Un giorno in cui la vita di tutti i giorni è rotta──
その日が、あいにくの曇天だったことは覚えている。
秋口もよくわからないような誕生日直前で、半袖を纏って町を歩いていた。
自分がまだ小学生という職務に勤しんでいた頃。しょっちゅう共に活動する″顔馴染″がいた。
その日も、いつもと同じように顔馴染と、それに付き従う哲矢がいた。
「恭弥、今日はなにするんだ?」
「見回りだよ」
小学校が終わった放課後には、専ら恭弥に合わせて『見回り』をするのが日課だった。
俺が知る限り、恭弥は幼稚園の頃から風紀委員ごっこ(後に、そう思っているのは自分だけだと判明した)に夢中で、恭弥と遊びたい自分はそれに付き合う形で共に見回りをしていた。
ただし、俺は風紀委員というものになるのが嫌で、ただ勝手に付いて回っている。それに対して、恭弥はなにも言わない。多分、納得しているんだと思う。
この頃はまだ、雲雀恭弥は並盛を支配するまでには至っていなかった。もっとも、それは時間の問題だったが。
「昨日も一昨日もその前もしたよ、それ」
「……僕に文句あるの?」
「うっ、あるけどない」
俺たちのやり取りは、けして穏やかなだけのものではない。遊びと称して殴り合いをすることは多々あるし、哲矢と俺はイラついた時の恭弥に殴られるし。そもそも、出会いからして殴られた記憶しかない。
でも、それで良かったのだ。恭弥と一緒にいるのは、不思議と息がしやすかったから。俺は恭弥と関わっていることで、自分が不幸になったとは思っていない。むしろ逆だ。
幼稚園の頃の自分の見る目は、我ながら間違っていなかったのだと確信している。
「なぁ恭弥。見回りってさ、楽しい?」
「楽しいとかそういうものじゃないけど、楽しいよ」
口元を(凶悪的に)緩ませる恭弥は、なるほど確かに楽しそうだった。
当時の並盛は、今よりも少し治安が悪かった。恭弥は、その状況をあまり良く思っていなかった。
雲雀恭弥の名前は広まっているものの、本人の姿形は今ほど知られていなかったから、一部の不良たちは華奢な恭弥を見ると、いいカモだと思って、からかいにやって来る。
かわいそうに。カモは不良たちの方だ。
埒外に強い恭弥にとって、コンビニ前なんかに屯する不良たちは格好の餌食だった。風紀を乱し、群れているのだから、それは当然だった。
俺はそれを少し離れたところから見る。
雲雀恭弥は既に戦闘マニアであり、並盛の秩序だったのである。
「哲矢は?」
「俺は恭さんに着いていくだけなので」
そもそも、楽しいとかそういうのは関係ないと。
二人はそういう奴だった。
幼稚園で存在感を放っていた恭弥にボコボコにされてからというもの、哲矢は恭弥に付き従っている。そこに一体、どういう紆余曲折があったのかは俺の知るところではない。しかし、恭弥に人を引きつける何かが備わっているのは分かる。
俺も恭弥のそういうところに惹かれた口なのだと思うし。
だから、ついつい恭弥には本音を溢してしまう。
「恭弥はいいなぁ」
「何が」
「だって、自分の好きなことを突き通せるから」
恭弥には幼い頃からそういう強さがあった。誰にも媚びない、他者に流されない、自らの意思で全てを決める。頑固と言えば聞こえは悪いが、それが恭弥の美徳だ。
「そんなに羨ましいなら、君も好きにしたらいいんじゃない」
恭弥は振り向きもせずにそう言った。
俺の言葉には、微塵の興味も湧いていないらしい。その様子は紛れもなく恭弥らしかったから、つい笑みが零れる。
「それが出来るのは、世界中でもほんのちょっとしかいないんだよ」
「……何で?」
ふと、恭弥の足が止まる。先頭だったので、自動的に俺と哲矢も足を止めた。
目を丸くして首をかしげる恭弥は、まだ無垢な子供だった。突然降ってきた疑問を、解決せずにはいられなかったのだろう。
俺は少し考えた。
疲れ切った顔をした、色んな人間を想像した。彼らはどうだっただろう。どうして、あんなに苦しそうなのだろう。
そうして。あぁ、重そうだ、と思った。
「たぶん、色んなものが色んな方向から乗っかってくるからじゃないかな」
「……ふぅん」
恭弥は自分から聞いてきたくせに関心なさげな様子で、それだけ聞くとまた足を進め始める。答えはあまりお気に召さなかったらしい。
足取りは軽やかで、気を抜くとすぐに置いていかれそうだった。
並盛の町を歩く恭弥に、迷いはない。
いつもと同じルートだからというのもあるが、それ以前に恭弥の頭の中には並盛のありとあらゆる情報がインプットされているからだ。お陰でそれに付き合う俺も粗方の地図情報が頭に入ってしまっている。
あと数年もすれば、俺も並盛全土の情報を覚えてしまうのかもしれない。
それもこれも、恭弥の影響だ。
「僕はそんな風にはならない」
しばらくして、恭弥が言った。
黒い背中は、俺と同じくらいの大きさだ。なのに、彼の背中は俺と違って、凛としていた。
雲雀恭弥は強い。
確かに、ケンカじゃ負け知らずだけれど、そういう意味じゃない。
その在り方が強いのだ。
だから、俺は恭弥に勝手について行っている。
多分哲矢とは違う、よくわからない理由だけど、恭弥は俺のそれを拒絶しなかった。群れを嫌う彼が、どうして俺を許容するのかはわからない。
俺は一度も恭弥には勝てなかったのに、恭弥は俺と戦うのが好きらしいから、それが理由なのかもしれない。
友達という関係はどうも違う気がするし、顔見知りと言うには近い俺達は、自分たちの関係をどう表していいのかわからない。だから″顔馴染″なんて言葉で形容する。
恭弥は友人を必要としないから。
本当は、そんなのは納得できないけれど。今は、しょうがない。
「うん、恭弥ならそう言うと思ってた」
恭弥の歩みは、止まらない。
その背中を、俺はずっと見ていられた。
「あっ」
商店街を、通り抜けるように歩いていた。
足早に過ぎていった黒いスーツで、灰色の髪の男が、ポケットから何かを落とした。黒くて四角いなにかだ。
近くまで寄って、しゃがんで、それが何かを確認する。
いかにも大人が持っているような、黒い革の四角い財布。手に持つと、想像以上に厚みがあって、なかなかの量が入っていることが伺える。こんな大事なものを落とすなんて、随分と気の抜けた人物だ。
早く渡してあげないと。
先ほど見かけた背中が、十数メートルほど遠くの薄暗い路地に曲がっていくのを捕らえた。急いで追いかけて背を叩く。
「これ、落としましたよ」
スーツの男が振り返る。仕事帰りのような少し草臥れた顔だった。なんだかやけに鼻が細くて、目がくっきりとしている顔の濃い人。多分外国人だろう。見たことがないから、出張とかで来たのかもしれない。
自分が数分前に浮かべたような、重そうな人間だった。
財布を差し出す。
男は財布と俺の姿とを見比べた後、目を丸くさせて、それから俺を見て。隈のある目を細めて「ありがとう」と言った。ほんの少しぎこちないけれど、思いはしっかりと伝わってきた。
本当に喜んでいるようだったので、こちらも嬉しくなった。自分はこういうのが好きなのだ。人が笑っている顔を見るのが、何番目かくらいに好きだった。
男はそれを受け取って、ジャケットのポケットの中にしまいこんだ。財布の厚みからか、ちょっと膨らんでいる。
「あぁ、本当に助かったよ。君はいい子だね」
男はとにかく、感謝と世辞を言った。人として当然のことだと思っているので、なんだか照れくさい。
「じゃ、じゃあ、俺はこれで」
この場にいるのが我慢ならなくて、すぐに男に背を向け、元の道へと戻る。辺りを見回して、恭弥と草壁の背が少し先の方に見えた。目視できるくらいの距離なら問題ない。駆け寄ってさっさと追いつこう。
「恭弥、哲矢。ちょっと待っ──」
「君が桂木明袮くんだね?」
「はい、そうですけど………ん?」
名前を呼ばれた。
そうだ、自分の名前だ。下の名前は女の子っぽくて少し苦手だけど、たしかにそれは父さんがつけてくれた、俺の名前。
───名前?
それはおかしい、と警鐘が頭の中で鳴った。沸き上がるのは、圧倒的な違和感。
だって、そうだ。自分は、一度も、この男に名前なんて教えていない。仮に誰かから聞いたのだとしても、フルネームなんて、この辺りの人が言うだろうか。
背筋がぞっとするような気持ち悪い気配。信じていたものが、一瞬で覆っていくような。心臓が締め付けられるような、そんな恐怖が俺を支配せんとする。
怖くて、咄嗟に振り向いた。
「あ……」
眼前に突きつけられたのは、黒く輝くもの。本能的に、それがとても危ないものだということを悟った。
日常が壊れるとき、それは俺たちが気づいたときには手遅れで、俺たちが気付くよりずっと前から隣にいる。
男は確かに笑っていた。
けれど、それは底冷えするような冷たい瞳をしていた。
「早くしないとオトモダチも一緒だ」
自分に友達と呼べるような人はいない。けれど、それが誰を指しているのかはよくわかった。
だから、無言で頷いた。
「
男は銃を向けたまま、路地の先を顎で指した。
路地の先には、黒塗りの車があった。
男に脅されるがまま、俺は車の中へ入る。中には黒服の男が二人もいた。
男の声が背後から聞こえる。
ガタガタと体が震えるのを必死に堪えた。
確かに、拳銃は怖い。だけど、なによりも怖かったのは、恭弥と哲矢がこんな奴等に捕まって縛られることだった。
それが、数秒先の死よりも許せなかったのだ。
過去編です。
私達は、感情というものに左右されてしまう生き物です。桂木明袮もまた、人間ですから感情に左右されます。
桂木明祢が変わった日の話です。
この話、実は4月時点で既に書き始めてた話なんですよね。発酵してそう(してない)