雲雀は月夜を咬み殺さない   作:さとモン

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37.崩壊の時

大抵の人間は多くの選択を迫られ、多くの間違いを犯す。

ここでいう間違いとは罪ではなく、後悔のことだ。

間違わない人間は後悔など残さない。自分の歩んできた道を、間違っていないと信じられるから。

 

 

 

乗り心地の悪い車に、視界を遮られながら乗せられている。気分は最悪中の最悪だ。

誘拐なんて一度もされたことなどないが、なるほどこれは確かに心細い。大抵の子供が泣くというのもよく分かる。

人より優れた聴覚と揺れ動く車のお陰だろうか。車が右や左へ曲がっていることが、感覚でなんとなく分かる。

頭の中に浮かんだ地図で車の場所を追う。それで、自分がどこに向かっているのか見当がついた。

並盛駅から電車で二十分。──並盛海岸沿いの港だ。

しばらくして、揺れが収まった。

 

「降りろ」

 

黒服の男に引きずられるようにして車から降ろされた。

布越しにわかる太陽の光の赤が眩しかった。

目隠しをしたまま歩かされた。途中で暗くなったので、多分建物の中に入ったのだと思う。

こちらの方には殆ど行かないのでそこまで詳しくはないが、多分貿易関係のコンテナがある場所付近だと思う。

おそらく、彼らは人さらいだ。なんのためにピンポイントで俺を狙っているかはわからないが、これから取引があるのだろう。

そうして数分ほど経った頃、人の気配が増えた。

 

『…………こいつか?』

『あぁ』

 

聞き慣れない言葉で話す、男の声が聞こえた。しゃがれ声ではなく、ハリのあるような声色なので、まだ若いのかもしれない。

 

「おい、お前が桂木明袮か?」

「……そうだとしたら、貴方は俺をどうするんだ?」

 

なんとか出した声は、少しだけ震えていた。

 

「何、聞きたいことがあるだけだ」

 

目隠しを外される。いきなりのことに、視界はぼやけていたが、目の前にいる男が灰色の髪をしていたことはわかった。

しばらくして、視界がはっきりとしてくる。見渡すと六、七人くらいの外国人の男たちが俺の周りを囲っていた。

 

「答えろ、オチミズはどこにある?」

「オチミズ……?」

 

それは生まれて初めて聞いた単語だった。だというのに、何故か耳に残る響きだ。

まるでそれが、自らの血肉に当たり前のように備わっていた知識とでも言うかのように。いや、実際そうだったのかもしれない。その単語を聞いた途端、頭の中にある記憶が浮かび上がった。

 

それは随分と朧げだった。

何かを囲むようにして複数の男女が立っていた。彼らは難しい顔をして、()()()()を見つめている。

 

『残念だが、お前たちとはここでお別れだ』

 

視点の主は、感情の乏しい声色でそんな事を言った。それを聞いた周りは、失望の表情を彼に向ける。けれど、彼はそんな周りの反応を予想していたらしい。くだらないとばかりにため息をつき『いずれ破綻するものに興味はない』と吐き捨てて、彼は聞こえてくる静止の声を無視して、その場を去っていく。

その手には紫色の装飾がされた小瓶があった。

 

──ゾクリ、と酷い寒気がした。

こんなものは知らない。こんなものは見たことがない。なのに、覚えている。

 

「答えろ!!」

「ぐっぁ……!」

 

腹を蹴られ、体が後ろへ吹っ飛ぶ。一瞬、呼吸が止まる。胃にまで痛みが到達していたが、それにしては随分と痛みは遠く感じられた。

焼けるような痛みに、息が苦しい。

 

「知ら、ない」

「……質問を変えよう。若返りの水はどこにある?」

 

若返りの水……?

それは裏を返せば、不老不死の水ということになる。

そこまで聞いて、ようやく、彼らが何を求めているのかを理解した。同時に、それがおかしな事だということも。

 

「……そんなものはない」

 

確かにそのたぐいの話なら、父さんから何度も聞かされた。けれど、あれはおとぎ話で、そんな水は存在しないと、父さんは言っていたはずなのに。彼らはどうしてそんなものを欲しているのだろう。

 

「とぼけるなっ!」

「う゛あっ……」

 

頬を殴られた。ひりついた痛みと、拍子に口の中が切れたのか血の味がする。けど、耐えられないわけではなかった。恭弥のトンファーの方が数倍痛いのだ。このくらいはまだまだ余裕だった。

 

───ドガンッ!!

 

「っ!?」

 

もう随分と、聞き慣れてしまった金属音がした。見ると、扉がひしゃげている。

薄暗かった視界に夕焼けの光を背に掲げた、小さな影が入ってくる。勿論、そのシルエットには、よく見覚えがあった。

 

「恭弥……」

 

不意に出た声は、自分でも驚くほど小さかった。

恭弥のことだ。俺が見覚えのない人間に誘拐されていることに気づけば、何が何でも追いかけて、居場所を見つけ、たどり着くだろう。並盛の風紀を乱した輩を咬み殺すために。

恭弥のことはよくわかっている。だからこそ、ここには来てほしくなかった。

 

「さっきの、……トモダチのためにわざわざ死にに来たのか」

「死に来た……? 何言ってるの、咬み殺されるのは君たちの方だよ」

 

恭弥は服の中に仕込んだトンファーを取り出し、構えた。

その物言いは間違いなく恭弥だった。自分が負けることを少しも疑わない不遜さこそ、雲雀恭弥だった。

 

「来るな!」

 

叫んだ。例えそれが、無意味だったとしても。恭弥をここにいさせるわけにはいかなかった。

パン、パン、と軽い爆発音が二回連続して響いた。

 

 

 

 

 

真っ黒な服に、真っ赤な色が染み込んだ。

どさり、と倒れる音。

雲雀恭弥が、地に付している。

頭が真っ白になった。

 

(どうして?)

 

恭弥はどうして倒れているんだろう。彼は強いから、負けないはずなのに。

いや、自分は知っていた筈だ。

恭弥だとしても、その手の者には勝てないことくらい。

明祢は目の前の現実が許せなかった。

それが嘘であればいいと願った。

けれど、現実は虚構には変わらない。

 

男が明祢に近付いてくる。

固まった脚は、ほんの僅かに動くだけで一向に立ち上がろうとしない。

唐突に、逃げられないことを悟った。

 

「いや……だっ」

「なに、してんの………」

「!!」

 

苦しげな声が耳に入ったと同時に、男の動きが止まる。

雲雀の手が男の足首を掴まえていたからだ。

 

「このガキ……!」

 

激昂した男が雲雀を蹴り飛ばす。

手がほどける。

幼く軽い体は、簡単に地面に叩きつけられる。

 

「ぐぁっ……」

「きょ、恭弥っ!!」

 

雲雀の呻き声を聞いた明祢の叫びが響く。

男が嗤い、止めとばかりに拳銃を雲雀に向ける。

雲雀は逃げられない。

銃声が響く。

 

「恭弥ぁああ!!」

 

明袮はその光景を目撃した。

雲雀が赤に染まっていく。体は撃たれた衝撃に反応したが、その後はピクリとも動かない。

 

「あ、あぁ……あああ」

 

酷い衝撃がした。

胸の中央付近からドクン、と強く打たれる感覚がする。それはゆっくりと間隔を狭めていき、苦しくなるほどの痛みを与える。

全身の毛が総毛立つ。背筋から冷える感覚と、顔が熱く火照る感覚が同居する。

なぜだ? どうして恭弥が血に染まっている?

地に伏すその姿を凝視する。何度瞼を閉じる開くを繰り返しても、そこにある現実は一つも変わることはない。

 

───ぶつり、ぶつりと音が聞こえる。

切れた。

ずっと張り詰めていたものが、左右からの強い引きに耐えられなくなったかのように、繊維の一本一本がちぎれていくように、ぶつりと音を立てて糸が切れた。

詰まっていた息を吐く。

左胸の辺りから激しい衝撃に襲われる。

耳の奥から規則的な衝撃音が聞こえるたびに、自分の中にある人間としての何かが崩れていくような感覚がした。

視界が赤い。

赤い視界では、白い思考では、何もかもをまともに理解することが適わない。

ただ、想像する。夢想する。それを現実/虚構として形作る。

目の前がゆっくりと動いていく。男の一人が拳銃を倒れ伏している誰かに向ける。

軽い爆発音が、場に響いた。

 

 

 

 

 

それは一言で言うならば『異常』だった。

撃たれたのは、新たな血を流したのは、雲雀ではなかった。

灰色の男の隣にいた黒服の男が、頭から血を流して倒れていく。

周りに動揺が走る。

何故、子供ではなく我々の仲間が倒れているのか、と。

彼らは撃った男を見た。そこには少年を撃ったかのように笑っている異常な男がいた。

 

「おい、なにやって……」

 

仲間の一人が肩を掴む。そして、また発砲音が場に響いた。

 

「ああ゛……?」

 

崩れ落ちる。銃を持った男を、信じられないような目で見ながら、倒れていく。

銃を持った男は夢を見ているような気分だった。突然現れた子供を撃ち、殺した。その事実がどうしようもなく面白かった。

 

「馬鹿なやつ」

「何を言って──」

 

酷く冷めた少年の声が聞こえた。

夢が醒める。泡が弾けたような、霧が晴れたような、そんな感覚だった。

 

「あ……?」

 

男はそこで異常に気づいた。倒れているのは誰なのか。銃口をむけた先に倒れているのは一体……?

男は悟る。自分が、仲間を撃ったという事実を。

 

「なんだ、これ…。なんで、ガキじゃなくて……」

「一体どうしたんだ!?」

 

周りの焦る声が聞こえる。だが、それは彼にはすでに遠い。

 

「あんたがやったんだよ」

 

振り向く。

背後に、少年がいた。その瞳は濁っていて、表情からは感情が欠落している。

ゾクリ、と背筋が凍る。これは一体誰だ。これは一体何だ?

男は一歩後ずさる。すると、一歩少年が近づいてくる。

少年の瞳に光はない。それが何よりも恐ろしい。

 

「ほら、見て」

 

少年の視線が後ろを向く。男はつられて少年の後ろを見た。そして、絶句した。

少年の背後に、大きな黒い影が見えた。男は恐る恐るそれを見上げる。

この世の倦怠をかき集めたかのような、ぎょろりとした赤い瞳と目があった。そこには怪物がいる。すべてを飲み込まんとする怪物が、そこにいる。

 

「ひっ……」

「今度はあんたの番だ」

 

怪物があんぐりと口を開く。不定形の手が迫ってくる。

形容できない恐怖が自分という存在そのものを侵してくる。

震える両手で手に持っていた拳銃を構える。

ズガン、と発砲音が響く。

ぐらりと揺れて、男の体が倒れていく。脳漿をぶち撒けて、とうに意識はない。

彼が選んだのは逃避。すなわち、自殺である。

少年はそれを、眉一つ動かさないでただ見ていた。

 

「嘘だ……」

 

若い青年が、呆然と呟いた。

これが悪夢の序章に過ぎなかったことを、灰色の髪をした青年──グリージョはまだ理解できていない。

 

 

 

 

 

夢から醒めた直後のような感覚。

場には、異様な静けさが漂っていた。

夏の花火の煙と、鉄が混ざった噎せ返るような気持ち悪い臭い。場を包むそれは、酷い味がした。

 

「あ、ああぁ……」

 

目が熱く、視界が霞む。

乱暴に目を擦れば、残酷なまでに赤い世界が鮮明に映る。

精神は現実を拒絶し、脳の奥底で自分がこの光景をつくったことを理解する。

胃が蠢いて、喉を熱いものが通る。それを認識したときには、口から胃液を吐いていた。

 

「あ……が、はっ……ぁ」

 

肺に酸素が入り込まない。体に力が入らない。溺れるというよりは、呼吸の仕方を忘れたようだった。

暗い室内がより暗く感じる。

逃げたいのに、固まった筋肉は意思に反して言うことをきかない。

 

……どうして、どうしてこんなことになったんだろう。

いつものように、三人で町を歩いていただけ。ただ、落ちた財布を拾っただけなのに。

どうして。

 

震える体をなんとか支えながら、明祢は目の前を見つめたままでいる。

そこにあったのは、人だったもの達だった。

一つは脳漿を撒き散らし、一つは苦悶の表情のまま自らの首を絞めている。もう一つは拳銃をどこかに向けたまま笑っていて、その先でもう一つも同じようになっている。

頭を抱えて胸から血を出している人間だったもの。体も、手に持っていたナイフも血濡れになって首から血を流す人間だったもの。

死体、屍、骸、朱、肉。

血は酸化して徐々に黒く固まっていく。

 

これは誰がつくった光景だ?

………俺だ。

そうだ。全て、自分がつくった。

恐ろしくて、逃げたくて、信じられなくて、生きたくて、助けたくて、救われたくて、許せなくて、消したくて、殺したくて。

だからそう、全て自分が殺した。

たった一人を救うために。

その重さに、明祢は戦慄する。

 

「──あぁ……」

 

どうして。

頭の中で問いを繰り返す。

熱い体が冷えていく。震え続ける体は、今にも凍えておかしくなってしまいそうだった。いや、もうとっくに頭はおかしくなっていたのかもしれない。

現実に酔ったかのような錯覚を起こした時。

 

その時、彼の耳に微かな声が届いた。

 

「明袮」

「……きょうや?」

 

それは弱々しくも、凛とした声だった。

 

 

 

 




SAN値チェック失敗
一時的発狂 6番 殺人癖
明袮のイメージはそんな感じで。途中の男の描写は自殺癖というイメージ。
後の人々は別の幻覚で殺してます。

桂木明袮は雲雀恭弥が大事です。
彼の心配性は失うことへの恐怖から来ています。実は、二十五歳の彼は冷静に見えて割と冷静でなかったりします。沢田綱吉が死んでいるので、いつ雲雀恭弥が死ぬのかと震えています。
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