雲雀は月夜を咬み殺さない   作:さとモン

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幕間の桂木明祢

1月3日
家の用事が落ち着いたので、ウサギたちと餅をついて食べる。
親戚一同からお年玉を貰った。

2月14日
珍しく7時半に登校。自分の下駄箱を封印する。
雲雀の下駄箱のチョコを見て顔を青くする。
帰宅後、母親からチョコを貰う。

3月14日
家族分の晩御飯を作る。



4.桜の前で

ふいに視界が、薄桃色に染まる。

 

「桜……」

 

淡い色の花弁が、ひらりひらりと舞い落ちる。

そういえば、昨日のニュースで今日あたりが見頃を迎えるって言ってたか。

場所取りの為に早くから来ているんだろう。まだ早朝だというのに、桜並木が騒がしい。

 

「ふわぁ」

 

朝から元気で羨ましい。

秋の暮れに生まれたちびっこウサギ達が、夜に暴走し出したせいで、こちとら昨日からロクに寝れてないっていうのに、騒ぐだけの元気があるんだから。

それに一部の大人ウサギも大人ウサギで元気だし。

顔も名前も知らないご先祖様は、なんてものを飼いだしたのか。

お陰で子孫の俺はあの暴走ニンジン魔どもに振り回されている。

世間の子兎がどうなのかは知らないが、あんな危険な子ウサギ、あんまりかわいいとは思えない。

だって、躾前のウサギは、バーサーカーと言っていいのだから。

 

「やめよう……」

 

あんなことを思い出していたら、気持ちは余計に暗くなっていく一方だ。

心なしか頭痛までしてきたような気がする。

あのおぞましい記憶を浄化させるためにも、ここは満開の桜で心を落ち着かせるべきだろう。

そうと決まれば、話は早い。

足先の方向を変え、桜並木の方へと足を運ばせる。

 

 

少し先で、黒い学生服が揺れているのを見つけた。

 

「雲雀?」

 

この辺りで肩に学ランを羽織ってるのは雲雀くらいだ。

……そういえば、雲雀はこの時期になると毎年一人で花見をしてたか。

雲雀は桜が好きだから。

 

「ん?」

 

なら、どうして桜並木が騒がしいのか。

群れるのも群れを見るのも嫌いな雲雀のことだから、風紀委員なりを使って人払いをしている筈だが。

一番見頃な時に、一番の特等席を占領するものだから、よく町民からは愚痴が出ていたような───

 

「え」

 

身体が、不自然にふらふらと揺れている。身体の運び方が、雲雀のいつものそれじゃない。

まるで、満身創痍といった具合に。

雲雀はめっぽう喧嘩が強くて、もう並盛じゃ、あいつに敵う奴はいなくなっていたから。

あんな姿、もう何年も見ていない。

 

「どうしたんだ、お前」

 

衝動的に、雲雀に駆け寄る。

一歩歩くだけでも辛そうで、今にも倒れてしまいそうだった。足が震えている。

それが、過去の光景とダブって見えて。

心配でつい、手が伸びた。

 

「放っておいてくれる」

 

パシッ、という音と同時にその手が弾かれた。

嫌悪にまみれた顔が映る。

現実に引き戻されたような感覚と、絶対的な違和感。

雲雀なのに、痛くない。

 

「何があった」

 

無理矢理雲雀の肩を掴んで、こちらを向くようにする。

顔色も悪い。

病人だと言われたら、すんなりと信じられる程に。

俺のやけに神妙な顔に折れたのか、それとも雲雀なりに何かしらの考えがあるのか、暫くしてから雲雀は口を開いた。

 

「……変な男におかしなことをされた」

「変な男?」

「桜クラ病だって言ってたけど、君知ってる?」

「知らない」

 

桜クラ病──?

そんな病気、聞いた覚えがない。

語感から、桜に関係する病だということは読み取れるが、具体的な情報までは分からない。

だが、病名と周囲の状況、雲雀の状態から単純に考えるのなら、桜があると立っていられなくなる、とかか?

 

「そう、じゃあ帰るから」

「待て」

 

ふらふらのまま立ち去ろうとする雲雀を止める。

自分が立てた仮説が正しいのなら、確かに早急にこの場を離れる必要がある。

雲雀が足早に立ち去ろうとするのを止めるのはあまり良くないだろう。

だが、敵の多い雲雀をこんな状態で一人で帰らせる方が危険だ。

 

「危ないだろ」

「君の助けは要らない」

 

この頑固者!と罵倒したい心を無茶苦茶に押さえつける。

雲雀がこういう性格なのは昔からで、それにいちいち怒っていたら切りがない。

それに、こうも接触して咬み殺されないのは俺だからであって、本当は殴り飛ばしたい筈だ。

──仕方がない。

 

「悪く思うなよ」

 

狙うは首裏。普段ならさておき、弱っている状態なら、ちゃんと落とせるだろう。

 

「ねぇ」

 

でも出来なかった。

腕が、急に横から伸びてきた手に止められる。

握りしめられた骨が痛い。ギシギシと音が聞こえる気がする。

どこからどう見てもふらふらなのに、一体どこからこんな力が出るのか。

 

「あ……」

 

表情を読み取ろうとして、自分が間抜けだったことに気付く。

 

「今日は、戦ってくれるの?」

 

ぎらぎらとした目つきと、つり上がる口角。心の底から嬉しそうな顔と声色。

肌を突き刺すような、殺気にも似た闘気。

ぶわり、と背筋が凍りそうになる。

──まずい。

こうなれば、雲雀は無理に身体を動かす。

目の前に、ずっとお預けにされていたメインディッシュが置かれているのと同じ。飢えた獣は、待ちわびた肉を喰らおうとする。

雲雀に物理的な攻撃を仕掛けるのは、最も悪手だったことに、何故気付かなかったのか。

止めなければならなかった。

雲雀と戦う気なんて、これっぽっちもなかった。

雲雀の方が強いのはわかっていた。

けど、今のこんな状態の雲雀なら俺だって簡単に倒せる。

でもそうしたら、雲雀は期待してしまう。

 

「………」

「咬み殺してあげるよ」

 

足が震えているのに、上半身と気配は臨戦態勢で。

どう見ても、まともに戦える状態じゃないのに。

目的のためなら、こいつは自分を厭わない。

俺は、雲雀恭弥のそういうところが嫌いだった。

 

「───落ちろ、雲雀」

 

自分でも驚くほど低い声。

そうだ、夢を見せてやる。

起きたらきっと忘れてしまうような、儚い夢を。

 

 

 

 

 

そういえば、昔はよく桜を見に行ったっけ。

ひらひらと舞う花弁の雨を必死に追いかけて、何枚掴まえられるか競争して。

あの頃は難しいことなんて考えずに済んだのに。

もう何年も昔の話になったんだな。

──あぁ、思い出が遠い。

 

 

 

 

 

桂木は雲雀の携帯を使って、副委員長である草壁を呼び出した。生憎と、自分の携帯は普段から持ち歩いていない。

 

「あなたが連絡してくるとは思いませんでしたよ」

「悪いな、草壁」

 

厳つい顔に草を咥えた男が駆けつける。

桂木は彼に雲雀と風紀委員を押し付けて、電話口では話さなかった詳細を話す。

雲雀が意識を失っていることについてだけは、嘘を滲ませて。

桂木が知る情報はあまりに少ない。

雲雀に殴られたのであろう風紀委員と、正体不明の男に掛けられたという桜クラ病という病。

騒がしい桜並木から、とんでもない花見客にやられたのだろうと考察する。

もしかすると、あのおかしな赤ん坊が関わっているのかもしれない。

 

「………」

「そいつ、桜が咲いてる間は機嫌悪いかもしれない」

「でしょうね」

 

草壁は敬愛する委員長を見る。

意識のない雲雀恭弥を見るのは、彼にとってこれが初めてのことだった。

 

「大変だな、お前」

「自分で決めたことですから」

「そういえば、そうだったな」

 

話が終わり、二人の人間を背負って歩いていく草壁の背を見送る。

総重量は100㎏を優に越えているだろうに、足取りは確かだ。

 

 

今でこそ縁起物だが、昔、桜は不吉なものだった。

その儚さゆえに、死や物事の終わりと結びつけられていたという。

桜の下には死体が埋まっている、というのは存外その辺りから来た言葉なのかもしれない。

 

「雲雀に桜は凶と見た」

 

でも、今年の全体的な運勢は吉のような気がする。ちゃんと占ってないからわからないけど。

 

「なんか、嫌な予感がする」

 

今すぐではなく、少し先の未来で、何か面倒なことに巻き込まれる予感。

せめて、それに桂木のあれそれが関わってないことを願いたい。

 

「あー、眠い」

 

帰ろう。

そして寝よう。

今日はもう、頭がロクに回ってくれないようだから。




雲雀さん、桜クラ病になる前は桜好きだったんだろうなぁ、と思いながら書いてました。
群れを見るのが嫌とはいえ、見るために辺り一帯を封鎖するほどですから。

一話で明祢くんは具体的に数を出して遅刻回数を言ってますが、あれは雲雀さんの前で堂々と遅刻をした回数であって、彼が実際に遅刻をした回数ではありません。
因みに、彼は体育祭に参加してません。そういう大勢で盛り上がるということが苦手な気質です。
でも、根は割と真面目だと思います。

草壁さんは風紀委員の中で唯一と言っていいくらいには、明祢くんを敵視していない人物です。

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