──思い出す。
それはもう、十何年も昔の話だ。
あのとき、自分は体の節々の痛みに耐えながら、その光景を見ていた。
大切な人が、銃で撃たれている。
それは、想像を絶する痛みだ。
体の痛みを遥かに越える、胸の痛みだ。
地面に転がっている自分は、無力にもその光景を見つめる。
どうしてこうなったのか。
どうして何も出来ないのか。
少し前の、未だ平和だった頃を思い浮かべる。
……ただ日常を生きていただけなのに、と。
その時になって、ようやく知る。
日常は誰も守ってくれやしない。日常はこんなにも儚い。
簡単に壊れてしまうものだったんだと。
黒い髪の男が、アイツに銃を向ける。
照準は心臓に向けられている。
胸の痛みが強くなる。
そうして──ぶつり、という音が脳の奥から聞こえた気がした。
そこからは、
赤が目に痛かった。
全く、今も昔も変わらない。
自分は馬鹿だ。
いつまでも、この過去に囚われている。
言えるのは一つだけ。
……ただ、死んでほしくなかった。
本当に、俺は大馬鹿だ。
だから死ぬ気になれないんだ。
「なぜラウロが!!」
草壁が、信じられないものを見たとばかりに声をあげる。
事実、彼にとっては信じられないことだった。
ラウロは敵であり、彼にとっては桂木の仇にあたる人間だ。
草壁は彼を少なからず憎く思っているし、ラウロ自身が草壁達を助ける理由は思い付かない。
「ビーバー!」
「ピトフーイ!」
お互いの匣アニマルが、激突する。
ビーバーは単体だが、ピトフーイは群れとなってぶつかり合う。
初めは拮抗していた両者だったが、次第にビーバーの方が優勢になり、そのままピトフーイは雨の炎に呑まれてしまう。
「………」
「お前の弱点は知っている。霧の炎は正面からの戦いに向かない上に、お前の炎は元々量が少ない」
「それに、雨と霧では相性が悪い。……俺にとって、炎の量も質も上なお前は、勝てるはずのない相手って訳だ」
グリージョの言葉に対し、静かな声でラウロは続きを言う。
「あの時はいきなりのことに動揺したが、お前は炎のコントロールが上手いだけで、それ以外は雑魚と変わらん」
「それに加え、サーリチェ・グリージョは術士に詳しい……。確かに、俺が敵うような相手じゃない」
自らが劣勢にも拘わらず、ラウロは冷静だった。
脈も、仕草も、どれをとっても動揺は微塵も見られない。
凪いだ風のように、彼は穏やかだ。
それはこの状況下では、異常に見えた。
「……だが、俺は術士の定説とは裏切るべきものだと思っている。だから、術士の常識は俺には利かない」
「ほざけ、そんな戯言が通用すると思うな!」
ビーバーがラウロに迫る。ラウロはそれを紙一重のところで避けると、顔を草壁たちの方に向け、笑った。
「信じてくれ」
草壁とクロームは、衝撃を受ける。
その表情には、見覚えがあったからだ。
(似ている。あの人と……桂木さんと……!)
彼等の中では、桂木はしょっちゅう笑っている。
彼はよく笑う。けれど、笑うのが下手くそだ。不器用で、どこか不格好だ。
ラウロの表情は、それによく似ているのだ。
そして、気付く。
桂木とラウロが似ていることに。
彼が纏っているどこか虚無的な空気は、桂木が纏っていたものと同じ。
もし、ラウロの髪色が桂木と同じ焦げ茶色だったのなら、桂木と見間違えていたかもしれない。
草壁とクロームの反応を待たずに、ラウロがグリージョの方を向く。
彼の手には複数の匣。
先程ピトフーイを出したのと同じ匣だ。
「霧の戦い方を教えてやる」
カラカラ、と何かが複数落ちる音がした。しかし、ラウロはそれを気にした様子もなく、匣に炎を注入する。匣は開き、多数の鳥が勢いよく現れる。
その数は十や二十では到底足りない。百は優に越えている。
その全てが、景色と同化して見えなくなった。
「!!」
「空間把握を間違えたら、ピトフーイの毒であの世に行ける」
「だから何だ。お前は術士。あの幻騎士の弟子とはいえ、武術が出来るとは……」
「言っただろう。術士の定説は裏切るべきものだと」
瞬間、グリージョの前にラウロが現れた。いや、移動したのだ。瞬間移動ではなく、己の脚力で。
「ぐぁっ……!?」
ラウロの脚から、強烈な蹴りが繰り出され、グリージョの体が後方に飛ばされる。
しかし、グリージョはビーバーを使って、遠くに飛ばされるのを防いだ。
「残念」
「ほざけ!」
笑みを浮かべながら肩をすくめるラウロに対し、怒鳴り声を上げるグリージョ。
二人の攻防は、どこか歪だった。
ラウロは幻術と蹴り技を織り混ぜながら攻め、時に匣アニマルのピトフーイを防御に使う。
一方のグリージョは、ビーバーだけでなく銃で攻め、パリングダガーと呼ばれる波打った刀身のナイフを駆使して攻撃を受け流す。
一見、優勢なのはラウロに見えるが、その実ラウロは押されている。
匣の特性とはいえ、毒を扱うのだから、一定の耐性は持っているであろうラウロも、ピトフーイの毒に触れれば無傷で済むわけではない。
ラウロのピトフーイの囲いは、いわば諸刃の剣だった。
それは倒すためというよりも、グリージョを逃がさないための結界のようだった。
(何故だ、何のためにラウロは我々を助けた……?)
ラウロとグリージョの激しい戦いを見ながら、草壁は考えていた。
ラウロが自分達を助ける理由が、どうしてもわからないのだ。
仲間割れをしてまでグリージョと戦う理由。
それは一体何なのか。何のために、クロームを助けたのか。
自分達を助けなのなら、どうして──桂木明祢を殺したのか。
何より、あの言葉。
『信じてくれ』と、そう言った時のラウロの表情。桂木に似た、あの表情が、草壁を惑わせる。
「っち……!」
グリージョが舌打ちをした。
ラウロは攻防の中で、彼の視線が自分の方を向いていないことに気付いた。
グリージョの視線の先は、ラウロの後ろ、獄寺と了平を背負った草壁のところへ。
「クサカベサン、ウシロ!」
草壁はイーピンに名前を呼ばれて、背後を振り向いた。
そして、悟った。
──避けられない。
目前に、青い炎を纏ったビーバーが迫っていた。
複数の人間を背負ったこの体では、到底避けられない。
終わりだ、と思った。同時に、申し訳ないとも。
草壁が攻撃を受けるということは、背負った彼等も攻撃を受けるということだ。
それは、避けなくてはならなかった。
けれど、体はそんなに速くは動けない。
「……ったく、世話が焼ける」
声が、聞こえた。
それは懐かしい、誰かの声だった。
グチャリという、肉の音が響く。
小さな呻き声と血の色。
それらは全て、どこか浮世離れしていた。
ビーバーが、誰かの左腕に噛み付いている。
その誰かは右腕で思い切りビーバーを殴り飛ばしてしまう。
同時にビーバーの歯も抜け、傷口から鮮血が吹き出るように流れる。
その後ろ姿は先程と同じ、墨色の髪を靡かせている。
けれど、懐かしい人と姿がだぶる。
「桂木さ……」
「……そこまでいったら、もう駄目だな」
諦めたような声が場に響く。
その声に、草壁はやはり聞き覚えがあった。
それは、霧が晴れたような感覚だった。
ラウロの顔が、変わった。……いや、伝わってくる印象が変わった。
黒髪も、少し幼く見える西洋人らしい顔立ちも変わらない。けれど、そこにいるのは確かに──
「桂木さん……!?」
「最悪な生存報告だな、これ」
そこにいたのは、紛れもなく桂木明祢だった。
歪んだ顔には、痛みからか汗が滲んでいる。
「どういうことですか……ラウロと貴方は入れ代わっていたんですか?」
「それは……」
草壁の問いに桂木が詰まる。
視線を逸らし、地面に向けている。
「……桂木明祢?」
ぽつり、と零れるような声だった。
グリージョが目を見開いて、桂木を見ていた。
「……お前が、桂木明祢だと?」
「わかるだろう? グリージョ。俺がお前を嫌いな理由も、お前が俺を気に入らない理由も」
グリージョは今までのラウロとのやり取りを思い返した。
そのどれもが、その顔に嫌悪を滲ませている。それは、はじめて出会ったときからだった。
「ということは、お前は……」
「そう、
桂木明祢は、術士だった。
同時に、自身の術士としての才能の限界に気付いていた。
彼は幻術だけでは勝てないことを、生きていけないことを悟った。
だから、別のものを鍛えた。
術士の常識を外れることにした。
ラウロとして生活していく上で術を使ったのは、印象を操作することだけだった。
墨色の髪は染めただけ、顔立ちは化粧をした。瞳の色は、青年になってから何故か自然に変わった。
その上、学生時代は眼鏡を掛けていたから、見慣れた者は気付きにくい。
そこに印象を誤魔化す術を掛ければ、誰も気付きはしなかった。
要は変装した上に幻術を施しただけである。
「術士が変装をしないなど、誰がいつ決めた」
「……そう言っていられるのも今のうちだ」
グリージョがそう言ったとき、桂木の体がぐらり、と大きく揺れた。
「……雨の沈静か」
「ビーバーに噛まれたところから体内に雨の炎が入り込み、体の動きを沈静させる……。お前と手口が似てるのが気に食わねぇな」
グリージョが近づく。桂木はふらふらと揺れながら草壁たちの前に立つ。
「桂木さん、どうして……」
「弟子と昔馴染くらい、守らせてくれ。それに……アイツは俺が倒さないといけないんだ」
「同感だな。俺も、お前を倒したくて仕方がなかったんだよ」
動きにくい体を、無理矢理動かす。
いつ頃、雨の沈静の効果が無くなるのかはわからない。
それに、勘が、そろそろだと告げている。
「今すぐ、お仲間ごと殺してやるよ」
「……似たような言葉、昔聞いたなぁ」
ぼやきのような言葉を桂木が呟いた直後、桃色の煙が彼を覆った。
「!?」
「漸くか……」
(精々足掻けよ、桂木明祢)
笑う。
自分のことは嫌いだけど、弱い過去の自分なんてろくでもないけど。
それでも、一番可能性があるのは過去の自分だから。
(グリージョなんて、踏み台にしろ)
目を閉じて、笑った。
煙が晴れる。
人影一つ、呆然と立っている。
「………は?」
先程の青年を一回りほど小さくしたような少年がいた。
それは十年前の過去から来た、桂木明祢だった。
原作の描写だと色々と困ったことがあったので、アニメ版の描写を使った部分があります。
イーピンの言葉や、十年バズーカの辺りです。
ラウロというのは、イタリア語で月桂樹という意味です。ローリエの木です。
桂木の名前の『桂』とは関係のない木ですが、桂の字が入っているので採用しました。
ラウロ
24歳
ブラックスペル Bランク
少し伸びた墨色の髪を束ねた金目の青年。
自分が殺した人間に、白い花を手向けることで有名。
今までに殺した人数を覚えている。
178㎝、65㎏
好き
アリア、ユニ、アランチーニ(イタリア料理)
嫌い
白蘭、幻騎士、グリージョ、自分、無駄な殺生
・ラウロ(月桂樹)の花言葉
「栄光」「勝利」「栄誉」
花「裏切り」
葉「私は死ぬまで変わりません」