は、俺のすべきことをただ成すだけだ」
胸元で、チャリと何かがぶつかる音がする。……今も、ちゃんと持っている。それは父から受け継いだ家宝だった。
歩調を速める。狙う相手に会うために。
今度こそ、逃がさない。
草壁達は迷いながらも、歩いていた。
潜入したは良いものの、基地内の施設の配置が変わっていたため、端末のマップが役に立たなくなっていたのだ。
「笹川と獄寺の救出は出来ましたが……」
草壁は笹川と獄寺を背負っていた。
意識を失った人間二人分の体重が、彼の体にのし掛かっている。だが、その動きは緩慢ではなく、そこからは彼の力強さを感じられた。
部屋から部屋へと移動する。と、その時。
(……気配?)
一瞬、草壁の足が止まる。それに釣られて、クロームの足も止まる。
草壁は辺りを見回す。何か、人の気配がしたような気がしたのだ。
「………あ?」
そして、声が響いた。
草壁が咄嗟に視線を動かすと、そこには灰色の髪をした男がいた。
「あれは、グリージョ……」
草壁の脳裏に、事前に確認していた情報が浮かび上がる。
サーリチェ・グリージョ。ホワイトスペルのBランクで、隊長ではないものの、要注意人物として名が上がっていた。
彼の顔写真を見たとき、雲雀は何故か顔をしかめていたが。
グリージョは草壁達を視認すると、何かを思い出すような素振りを見せる。
「そういや、さっき報告があったっけ。確か……侵入者が三人……あれ」
グリージョが指差しで人数を数え、首を傾げた。
「……四人もいるな?」
彼は何度も首を傾げながらも、草壁達とクロームを見る。それから、何かハッと気付くと、口元に笑みを浮かべた。
「……あんたらは知らないだろうが、俺は術士が嫌いでな。見かけると、殺したくなっちまうんだな」
グリージョはクロームを見てニヤリと笑うと、匣を開匣した。
彼の表情は、嫌悪感を少しも隠していなかった。
(まずい!!)
草壁は了平と獄寺の二人を担いでいる上に、ランボとイーピンを背負っている。とてもではないが、回避は不可能に思われた。だが、狙われたのは草壁ではなかった。
「死ねェ、ボンゴレ!!」
匣の中から、青い炎を纏った茶色い生物が飛び出る。それは出っ張った歯に、特徴的なオールのような尾を持っていた。その姿はどことなく狸に似ている。
雨ビーバー。
その大きく丈夫な歯は、クロームを噛み殺さんとばかりに襲いかかってきたのだった。
「させない!」
クロームが叫び、辺りを霧が覆う。
だが、雨ビーバーの沈静の炎によって、霧の炎で構築された霧はみるみるうちに消えていく。
気付けば、雨ビーバーはクロームのすぐ目の前で迫ってきていた。
「クロームさん!」
草壁が庇おうとするが、二人を背負った体では、庇うことは不可能だった。
だが──、
「キャン!」
犬の悲痛な鳴き声のような声が響いたかと思うと、雨ビーバーが地にその体をついた。
直後、ほんの少し先すら見えなくなるような煙が部屋に充満し始める。
グリージョは倒れた雨ビーバーを見る。雨ビーバーはカタカタと痙攣して、意識を失っていた。
「この手口は……」
煙の中に、人影が映った。グリージョの目には、それは五人分に見えた。
グリージョの頭の中に、一人の男が浮かぶ。
気に食わない、気に食わないと日頃から言っている相手。
「……おい、どういうことだ?」
グリージョの頬を、一筋の汗が通った。嫌な笑みが自然と零れる。この相手と敵対することは、想像していなかったが、どこか心の底で望んでいたことだった。
「どういうことだって? ……こういうことだよ」
笑いを堪えきれなかったかのような第三者の声が、場に響く。それは低く、男の声だった。
煙が晴れる。
先程はいなかった筈の人物がそこにいる。
少し伸びた墨色の髪に、瞼の上に傷痕。風に煽られた髪の隙間から見えた左耳には、銀色のイヤーカフ。金色の瞳がグリージョを真っ直ぐに睨んでいる。
その青年は、草壁とクローム達を庇うようにして、彼等の前に立っていた。
「裏切りかァ? ラウロ」
「……どうとでも思えばいい。お前を倒せるのなら、今はそんなことどうでもいいさ」
その姿はどこからどう見ても、ミルフィオーレのブラックスペルであるはずのラウロだった。
「……おい、これは夢か? 殺したい相手が裏切りやがった」
「現実だ。現実でなければ困る。お前を倒すのは、俺だと決めていたんだから」
グリージョはどこか狂ったように笑う。
一方、ラウロとそれはそれは嬉しそうに目を細めた。
これから迫る戦いを、長い間待ちわびていたかのように。
短くてすいません。
オリキャラにオリキャラをぶつける蛮行をしました。
裏切りの花とは、ラウロのことです。
彼の名前の元となったのは、とある木なのですが、その木の花の花言葉は「裏切り」