雲雀は月夜を咬み殺さない   作:さとモン

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34.月桂冠はなくていい

──思い出す。

それはもう、十何年も昔の話だ。

あのとき、自分は体の節々の痛みに耐えながら、その光景を見ていた。

大切な人が、銃で撃たれている。

それは、想像を絶する痛みだ。

体の痛みを遥かに越える、胸の痛みだ。

地面に転がっている自分は、無力にもその光景を見つめる。

どうしてこうなったのか。

どうして何も出来ないのか。

少し前の、未だ平和だった頃を思い浮かべる。

……ただ日常を生きていただけなのに、と。

その時になって、ようやく知る。

日常は誰も守ってくれやしない。日常はこんなにも儚い。

簡単に壊れてしまうものだったんだと。

 

黒い髪の男が、アイツに銃を向ける。

照準は心臓に向けられている。

胸の痛みが強くなる。

そうして──ぶつり、という音が脳の奥から聞こえた気がした。

そこからは、朧気にしか覚えていない(鮮明に覚えている)

赤が目に痛かった。

 

全く、今も昔も変わらない。

自分は馬鹿だ。

いつまでも、この過去に囚われている。

言えるのは一つだけ。

……ただ、死んでほしくなかった。

本当に、俺は大馬鹿だ。

だから死ぬ気になれないんだ。

 

 

 

 

 

「なぜラウロが!!」

 

草壁が、信じられないものを見たとばかりに声をあげる。

事実、彼にとっては信じられないことだった。

ラウロは敵であり、彼にとっては桂木の仇にあたる人間だ。

草壁は彼を少なからず憎く思っているし、ラウロ自身が草壁達を助ける理由は思い付かない。

 

「ビーバー!」

「ピトフーイ!」

 

お互いの匣アニマルが、激突する。

ビーバーは単体だが、ピトフーイは群れとなってぶつかり合う。

初めは拮抗していた両者だったが、次第にビーバーの方が優勢になり、そのままピトフーイは雨の炎に呑まれてしまう。

 

「………」

「お前の弱点は知っている。霧の炎は正面からの戦いに向かない上に、お前の炎は元々量が少ない」

「それに、雨と霧では相性が悪い。……俺にとって、炎の量も質も上なお前は、勝てるはずのない相手って訳だ」

 

グリージョの言葉に対し、静かな声でラウロは続きを言う。

 

「あの時はいきなりのことに動揺したが、お前は炎のコントロールが上手いだけで、それ以外は雑魚と変わらん」

「それに加え、サーリチェ・グリージョは術士に詳しい……。確かに、俺が敵うような相手じゃない」

 

自らが劣勢にも拘わらず、ラウロは冷静だった。

脈も、仕草も、どれをとっても動揺は微塵も見られない。

凪いだ風のように、彼は穏やかだ。

それはこの状況下では、異常に見えた。

 

「……だが、俺は術士の定説とは裏切るべきものだと思っている。だから、術士の常識は俺には利かない」

「ほざけ、そんな戯言が通用すると思うな!」

 

ビーバーがラウロに迫る。ラウロはそれを紙一重のところで避けると、顔を草壁たちの方に向け、笑った。

 

「信じてくれ」

 

草壁とクロームは、衝撃を受ける。

その表情には、見覚えがあったからだ。

 

(似ている。あの人と……桂木さんと……!)

 

彼等の中では、桂木はしょっちゅう笑っている。

彼はよく笑う。けれど、笑うのが下手くそだ。不器用で、どこか不格好だ。

ラウロの表情は、それによく似ているのだ。

そして、気付く。

桂木とラウロが似ていることに。

彼が纏っているどこか虚無的な空気は、桂木が纏っていたものと同じ。

もし、ラウロの髪色が桂木と同じ焦げ茶色だったのなら、桂木と見間違えていたかもしれない。

 

草壁とクロームの反応を待たずに、ラウロがグリージョの方を向く。

彼の手には複数の匣。

先程ピトフーイを出したのと同じ匣だ。

 

「霧の戦い方を教えてやる」

 

カラカラ、と何かが複数落ちる音がした。しかし、ラウロはそれを気にした様子もなく、匣に炎を注入する。匣は開き、多数の鳥が勢いよく現れる。

その数は十や二十では到底足りない。百は優に越えている。

その全てが、景色と同化して見えなくなった。

 

「!!」

「空間把握を間違えたら、ピトフーイの毒であの世に行ける」

「だから何だ。お前は術士。あの幻騎士の弟子とはいえ、武術が出来るとは……」

「言っただろう。術士の定説は裏切るべきものだと」

 

瞬間、グリージョの前にラウロが現れた。いや、移動したのだ。瞬間移動ではなく、己の脚力で。

 

「ぐぁっ……!?」

 

ラウロの脚から、強烈な蹴りが繰り出され、グリージョの体が後方に飛ばされる。

しかし、グリージョはビーバーを使って、遠くに飛ばされるのを防いだ。

 

「残念」

「ほざけ!」

 

笑みを浮かべながら肩をすくめるラウロに対し、怒鳴り声を上げるグリージョ。

二人の攻防は、どこか歪だった。

ラウロは幻術と蹴り技を織り混ぜながら攻め、時に匣アニマルのピトフーイを防御に使う。

一方のグリージョは、ビーバーだけでなく銃で攻め、パリングダガーと呼ばれる波打った刀身のナイフを駆使して攻撃を受け流す。

一見、優勢なのはラウロに見えるが、その実ラウロは押されている。

匣の特性とはいえ、毒を扱うのだから、一定の耐性は持っているであろうラウロも、ピトフーイの毒に触れれば無傷で済むわけではない。

ラウロのピトフーイの囲いは、いわば諸刃の剣だった。

それは倒すためというよりも、グリージョを逃がさないための結界のようだった。

 

(何故だ、何のためにラウロは我々を助けた……?)

 

ラウロとグリージョの激しい戦いを見ながら、草壁は考えていた。

ラウロが自分達を助ける理由が、どうしてもわからないのだ。

仲間割れをしてまでグリージョと戦う理由。

それは一体何なのか。何のために、クロームを助けたのか。

自分達を助けなのなら、どうして──桂木明祢を殺したのか。

何より、あの言葉。

『信じてくれ』と、そう言った時のラウロの表情。桂木に似た、あの表情が、草壁を惑わせる。

 

「っち……!」

 

グリージョが舌打ちをした。

ラウロは攻防の中で、彼の視線が自分の方を向いていないことに気付いた。

グリージョの視線の先は、ラウロの後ろ、獄寺と了平を背負った草壁のところへ。

 

「クサカベサン、ウシロ!」

 

草壁はイーピンに名前を呼ばれて、背後を振り向いた。

そして、悟った。

──避けられない。

目前に、青い炎を纏ったビーバーが迫っていた。

複数の人間を背負ったこの体では、到底避けられない。

終わりだ、と思った。同時に、申し訳ないとも。

草壁が攻撃を受けるということは、背負った彼等も攻撃を受けるということだ。

それは、避けなくてはならなかった。

けれど、体はそんなに速くは動けない。

 

「……ったく、世話が焼ける」

 

声が、聞こえた。

それは懐かしい、誰かの声だった。

 

グチャリという、肉の音が響く。

小さな呻き声と血の色。

それらは全て、どこか浮世離れしていた。

ビーバーが、誰かの左腕に噛み付いている。

その誰かは右腕で思い切りビーバーを殴り飛ばしてしまう。

同時にビーバーの歯も抜け、傷口から鮮血が吹き出るように流れる。

その後ろ姿は先程と同じ、墨色の髪を靡かせている。

けれど、懐かしい人と姿がだぶる。

 

「桂木さ……」

「……そこまでいったら、もう駄目だな」

 

諦めたような声が場に響く。

その声に、草壁はやはり聞き覚えがあった。

 

それは、霧が晴れたような感覚だった。

ラウロの顔が、変わった。……いや、伝わってくる印象が変わった。

黒髪も、少し幼く見える西洋人らしい顔立ちも変わらない。けれど、そこにいるのは確かに──

 

「桂木さん……!?」

「最悪な生存報告だな、これ」

 

そこにいたのは、紛れもなく桂木明祢だった。

歪んだ顔には、痛みからか汗が滲んでいる。

 

「どういうことですか……ラウロと貴方は入れ代わっていたんですか?」

「それは……」

 

草壁の問いに桂木が詰まる。

視線を逸らし、地面に向けている。

 

「……桂木明祢?」

 

ぽつり、と零れるような声だった。

グリージョが目を見開いて、桂木を見ていた。

 

「……お前が、桂木明祢だと?」

「わかるだろう? グリージョ。俺がお前を嫌いな理由も、お前が俺を気に入らない理由も」

 

グリージョは今までのラウロとのやり取りを思い返した。

そのどれもが、その顔に嫌悪を滲ませている。それは、はじめて出会ったときからだった。

 

「ということは、お前は……」

「そう、()()()()()()。最初から入れ代わりなどしていない」

 

桂木明祢は、術士だった。

同時に、自身の術士としての才能の限界に気付いていた。

彼は幻術だけでは勝てないことを、生きていけないことを悟った。

だから、別のものを鍛えた。

術士の常識を外れることにした。

ラウロとして生活していく上で術を使ったのは、印象を操作することだけだった。

墨色の髪は染めただけ、顔立ちは化粧をした。瞳の色は、青年になってから何故か自然に変わった。

その上、学生時代は眼鏡を掛けていたから、見慣れた者は気付きにくい。

そこに印象を誤魔化す術を掛ければ、誰も気付きはしなかった。

要は変装した上に幻術を施しただけである。

 

「術士が変装をしないなど、誰がいつ決めた」

「……そう言っていられるのも今のうちだ」

 

グリージョがそう言ったとき、桂木の体がぐらり、と大きく揺れた。

 

「……雨の沈静か」

「ビーバーに噛まれたところから体内に雨の炎が入り込み、体の動きを沈静させる……。お前と手口が似てるのが気に食わねぇな」

 

グリージョが近づく。桂木はふらふらと揺れながら草壁たちの前に立つ。

 

「桂木さん、どうして……」

「弟子と昔馴染くらい、守らせてくれ。それに……アイツは俺が倒さないといけないんだ」

「同感だな。俺も、お前を倒したくて仕方がなかったんだよ」

 

動きにくい体を、無理矢理動かす。

いつ頃、雨の沈静の効果が無くなるのかはわからない。

それに、勘が、そろそろだと告げている。

 

「今すぐ、お仲間ごと殺してやるよ」

「……似たような言葉、昔聞いたなぁ」

 

ぼやきのような言葉を桂木が呟いた直後、桃色の煙が彼を覆った。

 

「!?」

「漸くか……」

 

(精々足掻けよ、桂木明祢)

 

笑う。

自分のことは嫌いだけど、弱い過去の自分なんてろくでもないけど。

それでも、一番可能性があるのは過去の自分だから。

 

(グリージョなんて、踏み台にしろ)

 

目を閉じて、笑った。

 

 

 

 

 

煙が晴れる。

人影一つ、呆然と立っている。

 

「………は?」

 

先程の青年を一回りほど小さくしたような少年がいた。

それは十年前の過去から来た、桂木明祢だった。

 

 




原作の描写だと色々と困ったことがあったので、アニメ版の描写を使った部分があります。
イーピンの言葉や、十年バズーカの辺りです。

ラウロというのは、イタリア語で月桂樹という意味です。ローリエの木です。
桂木の名前の『桂』とは関係のない木ですが、桂の字が入っているので採用しました。


ラウロ
24歳
ブラックスペル Bランク
少し伸びた墨色の髪を束ねた金目の青年。
自分が殺した人間に、白い花を手向けることで有名。
今までに殺した人数を覚えている。
178㎝、65㎏
好き
アリア、ユニ、アランチーニ(イタリア料理)
嫌い
白蘭、幻騎士、グリージョ、自分、無駄な殺生

・ラウロ(月桂樹)の花言葉
「栄光」「勝利」「栄誉」
花「裏切り」
葉「私は死ぬまで変わりません」
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